イナイレ
店からだいぶ離れたところで手を離した。
「は、な、なんだよ」
『とっととあの店から離れたかっただけだァ』
「はぁ…?」
ここまでくればさすがにおっさんも気づいたって追いつけないだろう。
引っ張られて歩いてた不動は訝しげで視線が泳いでる。
『これ以上遅くなんと道也がうぜーから帰んぞォ』
「お、おう」
声を掛けてから歩き出せば不動はちゃんと後ろをついてきて、喧騒から離れた河川沿いを進む。
日中なら地域のサッカークラブやらがボールを蹴る音がしたりするけど、こんな時間だとさすがに声はしない。隣に並んだ不動はそっとこちらを見上げた。
「いいのかよ、まじで一銭も払ってねぇぞ」
『いーって言ってたんだからいいんじゃねぇの。ああいう下心がねぇ好意は素直に受け取っとけ』
「下心ってお前…」
『経験上、後から交換条件つけてくん奴と最初から人当たりの良い奴はろくでもねぇ奴が多い』
「…………そうか」
目をあからさまに丸くして、それから視線を落とした不動に息を吐く。
『んなわかりやすくまずったって顔すんなよ。別に気にしねぇわ』
「……お前って、………」
なにか聞こうとして、言いよどむ。歩みは止めずに進んでいれば伸びてきた手が俺の服を摘んだ。
『あ?』
「…………その、……来栖、お前も、同じ…なのか?」
『なんの話だァ?』
抽象的すぎる問いかけに眉根を寄せて、仕方ないから足を一度止める。
『主語がねぇ。会話してぇんならしっかり話せ』
「……………」
ぎゅっと眉根を寄せて、唇を結ぶと噛む。なにかに迷っている様子を見守ってれば手から力が抜けて、掴まれてた服が離された。
「……………」
俯いてる不動の揺れる髪を眺めて、目を細める。
『…お前がそれでいいなら、いい』
「、」
ぱっと顔が上がって、さっきよりも強く、手首が掴まれた。
「まて、」
『あ?どこにも行かねぇわ』
「、」
『話してぇなら話し終わんの待っててやんし、聞かれたくねぇなら何も聞かねぇ』
「…………」
『つか難しく考えすぎ。俺に媚び売っても敵意向けてもなんも変わんねぇから、ビビってねぇでちっとは直感で動いてみろ。クッソみてぇなことばっかあんけど、案外なんとかなるように世の中は出来てんだよ』
掴まれてる手首に一際強く力が篭って、震える。揺れそうになった視線はすっと上がって、俺を見つめた。
「お、お前は、腹立ったことねぇのか」
『大抵いつもイライラしてる』
「え、……どんなときに苛つくんだ?」
『ゲームできねぇとか自由が制限されたとき。風丸にゲーム没収されたり昼寝邪魔されたり…あー、あと円堂がうるせぇときとか、豪炎寺が寄ってきたときとか、最近は音無が絡んだときの鬼道もうぜぇと思ってる』
「………それほとんどいつもじゃねぇか」
『イライラする原因が近くにいるんだ。そりゃそうなる』
「それもそうだな…」
『これから海外に連れてかれたら更に四六時中一緒だからすでにストレスがやべぇ』
「……はげそう」
『啼かされてぇのかァ?』
「、」
ぶわりと首から赤くなった不動は何を考えたのか。わざとらしく息を吐いてみせればきっと睨まれて、首を傾げてみせた。
『でェ?他に聞きてぇことはァ?』
「ほか…他は、……どれから聞いたらいいのか…」
『そんな聞くことあんのォ?俺はそこまで深みのある人間でもねぇし何も考えてねぇから、さっきみたいなしょうもないことしか言わねぇぞ』
「……それでいい」
目尻が下がって、口元が綻ぶ。少しだけ緩んだ手首をつかむ力に一度手を引っぺがして、驚きで固まった手を捕まえて繋いだ。
『歩きながら話すぞ』
「………は!おま、だ、誰かに見られたら、」
