イナイレ



道也の部屋でシャワーを浴びてゆっくりして、お湯を被ったことで上がった体温にくっきりと浮かんだ体の痕に舌打ちが溢れた。

『ほんとくそ』

ぐるりと背中や脇腹についたそれは左右に座った円堂から喰らったもので、条助あたりが見たら目のハイライトが消えるのは間違いないだろう。

部屋に戻るために前を通った食堂は会話が落ち着いているからほとんどの人間は解散しているようだし、道也も響木のおっさんと打ち合わせ中で、湿布を貼らせるならやっぱり円堂に始末をつけさせるのがいいだろう。

自然とまた舌打ちが溢れて、ちょうどよく部屋を出てきたところの風丸が肩を揺らした。

「どうしたんだ?不機嫌だな」

『体いてぇんだよ』

「痛い?まさかどこか痛めたのか?」

『ちげぇけどそう』

「どっちなんだ…?」

呆れたような風丸の表情にまた舌打ちが溢れる。

風丸は目線を一瞬落として、窺うように上げた。

「その、話がしたかったんだけど…今じゃないほうが良さそうだな?」

『別に』

「…なら少し、話をさせてくれないか?」

『好きにしろ』

壁に背を預けようかと思って寮室の立ち並ぶ廊下なのを思い出す。

風丸の表情と人の通りを考えて、止めかけてた足を動かした。

『風丸、話聞いてやってる間手伝え』

「なにをだ?」

『湿布貼ってくれ』

「湿布…?いいけど、本当にどこか痛めたんじゃないのか?」

『傷んでるけど痛めてはねぇ。見たらわかる』

「そうか…?」

自室の戸を開けて中に入る。息を止めてからおじゃましますと零して続いた風丸が後ろ手に戸を閉めて、その間に持ってたものを片付けて、最近良く使う目的の物を取り出した。

「普通の冷湿布だな」

『ああ』

受け取った湿布の外装に首を傾げる風丸に、服の裾を掴んで持ち上げる。

「は?!急になんで脱ぐんだ!?」

『はぁ?脱がねぇでどうやって貼んだよ』

「そういうのは前もって言え!!」

『は…?今更なに言ってんだァ…?』

大抵の授業や会場で、何回も試合や体育の前後は同じ更衣室で着替えてる。

風丸の慌てように息を吐いて、諦めてベッドに座れば湿布を顔の前にやって目元を隠してた風丸は恐る恐る手をおろして、目を丸くした。

「…は、!?何だそれ!すごい痕じゃないか!どうしたんだ!?」

『クソバンダナがびびり倒した結果』

「え?円堂?」

『死ぬほど締めやがった。彼奴いつか泣かす』

「そうか、円堂…、なるほど、だからか…」

『は?』

「いいや、……えっと、貼ればいいのか?」

『ん、頼んだァ』

湿布を一枚取り出して、大きさを確認する。痣になってる場所を確認してんんと唸った。

「これ結構貼ることになりそうだけど…」

『とりあえずある分だけ貼っといて、明日以降は様子見る』

「ああ。かぶれるかもしれないし、良くなってたら貼るのは控えたほうがいいな」

ぺりっと薄いテープを剥がした風丸が湿布をくっつけて、ひんやりを通りこした冷たさに一気に入浴の熱が冷める。

またもう一枚取った風丸は貼るのに専念しているようで、息を吐いた。

『貼ってくれんのはありがてーけど、話はァ?』

「あ、そうだった」

『はあ〜…』

「そんな残念そうなものを見るような目をするな」

むっとした風丸が貼った湿布の上からばしりと体を叩く。

『ってぇ、』

「来栖が悪い」

ふんっと鼻を鳴らして湿布を丁寧に端まで貼り直して、三枚目を取り出した風丸が息を吐く。

