イナイレ
付きまとわれるのも質問責めも勘弁してほしいから、家主と電話をしながら寝落ちをして、道也の部屋で一夜を明かす。
喧しすぎるアラームに目をこすった。
ぼんやりとしてる頭にまた催促するように音がなって、止めてを繰り返して、どんどんと叩かれてる扉に仕方なくベッドから降りた。
『ん…』
「お前また寝坊かよ」
『…セーフ…』
「五分前だしぎりぎりだっつーの」
不動の声に目元を擦る。あくびすらでないくらいねぼけてる俺にため息が聞こえて、ばしりと背中が叩かれた。
『んぐっ』
「起きろ」
『………んー』
「…もう一発行くか?」
『起きたァ…』
あくびを溢して目を開いて、ちゃんと向かいを見れば上げてた手が下ろされる。二発目をなんとか回避できたらしいから支度をして外に出た。
「お前今日は監督なんだろ?」
『あー…?あんなん冗談だろォ?』
「彼奴ら本気にしてんぞ」
『まじかよ』
「昨日お前が食堂出てった後に吹雪とか基山から情報引っぱろうとしたりしてたし、鬼道と豪炎寺は特にしっかり準備するって朝練から気合入れるみてーな話してた」
『はあ。どいつもこいつもなに期待してんだか。肩透かし喰らっても知らねぇぞ』
「期待通りか以下なのかは見てからのお楽しみってやつか」
『まぁそうだなァ』
ボールを奪いあいながら会話をして、とっと爪先でボールを奪えば舌打ちが響く。
『はい、俺の勝ち』
「…くそ、まだ早くなんのかよ。つーかなんであの状態から足出せんだよ、お前どこに重心置いてんだ」
『あー、なんとなく…?』
「また感覚かよ」
眉根を寄せた不動にボールを返した。
☓
『まじでやんの?』
「ああ…!」
「よろしく頼む」
「昨日からずっと楽しみにしてたんだ!」
豪炎寺、鬼道それから円堂まで期待に胸を膨らませた輝いた目を向けてくるから息を吐く。
昨日すでに一度練習を見てる八人はそれぞれの顔色で俺を見ていて、その八人の様子に残りは怯えるか不思議がるかの二択で、響木のおっさんを見た。
「昨日も言ったが俺はコーチ。今日の監督はお前さんだ、来栖」
『あっそォ…』
仕方ないから顔を上げる。
『ほんとは午前が基礎トレで午後に希望の奴だけ軽い模擬戦でまたやろうと思ってたんだけどォ…』
模擬戦!!と目を輝かせる数人に効率を考えて、息を吐く。
『基礎トレは軽いアップのみ。とりあえず昨日いなかった奴らから先に模擬戦する。昨日見た奴らは同じことすんから言われたこと思い出して動き確認しとけ』
「「は、はい!」」
『また倒れられても仕方ねぇし…今回は二十分にしとくか…木野、音無、頼んだ』
「うん!任せて!」
「はーい!」
タイマーを見せて、十分を表示する。
『んじゃ、各自好きにアップしろ。音鳴ったら終わりィ。はい、開始』
ぴっと音を出して時間が減り始めればえ?!急!!と抗議の声が上がるから無視してイヤホンをつける。流れてくる音を聞きながら走り出せば自由人!とまた叫ばれて、放っておけば各々がパスやドリブルで練習を始めた。
☓
最初は昨日いなかった人たちと宣言されていたとおりに面子はキーパーに円堂くん、ディフェンダーは風丸くん、壁山くん、ミッドフィルダーは鬼道くん、不動くん、佐久間くん、フォワードは豪炎寺くんと染岡くん。
昨日のメンツに比べたら若干守備は手薄なものの、全員がずっと共にサッカーをやってきた仲間同士だから、気心のしれた、連携の取りやすいチームだった。
『んじゃ、簡単にルール説明しとく』
ぽんっとボールを掬い上げた来栖くんはそのまま一定のリズムでボールを膝や爪先でリフティングする。
『俺がゴール決めたら俺の勝ち。俺を止めてゴール決めたらお前らの勝ち。めんどくせぇからとりあえずボールは俺からスタートに統一。五点差がついたら時間が余ってても一旦リセットで五分休憩挟んで仕切り直しな』
「…………え?」
「、ソレだけか?」
『基本ルールは試合と一緒。ハンドと暴力行為は禁止。終わり』
「……待ってくれ、来栖は一人でやるのか?」
