イナイレ
デモーニオの動きは早く、鋭い。動きは帝国のものと似通っていて、それをフィディオから司令塔を引き継いだ俺が指示を飛ばし、フィディオは前線へ上がる。
二度得点は奪われたものの、三度目でデモーニオのシュートを止めた円堂に魅せられる。フィディオと連携してシュートを決めた円堂に、口角が上がった。
☓
「うわ!」
「マルコ!」
「大丈夫か!」
2-1で俺達が追いかける前半終了目前。相手との接触で足をひねったマルコ、それから疲れの見えているアントンにフィディオは少し考えてから口を開いた。
「ヨータ、それからカイトン、後半から頼めるかな」
まっすぐと二人を見たフィディオに、ずっと目を閉じてたらしい来栖は目を開けて、栄垣が顔をのぞきこんで微笑む。
「調子は?」
『普通』
「お目目ぱっちり?」
『うぜぇ』
でこぴんをくらって額を押さえ笑う栄垣に、いつもとは違って、不本意そうながらも照れたように緩んだ笑みを返した。
『悪かぁねぇよ』
「んん!そっか!やっぱ俺っちってマイナスイオンでてるんじゃない?!」
『は?』
「あはは!目が怖いよ!」
笑い合う二人にフィディオは本当に大丈夫かなぁと息を吐いて、円堂がよぉし!と笑う。
「全力で行くぞ!来栖!栄垣!!」
「ふふん。俺っちとかいとんがいればキーパーの仕事はなくなっちゃうからねん」
来栖の手を引いて立ち上がった栄垣に、つられて立ち上がる来栖。ひどく上機嫌の栄垣に来栖は破綻したように笑った。
『テンションあがりすぎだろ』
「だってかいとんとまた飛べるんだもん!上がらないほうがおかしいでしょ!!」
「飛ぶ…?」
フィディオが眉根を寄せて、はっとする。
「もしかして、カイトンっ、君!」
スキップでもするように歩いていく栄垣と手を繋いだままの来栖はフィディオの言葉を待たずに歩いていっていってしまう。
フィディオは慌てた表情でこちらを見た。
「君たち!彼のこと知ってて連れてきてくれたのか?!」
「は?」
「え、なんのこと…?」
「…………」
目を丸くした佐久間に、首を傾げた円堂。眉根を寄せる不動にフィディオは、え?と困ったように眉間に言葉を失った。
「カイトンってあのカイト・クルスだろ…?」
「え?うん、来栖は来栖諧音だけど…フィディオ、来栖のこと知ってたのか?」
「当たり前だよ!小さい頃から海外でサッカーしてる人間なら彼らを知らないわけがない!」
「……そんな話、たしかイギリス戦の前にも聞いたな」
「だろうねっ!ああ!なるほど!だからエドガー・バルチネスがあんなに日本を目の敵にしてたのか…!納得がいったよ…!!」
「え、俺達目の敵にされてたの?」
「最初から敵意マシマシだったもんな」
円堂と佐久間の言葉に不動は余計眉根を寄せて、俺を見る。
「お前、何か知ってんのか」
「…………少し。…だが…俺は、」
「ねーえ!!いつまでそこいんの?!!」
大きな声に顔を上げる。すでにピッチにいる栄垣がぷんぷんと怒っていて、影山たちも俺達を見据えていた。
「ああ、えっと!この話は後で!!」
フィディオが慌てて走り出す。俺達も走り出して、響いたホイッスルに試合が再開した。
デモーニオは施されていたという強化訓練の拒否反応の話により全員に動揺が広がる。ひどく完璧に拘っているその様子に佐久間はつらそうに眉根を寄せて、不動と目を合わせた。
「不動、あれをやるぞ」
未だに一度も成功していないけれど、影山に勝って見せつけるにはうってつけのそれ。不動が頷いたから機会を窺う。
向こうボールで再開した試合は、ゴールに向かって進んでくる相手に、さっと何食わぬ顔でボールを奪った来栖によって流れが変わった。
「わ!来栖すげぇ!」
ゴール前で目を輝かせた円堂に来栖は走り出して、続けて向かってくる二人を抜いたと思うと、途端に眉根をひそめる。
『っ』
「ちっ」
目を押さえてぐらついた来栖に、素早く間に入ってボールを引き継いだ栄垣は近くのアンジェロにパスする。
ボールの行方も見届けず引き返し、その場で目と膝を押さえる来栖に駆け寄った。
「…かいとん、やばいの?」
『、俺じゃねぇ』
「それって、」
目を丸くして微妙な顔をした栄垣を鼻で笑った来栖は一度目を瞑って息を吐いた。
『何やろうと勝手だが人に迷惑かけんじゃねぇっつーのォ』
「……、またまたー!そんなこと言って心配なくせに!」
あははと笑った栄垣と見当違いだと嫌そうな顔をする来栖。
もう問題はないのか、長めの前髪を握ってから梳いた。
『行くぞォ』
「がってん!」
二人の会話に円堂が叫ぶ。
「来栖!お前怪我してるのか!」
『してねぇわ。黙って試合進めろ』
来栖は元の位置に、栄垣も同じように立つ。
「鬼道!」
「ああ!行くぞ!不動!」
力を込めて蹴りだす。それでも期待以上の威力は出ず、止められてしまう。
「お前たちに足りないのは高さだ!」
不動の叱責で背を押され、そして佐久間の協力もあって繰り出した皇帝ペンギン三号はゴールネットを揺らした。
ようやく同点にとなった試合に、デモーニオはボールを求めて攻めてくる。相対しようとしてるのは栄垣で、来栖が走り出した。
「は?!」
「何を勝手に!」
『来い!ようたァ!』
「っうん!任せてっ!!」
戸惑う俺達を無視して来栖は名前を呼ぶ。笑った栄垣はボールを踏みつけてから上に蹴りあげ、リフティングを始めた。
「おい、なにやって」
「血迷ったのか」
目を丸くする佐久間、嘲笑ったデモーニオが近寄ってく。
「愚かだなぁ。風も読めないのか?」
きらりと、青色が深く光って、口角を上げる。
「ここはもう、暴風域だぞぉ?」
