イナイレ


「お前今日は練習どうすんだ?」

『出る』

「ふーん」

朝練は大抵一時間ちょっと。そこから続けるか切り上げるかは俺次第で、初めて合わせた昨日の今日の朝練は不動から続きやるぞと言われてそのまま朝食の直前までボールを蹴ってた。

二人で廊下を進んでいけば不動は目を細める。

「お前と合わせる練習になりそうだな」

『あー、どーだろォ。道也がどんぐらい俺を試合に出すつもりなのかにもよんじゃね?』

「ならまたお前主体の練習だろ」

『俺もブランクあるし、そんな急にがっつり試合で起用しねぇと思うぞ』

「は?あれでブランクとかナメてんのかよ」

『ナメてはねぇけど、嘘はついてねぇ』

「………どんぐらいサッカー離れてたんだ」

『…公式戦は五年くらい出てないし、誰かとボール蹴るのはたぶん二年以上してねぇ』

「…栄垣ともか?」

『…、まぁ、そう』

「へぇ…?」

語尾を上げる不動に目を逸らす。

何かを探るような視線に口を閉ざしたまま食堂の扉に手をかけて、迷わずに開く。

向こう側にいたのは見慣れたマネジャーたちとちらほらと一年生組や基山、吹雪といった面々で、いるだけで騒がしい円堂や豪炎寺、鬼道、それから風丸もまだ朝練中なのか見当たらない。

「おはよう、諧音くん」

『はよォ。体調はどーだァ?』

「ふふ。もうなんにもないよ。心配してくれてありがとう」

『ん』

差し出されたトレーに礼を溢して受け取って、少し考えて不動を見る。

『俺、道也と話すからあっち座るけど来るか?』

「一人で食う」

『そーか』

素気無く断っていつもの席に向かう不動に冬花はきょとんとして首を傾げて、俺を見上げるから視線を戻した。

『席でな』

「うん」

しっかりとトレーを持ってすでに一つ埋まってるテーブルに置く。向かいの道也は目を丸くしてから細めた。

「珍しいな」

『んー。作戦会議しようかと思って』

「今日の練習の話か」

『おー。予定はァ?』

「前半は通常通り。後半でミニゲームをする。ミニゲームはまだ組分けを考えている最中だ」

『ふーん』

「何かあったか?」

『んや、なんも?気になっただけ』

「そうか。ならいい」

道也と話してるうちに次々と人が入ってきて、最後は朝練に夢中になって遅刻ギリギリになった円堂とそれを引っ張ってきたらしい鬼道、豪炎寺の三人組で、三人はいつも俺が座ってる場所を見て不動しか居ないことに動揺したあとにぐるりと室内を見渡して、俺を見つけると話しかけようとして断念した。

『道也怖がられてんじゃねぇの?』

「……腹が減ってるから会話を後にしただけだろう」

むっとした顔の道也に思わず笑えば睨みつけられて、隣りに座った冬花も微笑む。木野と音無は苦笑いを浮かべていて、円堂のいただきます!の号令に全員が声を合わせて続いて箸を持った。

朝食とはいえしっかりと食べるようにか大量の食事をかきこんでいく周りに、マネジャーたちと同じくらいの量を盛られた食事をゆっくりと食べていく。音無や木野、それから冬花も会話が弾んでいて、時折飛んでくる同意や意見に程よく返しつつ、皿を空にする。

