ブルーロック

二人といることで見たこともないものを見て、触ったことのないものに触れて、たくさんの楽しいを知って、本とテレビの中にあるものだけが世界じゃないと知って、すべてが眩しかった。

キャンプをしたときに入った川は冷たくて、透き通っていて、見上げた星はとても明るかった。夏祭りで食べた真っ赤な飴は甘くて、花火はすごく大きな音がしたけど、広がって、ぱらぱらと消えていくところはきれいだった。海は水の引いていく感覚が最初は怖かったけど、冴が手を引いてくれれば足を踏み出せたし、プールは凛ちゃんと手を繋いで浮き輪に乗れば塩素の臭いなんて気にならないくらい楽しくて、日に焼けた肌は真っ赤になってしまって三人でしばらくお風呂に入るときは低い温度でシャワーを浴びた。冬にはいつも母さんと二人のパーティを冴と凛ちゃんだけでなく、歌奏さんと大和さんも含めてみんなで祝って、プレゼント交換をして、みんなで一緒に眠った。サッカーボールを蹴る感触、ちゃんと相手に届けられたときの感動。

たくさんの楽しいとすごいを体験して、寒くなってた気温が暖かくなって、花が咲く頃。

スーツをまとった母さんが俺に手を差し出した。

「行こうか、睡」

『うん』

ピカピカのランドセルは背負うとちょっと重たい。なれない重さにふらつきつつ帽子をかぶり、母さんの手を取って、家を出た。

保育園で過ごしてた俺はほとんど園に行っていないのもあるけどこういう行事というのは初めてで、たどり着いた大きな門に目を瞬く。

『母さん、人いっぱいだね』

「ふふ。みんな睡と同じ一年生だよ。仲良くなれる子がいるといいね」

『うん!』

どきどきとする心臓に少し息は苦しいけど、ぎゅっとお守りを握りしめる。

お正月にみんなで初詣に行ったときに、三人でおそろいにしたお守りは水色で、握っていれば息が落ち着いたから母さんとまた歩き出す。

今日は入学式で、保護者として参列する母さんと別れて先生に言われるままに席に座る。事前に教えてもらっていたクラスの番号に割り振られた椅子に座って、ランドセルを抱える。

着々と集まっていく人の多さにか気温が上がって暑いなと思い始めたところでマイク越しに音が響いた。

入学式は先生の紹介や挨拶、それから在校生のお祝いの言葉とたくさんの話を聞く。一つ一つが新鮮で言葉を聞いてる俺と同じように話をしっかりと聞く子もいれば、飽きてしまったのか寝ていたり、隣の席の子と話している子もいて、いる人と同じくらい好きなことをしてる人がいるらしい。

「それでは新入生の皆さん!教室に向かいましょう!」

最初に担任の先生だと紹介されたその人の声かけにばらばらと立ち上がる。母さんと同じか、それよりも小さめの背ではあるけど、みんなよりも大きいから先を歩く背中を見失うことなく今日にたどり着いて、黒板に貼られた紙が席順らしい。

よく見えないから人が引くまで諦めて、ある程度人が座りつつ、前に人がいなくなったところで近寄って場所を確認する。

右から二つ目の列、前から三番目。荷物をテーブルの上にのせてから座って、しばらくして全員が座ったところで先生は前に立った。

「あらためまして、はじめまして!みなさんに会える日を楽しみにしていました!一年いっしょに楽しく過ごしましょう!」

明るい笑顔にばらばらの返事が響く。どうしたらいいかわからず目を瞬いていれば、ではまず出席を取りますと薄い本のようなものを取り出した。

「名前を呼ばれたら大きく、はい!と返事をしましょう!」

本を開いて、一人ずつはっきりと名前を呼んでいく。丁寧にフルネームで呼ばれていくそれはあから順番で、着々と近寄っていく順番に心臓がバクバクと音を鳴らす。

「詞詠睡くん」

『、はい』

なんとか出た声に先生は次のこの名前を呼ぶ。難関は過ぎたと小さく息を吐いて、握りしめてたお守りは手汗で少し濡れてしまってた。

「では今日はこれでおしまいです!また明日も、みんなに会える日を楽しみにしてます!」

簡単な挨拶と必要なプリントを渡されただけで学校生活1日目はあっさりと終わった。ちょうどよく鳴り響いた大きな音に一瞬肩を揺らして、チャイムらしいそれに先生の合図によって全員立ち上がって、さようならと挨拶を交わした。

