イナイレ


ようたもイタリア代表としての練習が10時からあると言ってたからそれに間に合うように起きて支度することにして、いつもどおり頭が冴える頃には二人が俺の隣にいて準備がほとんど終わってた。

「おはよ!」

「おはよう」

『ん、はよ…』

好きに触れられる頬や髪に一度目を瞑ってから開き直す。

「ご飯食べよー」

『ああ』

「今日はねー!俺っちリクエストによる和食!いっぱい食べよ!」

『んー』

「耀太、食べすぎて動けなくなるなよ」

「はーい!」

くるくると回ったり跳ねたりと朝からテンションの高いようたにせいはすっかり疲れた顔をしてて、朝から振り回されてる。

昔から変わらないそれに、誰もいない隣は静かで、視線を落としそうになる前に腕が取られた。

「かーいとん!」

『…なんだァ?』

「今日も明日も、ずーっと一緒にいるからね!」

『は…?』

「俺もだ。いつでも共にあるぞ、諧音」

左腕を組んでるようたと右から髪を撫でるせい。二人して穏やかに笑っているから息を吐く。

『四六時中一緒にいねぇよ。仕事しろ、ばーか』

「えー!養ってくれないの?!」

「安心しろ、いつでも準備はできている」

『お前らほんとそういうとこだぞ』

二人の会話にもう一度笑って、歩き出した。





「ねぇかいとん、解散早くなーい?」

『早くねぇわ。お前が遅れんだよ』

「だって~」

ぶーっと頬を膨らませるようたにせいも仕方なさそうに息を吐く。

「耀太、また時間を合わせればいいだろう?それにイタリアも次のイギリス戦が間近なんだ。流石に遅刻は許されないぞ」

『あんまり好き勝手してたらクビになりそうだしなァ』

「そうしたら二人に養ってもらうからいいもん!」

「勘弁しろ」

『ニートは許さねぇ』

「えー!なんでなんでー!」

ぴょこぴょこと跳ねて抗議するようたは本気じゃないから軽くあしらう。

日本エリアの寮前についたのはもう十分以上前で、それなのに未だに車が出ないのはゴネるようたの話を聞くためだった。ようたはやだやだーと俺たちにひっつく。

「影山いるしフィディオたちぴりつきそーだし楽しくなさそーだもーん」

「それはそうだな。影山も何故イタリアを選んだのか…」

『ようたが居たからじゃねぇのォ?』

「んえー!いい迷惑!!」

「迷惑しているのは他のイタリア代表たちだろうな」

『巻き込まれてるし』

「辛辣!!俺っちに優しくしてー!!」

ようたの駄々は始まると長い。せいを見れば同時にこちらを見てたから顔を見合わせて、息を吐いた。

『ようた』
「耀太」

「……んー」

名前を呼ぶとしぶしぶ顔を上げる。

俺は右手で、せいは左手でようたの髪を撫でた。

「どうにも我慢ならなくなったらならすぐに言うといい。移籍も脱退も俺がさせよう」

「……うん」

『その後なら面倒みてやんから、無理はしねぇでがんばれ』

「はぁーい」

笑ったようたに唇を寄せて、せいも同じように約束をする。んふふと笑みをこぼしたところで離れればようたがぱっと手を上げた。

「俺っちがんばる!」

『おう』

「影山なんかに負けないもんね!!」

「ああ、いい心意気だ」

「まずはイギリス倒してくる!」

『んー、応援してんわァ』

「がんばるから見ててね!!」

「もちろんだ。祝杯の準備をしておこう」

「わーい!俺っちかいとんのご飯がいい!」

『あー…、いいけど、場所だけ用意考えねぇとォ』

「ホテルでいいか?」

『やりづらそォ。……道也に寮のキッチン使えるか聞くか』

「イタリアの祝賀会を日本でやるのか?」

『ようたの祝賀会ならセーフじゃねぇかと思って』

「あはは!道也すっごいしかめっ面しそー!」

『…あ、なら道也も参加させんか?』

「いいよ!楽しそうだし!!あと冬花ちゃんとー、あ、鬼道くんと不動くんも呼ぼっかぁ!!」

「お前たち、当事者不在で勝手に話を進めるな」

いつからそこにいたのか、低い声が響いて顔を上げる。道也が額を押さえて息を吐いてて、その後ろにはイナズマジャパンの面々がいる。