俺の倍ほど盛られていた料理を同じタイミングで食べ終わった道也に目を合わせて、そうすれば道也が息を吐いた。

「練習にリクエストがあるのか?」

『特にはねぇけど…。昨日やったことはせいと響木のおっさんから聞いてんのか?』

「ああ。誠くんからは映像ももらったから昨日のうちに確認してある。中々に楽しそうだったな」

『ん。まぁあんな感じでちょいちょい詰めたのと、風丸は25、不動と鬼道は10って感じ』

「進みがいいな」

『ようたが手伝ってくれてんからな』

そうかと嬉しそうに口元を緩めた道也に、冬花も微笑んで、音無と木野が顔を上げた。

「お兄ちゃんと不動さんが10って、なにが10なんですか??」

『あー、意思の疎通率…?』

「あれだけ連携してたのに、まだ10%なんだね…?」

「うう、壁が高いです…!」

震える二人に冬花はふふっと笑って、俺のグラスにお茶を注ぐと目尻を落とした。

「私も映像見たけど、諧音くん楽しそうだったね」

『…ん』

「ふふ。不動くんと鬼道くんか…。二人との連携が噛み合うようになったら、イナズマジャパンはもっと強くなるね」

『………そうだな』

「私もお手伝いするから、できることがあったらすぐに教えてね」

『…ああ、頼んだ』

楽しそうな冬花に息を吐いて立ち上がる。トレーを持って席を離れればがたんと同じタイミングで席を立つ大きな音がして、寄ってきたオレンジ色に頭が痛くなった。

「来栖!」

『はぁ〜。なに』

「なぁなぁ!練習始まるまで時間あるか!」

『時間はあるけどなにするつもりだよ』

「シュート打ってくれ!!」

『はぁ?なんで』

「昨日打ってくれるって言ってたけど練習終わりになっちゃっただろ?!だから!お願い!!」

記憶を探るより先に、自分で言った言葉を思い出して目を逸らす。

『…………はあ〜。二十分したらグラウンド集合』

「ん〜!!やったぁ〜!!!」

跳ねた円堂が喧しすぎてさっさと扉をくぐる。まっすぐ部屋に向かって鍵を閉じて。食休みしつつ着替えや準備を整えて部屋を出ればほぼ同じタイミングで隣の扉が開いた。

「、来栖」

『あ?』

「……………」

目が合うなり固まった鬼道は静かになってしまって、またこれかと歩き出す。

『円堂待たせんとうるさそうだから俺は行くぞ。用があんならついてこい』

「あ、ああ!」

慌てて二歩分後ろの位置についてくるゴーグルは話し出す気配がないからとりあえず進んでいく。階段を降りて寮を出て、すうすればすぐ目の前にあるグラウンドのゴール前に円堂と立向居、それから豪炎寺と虎、条助、風丸がいて、それ以外にも吹雪や基山、飛鷹とフィールド外で準備体操しつつグラウンドが見える位置にいる面々に首を傾げた。

『なんでこんな人いんだァ…?』

「…円堂が食堂で騒いでいたからな。聞こえていて時間がある者は来たんだろうな」

『はぁ???』

「あ!来栖ー!!!」

補足してくる鬼道に目を瞬いていれば俺達に気づいた円堂が顔を上げて大きく手を振る。同じように顔を上げたうちの二人が走り込んでくるからすぐに手を伸ばして支えて、そっと下ろした。

『随分と元気だなァ、お前ら』

「諧音さん!おはようございます!」

「おう!おはよう!諧音!!」

『ん。おはよォ』

頭の位置はばらばらだけど一回ずつ頭を撫でてやれば落ち着いたのか虎も条助も離れる。楽しそうな表情にもう一回髪に触れてから階段を降りはじめた。

「来栖、来栖、シュート打つんだろ?」

『…打つけど、なんだよ』

「どんなシュート打つんだ…?!」

『…………はあ〜』

迎えてくるのは目を輝かせた豪炎寺で、息を吐いて押し退ける。なんで?!とこぼされた声を無視して挨拶をしたそうにそわそわしてた立向居の前に立った。

『はよォ、立向居』

「はい!おはようございます!」

相変わらず子犬が喜んでるみたいな尻尾の幻覚が見える。立向居が何か言おうとしてるから目を合わせた。

『なんだァ?』

「あああの!シュート打つんですよね!?」

『あ?ああ』

「どのシュート打たれるんですか?!」

『、』

「いつもみたいに甘味ですか!?それとももしかして音ですか?!俺もう楽しみすぎてわくわくしてたら居ても立っても居られなくて!!」

「立向居は本当に来栖のこと詳しいんだな…?」

「まさか!俺なんて全然です!俺は小さい時に拝見した技と調べたことくらいしか知りませんから!!」

興奮のあまり赤らんでる頬と前のめりな姿勢。いつもより少し大きな声の立向居に風丸が目を瞬いて、あまりの勢いに鬼道も豪炎寺も固まってる。

円堂だけが立向居と同じくらい瞳を輝かせていて、俺を見上げた。

「来栖!!シュート!頼んだ!!」

『………………』

手渡されたボールを見下ろす。中身は空気で、周りはゴムで。慣れたはずの感触のそれは嫌に重たく感じる。

「センタリングするか?」

『……………』

「…来栖?」

『、…ああ、いや、いい…』

首を傾げたのは親切心から声をかけてきてた豪炎寺で、目を一度瞑って、円堂から離れる。

広いフィールドと、ゴールの前に立つ円堂。賑やかしと期待でこちらを見てくるオーディエンス。息を吐いて、吸って、手が震えてるのに気づいたところで吐き気がして、鼓膜を音が揺らす。