向かいに立ったデモーニオに、栄垣は来栖を見て、愛おしそうに笑った。
「俺とかいとんを知らないとは、とーんだもぐりだぁ!」
「!」
栄垣はヒールリフトであっさりとデモーニオを抜くとドリブルで上がり、来栖の横に並んだ。
『鈍ってねぇだろォなァ!』
「愚問なんだぜぇ!」
『いくぞ』
「おーけぃ!」
走る二人は止まらない。来栖にマークがつけば栄垣に、栄垣にマークがつけば来栖にとボールはフィールドを自由に飛び交う。
二人はお互いを見ていないの的確に敵の隙間を縫ったパスを通して、ボールを凄まじい速さで上げていく。まるで一人の人間が分離しているかのようにぴたりとあってる動きに、はっと、息がこぼれた。
「すげぇ…!」
円堂の感嘆の声、それから佐久間とアンジェロのうそ…?という信じられないものを見るかのようなつぶやき、俺と不動は目を見開いて、あれが!とフィディオは瞳を輝かせた。
『「Am besten für! 」』
二人が楽しそうに笑ったのは同時で、ぱんっと栄垣が持っていたボールをセンタリングして、同じタイミングで飛び上がっていた二人が足を落とした。
『「アルディートステラ!」』
放たれたボールは強く眩い光を放って、凄まじい速さで墜ちる。キーパーが動くよりもはやくネットを揺らしたボールに二人は同じタイミングで降り立って、手を伸ばした。
『流石俺の相棒だァ、よくやった』
「かいとん!愛してるっ!」
『ん。俺も愛してる』
「んん〜っ!俺っちの天使が尊いっ!!」
飛びついた栄垣に来栖は笑って頭を撫でて、栄垣は好き好き〜とキスを贈ってる。あまりにはしゃいでる栄垣にフィディオとアンジェロがどうしようかと目を合わせたところで来栖は手を止めて、栄垣の額に唇を寄せた。
柔らかなオレンジ色が滲んで、笑みを携える。
『足りねぇなァ』
「だね!何回でも飛ぼう!!」
ぱっと離れて元の位置に戻るためにか走り出した二人は楽しそうで、お互いしか見えていない。
近くにいるフィディオも不動もあれにどうやって声をかけたらいいのかわからなくて、目を合わせて、アンジェロが意を決したように近寄った。
「あ、あの、ヨータ?」
「ん?なぁに〜?」
「…まさかヨータが二重人格だったなんて…僕、驚いちゃった…」
「やっだなー!俺っちは一人に決まってるじゃん!ね!かいとん!」
『こんな馬鹿何人もいたら付き合ってらんねーわ』
さっきまでの仲睦まじさは嘘のように、平然としてる二人にアンジェロは安心したのかふわりと笑む。
「それから…すごいね!あんな技見たことなかったよ!まさかヨータが撃つなんて思わなかった!!」
「きゃー、褒められちゃったよ!かいとん!優勝するしかないね!!」
『当たり前だろ。俺とお前がいて勝てねぇ試合なんかねぇわ』
「ん〜!そのとおりぃ!!」
せっかく落ち着いてたのに飛びついてしまった栄垣にアンジェロが駄目だと額を押さえる。
楽しそうな二人は置いておいて、中心へ運ばれてきたボールに来栖は栄垣の髪を撫でると、笑う。
『ようたァ、足んねぇ。はやく、もっかい』
とろりと熱を帯びたオレンジ色に興奮が混ざっていて、見てしまった人間は心臓が掴まれたようにうるさく、アンジェロと佐久間はぶわりと顔を赤くして、栄垣はキスを返した。
「もちろんだよぉ、天使」
愛おしそうに応えた栄垣に、試合再開のホイッスルが響いた。
俺達の得点と、それから来栖と栄垣の蹂躙とも言えるような速攻に大量の得点を稼いで、ビーっと長く響いたホイッスルに試合終了が告げられた。
ぴたりと止まって、デモーニオは晴れた表情でフィディオと握手し、俺と笑い合う。イタリアのベンチは湧き上がっていた。
「やった!」
「勝った!!」
歓声にふっと空気が途切れる。ゆらりと動くのは来栖で、栄垣も表情を消して、まっすぐと影山を見据えた。
「おめでとう。イタリア代表の座は君たち、オルフェウスだ」
なんともあっさりと言い放った影山は緩慢な拍手まで添えてる。
その様子に眉根を寄せるのは全員で、その中でふらふらと近寄っていく来栖に栄垣も同じように影山に近づいた。
『んなもんどーでもいい。てめぇ、彼奴のこと知ってんだろ。彼奴はどこにいんだ、今なにしてる。はやく、話せ』
「ふ…。そう慌てるな。お前たちには先に伝えないといけないことがある」
「はぁ??こっちはわざわざお前の茶番に付き合ってあげたんだけどぉ??…_人間ごときが、天使の時間を消費する気か…?」
目が本気の二人が近づいても影山は余裕の姿勢を崩さない。二人の手が伸びようとしたところで、して、と影山が嗤った。
☓
「君たち日本代表が、こんなところに居ていいのかな?」
『…あ?』
「来栖諧音、栄垣耀太。君たちの携帯がずっと鳴っているのに気づいていたか?…さて、誰からの連絡だろうな…?」
『…………』
「確認をしなくて、いいのか?」
上がっている口角に、足が止まる。ようたがすっと目の色を変えて、すぐに走り出した。ベンチにあったそれを取ると目を見開く。
「かいとん!道也!それからせいたんからもきてる!」
『は…?』
タイミングよくつけられた大きなモニター。映された会場は観客で満員で、響き渡る歓声に全員が固まる。
「さぁ、大観客が見守る中、アルゼンチン代表ジ・エンパイアと日本代表イナズマジャパンの試合がここ、ヤマネコスタジアムで行われようとしております!」
「え?豪炎寺?」
「どういうことだ」
「アルゼンチン戦は明日のはずだぞ」
