イナイレ
小さな白いランプが点々とついてるだけの廊下を抜け光が広がると同時に割れんばかりの歓声が包んで、目も耳もダメージを受ける。外が静かな気がしてたのは俺の気のせいだったらしい。
目を閉じて瞼の上から押さえた後にゆっくり顔を上げながら目を開けば、隣で間抜けな顔した不動が俺を見てる。
「やっぱ調子わりぃーのか」
『ァ?…全然。…むしろ―――――…』
笑みをこらえて吐いた言葉は、イギリスの得点と同時に沸いた奴らの歓声でかき消され、不動は不思議そうな顔した。
「え、今なんっつった?」
『…さぁなァ』
はぐらかされて眉を寄せた不動に、さっさと行くぞなんて流して足を進めることにする。
フィールドを見てた道也が振り向いて目が合い、笑ってやれば道也は小さく息をこぼして薄い笑みを返した。
×
長い長い眠りから目を覚ましたあの子を、誰もとめることはできない
…―オレ以外は、ね
×
俺が抜けだしてる間に情勢は変わりなくイギリスが依然として優勢だ。
日本もいつの間にか負傷した壁山と交代した染岡が一点入れてるけど、それでもイギリスを追いかけてるのに違いはない。追いかけながら点を入れたとしても、円堂がシュートを止められないからこのままじゃ負ける。
「来栖」
ちょいちょいと手招きされて、舌打ちは出さなかったものの顔に出てたのか、しかめっ面すんなと眉を寄せられた。
仕方なしに隣に座れば不動の眉間に寄ってた皺は薄くなって、小さな声で問いかけてくる。
「お前、突破口はどこだと思う」
『ァ?んなもんどこにでもあんだろ』
「…どこにでも?」
不動の猫目が丸くなって随分と愛嬌のある表情をつくった。
茶化すのはやめて頬杖をつく。
『…つーか、俺に聞く気なら先にお前が見つけた突破口とやらから話せ』
「……俺、は、…俺と……鬼道の二人が同時にいれば、少なくともあの布陣は崩せる、と見てる」
鬼道の名前を躊躇いながらも出したことに若干の成長を覚えつつ、相槌をした。
確かにこいつの言うとおり、あの布陣は今のイナジャパみてーな司令塔が一人で司令塔頼みのチームには最強を誇るだろう。
あれだけ完璧目指して作り上げてきた布陣をかきまわされたら、彼奴らはさぞイイ顔をすんだろう。
でもそれは普通の相手に対してだけで、既に喧嘩を売ってきた相手に対したはもっときっちり突き放してやらないとダメだ。
『で?』
「は?」
『ア?』
「え、……で、って…なにがだよ」
視界がぶれて目を閉じる。
しまった、こいつはアイツらじゃなかった。
寄せられた眉と僅かに傾げられた首に目を逸らす。
『……あー…ワリィ、今のやっぱナシなァ』
「はぁ?」
前髪を押さえて息を吐いたあとに顔を上げれば、まだ不動は不思議そうな顔をしてるけど声をかけるのはやめた。
顔ごと逸した視線の先、道也と目が合う。
円堂がエドガーのシュートを止める手立てが見つからないうちに前半終了をホイッスルが告げた。
ふらふらと通路に消えてった円堂に気づいたのは俺ぐらいだが、声をかけるほどでもないとベンチから立ち上がる。
控室に流れる選手の最後尾、道也の隣に並んだ。
『「不動」ォ』
視線も合わせず揃った声に特に反応することなく真っ直ぐ控室に向かう。
他の選手が中に入り閉まった扉を前に足を止めた。
組んでた腕を外して小さく背伸びした道也は息を吐く。
「やはり不動だな」
『だろォよ。…あとはあのサッカー馬鹿次第だァ』
「…ああ」
いくら相手の布陣を破っても攻撃に転じられて得点できたとしても、得点されてちゃあ意味がない。そのぶん取り返し続けられるような奴らでもないし、どうしてもキーパーが仕事しなければ勝機はない。
がちゃりと音を立てて開いた扉からスカートが揺れた。
「あ、来栖くんはいるのね」
ぱちりと瞬きをした木野は笑顔を作り、道也を見上げた。
「監督、円堂くん探してきます」
