イナイレ



「諧音」

柔らかく微笑んでるそいつに、そういえばこんなふうに笑う奴だったな思い出す。

花が綻ぶような、甘い笑み。

どれだけ最初敵対していても周囲の人間は絆してしまって、彼奴を中心にチームは回ってた。

「諧音」

怒るでも、急かすでもない、甘い声。

どこか小さくて丸みを帯びてる頬といい、昔の姿らしいそれに、冷たい目で突き放された夢じゃないのは久々で、あの日のことが嘘なんじゃないかと、そう思って、目をつむった。

『どこにいんだよ、お前』

「ふふ。まだ内緒」

『もう五年だけど?』

「大丈夫。もうすぐだから」

さらりと髪が撫でられて、額に触れた熱が優しくて、ゆっくりと目を開ける。

目の前には茶色、それから微かに朝日が差し込んでいて、聞きなれない音が響いてる。

手を伸ばして止めたアラームは不動のもので、表示されているのは予定より五分ほど早い時間だった。

腕の中にいる不動は一切起きる気配がなくて、髪を撫でてから腕を抜いて起き上がる。

あくびを溢して、背伸びを一度。

『あー………やな夢見たわァ』

随分とすっきりとした気分と頭の中。いつもこうだったらいいのにと思って、代わりに鳴り出した俺の携帯の音を止めた。




『必殺技ァ?』

「別に必殺技ってほどじゃねぇ。俺とお前でゴール前までボールをキープできるような動きを確立させてぇ」

『ふーん』

支度を終えて出てきたグラウンドで、不動は言いのける。

ミッドフィルダーの不動とディフェンダーの俺ならシュートを磨くよりもボール運びを重視するのは当然で、昨日の夜のように向かい合ってボールを取り合いつつ、考える。

昨日の夜のあれはまぐれではないらしいけど、今のところ九割を超える俺の勝率に不動はあれこれと手を変えて攻めてきて、もう何回目かの対峙で、完璧に裏をつかれて取られた。

「っし!」

嬉しそうに漏れた声に足を止める。

『……………』

「なんだよ」

『……お前、昔の俺の試合見たことあるか?』

「は?…ねぇけど…お前試合出てたのか?」

『別に、ないならいい。気にすんな』

今の動きは完璧に読まれてた。もしかしたらと思ったけど違うのなら、つまり不動は俺を観察して見きったことになる。

『………お前、勝つためならどこまでやれる?』

「なんだよ急に…俺は勝つためならなんでもする。だからここにいる」

『…そうか』

不動なら、もしかしたら彼奴と同じように動けるかもしれない。俺と___かもしれない。

『……………』

言うのは簡単だけど、言ったら怒るであろうそれに頭を掻く。

「なんだよ」

『あー…ちょっと保留で』

「はあ?」

『わりぃ』

「なんだよそれ。抜かれたショックでおかしくなったのか?」

『…そーかもォ』

「………まじにすんなよ」

不動のほんとに大丈夫かよと零された声に反応せず、転がってるボールを蹴ってまた走り出した。







大体一時間ほど経った。六時をすぎると朝だーとはしゃぎながら出てくる人間が増えてくるから練習を終了させる。

「戻んのかよ」

『ああ。ちょっと連絡入れたりするし今日はもうパスで』

「そうか。ならまた明日」

『おー』

「ちゃんと起きろよ」

『がんばるわァ』

昨日も聞いた台詞を背に受けながら歩き出す。部屋につくなり息を吐いて、ベッドに腰掛けながら携帯に触れる。

呼び出すのは一人だけ。今頃は寝てるのか朝練なのかは知らないけど時間ができれば返事が来るだろうからメッセージを入れて携帯を置く。

後ろに倒れて天井を見上げた。

『不動なら、もしかしたら…』

溢れた言葉に期待が混じってしまっていたから目を瞑る。

一度確認してからのほうがいい。

今日は朝早くから起きたし、目覚めも良かったから眠気はほとんどない。それでも眠ろうかと布団に入ろうとしたところで扉の向こうから勢いのある足音が聞こえた。

「くーるーすーさぁああん!!」

考え事をしていた俺を速攻で現実に引き戻したのは、借金取りでも来たのかと思うレベルで扉を叩く音で、原因の音無は扉を開けるなり俺の腕を取るとそのまま宿舎裏にひきずっていった。




