イナイレ
来栖は栄垣と二、三、言葉をかわしたと思うとすぐにグラウンドに立った。
『それじゃ、また同じルールだ。五点先取で一旦休憩。人数多いから三十分にする』
「うん!よろしくね!来栖くん!栄垣くん!」
「よろよろん!」
吹雪の挨拶に栄垣はにぱっと笑って手を振る。明るいその様子に、わぁ、いい子だ〜と微笑むその姿に、そいつの本性はだいぶ黒いんだぞ、吹雪と教えたくなる。
基山も豪炎寺も、先程の俺と不動、風丸が呼ばれたときの栄垣の様子に一筋縄じゃないのは察しているらしく注視していて、それではー!と春奈の声が響いた。
「タイマー動かしますね!」
「栄垣くん、よろしくねー!」
「あいあい!かいとんの相棒は任せておいて〜!」
木野にも手を振った栄垣は手を下ろすと、隣を見た。
「お目々ぱっちり?」
『当たり前だろォ。お前こそ、置いてかれんなよ』
「もちこ!オールオッケイ、愛してるよ!かいとん!」
『ああ、俺もだ』
「あはは!」
ビーッと音が響く。とんっと来栖がボールを蹴って隣の栄垣にパスして、栄垣は笑った。
「さぁて、そんじゃあまぁ、小手調べさせてもらおうかなぁ??」
舌なめずりのあとに飛び込んだ栄垣は全員に背を向けて、走りだす。
「え?!なんでこっちに走ってくるんだ!?」
「あはは!フィールドは広いんだから!好きなように使わなきゃ勿体ないでしょ!」
「敵前逃亡ですか!」
栄垣の背を追いかけるように飛び出したのは虎丸。それに続いたのは染岡と豪炎寺で、ヒロトや吹雪も中盤から上がり始めて、ハーフラインを越えて人がバラける。
「んじゃ、この辺りから」
蹴りだしてたボールを伸ばした足で掬いながら地上を這うように半回転して、急に方向を変えた栄垣は一番近い虎丸と相対する。
「ふふんっ」
ぽんっとボールを上に蹴る。ボールは不規則なリズムで離れないように栄垣の頭や背中、足に当たるたびに跳ねて回って、虎丸を惑わすとそのまま染岡、豪炎寺も同じようにリフティングで抜き去った。
「うわ、よくボール落とさないな」
「なんだよあのリフティング。リズムも何もあったもんじゃねぇ」
佐久間と不動の信じられないものを見るような目。
来栖が規則正しく、緩急をつけるのがうまかったのなら、栄垣は真逆で、予測不能なリズムと小回りで全員を回避していく。
「ドリブルもタイミングバラバラか?」
「わざと…だな。リズム通りのときもあるし」
「普通に気持ち悪い」
「不快感を覚えるな」
「そこ!!悪口聞こえてんだからな!!!」
フィールドにいるのに俺たちの声を拾ったらしい栄垣が叫ぶ。え?と対峙してた壁山と小暮が驚いて、それもズレたリズムのリフティングで抜くと走り抜けて、ボールを蹴った。
「ぁっ!」
飛んだ立向居の手を弾いてネットを揺らしたボールを栄垣は拾うと走って戻っていく。その最中にしっかりと俺達を睨んでいくから本当に聞こえてたらしい。
『準備はできたか?』
「できたけど彼奴ら俺っちの扱いひどくない?!」
『お前が強く当たるからだろ』
「それはそれ!これはこれ!!おこ!!」
『はいはい。んじゃ、やんぞォ』
今の一点は邪魔にならないようにかゴール前で立っているだけだった来栖は合流して、またセンターラインに立つ。
『ようた』
「うん!飛ぶよ!」
『ああ、行くぞ』
二人が同時に口角を上げて、ビーッと再開の音が響く。とっと栄垣から蹴られたボールを受け取った来栖に染岡と虎丸が駆け寄って、その瞬間にボールは蹴られる。
「は、どこ蹴って、」
誰も居ない場所に鋭く蹴りだされたボールに風丸が固まって、吹雪が走って拾う前にボールは地につく前に飛び込んできた金色が拾った。
「俺っちのだよーん」
「なるほどね!」
吹雪が栄垣について、ドリブルをする栄垣にフォローへと走ってきた飛鷹を見て栄垣は体に走らせるようにボールを回すとコートを横断するようにボールを蹴った。
「また誰も居ないところに!」
『ん、ナイス』
駆け込んできていた来栖が危うげなくボールを受け取って、栄垣はすぐさま二人のマークを外して走り出す。
