イナイレ
イギリス戦が終われば少しばっかり時間ができる。
ふと、日本に置いてきた顔を思い出してそのままメールを作り同時に送った。
すぐさま三通返ってきて、時差を考慮したって授業中のはずの向こうで何故こんなに即答できたのかと不真面目さに笑いが溢れる。
画面だけを切り替えていくつか調べ、それを添付して送る。
調べたところによれば最短七日でこちらにつくらしく、これならアルゼンチン戦は難しくともその次のアメリカ戦には間にあうだろう。
後半にあたるくらいのそれにすでにテンションの高いメールが何通も送られてきていて返信せずにそのまま置く。
目をつむって、体を倒せばベッドに受け止められた。
そのままもう一眠りしようかなと思ったところで、どんどんと扉が叩かれた。
「「諧音さぁーん!!」」
聞こえた声は二つ重なっていて、一つは元気に、もう一つは恐る恐るではあるけど大きな声で俺を呼ぶ。
仕方なく起き上がって扉を開ければ予想通りの二人がそこにいて、二人とも笑った。
「あ、あの!虎丸くんと考えたんですけど、」
「決まりました!」
きらきらの目。二人が揃って考えてくる内容といえば今日の朝の話の返事くらいで、時計を見れば晩飯の時間に近い。
『お前ら飯は?』
「あ!もうそんな時間ですね!」
「ええと、諧音さんはご飯は…?」
『あー、じゃあ話ししながら食うかァ?』
「いいんですか!?」
『ん、おう』
「わーい!行きましょ行きましょ!」
右手が虎に取られて、立向居が嬉しそうに横に並んでついてくる。三人で廊下を進んで食堂に入れば、お!と円堂が顔を上げた。
「おつかれ!三人で来たのか?」
「「お疲れ様です!」」
二人が元気に返事をする。円堂はもう風丸と鬼道と豪炎寺、染岡といった雷門面子と席についていて、虎が足を進めたから俺もついていく。
「三人分、お願いします!」
「あれ?今日は三人できたの?珍しい…仲良しだね?」
「はい!一緒にご飯食べながらお話するんです!」
木野に首を傾げられて立向居が嬉しそうに報告する。そうなんだぁと教師や親のように微笑ましそうに立向居と虎を見据えたあとに俺を見るから目をそらして、三人分の食事を携えていつもの席に座った。
「諧音さん!諧音さん!お話していいですか!」
『ああ、いいぞ』
「えっと、俺達、こういうのはどうかなって思ってて…」
おずおずと差し出されたのはその島のパンフレットで、俺は見たことがなかったけど、各国のエリアによって特色があって、更にはテーマパークなどの娯楽施設があるらしい。
「まずはここ!」
向かい側に座ってる虎が身を乗り出して指したのは開かれてたパンフレットの右上。
「イギリスにあるテーマパークがモチーフになってる遊園地に行きたいです!」
『ん、いーぞ』
「そ、それから、ここの運河の近くにあるカフェが有名みたいなので、ここのアイスとか食べたくて、」
『ふーん』
「あと時間があればここにうさぎかいるみたいなので、見に行きたいです!」
『いーんじゃね?やりてぇこと全部やればァ?』
「「やったあ!!」」
手をあげて喜ぶ二人に次の休みの予定が埋まって、あまりの二人の歓声に周りからの窺うような視線が刺さってたものの、全部無視してパンフレットに視線を落とす。
各国の観光地を模したものがピックアップされているパンフレット。本戦に勝ち進んだ国ごとのエリアに別れたそれに、イタリアの名前を見つけて、そういえばようたは元気にやってるんだろうか。
「よーし!それじゃあ全員揃ったし!いただきます!!」
「「「いただきます!」」」
いつの間にか全員が席についていて、俺の横に立向居が、向かいに虎がいてはしゃいでいるからか不動は飛鷹と同じテーブルで食事を取っていて、ちらちらと基山と鬼道の視線がこちらに向けられてる。