「こっちですー!」

『引っ張んなし…』

ろくすっぽ説明もされず腕を引かれて仕方無しに歩く。スニーカーを引っ掛けて、向かう先は外。

「来栖さん!はやくはやく!」

『わかったから手ぇ離せよ。次は鬼道にどんな難癖つけられるかわかんねぇだろォ』

「大丈夫ですよ!」

先日も音無に髪の手入れ方法を伝えていたときに運悪く目撃され、鬼道が喉を痛めるほど叫んで木野と冬花が間を取り持ったばかりだ。

面倒事は避けて通るに限るけど、振り払うこともできず、誰にも見られないことを願うしかないらしい。

引っ張られていって、ついたのは宿舎の裏手にある小さなグラウンドだった。

「諧音さん!?」

大きな声で名前を呼ばれて息を吐く。

グラウンドには立向居に条助、それから何故か泥まみれになって腰を下ろし肩で息をしている一年三人がいた。

転がってるボールや三人のつかれよう。程よくぼろぼろな立向居に視線を向ける。

『手伝えってぇ?』

「はい!」

驚くくらいに曇り一つなく頷かれてまた息を吐く。

「お、音無さん、」

俺の様子に状況を飲み込めたらしく眉尻を下げた立向居は弱々しく制止しようとするが音無に聞き入れてもらえずに撃沈する。

じっとこちらを見て指示を待つそいつに頷いて、立向居の頭をなでた。

『朝飯までなァ』

「うええ?!いいんですか!?」

『ァ?嫌なら戻って寝んけどォ?』

「よ…よろしくお願いします!!」

正しく九十度。腰から上をいきおいよく折って頭を下げる。

おーと息を吐きながら返事をして、目のハイライトを消してた条助はにかりと笑う。

「うっし!じゃあ魔王だすか!!」

『は?』

「魔王!」

『日本語で喋れや』

髪を混ぜてから近くにあったボールに足を置く。形を確かめつつ足の裏で転がして、それからつま先で持ち上げ膝で跳ねさせる。

ぽんぽんと音を立てさせながら一定のリズム、高さをキープし無人のゴールを見据えた。

『時間ねーんだからさっさと準備しろォ』

「はい!」

『蹴りゃあいいんだな?』

「必殺技出してガンガンいっていいぜ!」

俺の隣に並びボールを踏んでいい笑顔を見せる。

その瞬間に立向居の顔が真っ青になったから息を吐いた。

『立向居死にそうだけど』

「大丈夫大丈夫!な!立向居!」

「っ、は、はい、たぶん!」

「もっとシャキッとしてけ!魔王だすぞ!」

「ははははい!」

押されるようにして頷く立向居は眉間に皺を寄せ、唇を結う。若干落とされた腰。

「よろしくお願いします!!」

ぴりっとした空気を肌に感じたから唇を舐めてから膝に乗せてたボールを高く蹴りあげた。

中の下くらいの、それくらいなら行けるか?

もう数年単位で打っていない、埃をかぶってしまっているそれを引っ張りだす。

『ムランガージュ』

白く、柔らかなものをまとったボールを下の方で蹴る。

ふわりとした緩い軌道を描きながら飛ぶボールを立向居はなぜか顔面で受けとめ、白いそれに包まれる。そのまま後ろに押され倒れた。

『は?!』

「立向居!?」

ぴくりともしない立向居にあの音無ですら固まってる。

仕方無しに近寄って倒れてる立向居を覗いた。

『おい、大丈夫…』

「うあああああ!すごい…!!」

『はぁ?』

バネじかけの人形のように飛び起きた立向居は目を輝かせて俺を見る。顔が真っ赤になってるのはボールを受けたから以外にないだろう。

「ムランガージュ!俺が初めて見た試合で使ってた技です!!本物だ…!!感動しました!!」

『………頭打ったか?』

「いえ!あああもう!!ムランガージュもこの間のクーペもすっごかったです!諧音さんが打つと速さと鋭さがこう!ぐわって!とにかくすごくて!」

比べた上でたぶん褒められて、むず痒い感覚に唇を結ってから立向居の頭に手を伸ばして言葉を途切れさせる。

息を吐いた。

『へーへ。ほら、ぶつけたとこ見せてみろよ』

「立向居くん!冷やさないと!」

「へぶっ」

押し付けられた氷嚢に短い悲鳴を上げ、音無を引き剥がそうと藻掻く。

立ち上がって横を抜ける。様子を見ていたらしい条助の隣に並べば歯を見せて笑った。

「諧音楽しそうだな!」

『はぁ?』

「魔王一緒に出そうぜ!」

『頼むから日本語で喋れよ』





「みなさーん!朝ご飯の時間ですよー!」

いつの間にか消えていたボール拾い係だった音無が声を張り上げて戻ってくる。

一年たちが表情を明るくして立ち上がり、ボールを蹴ろうとしてた条助も足をおいた。

「諧音、飯だってよ!」

『おー。ほら、立向居いくぞォ』

「はい!」

へばってる立向居の腕を取り歩く。反対側には条助が並んで支えてた。

すっかり慣れた道を歩いて寮に戻り、食堂の扉を開く。中にはまだまばらにしか人がおらず、俺達を追い抜いていった一年は列になって順番に手を洗ってた。

先に手を洗って、条助も手を洗いに行かせると近寄ってきた冬花がタオルを差し出した。

「立向居くん、お疲れ様」

「ありがとうございます!」

「諧音くん」

『ん、サンキュ』

タオルを受け取って首にかけ汗を拭えば何故か嬉しそうに冬花が笑う。

そのまま席につこうとして、がたんと大きな音がした。

「来栖っ!貴様また春奈に手を出したな!!!」

『ちっ…やっぱ見られてたのか』

「春奈に!手を出すなと!あれだけ!!」

『出してねぇっつーのォ…人聞きワリィこと言うな』

今にも掴みかかってきそうな鬼道に息を吐いて押しのける。後ろに音無がいたらしく鬼道に眉根を寄せ、頬を膨らませた。

流れを見ていたらしく流れを察したのか苦笑いの木野に食事をもらって、席に向かう。

「お!来栖が朝飯食いに来んの珍しいな!」

『あー、うるせぇのきた…』

さっさと食って、二度寝しよ



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