「なんだよあれ、二人とも合図を出してないし、すごく早いぞ…!」
初見で驚きによって固い風丸の声。佐久間と不動はじっと二人の様子を目で追っているか静かで、ゴール前の円堂がやっぱすごいなぁ!と零した。
パンっとボールが上げられて、飛び上がってた来栖が足を振り抜けば先程までよりも早くボールは飛んでネットを揺らす。
「ナイッシュ!」
『ん。次はお前だ』
「じゅんばんこー!」
るんるんと歩く栄垣と微かに目尻が落ちてる来栖はセンターラインに戻る。
『もう一回』
「がってん!」
響いた笛の音に飛び出す。一人で居るときの来栖も十分すぎるほどに早かったのに、栄垣というパス先が居るだけで選択肢は無限に増やされてさらにスピードを増す。
「くっ、シュートをうたせてたまるかよ!!」
ボールを来栖に任せて入り込んできてる栄垣に綱波が喰らいついて、その先を壁山が立ち塞がる。
「パスは出せない!来栖くんにプレス!」
「ふふん」
『甘いなァ』
栄垣がバックステップで距離を退く。つられた綱波が前に出たことで生まれた死角に栄垣は即座に切り替えして、壁山の後ろに回り込む。詰め寄ろうとしていた小暮が見失ったのか、え!と声を漏らして、次の瞬間には来栖は高くボールを上げていた。
『決めろ』
「当たり前だよ!天使!!」
染岡と吹雪、土方に囲まれていた上に壁山と飛鷹の影になっていたはずの栄垣の動きを見ていたのか、わかっていたのか、来栖は迷い無くボールを上げたし、栄垣はボールが来る位置を知っていたように走り込んでいて安定したシュートを放った。
「ぐぁっ、」
ボールの芯を捉えたシュートは重い。立向居が軽く吹き飛ばされて、ボールと一緒にネットに叩きつけられた。
「よしっ」
『ん、まぁまぁ』
「またまた〜そんなこといって〜」
ボールを拾いながら、よろよろと立ち上がった立向居に栄垣が近寄る。
「キーパーくん、平気?ボールちょ、」
「__ごい…!」
「え?」
「うああああ!すごいすごい!あの死角をつくステップにパス!試合で見た奴です!!すごくかっこいい!!」
「んぇ??」
「ああああの栄垣さん!後でサインください!!」
ばっとボールを差し出しながら頭を下げた立向居に栄垣が目を丸くする。
「お、おおう?どうしたの??頭ぶっけた??」
「ああああの、俺、昔からファンで!」
「昔?」
『ようた、福岡で親善試合あったろ』
「……え!それクッソ昔のやつじゃん!」
「はい!あれ俺見に行っていて!!それでその!ファンです!こんな時に言ってすみません!!!」
「なになにちょーかわいー!おけおけ!あとでいーっぱいお話してあげる!あ、でも推しがかいとんなら俺同担拒否だから困る!」
「俺は皆さんの大ファンです!!!」
「ええ!なにこの子まっすぐすぎる!おめめきれい!子犬みたい!!おっけぇ〜!!後でサインもあげちゃうん!ね!かいとん!!」
『なんで俺が書くんだよ』
「え?当たり前でしょ?俺っちとセットじゃん」
『今更書かねぇし俺のサインになんの価値もねぇだろ』
「あります!!」
「あるよ!!」
何故か意気を投合させた二人に来栖は心底呆れたような顔をして、目線を落とすと前髪に触れる。
『とりあえず練習中断させんのやめろ。お前ら二人とも退場させんぞ』
「すみません!!」
「えー!やだやだぁ、もっと遊ぶ!ごめんね!天使!」
『早くこっち来い』
「はぁ〜い!」
また後でね〜と手を振った栄垣に立向居は、はい!と大きく頷いて、綱波と飛鷹が振り返った。
「こら立向居!!試合中になんで気に入られてんだよ!」
「すみません!!」
「なんかこう、拳を交えて友情が生まれるみたいな瞬間だったな」
「交えてたか?あれ伝説の不良に会ったときの下級生の目だったぞ?」
「そうか?栄垣も懐柔されてなかったか?」
「お前らも会話してねぇでちゃんと前見ろ!集中!!」
飛鷹と綱波にも土方からお叱りが飛ぶ。
センターラインについていた二人に視線が集まって、栄垣はねぇねぇと来栖を見上げた。
「あの子、経験積ませたいっていってたよね」
