イナイレ


あまり根を詰めるのはよくないからと、久遠の発案と監督の承認により、午後休が導入された。

和やかな昼食タイム。このあとは買い出しにでも行こうかと盛り上がっている連中ばかりで、その中で、ガシャンと大きな音がしてそっちに顔を向ける。

掴みそこねたのか、空を切ってる来栖の手。床にはコップだったガラス片があった。

「諧音くん!大丈夫!?…怪我は?」

『…ああ』

一目散にほうきとちりとりを持った久遠が近寄り声をかける。来栖は生返事をして左目を押さえてた。

「………目、調子悪いの?」

『…別に、そういうわけじゃねぇ……わりぃな仕事増やして。それ貸せ』

首を横に振ったあとに手を伸ばした来栖に久遠は眉根を寄せて、駄目とほうきを抱く。

「片付けは私がやるから諧音くんは今すぐお父さんのところ行ってきて」

有無を言わせない強い目に来栖はため息をつくと、小さく謝って久遠の頭をなでてから部屋を出ていく。

どうしてかそのやり取りをじっと見守ってしまって、久遠は視線に気づいていないのかガラス片を掃いてまとめた。





来栖がめんどくさがっていなければ、監督に報告しに行ったんだろう。

戻ってきた来栖は不機嫌そうで、髪をかき混ぜながらすっかり片付いている床を見たあとに久遠を見据える。

「お父さん何か言ってた?」

『特に』

「そっか」

ほっとしたように息を吐いて表情を緩ませる来栖に、眉根を寄せた来栖は閉めたばかりの扉に手をかける。首元のイヤホンを見るに外に出る気らしく、久遠は静かに近寄って隣に並んだ。

『…ついてくる気かァ?』

「駄目?」

『はぁ』

出て行こうする来栖の斜め後ろに立ってる久遠に、諦めたのかイヤホンから手を離す。

ため息をひとつだけついた来栖は扉を開けて押さえて、その後ろを楽しそうに久遠がついていった。







誰も口にはしないけど、あの二人はなんだかんだ言って距離が近くて、つかず離れずの不思議な関係だ。

温和な久遠はよく周りを見ているけど来栖に対しては積極的にも思える。反対に来栖は冷血漢だけど久遠にのみ過保護だ。

扉が閉まって、二人の背を視界から隠したところで、は!と大きな声が聞こえた。

「ままままま、まさか、冬花さんと来栖さんは付き合ってるんじゃ!?」

食堂に響き渡った動揺しすぎてる音無の言葉に、がたっと音を立てて椅子を引いたのは宇都宮と風丸。宇都宮はお母さんから連絡がと光る携帯を持って外へ、風丸は宮坂と電話の約束があると部屋を出ていく。

生ぬるい視線を送らざる得ないが、わかりやすいあの二人はいいとして問題は隣のやつだ。

「………仕方ないよな、諧音が決めたことに――…意義は……ないし、でも腹立つもん―――…よな、諧音も誘ってくれればいいのに」

ぶつぶつと早口で呪文を唱える綱波は気味が悪い。

目のハイライトがないように見えるのは気のせいではない気がするし、匂いのことで詰め寄ってたときと同じ目をしてる。

「ああああ?!豪炎寺!?お茶!お茶溢れてる!」

「あ、すまない」

動向のおかしい豪炎寺はお茶を拭ったふきんを持って、片付けてくると部屋を出ていった。

何人がついていったかは正確にはわからないけど、まぁついていくまでではないらしく座ったままやつらのうち、一人が首を傾げる。

「でも、諧音さんと久遠さんが付き合ってるとして、どこに行ったんでしょう?」

興味本位で尋ねた立向居に、隣の綱波は音もなく立ち上がり部屋から出ていった。

気づいたのは俺と鬼道くらいだろう。

「彼女かー!」

「彼女ができたらどこ行きたい?佐久間!」

「え、えーと」

円堂を中心に、色ごとにざわめく一年。巻き込まれないように俺も鬼道も席を立って部屋を抜け出した。







「諧音くん、用事ある?」

『特にないけどォ?』

時計を見たって出てきたばかりで、まだ門限まで余裕がある。少し前から横に並んで歩いてる冬花が笑った。

「じゃあ一緒にお買い物行かない?」

『何買い行きてーんだよ』

「んー、特にはないかな?」

『……―はぁ、ケーキでも食うか?』

「うん!」







別に俺は、あれだ、二人が付き合ってるのか気になるとかそういうわけではなくて、そう、言うなればあの根暗腹黒節操なしの来栖が善良なマネージャーを虐めたりとかしないかを見張ろうとしてるだけで、それだけであって!

