イナイレ
朝から怒られてほどよく運動させられて、夕方にはちゃんと眠くて目元を擦る。
「今日の訓練はここまで」
「「「「ありがとうございました!」」」」
聞こえた号令に欠伸をこぼす。
まぶたを上げればととっと足音を立てて駆けてくるのは条助と虎で、飛びつかれて抱えられた。
「お疲れ様!諧音!」
「諧音さん!お疲れ様です!」
『んー、おつかれェ』
二人の頭を撫でれば離れようとして、ぐっと眉根が寄った。
「違う!諧音さんっ!!」
『は?』
「…どうしてだ、諧音」
『はぁ…?』
わかりやすく怒ってる二人が不思議で、すんっと近寄ってた豪炎寺も目を見開く。
「やっぱり!いつもの匂いじゃない…!!」
『勝手に嗅ぐな』
雷にでも打たれたような顔をして固まる豪炎寺を払って、そもそもこいつらが言ってるいつもの匂いはヘアオイルのこととわかってたから、口を開こうとして、思い出す。
『ああ、せいのか』
「え」
「……………」
豪炎寺と同じように固まった虎に、無言になってハイライトを消す条助。聞こえていたらしい近くの立向居もぱちぱちと目を瞬いていて、風丸が、うわぁと嫌そうな顔をした。
『そんな強い匂いじゃねーから気にしてなかった』
「全然!すっごい匂いしますよ!!」
『んなにか?』
「そうですよ!!」
半泣きで怒る虎に首を傾げ、向こうを見る。立向居は苦笑いで両手の人差し指の先を突くように合わせて目を逸らした。
「嫌な匂いではないんです、いい匂いなんですけど、でも、こう、諧音さんの匂いではないなって思います…」
『そうか?』
「その、ううん、えっと…」
言葉を選んでるらしい立向居に不動が大きく息を吐いて、ふいっと顔を逸し、その横にいた飛鷹がぽんっと手を叩く。
「マウントみたいな」
『はぁ??』
「あ、口を出してしまってすみません」
『話に入ってくんのはいいんだけど、マウントってなんだよ』
「言葉のままです。来栖さんと居るのにあの方がいらっしゃるみたいな、そういう感覚を与えられるのってマウントをとられるって言うじゃないですか」
『はあ???』
「そう!それです!」
「さすが飛鷹。よく出てきたな」
「いかに相手に舐められないようにするか大切だったもので」
同意した立向居と豪炎寺に飛鷹はしれっと返して、風丸が逃げようとしてるのが見えたから声を出す。
『風丸』
「なんで俺にふってくるんだよ」
『お前が一番俺のことわかんだろ?どうだ?』
「、勘弁してくれ…」
怯えた顔をした風丸が不思議で、はやくと急かせば心底嫌そうに近寄って、すぐに離れた。
「あー、うん、そうだな。マウントされてるかはどうかとして、ここにあの人がいる感はある」
『ふーん』
自分では気づかないものだなと髪に触れようとして、くっついたままの二人を見た。
『つーかお前らすごい顔してんな。どうした??』
「どうしたじゃないですよっ!なんでそんなこと言うんですか!」
「なんで?どうして風丸が一番なんだ?なぁ、なんで?どうして?俺より風丸のが諧音のことわかってんの??」
急に闇落ちをしたようにハイライトを消したまま詰め寄ってくる二人に、頭を撫でてみる。
『よくわかんねーけど、とりあえず落ち着けば?』
「んんっ無理です!」
「落ち着いてられねーよ…」
勢い良く否定する虎とゆらゆらとしてる条助、どうしたらいいのかわからなそうにそわつく立向居と飛鷹に無表情の豪炎寺に難しい顔をしてる風丸。
なにやってんだこいつらともう一回頭を撫でる。
『ったく…。昨日からお前ら風丸詰めてたっつーし、せいに関しても過剰反応しすぎだ。一年以上学校一緒の風丸が付き合い長くて俺のこと分かってんのも当然だし、せいに関してはそんな深く考えてやってねぇと思うぞ』
「マウントとられてるんですけど?!」
『ソレが考え過ぎだっつーのォ。身だしなみでつけてきただけだろ』
「まずその朝一緒に居たっていうのがすでに落ち着けないんですよ!」
『はあ?なんで?支度くらい一緒にすんだろ?お前らだってそうだわ』
「うんんん、そうじゃないんです!もう!」
「なんで、どうして、やだ、いやだ」
『はぁ〜…』
飛鷹と立向居が手伝います?と心配そうに見てくるから良いと断って、風丸に連れて行かせる。不安そうながらも離れていった三人に、残ってくっついている二人のうちの虎から目を合わせた。
