イナイレ
一旦仕切り直しをしたことで、来栖はさてと俺達を見た。
『お前ら暇だろ?そろそろ出るか?』
「やっとかよ」
「…ああ」
口角を上げた不動に、頷いた俺。風丸が心配そうに横を見て、来栖にひっついてる栄垣はにぃっと笑った。
『ようた』
「ん?なぁに、天使」
『飛べるか?』
「愚問だぞぉう」
するりと頬を撫でてそのまま唇を寄せた栄垣に来栖はならいいと頷いて、俺と不動は眉根を寄せる。風丸と佐久間が俺達を見比べて不安そうに息を吐いた。
×
『じゃあ予定通り、鬼道と不動にもパス回すぞォ。佐久間は確認してくれ。風丸もさっきとおんなじで走り込んでけ。円堂も、めんどくせぇからある程度侵入してきたのは全部任せる。ゴールさせんなよ』
「おう!」
「任せてくれ!!」
風丸と円堂の返事に、来栖はんーと頷く。栄垣はじっと鬼道と不動を見たままで、佐久間が大丈夫か…?と息を吐いた。
隣に座っている音無が俺を見上げた。
「あの、響木さん、あれは大丈夫なんでしょうか…?」
「何か心配か?音無」
「ええと、その…すごくあっちのチーム怖い空気がしてます…」
「ははっ、そうだな」
音無の不安はもっともで、木野は苦笑いを浮かべるとたしかにねとこぼした。
「栄垣くんのあれは…うーん、しょうがないことだからね」
「秋さん、なにか知ってるんですか?」
「んー…、あのね、栄垣くんは来栖くんの相棒なの」
「来栖さんの…あ、そういえば最初にいらっしゃったときにも言ってたような…?」
「うん。あれはね、本当の事なの。昔から、来栖くんがサッカーするときの相棒は栄垣くんなんだよ」
「え…!そうなんですか…!!」
「ふふ。来栖くんと栄垣くんの連携は本当に一つたりとも迷いも無駄もなくて、速くて…だから、とっても綺麗なんだよ」
木野の言葉を証明するように、動き出しているフィールドで、パス回しで相手を抜いて上がっていく来栖と栄垣に音無が目を輝かせる。
「本当に…こう改めて見ると、合図の一つもしてませんね」
「うん。こればっかしは長年相棒として築かれた信頼関係とかだろうね?」
「はへ…!すごいです…!」
二人の会話が聞こえているのだろう。少し離れて座っている彼は口元を緩めていて、優しい瞳でフィールドを駆け抜ける二人を眺めていて、彼の持ってきたビデオカメラは録画を続けてた。
ゲームが始まる直前、栄垣がやってきて飛びついたと思うとため息を吐いた。
「せいたーん。なぐさめて〜」
「まだ始まってもいないのに随分と落ち込んでいるな?」
「だってだって、俺っちが相棒なんだからね!」
「当たり前だろう?天使と飛ぶのは昔からお前だけだ」
「あ〜!せいたん好き!!もっと俺を甘やかしてー!!」
「嫌だが?」
「なんで?!」
「今この状況でお前を甘やかしたら、お前がだめになってしまうからな」
「………せいたんのいじわる」
「人のこといじめてきていたお前が言うか?」
「昔のことなんて知りませ〜ん」
「まったく…」
ぽんぽんと頭をなでてたと思うとそれで?と首を傾げた。
「こっちに何しに来たんだ?」
「かいとんからでんごーん。頼んでたものマネージャーに渡してーだって」
「そうか、わかった」
「はぁ〜あ、俺っち伝書鳩じゃないのに〜」
「何を言っているんだ。耀太でなければならないから遣わせたんだろう?」
「えー?俺っちがあっちで煽り散らかしたかったのに〜」
「そういうところだろうな?」
「ぷんぷん」
「まったく。…ほら、そろそろ諧音の元に向かうといい。相棒が居なくては始まらないだろ?」
「たしかに!じゃあせいたん!よろしくねん!!」
「ああ。二人の活躍をしっかりと撮っておこう。いってこい」
「うん!いってきます!」
このまま一つになるんじゃないかと思うくらいひっついていた二人は、ようやく離れたと思うと栄垣が笑って走り出す。
振られた手のひらに右手を上げた彼は下ろすなり音無と木野に近づいた。
いつの間にか寄ってきていた黒スーツによってスムーズに設置された大量のビデオカメラに、それからそれと繋がっているらしいモニターを差し出して、二人に簡易的に説明をした彼はベンチに腰掛けた。