茂みに身を隠して、その視界の先に映る光景に息を吸って、飲み込んで、代わりに虎丸が吐きだした。

「昼下がりの喫茶店でケーキを食べて談話なんて、そんな!そんな!!カップルみたいな!!?」

「来栖と久遠ってあんなに仲良かったのか…?」

今までを振り返ってみるけど二人が特に親密にしてるところなんて見た覚えがない。

たぶん、そのはずと肯定しようとして、違う、と思う。

久遠と話すときの来栖は優しかったし、来栖といるときの久遠はいつも以上に楽しそうだった。

ふっと後ろから影がさして、振り返るとそこには呆れ顔の鬼道と不動、それとほぼ無表情の豪炎寺がいた。

「本当につけていたのか…」

「何やってんだ…」

犬猿の仲のくせによく似てる。あまりの呆れ顔に虎丸は頬を膨らませた。

「だって!諧音さんと冬花さんじゃお似合いすぎるじゃないですか!僕、絶対認めませんからね!!ね!風丸さん!!!」

「おおおお俺は違うぞ!た、ただ来栖がマネージャーに不埒な真似をしないように見張りに来ただけだ!」

首を横に振ってみるけど全く信じてもらえず、二人は依然として呆れ顔で息を吐く。

「不埒って、お前…時代錯誤だろ」

不動の言葉に顔が熱くなった気がする。言葉選びは間違えたかもしれないけど本心だ。

鬼道は額に手を置いて、確かになと溢した。

「来栖も信用のない奴だな…日頃の行いか…?」

『随分と好き勝手言ってくれんじゃねーか、てめぇら』

唐突に聞こえときた声に肩を跳ね上げて振り返る。そこには眉根を寄せた不機嫌オーラ丸出しの来栖と笑顔の久遠がいた。

『ちょろちょろうぜぇ。用があんなら言えよ』

「皆もお買い物しに来たの?」

こてりと首を傾げた久遠にちげぇだろと来栖は息を吐いて、すっと豪炎寺が近寄った。

「二人は付き合ってるのか?」

『あ?』

びしりと眉間に皺を寄せ、表情を固める。久遠も瞬きを繰り返していて、少しすると二人は顔を合わせた。視線をこちらに戻した来栖は、呆れきった表情で頭を掻いた。

『んなわけねぇだろ』

「ふふ、みんな恋話とか好きだよね」

『恋話とか寒ぃ』

「そうかな?諧音くんは気にならないの?」

『ならねぇなァ』

軽口を叩きあう二人を見て、はっとする。道端のごみを見てるほうがまだ優しいような冷たい目をする来栖に詰め寄った。

「付き合ってないのか!?」

『あ?』

「ほんとにほんとーに付き合ってないんですよね?!」

『なんだよその勢い』

「嘘じゃないんだよな!?」

『ねぇよ。うぜぇ』

「諧音さん!ほんとにほんとですよね?!僕に嘘ついてませんよね!?」

感情が追いついてないのか涙目の虎丸が来栖の服を引っ張って、額を叩かれた。

『はぁ、いいから落ち着け。んな焦らなくても冬花と付き合う予定も結婚する予定もない。冬花とったりなんかしねぇから安心しろォ』

「んんんん!諧音さん!違うううっ!!!」

『は?』

「まさか、こんなところで来栖の鈍感が発揮されるとはな…」

叩かれたのが案外効いたのか、頭を抱えて叫ぶ虎丸。豪炎寺は驚いたように言葉をこぼして、聞こえていたらしい久遠は二人の言い分を正しく理解しているようで笑った。

ひとしきり肩を揺らしたと思うと顔を上げて首を傾げる。

「みんなは、この後の予定決まってるの?」

「え、いや、ないが…」

「じゃあみんなでお買い物行かない?」

『はぁ?』

一番に反応した来栖は虎丸から視線を外して振り返る。睨まれているであろうに久遠はにこにこと笑っていて、痛みから回復した虎丸が勢いよく手を上げた。

「はいはい!行きたいです!一緒に行きましょ!!いいですよね、諧音さん!!」

『本気かよ…』

「ね!ね!風丸さんも!豪炎寺さんも!」

「も、元から買い物に行く予定だったし、し、仕方ないからついてってやるよ」

「ああ、俺も夕香にお土産を送りたい。来栖、一緒に選んでくれ」

『……冬花』

「私もお買い物したい気分になってきたから…駄目かな?」

『………はぁ、勝手にしろ…』

「よーし!なら一緒にサーフボード見に行こうぜ!」

『やっと出てきやがったか、てめぇ…』

右に虎丸と豪炎寺、左に綱海。足を踏み出して道を進みはじめた来栖を見送ってしまって、久遠が振り返った。

「みんなも、行こうよ」

「……………」

すっかりと空気になってしまっていた俺と、鬼道と不動に声をかけて前を向く。

久遠を待っていたのかゆっくり歩いていたらしい来栖に久遠はすぐに追いついて。どうしようかと顔を合わせている二人の背を押しながら後を追いかけることにした。







なにがどうなってこうなったのか。

虎に条助、冬花、なんとか風丸まではいいとして、豪炎寺と鬼道、不動は予想外すぎた。

思っていた以上に大人数で露店やらをひやかして回る。豪炎寺にはぬいぐるみ選びを付き合わせられ、何を思ったのか鬼道には本屋に付き合わせられ、それから虎と条助は睨み合いをやめない。

息を吐いて、冬花の希望で入ったアクセサリーショップでいくつか商品を手にとって、会計を終わらせてからそのうちの二つを投げる。難なく受け取った二人は手の中のものを見て首を傾げた。