「諧音ー!」
「諧音さん!」

元気すぎる二人の声に息を吐く。震えの止まった手で前髪を押さえれば心配そうな目をしてる風丸に気づいて首を横に振った。

ボールを落として、そのまま右足で拾ってリフティングを始める。一回ずつ丁寧に、同じテンポでボールを確かめて、顔を上げた。

『立向居』

「はい!」

『音と甘味、どっちがいい』

「うえ?!おおお俺が選んでいいんですか?!」

『おー。お前しか俺の技知らねぇし、好きな方でいいぞォ』

「っ〜!ああああの!図々しいのは理解してるんですけど!そうしたら!ぜひとも!音で!お願いします!!!」

Verstanden了解

ボールを思い切り上に蹴って、タイミングを測る。

久々に蹴るなと思いつつ落ちてきたボールをもう一度蹴り上げて、飛び上がる。決まったタイミングでボールを続けて蹴って、踵でボールを回して落とした。

「正義の鉄拳!」

構えてた円堂が叫んで技を繰り出す。じりじりと攻防してたボールは円堂を吹き飛ばしてボールがネットを揺らす。

そっと地面に降り立ったところで円堂がすげぇ!と目見開いて、立向居を見ればぶわりと涙を溢れさせた。

『は?』

「ああああアルティヒタンツェンだあああ!!すごいすごい!生で初めてみました!感動です!!」

『んなすげぇもんじゃねぇから落ち着け…?』

「何言ってるんですか!すごくないわけがないじゃないですか!!あの音シリーズの初代ですよ?!ムランガージュと同じくらい初期の技じゃないですか!!うわあああ!!録画しておけばよかった!!」

『お前ほんとよく知ってんなァ…』

ハンカチを押しつけても止まらない立向居に息を吐く。このまま騒がせてたら収集がつかなくなりそうで、足を引くよりも早く駆け寄ってきた円堂がボールを差し出した。

「来栖!もう一回!!」

『なんでだよ』

「止めらんなかったから!もう一回!!」

『はあ…?』

「すげぇな!来栖のシュート!すっげぇふわふわしてたと思ったらぎゅって!いきなりボールくるからびっくりした!!」

『…………』

「前に見たシュートもすごく早くてかっこよかったけど!これはなんかこう、たのしい!って感じ!来栖!来栖!もっかい!!」

はしゃいでる円堂に泣きながらもう一回?!と目を輝かせてる立向居。近くの豪炎寺や鬼道、風丸も似た目を向けていて、遠くで道也と冬花と木野が生暖かい眼差しを向けてくるから前髪を抑えて、ボールを受け取った。

『…あと一回だけだからな』

「ありがとう!!!」

息を吐きながら立向居を離れさせて、円堂もゴール前に向かわせる。ボールを抱えながら息を吐いて、吸って、なにをしようかなと考えながらボールをリフティングして、ふと、見えたクリーム色が寂しそうな顔をしてるのが見えたから口元を緩めた。

Viel Spaß! 楽しめよ!

「え、」

目を丸くしたところでボールを蹴って、回転をかけたそれにぶわりと風と火が揺らめいたところで足を打ち付ける。

「え…!」
「わぁ…!」

目を見開いたのは豪炎寺と吹雪で、弾んでる声に口角を上げれば円堂はまっすぐとボールを見据えた。

「怒りの鉄槌!」

振り下ろされた右腕にボールが打ち付けられて、ボールは回転を増せば円堂の手が弾かれる。がこんと大きな音を立ててゴールポストに当たって跳ねたポールは地面に触れるとまた回転してネットの中に入った。

『んー、まぁこんなもんか』

「す…っげぇ!!!なんだ今の?!なんで止まんなかったんだ!?」

『お前が止めきれなかったからだろ』

「んんん!!くやしい!もっかい!」

『もーやんねぇよ』

「そんなー!!」

円堂の勢いに息を吐いて、それから泣いてる立向居を見れば目があった瞬間に前のめりになった。

「フォイリヒヴィント!!本物見るとあんなに回転かかってるんですね!!ほんっと!かっこいいです!!」

『お…』

「ぶぁあああって!すごかったです!!」

『おう…ありがと…』

「はい!!」

あまりの圧に一歩引いてしまって、立向居がそのまま円堂とシュートの威力に対して談義を始めてしまったから息を吐く。

ボールを拾い上げてそのままパスを出せばその先の豪炎寺が咄嗟に受け取って、目を瞬いた。

『ほら。ボールくれてやるからいつまでも呆けてねぇでシュート決めてこい、エースストライカー』

「、」

はくはくと口を動かしてるのに音が出ない豪炎寺に首を傾げる。ぐっと眉根を寄せたと思うと顔を上げ直して、大股で向かってきたと思えばボールを右側に抱えて左手で俺の肩を掴んだ。

