イナイレ



「諧音、どうだった」

『円堂弱すぎ進歩がねぇ』

ご機嫌で迎え入れてきた道也にジャケットごと招待状を投げつけてみても笑顔は崩れなかった。

朝よりも顔色がよくて腹が立つ。

「そうか。なら明日からの練習は皆気合が入るだろうな」

『単純バカばかりだからあてられりゃすぐ熱はいる』

「まぁ、たまにはよかっただろ。…楽しめたのか?」

『二日連続であんなとこ行って疲れないわけがねぇだろォ』

大浴場に行けば絡まれるのは目に見えている。もう風呂に入って寝たい。勝手知ったる他人の家とばかりに道也の部屋についてる風呂に入りこんだ。



×



あっさりとついてしまった勝敗に、来栖が向こうの監督とさっきの女と少し離れたところで話に行く。

「君たちは彼の足を引っ張っている」

円堂にシュートをぶち込んで笑った時よりも、強い眼光で俺達を見たエドガーはそう吐き捨てた。

「急になにを!」

「事実を言ったまでさ」

噛み付いた佐久間に睨みを効かせて言葉を紡ぐエドガーは、呆れと怒りを混ぜこんだ目をしてる。

皆して言葉に詰まる中、きょとんとした円堂は首を傾げた。

「彼って誰のことだ?」

更に深くなった眉間の皺と目つき。

嘲笑したエドガーの目に増えた侮蔑の色に苛立ちや恐怖を覚えた。

「愚問だな。来栖諧音以外の誰がいるんだ」

エドガーの脇にいたやつが呆れながら口にした名前に、全員が目を瞬いて首を傾げた。

「なんで、来栖?」

風丸が、誰よりも早く聞き返せば理解できないとイギリスチームのやつら全員の表情が告げていて、そのうちの一人がまさかと零した。

「お前たち、来栖諧音が誰か知らないでチームメイトしてるんじゃないだろうな」

「来栖は来栖だろ?」

呆れよりも驚きが強い問いかけに周りが一瞬静かになって、一人だけ変わらない表情の円堂が純粋な顔をしてた。

「…………はぁ?」

「まさか、足手まといどころか何も知らずに一緒にいたなんて…」

「とんだ恥さらし…」

「無知もいいところだな」

イギリスチームの目が今まででより一層冷たくなる。

口々にされる来栖の名前に、気分が悪くなってくる。

曲がりなりにも俺達は、彼奴とチームメイトで、一応一緒にここまで来たわけで、それをこいつらになぜ否定されなきゃならない。

「あ、あんまりヒドイこと言わないでください!あなた達が何を知ってるか知りませんけど、私達だってあなた達の知らない来栖さんのことちゃんと知ってるんです!」

大きな声で怒ったのは鬼道の妹で、はぁはぁと肩を上下させて感極まったのか目に涙を浮かべてる。

イギリスの連中の眉間に皺が寄って、そんなことかとエドガーが一歩踏み出して俺達を見下ろした。

「思い上がりも甚だしい。彼らがどれだけ素晴らしいプレイヤーだったのか知りもしないで真に理解してると言えるのかい?…あの頃の彼らは――、!」

ひゅんとエドガーの顔の横すれすれに飛んでいった銀色に、言葉が止む。

「…なんのつもりだ」

憤ったそいつらの目線の先、流れるようにみればダーツのように何かを投げた姿勢だった綱波は笑ってる。

「ぐだぐだうっせーんだよ。諧音のこと勝手に語んじゃねぇ」

ゾッとするような鋭い目。へらへらした普段のなりはすっかり潜んで、光の消えた真っ黒の目がエドガーを見据えてる。

