イナイレ



「気合い入れてけー!」

「頑張れー!」

『うっせ…』

いつの間にか増えた黒スーツとピンクジャージのふたり組の賑やかな応援に耳が痛くて、更には弁当の差し入れに来た乃々実さんに沸き立つ選手たちに息を吐いた。

練習を続ける気にはなれないから、いつもどおりに勝手に切り上げて道也の部屋でシャワーを浴びて、部屋の主にメッセージを送って部屋を出た。

この学校はサッカー部が妙に有名になったけど、一応ほか部活も存在していて風丸が以前までいた陸上部を始めとして野球部、バスケ部、バレー部と運動部は一通りメジャーどころが用意されてる。

雷門から大体30分。近場の他校の体育館にたどりついて、すでに観客のいる二階席に上がった。

柵に張り付くようにしているのは友達や卒業生だろう。俺は近くなくても見えるから、壁際で携帯を取り出す。目的の人物に一つメッセージを飛ばしておく。きっと試合の前に見てくれるはずだ。

サッカーとは違う、ボールを落とさないように声をかけ、両手をメインに体を使ってアップする選手たち。

人数もサッカーの半分程度、コートも狭くて見晴らしがいい。

ビーッと大きく笛の音が耳を劈いた。

「集合!」

聞こえてくるのはまず各チームの監督らしき人物の掛け声。それぞれのチームが気合を入れて、もう一度、今度は短く鳴った笛の音に足音が響いた。

真ん中で審判が学校名を二つ呼び上げて、互いが返事をした後にお願いしますと頭を下げる。

観客が頑張れと叫ぶと同時にボールが打ち込まれた。

見慣れた黒と白のボールではなく、白と赤と緑のラインが入ったそれはぱんっと音を立てて、また同じ音を立てて拾われてそれが相手のコートに渡る。

あいにくと気が向いたときに受ける程度の授業で学んだくらいのルールしかわからないけどボールを落としたほうが負なことだけはわかる。

何度もボールが往復して、地面に叩きつけられたり、相手の腕に当てて場外に弾かせたり。3セットマッチ、2セット先取で勝利の試合は多少の失点はありつつもストレートを2セット獲得したことであっさりと終わった。

はじまりと同様に大きな声で挨拶を交わした2チームに観客は労いの声をかけて、それぞれのチームが帰り支度を始めたから観客の波に呑まれないように体育館を離れた。

もう一度メッセージを入れて、近くの自販機で飲み物を買う。キャップをひねって口をつけて、液体を飲みながら待っていれば携帯が揺れた。

道也からのいつ帰ってくる気だの無いように視線を上げて落とす。夜飯までにはたぶんと入れたところで足音が近づいてきて、試合終わりでろくにクールダウンもしてないのか顔が赤いみきが駆け寄って息を吐いた。