「来栖」

『なに』

「俺とシュートを決めよう」

『は??』

真面目な顔をして向けられた言葉に気が抜ける。豪炎寺が顔まで近づけるから鼻先が触れそうで、目を瞬いていれば近寄ってきていたピンクと紺色が豪炎寺を引っぺがした。

「豪炎寺さん!!!諧音さんに何してるんですか!!」

「諧音、大丈夫か?痛いとこねぇか?」

『ねぇけど…?』

まばたきをする俺に虎は豪炎寺に怒ってるし、条助は警戒心顕に豪炎寺を睨んでいて、豪炎寺がはっとしたように慌て始めた。

「す、すまない、危害を加えるつもりはなかったんだ」

「あんなに近づいてそんなこと信じられるとでも思いますか!」

「つい勢い余ってしまって…ずっと来栖とはシュートを決めたかったんだが、さっきのすごい技を見てたら居ても立ってもいられなくなってしまって…」

視線を泳がせてる豪炎寺に初めて聞く話だなと向こうを見る。道也が頷くからたぶん本当の事らしいそれに、円堂がにぱっと笑った。

「豪炎寺まだ来栖に言ってなかったんだな!」

「中々機会がなくてな…」

「俺!豪炎寺と来栖のシュート楽しみにしてる!」

「ああ!鬼道よりも先に完成させてみせる!」

『??』

なんの話か全く伝わってこない。

豪炎寺と円堂が意気投合してるらしいから虎と条助の頭を撫でて輪から離れる。道也の元まで足を進めて顔を上げた。

『彼奴らどうしたんだァ?』

「気になるなら当人たちに聞くといい」

『教えてくんねぇの?』

『監督だからな』

『はあ…?』

目尻を落とした道也に、隣の冬花も微笑んでいて、木野も頷いてる。音無がにこっと笑った。

「来栖さん!お兄ちゃんとのシュートできたら見せてくださいね!!」

『あー、そういや練習しねぇとなァ』

ようたにも聞いたことを共有しねえとと、近寄ってきてたそれを見据えた。

『なんだァ?』

「来栖くん、僕ともシュート技作ろ?」

『はぁー?』

「ふふ。僕の威力と来栖くんのスピードがあったら、きれいな技が出来ると思うんだよね!」

『あー、できたらおもしれぇかもなァ』

「うん!だから今日の夜から特訓開始だよ!」

『は?』

「ま、待ってくれ吹雪、俺も練習しないといけないんだ…!」

「じゃあ三人で練習かなぁ」

遅れて近づいてきてた鬼道が慌てていても吹雪は気にしてないらしい。にこにことしてる吹雪に鬼道はそわそわしていて、音無がお兄ちゃん頑張れ!と笑った。



×



練習は練習と、始まったそれに道也が指示を飛ばすからそのとおりに動きつつ時折休憩したりと過ごして、昼の時間になっていつも通り不動の向かいに座ればすぐに隣と斜め向かいが埋まって額を押さえた。

「あっちに座れよ…」

「ふふ」

『なにしにきたんだァ…?』

「食事をしに?」

不動の隣で微笑む吹雪に、来栖は違うのか?と相変わらずずれた反応をする豪炎寺。

不動と同時に息を吐けば二人は気にせずグラスに飲み物を注いで食事の準備を終えた。

ちょうどよく号令がかかったから箸を持つ。

「来栖、来栖、シュートはどんなのがいい?」

『好きにしろ…』

「来栖くんって速いシュートが好きなの?」

『別にそうでも…?』

二人が話しかけてきたと思えばお互いに向かいを見て、視線が外れたから食事を始める。不動も同じらしく、目を合わせてから口に料理を運ぶ。

「うーん。さっき見せてくれた二つのシュートは楽しそうって感じで回転とか高さとかがメインだったよね」

「ああ…!韓国戦のときのは直線って感じで凄く速かったから、全然違くて驚いたな…!」

「うんうん。僕も来栖くんと言えば速いってイメージだったよ!」

「だがさっきのシュートも、あとアルディートステラも、速いけどそれよりも角度や回転がメインって感じで来栖のシュートって何種類くらいあるんだ??」

振られた話題に口の中に物が入っているから咀嚼を続けて、飲み込んで口元を拭ってから眉根を寄せる。

『俺のシュート自体はそんなにねぇ。……つーか、飯のときはちゃんと飯食え』

「あ、たしかに」

「ふふ、そうだね。今日のご飯もおいしそう」

改めていただきますと声を揃えた二人が箸を持つ。

不動は俺が食事中に話さないのを知ってるから無視して食べすすめていて、ほどよく会話を続ける二人に先に食べ終わって、顔を上げれば同時に食べ終わってた不動とまた目があった。