「お、おれもそう思います!その、諧音さんは凄い人ですけど!それを俺達が争っても意味なんてないじゃないですか!!貴方達だって今の諧音さんを知らないでしょう!」

「そうですよ!大体、諧音さんはアンタたちに語りきれるような浅い人間なんかじゃないんです!その上!今の諧音さんのことを知らないのによくそんな大口叩けますね!」

子犬みたいに震えて援護する立向居と啖呵を切る宇都宮の言葉は琴線に触れなかったのか、綱波は変わらずエドガーを睨みつけていて手元にはスプーンが握られてる。

対になってただろうフォークが見当たらず、さっき通っていった銀色の正体を察して言葉を失う。

前に出そうな宇都宮を押さえ、更には立向居をかばうように、一歩前に出て視線を集めた綱波はエドガーを見据えた。

「昔の諧音がどーとか、今の諧音がどーとか…だからどーしたってんだ…?諧音のことを好き勝手言って…俺が、見逃すわけがねーよな?」

口元だけはいつもどおりへらへら笑ってんのに目が死んでて、全員が空気に飲まれて声をかけられない。それでも目が逸らせないのは恐怖からで、綱波が口角を上げた。

「どいつから―…いてっ!」

『何やってんだ、条助。おとなしくしろ』

綱波の脳天にチョップを喰らわせた来栖の眉間には機嫌が悪いのか深い溝が出来ていて、かつんとわざとらしくヒールを鳴らして隣に立つそいつのスカート裾がふわりと揺れた。

「あいな、公共の場で騒ぐやつってきらぁい。…あいなの目の前で喧嘩とかぁ、全員、抹殺されたいのぉ…?」

鮮やかな赤い口紅で飾られてる唇が愉快げに弧を描いて俺達を見る。

重苦しい空気が霧散されて、やっと、呼吸ができた。ずっと息を止めてたのか小暮や栗松、壁山が急に入ってきた酸素に噎せてる。

痛みが落ち着いたのか綱波は沈んだ黒色の目のままで来栖の服を掴む。

「どうしてあいつら庇うんだ?なんで?なんで?」

『俺がめんどくせぇこと嫌いなの知ってんだろォが。…まぁ、年下のやつらを庇ってたことは褒めてやんよ』

俺が目をぱちくりさせてれば、感情が抑えられなかったのか泣きながら音無が来栖に飛びついて、あからさまに困ったような空気を出しながら髪に触れる。二回、丁寧に頭を撫でてから顔を上げた。

『つーか、何話してたのかは知らねぇけどォ…紳士が女子供泣かせんじゃねぇぞ。…喧嘩売ったなら、それなりの覚悟しとけよ』

普段より鋭い来栖の目つきは、エドガーや綱波よりも冷めていて凄みがあるのに怖く感じない。

それが俺達に向けられてないからなのか、正確な理由はよく理解できないけれど、標的にされたらしいイギリスチームは一歩下がって唇を噛んだ。







「諧音、諧音!もっと褒めて!」

『しつけぇ』

右側に座ってる綱波くんをあしらってる来栖くんの背中を眺める。左側には立向居くんがいて、来栖くんはやさしく頭を撫でてる。次は俺ですよ!と虎丸くんが順番待ちしていて、それを羨ましそうに眺めてるのは音無さん。頬を膨らませてる音無さんを微笑ましそうに宥めてるのは木野さんと久遠さんだ。

「で、出過ぎた真似をして、すみませんでした…」

『なんの話だァ?』

本当に何も聞こえてなかったのか話の流れを掴めてないらしい来栖くんは立向居くんの謝罪に不思議そうにして、 言うか悩んでた立向居くんは虎丸くんに手で口を塞がれ、笑顔で圧力をかけられたところで飲み込んで項垂れる。結局頭を撫でられるのに落ち着いてた。