『それやんから寮つくまで睨むのやめろ』

「諧音…!!」

「諧音さん…!」

目を輝かせてわざわざ自分のためにと頬を赤らめる二人に息を吐く。

「猛獣使いかよ」

引き気味の不動にうるせぇと目を逸らした。

そのまま店を出ると先に出ていたらしい冬花と鬼道、風丸がいてすぐに俺に気づいたのか冬花が笑む。

「諧音くん、二人は大丈夫なの?」

『餌やったからしばらくおとなしいんじゃねぇのォ』

「餌ってお前、仮にも後輩と先輩だからな?」

『釣った魚に餌やるんだから優しいだろ?』

「ほう、やはりあの二人はもう釣ったあとだったのか。お優しいなぁ」

にんまりと笑った鬼道となんでかじっと見つめてくる風丸に手をひらひらと振った。

『勝手に引っかかって我が物顔で住み着いてる奴らに定期的に餌やってんだぞ。優しい決まってんだろォ?……冬花、他に見てぇとこないのかよ』

「うーん、沢山見れたから大丈夫かな。諧音くんは?ほしいって言ってなかったけ?」

『別に今じゃなくてもいい』

「せっかくお外に出てるし、一緒に見に行けばいいんじゃないの?」

『あー』

「来栖、何かほしいものがあるのか?」

話を聞きつけたらしくキラキラとした目でこちらを見てくる豪炎寺は、やっとお礼ができる場面がと零してしてる。

こうなるのが嫌で濁したのにと目を逸らして話を流す。

『冬花』

「うん。私も喉かわいちゃった。お茶しようか」

『ああ』

目についたそれに頷いて、そうすれば豪炎寺がぱちぱちとわかりやすくまばたきをして冬花を見る。

「どうしてわかったんだ?」

「え?なにが?」

「来栖が飲み物ほしいってわかってただろ?」

「うーん、なんとなくかなぁ?」

「………そうか…」

何か言いたげながらも、冬花に質問を続ける気にはならなかったのか豪炎寺は難しい顔をして言葉を止める。

冬花は不思議そうに目を瞬いてから俺を見るからあっちと指す。

『甘いのかさっぱりしそうなのか』

「悩んじゃうけど…みんなまだ色々見ると思うし、両方にしない?」

『お前なァ…』

「ふふ。もういまさらかなって」

『はぁ…虎、条助。お前らは何にすんだ』

「はい!俺このアイス乗ってるのがいいです!」

「俺はこっちの青色のやつ!」

『はいはい』

冬花のリクエスト二つと、それからこいつら二人分、ちらりと確認した先の三人はこれかなぁと決まってる様子だったからそれもまとめて頼んで、最後の一人を見る。

『不動はァ?』

「え、……俺はいい」

『なら一緒のでいいな』

「、」

もう一つスタンダードメニューのドリンクを追加して会計を済ませる。慌てるのは風丸と鬼道で、騒ぎだそうとしてるから冬花を一瞥してからスタッフとの会話に専念する。

「いっぱい頼むから、ばらばらに注文してお会計するよりまとめたほうがお店の人も手間が少なくて済むでしょ?」

「だが、しかし…」

「ふふ。それなら後でお買い物のときに諧音くんにガムでもあげて?切らしちゃったんだって」

「あ、たしかに。最近噛んでるところ見ないな」

