イナイレ
「すっげー!」
「おっきいお城がありますよ!」
「あ!ジェットコースター!すごい長いですよ!!」
『………はあ』
既にラフなシャツとズボンの姿だった円堂は持っていたサッカーボールを俺の部屋に置くだけで準備は整って、四人で寮を出た。
イギリスエリアに向かうバスの中で虎と立向居がここに行くんですよ!とパンフレットを見せていてその時からだいぶテンションは高かったけど、実際その場所について目の前にそびえたつレンガ調の城や園内を一周するように敷かれたジェットコースターのレーン、あたりから届く甘い香りや賑やかな音楽に三人のテンションは最高潮に達して歓声を上げてた。
はしゃぎたおしてる三人の居場所を見失わないように確認しつつ、チケットを四人分購入して、手首にバンドを巻くタイプらしいそれを受け取り三人の元に戻る。
『ほら、中入んのも乗るのにもいるから手ぇ出せ』
「「「はーい!」」」
小六と中一と中二。一人は俺と同い年のはずだけど揃った声と同じテンションの高さに、楽しむよりも先に迷子の心配がくる。
全員の手首にバンドをつけてやって、三人に目を合わせた。
『知らない人についていかない。必ず二人以上で行動する。迷子になったらその場から動かず電話。目印にはなるもんを確認して伝える。いいな』
「はい!」
「わかりました!」
「おう!」
『ほんとにわかってんのか…?』
すでに視線が遊園地内に向いていて浮足立ってる三人に注意するのも馬鹿らしくなってしまって、諦める。
『何から乗んのォ?』
「諧音さん!諧音さん!あのジェットコースターが一番人気らしいですよ!」
「開演直後はそんなに並ばないらしいので行きましょ!」
「楽しそうだな!来栖!」
『おー、そーだなァ』
いざとなったら全員から目を離さないようにするしかない。
虎と立向居に手を引かれ、背中を円堂に押されて足を進める。大抵の遊園地の目玉はジェットコースターで、ここも例に漏れないらしい。
少し奥に進んだ場所にあるそのアトラクションは入り口に大体の待ち時間が表示されていて15分前後と比較的短い時間が掲示されてた。
「並びましょ!」
キラキラの目でジェットコースターを見上げる三人に待機列の一番後ろについて、俺達の後ろにも同じように人が並ぶ。
「俺!今日すっごく楽しみで!昨日全然眠れなかったです!」
「実は俺も…わくわくしちゃって色々考えてたら深夜でした…」
『大丈夫かよ?体調きつくなったら言えよ』
「大丈夫です!ご迷惑はおかけしません!」
「そのときは少しベンチにいればすぐ回復します!」
『試合じゃねぇんだけど…?お前らへのお礼なんだから主役がいねーと仕方ないだろ。まぁそんときはレストランとか入ってもいいし、隠さず教えろ』
迷子とは別の心配が現れてより一層しっかり見てないといけないなと気を引き締める。
隣に居た円堂がぱちぱちと目をまたたいて首を傾げた。
「お礼って…、そういえば三人で遊び行くの初めて見るけどどーいう感じなんだ?」
『虎と立向居がこれくれたからそのお礼』
「あ!ミサンガだ!すげぇ!上手だな二人とも!」
「頑張りましたからね!」
「お揃いなんです」
「そういうことか!」
俺の手首と二人の差し出された手首、同じ色が結ばれてるのに円堂は俺を見上げて頷いた。
「来栖も嬉しそうだし、よかったな!うん!これは張り切って遊ばないとだ!」
遊び倒すぞー!と手を上げる円堂に、おー!と同意するのは虎と立向居で、目を逸らす。
『…前、進んでんぞ』
「あ!ほんとだ!」
「着々と乗り場に近づいてますね!」
「うあああ!楽しみです!」
同じレベルではしゃぐ三人に目を細める。
どれだけタイミングが悪くて能天気で、声がでかくてガサツでも、くさってもキャプテンらしい。逆にその底抜けの明るさが他の奴らがついていく理由なんだろう。
本能で人を見ているというか、直感で反応しているというか、あんまり深く考えてなさそうなのに真意を見切るのがうまい。