「ご、ごめんなさい!」

『おつかれェ。好きで待ってただけだから気にすんな』

「で、でも、サッカー忙しいのに、」

『今日はもう終わってる。つか試合おめでと。勝ったな』

「あ、あの、う、えっと!あ、あのね!!」

『ん。ほら、話しながら帰んぞォ』

「う、うん!」

まだ試合の余韻が強いのか、言葉のまとまっていなそうなみきに持ってた荷物を肩にかけて手を出す。

顔を赤らめつつ遠慮がちに重ねられた手に力の加減を気をつけつつ握って、視線がうろうろしてるから笑って歩き出した。

『そんでェ?今日も楽しそうだったなァ』

「…うん!あ、あのね、私ね、今日いっぱいボール触れたの!」

『ん』

「ボール落とさなかったの!」

『相手のスパイク拾ってたもんな』

「そう!あっちのチームの三年のスパイク、すっごく速くて重たいんだよ!でもね!頑張ったの!」

『観客席で聞いたなァ。サービスエースが得意で点取るんだってェ?』

「うん!でも二回目からちゃんと切ったよ!」

『痛そうな音してたもんなァ。レシーブもすごかったけど、点も取ってたな』

「えへへ、うん!スパイクもたくさん打たせてもらえたの!!」

試合終わりはよく喋る。あまり言葉は纏まってなくても楽しそうな様子に相槌を打って、たらたらと道を進む。

休憩と話を聞きがてら適当な店にでも入ろうかと、商店街を抜けていき、見慣れた連中に眉根を寄せた。

『あ?』

「、どうしたの?」

『んや…』

まっすぐ進めば間違いなく近くを通るから見つかる。足を止めようとして、それより早く向こうが顔を上げてしまった。

「あ!来栖さん!!」

「え、来栖?」

「来栖!!?」

顔を上げた音無が大きい声を出すから緑川もつられたように声を上げて風丸が動揺を顕にする。

それから木野が俺の隣のみきを見つけてにっこりと微笑んで、その場にいる壁山、栗松、黒スーツが目を丸くし、ピンクジャージはきゃぁああ!と歓声を上げた。

「なんやなんや!!おるやん!ちゃんと恋愛してる奴!!」

「れ、」

ピンクジャージの言葉に言葉をつまらせたみきは顔どころか首元や耳まで真っ赤にして俯いた。

「焚き付けんでも青春しとるとか!ていうかなにぃ?!荷物持ってあげてエスコートしとるとかプレイボーイやんか!アンタのこといけ好かんやつ思うとったけどええ男やなぁ!」

『うるさ…』

ガンガン喋るピンクジャージに気分は下がる一方で、木野は困ったように笑いつつ、風丸は焦りながらそいつを止める。

「ほ、ほら、浦部!あっちはもういいのか?!」

「えっと、なんかいいところ?だったんじゃなかったっけ?」

「は!!そうやった!!今あっちええところなんや!かましたれ!!冬花ぁ!!」

「久遠さん?」
『冬花ァ?』

聞こえた名前に眉根を寄せる。全員の視線の先を追えば向かい側にチェーン店の飲食店があって、ガラス張りの向こう側、四人ほどでかけられる席に向かい合っている二人の間に大きなグラスが置かれていて冬花がスプーンを持っていた。

冬花は意を決したのか、グラスに盛られたアイスと生クリームを掬うと向かいにいる沿道に差し出した。

「いっけええええ!!」

ピンクジャージが叫ぶ。

「なにぼさっとしとんねん円堂!!男なら女の気持ち正面から受け取れぇ!!!!」

小声で文句を言うピンクジャージに向こう側は一切進展はなくて、妙な間の後に冬花がぱっと顔を上げてこちらを見る。

「あーー、ウチそろそろ帰らなぁ…」

目を丸くして固まる冬花、慌て始めたピンクジャージ、呆れ顔の黒スーツ。それからもしかしてと非難がましい目を向けた音無に冬花が視線を揺らして、ばちりと目が合う。

「、」

『…………』

唇を噛んでさっと視線を逸して俯いた冬花に、眉根が寄る。

『…はぁー…』

「諧音くん?」

『………、みき、ちょっと木野の隣いてくれ』

「え、うん…?」

こくりと頷いて足早に木野の隣に向かったみきに俺も大股で歩いてピンクジャージの前に立つ。

『おい』

「な、なん…!」

勢い良く声を上げようとしたそれを見下ろした。

『てめぇの恋愛脳で他人の色恋沙汰に対して騒ぐのは勝手だが、…次、冬花をからかったら容赦しねぇ』

「、」

『彼奴はお前のおもちゃじゃねぇぞ』

ぴしりと固まったピンクジャージ、ひゅっと息をつめる黒スーツと壁山、栗松。風丸が青ざめて緑川と音無が目を泳がした。

『みき、待たせた。行くぞ』

「あ、うん。あ、ば、ばいばい、木野さん。またね」

「う、うん、ばいばい。楽しんでね」

駆け寄ってくるみきと手をつなぎ直して歩き出す。

後ろでピンクジャージに風丸が神妙な顔で口を開いてるからあっちはもう任せればいいだろう。

『みき』

「うん?」

『放っといて悪かった。大丈夫か?』

「…うん、大丈夫」

一瞬後ろに視線を逸らしたみきはすぐに表情を繕って頷く。不安そうなそれにやらかしたなぁと頭を掻いた。

『わりぃ。いとこがからかわれてて我慢できなかった』

「、いとこ?」

『ん』

「そ、そうだったんだね…!」

安心したと顔に書いてあるみきは、ぁ、と小さな音を零して視線を何かに奪われる。

『……歩くのダルくなってきたし、座りながら話す。腹減ってんか?』

「あ、え、うん!」

『じゃあそこにするか』

ぱぁっと明るくなった顔色に手を引いて中に入る。オレンジ色に黒字の看板を掲げたファミリーレストラン。案内されるままに席について、荷物を隣に置いて向かい合って座った。