『虎』
「、はい」
『俺は駄々こねるだけの奴は嫌いだ』
「っ、」
『ちゃんとどうしてほしいのかを言え。自分の考えはきっちり言葉にしなきゃ伝わんねぇ。自分が思ってる倍以上、丁寧に言葉を割け。じゃねぇと思ってることはわかってもらえない』
「ん、」
『言葉がまとまるまで俺は待ってんし、うまく言葉にならないなら自分の中にある言葉で近いものを片っ端から繋げていけ。俺が拾う』
「………はい」
『今話せるのか?』
「…いいえ、少し考えたいです」
『わかった。待ってるから話したくなったらいつでも言え』
「…はい」
勢いを抑えて、ぴとりとくっついて目をつむった虎は言葉を選ぶらしいから、その間に未だ錯乱してる条助に手を伸ばして、額を叩いた。
「ん゙」
『条助』
「なんだ?」
『夜に俺の部屋来い。話はそこで聞く。それまでは落ち着け、いいな』
「わかった!」
ぱっと戻ったハイライトに息を吐く。昨日も寝たのは遅かったけど、今日も遅くなりそうだ。
離れた条助に対して虎は困り眉のままで唸っていて、頭をもう一度撫でる。
『あんまりおせーと怒られる。寮に戻んぞ』
「おう!」
「……はい」
寄り添うようにひっついていた虎が離れて、視線を落とす。
「…あの、諧音さん」
『なんだァ?』
「………まだ、全然言葉はまとまってないんですけど、その…」
持ち上げられた手が俺の左手を取る。
「手、繋いでもいいですか?」
『寮までなら』
「ありがとうございます」
きゅっと掴まれた手と少しだけ笑った虎に目を逸らす。条助が腹減った!行こうぜ!といつもどおりの声色で先導するから、難しい顔をしたままのそいつを見た。
『なに突っ立ってんだ、行かねぇのかよ』
「、あ、ああ、今、行く」
豪炎寺も歩き出す。外にいる奴はこれでもう居ないからゆっくりと歩いて寮に入り、大浴場に行くらしい三人と分かれていつもどおり道也の部屋の扉を叩いた。
「今日もこっちか」
『駄目なのかよ』
「構わん」
資料をまとめてる最中だったらしい道也は眼鏡をかけていて、向こう側には一時停止中のモニターと紙とペンが置いてあるのが見える。
次の試合について考えてるんだろうそれに風呂場に向かおうとして、足を止めた。
『あ、なあ』
「どうした」
『そんなに俺からせいの匂いするか?』
「…ああ、香水のことか。そうだな、移ってるぞ」
『ふーん』
「………何かあったのか?」
『別に』
「……はあ。今日はこっちで寝るか?」
『んや?ゆっくりしてぇから自室帰る』
「わかった。なにかあればすぐに相談するように」
『んー』
何故か気遣うような目をしてる道也に背を向けてシャワー室に入る。
服を脱いで、嗅いでみてもそう強い匂いがしてるように思えず首を傾げ、つけたままのネックレスを外す。あとでこれもしっかりと閉まっておかないといけない。
いつもどおり風呂に入って、洗い終わって濡れた髪にオイルをつけて乾かす。普段通りの行動を終えて外に出ればちょうどモニターのスイッチを切った道也が立ち上がった。
「夕飯は食えるのか」
『あー、行くかなァ』
部屋を出て一緒に歩く。道也は普段通りだし、風丸との誤解も、せいとの夜遊びも朝のうちに怒ったことでもう気にしてないんだろう。
食堂に入って、そのまま同じテーブルにつく。あれ?珍しいと目を瞬くのは木野で、音無と冬花も首を傾げた。
いただきますの号令の後にそれぞれが好きなものから口をつけ始めて、道也を眺める。もくもくと食事を取って半分ほど減らした道也に、箸を置いた。
『なー、道也』
「なんだ」
『男がマウントとるのってどう思う?』
「ごふっ」
『は?』
「がは、かい、と、おまえ、」
「お、お父さん、お水」
『誤飲か?平気かよ』
咽ながら言葉を吐こうとしては失敗してる様子に冬花が水を差し出して、一気にグラスの中身を空にした道也はグラスを置くと、深々と息を吐いて、じろりと俺を見た。
「どういうことだ」
『んや、普通にどう思うか聞こうかなって』
「なぜ聞こうと思ったのかによって俺の回答が異なる」
『そんなことで変わんのかよ?』
道也にしては珍しい返事。冬花を見れば曖昧に笑っていて、音無は木野によって話すことを留められているらしい。
何だこのテーブルと不思議に思いつつ口を開いた。