円堂のなんの話ししてんのかなぁ、混ざりたいなぁという声を聞こえないふりして箸を持った。
☓
「明日はよろしくお願いします!」
「寝坊しちゃ嫌ですからね!」
『流石にこういうときに寝坊はしねーって。ちゃんと起きるから安心しろォ』
念を押されて頭を撫でる。
二人はくふくふと笑ったと思うとそれじゃあおやすみなさいとかけるように離れていって、自室に入った気配に俺も部屋の中に入る。
ベッドの上に転がって、携帯にアラームだけしっかりとかけて、布団に潜り込もうとしたところでコンコンと扉が叩かれた。
『…?』
今日一日無駄な体力を使ったからか、もう睡魔が襲ってきてる。食べたことで腹が満たされてるのも良くなくて、もう一度ノックの音が聞こえた気がしたけどそのまま目をつむった。
いつものアラーム音に手を伸ばして、音源を捕まえる。手繰り寄せて画面を見ればいつもより少しだけ早い時間が映ってて、音を止めてもう一度眠りにつこうとしたところでまた音が鳴る。
スヌーズ機能のそれに大きく息を吐いて止めて、また枕に顔を戻せば音が鳴り始めて、五回繰り返したところで体を起こす。
頭の中がぼーっとしてる。靄がかったような感覚に左右に揺れていればまた携帯が音を鳴らして、止めて、これも三回やったところで仕方なくベッドサイドに足をおろした。
もう一度、急かすように音が鳴るからフラフラと立ち上がる。
目元を擦りながら部屋を出て、洗面所でまず顔を洗って目を覚まそうとして、うとうととし過ぎたのか何かにぶつかった。
『ん゛っ』
「来栖?すまん、大丈夫か?」
『ん〜…』
「…来栖?もしかして寝ぼけてるのか?」
『あー…』
ぶつけてじんわりと熱を帯びて痛む鼻と額。戸惑いながら呼ばれる名前に目をもう一度擦って、目を開ければ白いの髪を視認して、目をまたたいた。
『誰だ…?』
「豪炎寺だ」
『……あー、そうだった…お前髪上げてんだっけ…』
「地毛であれだけ逆立ってたらすごくないか?」
自己申告しなければぱっとわからないくらいには雰囲気が違う。豪炎寺をぼーっと見つめて、手を伸ばす。下ろされた髪をつまんで、撫でてみれば指通りが良くて、サラサラとしてた。
『ん、きれい。ちゃんと出来てていい子だァ』
「、」
渡したシャンプーとコンディショナー、それからトリートメントは活用されてるらしい。
人によって毛質で合う合わないがあるけど俺と似た芯の強めな直毛の豪炎寺には効果を発揮したらしい。
しばらく髪に触れてから手を下ろして、欠伸をこぼし、目を擦る。せっかく早く起きたんだし、準備をしないといけない。
『じゃーなァ』
自分の用意はいいのか、動き出す気配のない豪炎寺の横を抜けてふらふらと進んで、鏡の前に立つくらいでばっと顔を上げた豪炎寺は俺の後を追って隣に並んだ。
「来栖」
『なに』
持ってきてた物の中から歯ブラシを取り出して、歯磨き粉を乗せ口に入れる。
「それでいつ返事をもらえるんだ?」
『ん?』
「………もしかして忘れてないか?」
『んー?』
下りたままの髪の隙間、眉根がほんのりと寄って、目尻が落ちた。
「俺、お前に告白したんだが…?」
『、…………んー、』
「忘れてたな?」
少し拗ねたように語尾が上がる。
決勝戦予選前、なにかとバタついてたときにそんな話をされたのを思い出す。
ほぼ初対面の状態から風呂の中で付き合ってほしいと告げられ、理由は匂いが好きだからとど直球なものだった。断ってなかったかと放った言葉を思い出そうとして、諦める。
まだ少し寝ぼけてるし、あの試合の前は怪我をしたり冬花と雨の中はしゃいだりとしたのは覚えてるけど、言葉の端々までは記憶にない。
『ん』
とりあえず口の中をどうにかしたい。
まともに話す事もできないと豪炎寺に待ての意味を込めて手のひらを見せるように差し出して、理解できたのかぴたりと止まった豪炎寺に水を出して口の中をゆすぐ。