緑色のコート。準備体操をしている代表たち。その中にはひどく見慣れた藍色の短髪やピンク色、赤色に白色もいる。キャプテンマークをつけた青色は手首のリストバンドを掴み眉根を寄せていて、不安そうに身をすくませてる小さなキーパーが立ち、目の前が真っ白になる。
「かいとん!せいたんが急遽一日繰り上げて試合になったのかって!道也もどこに居るって聞いてる!」
『っ、携帯!』
「道也に連絡して!俺せいたんにかける!」
投げ渡された携帯を受け取って耳に当てる。すぐに繋がった通話に息を吐いた。
『「どこにいる!」』
同時に吐き出したことで響いた声に一瞬止まってから言葉を吐く。
『イタリアエリア』
「俺は本部だ。そこに円堂たちもいるのか」
『いる』
「………なるほどな。俺は今、響木さんといる。キャプテン、司令塔、監督。すべてが欠けているというわけか」
『ちっ』
「お前たちだけでもあちらに向かえそうか」
『今ようたがせいと話してんけど…』
顔を上げればようたとせいは話しているのか眉根を寄せていて、はぁ?!と大きな声を出してるから厳しいらしい。
『たぶんせいも動けねぇくさい』
「あの誠くんが?」
驚いたように響く向こうの声にこちらも最善を尽くすと通話が切れて、同時にようたも耳から携帯を離した。
『せいは』
「船が出せないって、変なこと言われてて、せいたんがすごく怒ってて、」
『ちっ。やっぱりか』
原因は一人だけのはずで、視界の中にいない金髪に俺とようたは顔を上げる。道路に面した出入り口。車に乗り込んだそれに目を見開いた。
『待て!!』
「影山っ!」
しまった扉に車は走り出してしまって、目の前で消えた彼奴の手がかりに唇を噛んで、手を振り下ろした。
☓
二人が歯を食いしばれば、ぎりっと鈍い音がする。がっと音がして、殴られたベンチが揺れた。
『くそっ』
悔しそうな来栖に栄垣がぐっと目を瞑って、もう一度叩きつけられようとしてた腕を止める。
「………かいとん、大丈夫だよ。落ち着いて。あのクソジジイは絶対に逃さない。必ず、仕留める」
『っ…うん』
力が抜けた来栖に栄垣はへらりと笑った。
「…んへへ、だいでーぶい!!俺っちがぜーんぶまるっと華麗に解決しちゃうぞっ!!」
『……ありがと』
賑やかすようにくるっと回ってポーズを決めた栄垣に来栖は泣きそうに笑って、栄垣はさてさてーと携帯を見た。
「本当ならこっからバス乗ればワンチャンスタジアムつくんだけど〜、確認したらイミフな交通規制と事故のせいで大渋滞が発生してるみたいでヤマネコスタジアムに向かう道がぜーんぶ閉ざされてるみたーい」
あら不思議だ〜と棒読みする栄垣にフィディオが嘘だろ…と零して、顔を歪めると俯く。
「すまない。俺達のせいで君たちが試合に出れなくなってしまって…本当に…どう償ったらいいのか…」
フィディオは悔いるように胸元で手を握って、不動がわざとらしく声を出した。
「あーあ。こいつらに付き合って損した」
「そういうことを言うな。これは…俺達があの日影山を見たときから仕組まれていたことだ」
「…………」
狙われたのは俺達で、イタリア代表はそれに巻き込まれただけだ。
そう思わないとやっていられなくて、じっと、画面を見る。
俺達を待っているのか、きょろきょろとしては険しい顔をする風丸たち。ベンチには監督も響木さんも居なくて、俺達もイタリア代表の皆も不安そうに画面を見据え、一人、携帯と睨み合ってた栄垣は大きく息を吐いた。
「はぁーあ。これじゃあせいたんとの楽しいご飯会がお通夜になっちゃいそ〜」
『…………』
「せいたんのお船も動かせないって。不思議だなぁ?あのジジイどこまで手ぇ広げてるのかなぁ??これ絶対ジジイ以上の奴がかんでるよねぇ???」
半ギレらしい栄垣は目が怖い。アンジェロが震え上がっていて、その隣にいるはずの来栖は栄垣を止めずに俯いたままで、栄垣は目を細めた。
「……まったく、俺の天使を悲しませるだなんてどこの愚か者なんだろうね…?」
小さく零すと、はぁーあ!!とまた息を大きく吐いた栄垣は深呼吸をして、ぱっと顔を上げた。
「ねーぇ、そこのイナズマジャパンのミッドフィルダーくん共ぉ。試合始まる前にさ、お顔、貸してくんなぁい??」
「「、は?」」
名指しされたことで目を瞬く。
『ようた、』
弾かれたように顔を上げたのは来栖で、手を伸ばせば栄垣は受け取って、支えた手に唇を落とすと微笑んだ。
「かいとん、ちょーーっとお話してくるから、ここでいい子にしててねんっ」
『いや、お前、』
「ねー!そこのイナズマジャパンのキャプテンくんとミッドフィルダーの補佐眼帯くん、俺っちのかいとんをよろしくね〜!」
「「え?」」
「俺っちが帰ってくるまでにもしかいとんに何かあったら〜…許さないからな」
かっと見開かれた青色の目に二人が固まる。来栖の額にもう一度唇を落とした栄垣はにっこりと笑っていて、ほら、早く近寄れよと円堂と佐久間に睨みを効かせる。
戸惑いながらも来栖の横に座った円堂たちに栄垣は立ち上がって、来栖の頭を撫でると手を丁寧に解いてベンチを離れ、競歩のような速さでこちらに寄ってきた。
「ふふん。さぁさ、ちょぉおおおっとだけ、俺っちと、お話しよぉ?」
口角だけ上げて、歯を見せる。目の一切笑っていない栄垣に、俺達は一体いつこいつの琴線に触れたのかもわからない。
俺も不動も固まっていれば異様な空気に気づいたのかフィディオがヨータ?!と駆け寄ってきた。
「なにしてるんだ!」
「フィディオには関係ないからあっち行ってて。すごく大切な話しないといけないの」
「大切って、こんな時にすることじゃ!」
「うるさいよ。今じゃなきゃだめだから話すに決まってんでしょ。そんなこともわからないわけ〜?