俺には真似できないそれは、彼奴に似てるなと思う。
いつの間にか乗り口で、虎と立向居が一番前に、二番目に俺と円堂が乗り込んでた。
「なあなあ、来栖」
『あ?』
「来栖って、ジェットコースター得意?」
『普通』
カタカタカタと独特の音を立てて斜めになり登り始めた車体に、前の虎と立向居からわぁー!と歓喜の声が届いて、隣の円堂は表情を引きつらせてた。
『……は?お前もしかして、』
カッと短い音がして、一瞬の間のあとに風と浮遊感に襲われた。
「「わー!」」
「うあああああ!!」
『っ』
歓声、悲鳴、それからかかる圧。勢いよく左右に曲がるたびに揺れるジェットコースターにがんがんと円堂がぶつかって、三回目で抱えるように押さえ込む。
『いてぇ!』
「だっだって!うわああああ!!」
今度は勢い良く上がってそのまま落ちて、円堂が悲鳴を上げなら手から離れてしまったバーに再度掴まるのを諦めて俺にしがみつく。
『てめぇまじふざけんなよ!』
「あああああ助けて来栖ーっ!!」
回された腕の強さに内臓が押し出されそうだし、上下左右に揺れるコースターに目が回る。
ガッと音がして、円堂がまさか…と零す。
最初と同じようにカタカタと音を立てながら登っていくジェットコースターに円堂は涙目で俺を見上げた。
「くくくくくるす、もしかして」
『登ってるから落ちんだろうな』
「やっぱり…っ!」
『…はあ〜。これで最後だしもうこのままでいいからおとなしくしてろ…』
「う、」
さっきも聞いた、カッと音がして、虎と立向居が両手をあげた。
「「きゃー!!」」
「あああああ!!!」
『はあ…』
一列前の楽しそうな声をかき消すほどの腹の底からの絶叫。回されてる腕は死ぬほど力が入ってて締め落とそうとしてきてるのかと思うくらいで、後で痣になるかもしれない。
しがみつくのに必死過ぎる円堂の頭が座席にぶつかってこれ以上騒がないように手を回して、終わるのを待つ。
実際は三分もないだろうに、体感十分以上の疲労と痛みを得て、車体が一度止まった。降り口が先に見える。
「はー!たのしかった!!」
「思いっきり叫べましたね!!」
「く…来栖…」
『てめぇとは二度と乗らねぇ』
前の楽しそうな会話に二人は後ろの惨状に気づかなかったらしい。
キャプテンの威厳は保てたであろうそれに添えてた手を離して睨めば、円堂も腕を離してバーに凭れる。
「あー…死ぬかと思った…」
『こっちが殺されるかと思ったんだがァ?』
「う、ご、ごめんなさい…」
『………ったく、苦手なら先言えよ』
「で、でも、二人とも楽しそうだったし…俺だけ苦手って言えなかった…」
ごめんともう一度零す円堂に息を吐く。ポケットからハンカチを取り出して、目元に押し付けてから外した。
「んぇ、来栖?」
『後で飲み物奢れ。それで許してやる』
「〜っ!ありがとう!!」
『うるせぇ、声のボリューム下げろ』
ゆっくりと進んだ車体が降り口に到達して、バーが上がる。立ち上がって降りれば二人がぱっと笑った。
「「楽しかったですね!!」」
「おう!すごく早かったな!!」
『あー、だな。つーか二人とも絶叫系好きなんだな』
「がって落ちる感じが風って感じで楽しいです!」
「ハラハラする感じが好きなんです!」
興奮してるのか血色のいい二人に、円堂の表情は引き攣ったままで、出口にたどり着くと次はこっちですよ!と誘導される。三分と経たずにたどり着いたそこに、隣を見た。
「こっちは二番人気なんです!」
「さっきのより少し短いんですけど、その代わり高低差がえぐいらしくて!!」
「「いきましょ!!」」
すでに見えてるコースは上下に激しく波打っていて、円堂が笑顔のまま顔を青くして、俺を見た。
「な、なぁ、来栖、お菓子も、つける、から」
『ほんとくそ…』
さっきの力を虎と立向居が受けたら死ぬまでとはいかずとも楽しい空気はぶち壊しになるだろうし、このあとに支障が出るのは間違いない。