『どれ?』

「えっと、」

あわあわとしながら広げたメニューに視線を落として移してく。迷ってるらしい様子を眺めていれば顔を上げて、目を輝かせた。

「これ…!………あ、こ、これでもいい、かな…?」

『ん。いいんじゃねぇのォ。デザートはいつものでいいのかァ?』

「うん!」

様子をうかがってた店員がお決まりですか?と微笑むから選ばれたプレートと単品を二つほど、それから後出しでデザートを頼む。

会釈して引いていった店員を見送って、向かいを見た。

『話の続き』

「つ、続き、?えっと、」

『今日はフルセット出てたなァ。トスも上がってたし、セッターの奴とうまくやれそうか?』

「あ!うん!えっとね、沢根先輩とお話して、そうしたら、いいよって、タイミングとか、いっぱい話して、練習したの!」

『ふーん』

一年生から実力があって、二年ではほぼスタメンで全試合に出てるみきに羨望や妬みの目が向いてたのは知ってる。みきにエースの座や出番を奪われた三年との確執があって、現三年のセッターと少し折り合いが悪かった。

みきはスポーツをしているときの悪意は気にならないらしいから放っていたけど、遠くから見てもそれなりに周りの空気感に壁があって、監督などもそれをどうにかしようと動いてたらしい。

いつの間にか当人同士で解決したのならそれは喜ばしいことで、嬉しそうなみきを眺めながら運ばれてきた食事に手を付けた。


×


「来栖」

食事のあとにまた少しフラフラして、それから家に送り届けて。寮についたのは陽が落ちかけてる時間なのに、待ってたのか風丸が出迎えた。

『なに』

「あの、その…ごめん」

『は?何がァ?』

視線を迷わせたあとに落とした風丸に眉間に皺を寄せる。神妙な顔に訝しんでいれば風丸はその、と言葉を続ける。

「ちゃんと浦部には伝えたから」

『…………ああ、別に気にしてねぇよ』

「え?あんだけオーラ出しといて、前科持ちがそれは無理があるだろ」

『前科持ち言うな。人として当たり前の行動してんだけだ』

「まあ来栖はそうだろうけど…。…でも、ああいうこといきなりやるからお前クラスで遠巻きにされるんだぞ?」

『近くで騒がれても迷惑なだけだろ。今がちょうどいい』

風丸が言ってるのはもう去年の話で、昼休み中のクラス内で起きたそれは箝口令が敷かれたけれど知ってる奴は知ってる。おかげで去年同じクラスだった風丸と木野は俺のこと爆弾かなにかと思ってる節があるし、教師も扱いに困ってる様子が伺える。

『後始末押し付けて悪かったな。後で木野にも直接言うけど謝っといてくれ』

「あー…、木野は浦部にキレきらなかったこと褒めてたからたぶん気にしてないと思う…」

『は?俺のことなんだと思ってんだァ?』

「まごうことなく問題児だ…」

頭がいたそうに抑えて息を吐いた風丸に目をそらして、持ってた袋から一つだけ袋を取り出した。

『風丸』

「え、うぉ、急に投げるなよ!」

『受け取れたんだからいいだろォ。じゃあな』

投げつけたそれを慌てて受け取った風丸に足を進めて自室に向かう。部屋に入って鍵をかけて、また中身のある袋を机の上に置き、ベッドに倒れ込む。

窓から差し込むのは月明かりくらいで、時間を見ればまだ六時ほど。夕食までは時間がありそうだからそのまま目を瞑って意識を飛ばした。


×


こんこんと扉を叩く音がずっと響いてる。二回叩いて、少し間を置いて、またこんこんと叩かれて。何度も叩かれ続ける扉に最初は無視していたけどあまりにしつこいから起き上がる。

目を擦りながらふらふらと扉に近寄って、未だノックされ続けてる扉を思い切り殴る。

『うるせぇ!』

「あ、……ごめんね、諧音くん。寝てたんだね…」

向こうから聞こえる消え入りそうな小さく柔らかな声に一瞬固まる。それから鍵を解いて扉を開いた。

『…………』

「…………」

顔を合わせて、目を合わせて。用があって来たはずの冬花は何も言わないから息を吐いて頭を掻く。

『あー…なんの用だァ?』

「…………………」

仕方なくこちらから切り出せば冬花は視線を揺らして、ずっと自分で繋ぎあっていた手を解くと右手が俺の服を掴んだ。

「……お話、したいの」

『…………はあ〜…。流石に部屋には入れらんねぇから、あー、食堂か道也の部屋でもいくかァ?』

「………………」

『…星でも見に行くか?』

「……うん」

『すぐ出るからちょっと待ってろ』

「うん」

服から手が離れる。すぐに部屋から上着と携帯を拾って、鍵を持って出た。鍵をかけて歩き出す。服を摘まれてる感覚に置いてかないように気をつけながら階段を降りて、寮を出た。