……何度も言わせるなよ、人間。向こうに、行ってろ」
「、」
フィディオが言葉をつまらせる。栄垣は、はい、いい子だねぇとあしらって俺達を見つめ直した。
「さーてさて」
芝居がかった動作で手を広げながらまた一歩近づいて、栄垣は俺達の目の前に立つ。
「俺の天使を惑わしてるのはどっちかなぁ?」
「、え」
「は、?」
「うんうん、わかるわかる。目の前に天使がいたらさぁ、愛でたくなっちゃうよね、欲しくなっちゃうよね、一緒に、飛びたくなるよねぇ…?」
青色がどんどんと深みを増していく。
笑ってるのに笑っていない。そんな栄垣はふふんとまた声を零して、そっと口を開いた。
「“システィーナの天使”」
「?」
「!」
「ふぅん?」
目を瞬いた不動に、見開いてしまった俺。その瞬間に栄垣の目の色が変わる。組んだ腕に、とんとんと自分の肘を人差し指で叩いて、目を細めた。
「朝練」
「、」
「?」
今度は俺が首を傾げる番で、不動が固まる。栄垣は唇を噛んで、指の動きを止めるとまた動かして口を開く。
「はぁん?なるほどねぇ…?」
今の二つの質問でなにを理解したのか、納得したようにうんうんと頷いて、まずは俺に視線を向けた。
「鬼道有人」
「、なんだ」
「アンタは天使とサッカーしたいならまずちゃんと向き合ってしっかりと会話しろ。俺の天使は優しくて心が広いから過去に何をされたってお前を否定しないし、挽回のチャンスを与えてくれる」
「、」
「俺の天使は些細な人間の粗相なんて気にしない。お前ごときの尺度で天使の器量も度量も測るな。天使の恩恵に甘んじて無知に振る舞い、縋れ」
「え、」
「……さっきの動き…まぁ跳躍力だけなら俺と同じくらいでしょ。とりあえずステラを貸してあげるから、それをきっかけに話しかけてみたらいいんじゃないの」
「ステラ…あのシュート技をか…?」
「そ。あの技ならアンタが頑張ればできるかもしれないよ。…まーあ?かなりのスピードが必要だし、そもそも天使の速さに合わせられなきゃいけないんだからアンタごときの人間じゃできないかもしれないけどねぇ??」
あははぁと嗤った栄垣はえらく挑戦的な目をしてる。できるもんならやってみろと言いたげなそれに手を握った。
「次の試合までに形にして見せてやる」
「へぇ?威勢だけはいいねぇ?…うん!言うのは自由だし簡単だもんね!俺、応援してるよん。はいはぁい、ふぁいとぉ」
緩い応援に神経を逆なでされて、口を開くよりも早く栄垣は目を逸らして不動を見据えた。
「不動明王」
「………」
「俺の天使の手ぇ煩わせんなよ、人間風情が」
「、」
「俺の天使はねぇ、どこまでも羽ばたけるの、自由なの。でも、お前の動きに合わせるためだけには生きてないの」
「は、…?」
「いい?よく聞いて。天使といるときはなにも考えるな、迷うな。意識を共有して、極限まで感じて、常に最良を望んで走れ。お前がなにをしようと、どこにいようと、天使はいつだって、必ず応える」
「………俺が、どこにいても?」
「当たり前だよ。天使にはね、見えないものはないの。心の底から天使を信じて、そして、天使から信じられるようになれ」
栄垣の深い青色と不動の丸くなった深い緑色が交わって、栄垣は俺達を見下ろした。
「ま、天使と同じ場所にまで行けないと天使のすべてはわからないだろうし、君たちには難しいかもしれないけどねぇ」
「…あ?」
「は…?」
「ふふん」
組んでた腕を解いて、わざとらしく首を傾げる。
「天使の相棒は俺だけだしぃ?天使が羽ばたくのは俺といるときだけだからぁ?今日の試合で天使と俺を見上げてただけの人間風情共にはぁ、星を生み出すのも天使についてくのも難しいんじゃなぁい??」
「ほう…?随分と、好き勝手に言うじゃないか」
「俺を見下してんのか、てめぇ…!」
「えー?本当の事言われて図星で怒っちゃうのぉ?だっさぁ〜?」
にたぁっと笑うと栄垣に不動のこめかみに血管が浮いて、俺も口の端を引くつかせる。
「お前、随分と口が悪いが彼奴の前では猫かぶってるようだな」
「やだなぁ〜。天使への対応とそのへんの人間への対応が同じになるわけないじゃ〜ん!そんなこともわかんないのぉ?ゲームメイカーの名が聞いて呆れちゃ〜う。
……日本のおぼっちゃんはぁ、随分とぬるくて可愛らしい頭してるんですねぇ??」
「…潰す」
「…はっ。格差もわからないようだな、人間」
ばちりと火花が散って、二人の手が同時に動こうとした瞬間に足音が聞こえた。
『ようた』
「なぁに!かいとん!」
するりと不動の腕を避けて走り出した栄垣に俺も不動も怒りの矛先がぶれる。
栄垣は笑顔で来栖に飛びつくと、どーしたの?と微笑んだ。
『お前らの空気がやばいから止めた』
「え?そんなことないよ!仲良くお話してただけ!」
『全然そう見えなかったけどォ?』
困惑してるらしい来栖の向こう側、円堂とアンジェロはガタガタと震えているし、佐久間とフィディオは止めようとしてたのか臨戦態勢で、他のメンツも窺うような顔をしてる。
『大丈夫か?鬼道、不動』
俺も不動も込めてしまっていた手のひらの力を抜いて、目を合わせてから息を吐いた。
「ああ、少し話していただけだ」
「別に、なんもねぇ」
『そんな空気じゃなかっただろーが。…ようた』
「ほんとほんと!俺っちの天使に誓って、悪いことはなーにひとつしてないから安心して!」
『……はあ。ったく…』
物は言いようだろう。悪いことをしてはいないけれど、褒められるようないいことを言っていたわけでもない。それでも栄垣の言葉にすべてを飲み込んだように息を吐いた来栖は、首を横に振ってから俺達を見た。
『ようたが絡んで悪かった。何かあったら話は俺が聞くからこいつから呼ばれても無視してくれ』