先に進んではやくー!と手を振る二人に諦めて足を動かして、もう一度地獄を味わうことが確定した。
追加で三個地獄を味わって、叫び疲れたらしい二人の喉が渇いたからカフェに入る。
席取りを二人に任せて、隣にいる円堂は二人が見えなくなるなり口元を押さえた。
『大丈夫かァ?』
「……ぅ、…、」
見るからに悪い顔色。脳がまだ揺れてるのか視線が虚ろで本来なら座って休んだほうがいいだろうけど、あの二人の前であからさまに体調が悪いのを見せるのは抵抗があるらしい。
いつもならば気づいたかもしれないが遊園地にテンションが上がってる二人は円堂の様子に気づかなくて、隠しているのもあったとはいえ無理に連れ回したことを知れば二人とも責任を感じるだろう。
それなりに混んでる会計レジは進みがあまりよくなくて、息を吐いて右手を広げる。
『とりあえず寄りかかるか?』
「う、うん…ありがとな…」
とんっとかかった重みは低い位置で、円堂は思っていたより身長が高くない。普段は大きな声と迫力で大きく見えてただけらしい。
寄りかからせながら携帯に触れる。虎と立向居に少し掛かりそうと追加で送って、来た順番に顔を上げた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」
飲み物を四つと別に氷を頼む。
ぐったりしてる円堂を連れてトレーを受け取って、一度ひと気の少ない邪魔にならなそうな端に寄った。
『円堂、これ目元にあてろ』
「んん」
氷をつつんだハンカチを渡して、押さえさせて、ついでに右手を取り手のひらを押す。
「ん、?」
『飲み物は飲めそうか』
「うん」
『口開けろ』
「あ」
ストローの刺さったカップを一つ持ち上げる。唇に当てるように置いてやれば口をとじて、白色の筒を上がっていく黒色の液体を見届ける。口が離されたからまた手のひらの決まった場所を押して、深呼吸を数回繰り返してた円堂が、不意に氷を外した。
「なんかむっちゃ楽になった!」
『そーかよ』
「ありがとな!来栖!」
『ん。虎と立向居待ってんから行くぞ』
「おう!」
空腹や連続したジェットコースターの乗り物酔い、人混みといろいろ重なったのが良くなかったんだろう。
だいぶ顔色の戻った円堂にトレーを持ち直して、聞いていた場所に向かえば顔を上げた二人が手を振った。
「ありがとうございます!諧音さん!円堂さん!」
『待たせたなァ。場所取り助かった』
「やっぱ時間なのか混んでますね!」
「俺達みたいにある程度乗って、一休みしてるのかもな!」
トレーを置いて頼まれていたものをそれぞれの前に分配する。丸いテーブルは座れば全員の顔を見ることができて、俺も喉が渇いてたからドリンクに口をつけた。
「ん〜!生き返る〜!」
「叫びすぎて喉カラカラでしたもんね!」
笑い合う二人に円堂もストローに口をつけて、あれ?と俺を見た。
「これお茶?」
『お前最初ウーロン茶って言ってただろ』
「でもさっき飲んだのコーラじゃなかったか?」
『それは俺の』
「んん?」
『…乗り物酔いには炭酸のがいいんだよ』
「あ!なるほど!」
小さな声で溢せば合点が行ったようでありがとな!とまた礼を言われて、二人がジェットコースター談義から帰ってきて不思議そうに俺達を見る。
「なにかありましたか?」
「あ、えっと、」
『次は何乗んのか決まってんのォ?』
「まだです!どこにしますか!諧音さん!」
『マップ見して』
「はい!」
隣の虎が椅子をずらしてピッタリとくっつきマップを広げる。
『あとどれ乗りたいんだ?』
「えっと、この船のやつと回るのと、あと飛ぶやつは乗りたいです!」
『立向居はァ?』
「俺も同じです!あ、でも最後にもう一回ジェットコースター乗りたいです!」
「よし!全部回ろう!」
『…、ならこの順で回ってくか』
「「はい!」」
楽しそうな二人の姿に予想通り否定をしなかった円堂に心中で息を吐いて流れを考える。