「日本立つ前に用意するの忘れちゃったみたい」

風丸と鬼道が顔を見合わせて息を吐く。なんとか丸め込まれてくれたらしい様子に最初に虎と条助の飲み物を渡して、同じものが二つ並んだから一つを取って差し出す。

『不動』

「……ありがと」

両手でしっかりと持ったのを確認してもう一つと追加で置かれた分を持つ。

冬花に差し出せば先に甘いものを取った。

「ありがとう」

『んー』

残った方に口をつける。紅茶にベリーの乗った甘酸っぱい味で喉を潤して、全員分の飲み物が行き渡ったのを確認して歩き出した。

『あとは行きたい場所聞いてねぇ奴の順番に回るか?』

「そうだね。風丸くん、不動くん、行きたい場所はどこかな?」

「え、えっと、特にはないな…」

「………ねぇ」

「そっか。じゃあ思い出したら教えてね。虎丸くんと綱波くんは行きたいところはある?」

「はい!俺スーパー行きたいです!」

「スーパー?」

「海外のスーパーって何が売ってるか気になって!やっぱり日本と違うのか気になるじゃないですか!」

「そーいやコンビニとかスーパーとか、日本にあるもんはまだこっちで行ってないし品揃えとか気になんな!」

「でしょう!」

きらきらしてる虎の目に条助が肯定して、ついでに見た他の連中もいいんじゃないか?と頷くから冬花が微笑む。

「それならあっちに大きめのスーパーがあるみたいだから、お買い物に行こうか」

「わーい!」

「お菓子は500円までだぞ、虎丸」

「んもう!そんなお菓子欲しがるような子供じゃないですよ!!」

年相応にはしゃぐ虎に周りが口元を緩ませて、穏やかに囲んでる。仲が良さそうなその様子に放っといてもいいかと足を進めて、隣の冬花が俺を見た。

「諧音くん」

『ほら』

持ってたカップを交換する。手元に来たそれは淡いオレンジ色に口をつけた。

「あ、こっちもおいしいね」

『これもおいしい』

上機嫌な冬花に、見ていたらしい鬼道が一瞬固まって、それから不動を見る。不動が目を逸らせば豪炎寺に視線をやって、豪炎寺はまっすぐ俺達を見た。

「本当に付き合ってないのか?」

「ふふ、付き合ってはないよ」

『お前らなんでも結びつけんのやめろ』

「んん、しかし…」

『豪炎寺だって夕香ちゃんとか、鬼道も音無と食いもん分けたりすんだろ。それと一緒だわ』

「ああ、そういうことか」

「俺は春奈とはんぶんこしてたの幼稚園の頃くらいだが…」

『お前過干渉だから音無に避けられてんじゃね?』

「違う!来栖!!それは違うぞ!!俺は春奈に嫌われてなどいない!!!」

『うわ、うるさ。そこまで言ってねぇし』

「だめだぞ、来栖。兄弟仲を否定したら。音無だって思春期で鬼道が恥ずかしいだけかもしれないじゃないか」

『その言い方だと鬼道の存在が恥ずかしいって言ってんぞ、風丸』

「あ、ちがう、すまんそういうつもりじゃなかったんだ!ちょっと過剰反応がすぎるから鬼道に落ち着いてもらいたんじゃないかなって!ほら!音無も恋人とか欲しくなる歳だし!」