「わ!おはおはー!道也!」
「おはよう、道也さん」

「ああ…おはよう…はぁ」

『朝からなに疲れてんだァ?』

「空港に向かいたいのに二十分も寮前に車が止まっているから出られなかったんだが?」

『へー』

「へーじゃない、まったく」

いつから待ってたのかは知らないけど気を遣われてたんだろう。

せいとようたが目を合わせて、せいは合図を出し、ようたはぱっと顔を上げて一歩踏み出した。

「やっほー!昨日ぶり!元気ー??」

「、ああ…」

「…………」

「栄垣!おはよう!」

「おはおはー!」

わざとらしく絡みにいくようたに鬼道はぴくりと眉を動かして、不動は睨む。佐久間が慌てて、円堂はいつもどおり明るく笑う。

その様子に昨日のやり取りを知らない基山や豪炎寺は目を瞬いて、風丸が俺を見た。

「来栖、うちのミッドフィルダー巻き込むなよ」

『俺のせいかよ』

「違うって?」

『納得はいかねぇけど、そう』

手を伸ばしてようたに触れれば、くるりと振り向いて笑顔を見せる。

「あと冬花ちゃんもぐっもーにしたい!!」

『冬花はそこ』

「ふふ。耀太くん、おはよう。元気そうだね」

「うん!!おはおは!元気もりもりだよん!冬花ちゃんも元気そうで良かったー!」

ぶんぶんと手を振ってよし!と頷いた耀太に息を吐いた。

『挨拶したな。さっさと練習行け』

「はーい!せいたん!行こ!」

「ああ。行くぞ、耀太」

俺からせいの横に移動したようたは、せいに頭を撫でられて、うへへと笑う。

機嫌はすっかりもとに戻ったようで、テンションが高い様子にせいは目を細めてから顔を上げた。

「諧音、また連絡する」

『ん』

「かいとんの手料理楽しみにしてるっ!」

『はいはい。勝ってから言え』

「うん!イギリスも影山もけちょんけちょんにしてくるよん!いってきまーす!」

『ってらー』

せいにつれられて車に乗せられ、開けた窓から大きく手を振るようたに手を振り返す。身を乗り出しすぎてせいに怒られたらしく体も腕も中に戻したのを確認して、車が寮から離れていったから、寄りすぎてる眉間に皺に目を向けた。

『なんでそんな不機嫌なんだァ?』

「……はあ。いや、もういい…空港に向かうからついてこい」

『はー?なんで空港…?』

「行けばわかる」

『俺戻ってきたばっかだっつーのに』

「勝手に遊びに出ていったんだろう。練習の前に準備だと思って来い」

『仕方ねーなァ』

ため息の減らない道也に先導されて歩き出す。席はいつもどおり一番後ろにと思ったところで服が掴まれた。

「諧音、引き継ぎがあるから前に座れ」

『引き継ぎィ…?』

離されない服に仕方なく一番前の道也の隣に腰掛ける。次々と奥へと進み席につく選手たちに珍しいところに座ってるな??と円堂がわかりやすく首を傾げてた。

走り出した車に全員目が覚めてるからか車内は賑やかで、自然と溢れたあくびに滲んだ涙を拭って寄りかかる。

『でー?わざわざ呼び止めてなんの用だァ?』

「……今日の目と足はどうだ」

『特になんもねぇ』

「そうか…」

視線を下げてる道也にもう一度あくびをして目を閉じる。

「寝不足か?」

『そーでもォ?せいもようたも夜ふかしすんとうるせぇし昨日はわりとちゃんと寝た』

「わりとではなくしっかりと寝てくれ」

『検討』

揺れてる車の中に、今どの辺りを走っているのかは全くわからないけど行き道のことを考えればそこそこに時間がかかるだろう。

隣の道也が身動ぐ。

「………まったく。この大会がこんなにきな臭いものになるとはな」

『…影山の上、誰だと思う』

「誠くんの邪魔をできるレベルだ。同等の家柄、そして…この大会の日程を動かすことができて、さらにこの島の、権力者」

『ほとんど答えだなァ』

「ああ」

深々と息を吐いた道也はどんな顔をしてるのか、目を開けるのも億劫でそのまま黙る。

急遽日程が変更された試合は海の上にぽつんと存在する会場。同時刻に本部に呼び出された道也と響木のおっさん。円堂と鬼道と佐久間と不動、それから俺も含めて移動手段が絶たれてた。