円堂のあれがジェットコースターのみなのか、それとも浮遊系が苦手なのかで休憩を挟むか変わるが大体の流れは決まった。
ちょうどよく飲み物が底をついたところで立ち上がって、一旦手洗いに立った虎と立向居に残ってる円堂を見る。
『お前苦手なのはジェットコースターだけか?』
「んー、うん、たぶん」
『船のやつと飛行機のやつは前後と上下に揺れんけどそれは酔わねぇのか』
「何回も乗らなければ平気!」
『なら虎と立向居の隣でも平気だな』
「おう!ありがとな!」
『別に』
ならだめなのはジェットコースターだけで最後だけまた隣になればいいかと、出てきた二人と合流して歩き出す。
一番近い海賊船を模したそれに乗り込んで、全員同じ向きに一列で並んで、端に座れば隣は虎、その横に立向居、円堂と並んだ。
「わくわくしますね!」
『おー。つーかちゃんとベルトしたのか?』
「んもう!してますよ!お子様扱いしないでください!」
『はしゃいでんから忘れてるかと思ったァ』
「諧音さんっ」
ぷくりと膨らむ頬を指でついて空気を抜いて、開始の合図のブザーにブザーにバーに掴まった。
音を立ててゆっくりと揺れだす。振り子のように動いて徐々に距離を伸ばして、最終的には地上に対してほぼ90° になった姿勢に虎と立向居が歓喜の声を上げて円堂もすげぇ!と楽しそうに叫んだ。
小さめの飛行機の形を模した空を回るアトラクション、それから小さめの同じ場所をくるくる回るコースターに乗って、目についたやつにも乗りつつ建物の前に立った。
「………ほんとに入るんですか?」
「えー!せっかくきたし!入りましょうよ!」
虎と立向居の温度感はだいぶ違うらしい。初めて意見が割れた様子に円堂は無理しなくてもいいんじゃないか?と立向居に声をかけて、虎がキラキラした目を向けたことに結局押し負けたらしく四人で入った。
暗く寒い。古典的なウォークスルータイプのお化け屋敷は墓がモチーフらしい。扉が閉まるなり立向居が大きく肩を揺らして、その横で円堂もわっと小さく声を漏らして、虎もごくりと唾を飲む。
「な、なかなか雰囲気ありますね…」
「だ、だな…」
今更怖くなってきたらしい二人に息を吐いて、立向居の手を取る。
『とりあえず進まねぇと出れねぇから、行くぞ』
「そ、そうだな!」
「そ、そうですね!」
恐る恐ると進み始めた二人に自然と歩みの遅い立向居と歩く俺は後ろになって、四人でそろそろと進む。
お化け屋敷と迷路が混ざったような造りらしい室内に、天井は塞がれていないから俯瞰で道を見る。
時折聞こえる遠くからの悲鳴は他の参加者か録音だろう。三人が大きく肩を揺らして一瞬足を止めてと繰り返しながら進んで、前の二人が足を止めた。
「やばいですやばいです」
「やばいやばい」
『何言ってんだァ…?』
少し先に見えるのは老婆のような見た目の脅かし役で、二人の泳ぐ目と立向居の手汗に勘弁しろと息を吐く。
「ぜぜぜぜったいあれうごくやつ」
「おおおおおいかけてきたらどうしよ」
「、…むり」
『…お前ら、』
すでにビビリ倒して足が動かせてない立向居に気づいて口を開こうとして、先に虎が一歩進んでしまった。
「あぁぁぁっ!!」
「「うわあああ!!!!!??」」
『ば、まっ』
「ひぃっ」
動き出した脅かし役に弾かれたように虎と円堂が走り出して、腰が抜けたのか屈んでしまった立向居にしがみつかれて追うこともできず、二人が走った先で他の奴に驚かされて分離したのが見えた。
『あの馬鹿ども!!』
「ひ、うっ、かいと、さんっ」
『大丈夫だ、落ち着け』
「っう」
お化け役は一定距離追いかけると扉から別の場所に入り、また戻ってくる仕組みらしい。立向居を支えながら立たせて、頭を撫でる。
『背中はっついて目ぇ閉じてろ。出口まで連れてってやる』
「はいっ」
バイクでも乗るみたいに後ろにくっついて腹に腕が回される。がたがたと震える手に辺りを見渡して、とりあえず左へと進む。
時折聞こえる悲鳴に立向居がひびるものの、見えない分マシなのか足は止めない。