「この間のことなんだけど…来栖にちゃんと何があったのか伝えた上で、聞きたいことがあるんだ」

『この間ァ?……あー、言ってたやつか、はいはい、どうぞォ?』

「なんで上からなんだよ…。…夜中に、電話が入ってたんだ」

『へー』

「もちろん俺も寝てたし気づかなくて、朝起きたら履歴があったから、何かあったのかと思ってここに来たんだ」

『ふーん』

「扉叩いても返事がないから、もしかして倒れてるんじゃないかとか思って、手をかけたら鍵がかかってなかったからすぐ開いて中に入った」

『鍵かけ忘れてたのか、気をつけんわ』

「まあ何もないと思うけど、海外だし用心に越したことはないからな。…それで、来栖がベッドの上にいたから近寄って、普通に寝てて、起こそうと思って声をかけたんだよ」

風丸は手を止めて、唇を結うとまた開く。

「軽く声をかけただけじゃ全然起きなくて、手をかけて揺らして、そしたら、引きずり込まれた」

『は?』

「は、じゃないんだよ。腕掴まれて引っ張りこまれて、気づいたら布団の中だった」

『うわ、マジかァ』

「マジかはこっちの台詞だ。本当に驚いたんだからな」

『あー…、わるかった』

「……はぁ、その様子じゃ本当になんにも覚えてなさそうだから一応続けるぞ」

思い出したように三枚目の湿布を体に貼り付けた風丸は四枚目も取り出す。

「抱え込まれてどうにか引き剥がそうとしたけどお前のが力が強くて、何回も声をかけながら叩いてたら…その、」

ぐしゃりと手に持ってる湿布が音を立てて、握られた湿布に言葉を待っていれば視線をうろうろさせてた風丸は観念したように目を瞑って、勢い良く息を吸って、吐いた。

「き、キスされて、」

『、は?』

「その、いや、あの、俺も、気のせいかと、思ったんだけど、なんか、おでことか、頬とか、その、口とか」

『…………、やってんなァ』

「っ、やってるなどころじゃない!まったく!!普段どんなことしてるか知らないけど!俺を恋人と間違えるな!!」

『あー、うーん、そうだなァ…』

「おかげでこっちはファーストキス失ってるんだぞ!!どう責任取るんだ!!」

『そこに関しては無理だから謝るしかねぇんだよなァ。申し訳なかった』

「っ〜!このバカ!」

ばしっと湿布が叩きつけられて背中がしびれる。布団に突っ伏して息を詰め、痛みに堪えていれば顔を真っ赤にしてる風丸がはっとしたように体を支えて起こした。

「す、すまん、勢い余った」

『んや、別にいい…』

じんじんとした痛みは思えばそのときにベッドから蹴落とされたときにも似たような痛みがあった。あの日に喰らったビンタに関しても腑に落ちた。

思い出して照れてるのか顔の赤い風丸に息を吐いて、目を合わせる。

『ほんと、悪かった』

「………こんな時だけ真面目に謝るなよ、バカ」

『こういう時だから真面目に謝るんだろ?』

「……根暗、不登校児、不良、社会不適合者、節操なし」

『まぁ否定はしねぇな』

「否定しろよ、バカ」

俯いた風丸はぐちゃぐちゃになってる湿布を更に握りしめて、ぐっと顔にも力を入れて感情を堪えると俺を睨んだ。

「来栖のバカ、絶対に許さない」

『そうだな』

「…受け入れるなよ」

『普通に申し訳ねぇなと思ってるし、どうにかできるような問題でもねーだろ?風丸が怒るのも、まぁ、わかんし』

「………バカ」

風丸がゆっくりと手を開いて、持ってたものを落とす。湿布はもとの形は残ってなくて、使い物にならないくらいに丸まってる。