交通規制や事故。普通ならば向かえなくなるそれにせいが動こうとして、その手段も潰された。

海洋調査のためなんて適当な名目にせいはキレて、でも逆に、それが主犯の正体を確定させる材料にもなった。

『…ブラジル代表って、別グループだよな』

「ああ。現在Bグループのリーグ戦で全勝中のチームだ」

『………どう思う』

「怪しいとは…思うが…一番怪しいのは、ブラジル代表の情報が全く拾えないことだ」

『…どういうことだ』

「予選から今に至るまで、主戦力のストライカー以外はころころと面子が変わってる。二試合以上連続で出場している選手がいない」

『………選手層が厚いっていやぁ聞こえはいいけどなァ』

「ああ、10人分の枠を何試合も交代させられるだけの潤沢な人員。羨ましいな」

『弱小イナジャパと大違いじゃねぇか』

「お前がそれを言うな」

ぺしりと額の弾かれた感覚に目を開ける。じっと見つめてくる道也にまた目を閉じた。

『……今度からは選ばれるようにすんし、ちゃんと出てやる』

「、どういう心境の変化だ?」

『あー……まぁいろいろォ』

「………耀太くんが怒るわけだ」

『あ?なんか話したのか?』

「いいや、俺は何も」

上げたまぶたに道也は笑っていて、なぜそんなに楽しそうなのかと見つめていればバスが揺れて、止まった。

外を見ると空港にたどり着いていて、全員が降りた。

一人、大きめのボストンバッグを持ってる栗松に道也を見る。

『怪我か』

「…ああ、昨日の試合でな」

『…………』

壁山や風丸、円堂。サッカー部の頃からずっと一緒に居たらしい面々が別れを惜しんでいて、染岡は少し離れたところで強い言葉で背を押した。

全員のやりとりを遠目で眺めながら、帰りの便に乗り込むために搭乗手続きをしてゲートをくぐっていった栗松を見送る。

「でもそうすると…一人足りなくなるな」

しょぼんと肩を落とした円堂に近づいてきていた白色が揺れた。

「久しぶり、みんな」

「吹雪!」

「もう足の怪我はいいのか?!」

「うん。もうすっかり」

おっとりとした吹雪に全員が群がって、和気あいあいと会話をする。

道也の横でぼーっとしていれば白色がふわふわとした様子で近づいてきて、やぁと微笑まれた。

「来栖くん、久しぶり」

『おー、久しぶりィ』

「ふふ。今度こそ来栖くんとサッカーさせてね?」

『あー、時間が合えばァ』

「…………」

きょとんとした吹雪はぱぁっと表情をほころばせて、うんっと頷いた。

「時間は作るものだよ!いっぱいサッカーしよう!約束だよ!」

『わざわざ約束しなくても良くね、』

「だぁめ」

わざわざ近寄ってきて差し出された左手の小指に目を瞬く。

「はい、ちゃんと約束しようね。手だして?」

『はぁ…、ん』

仕方なく手を上げた結んでやる。数秒絡めて離せば吹雪はあれ?と首を傾げた。

『今度はなんだよ』

「香水変えた?」

『は?』

「えっと…、いい匂いだけど…うーん、すごく大人っぽい香り?だね?」

『……………そうだった。あれ、お前が言い出したんだってなァ』

「うん??」

息を吐いて、さっきまで使ってた左手の人差し指を押さえて額の位置で放つ。

「あいた、な、なんで…?」

『お前が余計なこと言ったからどいつもこいつも嗅いでくるんだよ、腹立つ』

「ええ…?」

『香水は変えてねぇ。つけてねぇもんがついてるから違う匂いがするだけだ。以上』

「あれ?そうなんだ…?」

話を切って吹雪に背を向ける。選手が揃ったことでバスへと誘導する道也にくっついていって隣に掛けた。

「もう話は済んだぞ?」

『あっちに寄りたくねぇ』

道也は好きにしろと持っていた資料に視線を落とした。 

アルゼンチンと戦うのに活躍した栗松が抜け、そして怪我が治った吹雪が帰ってきて、バスの中はさっきまでとは違う意味で賑やかだ。

これ以上負けてしまうと後はない。自分たちの置かれた状況に今まで以上に気が引き締まったらしいイナズマジャパンに、道也も俺のことを見てくるから練習には参加すると返しておいた。







日本代表が生活してるのは日本エリアだそうで、寮に向かって走るバスにみんなとたくさん話して、隣の豪炎寺くんの匂いに目を瞬いた。

「豪炎寺くん、来栖くんと同じ匂い?」

「!」

ぱぁっと目を輝かせた豪炎寺くんはわかるか!と嬉しそうに笑う。

「来栖と同じ洗剤で一式揃えたんだ」

「え、一式?聞いたの?」

「いや、同じタイミングで風呂に入ったときにもらって、それを買ってる」

「来栖くんがくれたの?」

「ああ!使いかけで良ければって。使い方もレクチャーしてもらって継続していて、髪もだいぶ傷みが減ってこの間褒められたんだ!」

「ええ…?」

そんなに仲が良くなっているとは思わなくて口の端が引きつる。

来栖くんは誰に対しても平等に優しいと思っていたけど、豪炎寺くんには特別甘かったらしい。

ふわりとしたお花のような匂いは日本をたつ時まで香っていたもので、でもと言葉を零す。

「さっき、来栖くんからこの匂いしなくて…なんか違う匂いがしたんだよね」

「………ああ、誠さんの匂いじゃないか?」

「誠さん??」

「ああ。こっちに来栖の知り合いが居たみたいで、以前も外泊して帰った来たときに違う匂いがするからみんなで驚いたんだ。昨日も泊まってたしたぶんまたマウントされてるんだろう」

「え、マウントって…来栖くんの知り合いってそういう…?」

「俺達は宣戦布告されていると思ってあるが、久遠いわく違うらしい」

「どういうことなの…?」

聞けば聞くほど混乱する。

少しの揺れの後に止まったバスにみんなが降りて、僕も荷物をもって降りる。

これから練習があるからと荷解きもそこそこにグラウンドに飛び出した。






道也によって一人、別枠でいくつかの確認をされて、戻ってくれば早速吹雪に捕まり、更には風丸、虎、条助、飛鷹、立向居と代わる代わる練習相手を務めた。

豪炎寺が近寄ってこようとしたところで終了の号令がかけられて、すっかりと斜めになったオレンジ色の空に豪炎寺は間に合わなかったかと肩を落としながら近づいて、目を見開いた。