「何かハンデとか…」
『一人でいいし、七人とキーパーくらいならハンデもいらねぇ』
「……ほう?」
「へぇ?」
わかりやすく火がついてばちばちとしはじめた空気に来栖くんはなにも気にしていないようでボールを下ろす。
そう、昨日もこうだった。来栖くんの言葉に火がついて、蹴りだされたボールに触れようとして、それから、
「ではっ、はじめー!」
ぴーっと吹かれたホイッスルに来栖くんがボールを少し蹴って、その瞬間に向かってきた豪炎寺くんと染岡くんが止めに入る。
来栖くんは難なくボールを蹴り上げると染岡くんのスライディングを躱して、一瞬右足をつくと左足でボールを浮き上がらせて回転させ、豪炎寺くんの背に回り込み、抜き去る。
「「は?!」」
「っ、佐久間!不動!」
「ああ!」
「命令すんじゃねぇ!!」
目を見開いた豪炎寺くんと染岡くんに鬼道くんが走り出して指示を飛ばす。
すぐに動いた二人はバラバラながらも同じように両サイドからプレスをかけようとして、来栖くんは踵でボールを後方に置きざるとバックステップでぶつかろうとした佐久間くんを避けて、ボールをすぐに踵で拾いあげてくるりと前に回してくると不動くんを単純にスピードで追い抜く。
「くそっ」
「嘘だろ、」
「くっ」
相対しようとした鬼道くんに素早く左右にフェイントをかけて、重心の移動が間に合わなかった鬼道くんの動きに歪が生じた瞬間に右に抜ける。
「壁山!」
「は、はいっす!!」
止めに入ろうと走り込んできた風丸くんを確認して、緩急をつけて揺さぶりをかけて一気に追い抜き、壁山くんが目を見開いてる間に横を抜けて、来栖くんがボールを蹴りだす。
ふわりと美しい半円、それでいて鋭い速度で放たれたシュートは円堂くんが手を伸ばすよりも早くゴールの左上に刺さった。
『はい、一点』
「……す…っげぇーっ!!!」
ぱぁっと表情を明るくした円堂くんに早くしろとボールを催促して、返ってきたボールを転がしながら最初と同じくセンターラインへ。
『再開すんぞォ』
「おう!!次こそ止めてみせる!!」
大きく手を叩いた円堂くんが本気の顔で来栖くんを見つめて、それからみんなも一気に顔を険しくした。
再び音が響いてボールが蹴りだされる。
さっきの教訓を経てまっすぐ正面から対峙するのは染岡くんで、先程の鬼道くんと同様にフェイントで体制を崩されて抜かれ、そのすぐ後ろで待機してた豪炎寺くんに対してはスピードで振り切る。
一人しか居ないのに、すべてをリフティングの小技とスピード、それからフェイントで抜いていって、シュートがまた放たれた。
「っ゙」
ただ蹴っただけ。それでもとても早くて威力があって、円堂くんは弾こうとした手を押しのけてネットを揺らす。
『二点目。…思ったよりも早くリセットになりそうだなァ?』
口角をあげる来栖くんにぎりっと歯を軋ませるのは染岡くんや佐久間くん、不動くんで、すっと目を細めて分析しているのは鬼道くん、風丸くん、豪炎寺くん。壁山くんが昨日の小暮くんと同じことになる…と震えて、円堂くんがよしっ!とボールを返した。
「来栖!もう一回!!」
『んー』
センターラインに戻る来栖くんはまだまだ体力が有り余ってるようで、昨日の悪夢がと震えるのは小暮くんと立向居くん、虎丸くん、綱波くんだ。
手を握りしめて、息を吐く。
「今日こそ一点は取りたい…、ううん、取る…!」
「うん。昨日は振り回されたまま負けちゃったからね」
「来栖のボールコントロールとスピードがなぁ。わかっちゃいても目も頭も追いつかねぇ」
吹雪くんと土方くんの言葉に頷く。
相対しても、外から見ていても、来栖くんの動きは一つ一つが単純なのに止められない。
恐らく僕達に合わせてセーブされているんだろう動きにあれでもセーブしてるのかと頭が痛いし、なんならちょっと、
「余裕綽々って感じがムカつくよね」
「いくら諧音相手でも、手加減されてるってのはすげー嫌だよな」
「来栖さんに本気を出させてやりましょう」