空にした手を風丸は伸ばして、俺の腕に触れた。

「なぁ、来栖」

『なに』

「…一つ、教えてくれ」

『……なんだ』

「お前、あのとき____…っ!」

紡がれた名前に手を伸ばして、風丸を押し倒す。口元を押さえ付けてそれ以上なにも言えないようにして、上半身に体重をかけて押さえ込みながら息を吐いた。

『…その名前を出すな』

「っ、んん、っ」

驚いたように目を丸くしてた風丸が頷いたから手を離す。自由にした口に風丸は息をして、眉根を寄せた。

「なんだよ!急に!」

『…彼奴の名前を、俺の前で出すな』

「はぁ…?恋人の名前だろ?」

『……ちげぇ』

「違うって…でもお前あの時その人と俺を間違えたんだろ?」

『違う』

「……………」

『違うから、出すな』

「…はあ。わかったよ、名前は出さない、これでいいか?」

頷く。風丸は意味がわからんと眉根を寄せていて、じっと俺を見てる。

「お前元カノとかかもしれないけど、元カノと間違えて俺を襲うのはやめろよ」

『………元カノでもねぇ。つーかそいつと俺は恋人なんかじゃねぇし、間違えたのは本当だから謝んけど、彼奴と俺はそういうんじゃねぇから名前ごと忘れろ』

「いやいや、あんな甘ったるい空気出してたくせに…」

『忘れろ』

「お前、俺に怒られてる立場なの忘れてないか??」

『………お前こそ、』

ぐっと体重をかけ直して、手も拘束して、顔を近づける。鼻先が触れるかどうかの距離まで顔を合わせて、見据えた。

『今、どういう状況なのか、わかってんの?』

「、」

思い出したように動こうとするけど、なんの訓練も受けてない人を押さえ込むのなんて造作もない。

『そんなことがあってよくのこのこ人の部屋に上がったなァ?』

「そ、それは」

『それともなに?こういうふうになんの、期待してたァ?』

わざと耳に口を寄せて音を鳴らせばビクリと肩が揺れて一気に赤くなる。

「その、俺っ、そういうんじゃないし!!」

『なにがァ?』

「んんん、だから!俺!別にそういうの期待してたわけじゃない!!」

『じゃあ何しに来た訳?』

「な、なにって、だから、それは…その…」

ぐるぐると視線を泳がせて、見下ろしていれば、あ、と間の抜けた声が落ちた。風丸の表情が落ち着いて、俺を見つめる。

「…違うな」

『はぁ?』

「…来栖、大丈夫だ」

『なに、』

「大丈夫だから」

『…とうとうおかしくなったか?』

「はぁ、またすぐそういう言い方する」

呆れたみたいに笑った風丸が怖くて、思わず逃げようと手を離せばその腕は俺の頭を抱える。

『、』

「大丈夫だ。俺はそんなことで傷つかないし、来栖も傷つく必要なんてない」

『はなせ、』

「いやだ。お前すぐに可愛げないことばっかいって人を突き放そうとするだろ。ちょっといいからこのまま話聞け」

ぽんぽんと優しく頭が撫でられて、顔が胸元に押し付けられればふわりと、嗅いだことのない石鹸の匂いがする。

「俺はお前から逃げないよ。だから、大丈夫だ。怖くない。いい子だから、落ち着け」

宥めるような柔らかい声。包まれてる温みに思考が鈍って、声が出ない。

しばらく頭を撫でてた風丸は息を吸った。

「嫌なことは聞かない。でも、困ったことがあれば頼ってほしい。もう二年も一緒に居るんだ、来栖のことはわかるから安心して話してくれ」

『………思い上がりも甚だしいっつーの』

「何言ってるんだ、俺と木野ほどお前の面倒みてる奴居ないぞ?」