「いないのか」
「はい、…どこにいるのか…」
『あのサッカー馬鹿なら三番通路進んでったぞ』
「ほんと?ありがとう来栖くん」
笑った木野が通路を駆け足で抜けていき俺と道也だけになる。
扉の向こう側はミーティングか作戦会議が盛り上がってるはしく騒ぐ声が響いてた。
ここにいても円堂に鉢合うだけだし興味もない。
ノブに手をかけたところで肩に手が置かれ、視界に入る道也は難しい顔をしてた。
「お前はどうする」
『…―ァ?』
「諧音、お前、……―もう大丈夫なのか」
一瞬言い淀んで間が開いた先の言葉に眉間に皺が寄った。
『なにがだァ?別に道也に心配されるようなことは何もねぇけど。心配性拗らせんのも大概にしろよ』
「……………」
普段眠そうに見える厚めのまぶたが上がって目が大きくなる。
数秒固まった道也は息を吐いて表情を和らげた。
「…―そうか、それならいい」
嬉しそうな顔は随分と場違いに見えてますます眉間に皺が寄った気がする。
通路の向こう側から足音が響いてきて視界の端にオレンジ色のバンダナを見つけ、円堂の視界に入らないうちに控室に入った。
もとから時間が限られてる上にどこぞのキャプテンが放浪してたせいで、普段よりも短めのミーティングが終わる。
休憩ってほど長くもない残り時間は各自好きに時間を使うことを許されてるため、集まっててもばらけてても特に何も言われない。
気持ちの切り替えのためにトイレに行って顔を洗ったところで聞こえた音に、視界を広げれば青く長い髪が揺れた。
迷うように足踏みをしたあと、じっとこっちを見てる。
何の用か検討もつかないし放っておくことにして、持ってきてたタオルを掴んで目を瞑り顔にあてた。
「…悪かった、」
『ァ?』
掠れた声に目を開ければ罰の悪そうな顔が見えて眉を寄せる。
鏡越しに目を合わせようとでもしてるのか、真っ直ぐこっちを見てるが再びタオルを押し付けた。
拭っててもそれ以上声をかけてこず、仕方なしに口を開く。
『なに』
「……その、色々」
『はぁ?意味分かんねぇ。もっと具体的に言え』
「………俺のせいで、不動と喧嘩してるだろ?」
『お前が原因もなにも不動と喧嘩なんてしねぇけどォ』
使い終わったタオルから顔を外せば訝しげな顔の風丸と目が合う。
「喧嘩してただろ」
『どこが』
「どこがって…え、あれで本当にしてなかったのか?」
『メンドクセェ。俺と不動が喧嘩してたと思う根拠を述べろよ』
「根拠って、お前ら普段は隣に座るのに離れてるし、妙に空気重いし、目も合わせないから…」
『はぁー?…別にいつも不動と一緒にいねぇだろ。そもそも彼奴と仲いいわけでもないのになんでそんな喧嘩中のカップルみたいな事例だされなきゃなんねーんだァ?』
「いや、仲いいだろ」
否定から入ってきた風丸に、これ以上言葉を並べたところでこいつの中で定着した俺と不動との友情とやらは崩せなそうだ。
拭き終わって手持ち無沙汰になったタオルをポケットに突っ込んで右足を引く。
『はいはい、じゃ仲直りしたってことにしとけ。…つーか、邪魔、真ん中に立ってんなよ』
ここから出たい俺は必然的に出口に立つ風丸と向きあうことになった。
さっさと出たいのに風丸はじっと俺を見たまま動かず、無意識に舌打ちを零すと何故か風丸の眉間に皺が寄る。
不機嫌っていうよりは悲しそうな表情に違和感を覚えて、眉根を寄せれば風丸の視線が揺れて地面に落ちた。
「く、来栖…その、……………―ごめん、なんでもない」
『…あっそォ』
なにか言い出そうとして、手首につけたリストバンドを握りしめてその先を言葉にしなかった風丸は、らしくねぇなとは思う。
いつだって俺のすることなすことに対して、正しくないことにははっきりと言葉をかけるのに。なにを迷ってるのかわからない。
『用ねぇなら話かけてくんな』
