イナイレ

大きなモニターで、みんなが今まで気づかなかった問題点を見つけ出して中には改善して、あのジ・エンパイアのゴールをこじ開けたものの、1-2で敗北をきした。

自然と暗くなった画面に全員がいつの間にか止めてしまっていた息を吐いて、刺さる視線に仕方なく顔を上げた。

じっと俺と不動を睨んでいるの真顔の栄垣で、俺達が口を開くよりも早く視界を遮るように動いたのは来栖だった。

『ようた。道也たちにこいつら引き渡さねーといけないから行くぞ』

「はーい!行こ行こー!」

栄垣を回収した来栖は先程までの虚ろな目は消えて普段と同じ空気を出してる。腕を組んで笑ってる栄垣は手を伸ばすと、来栖の目元に手をやって、視界を塞がれて驚いたように固まった来栖に顔だけをこちらに向けた。

「んべっ」

舌を出した栄垣に思わず眉根が寄って、不動もあの猫被りと血管を浮かす。

『おい、なんだよ』

「んふふ。なーいしょおっ」

ぱっと手を離して、行こっかぁと来栖を引っ張り直した。

「どこ行くんだっけー??」

『道也が本部から来るらしいから中間地点じゃね』

「そっかそっか!じゃあ俺も道也にご挨拶しよーっと!」

ぴょんびょんと跳ねる栄垣に来栖はいーんじゃねぇのォとゆるく返して、荷物を持つとちらりと向こうを見た。

『フィディオ、ようたは明日練習ねぇのか?』

「え、もちろんあるよ」

『何時からだ』

「10時だけど…」

『わかった。お前、明日は寝坊しねぇで行けよ』

「えー?寝る時間によるけど〜、かいとんとせいたんがいるんでしょ??そんなんテンション爆上げすぎて眠れないでしょ!!」

『何時に寝てもせいに叩き起こしてもらえ』

「んん、せいたんってば俺っちに容赦ないからなぁ。かいとん起こす準備に夢中で俺っちの準備手伝ってくれないし〜」

『たしかになァ。つーか俺の支度手伝わなきゃお前間に合うんじゃねぇの?』

「え?かいとんとの時間が俺っちの最優先事項なのに????」

『はいはい。まぁ明日は俺も起きれるようにがんばるわァ』

「えー!やだやだ!ぜーったい俺っちが明日もお世話するの!」

『いや、せい居るし』

「え…?俺っちに面倒見られるの嫌になっちゃったの??」

『嫌なわけがねぇけど…お前、イタリア代表なんだからちゃんと仕事しろ』

「お仕事はちゃんとしてまーす!!」

ぷんぷんと頬を膨らませてる栄垣に来栖はわかったと息を吐いて、栄垣はぱぁっと笑ってまたくっついた。

ちゃんと練習に来てくれるならいいけどとフィディオが零して、全員が荷物を持った。

交通機関は依然麻痺しているらしく、いつの間にか話がまとまっていて中間地点で監督と落ち合うというから二人についていく。

「かいとーん」

『あんまひっつくなよ』

「えー?だってだって俺っちもご機嫌だから〜」

腕を組んで前を歩く二人に最初はフィディオも首を傾げてたが、今はアンジェロやブラージと話してる。

「彼奴ら仲いいんだなー」

円堂はにこにこして二人を眺め、たまにフィディオたちに混ざり、必然的に俺と佐久間と不動が固まった。

先程妙な牽制を受けた俺と不動は栄垣から目が離せず、不安そうにしてる佐久間に首を横に振った。

「本当に大丈夫なのか…?」

「ああ。先程のあれは…恐らく激励だ」

「げ、激励…?」

まったくそんな空気じゃなかったぞ?と佐久間は目を瞬いて、来栖の横の金色に、息を吐く。

「あれが栄垣耀太…なるほど、本物だな」

「…鬼道は彼奴のこと知ってたのか?」

「ああ、名前だけは」

海外を拠点に活躍しているため日本ではそこまで有名ではないらしいが、幼少期から海外では有名で、同世代の有名選手として影山が用意した資料にも名前があった。

そして、それから、俺が自分で調べた情報にもその名前はあった。

栄垣耀太、14歳。彼奴の元チームメイトで、強みはボールの奪取力とキープ力。どんな相手からも巧みな技でボールを奪い、そしてキープできるテクニックと体幹を併せ持つ栄垣はジュニアサッカーでは話題となっていたけど、天使と降り立つことでその真髄を見せる。