一度来栖と栄垣の間に不穏な空気が流れたときに止めに入った以外は基本同じ場所でフィールドを眺めている彼は誰なのかわからない。しかし毅然とした様子と整った身なり、備えられた電子機器たちにそれなりの地位の人間であることは伺えて、目金が一体何者とずっとそわそわしてる。
笑みを崩さない彼が、すっと目を細めた。
『鬼道!』
「っ、」
「ああ!違う!そこでスピード緩めんな!!」
「す、すまん!」
一歩半、届かずにこぼれたボールを拾ったのは栄垣で、それはすぐに駆け込んでいた風丸に回された。
「来栖!」
『っ』
「そこ!おそい!!かいとんがもらいにくいでしょ!」
「ちっ、これで遅いのかよ…!」
飛んできたボールを無理やり拾った来栖に今度はパスを回した不動が叱責されて、佐久間が眉根を寄せた。
「体感するとよくわかる…速さが異次元だな…」
計算しているのか、栄垣と来栖の動きと、鬼道と不動が相手のときとでぶつぶつと言葉を零す佐久間に、ボールは時折溢れて相手に渡り、そのボールは宣言されていた通り一定ラインを超えたものを来栖と栄垣は追わず、円堂が迎える。
止められたり、入れられたり。相手やシュートの威力によって多少のブレはあるものの、先程よりもあからさまにミスが多くなったプレーに基山たち主体のチームは余裕が出てきたのかあちらも連携を見せるようになってきた。
「………ふむ。これは…しかたないか」
とんとんと、組んでいる足の膝近くを人差し指で叩いて目を細めてる彼は小さく息を吐く。
「あ、あの!」
「どうした、音無春奈」
「あ、えっと、その、お聞きしたいことが、ありまして…」
そわそわとする音無に彼は視線を逸らさずに口を開いた。
「発言を許可しよう」
「ひぇ、ありがとうございます…」
緊張しますとふるえてる音無は、その、と彼を見上げた。
「せっかく人が増えたのに、なんだかさっきよりも攻め込まれてるように見えて…」
「そうだろうな。駒が増えたところでその駒が使えなければ意味がない」
「こ、駒…」
「鬼道有人と不動明王が原因ではあるが、これは必然だ。先程の風丸一郎太がうまく行き過ぎただけで、対比して余計そう見えている」
「ひ、必然…ですか…?」
「ああ。今でこそ相棒として飛んでいる耀太だって、最初は天使に合わせるのにかなり苦戦していた。それを二人同時に仕上げようとしているんだ。崩れるのは必然だろう?」
「え!あの栄垣さんも苦戦してたんですか?!」
「当然だ。天使は天使だけの完璧な世界を作り上げていたからな。そこにいくら名を馳せていたとはいえ人間が肩を並べようとしていたんだ。あの頃の耀太は毎日怒って泣いていたな。懐かしい」
ふふっと思い出すように笑い声を転がす彼に音無は目を見開いていて、木野もぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「あの来栖くんと栄垣くんが…」
「木野秋、お前はアメリカ代表と懇意だったな。天使のプレーを見たことがあるならわかるだろう?耀太がいなくともあのプレーは完成しているんだ」
「………たしかに、来栖くんたちのプレーは完成してました」
「耀太が居ることで幅が広がったのは事実。しかしそれは必須ではない」
「……」
「え?!そうなんですか!??」
「ああ。天使は天使のプレーがあるからな」
「うええ…???」
混乱している音無に木野は気まずそうに笑みを浮かべる。彼は鼻を鳴らして、足を組み直した。
「だが、諧音は耀太を必要として共に飛ぶことを選んだ。だからこそ耀太はその座に固執してる。……そして、その座を揺るがそうとしている存在を敵視するのは、当然のことだ」
「ああああああ!!!!」
「ふむ、我慢できなくなったか」
響いたのは栄垣の絶叫で、来栖が息を吐く。栄垣は走り抜けると鬼道からボールを奪い取り、そのまま相手チームへと持ち込んでいく。
「この俺が、いつまでも愚鈍な人間に合わせてやると思うか?」
「は、」
「身の程を知れ、人間。貴様らに割く時間などない」
すっと目を細めた栄垣の青色の瞳は冷たく、表情も抜けたように落ち着いている。あまりの様子の変わりように全員が動揺しつつ相対して、栄垣は蹴散らすように抜き去った敵チームにボールを放ってゴールを揺らした。