『別にこんな夜に歩いてる奴ほとんどいねぇだろうし、見られたところで当分稲妻町どころか日本にも居ねぇんだからどーってことねぇわ』
「で、でも」
『…はあ』
一度手を離す。やってしまったとでも言いたげに不安そうに目を見開いた不動にパーカーを脱いで、ぽかんとする不動に押し付ける。
『着てフード被れ。そうすりゃてめぇの顔は見えねぇだろ』
「、」
『暑くても文句は言うなよォ』
「…わ、わかった」
いそいそとパーカーに腕を通した不動は後ろからフードを引っ張って被る。少し大きいらしく余ってる肩や袖口に、帰るだけならいいかと手を差し出せばそっと重ねられて繋ぎ直した。
歩き出す。さっきよりもペースは落として、隣よりもほんの少しだけ後ろを歩く不動に口を開く。
『質問何個ぐらいあんの?』
「………とりあえず今んとこ10個くらい」
『じゃあ散歩がてらそこら辺歩くか』
「…監督に怒られるんじゃねぇの」
『まぁ道也のことはどうにかなんだろ』
さっきからポケットの中の携帯は揺れてるけど、食事して帰ると入れてからそんなに経ってないだろうし、道也もそのうち諦めるだろう。
『んじゃあ、質問一個目ェ』
「…えっと、…来栖の好きな…食いもん」
『あー…ガムとか炭酸?』
「それは嗜好品と飲み物だろ…。料理」
『特にこだわりはねぇけど…虎んとこの店で出るカレーにオムレツ乗せたやつとミートソーススパゲッティにオムレツ乗っけたやつは昔から食ってる』
「虎…宇都宮とは昔馴染みなんだったか」
『正確には昔に通ってた店が彼処で、そんときちょろちょろしてた虎と面識があっただけだ』
「ふーん。…嫌いな食いもんは?」
『ねぇなァ。食べるのが苦手なのはラーメンとそばとうどん』
「…ああ、だろうな」
納得がいったようにこぼされた言葉に口を開く。
『お前は?』
「え、」
『好きな食いもんと嫌いな食いもん』
「…えっ、と…あったかい食いもんは好きだ。インスタントは得意じゃない」
『あー、わかる。俺もそれが嫌で自炊してる』
「…そういえば料理慣れしてるよな。いつから料理してるんだ?」
『さぁなァ。覚えてねぇけど、たぶん…小学高学年とかそんぐらいじゃね』
含みのある回答に頷けば、フードで翳ってわかりづらいけれどぱちぱちと目を瞬いた。
料理してる姿はついこの間の祝賀会で追加料理を用意してるときに見られてたし、隠すようなことでもない。
情報が飲み込めたのかまばたきが落ち着いたのを見計らって次はァ?と伺えば口元がゆっくり動く。
「得意料理は?」
『煮るもんと焼くもん。その間に他のこと出来る』
「たとえば?」
『シチューとかパイとかグラタンとか』
「は?本格的かよ」
『手ェ抜くとこは抜いてる』
「わざわざ自分の食うもんにそんは手間かけられねぇ…」
『一人で食うときはさすがにダルくてそんなん作らねぇよ。適当に卵焼いたのとか汁物で米とかパン食ったりしてんわ』
「そ、そうなのか」
『そういや、この間の祝賀会はそういうのあんまなかったな』
「…作る担当が遅刻してきたからだろ。おかげで俺と飛鷹が下準備手伝わされたぞ」
突き刺さる視線に触れないように話を進める。
『あー…次の質問』
「…はぁ。…好きな教科は?」
『強いて言うなら英語と音楽』
「…意外だな」
『話すのに必要だから覚えただけ。音楽は趣味』
「、海外にいたのか?」
『ちぃせぇ頃になァ。まぁ数年住んでたし、現地の人間とコミュニケーションとんのに話せねぇと困るから最低限身につけただけだ』
「へぇ…!…音楽は…楽器か?声楽か?」
『どっちもやったけど楽器派』
「…何の楽器が出来るんだ?」
『和物なら篠笛…横笛と筝、洋物ならピアノとヴァイオリンとか』