『ん。頼む』
「うん!任せて!照らしてあげる!」
あは!っと笑った栄垣にゲームが再開する。
栄垣はちょっと本気出しちゃうぞうと走り出して、地面を蹴った。
「更に早くなった…?!」
まだ上がるらしいギアに一瞬固まったもののすぐに持ち直して虎丸が食いつく。栄垣はすぐさま来栖にボールを回して、来栖も走る。
「まだ早くなるんだね…!」
対応に追われる吹雪や基山も抜かれて、残すはディフェンダーたちのところで来栖が、高すぎると言うくらいにボールを上げた。
「んんん!さいっこう!!」
「!」
センタリングに合わせて飛んでいるのはやはり栄垣で、宙にある何かを踏んで駆け上がるような動作、それから辺りに散る星々に栄垣が笑った。
「シュテルンリヒト!」
ぱっと蹴られたボールは明るく光る。強い光をともしながら迫ってくるそれに立向居は構えた。
「魔王・ザ・ハンドっ!!」
繰り出した必殺技に立向居がボールを抱えて、勢いを殺せずに吹き飛ばされる。先程よりも思い切り一緒にネットに叩きつけられた。
「っ、ぐ…」
「うんうん、よく飛んだね!」
あはっと笑うと手を伸ばして立向居を支えながら引っ張り上げる。
「手加減はしてあげないよ!まだまだ行くからね!たちむ!」
「〜っ!感動です!!はい!よろしくお願いします!!」
立向居が頬を赤らめて大きな声を出す。栄垣はいいこぉと頭を撫でてボールを受けとり走っていく。
きらきらの立向居の目とスキップするような軽さで来栖の元へ走っていく栄垣に、驚いた…と声を漏らしたのはいつからかそこにいたらしい響木さんが目を瞬いた。
「響木さん、なにを驚いてるんですか?」
「お前さんたちは知らんかもしれんが…彼奴は技なしの星なんだ」
「技なし?」
「ああ。お前さんたちのような必殺技を出さないミッドフィルダー」
「は?」
「今…彼奴、撃ってましたよね??」
「…響木さんの言ったことは本当だ。彼奴は技を出さないことで有名で、そんな状態でイタリア代表の座を確立させてる」
「しかし…凄まじい威力だ。あれが栄垣耀太か」
「ええ…それから、彼奴も…」
再開してるゲーム。栄垣も来栖も同時に上がっていて、不意にこちらを見た二人にばちりと火花が散る。
『見とけ!』
「刮目しなぁ!」
「!」
思わず立ち上がる。その瞬間に栄垣がセンタリングして、高く上がったボールに二人は飛び上がり同時にボールを蹴った。
『「アルディートステラ!」』
「わぶっ」
勢いに押されて技を出す間もなく突っ込んだ立向居に二人は同時に降り立つと目を合わせる。
ビーッと音が響いて、五点先取の合図だった。
『五分休憩』
「たちむー、お顔へいきー?」
「は、はい、大丈夫です…!」
「よきよき!」
「ああああの!アルディートステラまで見せてくださると思いませんでした!!あの、その、もう!本当にかっこいいです!!」
「でしょう!俺っちとかいとんのシュートがかっこよくないわけ無いからね!!」
「はい!!ほんとこう、ぴかぴかギューンってかんじで!!」
「んおお??日本語どっかいったね??」
興奮してる立向居に栄垣は目を丸くする。来栖は二人を置いて歩き始めて俺達の方向に向かってくると、俺達の少し横で足を止めた。
『ついてこれそーかァ?』
「…ああ、速さで負けていられないからな」
『よろしく』
「任せておけ!」
立ち上がった風丸が横に並ぶ。選ばれ隣に立つ姿は凛々しい。速さの確認でか俺達から離れていく後ろ姿は羨ましくて、その光景に自然と息を詰めてしまって、栄垣がぱたぱたと走って近寄ってきた。
「へいへい!イナジャパミッフィル組!」
「ミッ…?なんだって?」
「せーっかくわざわざ俺っちとかいとんが目の前でお手本してあげたんだから、ちゃぁああんと見てただろーね!」
「…ちっ、見てるっつーの」
不服そうに答えた不動に仁王立ちした栄垣は鼻を鳴らす。
「ふふん。ならいいよ!かいとんのお願いだから仕方なぁあああく手伝ってあげてるんだから!一秒でも無駄にしたら許さないよ!」
「、来栖の頼みなのか?」
