イナイレ
言われたとおりの目的の駅のロータリーで、ポケットに手を突っ込んで通行人を眺める。
待ち合わせ相手の雰囲気は聞いていても、全く誰かわからない俺は携帯をいじるなんて時間潰しの常套手段はできなかった。
忘れ物したと近くに見えるコンビニに向かってしまった来栖に、早く戻って来いと念じてれば一人こっちに近づいてきた。
「あ、不動くんだよね?こんにちは」
“人の良さそうな笑みを浮かべた、優男とまでは言えなくとも柔和でどこにいてもモテそうなタイプ。制服はこの辺出身じゃなくても有名な私立高校の進学校のもの”
先に聞かされてた特徴にもろかぶりなその人に頷く。
「待たせてごめんね」
その人は俺の隣を見て、仲介役であるはずのそいつがいないことに気付き、苦笑いを零してから俺に視線を戻した。
「初めまして、井口恭司、恭司でいいからね。うーん、諧音の友達…かな?」
「初めまして…不動明王、来栖の………チームメイト…?です」
『お前らなんで疑問形なんだァ?』
いつの間に帰ってきたのか、隣に並んだ来栖の手にはコンビニの袋が揺れてた。
仲介役が待ち合わせ直前にコンビニ行くなんて横暴に胡乱げな目を向けていれば来栖は髪を払う。
『自己紹介済んだならとっとと行くぞ』
「お前を待ってたんだろ」
『知るか』
「うん。行こうかー」
にこやかに笑った恭司さんにその場は流されて歩き始める。
来栖の押しの強さに息を吐く。傲慢加減にすでに卒倒しかけてる俺に対し、慣れてるのか恭司さんは楽しそうに笑ってた。
チラリと見た恭司さんは俺よりも背が高い来栖よりも高く、歳の差というやつを感じる。
すらりとした手足といい、これだけ体のバランスが良ければバイクも似合うだろう。
慣れた道のように進む二人とぽつぽつと会話を繰り返す。恭司さんは最初に自身でも言っていた通り来栖の友達らしく、来栖に対する言葉は柔らかくて軽い。来栖からもかけられる言葉は緩く、気のおけない仲なんだろう。
道すがらで会話を続けて、恭司さんが高校二年生で来栖とはもう五年以上の付き合いだというところまで情報が開示されたところでこっちだよと声がかけられた。
シンプルながらもしっかりとした、適度な空間のある柵のような塀で囲われた敷地。向こう側に見える家の大きさに目を瞠って、恭司さんは家ではなく横に逸れて一つの建物の前に立った。
腰につけたキーの一つを取り出すとボタンを押して、スイッチだったらしいそれによって、必要以上の音を立てないようにかゆっくりとシャッターが自動で上がる。
天井部分にシャッターが消えたのと同時に、ぱっと中の照明がついて、中にあったものが照らされる。
「……っ!なんだこれ…!すご…っ!!」
初対面での感想は円堂並に深みもクソもない言葉しか出てこなかった。
事前に聞かされていたけれど、大量のバイクや整備用具が整理されて並んでいて、その中には一生お目にかかることはないと思ってたバイクも置かれてる。
「こんなところでバイク好きな子に会えるとはね」
後ろから聞こえてきた声は少しずつ近づいてきて、恭司さんが笑って隣に立った。
「とりあえずどうしよっか、初めから一人で乗ってみる?」
「いいいいや、それはさすがに」
「ぶっけても壊しても問題ないから遠慮しないで」
いろいろ問題しかない提案に固まって、そうすればため息が落ちる。
『とりあえずどれに乗りてぇのか聞け。不動、バイクは壊して構わないが怪我はすんなよ、俺が言われる』
振り返ると来栖は椅子に座って足を組みながら携帯をいじってた。
俺にはインナーを仕込むか上着を羽織って来いと言ってた割に、手ぶらで薄手のパーカーを纏っただけの来栖は乗る気がないらしい。
「あ、そっか、不動くんどれ乗りたい?」
「え、えっと…特には…」
人懐っこさに年上の余裕みたいな笑顔を向けられれば直視してられず、バイクに目を向けた。
「そうだなー、んー、はじめて乗るならオートマがオススメ…あ、そこの白いスカイウェイブはお触り禁止だからね」
「あ、はい」
ひとつ指差したバイクはいつだかに来栖を迎えに来てた時に見たものと同じ気がする。
