弱ペダ
[IH前の鬼と矢島さん]
『今!矢島さんは!たいへんに!!いかんなのであるっ!!』
だんっと壁を叩いた矢島先輩は続けて息を大きく吸った。
『矢島さんは!まことに!!遺憾なのだよおお!!』
うさ吉がびっくりして俺にひっつき、木に止まってた鳥たちがざわざわぎゃーぎゃーと騒いで飛んでいく。
ちっさく丸まってしまったうさ吉の背中をよしよしと撫でながら顔を上げた。
「どうしたの、矢島先輩?」
『ふきゅぅっ、よくぞ聞いてくれたな!あ、うさ吉すまんのぉ、よしよし』
よーしよしと撫で始めた矢島先輩の揺れた栗色の髪にうさ吉は耳をぴくぴくと震えさせて目を閉じる。
そういえば、矢島先輩は動物に好かれやすい
『あんねー、そろそろ選抜の時期でしょ?』
「うん、そうだな」
今年が最後の夏だ。
例年通りなら、去年も出場した主将の寿一がエースだから一番、ほぼ確定で靖友がアシストで二番、尽八がクライマーで三番。
『でね、エーススプリンターと、あと二人はどうするの?ってことなぬん。』
じっと目を覗き込まれる。
あと一ヶ月も選抜までない。
このためにすべてを蹴ってコンディションを整えた泉田、荒北と共に走る最後のチャンスの黒田。
今年入ってきたばかりなのにすでに実力は十分で数少ないクライマーの真波。
葦木場、銅橋、ほかの二年、三年だっている中で決めあぐねてるのは見て取れた。
寿一も眉間の皺が最近深いし、顧問と主将と矢島先輩で話しあって候補を絞ってる最中なんだろう。
ここ最近多く部活中に行われるレースもそのふるいのひとつ。
『個人なら勝手にやりたい人がやればいいけど、人数の決まってる団体でそうにもいかんのです。みんなみんな頑張ってるの知ってるから、矢島さんは!誠に!遺憾なのである!!』
最初に戻った言葉になるほどなぁと頷いてすっかり矢島さんの膝の上で眠るうさ吉を眺める。
うぐぐぅと唸る矢島先輩の声だけが鼓膜を揺らして、それ以外はとても静かだ。
『俺はね、バドエン、メリバ至上主義だけど、なにもそれだけが生きがいってわけじゃないし』
「矢島先輩?」
『むーん、せやせや、この間ゲーセン様で十本パックのバナナ味パワーバー取ったんだけどしんきちくんいる?』
「ほしい!」
『うむ、じゃあ帰ったら部屋持ってくねー』
「さんきゅ!矢島先輩!」
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