ころころと転がるボールに、栄垣は顔を上げて、睨むように、辺りを見渡した。
「どうした、人間。何を固まっている?立っているだけでは俺を止めることなどできないぞ。それとも走ることを諦めたか?貴様らよくもその程度で国の代表を名乗っているな」
「………、あ、え?!栄垣…?!」
「お、おい、どうしたんだ、栄垣…」
あまりの変わりように円堂と風丸が戸惑って、鬼道と不動が固まる。
一人、またため息を吐いた来栖は顔を上げた。
『はぁー……、せい』
「しかたないな。木野秋、ブザーを鳴らせ」
「あ、はい!」
ビーッと響いたブザーに栄垣の眉根が寄る。
「何故止めた?」
『ほら、休憩』
「ぶっ」
タオルを押し当てて栄垣を抱え込んだ来栖はずるずると引っ張ってグラウンドを出る。迷わずにこちらに向かってくると手を引っ張って遠心力で投げるようにして、ふらついて飛び込んできた栄垣を難なく彼は受け止めた。
「耀太、深呼吸だ」
「……………」
『ようた』
「………………すぅ…はぁ〜…」
深く繰り返される呼吸に二人は目を合わせると首を横に振る。
『ようた』
「ん、かいとん…」
「耀太」
「せいたぁん」
「ああ。大丈夫そうだな」
『ん。大丈夫だな』
ぽんぽんと髪を撫でる二人に栄垣は、んん〜とむずかるように声を零して、顔を上げた。
「ごめんね、かいとん、せいたん」
「気にするな」
『…無理させてごめん』
「んへへ、俺っちがはしゃぎ過ぎちゃっただけだよん!大丈夫!もう平気ー!」
きゃっと笑う栄垣は、肩を落としてる来栖に飛びついてキスを繰り返す。すっかりと元に戻った様子に置いてけぼりを食らっているのは全員で、ひっつかれている来栖とくっついてる栄垣二人の頭を撫でると彼が顔を上げた。
「20分休憩だ。その間に情報を擦り合わせておくように。木野秋、音無春奈。タイムキーパーも良いが彼らに助言を行うように」
「え、はい!」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばして返事をする二人に、来栖も含めて三人はベンチに腰掛ける。栄垣は来栖の膝の上に跨るように座るとあまえてる猫のように擦り寄って、隣の彼はそれを見てくすくすと笑って見守っていた。
「ええ…っと…」
「作戦会議、する、か…?」
風丸と円堂の言葉にはなんとか全員が動き出す。それぞれのチームが合体して話し合いをするようで、そこに俺達も近寄って混ざることにした。
「えーと、…その、さっきの栄垣、むっちゃはやかった、な??」
「あー…だな!すっげーはやかった!最速って感じ!!」
「てかあの人むちゃくちゃキャラ変わってなかった??」
「なんかこう、こわかったっす…」
「あー」
話をずらそうとしたらしい風丸と円堂に、小暮と壁山が話を戻してしまって、あの円堂が微妙な表情で言葉を濁して、頬をかいた木野があのねと口を開いた。
「実は、栄垣くんってさっきのあれのほうが昔からの性格なの」
「「「え」」」
「えっと、じゃあ最初のにこにこしてたあれは…?」
「うーん、よくわからないんだけど…いつの間にかあんな感じになってたというか…立向居くんは知ってるかな?」
「はい!栄垣さんはとってもすごい選手ですけど!周りへの言動に対してアンチが多い選手でしたから!」
「ええ、知っててあんなに近づいたのかよ、お前…根性あるな?立向居」
目を瞬く綱波に立向居は首を横に振る。
「栄垣さんのあれはしつこいマスメディアとサッカーで弱い相手に対してしかしないので!来栖さんたちを敬ってる相手には優しいです!」
「来栖を敬う…?」
「……あ?俺達、サッカーで弱い相手だと思われてんのか?」
「あ!いえ!たぶんあれは諧音さんについていけないことに対しての態度なので弱いからじゃないと思います!」
「……………つまり、俺達が遅くて意思の疎通ができてねぇのが腹立つくれぇ弱いって言いてぇんだな?」
「あ、う、そそそそういうことでは!」