「!」

『あ?なんだよ』

「違う!!」

『は???』

「誠さんだけど誠さんだけじゃない…!なんの匂いだ?!」

『てめぇほんと匂いの話しかしねぇなァ??』

思わず手が出そうになれば豪炎寺が叫んだせいで、え?!と聞きつけてきた虎が飛びつき、近寄ってた条助も鼻を鳴らす。

「うあああ!!なんか違う!!」

「…あの男の匂いだけじゃねぇ」

「なんかこう…さっぱりした…」

「ライムとかレモンのような…」

『マジきめぇ。寄ってくんな全員離れろ』

「あれ?豪炎寺くんが言ってた人の匂いじゃなかったの?」

「そうだけどそうじゃない!」

吹雪まで近寄ってくるから頭を押さえて、さっき飛鷹の言ってた言葉に思い当たる節があったから吐き出す。

『ようただろ』

「………そうか…栄垣もか」

『なんなんだよまじで。匂いくらいどうでもいいだろーが』

呆れて歩き出せば豪炎寺も虎も頬を膨らませて、条助はうーんと悩む。立向居がどうしましょう?と首を傾げたのが見えたけど舌打ちをしながら無視して進む。

寮に入ってまっすぐ向かった部屋の扉をノックなしに開ければ、中にいた道也は驚きで大きく肩を揺らしてコップの中身を少しこぼした。

「か、諧音、?」

『風呂借りる』

「あ、ああ…?」

そのまままた扉をしめて服を脱ぎ捨ててノズルを押して水を出す。少しすればお湯に変わったから頭からかぶる。

湯を浴びれば少し気分が変わる。しばらく頭から浴びていつものシャンプーを出して洗い始めて、普段通り洗い終わったところでシャワールームを出た。

タオルで水分を拭って服を着て、髪にオイルをつけたところで手を止める。扉を開けた。

『道也』

「、出たのか」

『嗅げ』

「はあ。お前は急に…こっちに来なさい」

道也が腰掛けてるソファの横に座って見据える。仕方なさそうに鼻先を近づけた道也は数秒して離れた。

「いつものお前の匂いで合ってるぞ。また何か言われたのか?」

『どいつもこいつも俺の匂いごときでうぜぇ』

「そうか。仲が良さそうでなによりだ」

『どこがだよ』

笑った道也の腕を叩けばまた肩を揺らして、道也が立ち上がる。

「何か飲むか?」

『炭酸』

「いつもあると思うなよ?」

『え?ねぇの?』

「ある」

『んだよ』

冷蔵庫から取り出されたペットボトルは吹かないように隣まで戻ってきた道也に丁寧に運ばれて渡される。

透明のそれにキャップをあければぱきっと音がして、しゅっと空気の抜ける音が響いた。

口を付ければ肩にかけてたタオルが取られて毛先を挟む。

「乾かさないと風邪を引くぞ」

『ん』 

「まったく。少し待て」

頭を差し出せば息を吐きながらシャワールームに向かって、手に機械を持って帰ってきた。

近くのコンセントにアダプターを差し込むと機械を向けられる。

「かけるぞ」

スイッチを入れた瞬間に大きな音と風が吹いて、差し込まれた手のひらが髪を掬って少しずつ持ち上げ乾かしていく。

目を瞑っていれば一通り動かされた手のひらに風は弱まって、温風から冷風に、上から下に向けて風が流されたところで止まった。

「どうだ?」

『平気。世話かけたなァ』

「ああ。全くだ」

『ついでに梳かしてくれてもいいんだぜ』

「………はあ。ほら、貸せ」

渡したブラシが頭皮を傷つけないよう柔らかく髪を通っていく。また目を瞑っていればこんこんと音がして、目を開けるより早く扉が開いた。

「お父さん…あ、諧音くんもいたんだね。お風呂あがりかな?」

『…そーだけどォ…お前、返事の前に開けんなよ…』

「お父さんだからいいかなって」

「俺の扱いが雑じゃないか?」

「ふふ。嘘だよ。何回かノックしたんだけど…ドライヤーの音で聞こえなかったみたいだね。用事なの」

『それそいつらがいるのと関係あんのか?』

「うん。そうだよ」

よくわかったね?と微笑む冬花の後ろ、続けて入ってきて俺達を見るなり固まってる鬼道、豪炎寺で、円堂がぱちぱちと目を瞬いた。

「来栖、監督と仲いいな??」

『普通』

「そうか??」

普通ってなんだっけと不思議そうな円堂に息を吐いて、冬花はすたすたと近寄ってくると道也を見上げた。

「お父さん、守くんたちが相談したいことがあるみたい。私代わるね」

「そうか。任せた」

『んや、もう終わってるから平気だ。部屋帰る』

「そうなの?」

ブラシを受け取って立ち上がる。ついでにペットボトルも持って隣を抜けようとすれば、そうだ!と円堂が大きな声を出した。

「せっかくだし来栖も一緒に作戦会議しようぜ!」

「「え」」

『は?』

「俺たち次の大会に向けて考えた作戦を監督に提案しに来たんだ!アメリカ戦に向けて来栖も一緒に話そうぜ!」

『はー…?』

「来栖いっつも作戦会議中ゲームしてるかいないだろ?不動とはイギリス戦の時にベンチで話してたって聞いたし!俺達とも話そうぜ!」

楽しそうに一気に話した円堂は目がキラキラしてる。

確認した先の道也と冬花は好きにしたらいいといつもの見守りの姿勢で、豪炎寺はあからさまに、鬼道はひっそりとそわついていて、まぁいいかとさっきまで座ってた場所に座り直してキャップを開けた。