「はい!」
「ならまずは昨日の反省点の振り返りから??」
「うん、それがいいね」
全員で集まって、目の前の試合を見つつ昨日の振り返りをする。
言われたことはそのまま受け止めて、その上でどう動くか考えて、ぴーっと響いた音と響木さんの五分休憩!の声にやっぱり先制されたのかと来栖くんを確認する。
拾ったボールをぽんぽんと弄びながらイヤホンをつけて携帯を触る来栖くんは誰かと連絡を取ってるらしい。
指が動いてるのを確認しながら、んんーっと聞こえた大きな声にそちらを見た。
「来栖やばいな!!一人なのにばんばん抜いてくる!」
「まさかここまでとは…」
「あそこまであからさまにスピードで置いていかれるといっそ清々しいな」
「清々しさを覚えてる場合じゃねぇだろ」
「壁山!来栖むっちゃ早かったよな!」
「もう早すぎて!気づいたら後ろにいたっすよ!驚きっす!」
豪炎寺くんが染岡くんにツッコミを入れられる。風丸くんがスピード勝負で俺と五分か?と眉根を寄せた。
「ボールを持ってると思えないくらい早い」
「あのスピードで来られると思考が追いつかない。まずは足を止めさせたい」
「それなら人数を活かして常にツーマンセルで止めに入ろう」
「ボールを奪わない限りこちらのシュートチャンスもないからな…」
昨日の僕達と同じ方針になったらしい。水分を取って汗を拭って、またホイッスルが鳴る。
『んじゃ、再開すんぞォ』
「おう!」
「来い」
まっすぐと全員が来栖くんを見据えて、響いたホイッスルに豪炎寺くんと染岡くんが走り出す。
二人の動きに口角を上げた来栖くんはボールを蹴って足から離れさせると地面を這わせた。
「は?!」
「なにして、」
パスでもするようなその動きに驚いた二人と、その先にいた佐久間くんと鬼道くんが釣られて走り出す。
豪炎寺くんと染岡くんを抜いた来栖くんの元にボールは急激に方向を変えて戻ってきて、来栖くんの足元に収まる。
「はあ?!」
『甘いなァ』
佐久間くんの大きな声に来栖くんはドリブルで走り出して鬼道くんと佐久間くんが動いたことでできている穴に走り込む。
「くそっ、戻れバカども!」
不動くんがフォローに入るもフェイントで抜かれてしまって、それを読んでいた風丸くんが影からスライディングで滑り込む。
『見えてんだよ』
軸足と一緒にボールを挟むようにして跳ねて持ち上げた来栖くんは風丸くんを避けて、その先の壁山くんとも実質五秒と相対させずに抜いてしまいボールを蹴った。
「ぐっ」
バシンっと音を立てたもののやはり押し負けて弾かれた手のひらにネットが揺れてしまって、来栖くんはボールを拾う。
『一点目ェ』
さらっと言葉を残してまたセンターラインに戻った。
「あれ、誘われてるってわかってても飛び出さざるをえないし、相対したところで抜けると思えないんだよね…」
「来栖くんのボールテクニックすごいよね。早くてテクニックあるとこんなに厄介なんだって実感する」
「死角からしかけても絶対避けられちゃうし」
「あとはこっちから攻めたときのカット率も高いよな」
「そうなんですよ!俺が行く方向わかってるのかなってくらいあっさりと取られちゃうから困ります!」
「シュートに関してもコーナーとか高くて届きにくいところに蹴られるとどうしても力が入りにくいですし…」
ビーッと響いたホイッスルと休憩の掛け声。また五点連取したらしい来栖くんに昨日と同じだなと思う。
今回の二対一を作り出すために円堂くんたちのグループは動く量が増える。そうすれば疲労は溜まるし流れる汗だって増えて、来栖くんはイヤホンをつけて音にあわせてボールを蹴って遊んでる。
三セット目もようやくボールが取れて前線に送ったとしてもゴール前までに取られるか、もしくはシュートを止められてしまって、ピピピピとブザーとは違う音が響いた。
『前半組終わり』
「っ、」
『十分したら今度は昨日のチームやるぞ』
「うん!今日もよろしくね!」
『んー』