若干メンソールの風味が残る口元を拭って、豪炎寺を見ればもういいか?と首を傾げられた。
『ああ、待たせたな』
「このくらいなら気にならない」
待てを解除されたことで笑う豪炎寺に息を吐く。
比較対象は告白の返事までの期間だろう。
「来栖」
伸ばされた手が俺の髪に触れて、じっと見つめられる。
「好きだ、付き合ってほしい」
『…無理』
「、なんで?」
『いま手一杯で忙しい。あと世界大会中に現抜かしてんじゃねぇぞエースストライカー』
「…来栖と付き合ったからといって腑抜けたりはしないし、より気合が入るんだが…それなら世界一になったら付き合ってくれるか?」
『お前自分でハードル上げたなァ?あー、まぁそんときに忙しくなかったら再検討で。つーかその頃にはお前も気持ち変わんじゃね?』
「変わらない!」
『好きなの俺の匂いだろ?それまでに使ってるもん変えたらどーすんだよ』
「待ってくれ、きっかけが匂いなだけで、それ以外も好きな理由はあるぞ。伝えてもいいか?」
『あー、今度にしてくれ』
「え、」
跳ねるようにたったっと聞こえてきていた足音はすぐそこまで来てる。スキップしながら現れたのは虎で、俺達を視認して目を見開いた。
「諧音さん!豪炎寺さん!おはようございます!!ていうかなんで諧音さんに触れてるんですか豪炎寺さん!?」
「お、おはよう…これは…」
『おはよォ、寝癖直してもらってたァ』
「あ!そうだったんですね!それなら俺がお手伝いしますよ!!」
『あー、もう直ったし、今度ひどかったら手伝ってもらうわァ』
「ぜーったい!絶対ですからね!!」
『はいはい、機会があればな。立向居もそんなとこいねぇで入ってこいよ、おはよォ』
「ひゃい!お、おはようございます!」
そっと現れた立向居も近づいてきて豪炎寺がなるほどと頷く。立向居はちらちらと視線を迷わせて、首を傾げた。
「おはようございます、豪炎寺さん。髪をおろしてるの珍しいですね?」
「おはよう。まだ起きたばかりでセットができてないんだ」
「ああ、なるほど…今日はお休みだからその髪型なのかと思いました」
「毎日セットするのって大変そうですもんね!」
「慣れればそうでも…上げるだけだからな」
「下ろしていらっしゃるとだいぶ雰囲気かわりますね」
「そうか?」
話題が移ったから水を出して顔を洗う。同じように立向居も顔を洗っていて、虎はまだ豪炎寺と喋っているからさっさと支度を済ませてしまおうとヘアオイルを手に落としたところで、ぱっと三人の視線がこっちに向いた。
「「「それ」」」
『は?』
「諧音さんのいい匂いってそれだったんですね!」
「そういえばこの間の音無や久遠からもその匂いしてたな」
「お二人の髪型のアレンジのときにヘアオイル使われてたんですね!」
『………お前ら鼻いいな』
「諧音さんの匂いなので!」
「こう、つい気になってしまって…」
「…ほらな?」
『その問いかけには答えてやんねぇぞ』
匂いが気になってるのは豪炎寺だけじゃないとか知ったところでなにも嬉しくない。
手のひらに乗せたままのオイルと見つめ合って、両手に広げてから手を伸ばした。
「わ!」
『おとなしくしろ』
「ひゃい」
「あー!羨ましいです!諧音さん!次!俺も!!」
『順番な。先顔洗え』
「はい!」
少しだけ跳ねてた寝癖を直すように毛先につけて、整える。いつものふわふわした立向居の髪が少しさらりと落ち着いて、両手で顔を押さえた立向居はふへ…とゆるい笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます…っ」
『んー。ほら、虎もやんだろ。来い』
「わーい!!お願いします!!」