「、似合わねぇ」
『うるせぇ』
反射で感想をこぼした不動にすぐさま言葉を返す。普段の俺の様子で考えれば楽器演奏してるところなんて想像ができないのかもしれないし、そもそも、雷門にいた奴らでも授業にろくに参加してない俺が楽器に触れたところは同じクラスの風丸でもリコーダーくらいしか見たことないはずだ。
「それも小さい頃か?」
『そうだな。小さい頃に日本にいたときと、海外でもちょこちょこやってて、今もたまに触ってる』
「へぇ…聞いてみてぇな」
『ん、日本帰ってきてからならいいぜ』
とりあえずあんまり見覚えがないけれど道を進んでみる。川は一本だから最悪同じ方向に角を曲がり続ければ一周して来た道を戻れるだろう。
不動はどこを通ってるのかは気にしていなそうで、曲がろうと進もうと戸惑う様子はなかった。
『次はァ』
「えっと…、………」
口元をもごつかせた不動に催促することなくゆったりと歩きながら言葉を待つ。
すでに決まってる十個の質問の、三つ目でこれだと散歩は一時間コースかもしれない。
「す、好きなスポーツ」
『サッカー』
「!」
ぱっと顔を上げた不動は目を丸くしていて、繋いでる手に力がこもる。
「ほ、ほんとか?」
『こんなことで嘘ついて何になんだよ。今んとこお前に嘘ついたことねぇわ』
「そ、そっか」
口元が緩んで指に力が入った。体温の高い不動はそのまま言葉を続ける。
「えっと、好きなポジションは?」
『特にねぇけど…ディフェンダー』
「、意外」
『元々やってたのがディフェンダーだから他のとこは違和感あんだよ』
「へ、へぇ…!」
せっかくフードを被せてるのに顔を上げたら意味がないような気もしつつ、跳ねる声に指摘はしないでおいて、不動はそわそわとしながらどこか早口で話す。
「で、でもこの間シュートしてたし、技持ってんくらいだからゴールも決めたいのか?」
『あー、ゴール決めんのも楽しいけど…俺は相手のやりてぇこと邪魔すんのが楽しいからディフェンダーかミッドフィルダーがいい』
「性格歪んでんな」
『否定はしねぇ』
楽しそうに緩んだ表情と上擦って普段より早い声。繋いでる手は力が入ったままで、歩き続けているのと厚着で体温が上がってるのかもしれない。
「いくつからサッカーしてたんだ?」
『気づいたらボールは蹴ってたな。ちゃんとチームに入ったのは7歳とかそんくらい』
「遅めなんだな」
『ちぃせぇ頃はさっき言った習い事もあったし、彼奴とボール蹴ってるだけで満足だったからな』
「…彼奴?」
『…………次の質問』
話しすぎたから強制的に話題を変える。不動は唇を結んでから開き直す。
「聞いていいのか、わからねぇけど…」
一度口を閉じて、手に力を込めると意を決したように動かす。
「か、監督のこと、なんで名前で呼んでるんだ?」
『親戚だから』
「はぁ!?親戚?!」
『道也は叔父』
「叔父…あ、じゃあ久遠は…」
『一応従姉妹にあたるな』
「そ、そうか…」
何故かほっとしたように息を吐く不動に目を逸らす。
厳密に言えば冬花は養子だから、戸籍上は従姉妹だけど血はまったく近くない。
今の冬花はそれを覚えてないし、俺からわざわざ吹聴するようなことでもないから、不動が顔を上げて次はと零すのにあわせて言葉を飲み込んだ。
「好きな音楽」
『ゲームならインスト系。演奏すんのもそっちが多い。普通に聞くだけだったらジャンルは問わねぇ』
「前にやってたゲームはアバター踊ってなかったか?」
『あれはそういうゲームだからだ。ボーカロイドも聴くし、ゲームもする』
「ふぅん…」
そっち方面の知識はなかったのか、いまいちな反応を見せる不動はボーカロイドと復唱してた。