ドイツの暴風。それが彼奴らの通り名の一つで、その片鱗に圧倒されたのは言うまでもない。

お互いのことを知り尽くし、わかりきっているからこそ確認も合図もなくボールは応酬され、一人を防ごうものなら個人技で、目を離せば二人で上がられてしまう。

フィールドの端から端まで、ボールを持って駆け上がる体力と技術はフィールドのすべてを引っ掻き回して、残るのは残骸だけ。

その中で舞いちる星の煌めきに目を奪われたのはきっと俺だけじゃないだろう。

それを見越した上でステラを貸してやると挑発するように笑ったのは、栄垣なりの激励のはずだ。

試合前、あまりにも緩いアップを始めた二人に視線を外さずずっと視野に捉えていた。

二人は会話を続けていたと思うボールを蹴って、仕掛けた栄垣からなにも考えていないような速さで来栖がボールを奪う。あまりにも鮮やかなそれに目が離せなくなって、そのまま栄垣が笑って追いかけ回しはじめても来栖はボールのキープを続けてた。

あの栄垣からボールを容易く奪ったことも、それからボールをキープし続けていることも、それがどれほどまでに難易度の高いことなのかはサッカーをしているものならば誰でもわかることだ。

そのうち角に追い込まれた来栖は顔を上げて、なにかを見つけると足を止める。

その時の目に栄垣は表情を削ぎ落として、次には不機嫌そうに来栖にひっついた。

“「あ〜、やだやだぁ〜。かいとんの相棒は一生俺っちだもん〜!!!」”

小さな子どもが駄々をこねるように。大きな声を出して来栖にくっつくから誰もが視線を向けて、次には来栖が栄垣の頭を押さるように手を置いて黙らせる。

少しだけ会話した二人に栄垣はどこか不貞腐れながらもキスを交わして、見かねたアンジェロが準備の催促に近寄った。

あのときの言葉がきっとそのまま栄垣の琴線なんだろう。

来栖の相棒の座。それを揺るがされることが栄垣にとっては何物にも耐え難い。

だからあそこまで俺達に敵意を向けて、それから背を押されたはずだ。

あれだけ楽しそうにサッカーをする来栖が、このまま燻って、燃え尽きてしまうのはきっと栄垣にとっても本意じゃない。

それがなぜ俺と不動だったのかはわからないけど、あそこまで丁寧に説かれてわかりやすく焚き付けられてしまった俺と不動がこのまま黙っていられる訳もなく、ずっと不動は来栖と栄垣を見据えていて時折なにかを零す。

呟いている言葉に興味を取られて、それから視線を戻したところで、前から、影が一つ、崩れるように消えた。

「「え、」」

すぐさま横の栄垣が支えて、鞄を受け取る。左目を押さえてる来栖の左膝が震えていて、ずるずると壁に凭れた。

『っ、ふー…』

「かいとん、これ使って」

冷や汗をかいて息を吐いてるそれはかなり異常な事態で、動かないといけないはずなのに、固まってしまう。

唯一、一人動いた影が自前らしいアイスノンを取り出して来栖に押し付けた。

栄垣はそのまましゃがみこんで膝に触れる。

「やっぱ、かいとんのほうは問題なさそう」

『たりめー…だろ…』

ぐったりと壁にもたれかかって息を吐いて、触診されてる足と、目元に乗せられたアイスノン。

気づいた円堂が目を丸くした。

「どうしたんだ来栖!怪我したのか?!」

『…せぇ、頭、響く…っ』

痛みをこらえてるのか歯を食いしばってる来栖に円堂もフィディオも故障か?!と近寄ってきて、来栖がアイスノン越しに左目を押さえながら息を吐いて、手を伸ばす。

『よ、た』

「うん。大丈夫、ちゃんと居るよ」

『……__け、て、……い、と』

「………そういうことか、これ…」

きゅっと眉根を寄せた栄垣は泣きそうにも見えて、フィディオと円堂が慌ただしく近寄った。

「来栖!大丈夫か!しっかりし、べふっ」

「…静かにしていろ、人間」

「、」

さっきよりも数段と、尋常じゃないくらい冷たい声で制圧をした栄垣にフィディオが肩を揺らして、アンジェロは不安そうに眉根を寄せた。

「ヨータ…?」

円堂にタオルを投げつけて黙らせた栄垣は手を伸ばすと来栖の頭を抱えるように包んで、頭を撫でながら、すっと携帯を耳に当てた。

「おはー。あ、いまははろりんか!あは!俺っちだよせいたん〜!」

楽しそうな声を出しながらするすると優しく来栖の頭を撫でて、栄垣はそのまま言葉を紡ぐ。

「車回してくれなーい?ん、まじやべぇ緊急事態。送ったとこまでに10分以内に来れなかったらかいとんの回し蹴りだからよろしくね」

言いたいことだけ伝えたらしい栄垣は携帯をしまうとそのままもう片方の手も頭に回して、目を瞑る。

「大丈夫、大丈夫。かいとんは大丈夫だよ。今ここにいるのは、かいとんでしょ」

『っ、ふ、…』

「目も足も痛いのは…泣いてるのは、かいとんじゃないよ」

語りかけるように柔らかな声で、優しくて説く。その言葉にタオルを顔から外した円堂も困惑してた俺達も呆けるしかなくて、きゅっと響いたゴムが強くこすれる音と共にエンジン音がすくそばで止まった。