よっぽどのお気に入りなのかひとつだけ離れた場所に置かれていて、よく磨かれてた。
きょろきょろとしていれば恭司さんはんーと悩ましげに声をこぼす。
「折角来てくれたし、やっぱ250は乗りたいでしょ?」
「え、はい」
「んんー」
なにがいいかな?と俺を見て微笑まれ苦笑いを返した。
見ていてかっこいいと、欲しいと、乗りたいは別物で、実際に乗れる機会を手に入れると戸惑う。もう一度バイクを見渡せば、ふと、鮮やかな色が目に入った。
「……」
「あれがいいの?へぇ…中々お目が高いね」
鋭さを含んだ笑みにさっきよりも顔が引きつった。
数ある色と形の中で、一際目について意識を持って行かれるそれは、いつか見た彼奴の眼の色と似てる、なんて思った。
「不動くんセンスあるね」
すっと近寄ってきて止まる。隣とまではいかずとも、パーソナルスペース内に入ってるそいつの楽しそうに笑う声が聞こえた。
『彼奴器用貧乏タイプだからなァ』
一時間前後の指導を終えて、ぎこちないながらもバイクに乗ってる。フルフェイスのヘルメットに表情までは読めないけど溢れ出てるオーラ的に楽しんでるんだろう。
「あの子てっきりニンジャとかr-25乗ると思ったんだけど…諧音手ぇ出したの?」
『どっからその流れになったんだァ?』
「あ、まだ出し切ってないのか。珍しい」
一人で楽しそうに笑い始めてるきょうじは気が狂ってるようにしか思えず、息を吐いて頬杖をつけば髪に触れられて、仕方なく目を合わせた。
「諧音、今日泊まってく?」
『不動のお守りして帰れって言われてんだよ』
「じゃあ迎え行く!」
『ふーん。…まぁ、帰るまでに考えとくわァ』
息を吐いてきていたメールを返して携帯をしまう。
目線を向ければまだ不動はバイクに乗っててよくもまぁ、飽きないものだと口角を上げた。
×
昼を各自食べて一息ついただろうという二時から集まって、きょうじの家を出たのはほとんど陽が落ちた六時過ぎだった。
「今日は、本当にありがとうございました」
未だ興奮冷めやらん様子の不動にどういたしましてときょうじは笑う。
出入り口に向かう俺達の最後尾、不動の視線が室内に戻る。よっぽどあれが気に入ったのか、バイクを名残惜しげに見つめてる目は幼い。
俺はそこまでバイクに詳しくないけれど、きょうじ曰くそこまで有名なわけではない型番のバイクは、色だけが物珍しいだけであまりないだけでそんな希少性のあるものじゃないらしい。
安っぽくない、鮮やかで、それから透き通ってるオレンジ。
わざわざきょうじがカラーリングしたそれは不動の琴線に触れたのかもしれない。
「不動くんが都合よければまたおいでよ。あ、てか連絡先交換しよ」
「は、はい」
きらきらした目で交換した連絡先を登録してる二人を眺めて、ふと顔を上げたきょうじと目が合う。
「喜んでくれて本当によかった」
『お前も楽しそうだったしな』
「俺?」
不思議そうな顔に視線を逸して不動を呼ぶ。
『送ってくる』
「あ、うん」
きょとんとしたきょうじに不動は再度頭を下げた。
「お世話になりました」
「また来てねー」
ひらひらと手を振るきょうじに不動が表情を緩めて、そのまま駅に向かう。
連絡するまできちんと待っている気らしく、ついてきてないバイクに、不動はぱっと顔を上げた。
「あの人まじすげえ、あれで高校生なのかよ」
『んなもん詐称してどーすんだァ?』
「いや、だって、あんなバイク持ってるし、乗りこなしてるし、背ぇ高いし余裕あるし…?」
『好きなもんバイクしかねぇって言ってたから全部注ぎ込んでるらしいぞ。背ぇ高いのはその分年喰ってるからだろ』
「年喰ってるってお前…まぁ四歳も離れてたら身長差も出るか…」
前半は呆れたように、後半はぼそりと零す。納得したらしい様子にそういうこったと話を切って、不動はじっと俺を見た。
「つか…」
『あ?』
「恭司さんって何繋がりなんだ?」
『…知り合いの知り合い』
「そんな遠い距離感じゃなくなかったか…?」
『あー…、最初はそうだったけど、なんか向こうがダル絡みしてきてそのまんまズルズル一緒にいるだけだ』