「じゃなきゃ俺がアンタらのために動いてあげるわけ無いでしょ??そんなこともわからないの?やっぱり馬鹿なの?頭の中につまってるのはスポンジ???」
「栄垣!お前鬼道と不動に当たり強いぞ!」
「こんくらいしなきゃ割に合わないんだよ!黙って俺とかいとんのこと見てろクソダサ眼帯!」
「な!ダサくない!」
「俺から見たらダサダサだからっ!」
佐久間と睨み合おうとした栄垣に、足音が響く。
『ようた』
「か、」
『そろそろ、いい加減にしろよ』
低い声。怒っているらしいそれに俺達は目を瞬いて、栄垣がぐっと目元に力を入れた。
「っ、かいとんのばかぁああ!俺っちばっか怒んなくてもいいじゃん!」
『一方的に突っかかってんだから怒るに決まってんだろ』
「俺のほうが怒ってんだからね!」
がるがると息巻く栄垣に来栖も更に眉根を寄せて、ばちばちとしはじめた二人に、え、何があったんだと風丸とそれからちょうど戻ってきたばかりの円堂も固まる。
「私生活はまだしもサッカーは駄目だよって言ったじゃん!」
『んなもん俺の自由だろうが。相棒はてめぇだけなんだからわがまま言うな』
「そういうことじゃないってば!なんか知らない奴増えてるし!」
『日本代表の情報収集くらいしてりゃあわかることを知らねぇのはてめぇの怠慢だろ。俺に当たるな』
「風丸一郎太くらいわかってるよ!この間試合も見てるし!かいとんのクラスメイトなのも知ってる!でも!サッカーでまで選ぶとか!聞いてない!!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ栄垣に俺のせいか?と風丸が目を泳がせて、円堂と響木さんが止めようと手を伸ばそうとしたところで、ばしんっと音がした。
『「っ゙、せい!!なにすんだよ!!」』
「お前たち、こんなところで争うな」
頭を叩かれ、がっと顔を上げて睨みつける。強い二人の眼光に誠さんは逆に睨み返した。
「耀太、見苦しい」
「っ」
「諧音、浅慮だ」
『、』
「…二人ともそれがわかっているのなら後で話せ。今話す必要はない。フィールドの上に私情を持ち込むな」
『「……………」』
黙った二人に誠さんはふんっと鼻を鳴らして、俺達に視線を移した。
「うちのものが騒いで申し訳ない」
「…い、いや、大丈夫、です」
「風丸、鬼道、不動、君たちへの対応に関してはきちんと躾けておく」
誠さんに風丸が目を泳がせて、誠さんはさらりと言ってのけた。思わず唇を噛んだ俺に隣が揺れる。
「…別にそのまんまでいい」
「ほう」
目を細めた誠さんに不動は見つめ返して、不動はそのまま眉根を寄せる。
「実力でそいつを黙らせる」
「…ふむ」
「…俺も、言い方はともかく言われていることに関しては参考になる。そのままで構わない」
「なるほど」
「栄垣に目の敵にされてる理由はわからないけど…今の来栖をわかっているのは俺だから、何を言われても気にならないです」
「そうか」
誠さんは口角を上げて、ならばそうしようと笑った。
「愉快だで良い人間たちだ。これからも諧音と耀太を頼む」
高みから見下されているような、威圧感ではないけれど思わず見上げてしまいそうになる空気。
自らのほうが上で、人の上に居ることが当たり前のような言い回しに普段ならば不動や佐久間が噛みつきそうなものだが俺と同じように言葉を失ってしまって、その人は俺達に背を向けるとうつむいたままの二人の頭をなでた。
「諧音、耀太、俺とサッカーの前でだけは不誠実で愚かな行為は許さない。それ以外は好きにしろ」
『…ん』
「…うん」
怒られて肩を落としたままの二人は小さく返事をして、同時にお互いを見る。
『…ごめん』
「…ん、俺も、ごめんね」
「よくできました」
ぽんぽんと幼子をなだめるように表情を和らげた誠さんは手を離した。
「楽しんでこい」
『ああ』
「うん!」
顔を上げた二人はすっかりいつもどおりで、栄垣はにぱっと笑って来栖にひっつき、くっつかれた来栖はそのまま剥がすことなく俺達を見た。
『鬼道、不動、悪かった』