目を細めた不動に立向居が慌てて否定するけれど空気は重い。泣きそうな立向居が見上げてくるのは俺達で、あまりに落ち込んで唇を噛んでる鬼道に、音無が、でも!と両手を握りしめて声を張った。
「最初は栄垣さんも合わせるのに苦戦したっていってました!毎日泣いたり怒ったりしてたらしいですし!まだ合わせて一日目のお兄ちゃんと不動さんが合わないのは当然だと思います!」
「え、あの栄垣が泣いてたのか?」
「それはどこの情報だ?」
「あの方です!」
指された先のスーツ姿の彼に、鬼道は目を見開いていて固まっていて、吹雪がうーんと首を傾げた。
「ねぇ風丸くん」
「なんだ?」
「風丸くんは来栖くんと栄垣くんと連携できてるけど、どうやってるの?」
「え、俺?」
ぱちぱちと目を瞬きながら風丸が斜めを上を見る。
「うーん、実は俺もよくわかってない」
「そうなのか?」
「ああ。俺はただ空いてるところに飛び込んでるだけで、シュートモーションに入ればボールが回ってくるし、逆に持ってるボールをどうしたらいいかわからないときは誰もいなそうと思ったところに蹴れば二人が運んでくれる」
「……え、それだけなの?」
「それだけだ。とりあえず速さに慣れろってさ。だからボールがこぼれた時のフォローとかも無視して、常に走ってるようにって指示されてるんだ」
「そうなんだ…?」
「作戦も何もあったもんじゃないですね…?」
虎丸の不思議そうな顔にわかると風丸が頷く。
「風丸さんはそれでいいんですか?」
「様子見てそのうち指示だしてくるだろうから、俺も慣れるまで一つのことに専念しようと思って」
「え、そうなんですか?」
「ああ」
「どうしてそう思うんだ…?」
「あれはまずは俺のできることからやって、どんどんできることを増やしたほうがいいって意味だ」
さらっと言い放った風丸に鬼道と不動が固まって目を丸くする。不動がゆっくりと口を開いた。
「それ、彼奴が言ったのか…?」
「いいや?来栖のことだしそういうことかなって思って勝手に俺が動いてる」
「………………」
「彼奴、やるなら基礎からしっかりやれってタイプで唐突に応用問題出すみたいな無茶振りしてくることはないからな。さっきの鬼道と不動とのあれも、たぶんもっとパス回して合わせていきたいんだと思うぞ」
「「え、」」
「まぁ思った以上に目まぐるしくて二人同時に合わせるのに来栖も追いついてないっぽいけどな」
欲張るからだな!と笑う風丸に全員が静まって、円堂だけがからからと笑う。
「さすが風丸!来栖のことなんでもわかってるな!」
「え、いや、俺のはお守りさせられてた経験則だからな??」
「はっはっ!経験談に勝るものはないってことだな!」
「さすが風丸お母さんだね〜?」
土方と小暮が笑う。風丸が来栖の面倒を見ているという話はよくきいていたけれど、それは一部の人間にも知られているらしい。
明るくなった雰囲気に、豪炎寺と飛鷹は風丸すごいな…?と尊敬の意を込めて見据えていて、鬼道と不動が視線を落とし掛ければとんと佐久間が肩に手をおいた。
「鬼道、不動。サポートは任せろ!」
「、佐久間…」
「とりあえず来栖の欲しがるパスの速さは計算できてるぞ!」
「は?あの短時間でか…?」
「俺は理数系なんだ」
ふふんと笑った佐久間に二人は口元を緩めて、鬼道は顔を上げ、不動は顔を背いた。
「頼んだ、佐久間」
「さっさと教えろ、佐久間」
「ああ!」
三人の様子にあっちは大丈夫そうだねと木野が笑って、そうだった!と円堂がみんなを見た。
「皆に言わなきゃって思ってたことがあって!」
「どうした?円堂?」
「俺!来栖と栄垣の動きずーっと見てたんだけどさ!彼奴らがパス出すタイミング!ちょっとわかったかもしれない!」
「「「…は?」」」
「え、それは本当か…?」
「あ、いや、絶対じゃないんだけど、」
「さっさと言え」
「は、はい!」
凄んだ染岡に円堂がひぇっと震え上がって、言葉を紡いだ。
×
「さっきはごめんね〜!」
「ううん、大丈夫だよ。それにしても早かったね!びっくりしちゃったよ!」
「俺っちは底見せない系だからねっ!」
「ふふ。ほんと底が見えなくて困っちゃうよ。もしかして来栖くんもまだギア上がるのかな?」