わいわいと賑わうのは出入り口で、人の多さに出るのは少しあとにしようと空くのを待つ。

ねぇ!と聞こえた声に顔を上げた。

「みいは、かなざきみいなだよ!」

『あ、えっと、詞詠睡、です』

「よろしくね!」

『う、うん』

「俺、さはられん!よろしく!」

『よ、よろしくね』

近くの席らしい。二人の勢いに押されるままに頷いていれば二人はあっちの子にも挨拶とだっと走り出して、たぶんあれは友達100人作ろうとしてるんだろう。

すごいなぁとようやく空き始めた扉に鞄を持ち直して歩く。

「睡」

『母さん』

出てくるのを待ってたのかそわそわしてた母さんが顔を上げるからホッとして息を吐く。まっすぐ階段に向かって気をつけながら降りていって、下駄箱で上履きから靴に履き替えた。

「外の入学式の看板のところで写真撮ろうね」

『撮るの?』

「うん。冴くんに絶対見せてって頼まれちゃって」

『冴に??』

なんで?と首を傾げる俺にあははと母さんは笑って、ほらと背を押した。

「睡も後から写真見かせたほうがいいでしょ?」

『うーん。見る機会あるかなぁ…?』

「あるある。ほら、みんなも撮ってるでしょ?」

『ほんとだ』

看板の前で写真を撮るのはその子一人であったり、親と一緒であったり、それぞれが笑ってたり恥ずかしがってたりと個性があって、ちょうどよく引いたひと気にさぁさと促されるままに看板の横に立った。

「睡〜、笑って〜」

『う、うん』

「ふふ」

構えてた携帯でシャッターを切った母さんに、目を瞬く。そうすればそっと近寄ってきた他の親子が一緒にとりましょうか?と微笑みかけてくれて、母さんは携帯を預けると俺の隣に並んだ。

「撮りますよ〜」

「お願いします!」

「はい、チーズ」

携帯の方を向いて、口元を緩める。音にシャッターが切られたのがわかって、ご確認お願いしますーと携帯が返されたことで母さんはありがとうございます!と頭を下げたから俺も倣った。

『ありがとうございます』

「あはは。困ったときはお互い様!」

穏やかなその人に母さんは嬉しそうで、どうやら別のクラスの子のお母さんらしいその人の写真を代わりにとってあげて、これからよろしくお願いしますねーと挨拶をして離れた。

「睡、学校はどうだった?」

『んー、まだよくわからないや』

「ふふ、それもそうだよね」

行きと同じ道を歩いて戻る。交通ルールを守って歩いてもニ十分くらいの道のりに会話をしつつ進めば、見えてきた見慣れた家の前でボールを蹴ってた二人がぱっと顔を上げた。

「すいちゃん!」

『凛ちゃん』

「睡」

『冴』

「おかえりなさーい!」

「おかえり」

『ただいま』

待っていてくれたらしい二人のうち、凛ちゃんが飛び込んできて、冴はそっと近寄るとふらついた俺を支える。

「おかえりなさい、睡ちゃん、累さん」

「た、ただいま戻りました!」

「わぁ、睡ちゃん制服もお帽子とランドセルもよく似合ってるね」

「ふふ、前髪切ったのね。お顔が見えてとってもかわいいわ」

『あ、ありがとう、ございます!』

中から出てきた歌奏さんと大和さんに背筋を伸ばしてしまって、そうだと大和さんが笑った。

「睡ちゃん、もしよかったら冴と凛と写真撮ってくれるかな?」

『俺が?』

「りんちゃんすいちゃんとおしゃしんする!」

「睡、撮るぞ」

『あ、うん』

二人に手を取られてこっちと庭に入りここと指示された場所に立つ。庭で咲き誇ってるのは歌奏さんが育ててるお花で、色とりどりのチューリップに囲まれるように立っていれば母さんが笑った。

「三人揃って妖精さんみたい」

「とってもかわいいわぁ」

「写真とるよー」

「うん!」

にぱぁっと笑って手を前に出して二本指を立てる凛ちゃんに、冴も少しだけ口元を緩めて俺に寄り添って、そわそわとしつつ凛ちゃんを真似て指を二本、そっと立てて笑えば大和さんが首からかけてた大きなカメラのシャッターを切ってくれた。