『30分だけならいいぞ』

「まじか!じゃあ話そうぜ!」

やったー!と跳ねる円堂に豪炎寺と鬼道が驚いたように固まって顔を見合わせる。道也が口元を緩ませて、冬花も嬉しそうに表情を綻ばせた。

円堂は楽しそうに俺の横に座って、向かいには鬼道と豪炎寺。冬花は俺の隣に、道也は近くに引っ張ってきた椅子に腰掛けた。

「来栖!次の相手はもう知ってるか!?」

『アメリカだろ。ユニコーン』

「そうそう!流石来栖だな!」

鬼道が持っていた資料がテーブルの上に広げられる。円堂はそのまま勢い良く口を開いた。

「俺達次の試合すげー楽しみなんだ!」

『へー』

「なんたって一之瀬と土門がいるんだ!あ、そういえば来栖って土門と仲良かったよな!」

『…は?別に仲良くねぇよ。どこ情報だァ?』

「え?違うのか?土門、しばらく来栖の家に住んでただろ?」

「「は?」」

ばっとこちらを見た二人に眉根を寄せる。道也の顔が死んで、冬花がきょとんとする。

「そうだったの?」

『……いろいろあって部屋貸してた』

「ほう?初めて聞く話だな」

『わざわざお前らに話す必要ねぇだろ』

「いつからだ?」

『いつでもいいだろ』

鬼道と豪炎寺に話す気はないとペットボトルに口を付ければ、すっと視線は俺の隣に向いた。

「円堂、知ってるか?」

「えー、俺もそんなちゃんと聞いてないけど1ヶ月くらいじゃなかったか?」

「…お前、どこからその情報仕入れたんだ?」

「ん?土門と話してるときにちらっと!帰る方向変わったなって思って聞いたら土門が言ってて!……あ!でもこれ内緒なんだった!!」

『………あのゴボウ、次会ったらへし折る』

「ああーっ!土門ごめんっ!」

べこりと音を立ててプラスチックがへこむ。炭酸が溢れないように手から力を抜いて、舌打ちをこぼした。

『てめぇ、あのくそゴボウからどこまで話聞きやがった』

「ん、んえ?そ、そんなには、聞いてない…」

わかりやすく目を逸らす円堂に、手を伸ばしてて胸倉をつかんだ。

『下手な嘘はてめぇの首絞めんだけだぞ』

「し、締めてるのは来栖…っ…く、くるし…」

「…はあ。諧音、やめなさい」

『ちっ』

手を離して座り直す。冬花が苦笑いを浮かべて、えっとと穏やかに声をこぼした。

「守くん、たぶん隠すほうが大変だから、知ってることはお話してくれると助かるかな…?」

「う、うん…わかった…」

涙目の円堂はんんっと喉の調子を整えてちらりと俺と、それから鬼道を見る。

「その、ほら、土門って転校してきて大会中にいろいろあっただろ?」

「……俺がさせていたスパイ活動のことか」

「あー…うん。…その、それで、土門が助けてほしいっていって、来栖が匿ってくれたってところまで…聞きました…」

だんだん眉間に力が入っていく俺に円堂の視線が泳いで、目があった瞬間にひぇっと声が聞こえた。

「ど、土門を怒らないでくれ!俺が土門にむっちゃ聞いたんだ!!」

『ならてめぇを泣かすのは正当な理由ってことで許されるなァ?』

「俺の前では許さないぞ。落ち着け」

『……………』

額を押さえた状態の道也に再度舌打ちがこぼれて、炭酸を飲む。片足を上げて、一度円堂を蹴っ飛ばしてから頬杖をついた。

「いっ」

『くだらねぇ話しかしねぇなら帰る』

「あ~!待ってくれ!帰らないで!」

『ならさっさとアメリカ戦の話に戻れ。次に俺の前でゴボウの話したらそのバンダナと一緒に料理すんぞ』

「バンダナはやめて!話すから!!」

慌てる円堂がええっとと慌てふためきながら資料を向けた。

「おおお俺!次の相手!土門と一之瀬がいるから楽しみ!」

『さっきも聞いた』

「そそそそれで、えっと、えっと………助けて、鬼道、豪炎寺〜」

「はあ…。アメリカ戦に向けていくつか案を考えてきた。意見がほしくて監督を伺ったらお前がいたんだ」

「来栖は戦術を考えたりするの得意なんだろ?もしよかったら一緒に考えよう」

『得意じゃねぇ』

「え?そうなのか?」

『今度はなんで驚いてんだよ』

「韓国戦であの練習方法を考えたのは監督と来栖なんだろ?」

『…………どこ情報だ』

「俺は久遠から聞いたんだが…」

『………………冬花』

「ふふ。ああいう訓練方法ってどうやって思いつくのかなって話をしてるときに、あれはお父さんと諧音くんが考えたんだよって話になったの」

