イナイレ
軽くシャワーを浴びて汗を流して、キッチンに入ればすでにある程度の下処理をされた食材が並べられていて流石せいだなと目を瞬く。
刻んだり皮を剥いたりの手間がないのならあとは調理だけで、焼き物と煮る物から始めてオーブンと鍋はフル稼働させたまま、添え物や冷菜を用意して、作っているうちにシャワーを浴び終わったらしいようたとそれに付き添うようにせい、道也、冬花が入ってきて食堂の端を陣取った。
四人でさっきまでやってた練習の動画を見ているらしく、冬花に話しかけてるようたとせいに道也が目を細めて頷いていて、穏やかな空気の漂う向こう側に安心しながらほとんどの料理を完成させたところでどたばたと足音が近づいてきてばんっと扉が開け放たれた。
「すっげーいいにおいする!!」
「うう、お腹ペコペコっす…」
「なんかレストランみたいなにおいするね!」
「こう、トマトとかオリーブオイルとか…?」
「そうそう!イタリア料理っぽい!」
楽しそうな声がイナジャパ面々の到着を知らせて、壁をくり抜くように開いているそこにそわそわした顔で俺を見つめてくるから息を吐いた。
『うるせぇ』
「まだ何も言ってないぞ?」
『目がうるせぇんだよ』
「そうなのか?」
ぱちぱちとまばたきをして隣の虎を見る豪炎寺に息を吐く。音楽の鳴り出したオーブンにこちらを見てくる面々を無視して口を開いた。
『せい!道也!』
「あ!できたの!かいとん!」
「お手伝いしようか?」
『量があって重いから二人とも座ってろ』
近寄ってきた高めの背丈に次々と指示したものを渡して運んでもらう。うああ、おいしそうっす…と零された声に息を吐いた。
『壁山ァ』
「は、はいっす!」
『食いてぇなら手伝え』
「え?!いいんすか!?」
『運ぶの手伝ったらいいぞ』
「運ぶっす!!」
「え!材料足りないんじゃなかったのか!?」
『せいが多めに食材用意してくれてたから余った分くれてやる。てめぇも手伝え、円堂。落としたらお前らの分はねぇからな』
「手伝う!!!」
ぴよこりと跳ねるようにして飛び込んできた円堂にも皿を渡して運ばせる。きらきらした目で並んで手を差し出す二人に仕方なく皿を乗せた。
『ちゃんと分けて食えよ?』
「おう!」
「はい!」
『いー返事だァ』
元気な条助と虎に笑って、近づいたクリーム色に視線を移す。
「来栖、来栖、俺も食べていいか?」
『くれてやったもんにとやかく言わねぇよ。好きにしろ』
「ありがとう!」
ぱぁっと表情を明るくした豪炎寺にも皿を渡す。道也とせいはちゃんとようたの元に届けているようだからさっさと必要なものを渡していって、最後の大きな鍋を運ぶのはめんどくさいから近くにいた鬼道を見た。
『それスープ。重てぇからそのまま食いてぇやつだけよそって食わせろ』
「、いいのか?」
『駄目なら最初から言わねぇ』
「そ、そうか…。ありがとう、来栖」
『んー』
まとめてたゴムを外して髪を解く。それからキッチンを出て歩き、空けられてたようたの隣に座った。
「かいとん!かいとん!食べてい??」
『好きに食べろ』
「わぁい!いただきます!!」
「よかったな、耀太」
「うん!!」
ぴとりとくっついて楽しそうに笑うようたにせいも冬花もにこにこと笑っていて、あわあわとしてるのは同じテーブルに座らせられたらしい立向居と風丸だった。
「おおおおれ、本当にご相伴に預かってしまっていいんですか?!」
「なんで俺までここに…いいのか…?」
「え?たちむーとかぜりんと俺っちがお話したいからだけど??」
『ようたが良いって言ってんならいいんじゃねぇのォ』
「随分と気に入ったようだな、耀太くん」
「うん!たちむーはわんこみたいでかわいいし、かぜりんはむっちゃ早いから!」