「………なんでお前が取り持つんだよ」
『どうせこいつが話してたの俺のことだろ。俺が聞いたほうが早い』
「、」
『ほら、ようた。試合始まんしこっち来い』
「うん!」
ぱっと飛びついて隣に立った栄垣に円堂と佐久間も、し、試合見ようぜと視線を泳がしながら俺達を手招いて。寄り添うように座ってる二人と距離をおいて、始まってしまった試合を見つめることにした。
二度得点は奪われたものの、三度目でデモーニオのシュートを止めた円堂に魅せられる。フィディオと連携してシュートを決めた円堂に、口角が上がった。
☓
「うわ!」
「マルコ!」
「大丈夫か!」
2-1で俺達が追いかける前半終了目前。相手との接触で足をひねったマルコ、それから疲れの見えているアントンにフィディオは少し考えてから口を開いた。
「ヨータ、それからカイトン、後半から頼めるかな」
まっすぐと二人を見たフィディオに、ずっと目を閉じてたらしい来栖は目を開けて、栄垣が顔をのぞきこんで微笑む。
「調子は?」
『普通』
「お目目ぱっちり?」
『うぜぇ』
でこぴんをくらって額を押さえ笑う栄垣に、いつもとは違って、不本意そうながらも照れたように緩んだ笑みを返した。
『悪かぁねぇよ』
「んん!そっか!やっぱ俺っちってマイナスイオンでてるんじゃない?!」
『は?』
「あはは!目が怖いよ!」
笑い合う二人にフィディオは本当に大丈夫かなぁと息を吐いて、円堂がよぉし!と笑う。
「全力で行くぞ!来栖!栄垣!!」
「ふふん。俺っちとかいとんがいればキーパーの仕事はなくなっちゃうからねん」
来栖の手を引いて立ち上がった栄垣に、つられて立ち上がる来栖。ひどく上機嫌の栄垣に来栖は破綻したように笑った。
『テンションあがりすぎだろ』
「だってかいとんとまた飛べるんだもん!上がらないほうがおかしいでしょ!!」
「飛ぶ…?」
フィディオが眉根を寄せて、はっとする。
「もしかして、カイトンっ、君!」
スキップでもするように歩いていく栄垣と手を繋いだままの来栖はフィディオの言葉を待たずに歩いていっていってしまう。
フィディオは慌てた表情でこちらを見た。
「君たち!彼のこと知ってて連れてきてくれたのか?!」
「は?」
「え、なんのこと…?」
「…………」
目を丸くした佐久間に、首を傾げた円堂。眉根を寄せる不動にフィディオは、え?と困ったように眉間に言葉を失った。
「カイトンってあのカイト・クルスだろ…?」
「え?うん、来栖は来栖諧音だけど…フィディオ、来栖のこと知ってたのか?」
「当たり前だよ!小さい頃から海外でサッカーしてる人間なら彼らを知らないわけがない!」
「……そんな話、たしかイギリス戦の前にも聞いたな」
「だろうねっ!ああ!なるほど!だからエドガー・バルチネスがあんなに日本を目の敵にしてたのか…!納得がいったよ…!!」
「え、俺達目の敵にされてたの?」
「最初から敵意マシマシだったもんな」
円堂と佐久間の言葉に不動は余計眉根を寄せて、俺を見る。
「お前、何か知ってんのか」
「…………少し。…だが…俺は、」
「ねーえ!!いつまでそこいんの?!!」
大きな声に顔を上げる。すでにピッチにいる栄垣がぷんぷんと怒っていて、影山たちも俺達を見据えていた。
「ああ、えっと!この話は後で!!」
フィディオが慌てて走り出す。俺達も走り出して、響いたホイッスルに試合が再開した。
デモーニオは施されていたという強化訓練の拒否反応の話により全員に動揺が広がる。ひどく完璧に拘っているその様子に佐久間はつらそうに眉根を寄せて、不動と目を合わせた。
「不動、あれをやるぞ」
未だに一度も成功していないけれど、影山に勝って見せつけるにはうってつけのそれ。不動が頷いたから機会を窺う。
向こうボールで再開した試合は、ゴールに向かって進んでくる相手に、さっと何食わぬ顔でボールを奪った来栖によって流れが変わった。
「わ!来栖すげぇ!」
ゴール前で目を輝かせた円堂に来栖は走り出して、続けて向かってくる二人を抜いたと思うと、途端に眉根をひそめる。
『っ』
「ちっ」
目を押さえてぐらついた来栖に、素早く間に入ってボールを引き継いだ栄垣は近くのアンジェロにパスする。
ボールの行方も見届けず引き返し、その場で目と膝を押さえる来栖に駆け寄った。
「…かいとん、やばいの?」
『、俺じゃねぇ』
「それって、」
目を丸くして微妙な顔をした栄垣を鼻で笑った来栖は一度目を瞑って息を吐いた。
『何やろうと勝手だが人に迷惑かけんじゃねぇっつーのォ』
「……、またまたー!そんなこと言って心配なくせに!」
あははと笑った栄垣と見当違いだと嫌そうな顔をする来栖。
もう問題はないのか、長めの前髪を握ってから梳いた。
『行くぞォ』
「がってん!」
二人の会話に円堂が叫ぶ。
「来栖!お前怪我してるのか!」
『してねぇわ。黙って試合進めろ』
来栖は元の位置に、栄垣も同じように立つ。
「鬼道!」
「ああ!行くぞ!不動!」
力を込めて蹴りだす。それでも期待以上の威力は出ず、止められてしまう。
「お前たちに足りないのは高さだ!」
不動の叱責で背を押され、そして佐久間の協力もあって繰り出した皇帝ペンギン三号はゴールネットを揺らした。
ようやく同点にとなった試合に、デモーニオはボールを求めて攻めてくる。相対しようとしてるのは栄垣で、来栖が走り出した。
「は?!」
「何を勝手に!」
『来い!ようたァ!』
「っうん!任せてっ!!」
戸惑う俺達を無視して来栖は名前を呼ぶ。笑った栄垣はボールを踏みつけてから上に蹴りあげ、リフティングを始めた。
「おい、なにやって」
「血迷ったのか」