「お前昼休憩なにすんだ」

『特に考えてねぇなァ』

「なら時間寄越せ」

『ん』

「二人とも練習するの?」

「ああ。タイミング合わせる」

「!俺もいいか!」

「…好きにすれば」

「ありがとう!」

「はっ。動く障害物としてこき使ってやるよ」

「うん!たくさん練習しようね!」

言い出した不動が許可を出したなら何か言う気にもなれなくて、楽しそうな三人に食べ終わってる不動の分の食器を重ねてトレーを持つ。

立ち上がって歩き出せば会話を終えたのか不動もついてきて、食堂を出たところで服が引かれた。

『どーしたァ?』

「豪炎寺と吹雪には合流時間遅めに伝えたけど、食休みとんのか?」

『十分くらい昼寝してぇかも』

「………寝過ごすなよ」

『あー、がんばる』

「お前常にそれしか言わねぇな」

『寝起きはまじ無理。朝練だって毎日頑張っておきてんだから褒めてほしいくらいだァ』

「……はぁ〜。三分前になったら起こし行く」

『信用ねぇの』

「それくらいの実績が築かれてるってことだろ」

息を吐かれて頭を掻く。まだ完璧に寝過ごしたことはないけど、朝練は結構ギリギリの自覚があるし、一度一日中寝ていたことも考えれば信頼値は低いらしい。

『んじゃ、わりぃけど目覚まし頼んだ』

「ちっ。ちゃんと起きろよ」

『んー、がんばる』

「お前いつもそれだな」

『わかりやすくていいだろォ?』

「よくねぇよ。毎回起こしに行く身にもなれ」

たしかにと頷いて少し考える。唐突に黙った俺に不動が訝しげに見据えてきて、口を開いた。

『風丸と交互にすんとか…?』

「は?」

首を傾げるより早く伸びてきた手が胸ぐらをつかむ。あまりに急な行動に理解が追いつかずに目を瞬いてれば睨みつけられた。

「なにを、交互にする気だ…?」

『目覚まし役だけどォ…?』

「………なんでだよ」

『だって一人じゃ大変だろ?あんま不動に迷惑かけてらんねぇし』

「…風丸なら迷惑かけていいのかよ」

『学校でもそうだから今更って思った』

「そもそも一人で起きろ。誰かの手を借りんじゃねぇ」

『それができたら道也もわざわざ目覚まし役お前に押し付けてねぇんだよなァ』

「開き直るな」

尖すぎる目つきと刺々しい言葉。低い声色に随分と機嫌が悪い不動にまばたきを繰り返して、首を傾げた。

『何怒ってんの?』

「…………怒ってねぇよ。呆れてるだけだ」

『そんな感じじゃなくね…?』

「……………」

ぐっと眉根をさらに寄せて顔をしかめた不動が手のひらの力を抜く。胸ぐらから離れた右手は少しさまよって、それから俺の額に導かれると指で弾かれた。

『っ、なんだよ』

「…はあ〜。……今すぐ他人に一切の迷惑をかけるなとは言わねぇけど、かけるのは最小限の人数にしろ」

『それだと負担が偏んだろォ?』

「お前の面倒見るくらい今更負担でもなんでもねぇから、風丸にこれ以上迷惑かけんな」

『あー、風丸もおんなじこと言うと思うけど、』

べしりともう一回額が叩かれて痛みに手で押さえる。さっきよりも少し赤い目元の不動の、わかりやすく不機嫌そうな顔になにかまた間違えたみたいだ。

不服なときに直接駄々をこねながら騒いでくれるようたや彼奴とは違うらしい不動に、難しいなと不動を見つめた。

「風丸に、迷惑を、かけんな」

『んー』

「わかったならさっさと部屋行って寝ろ。時間になったら起こす」

『んー』

「わかったな」

『おー』

凄まれて頷く。ふんっと鼻を鳴らした不動に見送られて部屋に入って、やっぱりよくわかんねぇなと思いつつベッドに転がる。

伸ばした携帯に文字を入れて、送信して。こういうのに詳しいしきっとわかりやすい言葉を返してくれるだろうと思ったところで、思ったよりも早く眠気が襲ってきてそのまま突っ伏して意識を飛ばした。