「ふふ、そっかぁ。仲良くなってくれてよかった」
「俺っち友達100人作るの目指してるから!」
「ほう???」
『お前が??』
「ちょっと二人とも!何その疑わしそうな目!!」
『「別に」』
「んん!もう!怒ったぞぅ!かいとん!あーん!!」
『はいはい』
持ったフォークでマリネのサーモンをサラダと一緒に掬って口に運んでやる。ぱっと開かれていた口に差し込めばすぐに閉じられて、フォークを抜けばもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「んん!かいとんの作るドレッシングがやっぱり一番おいしい!」
『混ぜてんだけだぞ』
「かいとんが作るからおいしいんだよ!」
『あっそォ』
「諧音さんドレッシング手作りしてるんですか?」
『ようたが酢苦手だからなァ』
「そうなんですね!」
「へぇ…マメなんだな、来栖」
「凝り性で甘やかしたがるからな。諧音は求められるとどこまでも突き詰めてしまうんだ」
「そ、そうなんですか…」
せいはナイフを入れてムニエルを切ったと思うとフォークに刺して、ようたに差し出す。ぱくりと同じように食べたようたに相変わらずだねと冬花は微笑んで、道也はいただきますと黙々と食事を取り始めた。
「おお、まじでうめぇ…!」
「だろう」
「なんで豪炎寺くんが自慢げなの?」
「来栖が褒められて嬉しいからだ!」
少し離れたところで楽しそうな声が聞こえてくる。向こうは向こうで食事を始めたようだから気にせずようたの口元に料理を運んでから自分の胃にも落として、立向居と風丸が顔を合わせてからいただきますとフォークを持った。
「んんっ、おいしいですっ」
「ん…!やっぱりおいしいな!」
「ふふん!かいとんのご飯は最強だからね!!」
「はい!」
「来栖さん!来栖さん!おいしいです!」
『ん、そーか』
「ありがとう、来栖くん」
『んー』
程よく近い距離にいた音無と木野に頷いて、食事を続ける。立向居は話したいと言っていたとおりようたにたくさん話しかけていて、それからようたもたくさん話す。同じくらいの勢いで話す二人にせいと風丸は楽しそうに見守っていて、そうすればすっと近寄ってきた白色がふわりと笑った。
「ご飯中ごめんね。挨拶してもいいかな?」
『ん、いいと思うぞ。ようた』
「うん!」
「ありがとう」
ふわりと微笑むとようたに視線を合わせた。
「栄垣くん、僕は吹雪士郎。今日は本当にありがとう。とっても楽しかったよ。改めて、これからもよろしくね」
「よろよろん。俺っち栄垣耀太!かいとんの唯一無二の相棒様だぞぅ!!」
えっへんと胸を張るようたに吹雪はふふっと笑って、俺を見る。
「来栖くんも相棒と居るとすごく楽しそうだね」
『別に』
「サッカーも寂しくなさそう」
『別にィ』
「んふふ」
吹雪の言葉にようたはぱちぱちとまばたきをして、俺を見て、それから吹雪を見た。
「…ねぇ、下に兄弟とかいる?」
「うん、弟がね」
「そっかぁ」
ようたはなにかに納得して、右手を差し出す。吹雪は一瞬きょとんとして、それから微笑んで右手を差し出して握手を交わす。
「よろしくね」
「うん!よろしく!ふぶたん!」
「…。ふぶたんかぁ。初めて呼ばれたよ」
「うーん、違うのにする?ふぶくんかしろろん…やっぱふぶたん…」
「栄垣くんの好きに呼んでくれると嬉しいかな?」
「じゃあふぶたん!俺っちは耀太でいいよ!」
「あれ?いいの?」
「うん!」
「ありがとう。改めてよろしくね、耀太くん」
「よろよろん!」
にこにこする二人に珍しいこともあるものだと俺が目を瞬いて、手を離したようたは俺に寄り添い直す。