「俺様を誰だと思ってる。5分も要らない」

降りてきたのはいつかにも見たスーツで今日は髪をすべて後ろに流してる。難しい顔をしたまま俺達を退かすとまっすぐ二人の側に膝をついた。

「諧音、大丈夫か」

『………どいつもこいつも、騒ぎ過ぎだ』

栄垣の向こう側から聞こえてきた声はいつもより少し弱い。栄垣がそっと離れるとアイスノンを外した来栖が顔を上げた。

『なんともねぇよ』

潤んでるのは左目だけで、右目はいつもと同じように見える。タオルで顔を拭うと息を吐いて立ち上がり、左足を確認するように一度踏んだ。

「くくくく来栖、大丈夫なのか…?」

『なんともねぇ』

「…耀太」

「ん」

何かを察したような二人がさっと目を合わせて、栄垣はにぱっと笑った。

「あは!弱ってるかいとんをいつもいじめられてるせいたんにも見してあげようと思ったのに!ざーんねん!!」

「、待て、いじめられてないぞ!!」

「せーっかくかいとんに頼られるチャンスだったのにね!」

「な、ん?だと!」

『いつまでも茶番続けてんなよ。そんなに蹴り入れてぇのかァ?』

「すまん」

「ごっめーんっ」

わははと笑う栄垣は来栖の左側に立って、そっとスーツ姿のその人は荷物を代わりに拾って持つ。

明らかに話を流して隠してしまおうとして、それに不動や佐久間やアンジェロが顔を見合わせて眉をひそめ、フィディオが近寄った。

「カイトン、無理は良くない。体調が悪いなら監督に言ったほうが、」

『……もう知ってんし、俺は悪かねぇよ』

ふいっと顔を逸した来栖にフィディオが固まって、円堂がえ?とこぼした。

「来栖、」

「あ、そういえばせいたん、ちゃんと道也拾ってきた??」

「すっかり忘れてた。ああ、もちろんきちんと拾ってあるぞ」

「お前たちは俺のことを物か何かと思ってないか…?」

先程降りてきたときに開け放たれたままの扉から聞こえた声にそちらを見る。

頭を押さえているのは久遠監督で、続けて降りてきた響木監督は口元を押さえてた。

「なんなんだ…あの運転は…」

「緊急次第だ。致し方ない」

「……………」

ぶつけたのか、酔ったのか。二人のよくはない顔色に悪びれもしないで、栄垣が手を上げた。

「道也~!おひさ~!」

「はぁ。耀太くん、久しぶりだな。相変わらず元気そうでなによりだ」

「うんうん!俺っちはいつでも元気100%だからねん!!」

「それはなによりだ」

久遠監督は栄垣と軽く挨拶をすると来栖を見る。顔を背けたままの来栖に息を吐いて、響木監督と目を合わせると俺達を見た。

「ひとまずは…お疲れ様」

「、」

「影山の話は響木さんから聞いている」

「お前さんたち、助けてやれなくてすまなかったな」

「…いえ、あれは俺達を狙ったものでしたから。それに監督たちも巻き込まれていたんでしょう?」

「…………こちらの話は寮に帰ってから、全体で共有しよう」

視線を落とした響木さんに、監督は足を進めて、二人の横にいる来栖を見据えた。

「大丈夫か」

『…別に』

「……それならば何があったのかは帰ってきてから聞こう。誠くん、耀太くん、頼んだぞ」

「ああ」

「あいあい!」

迷い無く頷いた二人に来栖は顔を上げないままで、円堂が不安そうに視線を揺らして声をかけようとしたところで誠さんに遮られた。

「諧音、食事も風呂も用意できてるがどっちからがいい?」

『…風呂』

「あ!じゃあお花浮かべよ!俺っちお花入ってるの好き!」

「言うも思っていたから手配してある」

「さっすがせいたーん!やるぅ!」

「ジャグジーで泳ぐなよ」

「あは!大丈夫!潜水しかしない!」

『…はっ、なんも大丈夫じゃねぇわ』

ようやく力の緩んだらしい来栖に二人は笑顔を見せて、さぁさぁと車に乗りこむ。少しだけ開いた窓から誠さんが監督になにか告げて、すぐに車は走り出した。

残された俺達は顔を見合わせて、円堂とフィディオが、あのと監督に近寄る。

「監督、来栖のことで、いいですか」

「…どうした」

「さっき来栖、すげぇ痛そうにしてて、えっと、足と目、監督は知ってるって言ってたけど俺達心配で!」