×



「起きろ」

ばしりと頭が叩かれた痛みにうめきながら顔を上げる。開いた視界に映るのはいつもどおりの茶色で、ぼーっとしていれば息が吐かれてもう一回頭が叩かれた。

『ってぇ…』

「さっさと起きろ。三分前に起こすっつったのになんでアラームすら鳴らしてねぇんだよ」

『…、わすれ……?』

「…本当に手のかかる奴だな、お前」

起きろともう一回肩が揺らされて仕方なく体を起こす。ぐらぐらする頭に目元を擦って、それからあくびを零してまた目元を押さえた。

「目ぇ覚めたかよ」

『ん…』

「…覚めてねぇな」

『おきた…』

怒られる前に答えて、右手を伸ばす。掴んだ洋服に不動が肩を揺らして、左手で目元を擦りながら顔を上げた。

『おはよォ…』

「…おはようって時間じゃねぇよ」

『んー…』

「……………はあ…」

息を吐き出した不動は諦めたらしい。目元を擦りつつ、視界がはっきりしてきたからゆっくり目を開いて、右手を離した。

『何時…?』

「起こすっつってた時間から五分超えたところだ」

『目標通り…』

「ざけんな、遅刻だ」

ぐっと人差し指で額が押されて目を一回つぶる。開き直せば不動が仕方なさそうに俺を見てて、ふいっと顔をそらした。

「練習はじめんぞ。ついて来い」

『おー…』

ベッドから降りて、ふらふらと後ろを歩く。頭がまだ寝ぼけてる俺に不動は片眉を上げて階段の手前で止まった。

「…階段おちんなよ」

『ん』

「………お前、本当に手ぇかかるな」

前にいる不動の服を掴めば一瞬固まって、言葉を落とす。呆れたような、照れたような、複雑な表情の不動に先導されてしっかりと階段を降りて、寮をまっすぐ出るのかと思えば先に洗面所に向かわれた。

「顔洗って目ぇ覚ませ」

『おー…』

言われるがまま顔を洗えば急に頭の中がすっきりして、水を止めればタオルが差し出されたからありがたく受け取る。

拭ってから顔を上げた。

『ありがとォ』

「やっと起きたかよ」

『おう。ばっちりだァ』

「………はあ」

『ため息ばかりだな?』

「わかってんなら少しは自立しろ」

『あー、がんばる…』

「はあ〜…」

変わらず不服そうな不動に難しいなと肩を落とす。今までは俺に風丸しか怒ってこなかったし、風丸はどうして欲しいのかまで全部一気に伝えてきてくれるから自分の中でフィードバックしやすいけど、不動は遠回しで何も言わない。

たぶん今も自立と寝起きの悪さよりも違うところで怒ってるように感じて、歩き始めた不動の背を追いかける。すたすたと迷い無く進んで扉をくぐって。さっきよりも明るくて暖かい外に日が昇ってるからかと思いつつ、先を歩く不動の後頭部を眺める。

足を止めた不動はボールを抱えて振り返って、始めんぞと俺を見た。

『ん〜…』

「…なに唸ってんだ?」

『………考え事中』

「はあ…?」

目を丸くした不動に、いつもの不動だなぁと思いつつ少し距離を置くように離れて立った。

『まとまったら言うからちょっと時間くれねぇ?』

「、……なんか考え込んでんなら練習やめるか…?」

『んや。不動といたいから練習はする』

「…あっそ」

ボールが置かれて、とりあえず肩慣らしなのかぽんっと蹴られてパスが来る。強くも早くもないそれは俺を気遣ってるらしい。怒ったり様子をうかがったり、不動の考えてることはやっぱりよくわなんねぇとない頭を捻って、ボールを返す。

「……………」

『不動』

「、なんだよ」

『走りながらパスしてぇ』

「、わかった」

目を見開いた不動の声のトーンが少し上がった気がして、どことなく直ったらしい機嫌にやっぱり不思議で仕方ない。

走り出せば不動もついてきてパスが回されて、昨日確認した速さと強さのそれにやりやすさを感じつつボールを渡す。

『受け取りづらくねぇか』

「気持ち悪いくらいぴったり」

『ならいい』

「お前、どうやってパス出してんだ?」

『なんとなく』

「…そのなんとなくで済ませんの辞めろ。言語化する努力をしろ」

『んん…』

ボールと一緒に飛んできた言葉に、受け取ってそのまま返さずに一旦宙に上げてとんとんと足で跳ねさせる。

彼奴もようたもわかってくれるからと言葉にしたことはなかったけど、今後サッカーをするなら見てるものは伝えないといけない。

『なんとなく…だめだから…。なんとなく、じゃなくて、足元…んん…見てる、とこ…?』

「、」

『視線追っかけて、あー…向きが、んん、…?』

それっぽい言葉を口に出して、並べて、纏まらない。

『Hmm…this is going to be hard to explain….なんて説明したらいいんだ…

ボールを蹴って、後ろに回して、拾って、また飛ばして、悩む。

Are you looking where the is looking? お前の見てる、?視線の先、見て…
Maybe, like, how fast you're running? In time with.... それから、たぶん、速さに合わせようと、してる??