携帯を持って触りながら寮に向かう来栖くんに、尻餅をつくように座り込んでいてそのまま後ろに倒れたのは壁山くんと佐久間くん。座り込んで肩で息をするのは鬼道くんと不動くんで、なんとか立っているものの空を仰いでる風丸くんと豪炎寺くん、染岡くんも汗が止まらないようで飲み物とタオルを離さない。
「あー!!しんどいっす!!」
「運動量…えぐ…」
「中盤…は…、しかた、ない」
「フォローをしようにも、早すぎて…」
「同じ人間を相手してると思えねぇ…」
「ふふ、苦戦してるね、みんな」
「あ、秋!」
「お疲れ様」
新しいボトルが木野さんと音無さんに寄って配られる。音無さんは鬼道くんの汗を拭ってあげると表情を緩めた。
「お兄ちゃんがこんなにこてんぱんにされちゃうなんて思わなかった」
「う…まだ負けてない…」
「うん!お兄ちゃん!がんばって!」
「がんばる…」
春奈の期待に答える…と顔を上げた鬼道くんは円堂くんを見た。
「円堂!そこから見ていてなにかあるか!」
「んー、…、何かってほどじゃないけど…みんなが動いたところに出来たスペースに来栖かボールがいるような気がする?」
「なるほどな…ニ対一にした分空きスペースが出るのは仕方ないが…」
「んなぽんぽんそこに行けるもんか?」
「……来栖の奴は、フィールドの把握すんのがうめぇ」
「たしかに。誰がどこにいるのかわかっているように動くな」
「…前の訓練であった三グループの尻尾取りでも彼奴、全員の位置を見て動いてたからな。周辺視野が広くて、情報処理がはやい」
「え、全員?」
「全員だ」
「まじかよ…」
あの尻尾取りで不動くんは確か来栖くんと同じチームだった。最初から意図を把握して正しく参戦してた来栖くんに、不動くんも割と早い段階で勝ち残るようになっていて、あの時に来栖くんの動きを注視してたのかもしれない。
「…それから、彼奴のフェイントは考えてんと間に合わねぇ。一瞬で決めねぇと取れない」
「不動お前、随分と来栖に詳しいな…?」
「…ぁ、」
「来栖と不動前にボール取り合いしてたもんな!」
「、」
「あのときも来栖早かったし、不動も楽しそうだったから覚えてる!」
にかっと笑う円堂くんに不動くんは表情を固めて、壁山くんがぱちぱちと目を瞬いた。
「不動さん、来栖さんと練習してるんっすね!あのスピードについていけるなんてすごいっす!」
「………ついてけねぇから今ここでお前らと一緒に無様に転がってんだよ」
ふいっと顔をそらした不動くんに、ふむと鬼道くんと豪炎寺くんが悩む。
「…不動、練習中に来栖を抜ける確率はどのくらいなんだ?」
「……10%あるかないか。15%までいけねぇし、日によってはもっと割ってる」
「なかなか厳しい数字だが…なるほど、行けるかもしれないな」
豪炎寺くんと鬼道くんが目を合わせる。
風丸くんが一割…と口を開いた。
「彼奴、どうしてボールが奪えるんだ?」
「直感」
「……直感…真似るのは難しいな」
「具体的に言葉にできないのか?」
「俺ができねぇんじゃなくて、彼奴が直感で動いてるって話だ」
「え、来栖のあれ直感なの?!」
「彼奴野生動物かよ」
「すごいな…あれだけのフェイント一切考え無しで入れられるものなのか?」
「何回聞いてもなんとなくって抜かしやがる」
「うわぁ…」
「来栖ってサッカーの天才なんだな!」
「そういう次元か?あれ…」
うーんと悩むみんなに木野さんが楽しそうにしていて、そういえばと音無さんが顔を上げた。
「秋さんは来栖さんのサッカー見たことあるんでしたっけ?」
「え?秋、そうなのか??」
「うん。昔だけどね。今よりもっと早かったよ」
「え、あれ以上に早いのか?」
「そう。来栖くんは飛ぶから」
「「「と、飛ぶ???」」」
「ふふ」
柔らかな笑顔を転がして、それに鬼道くんと不動くんが口を開こうとした瞬間に、わかります!!と声が響いた。
「諧音さんたちのプレーって本当に迷いがなくて!諧音さんはささって感じできれいなんですよね!!」
