弱ペダ
[仕事中のマネージャーと矢島さんと]
『そそ、ここをポチってすんと始まるからよろしゅーね!』
強豪校のマネージャーは選手のケアだとか雑用だけじゃなくて、データ集めも兼任する。
きっともっと大きな部活だったらグループ分けとかされてるんだろうけど残念ながらこの箱学自転車競技部にはマネージャーがそこまでいない。
だから今もカメラを回してるのは部員の一年生や二年生、俺がここにいるから部活内でマネジの指揮をとってくれてるのは三年のマネジと部員だ。
うちの部活は選手入りしなかった部員に手伝ってもらうことが多い。
もちろん任意ではあるけど、俺の隣に立って荷物を持ってるくろたんもそのうちの一人だ。
「矢島さん、これどこまでいくんすか」
『コーナーと直線とゴール前はみんなやってもらったから、矢島さんとくろたんは…ここでティータイムじゃあ!』
「なんでだよ!」
照りつける日差しに垂れてきた汗を拭ってたタオルを顔面に投げつけられた。
ジョーダン、ジョーダン
『ティータイムじゃなくて、休憩ね』
「結局サボりじゃないですかそれ」
『ちゃいまんがなー。てことで、はい』
投げつけられたタオルと一緒に一枚だけでペラペラしてる紙を渡せばくろたんは不思議そうな顔して受け取って中身を見る。
目を通し終わったくろたんはこれってと眉を寄せた。
「出場校の一覧、すよね」
『だいせーかい!矢島さんとくろたんのお仕事はそれと見比べながら一人ひとりの走り方の特徴を見ること!』
「……優勝校の走り方なら後でビデオ見ればいいんじゃ?」
『ノンノン。生は違うんやー。せっかくくろたんもいるし一緒に!審美眼磨こうぜ!』
ぐっと親指立てて見せると遠くから歓声が響いてきてくろたんが慌てたようにカメラをセッティングし始めた。
「本当にここでいいんですか?」
セットを終えたくろたんの訝しげな目に迷いなく頷いてもうすぐで走りこんでくるであろう選手たちの来る左側を眺める。
スタートから真反対の中間地点のここはカーブしてるわけでもないし、直線ではあるけどこんな中途半端なところから本気を出してる人もいない位置で偵察隊もあんまりいない。
静かで集中するにはぴったりの場所だ。
「あ、きた」
『だねー』
一周目先頭を走ってるのは緑色、次は白色、更にひとつ、ふたつ、みっつ、目の前を勢い良く抜けていく自転車を見送り十二校目に目当ての黄色を見つけて目を細めた。
『…三年だけか』
「なんか言いました?」
『んー?なんにもー?なぁにくろたん電波キャッチでもしたの?』
「馬鹿か!?そんなわけないでしょうが!」
くろたんを茶化してる間に目の前を駆け抜けていった黄色いユニフォーム。
真ん中の人と目があった気がしたけど、どうせ気のせいだろうしカメラを持ち上げる。
「え、もう片すんですか?」
『そうですよーん、用はすんでしもたからのぉ』
「はぁ?」
まだ一周目、しかも半分しかいってないのに…と訝しそうにしたくろたんに片付けた三脚を渡して人の声がするほうに足を向けた。
とたとたと足音が後ろからついてきてくろたんの親鳥になった気分。
強く吹いた風に目を一瞬つむって、髪をおさえてから目を開けた。
『くろたんちょっと先にみんなと合流しとっといてー』
「は!?」
『よろしくりすまーす』
何言ってんだよあんた!?の言葉を背中に受けて喧騒からつかず離れず、もしかしたら離れてるのかもしれない距離を目的なく歩く。
きょろきょろしてる赤い毛のちったい子に首を傾げた。
ばちりと目が合う。
「ああ!そこのあんちゃんちょっとええか!?」
『ほえほえ、なんじゃろい?この矢島さんに言ってごらんなさい』
「ほほぉ!おもろいやっちゃなー!あんなぁ、この辺でロードレース…チャリのレースやってるやろ?!どこか知らん!?」
『おやまぁ、ロードレースの予選見に来たのか。それならその道まっすぐ行くと横断幕かかってんからまっすぐ行きなはれ』
俺が来た道とは違う、直通の道を教えれば目をキラキラさせた子が俺から遠ざかりながら手をふる。
「うおおお!あんちゃんおおきになぁぁぁ!!小野田くん!スカシ!いくでぇ!!」
連れなのか名前を二つ呼んで教えた道を進んでくその子背中に手を振って見送る。
賑やかな子やったなぁ
「矢島先輩!」
『あらら?どったん?』
駆け寄ってきた俺の直属後輩の一人は慌てた様子で、手にはハンディカメラを持ってた。
「言われたとおりでした!」
『千葉の総北…ビンゴぉ~?』
「はい!矢島さんはなまるぴっぴでした!」
最近お互いにはまってるアニメのセリフを使って親指を立てあう。
「どうやってわかったんですか!?」
『これこれ、それは企業秘密やんねー?』
「いつからアンタは企業になったんですか!?」
遠くから聞こえてきたくろたんのツッコミに地獄耳だなぁと笑い、後輩を連れて観衆に背を向けた。
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