「へー」
さして興味はなかったのか、どこか力の抜けた返事。日が落ちてひと気で賑わう道なりを進みつつ、電車に乗り込んだ。
「人すげぇな」
『通勤と通学が重なってんじゃねぇのォ』
私服、スーツ、制服。車内に入り乱れてる人々に思わず眉根を寄せて端に寄る。当面こっちの扉は開くことがないから扉に凭れるように立って、向かいに同じように立った不動は目を瞬いてた。
『なんだ?』
「あ、いや…お前恭司さんと予定あるんじゃなかったのか?」
『別に約束してる訳じゃねぇよ。そもそも道也に不動をしっかりと連れて帰って来いって言われてんし、お前一人にしとくと危なっかしいから最後まで面倒見ねぇとなァ』
「は、?」
取り出してた携帯に電車に乗ったと伝える。しばらくすれば了解と短く返ってきて、それ以上入れる言葉はないから携帯をしまった。
目を丸くしたまま固まってる不動に視線を向ける。
『なに間抜け面晒してんだァ?』
「…お前のせいだっ!」
『はぁ??』
急に発された大きな声に一瞬目を瞑って、突き刺さる視線に息を吐いた。
『なんでもいいけどォ…公共の場なんだから声のボリューム抑えればァ?』
「、」
きゅっと唇を結んだ不動は周囲を警戒するように見渡して、辺りの視線が外れたところで眉根に皺を寄せながら俺を見据えた。
「お前が変なこと言うからだ」
『はぁ?俺がいつ変なこと言ったって?』
「俺は危なっかしくねぇよ」
『冬花より危機感ねぇ奴が何言ってんだァ?』
反射で言葉を返す。不思議に思ってる空気が漏れてるのか不動は目を見開いた後に睨みつけられた。
「女子マネよりちゃんと警戒してるっつーの」
『へー』
がこんと大きく揺れた電車に、ぐらついた向かいに手を伸ばして捕まえる。引っ張れば飛び込んできて、顔をのぞき込んだ。
『アナウンスも聞いてない不動くんの、どこがちゃんと警戒してるってェ?』
「っ、」
『…ったく、こっから先も揺れんからちゃんと立ってろよォ』
更に腕を引いてくるりと場所を変わる。不動を壁際に追いやった。
この辺りは線路の作りの問題で必ず大きく数回揺れる。行き道も揺れたし、通る前には必ず車内アナウンスで忠告が流れるからよっぽど呆けてたり話に夢中になっている初めて乗る人間じゃなければふらつくことは少ない。
しっかりと話に夢中になってて忠告を聞いていなかった不動は手すりに掴まって、眉根を寄せたところで視線を落としたまま口を開く。
「…礼は言わねぇからな」
『言われるためにやってねぇから要らない』
「…………」
携帯が揺れた感覚に手を伸ばす。確認した画面にはさっき別れたばかりの人間の名前で、少し考えてから返事をして戻した。
「監督か?」
『きょうじ』
「あ、俺も連絡しねぇと」
『気が向いたらでいいんじゃね』
「今気が向いたからする」
自分の携帯を取り出した不動は指を動かして文字を打つ。少し緩んでる落ちてる目尻。今日の出来事を思い出してるんだろう。
随分と楽しめたらしい不動に、改めてきょうじへの礼を考えていれば視野の中ですっかり見慣れた茶髪が揺れた。携帯をしまって両手をポケットにいれた不動は目をそらしたまま小さく息を吸う。
「…来栖もありがとな」
『…何もしてねぇけど』
「うるせぇ。礼くらいは黙って受け取っておけ」
『はぁ。そーかよォ』
妙なところで頑固らしい不動に、そういえば俺の食事呼び出し係と部屋の移動も許さなかった奴だもんなと目を逸らす。
やっぱり危機感の足りてない不動に呆れて息を吐けばぎっと強すぎる眼光で見据えられたけど、そのまま明後日の方向を見て気づかないふりを続けて過ごした。
聞き慣れた駅名のアナウンス。それからしばらくして扉が開いたから人の波に沿って降りる。
合宿所として利用している中学に向かうため歩き出せば不動も同じように歩きだして、駅前の商店街を抜けるために歩く。
隣に並んだ不動がこちらを窺った。
「学校まで行く気か?」
『なに、どっか寄りてぇとこあんのォ?』
「いや、ないけど…本当に学校まで送る気かよ」
『道也にもそう言ってんし、今更一人で帰らせる訳ねぇだろ』