目を丸くする佐久間、嘲笑ったデモーニオが近寄ってく。
「愚かだなぁ。風も読めないのか?」
きらりと、青色が深く光って、口角を上げる。
「ここはもう、暴風域だぞぉ?」
向かいに立ったデモーニオに、栄垣は来栖を見て、愛おしそうに笑った。
「俺とかいとんを知らないとは、とーんだもぐりだぁ!」
「!」
栄垣はヒールリフトであっさりとデモーニオを抜くとドリブルで上がり、来栖の横に並んだ。
『鈍ってねぇだろォなァ!』
「愚問なんだぜぇ!」
『いくぞ』
「おーけぃ!」
走る二人は止まらない。来栖にマークがつけば栄垣に、栄垣にマークがつけば来栖にとボールはフィールドを自由に飛び交う。
二人はお互いを見ていないの的確に敵の隙間を縫ったパスを通して、ボールを凄まじい速さで上げていく。まるで一人の人間が分離しているかのようにぴたりとあってる動きに、はっと、息がこぼれた。
「すげぇ…!」
円堂の感嘆の声、それから佐久間とアンジェロのうそ…?という信じられないものを見るかのようなつぶやき、俺と不動は目を見開いて、あれが!とフィディオは瞳を輝かせた。
『「
二人が楽しそうに笑ったのは同時で、ぱんっと栄垣が持っていたボールをセンタリングして、同じタイミングで飛び上がっていた二人が足を落とした。
『「アルディートステラ!」』
放たれたボールは強く眩い光を放って、凄まじい速さで墜ちる。キーパーが動くよりもはやくネットを揺らしたボールに二人は同じタイミングで降り立って、手を伸ばした。
『流石俺の相棒だァ、よくやった』
「かいとん!愛してるっ!」
『ん。俺も愛してる』
「んん〜っ!俺っちの天使が尊いっ!!」
飛びついた栄垣に来栖は笑って頭を撫でて、栄垣は好き好き〜とキスを贈ってる。あまりにはしゃいでる栄垣にフィディオとアンジェロがどうしようかと目を合わせたところで来栖は手を止めて、栄垣の額に唇を寄せた。
柔らかなオレンジ色が滲んで、笑みを携える。
『足りねぇなァ』
「だね!何回でも飛ぼう!!」
ぱっと離れて元の位置に戻るためにか走り出した二人は楽しそうで、お互いしか見えていない。
近くにいるフィディオも不動もあれにどうやって声をかけたらいいのかわからなくて、目を合わせて、アンジェロが意を決したように近寄った。
「あ、あの、ヨータ?」
「ん?なぁに〜?」
「…まさかヨータが二重人格だったなんて…僕、驚いちゃった…」
「やっだなー!俺っちは一人に決まってるじゃん!ね!かいとん!」
『こんな馬鹿何人もいたら付き合ってらんねーわ』
さっきまでの仲睦まじさは嘘のように、平然としてる二人にアンジェロは安心したのかふわりと笑む。
「それから…すごいね!あんな技見たことなかったよ!まさかヨータが撃つなんて思わなかった!!」
「きゃー、褒められちゃったよ!かいとん!優勝するしかないね!!」
『当たり前だろ。俺とお前がいて勝てねぇ試合なんかねぇわ』
「ん〜!そのとおりぃ!!」
せっかく落ち着いてたのに飛びついてしまった栄垣にアンジェロが駄目だと額を押さえる。
楽しそうな二人は置いておいて、中心へ運ばれてきたボールに来栖は栄垣の髪を撫でると、笑う。
『ようたァ、足んねぇ。はやく、もっかい』
とろりと熱を帯びたオレンジ色に興奮が混ざっていて、見てしまった人間は心臓が掴まれたようにうるさく、アンジェロと佐久間はぶわりと顔を赤くして、栄垣はキスを返した。
「もちろんだよぉ、天使」
愛おしそうに応えた栄垣に、試合再開のホイッスルが響いた。
俺達の得点と、それから来栖と栄垣の蹂躙とも言えるような速攻に大量の得点を稼いで、ビーっと長く響いたホイッスルに試合終了が告げられた。
ぴたりと止まって、デモーニオは晴れた表情でフィディオと握手し、俺と笑い合う。イタリアのベンチは湧き上がっていた。
「やった!」
「勝った!!」
歓声にふっと空気が途切れる。ゆらりと動くのは来栖で、栄垣も表情を消して、まっすぐと影山を見据えた。
「おめでとう。イタリア代表の座は君たち、オルフェウスだ」
なんともあっさりと言い放った影山は緩慢な拍手まで添えてる。
その様子に眉根を寄せるのは全員で、その中でふらふらと近寄っていく来栖に栄垣も同じように影山に近づいた。
『んなもんどーでもいい。てめぇ、彼奴のこと知ってんだろ。彼奴はどこにいんだ、今なにしてる。はやく、話せ』
「ふ…。そう慌てるな。お前たちには先に伝えないといけないことがある」
「はぁ??こっちはわざわざお前の茶番に付き合ってあげたんだけどぉ??…_人間ごときが、天使の時間を消費する気か…?」
目が本気の二人が近づいても影山は余裕の姿勢を崩さない。二人の手が伸びようとしたところで、して、と影山が嗤った。
☓
「君たち日本代表が、こんなところに居ていいのかな?」
『…あ?』
「来栖諧音、栄垣耀太。君たちの携帯がずっと鳴っているのに気づいていたか?…さて、誰からの連絡だろうな…?」
『…………』
「確認をしなくて、いいのか?」
上がっている口角に、足が止まる。ようたがすっと目の色を変えて、すぐに走り出した。ベンチにあったそれを取ると目を見開く。
「かいとん!道也!それからせいたんからもきてる!」
『は…?』
タイミングよくつけられた大きなモニター。映された会場は観客で満員で、響き渡る歓声に全員が固まる。
「さぁ、大観客が見守る中、アルゼンチン代表ジ・エンパイアと日本代表イナズマジャパンの試合がここ、ヤマネコスタジアムで行われようとしております!」
「え?豪炎寺?」
「どういうことだ」
「アルゼンチン戦は明日のはずだぞ」