『…別に面倒見られなくても生きてんけど』

「まったく、またそうやって強がる。来栖は一人だと寂しいだろ?」

『別に』

「ほら、やっぱり」

『、』

手に力を入れて胸を押して離れようとすれば、逆に肩が押された。はっとするより早く天井が見えて、風丸が笑う。

「来栖、大丈夫だ。怖くない」

押さえ付けられてるわけでもないし、突き飛ばせば簡単に逃げられる。それでもなにもする気が起きなくて、息をした瞬間に髪が撫でられた。

「大丈夫だぞ、来栖」

『……………』

歪みはじめた風丸の顔に、風丸は笑いを零して、その瞬間に、がちゃりと音がした。

「来栖ー!!」

「え、」

『、』

「あれ?かぜま、………」

「は、…………」

見えたのはオレンジ色のバンダナと、頭頂部で揺れる茶髪。固まった二人にばっと風丸が起き上がった。

「まままままって、まってくれ!これには訳が!」

「かかかかかか?!!」

「…………」

「え!あ、来栖と、え、もしかして風丸、付き合ってたのか!?」

「待ってちが、違うんだ!円堂!!」

「ご、ごめん、急に扉開けて!!」

「、風丸…お前、そうだったのか…」

「鬼道?!違う!!違うから!待ってくれ!!」

顔を真っ赤にして叫ぶ風丸と誤解を加速させて騒いだ円堂にひと気が集まって、扉の隙間から覗いたことで顔色を変えた鬼道と気まずそうな基山、それから眉根を寄せる豪炎寺と人が集まって、思わず吹き出す。

『ぐ、っふ、ははははっ!まじやばい!!』

「笑い事じゃない!!」

『最高すぎんだけど!』

「笑ってないでなんとかしてくれ!!!」

腹の底から叫んだ風丸に滲んでる目元を拭って、見上げる。

『とりあえず俺の上から退けばァ?』

「、すまん!」

『っと』

即座に飛び退いて立った風丸に、上半身を起こす。急に起き上がってぐらついた視界に目を閉じて落ち着けて、目を開き直せば全員が言葉を失った。

「……………風丸」

一人、染岡が気まずそうに目を逸らして、口を開いた。

「その…いくら付き合ってても、その痣はちょっと、やべぇと思うぜ」

「だから!!違う!!!!」

『ぶふっ、!』

「笑ってないで!どうにかしてくれってば!!」

『は〜?どうにかって言われても、』

「諧音おおお!!!」

『あ、やべぇ』

聞こえた怒号に即座に立ち上がって服と携帯を取る。瞬時に辺りを見渡して靴もひっ掴んで、窓に手をかけたところで聞こえてきた足音が出入り口の人混みを退かした。

「あれほど選手に手を出すなと言ったのになにをし、あ!待てっ!逃げるなっ!!」

『やーだね』

窓から飛び出す。鬼の形相の道也の手が宙を切って、着地してから靴を履く。シャツを羽織りながら前のボタンを閉じて、携帯を取り出した。

呼び出すのは一人。

『せい!迎え!!』

「は?急に…どこに行けばいい」

『送る!』

「まったく、また無茶振りを…」

仕方なさそうな言葉に喜色をのせて、視界に映った追いかけてくる姿を撒くために走り出した。

道也が何か言ったのか、それとも学生特有の悪ノリか、ほとんどのイナズマジャパンの面子が追いかけに来てて特に条助の殺気が強くてやばい。

「なんで逃げるんだ!来栖ー!」

『説教が嫌だからに決まってんだろ!!』

本気を出したサッカー選手に追い掛け回されるのは普通に苦行だ。数えたところ八人。鬼道と基山が頭を使って回り込むように指示を出してきてるからそれを回避しつつ、橋の上で両サイドから挟まれた。