「、恋人、だと…?」

『あーあ』

「ふふ。やっちゃったね」

ゆらりと動いた鬼道が手の中のカップを握りしめて、プラスチックを割る。中に入っていた氷と少しの液体が滴って、そっと不動が距離を置いた。

「春奈に恋人なんてまだ早い!!どこの馬の骨とも知らん奴に春奈を任せられるか!!」

「鬼道、それ親の台詞じゃないか?」

「わー、鬼道さんそこまでいくと怖いですよ。シスコン拗らせてますね…?」

「鬼道の言葉が古典的な頑固親父そのものだもんな」

「俺は!春奈の!幸せを!願っているだけなんだ!!!」

豪炎寺、虎、条助が顔を引きつらせてる。発端の風丸がどう宥めようかと慌てているのを横目に、俺の近くに寄って避難している冬花と不動を見た。

『あれ当分終わんねぇだろうし、どっかで時間潰すか』

「どこかお店入る?」

『あー、あ、ちょうどいいからさっき言ってたの見る』

「そうだね、お店もそこにあるし。行こ、不動くん」

「…、俺もか?」

「え?駄目だった?」

『嫌ならここに居てもいいけど、お前あれ見てーのォ?』

「……ついてく」

小さい頃の春奈は天使で!いや、今も天使なんだが!俺は春奈にこの世で一番幸せになってほしいだけで!と叫んでる鬼道とそれをなだめようと尽力してる連中に、周囲はえ?なんか叫んでる?と様子を窺っていて、俺達まで見世物になる前に店に入る。