たまにいる脅かし役を無視しながら歩いていって、行き止まりで膝を抱えてぐすぐすと鼻を鳴らす塊に近寄った。
『虎』
「諧音さああああん」
『んなにびびんなら最初から入んなよ、ったく』
「だってええええ」
引っ張りだしたティッシュで鼻をかませてハンカチで目元を拭う。
背中にくっついてる立向居が微かに顔を上げた。
「と、虎丸、見つかってよかった…!」
「立向居さんんごめんなさいいい」
びゃーびゃー泣く虎に一旦立向居を剥がして上着を脱ぐ。背中に今度は虎をひっつけ、上着を被せた立向居の手を掴む。
『お前も目ぇむってろ、間違っても走ってくんじゃねぇぞ』
「はいいいい」
ぐずぐずと泣いてる虎を見て少し落ち着いたのか、立向居の震えは収まり始めてる。それでも再発されたら困るからフードを深く被らせて、また歩き出す。
最初の時点で左右に別れて走っていってしまっていたから、仕方なく来た道を戻って今度は右に進む。
墓場がモチーフだからか、左も右も海外式の墓石や銅像が並んでいて、驚かし役もゾンビのような見た目や枯れ枝みたいに細い奴らが多い。
避けられるものは避けつつ、とにかく探す。右側の道を一通り回って、舌打ちを零す。
『あのバカどこ行きやがった…!』
右に見当たらないとなると虎と同じ左か、もしくはその先に進んだことになる。
泣くのは収まったとはいえがたがたしてる二人をこれ以上連れ回すのは無理だろうと、まっすぐ出口に向かって進む。
右も左も最終的には一本の道に合流して出口につながるようになっているから、難なくたどり着いたところで強烈な明るさに一瞬目を細めて、開き直した。
「おかえりなさい。よくぞご無事で」
にっこりと微笑んで俺達を迎えるスタッフに息を吐く。
『すみません、中で一人はぐれてたので戻って連れてきてもいいですか』
「え、」
ぱちりと目を見開いたその人は俺にひっついてる二人の怯えようになにかを察したように苦笑いを零して、インカムを押さえた。
「もしよろしければスタッフがお探しいたしますが…」
『たぶんすぐ見つかると思うので大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ないです』
「いいえ、なにかございましたらすぐおっしゃってくださいね」
二人を出口すぐ近くのベンチに座らせて、1回ずつ頭を撫でる。
『俺はあのバカ探してくんから、いい子で待ってろよ』
「「はい」」
『いー返事だァ』
もう一度頭を撫でて、スタッフに頭を下げて中に戻る。薄暗い敷地の中、息を吐いてから意識して視界を広げる。
ばたばたきょろきょろと動き回ってるそれを見つけて歩き出す。時折すれ違う別の客の迷惑にならないよう避けつつ進んで、追いかける側から勝手に動く円堂に舌打ちを零して足を早めた。
行き止まりへと向かっていく円堂の背中をほぼ駆けるような速さで追いかけて、円堂が俺の足音に気づいてか肩を揺らして逃げ出そうとした瞬間に走って、手を伸ばした。
『動きまわんじゃねぇ!』
「っ、来栖〜!!」
俺を目視して情けない声を出す円堂にぷつりと血管が切れた音がした。
『迷子になったらその場にいろって言ったろ!!』
「虎丸探さなきゃと思って!!」
『てめぇが一番の迷子になってんだよ!!』
「え!じゃあ虎丸見つかったのか?!」
『あたりめぇだわ!外で立向居とてめぇを待ってんだよ!さっさと出んぞこのバカ!』
「あ、ま、置いてかないでくれ!」
『ここでてめぇ置いてったらなんのために戻ってきたんだよ!二回目はねぇぞ!きっちりついてこい!!』
「ままま待って!こわいこわい!」
『ほんっと!てめぇが!一番!手ぇかかんなァ!?』
頭のバンダナを引っ下げれば、え?!!と大きな戸惑いの声が上がって、首根っこを掴む。そのまま進めばうえ?!と後ろ向きに歩き始めて、驚かし役の人間たちもえ?と戸惑ってる。
「あ、おかえりなさい。お友達見つかったんですね!」