「ふっ、もう逃げ道はない、観念するんだな」

『どこの悪役だよ』

鬼道の自慢げな台詞と笑み。豪炎寺と条助がじりじりと右と左からそれぞれ寄ってきていて、口角を上げる。

「え、な、なんで笑ってんの?」

「お、追い詰められてるのに…」

『はぁ?どいつもこいつも詰めがあめぇなァ』

一年生組が狼狽える。鬼道と基山は警戒して、円堂や佐久間は不思議そうな顔をした。

『追い詰められるっつーのは丸裸にされて手足を縛られて声も出せねぇような状態ではじめて言うんだよ』

欄干に登って、飛び降りる。加速してきてた車が一瞬、速度を緩めた。

「待たせたな、ハニー!!」

『愛してんぜ!ダーリン!』

天井のない車に飛び込めば抱えられて、そのまま車が走り出す。

後ろで、え?!車とかあり!??ダーリンってなんだよおおおお!!と数人の叫びが木霊して、腕をせいの首元に回した。

『最高のタイミングだなァ』

「だろう?」

ふふんと満足げなせいに、よくやったと唇を合わせる。運転手は顔色一つ変えずに運転を続け、日本エリアを離れた。

「どこに行きたい?」

『あー、とりあえず寮に連れ戻されなきゃなんでもいい』

「なにをしたんだ?」

『半裸んときにチームメイトに押し倒されてるの見たキャプテンが大騒ぎしたせいで誤解した道也がガチぎれで日本エリア全域鬼ごっこ』

「はぁ?大丈夫なのか?」

『今回のは冤罪だから大丈夫だけど、今から誤解とくのめんどくせぇし、一応被害者側だから高みの見物きめる』

「悪い奴だ」

笑ったせいは運転手に指示を飛ばして、車が方向を変える。軽快に走る車に街並みは変わっていって、レンガ調のそこに見覚えがあんなァと頭を預けた。

『なんでイギリス?』

「ハニーとドライブでもしようと思ってな」

『うわ、うぜぇ』

「満更でもないだろ?夜景でも見に行こう」

髪に唇が落とされて、甘ったるい空気に笑いが溢れる。

『死ぬほどキザでうぜぇ』

「こういうのが好きなくせに何を言ってるんだ?」

当たり前みたいな顔で返されて息を吐く。一度目を瞑って息をすれば髪が撫でられて、緩やかになり始めた車の速度に目を開けた。

『、きれい…』

イギリスエリアの対岸、海に反射して光る照明は水面で微かに揺れて輝いていて、車がすっと止まった。

「諧音、行くぞ」

『おー』

腕を外して膝の上から降りる。車からも離れて、先導されるままに歩いて、入った塔の中をエレベーターで上がってく。

ガラス張りの壁に各階層の様子が見えるものの、どこもかしこも同じような見た目で首を傾げた。

『なにここ?』

「有名な観光スポットだ」

『ふぅん?…有名っつーわりには静かだし…誰もいなくね?』

「当たり前だ。貸し切ったからな」

『金の無駄遣いすぎんだろ』

「諧音のために使う金に無駄なんて一つもあるわけないが?」

『あっそォ』

すっとわずかな浮遊感のあとにエレベーターが止まって扉が開く。

せいが左手を差し出した。

「お手をどうぞ」

『お前ほんとそういうの好きだな?』

重ねてやって歩きだす。最上階らしいそこで、ふわりと風が吹いて髪を揺らした。

『へぇ…!』

「初めて来たが…すごいな…!」

塔の頂上、イギリスエリアの端にあるらしいそこは辺りが一望できる。明るいうちに来た遊園地や、カフェ、それから遠くには隣接してるイタリアエリアや他のエリアの光も輝いてた。