「…おい。まとまってなくていいからせめて日本語で話せ」 

well…えっと…

零してた言葉がどこのものかはわからないけど、怒られたからとりあえず日本語を意識する。

『んん、不動の、見てる、先を、?で、たぶん、こう、走ってる、はやさ?にあわせて?』

「………………それで?」

『Euh. …Pour arriver au point prévu目的地に向かっていく…

「日本語」

『んんん、俺の行きたいところと、に?合わせるために、パス出す??』

「………………」

『不動の、が?ほしい強さは、わかってるから、行くとこは、見て、俺と、合わせてる…?……わかるか?』

「…………日本語下手くそすぎだろ。母国語忘れんじゃねぇよ」

Davvero?まじで? uhm.... E' più difficile di quanto pensassi.説明すんの、ほんと難しい

ボールが落ちて、俺もしゃがみこむ。普段ちゃんと考えなかったところを言葉にするのはうまくいかなくて、頭を抱える。

今自分でどこの国の言葉を吐いてるか自信がなくなってきて、こういうときに頭を撫でてくれる手のひらを思い出す。

ziemlich schwierig, すごい難しい せい…ようた…』

「…なんでそいつらの名前が出てくんだよ」

『彼奴ら他国の言葉も拾ってまとめてくれるし、俺が言葉にできなくても察して直してくれる…』

「…彼奴らならわかんだろうな」

『むずかしい…』

曲げてる膝の上に額をおいて、目を瞑る。

『不動と話したいのに、できない。困る…。彼奴ら呼ぶか…?』

「…馬鹿が。今みたいにこうやって話せばいいんだよ」

『?』

顔を上げればいつの間にか向かいにしゃがんで目を合わせてる不動がいて、不動は仕方なさそうに目尻を下げた。

「お前が言語化がへたくそなのはわかった」

『へたくそ…』

「とりあえず周りにすぐ察しちまう人間がいるのが問題だ。お前も俺に言ってただろうが。ちっとはてめぇで考えて、考えてることを相手にわかってもらえるように伝える努力しろ」

『おう…』 

「自覚があんなら今後俺と話すときになんとなくで済ませんのと身近な人間を頼るのは禁止だ。自分で言葉にしろ。わかったな」

『ん』

「よし」

頷いた不動は機嫌がいいらしい。少し上がった口角とほんのりと色づいた目元。穏やかな笑みに首を傾げた。

『もー怒ってねぇの…?なんで?』

「は?」

『お前、さっきまで怒ってたろ?』

「……もしかしてお前、考え事ってそれかよ」

『ああ。俺が不動怒らせたから、困ってた』

「…怒らせた側が困ってんじゃねぇよ」

『なんで?』

きゅっと結ばれた唇に、首を傾げる。

『困るだろ。俺、不動に嫌われたくねぇ』

「、」

『ずっと怒ってたらそいつのこと嫌いになんだろ?嫌いな奴とは離れるもんだし、不動と居られないのは俺が寂しい。だから、怒らせたなら、理由探してちゃんと謝りたかった』

大きな猫目を丸くして固まった不動は瞬きも忘れてるらしい。息をしてるのかも怪しいくらいにぴくりともしない。

怒ってるにしては不思議な表情に俺も固まって、しばらく見つめ合えばばっと不動が立ち上がって顔を逸した。

「おまえ、お前ってほんと、!」

『不動…?』

「……っ……くそっ」

立ち上がって背を向けて、口の前に右手の甲をあててる。普通なら屈んでる俺からは見えないけど、生憎と鮮明に映って見えてる目元は真っ赤で、堪えるように唇を噛んで目をつむった不動は大きく二回呼吸をするとまた俺の前に屈んだ。