「俺も諧音さんたちのプレーが大好きなんです!諧音さんのばーってかんじ!!見てて爽快ですよね!」
「あれ、二人は見たことあるんだね?」
「「はい!」」
「俺は小さい頃に試合を見に行ったことがあって!」
「俺も諧音さんたちがサッカーしてるの混ぜてもらってたんです!」
「わぁ!すごい偶然だね!私も一之瀬くんたちとの試合見てたの!」
「「一之瀬たちとの試合?」」
盛り上がってる三人に拾った言葉を復唱する。は?と目を見開いてるのはほぼ全員で、一之瀬くんと交友があるほど驚きに固まってるから木野さんはうん!とまた笑った。
「一之瀬くんと土門くんと西垣くんと、アメリカチームと試合であの時は敵だったけど本当に見とれちゃうくらいで、土門くんは技のファンだったし、一之瀬くんも負けてられないなって盛り上がっちゃって!」
「え!え!その試合の映像ないんですか!」
「すごく見たいです!!」
「どうかなぁ?結構前の試合だし…あるのかな?」
こてんと首を傾げる木野さんに立向居くんと虎丸くんが見たい!と焦がれて、余計に混乱する。
「え、えっと、来栖くんって一体…??」
「ふふ、それは来栖くんから聞いてみるのがいいんじゃないかな?ね、来栖くん」
目線を僕達の奥に向ける。ばっと全員がそちらを見て、嫌そうな顔をしてる来栖くんは息を吐いた。
『嫌だわ。んなもん俺から言うことでもねぇだろ』
「そうなの?」
『少なくとも俺はそう。昔の話は所詮昔の話で終わりだろ。知ったところでなんの足しにもならねぇ』
「うーん、なら仕方ないね」
『そういうことだ。後半組始めんぞォ』
あっさりと切り捨ててコートに入った来栖くんに残念だぁと肩を落としながらもついていくのは立向居くんと虎丸くんで、綱波くんもそういうならしゃーねぇかと続く。
固まってる僕達に木野さんはそれじゃあみんな頑張ってねと音無さんと撤収してしまって、顔を見合わせる。
「鬼道くん、やっぱり僕もそうしたほうが良かったかな?」
「いや…彼奴の言っているとおり、知ったところでだ。今の来栖を抜けるイメージができない」
「そっか…」
一人調べて事情を知っているであろう鬼道くんが首を横に振って息を吐くから、来栖くんがさっき言ったことも踏まえると知っていても知らなくても変わらないのかもしれない。
全員でピッチに上がって、目を合わせる。
「とりあえず、まずは一点!」
「がんばろう!」
「「「おおー!」」」
気合を入れ直して叫べば来栖くんはにっと笑って、ホイッスルが響いた。
☓
『んー』
ぜーはーと肩で息をする面々に思わず首を傾げる。
『やりすぎたか?』
「ギアを上げ過ぎだな」
『それ昨日も言ってたろ』
おっさんの言葉にもう一度肩で息をしてるそいつらを見る。
最初から合わせて円堂チームは計五回、基山チームは四回。同じことを繰り返しているうちにだいぶコツは掴めたようで俺を止めたりボールを奪えるようになってきた。
なんなら基山と豪炎寺が一点ずつ決めたことを考えれば予定よりは遅れてるものの今日の目標はクリアしていて、携帯を確認する。
オッケーと了承をもらってはいるけど、この疲れようだと彼奴の出番はないかもしれない。
時計を見れば三時になろうとしていて、少し考えて口を開く。
『あー…、終わりにするか?』
「「「「まだ終わってない!!」」」」
『あ、そォ…?』
どいつもこいつも負けん気が強い。息も絶え絶えだったくせに勢い良く言葉が返ってくるから隣を見る。
「実際の運動量で言えば一試合程度だからな。無理は禁物だがやる気があるのならもう一時間くらいはいいんじゃないか」
『まぁやりてぇならいいけど…』
「やっと来栖の動きに目が慣れてきたんだ。ここで辞めるのは勿体無い」
「そろそろびしっとがっつり止めてやんからよ!」
「次は俺が決めてやるから覚悟しとけ!」
『まじで大丈夫かァ…?ハイになってねぇ…?』
「瞳孔は開いてなさそうだから大丈夫だろう」
『そういう問題か?』