「んふふ、いい気分」
「吹雪ー!」
聞こえてきた声に目の前の吹雪が振り返って、また後でねと俺達に手を振った。離れていったと思うとその先にいた佐久間と鬼道が肩を掴む。
「吹雪!どうやって仲良くなったんだ?!」
「え?うーん、どうやって…?普通に挨拶しただけだけど…」
「あの栄垣だぞ?何も言われなかったのか??」
「よろしくねって言われたくらいだけど…」
ぱちくりとまばたきをする吹雪がそっとこちらを見る。ようたはにぱっと笑って手を振り返して、その向こう側の数人があれ本当に栄垣か?!と目を疑ってた。
『ようた、珍しいなァ?』
「んー、なんかねぇ、ちょっと」
目を逸らしたようたにせいが眉尻を下げる。
「似ているんだろ?」
「うん」
『…………………』
「その様子だと諧音もそう感じていたらしいな」
『…………まぁ、…ふわふわしてて、兄貴っぽくねぇとことか…ちょっと…』
「うん!俺っちにも優しいし!ね!せいたん!」
「ああ。あれだけ敵意しか振りまいていないのによく笑いかけてくれる。器が大きいのか気にしてないのか。まったく、あの手の人間は恐いな」
「わかる〜!自分がどうでもいいことに対してはとことん興味ないってスタンス全面に出してくるよね!」
『お前ら吹雪のこと褒めてんのか貶してんのかどっちだよ』
「「褒めてる」」
『あっそォ』
スプーンを差し出せば、あー!と口を開くから口の中に入れてやる。軽く閉じられたからスプーンを抜いて、それから俺も掬って口に運んだ。
俺達は俺が仕上げた料理だけを食べているけど、向こう側はそれじゃあ足りないから主食はもともと用意されていた物を口にしていて、今日は和食ではなくパスタだったらしいから妙に似合ったラインナップになってた。
俺の作った料理はビュッフェ形式にしたのか皿がひとまとめに置かれていて、それぞれが好きな量を取るようにしてあるらしく、遠目から見てもほとんどが空になっていて、いつの間にかその横に並んでる鍋の中身もそこに近い水位しか入ってなさそうだ。
「栄垣〜!」
「んー?」
食事をある程度終えたのか近寄ってきた円堂がにぱっと笑う。同じく程よく腹がいっぱいのようたはゆるく顔を上げて首を傾げた。
「なあなあ!どうしたらあんな楽しそうにサッカーできるんだ!?」
「楽しそう?」
「おう!二人がサッカーしてるときってお互いにすっごく楽しそうだろ!俺も二人とサッカーしたいからさ!」
「…………ぶふっ、」
「んえ?」
「あはは、なんか面白いねぇ!」
けらけらと笑うようたに円堂が俺なんか変なこと言ったかな…?と首を傾げて、浮かんだ涙を拭うとようたは口角を上げた。
「内緒」
「なんで?!」
「そういうのは自分で見つけなきゃ!」
驚いてる円堂にようたはせいと視線を合わせてもう一度笑うと口を開く。
「大丈夫!君もそのままの真っ直ぐさでいれば、かいとんがちゃんと見つけてくれるからね!」
「んん??俺かくれてないぞ??」
「ふふ、そうだったね〜。ね、かいとん?」
『このバカは次迷子になったら探さねぇで置いてくって言ってある』
「あら〜、もう一回やっちゃったの?」
『二度目はねぇ』
「ごめんってば!来栖〜!!」
「ふっ、面白い人間だな、円堂守」
「かいとんが楽しそうで嬉しいねぇ、せいたん」
くふくふと笑う二人に泣きついてくる円堂を押しのけながら睨みつける。冬花と道也も楽しそうで、風丸が落ち着いたらどうだ?と立向居と一緒に円堂を横に座らせた。
「だって〜」
「ほら!迷子になったら動かないってお約束です!」
「うう、でも焦っちゃうんだよ…」
「大丈夫ですよ!お化け屋敷のときもそうですけど、諧音さん結構しっかり円堂さんのこと探してくれてましたからね!」