「………そーかよ」
俯いた不動はぼそりと言葉を返して、髪を混ぜる。
生憎と稲妻町は移り住んでまだ二年も経たない。ほぼ出歩かない俺には自宅から学校までの道のりとゲーセンまでの道のりくらいしか土地勘はなくて、鬼道と音無はハマったようだけど不動がゲームにハマるとは限らないからゲーセンに誘うのは気が引けた。
『あー…』
「おぉ、来栖に不動じゃないか」
聞こえた声に二人でそっちを見る。商店街から少し外れ、人通りが落ち着いた通り。昔からあるような赤色ののれんを垂らした店先に息抜きのためか外に出ていたらしい紫色の服に白の割烹着をまとったおっさんを視認して眉根を寄せた。
『なんで仕事してんだよ』
「何を言ってるんだ、働かないと生きてけないだろ」
常識を説かれて一瞬頭に血が上りそうになるのを息を吐いて抑え込み、見据える。
『てめぇ医者から安静って言われたの覚えてねぇのかァ?』
「はっはっ。なぁに、薬さえ飲んでれば大丈夫だ」
『何も大丈夫じゃねぇわ。アンタちゃんと通院してんだろうな』
「医者から催促されない程度には行ってるぞ」
『…ならいい』
「心配性なやつだな」
『はぁ?軒先で倒れてたおっさんが後々くたばったって聞いたら気分悪ぃだろ』
「そうかそうか」
はっはっと空気を大きく吐き出しながら体を揺らして笑うさまに呆れてまたため息をつく。
一人目を瞬いてた不動を見れば、小さく肩を跳ねさせて俺とおっさんを見比べた。
「お前…響木のおっさんと病院行ってんのか?」
『成り行きで一回だけ病院にぶち込み行っただけで、全然親しくもねぇし関わりもねぇ』
「まぁそうだな。俺は雷門の監督はしてたがイナズマジャパンは候補選手の選抜だけで直接的に関わってない。そういう意味で不動、お前さんともほぼ初対面だな」
「…ああ」
野良猫が警戒でもするように、体に力が程よく入った構えでおっさんを見据えてじっと見つめる。
あからさまなその態度におっさんはまた笑って、そうだと俺を見た。
「二人ともこんな時間になにしてるんだ?」
『出かけ終わって合宿所に帰る』
「飯は食ったか」
『食ってねぇ』
「ならちょうどいい。お前さんたち、ラーメン食ってけ」
『「はぁ?」』
急な提案に同時に同じ音が溢れる。おっさんは体を一度伸ばすとのれんの向こう側の扉を開け、手招いた。
「二人の初試合出場と世界進出祝いだ。支払いは心配するな」
『金の問題じゃねぇわ』
「来栖には病院の礼もしてないしなぁ。ほら、早く入れ」
のそのそと歩いていったおっさんに思考を止めて、肺の中の空気を吐き出す。
『稲妻町の人間はどいつもこいつも人の話を聞かねぇ…』
筆頭は間違いなく円堂で、それから風丸、比較的最近ではあるけれど越してきた豪炎寺も稲妻町カウントでいいだろう。めでたくそこに含まれたおっさんにもう一度息を吐いて、隣を見た。
『不動ォ、腹減ってんか』
「それなりには…食うのか?」
『無視して帰ったほうが面倒くさくなりそうだからなァ』
「………お前、苦労してんだな」
『真剣に引っ越しを検討してる』
開けられたままの扉に向かって足を進め、のれんをくぐる。
『おじゃまします』
「お、おじゃまします」
「おう、いらっしゃい。好きなとこ座れ」
『カウンターとテーブルどっちがいい』
「ど、どっちでも」
そう言うだろうなとは思ってたからカウンターに座る。少し躊躇いつつも隣に並んで座った不動に、カウンターの向こう側から伸ばされた手がグラスを二つ置いた。
「うちは昔からある街中華だ。そこら辺に飾ってあるメニューから好きなもん選ぶといい」
手を伸ばしたメニューを一つ取って、そのまま隣に渡す。
『ラーメン。不動』
「…ら、ラーメン」
「なんだお前さんたち遠慮するな。円堂たちはよくラーメン大盛りにチャーハンと餃子とからあげも頼むぞ?」
『彼奴ら食いすぎだろ』
「運動してるんだ、そのくらい食べれるだろ」
さっきから聞こえてる麺を茹でてるであろう大鍋の沸き立つ音に、油の跳ねる音が響き初めて、おっさんは更に中華鍋を火にかけ始めた。
「…まじかよ」
「安心しろ、二人でひと皿、ラーメンは普通盛りだ」