緑色のコート。準備体操をしている代表たち。その中にはひどく見慣れた藍色の短髪やピンク色、赤色に白色もいる。キャプテンマークをつけた青色は手首のリストバンドを掴み眉根を寄せていて、不安そうに身をすくませてる小さなキーパーが立ち、目の前が真っ白になる。
「かいとん!せいたんが急遽一日繰り上げて試合になったのかって!道也もどこに居るって聞いてる!」
『っ、携帯!』
「道也に連絡して!俺せいたんにかける!」
投げ渡された携帯を受け取って耳に当てる。すぐに繋がった通話に息を吐いた。
『「どこにいる!」』
同時に吐き出したことで響いた声に一瞬止まってから言葉を吐く。
『イタリアエリア』
「俺は本部だ。そこに円堂たちもいるのか」
『いる』
「………なるほどな。俺は今、響木さんといる。キャプテン、司令塔、監督。すべてが欠けているというわけか」
『ちっ』
「お前たちだけでもあちらに向かえそうか」
『今ようたがせいと話してんけど…』
顔を上げればようたとせいは話しているのか眉根を寄せていて、はぁ?!と大きな声を出してるから厳しいらしい。
『たぶんせいも動けねぇくさい』
「あの誠くんが?」
驚いたように響く向こうの声にこちらも最善を尽くすと通話が切れて、同時にようたも耳から携帯を離した。
『せいは』
「船が出せないって、変なこと言われてて、せいたんがすごく怒ってて、」
『ちっ。やっぱりか』
原因は一人だけのはずで、視界の中にいない金髪に俺とようたは顔を上げる。道路に面した出入り口。車に乗り込んだそれに目を見開いた。
『待て!!』
「影山っ!」
しまった扉に車は走り出してしまって、目の前で消えた彼奴の手がかりに唇を噛んで、手を振り下ろした。
☓
二人が歯を食いしばれば、ぎりっと鈍い音がする。がっと音がして、殴られたベンチが揺れた。
『くそっ』
悔しそうな来栖に栄垣がぐっと目を瞑って、もう一度叩きつけられようとしてた腕を止める。
「………かいとん、大丈夫だよ。落ち着いて。あのクソジジイは絶対に逃さない。必ず、仕留める」
『っ…うん』
力が抜けた来栖に栄垣はへらりと笑った。
「…んへへ、だいでーぶい!!俺っちがぜーんぶまるっと華麗に解決しちゃうぞっ!!」
『……ありがと』
賑やかすようにくるっと回ってポーズを決めた栄垣に来栖は泣きそうに笑って、栄垣はさてさてーと携帯を見た。
「本当ならこっからバス乗ればワンチャンスタジアムつくんだけど〜、確認したらイミフな交通規制と事故のせいで大渋滞が発生してるみたいでヤマネコスタジアムに向かう道がぜーんぶ閉ざされてるみたーい」
あら不思議だ〜と棒読みする栄垣にフィディオが嘘だろ…と零して、顔を歪めると俯く。
「すまない。俺達のせいで君たちが試合に出れなくなってしまって…本当に…どう償ったらいいのか…」
フィディオは悔いるように胸元で手を握って、不動がわざとらしく声を出した。
「あーあ。こいつらに付き合って損した」
「そういうことを言うな。これは…俺達があの日影山を見たときから仕組まれていたことだ」
「…………」
狙われたのは俺達で、イタリア代表はそれに巻き込まれただけだ。
そう思わないとやっていられなくて、じっと、画面を見る。
俺達を待っているのか、きょろきょろとしては険しい顔をする風丸たち。ベンチには監督も響木さんも居なくて、俺達もイタリア代表の皆も不安そうに画面を見据え、一人、携帯と睨み合ってた栄垣は大きく息を吐いた。
「はぁーあ。これじゃあせいたんとの楽しいご飯会がお通夜になっちゃいそ〜」
『…………』
「せいたんのお船も動かせないって。不思議だなぁ?あのジジイどこまで手ぇ広げてるのかなぁ??これ絶対ジジイ以上の奴がかんでるよねぇ???」
半ギレらしい栄垣は目が怖い。アンジェロが震え上がっていて、その隣にいるはずの来栖は栄垣を止めずに俯いたままで、栄垣は目を細めた。
「……まったく、俺の天使を悲しませるだなんてどこの愚か者なんだろうね…?」
小さく零すと、はぁーあ!!とまた息を大きく吐いた栄垣は深呼吸をして、ぱっと顔を上げた。
「ねーぇ、そこのイナズマジャパンのミッドフィルダーくん共ぉ。試合始まる前にさ、お顔、貸してくんなぁい??」
「「、は?」」
名指しされたことで目を瞬く。
『ようた、』
弾かれたように顔を上げたのは来栖で、手を伸ばせば栄垣は受け取って、支えた手に唇を落とすと微笑んだ。
「かいとん、ちょーーっとお話してくるから、ここでいい子にしててねんっ」
『いや、お前、』
「ねー!そこのイナズマジャパンのキャプテンくんとミッドフィルダーの補佐眼帯くん、俺っちのかいとんをよろしくね〜!」
「「え?」」
「俺っちが帰ってくるまでにもしかいとんに何かあったら〜…許さないからな」
かっと見開かれた青色の目に二人が固まる。来栖の額にもう一度唇を落とした栄垣はにっこりと笑っていて、ほら、早く近寄れよと円堂と佐久間に睨みを効かせる。
戸惑いながらも来栖の横に座った円堂たちに栄垣は立ち上がって、来栖の頭を撫でると手を丁寧に解いてベンチを離れ、競歩のような速さでこちらに寄ってきた。
「ふふん。さぁさ、ちょぉおおおっとだけ、俺っちと、お話しよぉ?」
口角だけ上げて、歯を見せる。目の一切笑っていない栄垣に、俺達は一体いつこいつの琴線に触れたのかもわからない。
俺も不動も固まっていれば異様な空気に気づいたのかフィディオがヨータ?!と駆け寄ってきた。
「なにしてるんだ!」
「フィディオには関係ないからあっち行ってて。すごく大切な話しないといけないの」
「大切って、こんな時にすることじゃ!」
「うるさいよ。今じゃなきゃだめだから話すに決まってんでしょ。そんなこともわからないわけ〜?