意気込んでくる佐久間、土方、染岡におっさんが頷くから心配するだけ無駄かと一歩離れる。
携帯を見ればあと少し!と連絡が来ていたから声をかけた。
『とりあえずもうワンセット』
「おう!!みんな!行くぞ!」
「っし、やってやる」
「次こそ止めてみせるっす!!」
円堂の掛け声に風丸、壁山がまずは立ち上がって同じチームはの奴らがコートに入る。
シャツで汗を拭って、ボールを置いた。
『またタイマー頼んだ』
「はい!任せてください!」
「うん!みんながんばってね!」
音無と木野が頷いて、ビーッとなった音にボールを蹴り始める。
最初よりも初動を早く、詰めてくるのは豪炎寺で右側に、その左には染岡が居てフェイントを仕掛ければ豪炎寺はすぐに足を伸ばす。届きそうになったつま先はボールにかけてた回転で避けて、染岡がフォローに入ってくるから一瞬だけ現れた足の隙間にボールを通す。
「くっ」
悔しそうにこぼれた声に染岡と豪炎寺はすぐに切り替えして追いかけてくるから走って、ぱっと三人が詰め寄る。
「通さないぞ」
鬼道と佐久間と不動は互いに届く距離で俺に相対して、その三人の後ろには二人がいて、ぽんぽんとボールをキープしながら道を探して、走ってくる金色に口角を上げた。
ボールを下から蹴り上げて、山を超えて、その先に飛び込んできた金色が受け取る。
「あは!ドンピシャ!ナイパ!」
「「は?!!」」
『思ったより早かったな』
「せいたんが飛ばしてくれたのっ」
受け取ったばかりのボールをぽんぽんと跳ねさせて、足の下に置く。
「ちゃおちゃお!かいとんの唯一無二の相棒ようたくんのお成りだぞぉ!」
「栄垣!」
「なんでここに…」
『俺とだけやってても飽きてくんだろ?ようたが良いって言ってたから来てもらった』
「飽きるどころかやっと追いつけるようになったところなんだが…?」
輝いた円堂の目に、驚きで固まる不動、それから鬼道が頭を押さえて、佐久間が嘘だろと零す。
「ああ?…お前確か試合に出てた…イタリアの…?」
「昨日点を決めてた、栄垣だよな」
「うんうん!俺っち栄垣耀太!よろしくねんっ!」
ほぼ初対面に近い染岡と豪炎寺の言葉に改めてようたは自己紹介をして、それからくるくると回る。
「それでー?かいとん、俺っちはなにすればいーの??」
『俺とこいつら抜いて止めてるだけ』
「懐かしい!昔よくやったよね!おけおけ!任せて!俺っちがいれば百人力、怖いものなし負けなしだぁ!」
ぴょんぴょんと跳ねるようたにぱちくりと目を瞬いて、基山がええと、と零す。
「来栖くん、八対ニにするってこと、かな…?」
『あー…、どうする?ようた』
「え?11でいいんじゃない?8じゃ勝負にもならないでしょ。別に20でも30でもいいよん?」
『そんなに居ねぇわ。つっても微妙に人数あぶれんだよな…やれねぇ奴いると意味ねぇし…』
ようたの言葉にピリつくのは血の気の多い連中で、そんなのを気にもしないようたはボールを抱えながら俺の方に寄ってきて、ぴとりとくっつく。
「うーん?じゃあ鬼道くんと不動くんは外野かなぁ」
「は?」
「なぜだ?」
「え〜?なんで不思議そうにしてるわけ??君たちが向かいからかいとん見てたって仕方ないでしょ??なぁに?君たちそんな簡単なこともわかんないのぉ???」
『…ようた』
「ん〜!言葉の綾だよぉ!怒らないで天使〜」
『綾のレベルじゃねぇんだよ』
額を叩く。ちぇーっと唇を尖らせつつも俺の肩口に口元をくっつけて黙ったから改めて人数を確認する。
キーパーが二人いる時点で片方しか出場させられない。
『仲間に引き入れんなら立向居がいいけど、立向居には経験積ませてぇからとりあえず円堂は見学』
「えぇ?!そんなぁ!!」
『うるせぇ。あとでシュート打ち込んでやるから一回休め』
「まじか!わかった!!!」
『あとは…とりあえず鬼道と不動も動きすぎてんから一回休み』
「…ちっ」
「……わかった」
『これで13か…。休みてぇ奴いるか?』