「先程伝えた通りだ。気にするな」
「そいつは自分で負かす」
「ふふん、できるといいね〜?」
『それから…風丸も…騒いで悪かった。まだついてきてくれるか?』
「当たり前だろ。お前のことで怒られるのも騒ぎに巻き込まれるのも慣れてる。この程度今更だ」
「あは!かいとんむっちゃお世話されてるじゃん!笑える〜!」
『どいつもこいつもすぐ風丸に言いつけんだよ』
問題児〜!と頬を突きはじめた栄垣の指を掴んだ来栖にひぇっと悲鳴を上げる。
いつだかにも見た覚えのあるそれに息を吐いて、不安そうにこちらを窺っていた面々に響木さんが合図を送って、みんなが安心したように息を吐く。
二人はいつの間にかまた仲良さげに会話をポンポンと続けていて、栄垣が愛してる!と叫んで来栖が落ち着けと額をはたいた。それからせいたん見ててねーと手を振り、返すように誠さんも微笑む。
「……彼奴らさっきまで睨み合ってたよな?」
「そのはずだが…本当によくわからない奴らだ」
見せられてる光景が理解できずにあちらを指差して俺を見る佐久間に首を横に振った。
間近でそれを浴びせられてる風丸はげんなりとしていて、円堂は、んー、喧嘩じゃなきゃいいかと笑った。
☓
『風丸、このゲーム中は無理に合わせようとしなくていい』
「どういうことだ?」
『空いてるスペースに飛び込むように走れ。ボールは俺達が回す』
「…え、大丈夫なのか?」
『大丈夫だ。それから俺達のフォローも気にしなくていい。まずは速さに慣れてほしい。とにかく走り続けろ』
「わかった」
簡単に風丸に内容を引き継いだ来栖は栄垣を見る。
『ようた』
「うん!だいでーぶい!任せてん!よろしく、風丸一郎太〜」
「え?長くて呼びづらいだろ?風丸で良くないか?」
「やだ〜」
ぴょんぴょんと跳ねて無視する栄垣に来栖は息を吐きつつ、怒らずに栄垣の頭を撫でると風丸を見直した。
『自分の前に来たボールと、空いてるスペースだけ目指して周りを置いていくつもりで走れ』
「それでサッカーになるのか…?」
『なる。そもそもお前の強みはその速さだろ。活かさきゃ意味がねぇ』
「………お前そんなに俺の速さ見たことあったか?」
『教室からグラウンド見えんだよ』
「…ふふ、そうか」
照れたように笑った風丸に来栖もふいっと視線を逸らして、栄垣がぱちぱちと目を瞬いて来栖を見上げる。
「そんなに早いの?俺っちより?」
『純粋な速さだけなら俺達よりな。競走してみればァ?』
「へー…!」
栄垣がちらりと風丸を見る。風丸が笑った。
「負けないぞ、栄垣」
「ふふん!俺っちも負けないもんね!」
『お前ら本題忘れんなよ』
「もち!」
「チームだけど、張り合いがあったほうがいいだろ?」
二人がやる気に満ち溢れてるから来栖はそれ以上の言葉をかけるのは止める。
「準備はいいか、再開するぞ」
『んー』
「うん、もちろん」
響木さんの言葉に来栖とヒロトが頷けばぴーっと笛が響く。
とんっと蹴られたボールは来栖が受け取って、すぐさま三人が前方に向かって走り出した。
「へぇ!本当に早い!」
直接距離を突き進む栄垣と風丸なら風丸のほうが速い。栄垣は目を輝かせて、でもと笑った。
飛んできたボールを栄垣が足を伸ばして受けとる。そのまま走って、囲まれた瞬間に風丸に飛ばして、走っている最中だった風丸は急なパスに勢いを殺せずボールを弾いてしまった。
「んー、速すぎて見えてないかなぁ」
「すまん!」
『別に取り返せばいい。焦んな』
ボールは近くにいた壁山が拾い、すぐさま基山、染岡へと回されて前線に向かう。
「カウンター!」
「お!シュート来るか!!」
円堂が構える。ずっとそこにいるだけで手持ち無沙汰であったはずの円堂は嬉々としていて、先頭を走っていた染岡の横に影が並んだ。
「んふふ、おいついちゃったぞぉ」
『間に合ったなァ』
「は?!」
ばっと二人同時に足が伸ばされてボールがかすめ取られる。コートの半分よりも先、相手のゴール寄りにいたはずの二人がゴール目前の染岡の前に立ちふさがったことに目が離せない。