『はい。ご迷惑をおかけしました』
スタッフに一礼してそのまま引きずる。
後ろから戸惑うようについてきてる円堂に周りの人間も若干どよめいていて、視線を集めながらくっついてる二人の前に立ち、持ってたそれを勢い良く投げてベンチに叩きつけるように座らせた。
「うぇっ!?」
短い悲鳴を零した円堂のバンダナを掴んで、引き上げる。明るさにか目を白黒させる円堂の焦点が合う前に、足を振り上げてベンチの横に叩きつける。
『よく聞け、クソバンダナ』
「、」
『迷子になったらそこから動くな、じっとしてろ』
「は、はい…」
『次、言うこと聞かねぇで一回で見つかんなかったら、俺は置いていく。わかったな』
「はい…」
足を下ろす。がたがたとしてる円堂に、虎と立向居もかたかたとしていて、舌打ちを零してから三人に目を合わせた。びくりと大きく肩が揺れる。
『ここにいろ、いいな』
「「「はい!!」」」
統率された返事に背を向けて歩き出す。
周囲の視線を無視して進み、一番近いところで必要なものを用意して戻る。ある程度震えは収まったのか血色の戻ってきてる三人はしっかりとベンチにいて、俺を見るなり目を丸くした。
『とりあえず全員水分取れ。落ち着いたら次行く。それまで間違ってもチョロチョロすんなよ』
一人一個、さっきと同じ飲み物にはなってしまったけどカップを持たせて、自分の分のストローに口をつけようとして、三人が微動だりしないことに気づいて視線を落とす。固まってたうちの立向居がぱぁっと表情を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「諧音さんイケメン…!」
「…………俺、音無が言ってたことわかったかもしれない」
遠い目をした円堂が、でもたぶんこれはわかっちゃいけないやつだと更に零してストローに口をつける。
一番おとなしくて手のかからなかった立向居の頭を撫でながら水分補給をしていく。円堂の回収時に叫んだ喉が焼ける感覚。向かいも一通り叫んで泣いて騒いだ三人は冷たい飲み物で落ち着いたのを見て口を開いた。
『後なに乗んだァ』
「んえ、えっと、」
「あー…」
迷惑をかけた自覚のあるらしい二人が目を泳がせて、立向居が苦笑いを浮かべる。息を吐いて空のカップを回収する。
『さっき言ったこと覚えてれば別に何も言わねぇよ。一回目は許す。二回目は許さねぇ。以上だ』
「諧音さん…」
「来栖…」
『虎は後一回セーフだが、円堂はもうイエローカード出てんから次がレッドカード同時出し、退場だ。覚えておけ』
「え、」
『さっきも言ったろ、次はねぇ』
「う、うす…」
震える円堂を鼻で笑って、立向居が持ってるパンフレットを広げる。
『あー、ちけぇのだとそこの屋内コースターか?』
「屋内コースターは盲点でした!」
『対象年齢と身長的にそんな早くもなさそうだし、気分あげんのにちょうど良さそうだな』
「はい!」
立向居が大きく頷いて肯定するから手を取って立ち上がらせて、隣を見る。虎と円堂が目をまたたいていて、眉を上げた。
『なにボサッとしてんだァ?』
「「え、」」
『さっさと次のアトラクション乗んぞ。まだ行くとこもやることもあんだ、時間が足りなくなる』
「「……………」」
顔を見合わせた二人はぱっと笑って、勢い良く立ち上がった。
「行きましょ!」
「行こうぜ!来栖!」
『はしゃぎすぎて迷子になんじゃねぇぞォ』
すっかり元気を取り戻した二人に立向居が嬉しそうに表情を緩ませて、見失わないように歩き出した。
☓
「ただいまー!」
「お、円堂。おかえり」
「どこ行ってたんだ?」
「遊園地!」
「「遊園地?」」
先に飛び込んでいった円堂を迎え入れたのはなにやら話してたのか揃っていた風丸、染岡、鬼道、基山で、鬼道と基山が顔を合わせて目をまたたく。
「おう!これお土産!夜飯の後にみんなで食べようぜ!!」
「お土産っすか!?」
