イナイレ



「諧音」

さらりと髪が撫でられて、かすかな香水の匂いが届く。ふわふわと髪を撫でているらしい手の動きにまた意識が沈みそうになって、笑い声が転がって頬に指が刺された。

『んー…っ』

「起きろ、朝だぞ」

『んん…』

「朝食も用意してある。起きて、食べに行こう」

ぽんぽん、つんつん、頭や髪、頬、いろんなところを撫でたり突いたりしながら声がかけられて仕方なく目を開ける。

まだ霞んでる視界に一度目を閉じてピントを合わせればベッドサイドに腰掛けた状態のせいが目を合わせて微笑む。

「おはよう、よく眠れたか?」

『……っー…』

「眠れたみたいだな」

よかったと再度頭が撫でられて、仕方なく起き上がる。ぼーっとしていればいつの間にか立ち上がっていたらしいせいが、いくつか布を持って近寄ってきた。

「今日はどんな気分だ?」

『んー…ゆる…いの…』

「ならこっちの服にしよう」

ぽいっとジャケットをオッド台に投げると手を伸ばして俺の肩に服をかける。

シャツらしいから手をかすかに上げれば腕が通されて、前でボタンが閉められる。うとうとしてる間に全部着終わったのか髪も梳かれて、首元に冷たい感覚がして目が覚めた。

『あ…?』

「ネックレスだ。一つくらいつけてもいいだろ?」

『あー』

「それからこっちも」

すっと手で拭うようにつけられた香りはせいの普段つけてる香水で、目元を擦ってからあくびを溢して前を見た。

『飯食うんだっけ?』

「ああ。朝食にしよう」

準備はすでに終わってたらしいせいは今日は髪が降りてて、俺と似たような格好をしてる。俺も立ち上がって、渡されたジャンパーを羽織る。ポケットには俺の携帯が入っていて、洋服用にと揃えられてた靴を履いた。

「今日は何時に戻るんだ?」

『何も考えてねぇ。つか携帯の電源すらつけてねーし』

「起動したときが楽しみだな」

肩を揺らすせいと一緒に部屋を出る。食べに行こうの言葉通りどこかに向かうらしく車に乗り込んで、今日は屋根のついた車らしいからそのまま横に寄りかかる。

『あー、道也めんどくせぇなァ』

「さすがに誤解はとけてるんじゃないか?」

『とけてても逃げたことに対して怒られそう』

「それはそうだろうな」

数分移動したところで車が止まる。向かった先は一般的な広さの建物で、カフェらしい。そっと戸を開けて押さえたせいに先に中に入って、誘導されながら階段を上がって席につく。