「え、そうなのか?」
「もしかして遊園地の話か?」
「はい!虎丸を見つけたあと、しばらく探してたんですけど、俺達がこれ以上動けなさそうって判断してくれて、外に届けたあとにわざわざ戻って探してくれてたんですよ!」
「ええ!?そうなのか!?ごめん!来栖!むっちゃ迷惑かけた!!」
『今更自覚してんじゃねぇよ。次、一回で見つかんなかったら本当に知らねぇからな』
「うん!気をつける!!」
『はあ』
あまりに元気すぎる返事にまた同じことをやらかすだろうなと思いながらグラスを取る。話を聞いていた風丸はそっと目を細めて口元を緩めるから、眉根を寄せた。
『んだよ、その顔』
「いいや?別に?」
『はあ?』
「ふふ、来栖らしいな」
『何がァ?』
風丸は落ち着いた笑みのまま冬花と目を合わせて頷く。ようたとせいも頷いていて、なんの話かわからないのは俺と円堂だけらしく、立向居は道也を見上げた。
「お伝えしたほうがいいでしょうか?」
「いいや。このままでいい」
「なるほど…」
『お前らほんとなんの話してんのォ??』
「よくわかんないけど楽しそうだな!」
あっさりと流してしまう円堂になにか言うよりも早く、円堂はようたを見る。
「俺も見つけられるように頑張るよ!栄垣!今日は本当にありがとう!」
「どいたまして!がんばれ!」
笑いあった二人に円堂が離れていって、そうすれば空いた場所にそっと代わりに近づいてきたそれに目を向けた。
「栄垣、」
「気安く話しかけないでよね!!俺っちに話しかけたいなら献上品持ってきな!!」
「、」
「だいたいかいとんのこと見すぎ!近寄りすぎ!かいとんに気を遣わせるのやめてよね!かいとんの時間はお前の百倍貴重なんだよ!!」
鬼道が言葉を続けるよりも早く威嚇するようたに風丸と立向居は驚いたように固まって、冬花と道也も目を瞬く。
息を吐いて、向こうを見た。
『………せい、今はフィールドじゃねぇからいいか?』
「ふむ、軽くなら」
『ようた』
「ふぎゃっ」
手刀を落とせば頭を抑えて呻く。息を吐いて顔を上げれば丸くなった目と合った。
『ようたがわりぃな』
「い、いや…いいんだが…栄垣は大丈夫なのか?」
「お前ごときが俺の心配するなよ!」
『見ての通り死ぬほど元気だから気にすんな。あと、ようた、落ち着け』
「んああああ、かいとんんんん」
『ほら、おちつけ』
「かいとん、すき」
『俺もだから安心しろ』
「まったく…」
せいが息を吐く。俺の腹に顔を押し付けてぐぅぐぅ言ってるようたの髪を撫でながらあやして、苦笑いの冬花が鬼道に座るようにと椅子をそっと引いてやった。
「鬼道くん、耀太くんにお話があったの?」
「あ、ああ、その、聞きたいことがあって…」
「多分聞こえてると思うからそのままお話して大丈夫だよ」
「そうなのか…?」
冬花の言葉に一度ようたを見て、それから俺を見上げてまたようたに視線を戻すとゆっくりと口を開いた。
「その…練習中に来栖は見えているからそこにパスを寄越すだけで深く考えていないと言っていたが、それなら栄垣は来栖にパスを出すときに何を考えているのか知りたいと思ってな…」
「………………」
藻掻いてたようたがぴたりと止まる。手を離そうとすればすぐに手が伸びて来て俺の手を捕まえて頭の上に戻すからまた左右に動かす。静かなままのようたに鬼道がやはり駄目かと諦めようとするから、せいが目線でその場に留まらせた。
少し待っていれば、身じろいだようたが息を吸った。
「天使が天使らしく在れるように俺は最善を常に尽くしてる」
「、」
「フィールド上を把握して、天使が遊びたがりそうな場所を見つけておくんだ。そうすればボールを差し出すべき場所も、飛んでくるタイミングもわかるようになる」