『不動はァ?』
「あんま音楽は聞かねぇけど…早めの音のやつ」
『ふーん』
道を曲がって、来た河川沿いに戻る。知らない場所からやっと慣れた道に戻ってきて、次はどこに曲がろうかと考えながら進む。
「あと、その…綱波とはいつから知り合いなんだ?」
『あー…ニ、三年くらい前ェ?』
「へぇ。彼奴沖縄じゃなかったか?」
『沖縄に居たときに会った』
「、沖縄にも住んでたのか?」
『仮拠点として半年くらいな』
「………今までどこに住んだことあるんだ?」
『記憶にあるのは日本だと沖縄、福岡、北海道、東京だな』
「最南と最北…距離やばいな」
『まぁたしかに』
「東京にいんのは監督が居るからか?」
『そんな感じ』
心配性を拗らせてキレられたのは二年前、中学進学に伴い、目の届く範囲に越すか、一緒に住むかの二択を突きつけられた。
冬花も多感な年頃だろうし、居候がいるのは気まずいだろうからとこっちに移住してきて、今に至る。
『…まぁ雷門に進学したのは失敗だったけどなァ』
「お前な…」
どれに対して失敗だったのかを正しく理解したらしい不動は呆れたようにこちらを見てる。
前後の席で真面目で口煩くてお節介焼きの風丸に、その友達でちょいちょい学力面で泣きつきに来る円堂。寡黙そうに見えて清々しいくらいに図々しい豪炎寺。まとめ役で冷静なときは割とマシだけどさらっと人を巻き込んでくる鬼道。
学生服を着ていた頭の中の三人が青色のユニフォームを纏って、その周りに人が浮かぶ。
感情で突っ走る虎、憧れが強いんだろうけど期待の眼差しを向けて声を上ずらせる立向居、明るすぎる条助、会うたびに意味深なことを零してくる吹雪、ひどく礼儀正しく俺を見上げてくる飛鷹。思い出してしまって今後グイグイ来る予定と宣告したきた緑川にうざいくらいに心配性な道也。
『…………俺の周り、人の話聞かねぇ奴しか居なくねぇか??』
「類は友を呼ぶって奴だろ」
『あ??』
肩を揺らして楽しそうに笑ってる不動に息を吐く。フードも被ってるし、後ろに居るから見えてないと思ってるんだろう。いつか丸見えだと教えてやらないといけない。
「なんつーか…お前振り回されるのに慣れてんよな」
『はぁ?どこを見てそう思うんだァ?』
「結局受け入れるとこ。さっきのラーメンとかもそうだろ」
『断る苦労と天秤にかけただけだァ』
「そういうとこ、本当に嫌なら断固拒否して突っぱねればいいだろ。基本ぶっきらぼうで絡みづれぇから、第一印象どころか近づかなきゃ一生印象悪いけど…不安そうにしてる奴とか、好意だけ向けてくる奴のことぜってぇ邪険にしねぇよな」
『そこまで意識してねぇ』
「構いやすいから人が集まってくんじゃね。緑川とか飛鷹とかも懐いてんだろ?」
『彼奴らが懐きやすいだけだろ。俺のせいにするな』
「素直じゃねぇな」
『全国どころか数国で放映されてる試合で構われなくて苛ついてたお前にだけは言われたくねぇわ』
「、」
ぶわっと赤くなる顔に今頃思い出したのかもしれない。
ちゃんと見ているのに、それが伝わらないことに腹を立てて、でも口下手なのと過去の経験で言葉で表せず暴言だけ吐いてた。
『鬼道がわかったから良かったようなもんで、伝わんなかったら道也が頭抱えてたぞ』
「…お前はわかってたんだろ」
『見てりゃあわかる』
「……ならいい」
『はあ?良くねぇだろ。欲しいもんがあんなら手ェ伸ばしてちゃんと掴めよ』
「………お前、欲張りだな」
『死ぬときに自分の欲しかったもん全部持ってた奴が一番幸せなんだよ。俺は欲しいもんがあったら妥協はしねぇ』
丸くなった目。驚きましたとわかりやすく描いてある顔にその感情を少しは彼奴らの前で見せればいいのにと目を細める。