冬花の死角になるようにして確認した携帯には10時を超えた時間が表示されていて、無事に寝過ごしたらしい俺は夜飯を食べ損ねてた。

寮内は静かだし、ほとんどの人間は自室で眠りについてるんだろう。

相手から来てた文は全部無視して道也に要件だけ入れて送って携帯をしまった。

外に出ると言ってもあまり遠出する訳にはいかない。深夜徘徊で補導されるのも、変なやつに絡まれるのも控えたい。

だから寮から学校側に向かい、外にある自販機で飲み物を2つ買って近くのベンチに並んで座った。

片方の缶のプルタブを開けてから差し出す

『ほら』

「…うん、ありがとう」

両手で缶を受け取った冬花は持ったまま口につけない。

同じように飲み口を開けて、炭酸を飲み込む。じっと待ってても冬花は話し出すことはないから、先に口を開いた。

『どーしたァ?』

「………えっと、…」

何か言おうとして、口の中に戻す。迷ってる視線と同じように言葉も混ぜている最中らしい。

強い訳ではないけど風が吹いてて、冬花の髪が揺れるのを眺めながら、持ってきてたそれを肩からかける。缶を持つ手に力を込めて、目をつむった。

「…ありがとう」

『別にィ』

冬花はそのまま何も言わず、俺も飲み物を口にするだけでぼーとする。

目を瞑って丸くなってるところは小さな頃と変わらなくて、風で流れる雲によって辺りが暗くなったり明るくなったりを三回ほど繰り返したところ冬花は目を開けた。

空を見上げて、目尻を落とす。

「星、あんまり見えないね」

『上の方は雲が厚そうだからな。このままだと雨降りそォ』

「たしかに。もし朝から降ってたらお洗濯物大変そう」

『どろどろになんだろうなァ』

いつもどおりの口調、声色。冬花はふふっと笑いを零すと缶を口元に近づけて、傾けると喉に通す。傾けていた缶を戻して目を細めた。

「諧音くん、ありがとう」

『なんもしてねぇよ』

「……ふふ。そうだったね。でも、ありがとう」

何か整理ができたのか穏やかに微笑んでる冬花に一度目を瞑る。遠くから聞こえ始めたゴロゴロという音と雲の厚み、これはもう少ししたら雨が振りそうだ。

「そういえば諧音くん、お腹は空いてないの?」

『あー…食べなくても気にならねぇって程度』

「そっか」

『今日の夜飯なんだったァ?』

「メインは煮込みうどんとお芋とお肉の甘煮だよ」

『へー』

さして気にしてなかったけど聞けば少しだけ空腹を思い出す。少し考えて、隣を見れば冬花も顔をこちらに向けていてにっこり笑った。

「コンビニ、行きたいな」

『はあ。ほら、行くぞ』

「うん」

立ち上がった冬花から缶を受け取る。空のそれを俺の分と合わせて二つ捨てて、その間にパーカーに手を通してしっかりと羽織った冬花は余った袖を手首より手前に来るように調整する。

右手を俺に差し出した。

「ねぇ、諧音くん」

『ったく。今日だけだからなァ』

「ふふ。はーい」

手を取って歩き出す。小さい頃は転校したてで馴染めなかった冬花が悩むたびにこうやって手を引いて遊びに行った。行き先は公園だったり家だったりと様々だったけど、夜に向かうのは定番のコンビニで、確認した時間はまだぎりぎり11時前だったから少しだけ早足でコンビニに向かった。

『あったかいのかつめてーのか』

「んー、あったかいのの気分」

『この時間まだあんのか…?』

「なかったらはしごだね」

『ばーか。んな連れ回さねぇわ』

学校から十分ほど。広い駐車場にぽつんと明るい建物。深夜というには少しだけ早いから屯っている人間もいないようで店内に入る。

「いらっしゃいませー」

髪の色が明るい店員に迎え入れられて、レジの横にある機械の中に物が入っているのが見えたからそのまま向かう。立ち止まって、冬花を確認した。

『なにがいい』

「甘いのとしょっぱいの」

『、飯食ったんじゃねぇの?』

「帰るの遅くなっちゃったから少しだけだったの。はんぶんこしよ。だめかな?」

『へーへー』

機械の中から肉まんとあんまんを頼んで紙の袋に詰めてもらう。会計を済ませてすぐに店を出て、コンビニの外で袋を開けた。

『半分食えんの?』

「がんばる」

『無理はすんなよ』

とりあえず両方割って、一つ差し出す。半分になったあんまんを袋ごと持った冬花に片割れを手に持って口に入れた。息を吹きかけてから口をつけた冬花も甘さを感じてか目尻を落として、咀嚼して飲み込む。