隣の綱波くんは不貞腐れたのか静かになってて、よく見れば来栖くんの膝の上に頭を乗せて目をつむってる。

「ヒロト、ちょっといいか?」

こっそりと掛けられた声に前の様子を盗み見るのをやめて、隣を見る。

「やっぱり俺は、調べようと思う」

いつだったか、吹雪くんも交えて話してた話題の答えが出たのか鬼道くんは眉間に皺を寄せて腕を組んでた。

「……そうだね、僕もちょっと……かなり、気になってる。…そろそろ歩み寄ってみても良いかもしれない」

視線を戻した先ではいつの間にか虎丸くんも膝に頭を乗せていて、立向居くんを撫でながら音無さんたちと話す来栖くんの後ろ姿が見えた。


×


「来栖くん!」

『アァ?』

「え、そんなに嫌そうな顔しないでよ」

『嫌そうじゃなくて嫌なんだけどォ?』

晩御飯を食べに行こうとしてるらしい来栖くんの背中を見つけ、捕まえればパーティー疲れも手伝ってか隠すことなく面倒くさいと顔に書かれてた。

『で?なに』

「一緒にご飯食べようよ」

『ふざけんな』

すたすた歩き始めてしまった来栖くんの背中に、わかってたけど一筋縄ではいかないのを察して思わず苦笑いを零して追いかけることにした。

「来栖くん」

『しつけぇ』

「えっと、じゃあ勝手に並んで食べるからね!」

息を大きく吐き出すだけで諦めたのか、足を早めた。

負けじと後ろから追いかけて食堂の扉をくぐり、先に行ったはずの来栖くんの姿を探せば定位置の不動くんとよく座ってる席にいなくて、珍しく一つずれた端の場所で腰を落ち着けてる。

不動くんが居るのにわざわざ離れて座った意味を考えて、口角を上げる。

音無さんからお盆ごとご飯をもらっていつもの円堂くんたちと同じ席じゃなく、来栖くんの近くに寄れば風丸くんが驚いたような声を上げてた気がした。

「一緒に食べてもいい?」

『席なんて決まってるわけじゃねぇだろ』

本当に勝手にしていいらしく、お許しも出たから向かいに座って携帯に触ってる来栖くんを眺める。

正面からあまり見たことのなかった来栖くんの目は、昨日見たときも思ったけれどやっぱり切れ長で、とても頭が良さそうに見えて、泣き黒子を見つける。

『ジロジロ見んな。うぜぇ』

「だって他に見るものないじゃない」

はぁとわざとらしく深いため息を吐かれたけど、そこまで機嫌が悪いわけじゃないのか強い拒絶をされることもない。

まだ平気かと自分の中で判断して観察を続けてれば、かたんと隣に誰かが座って顔を上げた。

「相席を頼む」

『はぁ、…厄日かァ?』

頼むなんて言いながらすでに座ってる鬼道くんを見て来栖くんは顔を顰め、携帯をしまう。

風丸くんと円堂くん、佐久間くんがなにか騒いでるような気がしたけど、耳を澄ませるよりも先に来栖くんの怠そうな声が聞こえた。

『今日は揃いもそろって何。用があんならさっさと話せ』

つまんなそうに頬杖をついて、面倒くさいのを隠すことなく全面に押し出しながら乗せられた声色。さっきよりも来栖くんの機嫌が悪くなってるのを物語ってる。

「僕は用って言うよりも、来栖くんとご飯が食べたかっただけだよ」

「俺も、もう少し来栖のことを知るために行動しただけだ」

『はぁ?』

深くなった眉間の皺に道のりは通そうなんて思いながら曖昧に笑めば、舌打ちをした来栖くんは僕の右側を見た。

つられて顔を上げるより早く置かれたお盆にデジャヴを感じながら、黙って座るなりお茶をコップに入れはじめた豪炎寺くんを見る。

『意味わかんねぇ』

「来栖も飲むか?」

『いらねぇ』

どこかズレた豪炎寺くんの言動に来栖くんは喋るのも面倒くさくなったようで、折角しまった携帯を取り出した。

よく見ればなにか通知が来てるのかライトが不規則に光ってる。

「珍しいな、鬼道とヒロトが来栖と座るなんて」

「そういう君も珍しいね、豪炎寺くん」

「なにか用でもあったのか?」

「ん?パーティー中にあまり話せなかったから夜飯くらい一緒に食べようかと思っただけだ」

きょとんとした豪炎寺くんの返答にこの二人がそんなに仲良かった場面を見たことのない僕は内心首を傾げて、向かいの来栖くんに視線を戻した。

まだ誰かと連絡をとってるのか、視線を携帯から逸らさないで指だけ動かしてる。

そういえばと、もう二週間くらい前になる光景を思い出した。

「来栖くんって、年齢とか性別問わず友達が多いんだね」

『はァ?』

唐突に何と眉間の皺そのままで問われてほら、と言葉をつなげる。

「出国するときにさ、友達がいっぱい見送りに来てたでしょ?僕、あまり友達っていなかったから羨ましいなぁって。どこで知り合ったの?」

『リア充かと思ったらコミュ障のぼっちかよてめぇ』

「え?」

思わず聞き返した僕に来栖くんは息を吐きながら携帯を閉まって、豪炎寺くんが俺も知りたいと先を促す。鬼道くんはどっちでもいいのか話には入ってこないものの耳を傾けてる姿勢は見て取れた、