「「「………………」」」
『あ?まじか、居ねぇのかよ』
あれだけ鬼だ宇宙人だもうやりたくないと愚痴を垂れていたのに小暮と壁山まで声を出さないでじっと見てくるから、それならと隣を見た。
『ようた』
「んー…、どうしてもかいとんが言うなら?」
『風丸』
「へぇええええ???」
『お前が聞いたんだろ。落ち着けよ』
「落ち着いていられるわけないよね!!」
『落ち着け』
余計なことを口走られる前に抱え込んで押さえる。
名前を呼ばれたと思えば急にようたに凄まれ、1歩後ずさった風丸に目を合わせた。
『風丸、こっち来い』
「え、俺が?」
『ん、お前だ』
「んんんんっ、」
『ちょっと静かにしてろ』
「むぅ」
手招く。唸るようたに風丸は若干引きながら近寄ってきた風丸は不安そうに俺を見た。
「だ、大丈夫なのか…?」
『たぶん』
「たぶんって…ていうか、なんで呼ばれたんだ?」
『お前一回休み、それで次から俺たちのチームな』
「は、」
「「はああ???」」
響きわたった声にこいつらまだ元気あるなと耳を押さえようとして、片腕をようたに回してるのを思い出して諦めた。
「なんでですか!諧音さん!」
「お、俺は駄目なんですか!?」
「……………」
『虎と飛鷹、それから条助も立向居と一緒で経験積ませてぇから駄目だ』
「俺は!」
「僕は?」
『お前らフォワードが俺と同じチームになったって意味ねぇだろ。おんなじ理由で染岡とあとフォワードでミッドフィルダーもできる視野の広い基山も相手チームのがいい』
「、えっと…、そうしたらどうして風丸くんを選んだのかな?ディフェンダーには小暮くん、壁山くん、土方くんもいるけど…」
『三人とも俺と対面してたほうが伸びそうだし、…風丸が一番早くて、俺らについてこれる可能性があるからだな』
目を見張って、それから口元を緩めて、毛先を指に巻きつけると風丸が唇を動かす。
「、そ、そうか…?…ま、まぁ?元陸上部としてのプライドもあるし、そこまで言うなら、追いついてみせてやるよ」
『ん、期待してる』
「ふぐぅ、んんっむぅ!!」
腕の中のようたが荒ぶりはじめて風丸がぴたりと止まり、俺を窺う。
「……ごめん、疑いたくはないんだけど…本当に栄垣は大丈夫なのか?お前が手を離した瞬間に飛びかかられたりしないよな?」
『あー、たぶん…?』
「あまり俺を巻き込むなよ…」
『善処する』
「せめて仲間内でまとめてから話してくれ…」
命の危機を感じると零す風丸に腕の中を見る。押さえてるせいでか目元の赤いようたの頭を撫でて、落ち着いたところで離せば頬を膨らませたまま俺を見上げた。
「相棒は!俺っちだからね!!」
『ったりめーだ。他に居ねぇよ』
「ふんっ」
鼻を鳴らしたようたはひとまず落ち着いたようで、さてと前を見た。
『これで12…一人あぶれるなァ』
「司令塔が抜けてるならひとり多いと逆に統率とりにくそうだもんね」
『なら抜くのが定石だけど…』
面子を見て、あ、と思い出す。ようたも同じように声を出した。
「『佐久間』だね!」
「、何故俺が!」
「アルゼンチン戦のときのメンバー再現したいんだよ!」
『それで試合してんならある程度連携もしやすいだろ?佐久間、悪いけど一回休みでもいいか?』
「……まぁ駄々をこねても仕方ないからな…わかった。今回だけだぞ」
『サンキュ』
これで11人。しっかりと数え直しても間違いがなかったから声を出した。
『じゃあちょっと準備してぇから十五分休憩。その間に作戦会議でもなんでもしてくれ』
「うん。僕達もそのほうが助かる」
「それじゃあまた後でね、来栖くん、栄垣くん」
基山と吹雪の言葉に、ようたはばいばーいと手を振って、俺を見上げる。
「俺が鬼道くんと不動くん?」
『んや、せいだ。頼んでたもん用意してくれたんだろ?せいに音無と木野に渡すように言ってこい』
「えー?」
『彼奴らに絡むな。そろそろ怒るぞ』
「……むぅ」
『はあ。これ終わったら遊ぶんだろォ?』
「うん」