『………はあ〜』

悪気のなさそうな冬花に息を吐いて俯く。口止めしなかった俺の詰めが甘かったのが悪い。

足を上げて、膝を抱えた。

『もー何でも良いけどよォ…』

早起き、練習、昼寝なし、身体測定、風呂上がり。怒ったことで体力が使われたのもあって欠伸がこぼれて目元を擦る。

『俺がチーム戦術とか作戦とか決めんのは得意じゃねーのは本当だァ。あくまでも俺の主観で見た意見しか出せねぇ』

「不動とは話してたんじゃないのか?」

『あれは崩す方法がたまたま似通っただけ。俺だったら彼奴らにボール持ってかれる前に特攻かけちまうし、チーム全体の動き考えんのは苦手なんだよ』

「へぇ…そういう視点もあるのか」

『んー。俺は相手が混乱するように動くことしか考えねぇ』

欠伸がもう一度こぼれる。

うーんと円堂が唸った。

「でも来栖って鬼ごっこのときも全体把握してたし、うまく人動かしてたから得意なのかなって思ってたや」

『見えてんから動けるだけ。人使うにもわかってた相手だからできただけ。知らねぇ奴を駒にすんのは得意じゃねぇ』

「そうなのか!得意じゃなくてもあんなにできるなんてすごいなぁ!」

にぱっと笑った円堂に目元を擦る。
 
『得意な奴が居たから聞いたことやってんだけだ』

「…チームメイトか?」

『そォ』

手をおろしたところで円堂がへぇ!と明るい声を落とした。

「来栖のチームメイトすごいな!!じゃあすっげー周りが見えて強い来栖と、戦術考えて敵チームも動かすのが得意なチームメイトなら最強のチームだったんだろうな!」

『当たり前だ。彼奴らといて負けるわけ……』

溢しそうになった言葉に口を閉ざす。

ん?と首を傾げた円堂に、冬花は眉尻を下げて、豪炎寺も不思議そうに来栖?と零し、鬼道は唇を結う。

道也がゆっくりと動いて持っていたカップをわざと音を立てるように置いた。

「お前たち。早く情報共有を始めなさい。時間は有限だぞ」

「あ!そっか、すみません!あんまり遅い時間になると起きれなくなっちゃうもんな!!」

素直に言葉を受け取ってえーっと作戦は!と資料を広げる。

三人がそれぞれ書き込んだのか異なる筆跡が踊る資料に目を閉じて、開き直す。冬花と道也がわかりやすく心配するような目を向けてきてくるから膝を抱え直して、資料に集中するフリを続けた。






「一之瀬のボールテクニックが優れているのはやはりやっかいだな…」

『ん…なら、渡さなきゃ…いーだろォ…』

「そうは言っても全員がボールを集めてくるんだ。一人をマークし続けることは難しい」

『……なか、まの位置…見てりゃ、…わかる…』

「ある程度守備位置は固定されているだろうが90分間確認し続けるのは難しいだろ?」

「俺がゴール前なら指示出すとか?」 

『…ん…ー、……ゴール、前じゃ…見え、…ねとこ、あんだろ…お前、か、不動…と…基山…つかう……』

話しているうちに眠くなったらしい。普段以上に間延びした緩い話し方。揺れている頭と、こぼされる事が多くなったあくび、それから擦られる目元。少し前に久遠によってそっとかけられたブランケットに丸まっていて、監督は時計を見る。

「限界だな…」

椅子から立ち上がった監督は回り込んで、その間に久遠も立つ。

「諧音くん、部屋まで行けそう?」

『……ー…ん……』

すでに半分眠ってるらしく緩く要領を得ない返事とうつらうつらとしてる頭。円堂があれ?と今頃気づいたのか顔を上げて、監督が来栖の肩を叩いた。

「諧音、寝るなら布団に入りさい」

『ん……』

伸ばされた手にため息をつきながら抱えた監督。今いる部屋の奥へ続く扉を久遠が開けて、監督はまっすぐ進んでいって、円堂が隣に戻ってきた久遠を見つめた。

「来栖寝ちゃったのか??」

「うん。熟睡」

「え?さっきまで話してたのに…?」

「うーん。結構前から眠たいの我慢してお話してたんだけど、限界だったみたい」

「そ、そうだったのか!」

「来栖に悪いことをしてしまったな…」

「ううん。諧音くんもお話するのが楽しいから起きてたんだし、たぶんいつもよりずっと朝から動いてるみたいだからスイッチが切れちゃっただけ。全然怒ってないからまた明日もお話してあげてね」