ぱっと顔を上げるのは近くにいて騒いでた壁山や栗松で、佐久間や小暮、土方も近寄ってくる。
夜飯の間近の食堂に人が集まってるタイミングで帰ってきたのは失敗だったらしい。
「えー!いいないいな!遊園地!」
「誰と行ってたんだ?」
「立向居と虎丸と来栖!」
「「え、来栖?」」
『あ?なんか文句あんのかよ』
思わずといったように聞き返されて眉根を寄せる。隣に居た虎と立向居がこてんと首を傾げて、鬼道と風丸が目を逸らした。
「わー!楽しそう!今度は私もご一緒したいです!」
「諧音くん、楽しかった?」
『ん、まあまあ』
「ふふ、そっか」
「諧音!次は俺も行きてぇ!」
『お前すぐ海行きたがんだろ』
「それはそれ!」
くっついてきた条助に、調理を終えたばかりで出てきた音無と冬花が話に混ざって、増えてた豪炎寺が虎丸の横で目を瞬く。
「遊園地行ってたのか、俺も行きたかった」
「そうだったんですね!じゃあ今度一緒に行きましょ!」
「とっても楽しかったので何回行ってもいいですよね!」
「だな!今度はみんなで行こう!」
『おー、楽しんでこい』
「「え?!行かないんですか!?」」
「行かないのか!?」
『てめぇとは二度と行かねぇ』
「ごめんって〜!」
結局あの後もちょこちょこふらふらと歩いたり立ち止まったりとしてた三人に、迷子とまでは行かなくとも拾いにいく手間が生じて無駄に疲れた。
「何があったの?」
『迷子になって動き回るバカとは行動したくねぇ』
「ああ…」
なにかを察したのか木野が苦い顔をして、受け取った食事に足を進めていつもの席につく。
目の前の不動が驚いたように目を丸くした
「…お前、あっちじゃなくていいのかよ」
『はぁ?なんで?』
「…それは…、」
目を逸らす。言葉を選んでる最中なのか迷ってる視線に、隣のテーブルに人が寄ってきたから顔を上げた。
『飛鷹』
「はい、なんですか?」
『今日お前こっち座れ』
「え?どうしたんです?」
『なんか問題あったか?』
「ないですけど…では失礼します」
向かいの列に腰掛けた飛鷹に不動は目をやってから俺を見て、持ってた袋から目的のものを取り出した。
「ぁ…」
「それ、お土産ですか?」
『おー、彼奴らの中に混ざって貰い行ったりすんのめんどいだろうし、お前ら用な』
「あ、ありがとうございます!いただきます!」
「…ありがと」
『んー』
円堂を中心に喧しい向こう側のテーブルでは遊園地やその後行ったカフェ、それから動物と戯れた話で盛り上がってるようで、一応かけられた号令に食事は始まったものの依然会話が弾んでるらしい。
比較的食事中に話すタイプじゃないらしい二人はあちらに目を向けるでもなく箸を進めていて、空になっても向こうは賑やかすぎてペースが遅れてるのか未だ食事を続けてた。
飛鷹がそっと視線を上げる。
「来栖さん、遊園地楽しかったですか?」
『まあまあ』
「何に乗ったんです?」
『ジェットコースターで始まって、たまにちげーもん挟みながら絶叫系制覇してまたジェットコースターで締めた』
「ふふ、楽しそうですね」
『飛鷹も絶叫好きなのか?』
「風が気持ちよくないですか?」
『あー…立向居と同じタイプだなァ』
「来栖さんはあまりお好きじゃないんですか?」
『俺は普通。ただ円堂とは二度と乗らねぇ』
「ああ、キャプテンが…?」
『ぜってぇ痣できてる。…後で部屋呼び出して湿布貼らせんか…』
風呂に入ったときにでも確認することにして立ち上がる。
『じゃ、仲良く食えよ』
「はい、ありがとうございます!」
「…ああ、ありがと」
トレーを持って返却口に置いて、出ていく前にまだ会話をしてるマネージャー席に寄る。
『冬花、配っとけ』
「うん。ありがとう」
持っていた袋を丸々と渡せば頷かれる。一緒に座ってる木野と音無は不思議そうに目を丸くしていて、何か言われる前に食堂を出た。
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