感じ取るのが得意な人間もいれば、苦手な人間もいる。結局は口にするのが一番だ。
『言葉にしなかったのを後悔するくらいなら、言って壊したほうがマシ』
「…………そうか」
繋いでる手に力がこもる。不動にそういう経験があるのかは知らないし、聞く気もあまりないけど、勝手に聞かされた境遇的に色々と我慢して飲み込んでしまった言葉は多いんだろう。
俺は詳しく知らないが不動と鬼道、それから佐久間は確執があるみたいな話を条助から聞いたこともある。その時に懐かしい名前を聞いたような気もするけど、記憶違いかもしれない。
「な、なぁ」
『なんだァ』
「つ…次、の、質問、いいか」
『お好きにドーゾォ』
自由に聞いてたのに改まって了承を取る必要はない。ぎゅっと繋がれる手になにを聞かれるのかと考えていれば、フードの向こう側からオリーブ色が覗いた。
「来栖の…一番欲しいものってなんだ?」
『、……………』
言葉が出てこない。思わず手に込める力が強まってしまって、後ろで肩が跳ねたからすぐに抜いて元に戻す。
『わりぃ』
「へ、平気だ…」
『…………………欲しい…物はねぇ』
「………そう、か」
目を瞑る。
言葉に嘘はない。本当に欲しい物はない。
記憶の中の彼奴は、困ったように眉尻を下げて、それから背を向けてしまって、手は届かない。
『…会いたい奴が、いるだけだ』
「、」
繋いでる手越しに肩が揺れたのが伝わってくる。目は開けられない。今、不動の顔を見たら余計なことを言ってしまいそうだ。
いつの間にか後ろは止まっていたようで、ぐっと手が引かれた感覚に瞼を開けて振り返る。
『わる、』
「なあ」
目が合う。ばちりと音がしたような、そんな錯覚。強い視線に一歩退きそうになって、繋いでる手が引かれた。
「どんな奴?」
『、』
「お前にとって、どんな関係なんだ?」
見つめてくる瞳はえらくまっすぐで、するりと言葉が落ちる。
『………彼奴は…俺の、』
「あれ?来栖??」
『、』
ぱっと顔を上げる。場違いに響く明るい声。気づいていなかっただけで向こう側から歩いてきていたらしい三つの影に目を丸くした。
『……えん、どう?』
「やっぱ来栖か!!何してんだー!」
明るく笑って走り寄って来る円堂に、どちらからともなく力が抜けて手が離れる。
「一緒にいるのは…不動だ!珍しい組み合わせだな!」
「不動?」
にこにこする円堂に近づいてきたうちの鬼道が不思議そうな声を出して、豪炎寺が首を傾げた。
「こんな時間に何してるんだ?」
『…でかけた帰り。お前らこそこんなとこでふらふらしてんじゃねぇよ』
近い豪炎寺に両手をポケットにしまって、豪炎寺はにこりと笑う。
「俺達は特訓した帰りで、これからご飯でもと…来栖たちもどうだ?」
『食ったばっかだしパス』
「そうなのか、残念だ」
豪炎寺が俺に話しかけてくるから、必然的に円堂と鬼道は不動に意識を向ける。
「なぁ不動、長袖のパーカーにフードって、暑くないのか??」
「…別に」
「俺まだこの時期は半袖なんだよなー!あ、でも鬼道も長袖着てるか!」
「日が落ちると肌寒いからな。体温調整は健康管理に必須だぞ、円堂」
元からそう明るく雑談をする仲じゃないから、不動はそっぽ向いてるし円堂と鬼道の会話になってる。
豪炎寺が不動と俺を見比べて目を瞬いて、口を開く前に歩き出した。
『帰る。てめぇらもあんま夜にふらつくんじゃねーぞォ』
「来栖にだけは言われたくないな」
「まったくだな」
「おう!じゃーな!来栖!!また明日!!」
「明日は遅刻するんじゃないぞ」
『検討しとく』