「甘くておいしいね」

『ん』

あんまんを食べきったところで肉まんを割っておく。少し遅れて空になった袋を受け取って、今度は肉まんを渡す。

右手に持たれたそれに左手が差し出されるから仕方なくまた繋いで、歩き出した。

「食べ歩きなんて珍しい」

『雨降りそうだしちょっとでも校舎に戻っときてぇ』

「ふふ、なるほどね」

鼻につく湿った、雨の匂い。空はすっかり星どころか月も見えないくらい暑い雲に覆われてる。

それでも肉まんをちまちまと食べ進める冬花を急かす気にもなれずゆっくり歩いて、時間が来てしまったのかぽつりと鼻先に触れたそれに少し駆け足で屋根の下に移動した。

ぽつぽつと音がして、それからざーっと叩きつけるような雨に変わる。通り雨であろうそれは外に出れば濡れ鼠になるのはわかりきっていて、冬花が笑う。

「間一髪」

『いつ止むんだろうな』

「止まなかったら困っちゃうね?」

『流石にこのまま夜は明かしたくねぇな』

肉まんをかじりながら空を見上げる。

なんとか校舎まで戻ってきたけど合宿所までは屋根がない。どのくらいで止むのか、もっと気温が下がるようなら流石に迎えを頼んだほうがいいかもしれない。

「諧音くん」

『あ』

差し出された肉まんを頬張る。残りを冬花が口に入れて、同時に飲み込めば冬花は笑った。

「雨止むかなぁ」

『さぁなァ』

「…なんだか楽しい」

『どこがァ?』

「前もこんなふうに雨宿りしなかった?」

『あー、したかも』

「あの時もお散歩した帰りだった気がするの」

『一緒に出かけんの散歩した時くらいだからだろ』

「そうかも」

ふふと笑い声を転がしてる冬花はもうすっかり気が晴れてるらしい。弱まらない雨足に仕方なく揺れてる携帯を押さえるように手を入れて、さっさと文字を打つ。

「諧音くん」

『なんだァ?』

「ひさしぶりにお姫様ごっこしたい」

『は、?』

「ふふ」

手を引かれて飛び出す。屋根から出た瞬間に髪と顔と降りそそがれる雨に一瞬でびしょびしょになって、雨の染み始めた服は重たいし、前髪が張り付いた。

『お前な…』

ぱっと手が離れて差し伸べられる。にこにこしてる冬花に息を吐いて、屈み片膝だけ立てて見上げ、下から掬うように手を取り唇を寄せた。

『もしよろしければ俺と踊ってくださいませんか?』

「もちろん、喜んで」

笑った冬花が手を伸ばすから繋いで支える。足を決まった順に動かして、くるくると回って、意外と覚えているらしい冬花に口角が上がった。

『ステップ踏めてんじゃん』

「ふふ。素敵な王子様に何回も教えてもらったから」

小さな頃、年相応に人並みにお姫様に憧れてた冬花がたまたま見ていたアニメに映ってた舞踏会シーン。それに反応した俺に冬花は目を輝かせて手を取った。

「諧音くんが元気になってよかった」

『それは俺の台詞だァ』

今は俺が手を取ったけど、あの時手を取ってくれたのは冬花だ。

ばしゃりといつの間にかあった水たまりを踏み、水しぶきを上げつつ動いて、そのうちステップもどうでもよくなってただくるくる回り、笑う。

「たのしい…!」

『ははっ!これ道也キレそうじゃね!』

「たしかに…!」

笑いを零して遊んでいれば音が響いてきて、近寄ってくるそれに二人で足を止めれば目があった道也が目尻をこれでもかと上げた状態で息を吸った。

「冬花!諧音!!こんな雨の中で何してるんだ!!」

「えへへ、ごめんなさい、お父さん」

『テンション上がっちまった。わりぃ』

「お前たちは…!!風邪を引く!早く部屋に戻るぞ!!」

今更差し出される傘に仕方なく入ってついでに渡されたタオルを冬花にかける。雨宿りしてるといれたから持ってきてくれていたんだろうそれはここまで水をかぶってる俺達には意味がなかったけど顔を拭ってやって、髪から垂れる水を少し押さえる。