「そうなのか?!俺ももっと来栖と話したい!」

「俺もだ…!」

「うん。たくさんお話ししてあげて。諧音くん、本当はもっとみんなとお話したいみたいだから」

「、そうは見えないが…」

久遠の言葉に思わず否定が溢れる。話に相槌を打っていた豪炎寺も同じような表情をしていて、円堂と久遠がぱちぱちと目をまたたいて、久遠は微笑んだ。

「諧音くんはね、サッカーが好きなの」

「ああ!知ってる!!だからサッカーもむっちゃうまいよな!」

「うん。でもね、諧音くんは、サッカーに関わるのが嫌なの」

「「!」」

「ううん、正確には誰かとやるサッカーが認められないの」

「誰かと…?でもサッカーは11人でやるものだろ?」

「そう。…諧音くんの中の11人は、もう決まってる。だからそれ以外の人とのサッカーが認められないの」

「あ、さっき言ってたむっちゃすごいチームメイト!」

「ふふ。うん。諧音くんはずーっとその人たちと一緒にサッカーしてて…」

そっと視線を伏せた久遠に、豪炎寺が何かを察したように眉尻を下げる。

「もしかして、誰か故障したのか?」

「……ううん、怪我は…してないけど…。でも…もう、あの11人でのサッカーはできない」

目をつむった久遠に一度音が途切れる。

豪炎寺はもちろん、円堂もただならぬ空気を感じ取って口をつぐんでしまって、俺はゆっくりと口を開いた。

「…だが、中には…それこそ、栄垣は今もサッカーをしているだろう」

「うん」

「…え、栄垣って来栖のチームメイトだったのか?」

「ああ。彼奴は昔も今も一流選手として名が上がっていて、そして来栖の相棒としてチーム内では有名な選手。なおかつ今もサッカーをしているチームメイトの一人だ」

「よく知ってるな、鬼道」

「………来栖について調べたときに知った」

「…そっか。諧音くんのこと心配してくれたんだね。ありがとう、鬼道くん」
 
探っただけなのに、ぎゅっと手を握りしめた久遠は眉尻を下げたままで、円堂はへー、栄垣が!と目を輝かせてる。豪炎寺は朝に一度顔を合わせたのみだから印象が薄いらしく、表しづらい顔をしていて、久遠が話す気がないようだから俺が口を開いた。

「それだけチームメイトに固執しているのに、何故来栖はイタリアではなく日本代表に居るんだ?」

「…正確な理由は、わからない」

「、」

「耀太くんと一緒にいるときの諧音くんは昔みたいに楽しそうで、寂しくなさそう。でも、ずっと一緒には居たくないみたい。たぶん…余計寂しくて辛くなるからだと思う」

「余計?」

「…耀太くんも大切だけど…足りないの。諧音くんにはずっと、隣に居た人が居て…それで、その…」

今にも泣きそうに顔を歪めた久遠に豪炎寺が目を見開いて、無理をしないように声を出そうとしたところでぱんっと手を叩いた音が響いた。

「そっか!わかった!」

「どうしたんだ、円堂」

「それならもっといっぱい俺達が一緒にサッカーして、来栖が日本代表になれてよかったって思えるようにすればいいんだよ!」

「………え?」

「来栖は昔のチームメイトが大好きってことだろ!それなら俺達も好きになってもらって、俺達とのサッカーも大好きになってもらえば全部解決!」

「…いや、だからその俺達とサッカーをしてくれないというのがそもそもの問題で…」

「え?今もサッカーしてるじゃん?」

「、いつだ?」

円堂のあっさりとした言葉に俺はもちろん豪炎寺も久遠も固まって、円堂は三人とも何言ってんだよーと頬を膨らます。

「さっきの作戦会議に緑川と飛鷹の個人訓練、この間鬼道のアップも手伝ってたし、豪炎寺だって韓国戦の前に練習付き合ってもらって、韓国戦じゃセンタリング上げてもらってたろ!あ!なんなら不動との速攻決めたシュート!あれすっげーかっこよかったよな!!」

きらきらの円堂の目。両手を握りしめてあ~!早くもっとサッカーしたい!とはしゃぐ円堂に俺達は顔を見合わせる。

「ぜーんぶサッカーだろ!吹雪も虎丸も、あ、あと立向居の特訓も手伝ってたみたいだし、俺もまたシュート受けたい!」

「……またって、もしかして本当に最初の頃にボールを蹴りこまれたあれのことか?」

「おう!!軽く蹴っただけであんなにすごいんだ!韓国戦のシュートなんてもっと早かったし、立向居が言ってたええっと、ちょっと名前忘れちゃったけどそのシュートも威力がすごいんだって!!そうだ!明日俺の練習付き合ってもらえないか聞いてみよ!!」

「…………ふふっ」

うわー!!燃えてきた!!と叫ぶ円堂に久遠が笑いを零して、肩を少し揺らしていたと思うと滲んだ涙を拭って目尻を下げる。

「私、ボール拾い手伝うね」

「ほんとか?!ありがと!助かるよ!ふゆっぺ!」

楽しそうな円堂に、それ以上に久遠が嬉しそうに表情を緩ませて、自然と言葉が落ちた。

「……なら俺も連携シュートの協力依頼をしてみることにしよう」

「え?!鬼道と来栖のシュート?!すげぇかっこよくなりそう!どんなやつなんだ?!」

「アルディートステラだ」

「…アルディー…え、それってこの間来栖が栄垣と打ってたむちゃくちゃ早くてやばかったシュートじゃんか!」

「耀太くんが怒りそう…?」

「ああ。とてつもなく凄まれたが、打てるものなら打ってみろとシュートを託してきたのも栄垣だ。許可が降りているのに使わないのはもったいないだろう?」

栄垣は、どこまで見越してたのか。

円堂と栄垣は属性が似ている。明るくて、いるだけで周りを朗らかにさせて、たまに鋭い。円堂は天然で栄垣は猫を被る知性を持ち合わせている分厄介だけれど、きっと栄垣の願いは円堂が今口にしたものと同じなんだろう。