『少しだけ付き合ってくれ、相棒』
「………もう、かいとんったらそういえばいいと思ってるでしょ…っ!そのとおりだけどね!でも俺っちの気持ち弄ぶなんて!かいとんのいけず!とんちき!愛してる!」
『意味わかんねぇし時間もねぇからさっさとせいんとこ行ってこい』
「はーい!」
いてきま!と頬をすり寄せてから走り出したようたに息を吐いて、視線を向ける。作戦会議に努めるチームは置いておいて、抜いてしまった五人は自然と固まってたから近づいた。
『この五人を抜いてるのは理由がある』
「え?さっき言ってた経験積ませるのと疲れてるからってやつじゃなくてか?」
『それもそうだけど、風丸以外は俺とようたをもう中から見たことあんだろ。だから外から見て感覚をすり合わせておいてくれ』
「擦り合わせ…もしかして、次からは、」
『状況次第でこっちに入ってもらう予定』
「ほんとか!俺達来栖チームなのか!」
『あっちの動き次第だけどな』
アルゼンチンで力は身につけてる。俺との試合も昨日のうちにやっている分、体がついていけるようになっているメンバーが多く、もしかしたらようたが居ても厳しい場面が出てくるかもしれない。
『風丸にはわりぃけど、俺だけじゃなくてようたとも合わせてもらうことになんから、一応このワンセットは自由に過ごしていいけど確認だけ頼む』
「ああ、わかった」
『ま、俺の面倒見させられてるお前なら大丈夫だよな?』
「まったくだ。無茶振りばかりして。伊達にお前の世話を見てないさ、任せとけ」
笑みを零す風丸は少し肩の力が抜けたらしい。
さてと残りの四人を見る。
『円堂、お前も一回休みの扱いだけど居たけりゃネット前居ていいぞ』
「ほんとか!」
『俺達が動いちまうからあんまボール来ねぇだろうけどそれで良ければ』
「ネット前!居る!!」
『好きにしろ』
「やったー!!」
跳ね回る円堂に風丸もよかったな!と自分の事のように喜んで、それからと二人を見た。
『鬼道と不動は、俺はもちろん、ようたの動きを見ておいてくれ』
「……ちっ」
「…そんな気はしていた」
『わかってんなら説明要らねぇな』
「「…………」」
不服そうながらもお互いに目を合わせて、鬼道だけああと小さく頷く。残りの一人を見据えた。
『最後に佐久間、お前の仕事はこいつらが出てきてからだ。こいつらとようたの動きを比べて足りねぇもん見つけてくれ』
「、俺がか?」
『ん、お前目ぇいいし応用効くだろォ?ペンギンのときも助力してたし、もとからそういう補佐とか向いてそうだからその能力活かしてこいつらのサポート頼む』
「わ、わかった」
戸惑いつつ頷いた佐久間に、ついでにとつけたす。
『あとできればでいいんだけど、俺とようたの場合と、俺とこの二人の場合でも比較しておいてくれるかァ?俺もようた以外と合わせんの久々だからたぶんブレると思う』
「任せてくれ!」
佐久間に鬼道が頼りにしてると眉尻を下げて笑いかける。不動もふんっと鼻を鳴らしつつ佐久間を見てるからうまい具合にやってくれるのを信じて体の向きを変えて駆け寄ってきたようたを受け止めた。
『どーだァ?』
「準備万端オールおっけぇ!」
『よくやった』
「んへへぇ、もっとほめて〜!」
『やだ。…急に悪いな、せい、頼んだぞォ』
「気にするな。ハニーの願いならいくらでも聞いてやるさ。耀太と楽しんでくるんだぞ」
『ん』
近くに立っていたせいが俺とようたの頭を一回ずつ撫でて、それから五人を見る。
「日本代表、応援しているぞ」
「うん!ありがとう!」
「え、ああ…?はい…?」
「ありがとう、ございます…?」
応援の言葉に円堂は反射で答えて、風丸と佐久間も戸惑いつつ頭を下げる。鬼道と不動はどことなく訝しげな目を向けていて、わかっているのにせいは深く説明することなくあっさりと離れていって響木のおっさんの横に腰掛けた。
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