「別に怒ってねぇし、少なくともそんなことでてめぇから離れねぇよ」

『本当か?』

「わざわざお前に嘘つかねぇわ」

『そっか』

「…常識欠陥人間」

『はぁ?教育はしっかりしてんぞォ?』

「してねぇよ、ばか」

罵倒と一緒に伸ばされた人差し指で額が突かれる。向かいの不動はなんでか泣きそうに笑っていて、自然と手を伸ばして、止めれば目を細められた。

「あ?」

『あー…』

視界の中で揺れた茶色に少し悩んで口を開く。

『髪触っていいか?』

「、…ちょっとだけだ」

『ありがとォ』

止めてた手を更に伸ばして毛先に触れる。柔らかな髪質に相変わらずきれいな毛だなぁと指先に絡めてから梳くように離して、物足りないけど手のひらを膝の上に戻した。

不動の視線が俺の手の動きを追って、すっと上がるとまた視線が合わせられる。

「もーいいのかよ」

『まだいいのかァ?』

「好きにしろ」

許されたからもう一回手を動かして髪に触れる。不動も怒らないから心地よくて、触れながら口を開いた。

『さっきの俺のやつ、何言ってたのかわかったのか?』

「あー、大体は」

『俺なんて言ってたんだァ?』

「なんで言った本人がわかってねぇんだよ」

息を吐いた不動が頬杖をついて目を細める。

「お前は普段からフィールドの全体が見えてるくらい視野が広いってのが前提。まず俺が走ってる場所、速度、視線、体の向きを計算しながらパスをもらったり、出したりしてる。まぁそれくらいなら俺達もやるから普通のことだ」

『ん』

「お前の違いはそこからボールだけを通して意思を伝えようとしてくるところ。自分が行きたい場所も相手に行って欲しい場所も合図をしないでパスが出されてる。当然普通ならそこで齟齬が生じるけど、お前は今まで慣れた相手としかパスをしたことがないから相手が感じ取って動いてくれるか、うまく行かなかったとしても自分がフォローに回れるように次を意識して、無意識にボールを渡してる」

『へー』

「当人が呆けてんじゃねぇ」

感心して相槌を打ったのに息を吐かれる。言語化ってのは難しいなと不動の髪に触れながら頭の中を整理して、口を開いた。

『俺ってそんなに合図してねぇのかァ?』

「ほとんど。栄垣相手だと指示が飛んでるとこを見たことがねぇ」

『ようたの名前呼んだりしてんぞ?』

「普通は名前呼んだだけじゃなくて具体的に指示を一緒に飛ばしたり、事前に打ち合わせておいて合図決めたりしておくんだっつーの。俺と鬼道がそうしてんだろ」

『Um…』

「慣れてくりゃそれでいいだろうけど、初手からじゃ合うまですれ違う」

『だから今までようたしか出来なかったのか…』

「そういうことだ」

こくりと頷いた不動に、青色の眼を思い出す。まっすぐ俺を見て、それから懸命についてきてたようたはあの頃よくせいに泣きついてたけど、せいは怒らなかったし、励ましてた。

『俺、ようたにすげぇ無理させてたんだな』

「無理かどうかは知らねぇけど、苦労はしたんじゃねぇの。お前に自覚ねぇみたいだし、彼奴も負けず嫌いなら難易度落とせって言わなかっただろ」

『ああ、たしかに』

「まぁお前らが連携できるようになったのがガキの頃ならそこまで言葉にするっていう頭が無かったのかもしれねぇし、それどころじゃなかったってのが可能性として高ぇけど…」

片手で足りる年の頃から、俺は言わなくてもわかってもらえるから口にする言葉は少なかったし、話しても拙くて言葉足らずのことがよくあった。

ようたと喧嘩になることは少なかったけど、思えばそれが原因なのな俺達は周りと馴染むのは遅かった。

『あー、道也にもよく言われたなァ』

「へぇ。監督はなんて?」

『一人でいるときはちゃんと話せって』

「翻訳係が居ねぇときは伝わるように話せってことだな」

『たぶんそう』

「今も久遠親子が居るときは喋ってねぇこと多いから話せよ」

『…がんばる』

「はあ」

気が抜けて溢れたらしい軽い息に、笑う。じっと見据えられてなんだよと眉根が寄るから髪に触れてた手をおろして肌に触れた。

『不動すげぇな』

「はぁ?」

『頑張るからちゃんと見ててくれよ』

「…………本当にお前、常識足んねぇよな」

『一般教養もマナーも覚えてんぞ?』

「じゃあ足んねぇのは情緒だ…」

頬に添えてた手に不動の手が重なって、剥がされる。少し繋いでたと思うと不動が立ち上がって、そのまま引っ張られるから同じように腰を上げれば少し低い位置から見据えられた。

「いつまでも赤ちゃんしてねぇでさっさと練習始めんぞ」

『赤ちゃん?』

「人間三年目くらいだな」

『んなにか??』

手が離されてずっと置き去りのボールを拾った不動がほらと蹴って、受け取ったパスに走り出す。

「全部とは言わねぇけど、せめて方向くらい指示するか視線で伝えてこい」

『じゃあ、あっち』

「三歳児が…」

ボールを蹴りながら方向を指せば不動が破顔する。なんでか楽しそうなそれにボールが受け取られて、返ってきたボールに今度はそっちと指してボールを蹴った。



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