入ったドラッグストアで必要なものを取った。

「いつものやつじゃないんだな」

『…お前まで把握してんの?』

「持ってたのとあからさまにボトルの色違かったら気づくだろ」

『そういうもんかァ…?』

取ったそれはトラベル用の持ち運びボトルが数本入ってるタイプで、冬花はにっこりと笑う。

「春奈ちゃんのお悩み改善用に渡してあげるの」

「音無?」

「この間のパーティーのときに少し聞いたんだけど、髪質のことで困ってるみたいだから試しに使ってもらおうかなって」

『冬花』

「うん。渡しておくね」

会計を済ませて簡易的な袋に入れてもらったものを渡す。直接渡したり俺が持ってたものを音無が持っていたら鬼道がまた叫びかねない。

不動はあまりにも怪訝そうな顔をしてる。

『なんだよ』

「お前世話が焼けるのに人の世話焼いてる場合かよ…?」

『俺は世話が焼けんじゃなくて焼かせてやってるだけだ。一人でできんだよ』

「朝起きれねぇくせに」

『頑張れば起きれる』

「へぇ?つい2日前に一日中布団の中で過ごしてた奴の台詞とは思えねぇなぁ?」

『あれはたまたまただ』

「ふぅん?」

じっとりとした目を向けられて顔をそむける。くすくすと楽しそうに笑ってる冬花は目尻を落とした。

「二人ともとても仲良しだね。楽しそう」

「は、?」

『普通だろ』

「ふふ。そうだね。普通かな。いつも楽しそうだもんね、不動くん」

「、」

何故かまだ笑ってる冬花に不動はどうしてか視線を落として、顔を背ける。どことなく赤い耳と、甘い雰囲気にこいつら仲良かったっけ?と目を瞬いて、ああ、と思いあたる。

散々言われたあれだろう。

『………道也には俺から言っといたほうがいいか?』

「ううん、大丈夫。そうじゃないよ。私も普通に不動くんと仲が良いの」

『そうか…?』

どうにも楽しそうなままの冬花がそういうのなら、そうなんだろう。

用事は済んだし、風丸から連絡が来ているから出入り口に向かう。外に出ればさっきとほとんど同じ場所にいる五人がいて、目が合うなりぱっと虎と条助が飛びついてきた。

「どこ行っちゃったのかと思いましたよ!」

「帰っちまったのかと思ったじゃねぇか!」

『置いて帰んねーよ。話終わったんならスーパー行くぞォ』

「はい!」

「おう!」

くっついた二人とそれから元々一緒にいる冬花と不動とで歩き出す。後ろからついてくるうちの鬼道が顔を抑えたまま口を開いた。

「久遠、往来で騒いでしまってすまなかった」

「私は大丈夫だよ。春奈ちゃんのことたくさん考えてていいお兄さんだなって思ったから」

「そ、そうか…!」

「兄として妹には幸せになってほしいからな」

「そうだよな…!」

「幸せを願うのはいいけど、その話は部屋でやるようにしろよ、二人とも」

「もちろんだ」

風丸がおさめたことでスーパーの中でまで騒がれないで済みそうで、見えてきた大きめの建物に入る。

入り口から近い順に生鮮食品で、野菜、魚、肉、通路には調味料。それから加工食品と広がってるらしい売り場に虎が笑う。

「わ!日本と同じですね!」

「商品も似てるな」

「というかほとんど一緒か…?」

「各国の選手はもちろん、サポーターが不便を感じないように衣食住の環境はその国の物に則っているそうだ」

「すごい!すごい!じゃあいつも食べてるお菓子もありますかね!」

「あるかもしれないけど、五百円以内に済ませるんだぞ?」

「だから子供じゃないです!!」

「あまり食べすぎると体に悪いし、夕飯前に食べるなよ?」

「んんん!!」

地団駄を踏む虎は年下そのもので、鬼道と豪炎寺は親切心から言ってるんだろう。

風丸も顔を上げた。

「来栖もだぞ。毎日ちゃんと起きて三食とる。ゲームばっかりしない、夜ふかししない、ガムと炭酸で腹を膨らませない」

『うわ、飛び火しやがった』

向けられた視線に一歩足を引く。ぱちぱちと目をまたたいてた冬花は安心したように口元を緩めた。

「そっか。風丸くんのおかげで諧音くん元気に学校生活できてたんだね」

『どこがだよ。ずっとこんな感じでうるせぇんだぞ』

「そうかな?諧音くんのことよく見てくれていい人だと思うけど…、二年か…風丸くん、毎日大変だったでしょ?」

「わかってくれるのか、久遠…!」

「うん。お父さんと諧音くんよく似てるから、すぐ考え事してご飯抜いちゃうし寝るの忘れちゃうの」

「監督のそれとこいつのこれは別じゃないか…?」

妙な話の流れになってきたと後ずさって距離を取る。ついでだから必要なものを見て回ろうと歩き出せば後ろをついてくる。珍しい組み合わせに声をかけないでいるとあっち!と差し出された。

「諧音!諧音!アイス食べようぜ!」

『いいけど、今買ったら溶けんだろ。買うなら最後にしろ』

「じゃあ駄菓子コーナー見る!」

『好きにすればァ?』

「行こうぜ!」

手を取られて歩き出す。ついてくる気らしく歩くたびに揺れる茶色の毛先。あっさりとたどり着いた駄菓子コーナーは割と広く、小さめの子供が多かった。

「お!これ本島でも売ってんだな!」

『ここ海外だけどな』

手に取った小さめの包装に条助は笑って、俺も一つつまみ上げる。

『本当に日本にあんのと同じだな。不動はこんなかに食ってたやつあんのか?』

「え、……それ、とか」

『ふーん、食ったことねぇなァ』

指されたそれを持ってみる。元々そんなに駄菓子を食べたことはないけど、風助や晴矢、緑川と食べていたものは偶数で割れる物や大袋の物ばかりで、一つしか入ってない物は初めてだ。