「もちろん!天使は飛ぶからね!」
にっと笑う栄垣は先程までと同じくテンションが高い。すっかりと元に戻った様子に向かいに立つ吹雪がふふっと笑っていて、来栖が顔を上げた。
『ようた』
「うん!」
呼ばれてぴとりとくっついた栄垣は、近くにいる鬼道と不動を見据えると目を細めて、それからぷいっと視線を逸らす。
「……さっきはごめん」
「、今なんて?」
「……………お前、本当に栄垣か?」
「はあ???お前たち失礼すぎない???」
「…ああ、栄垣だな」
「かいとん!こいつらきらい!!」
『日頃の行いだろ』
「んん!!」
ぷんぷんと怒る栄垣に来栖は仕方なさそうに頭を撫でてやって、視線を上げた。
『止めて悪かったな。再開しても平気か?』
「ああ!」
「おう!」
「よろしくね」
相手チームと自チームの様子を確認した来栖はボールをもらって息を吐く。栄垣が隣にいて、鳴ったブザーにボールが動き出した。
来栖と同時に走り出すのは全員で、迎え撃とうとした豪炎寺と虎丸にボールを栄垣に回す。来栖は迷い無く走っていくと栄垣からまたボールをもらって、走り込んでた鬼道と不動は口角を上げた。
「なるほどな…!」
「そういうことかよ」
二人が走るのは来栖から見えない、人と人の壁の向こう。わかりやすく、へぇ?と目を細めたのは栄垣で、風丸が笑った。
『鬼道!』
「ああ!」
ボールを受け取った鬼道は走って、吹雪と相対する前に不動に回す。それから不動が思い切りボールを放って、吸い込まれるように落ちたボールを来栖が受け取った。
「ふぅん?」
『やるなァ』
「当然だ!」
「いつまでもてめぇらの背中追いかけてるだけだと思うなよ!」
挑戦的に返す鬼道と不動に栄垣と来栖は一瞬視線を交えると頷く。
「上げようっ!天使!」
『ああ!』
ぐっと地面を蹴った来栖が飛び出すように走り出す。一気に速さを増した来栖に、は?と綱波が目を見開いて、栄垣が笑った。
「ほらほら!まだまだ上がるよ!」
「まじかよ!」
「アンタたちまだ速くなんの?!」
土方と小暮の悲鳴に壁山が二人のパス回しに抜かれて、ゴール前に飛び込んでいた風丸がボールを受け取ってシュートを決めた。
揺れたネットに立向居が汗を拭って、自陣へと戻る二人は鬼道と不動を見る。
『休憩時間は無駄になんなかったみてぇだなァ』
「ああ。てめぇらが遊んでる間、こっちは有意義な時間過ごしたぜ」
「ふぅん?急についてくるから驚いちゃった」
「からくりが解ければなんてことはないからな」
『「からくり?」』
きょとんとした二人に鬼道が口角を上げた。
「お前たちはパスを送る前に必ずお互いのいる位置を把握しているか合図をしているだろう?返事がないときはパスを出さない」
「…………え?なんの話?」
「「は?」」
『合図…?』
ぱちぱちと目を瞬く二人は足を止めていて、鬼道も不動も訝しげに眉根を寄せた。
「お前はすぐ手ぇ振ったり頷いたりしてんだろうが」
「…………え、あれは俺っちが天使の美しいプレーを賞賛してるだけだけど?」
「来栖もよく笑っているしな」
『あれはようたが楽しそうだから自然と笑っちまうだけで…そうか、俺達そんな癖あんのか』
「気をつけないとだね!かいとん!」
『ああ、危ねぇな。突っ込まれる要素は減らさねぇと』
「「は?」」
固まった二人に来栖と栄垣は不思議そうにして、ちょっとまってくれと風丸と佐久間が近寄った。
「お前たちあれ合図じゃないのか?!」
「えー、合図だと思ってしてないよ?」
「じゃあどうやってパスしてるんだ??」
『なんとなく受け取ってもらえるって思ったときにパス出してる』
「「はあ?!」」
「あー、かいとんに聞いてもだめだよ。天使はすべて見えてるからそこに出してるだけだもん」
首を左右に振った栄垣は頬を描く。
「うーん、でもそっか。俺っちそんな癖あったんだ。…たしかに、それでパス回るようになったのかもね」
『そうなのか?』
「…ふふ。俺っちが天使をとぉーっても大好きになったからかいとんのことがわかるようになって一緒にサッカーできるようになったってことだよ!かいとん!」
『…そっか。ありがと、ようた。俺も好きだぞ』