「遊びたがる場所…?」
「人が多くて混雑してる場所とか、死角とか。…俺の天使はとても人が好きなんだ。すぐに人に紛れて遊びたがるから、そういうところを見逃さないようにして」
「…………」
「まぁ!お前たち人間ごときにすべてが見透かせるとは思ってないけどね!!!!」
『ようた』
「ああああかいとん!もっと俺っちを甘やかして〜!!」
『はあ。まったく…ありがとうな』
「んん!天使ぃ〜!!!」
好き好きー!と腹に顔を押し当てるようたの髪を撫でる。道也が巻き込まれないうちに戻れと合図を出して鬼道が離れて、そっと立ち上がってたせいも荷物を片手に帰ってきて元いた場所に座ると封を解いた。
「耀太」
「ん?!この匂いは!」
「ああ。お前の好きなチョコレートだ」
「わぁい!せいたん!せいたん!あーん!」
「ほら」
「ん〜!」
起き上がるなり、つままれたチョコレートを転がすようにして口の中に入れたようたは両頬に手を添えて目を輝かせる。せいは楽しそうに笑ったあとにもう一つつまみ上げてこちらに差し出すから口を開いた。
歯を立てればぱきりと表面が割れて蕩けるようにクリームが広がる。
「おいし〜!」
『んまい』
「ふふ。そうか」
穏やかに笑うせいはまたチョコレートをようたに運んでやって、お茶を飲んで息を吐いた道也は目を細める。
「本当に変わらないな、君たちは」
「うん!俺っちはいつまでもどこまでも俺っちだからね!」
「変わる必要性がないんだ。俺達はこのままで在り続ける」
俺が答えるより先にチョコレートが転がされるように口に運ばれて、返事をするタイミングを失う。
道也は気にしてないのか俺に言葉を催促することはなかったからそのままチョコレートを飲み込んで、デザート代わりのチョコレートが空になって、皿の上もすべてが無くなってるのを確認したところでようたとせいは目を合わせた。
「道也!おじゃましました!」
「ああ。今日はありがとうな」
「うん!いいよ!俺っちはかいとんのためなら火の中水の中だからねん!」
立ち上がった二人に俺も立って、ようたは冬花にも笑いかける。
「冬花ちゃんも、体調に気をつけてね!」
「うん。心配してくれてありがとう。耀太くんも体に気をつけてね」
「なんかあったらすぐにかいとんに相談だよ!」
「ふふ、そうだね。耀太くんもだよ?」
「もちこ!何もなくてもかいとんに話しかけ続けるから安心して!」
『何も安心できねぇわ』
「ふふ」
冬花が肩を揺らしたところでようたはうんうんと頷いて、それから気に入った面々を見据えた。
「たちむ!かぜりん!ふぶたん!またねー!!」
「はい!ありがとうございました!」
「ああ、またな」
「うん。またね」
名を呼ばれてそれぞれ楽しそうに返す。
どうしたらああなるんだ?と鬼道と佐久間を筆頭に虎と条助は二重人格?と首を傾げ、基山は苦笑いを零して、円堂が俺も!と混ざろうとしたのをそっと豪炎寺が止めた。
「かいとん!せいたん!お見送りしてー!」
『見送られる側が催促すんなよ』
「まぁいいじゃないか。ほら、行こうか、耀太、諧音」
そっと俺達の背に手を添えられて一緒に歩く。楽しそうに鼻歌をこぼすようたにせいも目尻が落ちて口元も緩んでる。
見送りは寮の外の車までと言われたからまっすぐ玄関に向かって、外に出た。
止まっている車の戸が開かれて、ようたが一瞬視線を落としたから手を伸ばし、服を掴む。
『…ごめん、ようた』
「…、次謝ったら罰ゲームだからね!」
めっだぞぅと俺の額をつついたようたに、せいも安心したように笑って、俺たちの頭を撫でた。