『せいの香水が鼻についたらしい奴らがいて、せいにマウントとられてんじゃねーかってキレ始めた』
「………………はあ〜……」
『なんだよそのため息』
「…おまえ…お前は…本当に…」
頭を抱えてしまった道也はそれ以上何も言わない。
『冬花はどう思う?』
「うーん、誠さんのあれは…マウントではないと思うけど…たぶん…」
『だよなァ。彼奴わざわざそんなことしねーだろうし』
「そうだね…。うん…。マウントではないよ、たぶん。うん」
『はあ?どうしたんだよ』
「えっと…私は誠さんじゃないから絶対とは言い切れないかなぁって…」
『ふぅん?』
それだけでは無さそうな含みを持った間だったけど、冬花がそう濁すのなら仕方ない。
口元に手を置いて話さないようにしてる音無と、目をそらしてる木野に聞こうか悩んだところで道也が静かに顔を上げた。
「諧音」
『あ?やっと復活したのかよ。なに?』
「とりあえず、当面の間外泊は控えろ」
『もとからあんまする気ねぇけどォ?』
「あと、誠くんと遊び終わったら必ず誰かに会う前にシャワーを浴びろ」
『はぁ?めんどくさ』
「それなら会うのを控えるように」
『今度ようたと三人で会うし無理』
「…耀太くんか…あの子なら…いや、あの子もか…」
また頭を抱える道也に段々と面倒になってきてしまって、空になった器を重ねて立ち上がった。
『よくわかんねーし、もーいいや。ごちそうさまでしたァ』
「あ、こら、まだ話は終わってないぞ」
『俺は終わったァ』
このままここに居たところで求めてる答えは得られそうにない。
慌てる道也を放って食堂を出る。後についてくるのはずっと前に食べ終わって出るタイミングを待っていたピンク色で、横に並ぶなり光のない瞳で俺を見つめてた。
部屋まで保ちそうにないその様子に視線を合わせる。
「いい?」
『ん。いーぞ、どうしたァ?』
「なんであの男のことダーリンって呼んでるんだ?」
『お前のこと条助って呼ぶのと一緒。せいの愛称の一つだ』
「どうして彼奴の匂いがしてたんだ?」
『さっきも言ったけど朝支度したときに身だしなみ整えてたからそれで香水つけられただけだろ』
「じゃあどうして昨日俺から逃げたんだ?」
『捕まったら道也に怒られる未来が見えてたから』
「なんで風丸と裸で二人きりだったんだ?」
『湿布貼ってもらうのに上脱いでただけで下は着てたぞ』
「…風丸が一番諧音のことわかってるって、どうしてそう思ったんだ??」
『イナジャパの面子ん中ならそうなるだろ。一年以上ほぼずっと顔つき合わせてるクラスメイトだし』
「……本当に、風丸と付き合ってない?」
『ないない。風丸みてーな口うるせぇ奴、俺得意じゃねぇし』
「俺のこと好き?」
『好きだ。嫌いなら置いとかねぇ』
「ふーん…」
一通り質問は終わったらしい。静かになった条助を気にせず寄った洗面所で歯を磨き、それから部屋まで来て、扉の前で止まった。
『他に確認しておきてぇことは?』
「今日一緒に寝ていいか?」
『いーけど、寝みぃし、まじ寝るだけだぞ』
「おう!それでいい!」
『ん。ならいい』
「よっしゃあ!」
嬉しそうな条助の頭を撫でる。一通り疑問を投げつけきって気が晴れたらしい。
「諧音!諧音!」
伸びてきた手が俺の体に回って密着するなり頬に唇が寄せられて小さく音が鳴る。
「早く寝ようぜ!」
『お前そんなテンション高くて寝れんの?』
「眠くなるまで諧音見てる!」
『なにそれ飽きそォ。お前、明日起きれなくても知らねぇぞ』
「大丈夫だ!あ!明日は俺が朝の支度手伝う!」
『好きにしろ』
出てきた欠伸に口を開けて、閉じる。目元に滲んだ涙は条助が拭っていって、扉に手をかけた。
『ほら、もー寝んぞ』
「おう!」
『お前、まじ夜に騒いだら追い出すからな』
「大丈夫!諧音の顔見て静かにしてる!」
『はぁ?夜中に見たらホラーじゃねぇかよ』
「あはは!いーだろ!」
ぎゅーぎゅーと抱きついてる条助はひどくテンションが高くて、勢いのまま唇を重ねて離れる。
「大好きだ!」
『ん、俺も』
嬉しそうな条助を部屋に招き入れる。
壁の向こう側、俺達から直接見えない影でずっと胸元を押さえていたそいつが顔を覆ったところで扉がしまった。
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