夜とはいえ海辺で南に近いからか夜風は冷たすぎず、心地よい。髪が撫でられる感覚と視界いっぱいに広がる灯りに目を細めて、口元を緩めた。

『せい、きれいだな』

「ああ」

目を輝かせてるせいにそのまま笑って、エスコートのために握られてた手に力が込められる。

せいはどうしてか険しい顔をしていて、目を瞬いた。

『せい?』

「………諧音、………。」

言葉を紡ごうとして、息を吐いて目を逸らす。せいの違和感に口を開こうとすれば繋いでいない手が伸びて来て、俺のポケットから携帯を抜いた。

「諧音、これが喧しくて雰囲気が台無しなんだが?」

『どーせ道也の鬼電と風丸のヘルプだろ。ほっとけ』

「はあ。可哀想だからその誤解を生み出してる人間にだけは返事をしてやったらどうだ?」

『そしたらそのまんま捕まりそうだしやだ』

「可哀想に」

そう言いながら容赦なく携帯の電源を落としたせいは同情はしていないらしい。

代わりに取り出した自分の携帯を少しだけ触って、すぐにしまった。

「食事と入浴は?」

『済んでる』

「ならもう少しゆっくりしてから帰るか」

『いーんじゃね?』

携帯を俺のポケットに返して、視線を景色に戻したせいはぼんやりとしていて、なにかを迷ってる様子のせいに手を引いた。

「、諧音?」

『あっち側の景色も見てぇ』

「ああ、そうだな。見よう」

いつもの表情に戻ったせいと歩く。

高台は風も気持ちいいし、見晴らしもいい。

『ここいんと、なんか全部どーでもよくなってくるな』

「相変わらず高いところが好きだな」

『あ?馬鹿って言いてぇのか?』

「そんなことは言ってない」

肩を揺らして笑ってるせいは、俺の横に並びなおすと景色を眺めた。

「でも、そうだな…たしかに。…全て、どうでもよく感じる」

ふーっと息を吐いて、目を瞑ったせいに近寄る。

手を引いて、驚きで目を開けるのと同時に唇を重ねた。すぐさま驚きながらも俺の腰に腕を回して支えたせいに口を離せば丸くした目で俺をみつめてる。

「諧音??」

『……気が変わった』

「?」

『ダーリンと死ぬほどいちゃつきてぇ気分になったから二人きりになれる場所行こうぜ』

「……ふ、本当に諧音は勝手な奴だなぁ」

額に唇が落とされて、髪が撫でられる。

「かわいいハニーのおねだりも叶えられないようじゃ嗣氏の名が廃る。諧音、俺がどこにでも連れて行ってやるよ」

『じゃあ適当に食いもん買い込んで部屋こもる』

「腹が減ってるのか?」

『俺は普通。飯食ってねぇのお前だろ?何食いてぇんだ?』

「……甘いもの」

『こんな時間に甘いもん食ってんとそのうち太んぞ?』

「その分夜に動くからいいんだ」

『うわぁ、下品。嗣氏の名が泣いてんわ』

「言わせたのお前なんだが?」

『人のせいにすんじゃねぇよ』

「はあ、わがままなハニーだ」

やれやれとわざとらしく息を吐いたせいは俺の手を取り直す。同時に歩き出した。

塔を降りて、また車に乗りこむ。行き道とは違い普通に横に座って、まっすぐとどこかに向かってるらしい車の外を見た。

『明日何時に帰んかなァ』

「誤解をとくなら早いほうがいいんじゃないか?」

『めんどくさ』

「道也さんも大変だな」

くすくす笑ってるせいに息を吐く。

なんとなく逃げてしまったけど、あの場で誤解をといたほうが楽だったような気もするし、そもそも置いてきてしまった風丸に条助が暴走してないか少しだけ心配だ。

あの場で直接見ていたのは円堂、不動、鬼道、豪炎寺、基山。それから後に来た染岡、立向居。条助に変な伝え方をしてなければ大丈夫だろうけど、第一発見者の声が大きいし危ないかなと思ったところで、思い出す。

円堂と不動は、なんのために俺の部屋に来たんだろうか

わざわざ二人で俺の部屋に来る用事が思い当たらずに眉根を寄せて、その瞬間につんっと眉間が突かれた。

「険しい顔をしてるぞ」

『あー、考え事ォ』

「大変そうだな」

『んや、そーでもォ…』

すっと静かにスピードが緩んで、車が止まる。ついたそこは大きな建物で、扉が開けられて先に降りたせいが手を差し出すから重ねて降りた。

『どこだ?』

「俺がここで拠点にしているホテルだ。父もいるが顔を見せるか?」

『急すぎねぇか?正気かよ』

「諧音なら大丈夫だ。連絡を入れておくから後で顔を合わせよう」

『なら服貸せ』

「わかった」

建物の中に入れば慣れたように廊下を歩く。絨毯の敷かれたホテルの床は音が立たなくて、せいは機嫌が良さそうに口角を上げていて、小さな頃と同じ表情に目を細める。

「諧音、どの服がいい?」

『あー…は?多くね?』

「この間スーツと一緒に用意しておいた。好きなのを選べ」

入った部屋は衣装部屋だったらしい。広がる洋服は和洋混ざっていて、形も色も何種類もある。

布の量に、大きく息を吐いた。

『流石にこれは無駄遣いだなァ』

「安心しろ、ちゃんと日本に送る」

『日本でそんな着る予定ねぇっつーのォ…』

こんなところで大量に出費してると思ってもいなかった。

部屋一面の洋服にどれにする?と何食わぬ顔で聞いてくるから、もう一度息を吐いて手を伸ばした。


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