『どんな味すんの?』

「普通に塩味」

『ふーん…他は?』

「他って…逆にどういうのが好きなんだよ」

『あんま食ったことねぇけど…この辺りのはおいしかった』

持ったのはピンク色の箱で、中身は数色のグミが入ってて、全部味が違うのは知ってる。

「…お前、歯ごたえあるの好きなのか?」

『いろんな味がするもんが好きなだけだ』

「ふーん。なら駄菓子じゃねぇけど、こっちのやつとか好きなんじゃねぇの」

渡されたのはカラフルな外装で、柔らかそうななにかをかき混ぜるようなそれに裏を見る。

水を入れてかき混ぜて食べるらしいそれに、目をまたたいた。

『食い物なのか…?』

「まじで食ったことねぇのか」

「あ!ねるねるね!!これいろんな味あるんだぜ!」

『まじかよ』

駄菓子コーナーから少し外れる。並んでるのは俺が持ってるのと似ていて色味やデザインが少しだけ違う。

『ぶどう、いちご、りんご……マジカル味…?これ、何味なんだ…?』

「ふっ、ガキかよ」

「諧音こういう可愛いところあるよな」

後ろの会話は気にもならない。最初のやつは一つを混ぜるだけらしいけど、二つ混ぜるものやトッピングをつけて食べる物もあるらしい。

『よし』

「ん?決まったか?諧音」

『全種類買う』

「は?」

『さっさと帰ってやるぞ』

「おう!」

各種一個ずつ。全部持って歩き出せばぽかんとしたままの不動がその場にいて、振り返る。

『なにやってんだ、不動』

「は…?」

『早く来い。お前がいねーとわかんねぇだろうが』

「…わかんねぇもなにも、裏面読めばやり方書いてあんだろ」

『何言ってんだァ?お前がいなきゃ意味ねーだろ』

「、」

『早くしろ。あ、条助、アイスどうすんだ?』

「すぐ持ってくる!!」

ばっと走っていった条助にレジへ向かう。持ってる菓子を落とさないように気をつけながら歩けば上から二つ取られた。

「菓子の大人買いとか正気かよ」

『一気に楽しむ』

「普通こういうのって少しずつじゃねーのかよ」

『いつ出来なくなるかわかんねぇし、心残りは作りたくねぇ』

「刹那主義か」

『言ったろ。俺はやりてぇこと全部やるし、欲しいもんは全部手に入れんだよ』

「その割にはこういう菓子は知らねーんだな…?」

『食う機会なかったしな』

「…………お前って、」

「諧音ー!不動ー!おまたせー!」

大きく手を振りながら走ってきた条助は反対の手には箱を持っていて、これ!と目の前に出した。

「いろんなの入ってるから一緒に食おうぜ!」

「、俺もか?」

「当たり前だろ?わざわざハブらねーよ!」

条助に肩を組まれて目を見開く不動に三人で商品を精算して、風丸と冬花に連絡を入れておく。

スーパーを出て、ベンチで条助がアイスの箱を開けた。

「諧音、諧音、どれがいい?」

『お前が好きなのどれだァ?』

「このオレンジのやつ!大箱にしか入ってねぇんだ!」

『へー』

「とりあえず食ってみろ!はい!」

大箱の中から取り出した小さな袋の封を切る。差し出されたベージュ色に口を開ける。転がされて入ったそれに歯を立ててればぱりっと音がして、外はチョコレート、中はアイスらしい。

『んまい』

「そっか!よかった!ほら、不動も食え!」

「お、おう、いただきます…」

渡された同じオレンジ色の袋に、不動は戸惑いながらも受け取って、取り出したそれを食べると目を丸くする。微かに輝いた瞳に、不動も初めて食べたんだろう。

「うめーよな!アーモンド味!俺いっつも最初に食い切っちまう!」

わははと笑いながら自分でも一つ食べた条助はこれこれと頷いていて、また封を切ると俺の口に入れ、不動にも渡す。

「くれんのはいいけど、そんな入ってねぇだろ、いいのかよ」

「おう!うまいもんはみんなでわいわい食ったほうが楽しいしもっとおいしいだろ!」

「…………」

数が少ないのは本当らしく、一人二つ食べたところで箱の中をかき混ぜるように上下に振った条助はなくなっちまった!と笑った。

「次はココアな!はい、あーん」

『あ』

「………お前、食べさせられ慣れてんな」

『あー、…口開けちまうのは、癖みてぇなァ?』

「…。ん」

『あ』

向けられたアイスに口を開ける。一瞬驚きつつも入れられたアイスに咀嚼して、条助がおいおいと息を吐いた。

「不動の分なんだから自分で食えよなぁ。ほら、もう一個」

条助が不動にアイスを追加で渡して、自分の口にも運ぶ。不動は渡されたアイスを見つめたあとに開けて、自分の口に入れた。



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