「………彼の先程の様子は尋常ではありませんでした。もし故障しているなら無理をするべきじゃありません。ドクターの紹介もします」

「…はあ。気を揉ませてしまってすまない。諧音のあれは…そうだな、…どんな凄腕の医者であっても治すことはできないものだ」

「、そんなに悪いんですか?」

口を出した俺に、佐久間や不動、それからイタリアの面々も視線を揺らしていて、監督は首を横に振る。

「諧音自身にはなんの問題もない。詳しくは個人の尊重のためにも伝えられないが…。突発的に痛みが襲うらしい」

「…………」

「頻度も度合いも違うそうだが…そうか、先程誠くんが受けた連絡はそれだったのか」

考え込むように口元に手をやった監督はすぐに顔を上げ直して目を逸らす。

「この件は他言無用で頼む。寮に戻るぞ」

歩き出した監督に納得はいかないものの、見上げた響木さんも首を横に振るから唇を噛んで、フィディオたちイタリアの面々に顔を向けた。

「それじゃあ、がんばれよ!フィディオ!」

「…、ああ、今日は本当にありがとう。次は試合で会おう!」

「ああ!」

挨拶を交わしてそこでイタリアエリアに戻るらしい彼らとは別れる。

すでに日本エリアの入り口にまで来ていたからこのまま歩いて帰ることにしたらしい監督は先を進んでいて、背中を眺めていれば円堂があ!と声を漏らした。

「うわ、急にどうしたんだ?」

「フィディオたちに来栖のこと聞くの忘れた!!」

「あ!たしかに!!」

「エドガーもなんか来栖のこと知ってるみたいだし!何なのか気になるー!!」

「おかげで俺達目の敵にされてたらしいからな?」

円堂と佐久間の会話が聞こえているだろうに監督は振り返らない。響木さんは俺からはなんも話さんぞと情報開示を拒否されて、んんっと円堂が唸った。

「やっぱりもう、あれしかないな…!」

「あれって?」

「来栖とサッカーして見つける!!」

「、聞くんじゃないのかよ」

「え!だってフィディオがサッカーしてる人なら知ってるって言ってたってことはたぶん来栖のサッカーのことだろ?なら俺も一緒にサッカーすればわかるしそのほうが聞くだけより楽しい!」

「ええ…」

佐久間が胡乱げな目を向けて、まじかと零す。円堂がまじだ!と笑って、一瞬こちらに振り返った監督は口元を緩めて前に向き直した。

「諧音とサッカーをする前に、まずはやらなければならないことが山ほどあるぞ。わかっているな、円堂」

「はい!」

見えてきた寮の前、止まっているバスと降りて門前で待っている皆に円堂はごめん!と叫びながら駆け寄っていった。







「んー、いあたんは何無茶してるのかね?」

眠ってしまい、なにをしても起きない諧音の髪をなでる耀太は息を深々と吐いて、やだなぁと零す。

「影山、いあたんのこと知ってたみたい」

ここ五年、あれだけ行方がつかめず存在すらも危うかったのに。影山が仄めかせたそれに耀太はすっと目線を上げた。

「せいたん、お願いできる?」

「ああ、もちろんだ」

「……無茶は、しないでね」

「…何を言うんだ」

寄っている眉間の皺を突いて、そうすれば耀太が目を丸くする。

「お前こそ。ようやく見つけたからと言って無理をするなよ」

「……大丈夫。俺は…俺の天使のためなら、なんでもするよ」

「そうか。ならば俺も同じだ」

諧音とは少し違う、金糸の髪を撫でて、口角を上げる。

「俺も、こいつらのためならなんでもする」

「ふふ、俺達は悪者だねぇ」

「ああ。悪者でもなんにでもなってやろう。金もコネも、使えるものをすべて使って…地獄に追い込む」

手を離して、諧音に触れた。

「俺達の天使をこれ以上害すことは許さない」

「うん。天使には笑っててほしいからね」

こぼされた耀太の願いは俺と同じもので、耀太が目を閉じたから俺も目を瞑る。

瞼の裏に映るのは二人の笑顔で、息を吐いて、吸って、昂りそうになる気持ちを押さえ込んだ。





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