「戻ったらシャワーを浴びろ!全く!!」

「怒られちゃったね」

『わかってたことだろ』

「歩く!」

『「はーい」』

道也の持ってきてくれた傘に収まりながら二人で歩いて、五分とかからずたどり着いた入り口で傘を閉じる。改めて明るいところてみると二人とも風呂上がりよりもびしょびしょで、顔を見合わせて笑えば道也が眉間に皺を寄せた。

「さっさと!風呂に!入りなさい!!」

「はーい。諧音くん、一緒に入る?」

『準備があるから先浴びてこい』

「わかった」

濡れた靴で歩く冬花が道也の部屋に向かう。その間にぎっと睨まれたから張り付いてる髪を払って目をそらした。

『あんま怒んなって。思春期の子供はいろいろあんだよ』

「お前と出歩いてるのは百歩譲って許すが、こんな大雨の中で踊るなんて風邪を引こうとしてるのか」

『ほんとそれ。冬花の発想と行動力すげぇよな』

「諧音、わかってるなら止めろ」

『道也呼んでたしどうせ十分もかかんねーだろうから付き合ってやろうかなって。とりあえず服だけ着替えたらなんか作んかなァ。腹減ってる?』

「はぁ。俺はいい」

『オッケー』

「冷蔵庫になにがあるか見ておこう」

『ん。頼んだァ』

ほとんど機能してない濡れたタオルで髪を押さえながら部屋に戻る。引っ張りだした袋の上に服を脱いで置き、タオルで拭いながら着替える。ついでに服を二つほど持って道也の部屋に寄った。