顔も上げずに少しだけ端に寄った風丸の開いたスペースから廊下に出る。一歩離れても顔を上げようとしない風丸の握られたままのリストバンドを見て、息を吐いた。
『…まとまったら話しに来い。…お前が静かだと俺の調子が狂う』
「っ、」
肩を揺らしながら上がったことで見えた風丸の顔に、余計なことを言った気がすると思いつつ足早に廊下を進む。
後ろから風丸が追ってこないところを見ると、あのまま彼処から動いてないのかもしれない。あの様子なら放っておいても試合開始前には戻ってくるだろう。
そもそも俺がそこまでケアする必要なかったはずで、今、声かけてやったのは単なるクラスメイトの好みのはずだ。
『……だよな?』
気づけば足が止まっててらしくない自分の行動に疑問を抱く。
風丸への態度、不動に重ねた面影、錯覚、錯乱、木野に変な応援をされてとった行動も、鬼道に過去を突きつけられたあとも、全部俺らしくない
それもこれも、―――…、
『っ、』
一度考えてしまうと深みに嵌って動き出せず、ぴりっと左目に痛みが走る。
途端に左目が霞んで生暖かいものが頬を伝いはじめた。確かめるように左目に手を伸ばせば、絶え間なく涙が溢れて床を濡らしてる。
やっぱり今日の俺はおかしい
違和感への戸惑いで拭うなんて行動も頭から抜け落ちてて、ただぼたぼた涙を落としてコンクリートの床に染みを作る。
『なんだ、これ…』
「来栖?」
自由のきかない霞んだ左側から掛けられた声に顔を上げれば、斜め後ろに人影が見えた。そいつが目を丸くしなにか言い出そうとした瞬間に走り始める。
止まらない左目の涙と急に痛み出した左膝を無視しながら走って、手近な部屋に飛び込めば例に漏れず真っ暗…ではなく、こっちを見て驚いてる道也がいた。
「、どうした」
俺のはずなのに、俺のじゃない気持ちが体の中を這いずりまわってて、気持ち悪い。
悲しい、苦しい、怖い、痛い、言葉にするならそんな感情のはずだ。
口元を押さえて膝をついたらしく、いつの間にか地面に座り込んでた俺を、道也は覚束ない手つきで背を擦る。
「しっかりしろ、大丈夫か」
やけに霞がかる左目はまだ水を零してるのか使い物にならず、じくりと左膝から足全体に痛みが広がり始めてた。
『……わ、かんねぇ』
確かに痛むのに、なんの怪我もない。
俺は困惑してるだけのはずなのに、助けてと縋りたくなる。
吐き気が襲ってきて、目を閉じると何も見えなくて、一人になったような感覚が不安で、顔を上げると道也と目が合って、伸びてきた手が流れたままの涙が拭われた。
「落ち着け、諧音。泣くな」
俺を見て俺に掛けられた言葉がどこか腑に落ちず、名前を呼ばれたことでこの痛みやら感情が示唆するものに見当がついて、溜め息を吐く。
『…―泣いてんのは、俺じゃねぇ』
するりと息と一緒に吐き出した言葉は妙にしっくりして、痛みが強く走って、引いていく感覚に間違いじゃなかったと眉を寄せた。
「…………それは、」
『…あのバカ、人に迷惑かけんなっつーの』
困ったときによく見せる道也の表情が目の前に作られて目を逸らした。
☓
「もう平気なのか」
『痛みも引いてきたし大丈夫だろ』
「痛みがあったのは初耳だが?」
『…―別に、俺が怪我したわけじゃねぇんだし、道也に言うほどのことでもなかっただけ』
「お前じゃなかったとしても、心配に変わりはない。……また何かあったら、どんなに些細なことでもちゃんと伝えろ」
『相変わらず道也はうっぜーくらいの心配性だなァ』
止まらなかった涙と痛み、感情の波。全部落ち着いて立ち上がれば後半開始までは時間があまりなかった。
薄暗い舗装された通路を足早に歩きながら、俺の少し後ろを歩く道也に言葉を返す。
段々と聞こえ始めた歓声にフィールドが近づいてきてるのは明瞭で、最近癖になりつつある、前髪を押さえて息を吐いた。
「………あまり、無理はするなよ」