二階も同じような室内ではあったけど迷わず窓際に乗って外に出たせいに風が吹き込んだ。

「諧音」

椅子が引かれて座る。テーブルには白い布のクロスが敷かれていて、すでにいくつかの準備がされてる。

並んでいるカトラリーの多さに隣を見た。

『朝からどんだけ食わせる気だァ?』

「俺は腹が減ってる」

にっこりと笑うせいに息を吐く。すっと寄ってきた人影が音を立てないように皿を置いていって、並べられた料理と飲み物は景色と同じようにイギリスがメインらしい。

卵料理と豆を使ったスープ、それからいろんな形と味のパンにベーコンやソーセージ。野菜に果物と彩りも重視されたラインナップにせいは表情を綻ばせる。

「何事も最初が肝心だと父も言っているからな。しっかり朝食をとるんだぞ、諧音」

『はいはい。いただきます』

昔にも聞いたことのある言葉に頷いて、会話をしながら食事をすすめる。

あらかた食べきって、カフェラテが出てきたから口をつけて、そこで諦めて携帯を取り出した。

「電源をつけるのか?」

『そろそろつけとかねぇとまじで怒られる』

ボタンを長押しして電源をつける。少しして立ち上がり電波を拾った瞬間に急激に届く通知にうわぁと二人で声を揃えた。

「これはすでに本気で怒っているんじゃないか?」

『…帰んないとだめだと思うかァ?』

「俺は全く構わないが、今後を考えると…」

話している最中に揺れ始めた携帯と、表示された名前に二人で目を合わせて息を吐く。

せいがどうぞとジェスチャーするから仕方なく、耳を遠く離した状態で通話開始に触れた。

「諧音!!!!」

『あー、おはよ…朝から元気だなァ…』

「元気だなじゃない!!どこにいるんだ!!」

『せいと一緒に朝飯してる』

「はぁ?!お前はそうやってすぐに誠くんに迷惑をかけて!!」

『だって道也すぐ怒んじゃねーか』

「まだ!怒ってない!!」

『いやいや、もうガチギレしてんだろ、なぁ、せい』

「ああ」

「二人とも今すぐ寮に帰ってくるように!三十分以内だ!わかってるな!!!」

『えー…だる…』

「怒っていらっしゃるな」

くすくすと笑うせいに電話を切る。

『なぁロミオ、逃避行しよーぜー』

「悪いな、ジュリエット。今日は午後から仕事があるんだ」

『はー、タイミング…』

「ごめんな。この埋め合わせは必ずする」

空の皿を確認して口元を拭って、席を立つ。

行き道と同じく車に乗り込んで、快調に進む車はあっという間に日本エリアに入って見慣れた寮のある敷地に入った。

寮の出入り口には腕を組んでる道也が仁王立ちしていて、すでに気分は最低だ。

『あー、怒ってんなァ…』

「まぁ逃げてしまったからな。俺も甘んじて話を聞こう」

止まった車の扉が開けられて、気にせずせいが俺の頬に唇を寄せる。道也がわかりやすく苛立ったところで諦めて降りた。

「諧音!誠くん!」

『ガチギレじゃん』

「血管が切れそうだな」

ぶつんと響いた音に息を吐く。

「お前達は夜遊びばかりして!!」

『んなに遊んでねぇよなァ?』

「ドライブして夜景観ただけだからな」

「未成年が出歩くんじゃない!犯罪に巻き込まれたらどうする!!!」

「安心してくれ、俺のSPも居るしすべて貸し切りだ。諧音には一切危険はない」

「そういう問題じゃない!」

不思議そうに首を傾げたせいにぎっと道也がこっちを見るから両手を上げた。

『そんな危ねぇとこ行かねーし、せいも危ないことさせてくんねーから安心しろよ』

「そういう問題じゃないと何度言えば…!」

「難しいな」

『それな』

顔を見合わせる俺達にぷるぷるしてる道也はまた血管を切りそうで、ばんっと音が響いた。

「来栖!!!」

『あ、風丸』

「どこ行ってたんだお前!急に外泊なんてするなよ心配するだろ!!あと助けてくれっ!!」

『はぁ?』

早次に投げかけられた言葉に風丸は顔色が悪くて、その後ろからまたばんっと大きな音がして扉が開いた。

「諧音!」
「諧音さん!!」

「やばい!きた!!」

『あ?』

飛び出してきたのは条助と虎で、その後ろからは野次馬なのか窓や扉の向こうからこちらを覗いてくるイナジャパの面々が見える。

「なぁなぁいつから?なんで教えてくれなかったんだ?」

「内緒にしてるなんてひどいです!!」

『なんの話だァ?』

「「付き合ってるとか聞いてない!!」」

突っ込んできた二人に風丸は俺の後ろに隠れて、詰め寄ってくる二人に一度後ろを見た。

『まだとけてねーの?』

「全然話を聞いてくれないんだよ!」

『あー、なるほど』

この様子だとほぼ一日こんな感じだったのかもしれない。

せいが呆れたような顔をするから手を振って、頭を掻いた。

『あー、とりあえず、一旦離れろ。そんで気をつけ』

「ん!」
「はい!」

『んで、俺の言うことを復唱。俺と風丸は付き合ってない』

「「え」」

『いいから復唱しろォ。風丸とは付き合ってない』

「「か、風丸とは付き合ってない」」

『はい、よくできましたァ』

ぽんと二人の頭を撫でて、下ろす。

『昨日のあれはクソバンダナの声がでかいせいで誤解が広がっただけだァ。風丸とはなんもねぇ。この話は終わりだ』

「「…………、!」」

言葉をやっと理解したのか目を丸くした二人に、風丸がようやく息を吐いて、向こうに隠れていた奴らも顔を見合わせる。

『つーわけで俺は冤罪。逃げたのは怒られたくなかったから。そんなカリカリすんなよ、道也』

「それとこれは話が別だ…!!」

ゆらりと揺れて、据わった目を見開いてる道也にこれは駄目かとせいを見る。せいも首を横に振って、道也の怒声が響いた。







一時間半ほど叱られて、解放される頃には俺もせいも疲れてた。

『帰ってこなきゃ良かった…』

「まだ言うか?」

「諧音、お口チャックだ」

きゅっとわざと口元に指を左から右へ動かして見せてるせいに目を逸らす。

イナジャパの面々はそれぞれ朝食を済ませて練習を始めているらしく外からはボールの跳ねる音が響いてた。

「とにかく、いくらここは治安がいいとはいえ危ないことに変わりはない。深夜徘徊は禁止」

『へーい』

「誠くんもだぞ、何かあってからでは遅いんだ」

「留意します」

「まったく…」

悪びれてないのが伝わったのかまた息が吐かれたから足早に歩く。

『せい、仕事何時から?』

「一時からだが支度を踏まえると十一時にはここを出る予定だ」

『ふーん』

今はまだ九時。まだ少しある時間にどうすんの?と見上げればにっこりと微笑まれて、振り返る。

「道也さん」

「なんだ」

「見学していってもいいか?」

「…はあ。好きにしなさい」

「ありがとう」

わざわざ許可まで得たせいはそのままの笑顔で俺を見つめた。

「楽しみだ」

『はー、だる…』



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