シャワーの音が止んでるから外から声をかけた。

『冬花ァ』

「ん?なぁに?」

『服着て準備終わったら食堂来いよ』

「わかったー」

服を置いて部屋を出る。その足で食堂に向かえば冷蔵庫の前にいた道也が顔を上げた。

「割と色々あったがなにを作ればいいか全くわからん」

『てきとーに作りゃいいんだろ。ほんとになんも要らねぇ?』

「冷えた」

『はいはい』

減っても困らなそうな卵とそれから葉物を少し取って鍋に水を入れて火にかける。

葉物を千切ってる間に伸びてきた手が首にかけたままのタオルを取って髪が拭われ始めた。

『危ねぇ』

「火も刃物も使ってないだろ。そもそもちゃんと乾かしてこい」

『めんどくさい』

「本当に風邪を引くぞ」

辞める気はないらしい道也に諦めて卵を割る。三つ、解すようにかき混ぜておいてぶくぶくと大きな泡を作って沸く鍋に先にレタスをいれた。

『つーか、冬花帰ってくんの遅かったのか?さっき彼奴腹空かしてたぞ』

「円堂の特訓に付き合っていたらしい。帰ってきたのは七時過ぎだったな」

『ふーん。青春してんなァ』

「…………許さん」

『過保護かよ』

「駄目だ。サッカーのことだけしか考えてない男は許さん。冬花を一番に考えてもらわないとな」

『はいはい。ほら、味見』

「ん」

味を整えてた汁を掬って差し出す。頷かれたからそのままたまごを加えて、ついでに水で溶いた片栗粉を流し込みほんのりととろみをつけた。

微かな足音が聞こえて顔を上げる。髪は軽く乾かしたようで毛先だけ湿ってるのか、一応と言ったようにタオルを首元にかけた冬花は置いておいた俺の服を着てる。

『着替えなかったのかァ?』

「うん。大きい方が暖かいから」

『あっそォ』

「いい匂い。スープ?」

『ああ。もうできるから座っとけ。道也もだ』

「わかった」

親子揃って仲良くテーブルに向かうからごま油を少し垂らしてかき混ぜ、出来上がったそれをよそう。お椀にそそいでトレーに乗せ、スプーンを三つ揃えて運んだ。

一人一つ、お椀とスプーンを持ったところでいただきますと声を揃え口をつける。

汁を啜ったところでほっと息を吐くのは冬花で、道也も眉尻を下げた。

「暖まるね」

「そうだな」

二人の穏やかな声にスプーンを使ってレタスを掬い咀嚼する。まだほんの少しだけ歯ごたえのあるそれを飲み込んで、聞こえてきた扉を開く音に顔を上げた。

「やっぱりここからうまそうな匂いする!」

『うわぁ…』

「あれ?守くん?こんな時間にどうしたの?」

「いやぁ、鬼道と豪炎寺と作戦会議してたらこんな時間になっちゃってて、そしたらいい匂いすると思って!な!」

「来栖に…監督と久遠までいるのか」

「夜ふかしは褒められたことじゃないな」

「すみません。思っていたより長引いてしまって…」

後ろから続いて入ってきたのは鬼道と豪炎寺で、一気にひと気の増えた室内にスープを啜る。

ふらふらと寄ってきた豪炎寺は目を輝かせた。

「おいしそうだな」

「ふふ、うん、おいしいよ」

「俺達小腹空いちゃって!まだありますか!監督!」

「………あるのか?」

『三人分はねぇぞ』

「そんなぁ〜!!」

膝をついた円堂に息を吐く。喧しいそれにお椀の中身を飲み干して立ち上がった。

『こんな夜中に物食おうとすんじゃねぇ』

「来栖だって食べてただろ?」

『はぁ〜』

ちらりと冬花と道也を見ればまだスープは半分入っていて、わかりやすくうるうるとしたチワワみたいな円堂の大きな目とじっとこちらを見てくる二人に頭を掻きながらキッチンスペースに向かう。

『冬花』

「ふふ。えっと、守くんたちはどのくらいお腹すいてるの?」

「ん〜、おにぎりニつ分くらい!」

「俺はそうでも…少しつまめれば」

「俺もそうだが…なぜだ?」

「だって、諧音くん」

『ちっ。十分』

「三人ともゆっくり座って待っててねだって」

「久遠は来栖の翻訳機なのか…??」

馬鹿なことを言い出した豪炎寺の言葉を最後に扉をしめる。

さっきと同じように水を足して火にかけて、レタスを千切って、ついでに半端な玉ねぎと余りなのか器によそわれている白米を拝借した。代わりに同じ分量くらいになるように米を研いで炊飯器に入れておく。

レタスも玉ねぎを入れて煮込み、白米を投下して、多めの卵を混ぜながら注ぐ。火が通ったところで刻んだネギを散らして、器を三つとスプーン。それから調理に使ってたお玉と鍋ごと持って扉を蹴り開けた。