『あっそォ…』
さすがに餃子は省いたらしいおっさんに安堵する。こんな時間から大量に食べたらしばらく動けなくなりそうだ。
胸を撫で下ろした不動も同じ気持ちだったのだろう。
カウンターの向こう側で少食だなぁと笑うおっさんは手際よく調理を進めていて、からあげをひっくり返すと大鍋から麺を取り出して水を切り、用意してあった器に流し込んだ。
スープと軽く和えてから上にトッピングを乗せて、ほらと器が二つヘリの上に乗せられる。
「熱いうちに食べろ」
『ん。ありがとうございます』
「あ、ありがとう、ございます」
両手で受け取って、目の前に置く。ふわりと湯気とともに上がってきた醤油の香りに目を細める。煮卵、メンマ、チャーシュー、ナルト。イメージ通りのラーメンに不動は目を見開いていて、箸を持ってそわそわする姿に俺も箸を持って手を合わせた。
『いただきます』
「、いただき、ます」
レンゲも左手に持って、麺を少し掬って乗せ、スープと一緒に口に運ぶ。
少し固めに茹であげられた縮れた麺は好みで、顔を上げれば不動も同じようにつまん麺を啜りはじめた。
腹が減ってたんだろう、ずるずると麺を啜る不動を横目にラーメンを食べていく。半分にいかない程度食べたところで、ほいと皿が追加された。
食べてる俺達に配慮してかわざわざこちらに回ってきて直接置かれた皿二つに不動は一旦手を止めて顔を上げた。
「お前、ラーメン食ってると思えないくらい静かだよな。啜らねぇの?」
『…啜らなくても食えるだろ』
「……あ、啜れねぇのか」
『……………』
箸を伸ばしてからあげを一つ取って、口に運ぶ。かじって小皿に乗せ直して咀嚼。飲み込んでもまだこっちを見てくるから口を拭ってから水を飲んで隣を見る。
『食てえんだから問題ねぇ』
「それはそうだけど…普通に啜ったほうが早くね?」
『早食いしたい訳でもねぇから必要ない』
「ふーん…?」
どうにも不思議そうな顔をされているけど必要性がないんだからわざわざ練習してまで修得する技術じゃない。
『大体、万国共通テーブルマナーは音を立てないようにってなってんのに、なんで日本は麺だけ啜るのがマナーなのかわからねぇ』
「、テーブルマナー…?」
『……まぁ必要ないもんは覚える気にならねぇ。俺は今後も麺を啜れるようになる予定はねぇ。以上だ』
「そ、そうか…」
『俺のことなんかどうでもいいんだよ。温かいもんは温かいうちに、冷てぇもんは冷てぇうちに食え』
真ん中に置かれてる皿を向こうに押す。
増えたからあげとチャーハンにどもりながら頷いた不動に、またラーメンを食べるのを再開させる。レンゲに乗せた麺を食していれば不動も会話を諦めたのかチャーハンに手を伸ばして食べだした。
おっさんは食事中は話を振ってくることがないから落ち着いて食事を続けて、器が空いたところで口元を拭う。
不動は麺を啜って、箸を置くと皿が一つこちらに押された。
「食えんだろ」
『まぁそのくらいなら』
からあげが一つ乗った皿を受け取り、箸で摘み上げる。揚げたてほどとはいかずとも少し熱さの落ち着いたからあげに歯を立てて、からあげを飲み込んだところで不動もラーメンを完食した。
『ごちそうさまでした』
「、ごちそうさまでした」
「おー、どうだ?口には合ったか?」
『うまかったです』
「…す」
消え入りそうな語尾とともにこくりと頷いた不動におっさんはそうかそうかと満足気で、そわそわとしはじめた不動におっさんは笑う。
「よかったらまた来い」
「っす」
『円堂たちがいねーときにでも来るわァ』
ポケットの中に手を突っ込んで、必要なものだけ引き出しておいて水を飲むためにグラスを持つ。口をつけて、戻すときに一緒にそっと置いて、立ち上がった。
『ごちそうさまでしたァ』
「ご、ごちそうさまでした…」
「おー、練習頑張れよ」
『んー』
「…なぁ、来栖、は?!」
「お?お前さんたち仲がいいなぁ?」
背中にかけられる声に不動にが戸惑うから腕を掴んで歩きだしてさっさと店を出る。扉を開けて、閉めて、引きずるとまではいかずとも通常よりも早足で町を歩きだした。