……何度も言わせるなよ、人間。向こうに、行ってろ」
「、」
フィディオが言葉をつまらせる。栄垣は、はい、いい子だねぇとあしらって俺達を見つめ直した。
「さーてさて」
芝居がかった動作で手を広げながらまた一歩近づいて、栄垣は俺達の目の前に立つ。
「俺の天使を惑わしてるのはどっちかなぁ?」
「、え」
「は、?」
「うんうん、わかるわかる。目の前に天使がいたらさぁ、愛でたくなっちゃうよね、欲しくなっちゃうよね、一緒に、飛びたくなるよねぇ…?」
青色がどんどんと深みを増していく。
笑ってるのに笑っていない。そんな栄垣はふふんとまた声を零して、そっと口を開いた。
「“システィーナの天使”」
「?」
「!」
「ふぅん?」
目を瞬いた不動に、見開いてしまった俺。その瞬間に栄垣の目の色が変わる。組んだ腕に、とんとんと自分の肘を人差し指で叩いて、目を細めた。
「朝練」
「、」
「?」
今度は俺が首を傾げる番で、不動が固まる。栄垣は唇を噛んで、指の動きを止めるとまた動かして口を開く。
「はぁん?なるほどねぇ…?」
今の二つの質問でなにを理解したのか、納得したようにうんうんと頷いて、まずは俺に視線を向けた。
「鬼道有人」
「、なんだ」
「アンタは天使とサッカーしたいならまずちゃんと向き合ってしっかりと会話しろ。俺の天使は優しくて心が広いから過去に何をされたってお前を否定しないし、挽回のチャンスを与えてくれる」
「、」
「俺の天使は些細な人間の粗相なんて気にしない。お前ごときの尺度で天使の器量も度量も測るな。天使の恩恵に甘んじて無知に振る舞い、縋れ」
「え、」
「……さっきの動き…まぁ跳躍力だけなら俺と同じくらいでしょ。とりあえずステラを貸してあげるから、それをきっかけに話しかけてみたらいいんじゃないの」
「ステラ…あのシュート技をか…?」
「そ。あの技ならアンタが頑張ればできるかもしれないよ。…まーあ?かなりのスピードが必要だし、そもそも天使の速さに合わせられなきゃいけないんだからアンタごときの人間じゃできないかもしれないけどねぇ??」
あははぁと嗤った栄垣はえらく挑戦的な目をしてる。できるもんならやってみろと言いたげなそれに手を握った。
「次の試合までに形にして見せてやる」
「へぇ?威勢だけはいいねぇ?…うん!言うのは自由だし簡単だもんね!俺、応援してるよん。はいはぁい、ふぁいとぉ」
緩い応援に神経を逆なでされて、口を開くよりも早く栄垣は目を逸らして不動を見据えた。
「不動明王」
「………」
「俺の天使の手ぇ煩わせんなよ、人間風情が」
「、」
「俺の天使はねぇ、どこまでも羽ばたけるの、自由なの。でも、お前の動きに合わせるためだけには生きてないの」
「は、…?」
「いい?よく聞いて。天使といるときはなにも考えるな、迷うな。意識を共有して、極限まで感じて、常に最良を望んで走れ。お前がなにをしようと、どこにいようと、天使はいつだって、必ず応える」
「………俺が、どこにいても?」
「当たり前だよ。天使にはね、見えないものはないの。心の底から天使を信じて、そして、天使から信じられるようになれ」
栄垣の深い青色と不動の丸くなった深い緑色が交わって、栄垣は俺達を見下ろした。
「ま、天使と同じ場所にまで行けないと天使のすべてはわからないだろうし、君たちには難しいかもしれないけどねぇ」
「…あ?」
「は…?」
「ふふん」
組んでた腕を解いて、わざとらしく首を傾げる。
「天使の相棒は俺だけだしぃ?天使が羽ばたくのは俺といるときだけだからぁ?今日の試合で天使と俺を見上げてただけの人間風情共にはぁ、星を生み出すのも天使についてくのも難しいんじゃなぁい??」
「ほう…?随分と、好き勝手に言うじゃないか」
「俺を見下してんのか、てめぇ…!」
「えー?本当の事言われて図星で怒っちゃうのぉ?だっさぁ〜?」
にたぁっと笑うと栄垣に不動のこめかみに血管が浮いて、俺も口の端を引くつかせる。
「お前、随分と口が悪いが彼奴の前では猫かぶってるようだな」
「やだなぁ〜。天使への対応とそのへんの人間への対応が同じになるわけないじゃ〜ん!そんなこともわかんないのぉ?ゲームメイカーの名が聞いて呆れちゃ〜う。
……日本のおぼっちゃんはぁ、随分とぬるくて可愛らしい頭してるんですねぇ??」
「…潰す」
「…はっ。格差もわからないようだな、人間」
ばちりと火花が散って、二人の手が同時に動こうとした瞬間に足音が聞こえた。
『ようた』
「なぁに!かいとん!」
するりと不動の腕を避けて走り出した栄垣に俺も不動も怒りの矛先がぶれる。
栄垣は笑顔で来栖に飛びつくと、どーしたの?と微笑んだ。
『お前らの空気がやばいから止めた』
「え?そんなことないよ!仲良くお話してただけ!」
『全然そう見えなかったけどォ?』
困惑してるらしい来栖の向こう側、円堂とアンジェロはガタガタと震えているし、佐久間とフィディオは止めようとしてたのか臨戦態勢で、他のメンツも窺うような顔をしてる。
『大丈夫か?鬼道、不動』
俺も不動も込めてしまっていた手のひらの力を抜いて、目を合わせてから息を吐いた。
「ああ、少し話していただけだ」
「別に、なんもねぇ」
『そんな空気じゃなかっただろーが。…ようた』
「ほんとほんと!俺っちの天使に誓って、悪いことはなーにひとつしてないから安心して!」
『……はあ。ったく…』
物は言いようだろう。悪いことをしてはいないけれど、褒められるようないいことを言っていたわけでもない。それでも栄垣の言葉にすべてを飲み込んだように息を吐いた来栖は、首を横に振ってから俺達を見た。
『ようたが絡んで悪かった。何かあったら話は俺が聞くからこいつから呼ばれても無視してくれ』
「………なんでお前が取り持つんだよ」
『どうせこいつが話してたの俺のことだろ。俺が聞いたほうが早い』
「、」
『ほら、ようた。試合始まんしこっち来い』
「うん!」
ぱっと飛びついて隣に立った栄垣に円堂と佐久間も、し、試合見ようぜと視線を泳がしながら俺達を手招いて。寄り添うように座ってる二人と距離をおいて、始まってしまった試合を見つめることにした。