「…速すぎだろ」
「八人でやってるときもはやかったが…」
「こう改めて見ると異次元だな」
ボールを持った栄垣に来栖が走り出して、二人はやはり合図無しにボールを交わし合う。
純粋な足の速さだけではなく、お互いがいる場所を把握しているかのように飛び交うボールは合図のロスを減らしているから余計に速さを感じるんだろう。
「………………」
じっと二人のやり取りを見る不動はなにかを見つけようとしていて、不意に、あ、と声をこぼした。
『風丸!』
「っ、ああ!」
トップスピードのまま、なんとか足を伸ばしてボールを受け取った風丸は軽く弾いてしまってボールを浮かせたもののすぐに体制を立て直した。
すぐにつこうとしていたチェックに来栖が指示を飛ばす。
『ようたに回せ!』
「栄垣!」
「ういー」
風丸が上に向けてパスを放った瞬間に栄垣が走る。風丸がえ?!と驚いたような声を出して、栄垣は予定位置よりも互いの距離を詰めて、それから高く跳ねた。
「あーらよっと」
更に天に向けて蹴り飛ばされたボールに全員が空を見上げて、動いてた影が隙間を抜けていき、地面を蹴った。
「いっけー!天使!」
『ああ!』
落ちてくるボールを再度蹴り上げて、落ちていく先にいたのは来栖で足を振りぬく。
立向居の手を弾いて決まったシュートに小暮がまたやられた!!と頬を膨らませた。
とっと地に足をつけた来栖は少し離れた場所にいる風丸を招く。
『風丸、しゅーごー』
「あ、ああ」
しまったと顔をしかめてから、センターラインに向かう来栖に駆け足で近寄る風丸は、隣に並ぶと眉尻を下げた。
「ミスしてすまない」
『あ…?気にすんな。最初っからノーミスでできるなんて思ってねぇし、俺達の速さについてきてくれてんだからお前はよくやってんだろ?』
「、」
『そっちじゃなくて、お前二回足止めたろォ』
「あ、」
『ボール取られたときとさっきようたがパス受け取るのに詰めたとき。なにがあってもとにかく空いてるとこに走れ』
「いーところに居ないとパスあげないからね!」
ぷんぷんとわざとらしく怒ってみせる栄垣にぱちぱちと目を瞬いた風丸は頷く。
「すまない。次からは必ず走り抜く」
『ん、頼んだァ』
「よろよろー」
センターラインにたどり着いた三人に、風丸はとんとんと二回その場でジャンプすると止まって、深く呼吸をして、よしと目を開く。
「走る」
『ん、その調子だァ』
ぴーっと聞こえた音に先ほどと同じようにボールを受け取った来栖が殿を務めて、栄垣と風丸が走り出す。
二人とも穴を探すように走って、来栖が持つボールは豪炎寺を抜いたあとに吹雪を避けるように蹴られた。
『風丸!』
「っと!」
まだ少し危なげではあるけど受け取った風丸がボールを持ったまま駆け上がる。突っ込んでいく風丸に通させないぞ!と土方が立ちはだかって、風丸が誰もいない場所へとボールを蹴りだした。
「ほんとにこれでいいのか?!」
「ドンピシャ!」
飛び込んできたのは栄垣でボールを受け取るなりそのままダイレクトにシュートを撃つ。
ネットを揺らして、ビーッと響いた音に栄垣はふふんと笑った。
「まぁまぁいい足してるじゃん。まだ危なっかしいけど俺っちにパス出せたから許してあげる〜」
「そうか!ありがとう!」
「まだ手放しで褒めてるわけじゃないからね!!何あのトラップガサツすぎ!勢いつけて受け取ったら跳ねちゃうに決まってるでしょ!受け取るときにスピード落とさない!!走った意味がないでしょ!」
「そ、そうか、すまん。そこは気をつける」
「ぷんぷん!」
『ようたー、風丸ー、再開すんからこっちに来ながら話してくれねぇ?』
「もう話すことないもん!」
『ん、そーか。ありがとな、ようた』
「俺っちは俺っちとかいとんの連勝記録に泥がつくのがやなだけだからね!別にこいつのためじゃないからね!!」
『はいはい』
飛びついてくる栄垣を抱きとめてぽんぽんと頭をなでながら歩く来栖に、風丸はなるほどと零して、表情を緩める。
「来栖」
『あ?』
「お前の相棒、すごい強火担だな」