『別に、街中とかゲーセンとか学校とか』

「ゲーセン?」

『……ゲームセンター』

「あ、うん、あれだよね、ゲームがいっぱい置いてあるところ」

『間違ってはねぇなァ』

「…行ったことないのか?」

左側から掛けられた鬼道くんの言葉に笑って頷けば、物珍しそうに来栖くんが短く感嘆して、僕を見る。

ちょうどそこで全員揃ったのか、円堂くんの声掛けが聞こえていただきますと全員分の声が響いた。

相変わらずとても賑やかな食堂内に来栖くんは一度息を吐いて、遅れていただきますと手を合わせて箸をつける。

ぶっきらぼうなのにしっかりと手を合わせて、言う時に目を閉じる仕草が、初めて食事を向かい合って食べるはずなのにどこかで見たことがある気がした。

口の中に入れたハンバーグを飲み込んで、中が空っぽになった口を開く。

「…………やっぱり、僕、来栖くんと会ったことある気がする」

『……まだ言ってんのかよ』

口の中のものを飲み込んで空にしてからちゃんと喋るところも、話すために一度置かれた箸も、既視感が漂う。

食べ方にしたって、箸の使い方のように、当たり前のこと、マナーとはいってもちゃんと出来る人は限られてる。それなのに綺麗な食事の仕方は良家の息子だっていう鬼道くんにも劣らない、それ以上な気がした。

昨日のパーティー慣れした言動や着こなされたタキシードも、その一部な気がしてならない。

「来栖とヒロトは知り合いだったのか?」

麦茶を飲み込んでから豪炎寺くんが僕達を見つめる。

『知らね。覚えてねぇなァ』

「僕もいつ会ったかまでは覚えてないんだけど、でも、やっぱり会ったことある気がするんだよね」

再び箸を持ってしまった来栖くんの顔を眺めてもなにも出てきそうにない。

記憶力は良い方だと思ってたんだけど、正直なところ、僕自身がいつどこで会ったと断言できないから来栖くんに思い出してもらえる良いな質問をかけるのも難しい。

『話してばっかいねぇでさっさと食え』

あまり人の邪魔をするのも、食べ終わるのが遅くなったら他にも迷惑がかかる。

一旦考えを頭の隅に置いて、けんちん汁に口をつけた。

「そうだ、来栖」

一番に食べ終わった豪炎寺くんが口を拭いて、麦茶を飲み干してる最中の来栖くんを見た。

『なに』

「南雲と涼野、知り合いみたいだったけどどこで会ったんだ?」

『答える必要ねぇだろ』

一瞬、眼光が鋭くなった来栖くんはいつもと同じように嘲笑混じりに返す。

それがほんの少し珍しくて、 なにかがひっかかった。

「駄目なのか?気になる」

『うぜぇ』

罵倒だけ残して立ち上がった来栖くんはお盆を片付けて食堂を出ていく。

見届けた豪炎寺くんも同じように立ち上がって食堂を出ていった。

隣の鬼道くんが最後の一口を飲み込んだのを確認して、同時に立ち上がる。

「ヒロト、本当に知り合いなのか?」

自室のある二階に上がって、階段から近い僕の部屋の前で鬼道くんは自室の隣の扉を見据えた。そういえば、鬼道くんと来栖くんの部屋は隣同士だ。

「さぁ…僕もよくわからないんだよね」

扉に手をかけておやすみと笑えば、同じ挨拶が帰って来て部屋に入った。







代表選手入りが決まってからというもの、サッカー漬けの毎日で触ることの少なくなってたが持ってきていたパソコンに向かい合う。

今まで後回しにし過ぎたのかもしれない。

来栖諧音と打ち込んで検索にかけた。

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