鬼道の言葉に足を進めて、そうすればそっと人の隙間を縫い、不動もついてきた。
「不動もまた明日ー!」
右手を大きく振って笑った円堂に見送られてさっきと同じように並んで歩き出す。向こう側で円堂がラーメン!と叫んで、鬼道と豪炎寺が仕方なさそうに笑みを零すと歩き出す。
視界から消えていく三人を待っていられずにまっすぐと帰路につく。
雷門中から大体15分ほどの場所にいたらしい。特訓終わりの彼奴らに会うなんてついていないと普段なら苛立ってただろう。
今日の、今回に限っていうのなら、あの円堂の能天気さは間違いなく救いの手で天の声だった。
ぐっと服の掴まれた感覚に顔を上げる。少し焦ったような顔の不動が上着を掴んでいて、眉根を寄せられた。
「歩くどころかほとんど走ってんぞ。置いてく気かよ」
『あー……、わりぃ、ぼーっとしてたァ』
「ぼーっとして競歩レベルかよ…」
息を吐いて落ち着ける。随分といつもどおりになってきた感覚に、普段と同じように足を踏み出して、後ろをついてくる不動は眉根を寄せながら摘んでた服を離したと思うと掴み直されて、引かれた。
『なんだ?』
「手」
『は?』
「まだ途中だ。手ぇ出せ、バカが」
『……甘えたかよ』
ポケットから手を抜いて、さっきと同じように差し出す。そっと重ねられて握られるからそのまま歩き出した。
『思ったより時間おせぇし、寮ついたら終わり』
「続きはまたに回す」
『あっそォ…好きにすればァ?』
「ああ」
何が気に入ったのかわからないけどおとなしくついてくる不動は数歩分黙ったあとに口を開く。
「もう旅行の支度は済んでんのか」
『さすがに明日出発だからな、終わらせた』
「そうか」
『なに?終わってねぇの?』
「終わってる。そもそも持ってきてぇもんもそんなねぇし」
『ふーん』
元々違う県から遠征してきて合宿所に居るくらいだし、同じく遠方の条助や立向居なんかも持ってきたものをそのまま持っていく予定らしい。
特に不動に関しては条助と違いサーフボードを持ってきたいなんて言い出さないだろうし、支度はあっさり終わったんだろう。
「ゲーム持っていくのか?」
『一応』
「ふぅん」
最初と同じくらいの速度で進む会話に、歩みも止まらない。もう五分もあれば寮で、不動もそれに気づいてるのか一瞬繋いでる手に力を込めると弱めた。
「…なぁ」
『なんだァ』
「………あっちに行っても、またこうやって話してくれるか」
『あ?…まぁいいんじゃね?あっちは暇だろうし』
「…裏切ったら殺す」
『急に殺意出すなよ。別に置いて逃げたりしねぇわ』
「……本当だな」
『はいはい。お前が動けなかったら抱えて一緒に逃げてやんから安心しろォ』
「…絶対だぞ」
物騒な不動に軽く返して、見えてきた門の辺りに仁王立ちの道也を捉える。
踵を返すよりも早く俺達に気づいた道也は口を大きく開く。
「遅い!」
『んな怒んなって。飯食って帰ってきたらこんなもんだろ』
「未成年の選手を連れ回すんじゃない!」
『まだ条例にも引っかかんねぇー時間だっつーのォ』
「不動は大事な選手なんだ、何かあったらどうする」
『俺がついてんだから平気だろ』
「それはそれだ。お前が一番の不安要素なんだぞ…」
肩を落とす道也に笑い飛ばす。
道也の言いたいことはわかるけど未遂だし、あれ以来直接的に手を出してないから疑われて警戒されるのは見当違いだ。
『身に覚えがねぇなァ』
「ほう…??」
じっとりした目。いつもよりもまぶたが下がって半目のそれは胡乱げで、視線の先は俺のパーカーを羽織って手を繋いだままの不動だろう。
『はいはい、心配性すぎ。とりあえず落ち着けってェ』
「お前は…はぁ〜…」