毛がふわふわとしていて長めの立向居と違い、短く立っている虎の髪にオイルは少なめでいいかとさっきよりも減らして髪につける。上機嫌で今にも踊りだしそうな虎にじっとしろと伝えつつ髪を撫でた。
『ほら、終わりィ。つっても、オイルじゃそんな変わんねぇのにいいのかァ?』
「はい!どうせ俺いつも梳かすだけなので!」
「俺も寝癖直すくらいですし…えへへ、ありがとうございます」
『ん』
二人が嬉しそうならなんでもいいかとオイルを出し直して、髪につけて寝癖を直す。跳ねてた毛があっさりと落ち着いて、それから息を吐いた。
『視線がうぜぇ。言いたいことあんなら口に出せ』
「俺もやってほしい」
『なんでだよ。セットすんならオイルつけたらできねぇだろ』
「今日はもうセットしない」
『そこまでしてなんの意味があんだァ…?』
「俺も来栖にやってほしいだけだが?」
『はあ…?』
駄目なのか?と当たり前のように首を傾げられて目を細める。
さして関わりもない匂いフェチ男と旧知の年下なら、二人を優先するのは道理だし、扱いが違うのだって当然だ。
「来栖、来栖」
『何わくわくしてんだ、やんねぇぞ』
「なぜだ…!?」
『逆になんでやってもらえると思ってんだァ?』
「立向居と虎丸にはやってたじゃないか!」
『そりゃあ可愛い後輩だしな』
「か、可愛い後輩…!」
「諧音さんそんなふうに思ってくれてたんですね!」
ぶわっと顔を赤くする立向居と踊るように跳ねる虎丸。豪炎寺が口元をへの字にして、どうにも納得のいってないという顔を見せるから手を濯ぐ。
時間を確認すれば騒いでたせいか予定の時間よりも押していて、さっさと着替えないといけない。
使い終わった歯ブラシをしまう。オイルの入った瓶を持ち、押し付けた。
『もう残り少ねぇし、それやんからてめぇでやれ』
「、」
『虎、立向居、早くしねぇと時間減っちまうぞォ』
「は!もうそんな時間ですか?!」
「わ、わ、まだ歯磨けてない!」
『待っててやんからちゃんと支度しろ。終わったら集合なァ』
「「はい!」」
荷物を持って洗面所を離れる。部屋に帰って適当な服に着替えて、持ち物だけ確認する。動き回るなら荷物は最低限でいいだろう。
体温調節用に軽い上着だけ羽織って、だんだんと普通のノックよりも強めに叩かれた扉に返事をする。
『開いてる』
一瞬の間のあとに開かれた扉に、顔を覗かせたのは虎でも立向居でもなくて、相手を確認しなかった俺が悪かったなぁと振り返った。
『なんの用だァ?』
「おはよう!一緒に朝練しよーぜ!」
『しねぇ。出かける』
「え?!そうなのか!?」
がーんっとわかりやすく固まって肩を落とす円堂は朝から出していい声量じゃない。項垂れた円堂はまた駄目だったか、難しい…と頭をワシャワシャと掻いて、たたたっと足音が聞こえてきた。
「あれ?円堂さん?」
「ん!おう!おはよう!立向居!虎丸!」
「おはようございます」
「はい!おはようございます!」
二人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「円堂さん、諧音さんのお部屋で何されてるんですか?」
「朝練に誘おうと思ったんだけど出掛けるって断られたとこ!二人は一緒にどうだ?」
「ああ、なるほど…。すみません、今日一緒に出掛ける約束してるんです」
「お!そうなのか!」
断られたことを気にしないかのようににかっと笑った円堂に、虎と立向居は目を合わせて、円堂を見てから俺を見る。
流れを察して頭を押さえた。
「円堂さん、今日の予定ってもう決まっちゃってますか?」
「ん?特にはないぞ!どーした?」
「あの!もしよかったら一緒に遊びに行きませんか!」
「遊びに…?いいのか!?」
「「はい!」」
二人が頷けば円堂は誘われたことに目を輝かせて、珍道中が確定した。