『は?』
「ふふん!俺っちは同担拒否の強火担だからね!!よくわかってるじゃん!」
「見てればわかる。来栖のこと好きすぎだろ、栄垣」
「あったりまえだよ!かいとんは俺っちの天使なんだからね!!」
目を輝かせて自慢するように胸を張る栄垣に風丸はそっかそっかと笑って、急に楽しそうな空気を出す二人に不可解そうな顔をしたままで来栖は足を止めた。
『よくわかんねぇけど仲良くなったみてぇで良かったわ。とりあえず再開していいかァ?』
「ああ!頼む!」
「うん!行こう!天使!」
なんだこいつらと首を傾げながらもブザーと同時にボールが蹴りだされて、もう一度同じように二人は走り出す。
来栖から栄垣、それから来栖、栄垣。ボールは目まぐるしく動いて、
「空いてるところ…ここ!」
「うんうん、いい感じ!行くよっ!」
撹乱するように動き回る三人にぽっかりと空いたそこに飛び込んだ風丸に、栄垣がボールを蹴りだして、風丸はトップスピードのまま、ボールをつま先で押し出した。
「ぁっ!?」
「ま、まにあった…」
勢い余って足を伸ばしたままの状態で腰を落とした風丸は肩で息をする。自分で蹴ったのにネットを揺らしたボールを信じられないと見つめて、近寄った二つの影が手を差し出した。
『ナイスシュート』
「最後決まってないけど、まぁ許容範囲なんじゃなーい?」
転んだままの風丸は手を伸ばしてつかむ。引っ張り上げられて立ち上がった風丸は息を吐いて、吸って、目を見張った。
「すごく…はやい…!たのしい…っ!」
『そうか』
「あは!スピードジャンキー誕生だねぇ!」
「あんなに早く走り込んでいったのはじめてだ…!まだ頭が追いつかない…!」
『まだやんだからさっさと整理してその感覚ものにしろ』
「そーそー!次はバシッと最後まで決めてよねん!かぜりん!」
「ああ!…って待ってくれ、かぜりんってなんだ??」
「かわいーでしょ!」
「初めて呼ばれたぞ…?」
「かいとん!かいとん!!かぜりんばっかじゃなくて俺っちにもボールちょうだい!」
『ならさっさと再開するから戻るぞ』
「はーい!行くよ!かぜりん!」
「だからその呼び方なんなんだ!!?」
わははー!と駆け出す栄垣に風丸が追いかけて、ボールを拾った来栖は歩く。不意に顔を上げて俺達を見た来栖は視線を先にセンターラインにたどり着いた二人に戻して、ブザーの音によって再開したゲームに集中し始めてしまった。
ボールは目まぐるしく動く。元々来栖だけでもようやく目が慣れて動けるようになったところなのに、そこに栄垣が増えたことで選択肢は無限に広がった上に風丸が足されて速度が増す。
木野が言っていた来栖は飛ぶの言葉通り、重力もなにも感じさせないスピードの試合運びにブザーが響いた。
『休憩』
「あー!!止められなかったです!!」
「くそ〜!悔しい!!」
虎丸と綱波がわかりやすく悔しがって、小暮と吹雪が頬をふくらませる。ヒロトと飛鷹、それから土方、豪炎寺、染岡、壁山は止まらない汗を拭いながら作戦会議をするためか近寄って、立向居が駆け出した。
「ああああの!栄垣さん!!」
「あは!まっすぐ駆け寄ってきてくれてちょーかわいい!俺っちそんな早く帰らないから落ち着いて。ほら、汗拭かないと風邪ひいちゃうよん、たちむー」
『立向居』
「はわ、あ、ありがとうございます」
笑った栄垣に隣にいた来栖が当たり前のように持っていたタオルで汗を拭ってやって、立向居がもとから赤い顔を更に蒸気させて口元を緩ませる。
『ようたは夜飯食って帰るから、焦らないで後で話せ』
「え!そうなんですか?!」
「うん!今日は俺っちの祝賀会なの!かいとんにご飯作ってもらうんだぁ〜!」
「そうだったんですね!!」
「たちむーもちょこっとならおすそ分けしてあげるよん?」
「そそそそんな!恐れ多いです!」
『あー、道也と冬花の分余っちまうと思うし、よかったら食べてくれ』
「あ、ありがとうございます…!」
目を輝かせた立向居に二人は目を合わせて笑って、うずうずとしていた二人とそれからそっともう二人、四人が近寄った。