頭がいたそうな道也に繋いでる手の人差し指を動かして甲を叩く。仕方なさそうに緩んだ手を離して、ちょうどよくぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってきた冬花を見据えた。
「諧音くん、不動くん、おかえりなさい」
『ん』
「え、おう」
声をかけられたことに驚いたのか不動は肩を揺らして、冬花はあれ…?と目を瞬いてから俺を見る。
人差し指を口元に置けば冬花はなるほどねとにっこり笑って、不動が何故か俺達を見比べて眉間に皺を寄せた。
冬花はこてりと首を傾げる。
「ご飯食べてきたんだよね?もうなにも要らない?」
『死ぬほど追加された中華詰めたから俺は平気。不動はァ?』
「…俺も平気だ」
「ふふ、そっか。雷雷軒、おいしかった?」
『ああ』
「今度一緒に行きたいな」
『気が向いたらなァ』
「日本に帰ってきたらみんなで行こうね」
『面子による』
「祝賀会だからみんなでかな?」
『パス』
「ふふ」
楽しそうな冬花に不動はパーカーの袖口を握りしめているようで、道也は深く息を吐き出すと冬花を見た。
「もう夜も遅い。明日も早いんだ、話すのなら明日にしなさい」
「はーい」
「不動も、話があるのなら明日以降また時間をみつけて話すように」
「、はい」
「それから…旅支度は済んでいるんだろうな、諧音」
『出るときに戸締まり確認して終わりィ』
「ガス栓の確認もするように。明日は遅刻するんじゃないぞ」
『鬼道とおんなじこと言いやがる。道也こそ寝坊すんじゃねぇぞォ』
「ふふ。そのときは私が起こすから大丈夫。諧音くんも電話しようか?」
『電話っぽっちで起きたら寝坊しねぇんだよ』
「やっぱり一緒に寝る?」
『明日は起きるからいい』
「そっか。また今度だね、残念」
冬花の提案にかっと目を見開くのは道也で、空気が重くなる前に話を流す。こういうときの冬花は善意でしかないから、当たり障りなく流さないと心を傷つけかねない。
『んじゃ、夜ふかしすんじゃねぇぞォ』
ちょうどいい高さにある頭に手を乗せて、ニ回撫でたところで離す。
「おやすみなさい、諧音くん」
『んー』
ふわりと笑う冬花は幼い。小さい頃と同じやりとり、それから表情に視線を逸らして、ついでに隣の頭もフードの上に手を一度乗せて離した。
「は、」
『じゃ、オヤスミィ。ちゃんと寝ろよォ』
「お前も夜ふかしするんじゃないぞ」
『あー、善処すんわァ』
「はぁ〜…」
額を押さえる道也に背を向けて、冬花がおやすみなさいと改めて小さく手を振るから振り返らずに右手だけ少し上げて携帯を取り出す。
予想通り届いていた連絡にそのまま耳を当てて、ほぼコールなしに繋がったから息を吸った。
『どこ』
「いつもの裏のところ」
『表来い』
「うん!」
向こう側でエンジンをかける音がして、携帯をしまえばすぐに排気音が近づいてくる。見えた白色は横に止まって、差し出されたヘルメットを受け取りながら後ろに乗った。
「おつかれさま。てか上着は?」
『ねぇ。寒い』
「大丈夫?風邪ひかないようにこれ着て」
すぐさま纏っていた上着を脱いで渡してくるからしっかりと受け取って羽織る。そのままきょうじの背に体を預けた。
「家でいい?」
『任せるけど…たまにはお前の行きてーとこに付き合ってやんよ』
「!」
ぐっと右手に力を入れたきょうじが雰囲気を変えて、それからじゃあ!と笑う。
「海!」
『なら上着取りに行ってからにしろ』
「わかった!」
明るい声に目を瞑って、バイクが走り出したからまぶたを上げる。
視界の端、貸したままのパーカーに包まって寮の入り口に向かう背中を見つけて、もう一度目を閉じた。