「ああああ!!かわいい!!あいしてるよ!天使!!!」
俺の天使が今日もかわいい!と叫んだ栄垣がぴったりと抱きついて、来栖は目を瞬いてから息を吐く。
『合図とかはよくわかんねぇけど…それでお前らとサッカーできんならいい。これからもボール回すから頼んだぞ、鬼道、不動』
珍しく表情を緩めた来栖に笑いかけられた二人は固まって、視線を泳がせた。
「お兄ちゃんとっても嬉しそうです!」
「ふふ。不動くんも嬉しそうだね」
ベンチから見守ってた二人が笑い声を転がす。
その向こう側で、ようやく口元をほころばせた彼は目をつむった。
×
パスが回るようになった来栖のチームは、先程よりも速度を増していて、食らいつくのは両チーム選手ともにで、朝からずっと走り回っている面々にそのうち一人、また一人と足が縺れるようになってしまって規定時間よりも早く、彼がブザーを鳴らした。
「諧音、耀太。はしゃぎすぎだ」
『、わりぃ』
「あらぁ、無茶させちゃった?」
「あまり詰めすぎても仕方ない。予定よりも良い出来だ。今日はそこまでにしろ」
『ん』
「はーい」
お互いに渡されたタオルで汗を拭い合ってる二人に彼奴らの体力は本当にどうなっているのかと心底不思議に思う。
小さな頃から世界を背負っていた選手とはいえ、ここまで地力に差があるものなのかと息を吐こうとして、聞こえた足音に顔を上げた。
「ふふ。諧音くんも耀太くんも、楽しそう」
『、冬花』
「冬花ちゃん!もう体調大丈夫なの??」
「うん。心配してくれてありがとう。軽い貧血だったみたい。休んだらすっかりこのとおり元気になっちゃった」
ふふっと笑う久遠に来栖は一瞬久遠監督と目を合わせて、頷く。久遠はそっと坂を降りてくると来栖に近寄って、微笑んだ。
「ただいま、諧音くん」
『ん、おかえりィ。冬花』
慣れたように笑い合う二人に栄垣も彼も微笑ましそうに見守っていて、それから久遠監督がこちらに歩いてきた。
「どうでしたか?」
「ああ。楽しそうにサッカーしていたぞ」
「そうですか」
口元を緩める久遠監督はほっとしたように息を吐く。来栖がサッカーから離れて一番心配していた姿を思い出して、わざわざ批判をくらってまで来栖を代表に据え、そして監督の真似事までさせるなんて、本当に親ばかというのがよく似合う。
「円堂、鬼道、豪炎寺。渡した資料は役立ったか?」
「んー!びみょうです!」
「わか、って、いても…おいつく、のは…別で…」
「はぁ…ほんと、きつい…が…来栖、に、負けてられないな…!」
「ふ、そうか。これからも仲良くしてやってくれ」
「「「はい!」」」
息も絶え絶えなのに返事だけは強い。三人の言葉には監督らしからぬゆるさで笑って、顔を背けた。
「諧音、そろそろ支度しないのか?」
『あー、する』
「ごはん!ごはん!」
「耀太、今日の復習でもしながら待とうじゃないか」
「はーい!」
ぴょんぴょんとしてる栄垣を支えるように手を回し、来栖はちらりと隣を見た。
『冬花、飯は食えるか?』
「うん。食べたい」
『ん。おとなしく待ってろ。道也もな』
「ああ」
「諧音、準備は任せたぞ」
『んー』
ふらふらと手を上げて歩き出した来栖に、四人は顔を合わせて、久遠がふわりと微笑んだ。
「みんなもシャワー浴びて、夜ご飯にしよう。お腹空いてるかな?」
「おな、か…すいてます…」
「すい、てるけど…」
「ちょっとまって…」
「ふふ。みんなお疲れだね。そんなにたくさんサッカーしたの?」
「はい!もうすごかったんですよ!来栖さんと栄垣さんがびゃーっと走って!そこに風丸さんも走って!それからお兄ちゃんと不動さんがパスして!」
「わぁ!すごく楽しそう…!私も見たかったなぁ」
「撮影したものがあるからよかったら見るといい」
「ほんと?ありがとう、誠さん」
「気にするな。天使の頼みだからな」
「せいたんもう編集終わったの?」
「ああ、もちろんだ。撮影した側から編集をかけているからな」
「さっすがせいたん!」
「ああ。うちの技術班に褒美をつかわそう」
「うん!ありがとーってしといて!」
るんるんとする栄垣に、一体彼は何者と目金が改めて目を丸くした。