今か今かと騒ぐ客の歓声に、消されかけた小さな忠告に一度目を閉じて、廊下から出れば緑色のフィールドが俺達を迎えた。
『誰に言ってんだ』
目前に広がるのは緑色のフィールドと盛り上がっている観客の声援。息を大きく吸って、吐いて、集まり始めたイナジャパの面々に触れられないように先にベンチに座る。
誰に何かアドバイスでももらったのか、自分の手を見ては考える素振りを見せる円堂と、どこか不本意そうながらも不動の提案に頷いた鬼道。
エドガーがこちらを見たと思えば俺を見据えて、眉間に皺を寄せたから頬杖ついたまま笑ってやる。
「機嫌良さそうだね」
休憩が終わり選手がピッチに向かったことでやることがなくなったらしい冬花が隣に座った。
どこか嬉しそうに笑う冬花に息を吐いて目を閉じる。
『三下だと思ってた相手に負けるって…すげぇ無様だろォ?』
「ふふ、だから機嫌がいいの?」
『おうよォ』
「…………よかった、諧音くん元気になって」
『俺は元から元気だっつーのォ』
瞼を上げると冬花の笑顔が目に入り、仕方無しに意識をフィールドに向けた。
響きわたった後半開始の合図。投入された不動、そして鬼道によりフィールドに立つ選手は動かされる。右へ、左へ、そのまま一人飛び出した基山がシュートを入れようとボールを蹴って止められた。
点には繋がらなかったものの、たしかにイギリス代表をかき回した日本に歓声が沸いてベンチも賑わう。
「そう!デュアルタイフーン!」
目金がきらきらとした目でさっきの戦法に名前を付ける。
道也がうっすらと笑ったからため息をつけば、隣にいた冬花が不思議そうにこちらを見てきて、足音が近づいてきて微笑まれる。
「ふふ、監督も来栖くんも楽しそうだね」
『またお前かよ…』
「秋さん。こっちで見るの珍しいね…?」
「ちょっと気になることがあって。ね、春奈ちゃん」
「はい!」
にこにこと笑ってる木野は隣に音無を連れていて、冬花の横に座った二人に目を逸らした。
?
円堂が遂にエドガーのシュートを止める。
その勢いのままにボールが前線へと投げられた。
鬼道と不動が駆け上がりディフェンスを蹴散らす。そのままボールが上げられた先で待っていたのは虎と豪炎寺で、二人の蹴ったボールはゴールネットをゆらした。
響きわたったホイッスル音。
試合の終了を告げるそれに観客が叫んだ。
?
「ふふ、いい試合だったね、来栖くん」
『…まあまあだったんじゃねぇの』
「来栖くんがそう言うんなら、やっぱりいい試合だったってことかな」
楽しそうな木野に息を吐く。目を丸くしてこてりと首を傾げる音無に、ただ微笑む冬花。
ほとんど話したこともないし、なんなら以前は敵だったのにわざわざ目をかけてもらって、その上向こうからあんなことを言わせてしまった。
大きく息を吐いて、立ち上がる。
『あー…木野』
「ん?なぁに?」
『………その…、……もし、その日が来たら、頼んだ』
「…ふふ。無茶ばっかりしてる円堂くんたちの面倒を見てるんだもん。いつどんなときでも大丈夫だよ。任せて!」
『…ああ』
選手たちが戻ってこようとするから顔を逸らして、道也の近くに向かう。
「…どうした、体調がわるいのか?」
『……、わるくねぇ』
「ならいいが…」
道也の不思議そうな顔に近寄ったのは失敗だったかなと前髪を押さえて、たっと軽やかに駆け寄る足音に顔を上げた。
「諧音さぁあーん!見ましたか!俺の華麗なドリブル!決勝点のシュート!!」
『ん、ああ。見てたぞォ。ディフェンス避けたときも素早かったし、動きすげーよかったなァ』
「ふふん!俺は諧音さんの一番弟子ですから!!イギリスの奴らに見せつけてやりたかったんです!」
『いつから俺の弟子になったんだよ』
「それはもちろん小さい頃にボールを一緒に蹴ったときからです!俺は諧音さんたちに憧れてサッカーはじめたんですから!」