「よし!いい感じ!」

「ふふ。後でプリントしてお渡しします ね、累さん」

「うう、いつもありがとうございます…!」

「ぱーぱ!りんちゃんにもおしゃしんよ!」

「うん!冴と凛のアルバムにも入れるからね!」

「ん」

ならいいとこくりと頷いた冴に、さてと歌奏さんが微笑む。

「それじゃあ早速睡ちゃんの入学祝いしないと」

「え、本当にやってくださるんですか?」

「ええ!もちろん!冴ちゃんと凛ちゃんも準備万端ですもの!」

「そ、そんな、恐れ多い…」

「いいんですよ。家族みたいなものじゃありませんか。もっと気軽に頼ってほしいわ」

笑みを転がしてる歌奏さんに目を瞬いて首を傾げる。そういえばと両隣にいる二人を見れば、俺のようにぴしっとしたズボンと上着を纏っていて、サッカーや泥遊びをするときとは全然違う格好をしてた。

『二人ともかっこいい洋服だね』

「りんちゃんおめかし!」

「家族のお祝い事は食事会って決まってるからな」

笑う凛ちゃんとさらりと零すと冴に目を瞬く。九月に凛ちゃん。十月に冴と誕生日会をして、歌奏さんと大和さんは春の生まれだったようなと思い出して首を傾げる。

『お祝い?誰かのお誕生日?』

「睡の入学祝い」

「すいちゃんの!」

『???』

「………はあ。睡は家族だろ」

「にいちゃんとりんちゃん、すいちゃんのおいわいするのよ!」

呆れたみたいに息を吐いたあとに笑った冴が俺の髪をなでて、凛ちゃんがぎゅーっと抱きついてくる。

ぱちぱちと瞬いてた目を見開いて、それから口元が勝手に笑ってしまって、二人の手を取った。

『…ありがとう』

「ん」

「うん!」

迷わず頷いてくれた冴と凛ちゃんにえへへと思わず笑いがこぼれて、ふわふわする気持ちに歌奏さんと大和さんは良し!行きましょう!と母さんを誘導して、さぁさと車に乗り込んだ。

「いっぱい好きなもの食べてね!睡ちゃん!」

『う、うん、』

「冴ちゃん、凛ちゃん、睡ちゃんにおいしいもの教えてあげてね」

「ああ」

「はぁい!」

「ええと、一体どこへ…?」

「ふふ。ついてからのお楽しみ」

「ええ…??」

歌奏さんの笑みに母さんは不安そうにしつつ、走り出した車に諦めたように笑みを零す。

隣の冴が俺の髪を撫でるからそちらを見れば、目があって、前髪が撫でられた。

「結構切ったんだな」

『へ、変?』

「変じゃないけど、すごい顔が見える。思い切ったなって思って」

『えっと、冴の髪かわいいから、真似したいなって』

「、」

『それに、学校でも鏡見たら、冴居るみたいで安心するかなと思って…』

「………………」

『………だ、駄目だった…?』

黙ってしまった冴に不安になってしまう。視線を上げればかっと目を見開いた冴の手が伸びてきて、髪をわしゃわしゃと撫でられたと思うと頬に添えられていつもどおり口が塞がれた。

「駄目なわけがないだろ。…いつでも俺を感じてろ、睡」

『うん!』

許可が降りたから笑えば後ろからばしばしとチャイルドシートを叩く音がした。

「にーちゃ!りんちゃんも!りんちゃんも!」

「あぶねぇから車降りたらにしような、凛」

「ぶーっ」

はしゃいでるらしい凛ちゃんを冴が窘める。頬をふくらませる凛ちゃんに手を伸ばして髪を撫でればぱぁっといつもの可愛い笑顔に戻って、いつもどおり一つ前の席に座る母さんと歌奏さんは顔を見合わせた。

「もしかして…冴くんのあれって、睡のせいじゃ…?」

「ふふ、睡ちゃんったら天然さんね、パパ」

「うん。将来が楽しみだ、ママ」

「うう、胃が…」

三人の会話になにが?と聞くより早く、とんっと肩に凭れた冴に視線を向ける。

『冴?』

「学校で嫌なことがあったらすぐに言えよ、睡」

『う、うん、わかった』

「りんちゃんがかいじゅうやっつけてあげるのよ!」

『ふふ。うん、ありがとう、凛ちゃん』

冴と凛ちゃんの心遣いに温かい気持ちになる。

不安ばかりだった学校生活ではあるけど、頑張れそうだと意気込んだところで、目的地にたどり着いたのか、すっと静かに車が止まった。



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