「諧音さん!諧音さん!ご飯作るんですか!?」
「諧音!諧音!俺も食べたい!!」
『そんなに材料ねぇわ』
「なん、だと…!」
「えー!そんなー!俺も食べたかった!!」
『うわ、うるさ。お前その元気どっから出てくんだァ??』
虎丸と綱波の二人素っ気なくいなして、そうすれば豪炎寺が固まり、円堂が声を張る。
基山がこてりと首を傾げた。
「綱波くんと虎丸くんはわかるけど…豪炎寺くんと円堂くんはどうしてそんなに残念そうなの…?」
「来栖の料理を食べられる機会だぞ?」
「だって来栖のご飯おいしいじゃん!」
「たしかにおいしかったけど…来栖くん、すごい顔してるね??」
吹雪がくすくすと笑えば来栖は息を吐いて、すっと手を伸ばす。青色の瞳で静かに近寄ってきてた四人を見据えてる栄垣の髪を撫でて足を引いた。
『ようた、休憩すんぞ』
「………かいとん」
『その辺の話は後ですりゃいいだろ』
「……はぁ〜…っ!!!!」
特大のため息の後に栄垣は四人を一瞥すると先を歩き始めてた来栖に近寄って、腕を絡めて歩く。
「隣に座ってあーんしてくれなきゃ許さないから!」
『はいはい』
「ずっとだからね!」
『せいからも差し出されて食いきれんのか??』
「え?かいとんのご飯を俺が残したことある??」
『ねぇな』
「ふふん!そういうことだよ!」
ベンチまで進んでいく二人にぎりっと歯をきしませたのは綱波と虎丸で、豪炎寺は膝をつく。
「うらやましい…」
「いーなー、俺も食べたかったなぁ」
「まぁまぁ。材料が足りないならしかたないんじゃないかな?またの機会にお願いしたらどうかな?」
「んん、作ってくれるだろうか…」
仲裁を試みたヒロトに豪炎寺は視線を上げて、円堂がぱっと顔を上げる。
「たしかに!来栖優しいし、一生懸命お願いしたら作ってくれるかも!」
きらきらの円堂の瞳に、風丸が目を瞬いた。
「優しいって…円堂、何を根拠に言ってるんだ??」
「え?前にも夜食作ってくれたし、ジュース奢ってくれたりとかしてくれた!」
「「「え、」」」
「ああ、たしかに」
「は、え?!豪炎寺までなに、ど、どういうことだ!??」
「ジュースは知らないが…前に鬼道も入れて三人で作戦会議をしていたらかなり夜遅くなってしまって、小腹がすいて食堂に向かったら来栖が監督と久遠とスープを飲んでたんだ。ほとんど残りがなくて残念がっていたらわざわざ雑炊を作ってくれたことがあって」
「すっげーおいしかったよな!鬼道!」
「、あ、ああ。…とても、おいしかった」
「、え!!!」
固まる風丸に吹雪や基山が顔を見合わせて、それから小暮と壁山が目を輝かせる。
「え!夜食!」
「すっごい合宿ってかんじっす!」
「ずりぃ。諧音の手料理を食べたのかよ」
「俺も食べたかったですー!!」
「………来栖の料理ってそんなにうまいのか?」
「お、そういやぁ染岡は食ったことねぇのか!」
「土方まで食ったことあんのかよ」
「予選突破の祝賀会で来栖がマネたちと一緒に飯作ってたんだぜ!」
「へぇ」
染岡と土方の会話に、夜食を振る舞ってもらえたことにいいなぁと零して、それから今日の手料理に関して相伴できる立向居が羨ましがられてる。
話に混ざるほどではないのか、飛鷹と不動は水分補給や情報整理をしていて、あまりに賑やかな俺達に戻ってきた来栖と栄垣が揃って首を傾げた。
『お前らずっと騒いでたけど休めたのか?』
「あ!!!休憩忘れてた!!」
「はぁ??ばかなの???」
「んんん、返す言葉もない…」
「話に盛り上がりすぎた…」
呆れ顔の二人は横に首を振りつつ、くっついたまま自陣に向かう。
『休んでねぇのは自業自得だァ。再開すんぞォ』
「真面目に練習しないならもう付き合ってあげないからね!!」
「う、すまん…」
「ぷんぷん!!」
ついていく風丸に栄垣は頬を膨らませたままで、俺達も最初に割り当てられていた場所に戻った。
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