『…………あ、そォ』
初めて聞く話に髪を押さえてた手首が目に入って、虎からもらった黄色のミサンガが視界に映る。
「次は一緒に試合出ましょうね!」
『…考えとく』
「………え!ほんとですか!?絶対!絶対ですよ!!」
頷かれると思ってなかったのか、虎が目を見開いて跳ねる。あまりの盛り上がり具合にどうしたんだ?と豪炎寺たちが不思議そうな顔をして寄って来ようとしたから、道也が息を吐いて声を出した。
「控室で帰り支度を始めるように」
「「「はい!」」」
『虎も、行ってこい』
「はいっ!」
全員で通路を抜けて控室に入る。
誰も彼も興奮しているようで、熱気のこもる控え室にはどうも居づらい。
イヤホンとガム、そして携帯を持とうとしたところでポケットに入っていないことに気づいた。
少し考えたところで、あのとき投げ捨てたままだったのを思い出す。
あれは一体どこの控え室だったのか
仕方無しにふらふらと歩きながら一つずつ控え室を覗いて周って、十部屋目で投げられた拍子にベンチの下に行ったらしく置き去りになった携帯を見つけた。
触れれば画面は割れていない。電源もつくようだしとりあえず動くから壊れてはないだろう。
ポケットに入れ直して控え室から出る。
あまりふらついていると道也がまたうるさそうだから来た道を早足で戻っていれば長く青い髪が揺れてた。
イナジャパの控え室と俺をつなぐ一本道の廊下のちょうど真ん中に立つそいつは俺を見つけると眉尻を下げて笑う。
『気分はどーだァ?』
「…最悪の気分だ。国の期待を裏切ってしまった」
力なく笑ったあとに、差し出された右手。握手を求められて息を吐きながら指先だけを握ってやれば、左手が伸びてきて包まれる。
「強いね、イナズマジャパンは」
『…お前らが弱かっただけだろ。つーか離せよ』
「ふふ、もう少しだけ許してほしい」
負けた割に清々しそうに笑う。
何故か離れない両手に眉根を寄せれば、エドガーと視線が絡んだ。
「いつか、君とも戦ってみたい」
『俺はたとえ世界の命運がかかってろうと気分ののった時しかやんねーよ』
「なるほど、今日の試合ではまだまだ不足だったと…」
『そのとぉりだァ』
「それでは次は、君が出てこざるを得ない状態にしないとね」
人当たりの良い柔らかな笑みを浮かべる。
何か言おうと口を開いた瞬間に音が響いて、無機質なそれは近くの扉が開いた音らしかった。
「あ!エドガー!来栖!」
現れたオレンジ色のバンダナにエドガーは瞬きをして笑む。じっと手元を見ればエドガーは繋いてだ手に一瞬身を屈めて唇を落として、離した。
駆け寄ってきた円堂はエドガーと会話を始めてしまい息を吐く。続けて円堂の出てきた控え室からは鬼道、豪炎寺と次々に出てきて決して狭くはないはずの廊下が窮屈に感じる。
「エドガー!」
あまり聞き馴染みのない声は向こうの選手の一人だったらしく、呼ばれたエドガーは円堂やその後ろの選手たちに激励の言葉を吐くと仲間に駆け寄っていく。
不意に、エドガーは思い出したかのように振り返って、目があった。
「諧音、君たちの試合を楽しみにしているよ」
『…あ?』
イナジャパではなく、俺に向かって放たれた言葉に眉間に皺を寄せたけれど、仲間に囲まれてしまったエドガーは聞こえなかったようで振り返らない。
体中になにかが這い回ってるような感覚がして、感じた視線に振り返ればそこには誰もいなかった。
「どうした?」
俺の行動を不思議そうな顔で問う円堂に別にとだけ返して心臓の上で手を握る。
ああ、どうしてだろう。
とても嫌な気分だ。
「日本代表の来栖諧音と――代表の――――。…あの二人が敵として戦うだなんて…、まさに、ドリームマッチだろうね」
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