「無理をするのは良くないが、人を認められるようになったのは良いことだ。諧音も耀太もたくさん話したいことがあるだろう?…今度また、時間を用意しよう。ゆっくりと話せ」
「うん!」
『ん』
手を解けばようたとせいが一度ずつ俺に触れて目尻を下げた。
「かいとん、
「諧音、
『
聞き馴染んだ発音に口元を緩めて二人に唇を寄せて挨拶を返す。笑った二人は車に乗り込むから、手を振って、車が見えなくなったところで手をおろす。
次はいつ会えるかなと口元を緩めて、振り返った。
『どーしたァ?』
「、気づいてたのかよ」
『おー』
バツが悪そうに顔をしかめた不動に近寄る。寮の中に入ればほのかに温かい空気に包まれて、電光の下の不動は眉根が寄ったままだった。
『ようたかせいになんか話でもあったのか?』
「………んや、お前に」
『なんだァ?』
「…………」
視線を右と左に揺らして、それからぐっと言葉を飲み込んで、結んでしまってた唇を開いて、閉じて、言葉に迷ってるらしい不動にじっと待っていれば伸ばされた手が俺の服を掴んだ。
「さっきの、どこの言葉だ?」
『ドイツ』
「なんでドイツ…?」
『あー、俺、生まれは日本だけど、小せぇ頃にしばらく拠点にしてたのはドイツがメインなんだよ』
「、そうなのか」
『親の仕事の関係とかで転々としてたときもあったけど、基本はドイツだったな。ようたも故郷はドイツで、俺達はドイツのクラブチームで会ってる』
「ドイツのクラブチーム…」
『言ってなかったか?』
「英語が海外に住んでた関係で得意とは聞いてたけど…ドイツ語も喋れてドイツでサッカーしてたのは聞いてねぇ」
『そーだっけ?』
日本を経つ前に少し散歩しながら交わした会話の中にあったような、なかったような。問いかけに首を傾げれば不動は目を細めて息を吐いた。
「マジお前って…、一つわかったと思うと三つ謎が増える」
『そうかァ?』
「はあ…。……お前のことわかるようになんの、何年もかかりそ…」
『?』
寂しそうな声に手を伸ばして髪に触れる。ぱっと上がった顔に首を傾げた。
『ならもっと話せばいいんじゃねぇのォ?』
「、」
『聞きてぇことあるなら何でも聞け。俺はお前と話すのも、お前になにか聞かれんのも好きだぞ?』
「………いやじゃ、ねぇのか…」
『言葉を飲み込まれる方がやだ』
「…甘えたが」
目を細めた不動が思わずといったように言葉を零して、息を吐く。俯いて堪えるように唇を噛んだあとに顔を上げて俺を見ると髪に触れたままの手が払われた。
「勝手に触んな」
『やわらかくて気持ちいいのに』
「うるせぇ。髪が乱れる。許可なく触んな、ばか」
『ん。許可取ってから触るなァ』
「ったく…」
先を歩く不動の若干赤い目元に、触れるべきかなと考えて辞めておく。まだ見えてると知らない不動に、気づくのが先か、俺が我慢できなくなって種明かしをするのが先かとぼんやり考える。
階段をのぼって、俺の部屋の前で足を止めて振り返った不動はいつもどおりの表情で眉根を寄せた。
「朝練遅刻すんなよ」
『がんばる』
「起きなかったら許さねぇからな」
『叩き起こすのだけはやめてくれ』
「起きねぇのが悪い」
ふんっと鼻を鳴らした不動は手を伸ばすと指を一つ立てて、とんっと俺の額をつついた。
「そんじゃあな、おやすみ」
『おー、おやすみィ、不動』
「ん」
不動がくるりと背を向けるから俺も扉に手をかける。しまりかけの扉の向こう側、少し緩んだ表情をしてる不動に、やっぱり種明かしは俺からしようとベッドに入る。
すべてを知ったとき、不動がどんな反応をするのか。
今から楽しみで仕方ない。
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