「んん!すっごくいい匂い!!」

「ああ…!食欲をそそるな」

『そそってんじゃねぇよ。食ったらすぐ寝ろ』

「…………」

そわそわとするのは鬼道と道也で、嗅いだら腹が減ってきたとかそんなところだろう。冬花が置いてくれた鍋敷きの上に鍋を置けば円堂の目が輝いて垂れかけた唾を飲む。

「〜っ!おいしそう!!」

『これしかねぇから分け合って食え。食い終わったら洗いものはしろよ』

「わかった!」

「ありがとう、来栖。いただきます」

「…いただきます」

持ってきた器を取って、お玉でかき混ぜてから掬い、とりあえず全員お玉で二杯、渡す。それから近くにあった器を取り、同じように道也の前に渡す。

『冬花』

「いいの?」

『こいつらが食っててお前が駄目な理由がねぇだろ』

「ふふ。じゃあいただきます」

『ん』

冬花には少な目で渡せば息を吹きかけ始めて、ぱっと円堂が顔を上げた。

「うまい!!」

「おいしい」

「おいしい…」

『そーかよォ』

円堂は元気よく、豪炎寺は微笑んで、鬼道はこぼれ出したように感想を告げる。目を逸らすより早く空っぽの器が視界に入った。

「おかわり!!」

『てめぇで食いたい分入れろ』

「わかった!」

最初に腹が減っていたと宣言していたとおりまた最初と同じくらいの量をよそった円堂に、続けて豪炎寺も掬ってお椀に入れて、鬼道も同じようによそう。

見事なまでの食いっぷりを眺めていれば唯一手が止まりかけている人間の動きが目に止まって、手を出せばお椀とスプーンが渡された。

「ありがとう。とってもおいしかったよ」

『ん』

なんだかんだ中華まんを一つ分とさっきのスープも食したことを考えると冬花には多くて残す気はしてた。

放っておいたら無理して詰め始めるから先に止めて、残ってる分を引き継いで食べ始めれば豪炎寺があれ?と首を傾げた。

「来栖と久遠、二人とも髪が濡れてるが風呂上がりなのか?」

『雨に振られただけだ』

「そういえばすごい雨だったな」

「ゲリラ豪雨ってやつだったよな!あーんなにすげー降ってたのに今はもう止んでる!」

「たしかにすごい雨だったが…なんで外に??」

不思議そうな鬼道と豪炎寺に円堂はそういえば?と目を瞬いて、頬杖をついて目を逸らす。

『…外に出てた俺に冬花が傘持ってきてくれたんだけど傘折れてずぶ濡れになった』

「来栖の奇行のせいか」

「二人とも風邪ひくなよ?」

「私はシャワーも浴びたし、暖まったから大丈夫」

曖昧に笑う冬花に円堂がきょとんとして、んーとなにかが引っかかったように唸る。声が大きいから横に座る二人もどうした?と視線を奪われて、横から伸びてきた手が俺の服を掴んだから息を吐く。

元からさして仲が良いわけでもなく、素行もよくない俺なら何を言っても納得されるだろうと思っての嘘の理由はあっさりと受け入れられた。

特に風丸とよく話している鬼道はまたかと言いたげな空気を出していたし、豪炎寺は人の言葉を疑う気はないのか素直に頷いてた。

未だに唸ってる円堂を無視して、いつの間にか用意されていたグラスを取る。

「さっき見たのやっぱ気のせいだったのかな…」

「なんの話だ?」

鬼道が口をつけてたお椀から離して言葉を促す。グラスに口をつけた。

「グラウンドのあたりでふゆっぺと来栖見た気がしたんだよなぁ」

『「………」』

「グラウンド?なんでそんなところの話になるんだ?」

「いやぁ、話してる最中に俺トイレ言っただろ?そのときに校舎の方で音がしてさ、雨すごかったしはっきりしなかったんだけど、二人が楽しそうにグラウンドで回ってた気がして」

「回る??何言ってるんだ…??」

「あんな大雨の中でか?ありえないだろ?」

「うーん。やっぱそうだよなぁ」

冬花の表情は笑みで固定、道也は元から話に入っていないから気にしていないふりを続けてる。俺もグラスの中身を空にしたところでグラスをおろした。

『くだらねぇ話ししてねぇでさっさと食いきれ。明日寝坊しても知らねぇぞ』

「あ!そうだな!豪炎寺、鬼道、食べるか?」

「ああ、もう少し欲しい」

「俺もいただこう」

「監督も食べますか!」

「いいや、俺は遠慮しておこう」

立ち上がった道也が俺の前の器とスプーンを重ねて持つ。

「食べ終わった者から片付けて部屋に戻るように。遅刻は許さない」

「はい!おやすみなさい!監督!」

「「はい。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」」

三人と挨拶を交わしてキッチンに消えていく道也に俺も立ち上がる。一緒に冬花も立ち上がって、三人を見据えた。

「お話できて楽しかった。また明日ね、守くん、豪炎寺くん、鬼道くん」

「ん!おう!おやすみ!ふゆっぺ!あ!来栖もありがとな!ほんと飯うまい!ごちそーさま!!」

「ああ。また明日。来栖、ご馳走様、本当においしいぞ。ありがとう」

「明日もよろしく頼む。…来栖、ご馳走様でした」

『おー、洗いもの頼んだわァ』

また食べてる最中の三人を置いて二人で食堂を出る。冬花がまた俺の服を摘んだから歩きだして、道也の部屋の隣の扉に立った。

『ほら、ついたぞ』

「うん」

『ちゃんと寝ろよ』

「ふふ。うん。ありがとう」

頭を撫でて離す。自分の部屋の扉の鍵を開けた冬花は笑った。

「おやすみなさい、諧音くん」

『ん。おやすみィ』

扉が静かにしまって、しっかりと鍵のかがる音を聞く。息を吐いたころで眠気が襲ってきて、あくびをしながら隣の部屋の扉を開けた。ふらふらと進んでベッドに寝転がる。

シャワーに関してはあれだけ温かいものを食べたしもういいだろう。

布団に包まって目を瞑って、意識がほとんど飛びかけてるところでベッドが軋んだ。

「人の布団で寝るんじゃない」

『…んっ…さみぃ…』

「はあ。まったく。仕方のない奴だな」

目をつむったまま手を伸ばせばため息のあとに布団がかけ直されて、それから抱えられる。くっつけば暖かくて、意識が薄れてく。

『…すみ…みちや』

「ああ、おやすみ。ありがとう。きちんと眠りなさい」

『ん…』

暖かさと、髪に触れる感覚。受け入れているうちに意識は完全に途切れた。



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