「耀太くんが…そっか。それならきっと、耀太くんは鬼道くんなら諧音くんと打てるって信じてるんだね」

私、応援してると微笑まれて口角を上げた。

「円堂は来栖とキーパー練習。俺は来栖と連携シュートの特訓。今までのようにゲームをしている時間など作らせてはやらない」

「ふふ、お手柔らかにね」

「…待ってくれ、俺が省かれてる」

「あ!そうだった!豪炎寺は来栖と何したいんだ??」

「もちろん俺もシュートを決めたい」

「おお!どんなやつ?!」

「まだ考えてはいないが…燃えるようにかっこいいやつだ…!!」

「ほう、燃える…!」

「円堂が見たら絶対に止めてみせるって意気込むようなものを作り上げてみせるさ」

「ああ!楽しみにしてる!一番最初に見せてくれよ!豪炎寺!鬼道!」

「「ああ!」」

俺達の勢いに久遠が微笑んで、いつからそこで待っていたのか、扉の前に立っていた監督は組んでいた解くと近づいてきて口を開く。

「もう夜も遅い。続きはまた明日にしなさい」

「あ!はい!」

「冬花もだ」

「はぁい」

四人で立ち上がって持ってきていた資料をまとめる。その間に監督は持っていたなにかを握りしめて、息を吐くと扉まで見送り、それを差し出した。

「これは…?」

「……最新の諧音の身体データだ。参考に君たちの分も入っている」

「え!」

「……そんな大切なもの…いいんですか?」

「シュートにしてもパスにしても、お互いの力量を把握できていなければ時間の無駄になる。明日以降の練習の資料にしろ」

「わかりました!!鬼道!豪炎寺!見ようぜ!!」

「明日にしろ」

「えー!そんな!!気になって眠れないです!!」

「はぁ。なら明日に渡すから明日、朝食の三十分前にこの部屋に来なさい」

「んん!お預けか〜!!」

「当たり前だ。これ以上夜ふかしをされては困る」

ばっさりと切った監督にそんなぁと肩を落とす円堂。久遠がいつも通り微笑む。

「明日も楽しみがたくさんあっていいんじゃないかな」

「んー、それもそっか…」

あっさりと丸め込まれた円堂は落としてた肩を元に戻すと顔を上げる。

「それじゃあ監督!ありがとうございました!また明日もよろしくお願いします!」

「ああ。寝坊するなよ」

「はい!」

久遠親子に見送られて歩き出す。階段を登って、それから自然と円堂の部屋の前で足を止めた。

「じゃあまた明日!」

「ああ、また明日」

「寝坊するんじゃないぞ」

「大丈夫だって!」

「円堂に関しては寝坊よりも朝練に夢中になって時間を忘れそうなほうが心配だな」

「たしかに」

「あ、明日は気をつける!!」

んえっと声を漏らしてる円堂が部屋に入る。なんとなく少し離れた扉を見てしまって、その扉の向こうに家主がいないのはわかってるはずなのに豪炎寺も同じ方向を見てから俺に視線を移した。

「やっとスタートラインって感じだな」

「ああ。明日からはより忙しくなりそうだ」

にっと笑って、手を合わせる。

「俺と鬼道、どっちが早く完成するか競争だ」

「もちろん…と答えたいところだが…」

見たばかりの、瞬く星々と吹き抜けたときの風。高い位置から振り下ろされるそれに眉を寄せた。

「俺の方はすでに形が見えてわかっているからな。…しかし…問題は追いつけるかどうかなんだ…」

「そんなに早いのか?」

「ああ、とてつもなく」

「そうか…!俺もそのシュート見てみたいな…!」

「………あの様子だとまた栄垣がこちらに来そうだし、そのときに撮影でもさせてもらうか」

「ああ、その時は必ず呼んでくれ!この目で見たい!」

「もちろんだ」

豪炎寺の輝いた目に約束をして自室に入る。

静かな部屋の中、隣の壁を見ても隣に来栖が居ないのはわかっているからすぐに目を逸らしてパソコンに近寄った。

あの時、調べたそれをもとに伝えてしまった言葉は完全に悪手で、あの日に俺を見た来栖の目は明確に拒絶してきていた。

「……もし、言葉を間違えなければ」

栄垣と共に駆け抜けている時の来栖はとても楽しそうで、その呼び名の通り、美しかった。

「天使…」

“「ちゃんと向き合ってしっかりと会話しろ。俺の天使は優しくて心が広いから過去に何をされたってお前を否定しないし、挽回のチャンスを与えてくれる」”
“「俺の天使は些細な人間の粗相なんて気にしない。お前ごときの尺度で天使の器量も度量も測るな。天使の恩恵に甘んじて無知に振る舞い、縋れ」”

凄まれたときの言葉が過る。

風丸が聞いたのなら彼奴が心が広い??と信じられないものを見るような目を向けるであろうその言葉は、俺でも疑わしい。

“「私、応援してる」”

それでも彼奴のことを一番理解している栄垣がそう言い、一番近くにいる久遠が背を押すのなら、明日から本格的に対話を試みるべきだ。

先程まで一緒に話をしていた円堂も豪炎寺も、それから発破をかけられた不動も動くだろう。

「……出遅れるわけにはいかない」

明日は早めに朝練を切り上げなければならない。その分前倒しで練習を行うためにも寝坊をしないよう、ゴーグルを外してベッドに入った。


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