ヒロアカ 第二部



流れてしまったピクニックの穴を埋めるように、組み立てられていくプール計画は順調に話だけは進んでいく。

マグネとコンプレスの怪我の具合次第にはなるだろうけど、ピクニックで様子を見て傷口が塞がって完治したらプールだとトゥワイスが見舞いの際に伝えてくれたらしい。

水着浮き輪、タオルに鞄。そもそも日帰りなのか泊まりなのかで持ち物も行く場所も変わるから両方の方向でしおりを作っていれば、そういえばとヒミコちゃんが顔を上げた。

「出留くんは最初に弔くんが極道たちとお話したときに一緒にいたんですよね?」

『うん、いたけどほとんどぼーっとしてたよ。なんで?』

「実は噂で聞いたんですけど、極道にはロリコンがいるらしいんです」

『、どういうこと…?』

「なんでも小さな子供を囲っているらしくて、その子の機嫌を取るためにいろんな人がいたれりつくせりみたいです」

『へ、へぇ…』

「相手が女の子だからか、私好きなものを聞かれたんですけど血って答えたら使えないって聞かなかったことにされてしまいました!ちゃんと答えたのにひどいです!!」

『そうだね…?』

「なのでトガは決めました!」

『うん?』

「その女の子と仲良くなって極道に見せつけてやります!!」

『が、がんばれ…?』

続けてがんばれ!トガちゃん!と横から声援を送るトゥワイスに口角を引きつらせる。

もしかしなくても、ヒミコちゃんのロリコン疑惑の正体はさっき会ったえりちゃんだろう。

「出留くん!仲良くなるためには何から始めたら良いですか!」

『とりあえず自己紹介とか…?』

「たしかに!お名前を伝えないと呼んでもらえませんもんね!極道の前でヒミコちゃんって呼ばれてみせます!」

「俺はトゥワイス様って呼ばれてやるぜ!」

『うんん?程々にね…?』

二人の意気込みように苦笑いを浮かべて、開始が遅くなったのもあるけど、この後の用事のために二人には謝って早めに切り上げた。

携帯が揺れたのを確認して部屋を出る。そうすれば案内役としてすっかりと定着した白色のコートをまとった人がいて、目が合うなりこちらにと誘導された。

いつもどおり、どこもかしこも似たような見た目の通路を迷うことなく進むその人の背を見つめていれば、歩みが遅くなって、止まる。

その人は片足をずらして体の向きを変えると、俺を見据えた。

「………廻とは、」

『かい?』

聞き覚えのない音。恐らく名前だろうそれにその人は一瞬唇を結んで開き直した。

「…オーバーホールとは、どんな関係だ」

『オーバーホールさん?…んー、俺の友達が嫌いな奴ですかね…?』

「、」

ぴしりと肩を揺らして固まったその人は妙な間を置いて言葉を続ける。

「なら、お前自身はオーバーホールをどう思ってる」

『なんの面談ですかこれ…?んー、俺の兄さんと姉さん傷つけたのでそのことに関しては俺も怒ってます。ちゃんと謝ってほしいですかね』

「……………」

『人としては特には。そんな話してないですし気にしたこともないです』

「気に…嫌いも憎いもなにもないのか?」

『ないですね』

「…何故だ?」

『え?自分に関係のない人のことまで気にします?』

随分と当たり前の、不思議なことを言われて目を瞬く。向かいのその人も目を瞬いていて、すっと目を細めた。

「廻はお前に関係してるだろう。何を言ってるんだ?」

『??』

首を傾げてしまえば向こうの纏う雰囲気は困惑混じりに重たくなっていって、あまりの空気にえっとと言葉をこぼした。

『俺は自分の関係ない人にまで気にかけるほど視野が広くないっていうか、あんまり他人の目を気にするのが得意じゃないというか…他人のこと気にして生きるのってめんどくさいじゃないですか』

「めんどくさい…」

『要領よくないのでそこまで他人に力割けないっていうのもあるんですけど、まぁそんな感じですね?』

「…………」

伝わりました??と問いかけてみても静かになってしまったその人はそれ以上なにも言わなくて、どうしたものかと周りを窺う。

道案内は途中だからか扉は見当たらないし、エリちゃんはもちろんオーバーホールさんすら姿が見えない。唯一の道標が固まってしまってるからどうしたらいいのかわからず首を傾げていればゆっくりと息を吸う音がした。

「とんだイカレ野郎だな…」

『別にふつうだと思うんですけど…』

その人は胡乱げな目でトントンと壁を叩く。数秒して向こう側から聞こえてきた足音に視線を向ければ話題の人間がそこにいて、オーバーホールさんはまっすぐと俺を見た。

「玄野、ご苦労」

「…あ、はい」

「こっちだ、ついて来い」

『え、はい。あ、道案内ありがとうございました』

「……………」

先を行くオーバーホールさんに一度振り返って会釈をしてついていく。

現れたタイミングといい、さっきの会話は聞かれていたものと思えばいいんだろうけどオーバーホールさんは何も言わない。一本道はやはり先が見えなくて一直線ではないらしい。

自然と距離も方角もずれていく。

「こっちだ」

『はあ』

導かれるまま奥へ進んでいき、扉をくぐる。もう何度目かもわからないけど角を曲がって、目の前に和室の入り口が見えた。

スライドの戸を開けた向こう側には予想通り畳が敷かれていて小上がりのようになってる。靴を脱いだその人は俺を見て顔を俺から中の方に動かした。

「上がれ」

『…失礼します』

靴を脱いで揃え端に置く。上がった座敷にそこと座布団が置かれていた場所に腰を下ろして正座した。

向かいに同じように座ったその人の手元には何故か点茶の準備がされていて目を瞬く。

『あの、えりちゃんは?』

「準備中だ」

なんの準備かわからないけど、問答無用で出された茶菓子は練切らしい。固まっていれば抹茶を漉しながらこちらを見た。

「少し待て」

『はあ』

さっさと茶が点てられる。どんな状況か理解できずにとりあえず練切を食しながら手元を眺めることにした。初めて見る手袋を外したオーバーホールさんの手は白く、爪はきっちりと短めに切りそろえられてる。

茶筅が微かに擦れる音を聞いているうちに手が止まって、器がこちらに差し出された。

『俺、作法とかちゃんと知らないんですけど…』

「………見ていろ」

仕方なさそうに手を伸ばして右手で器を取ると広げた左手の平の上に乗せる。右手を添えた状態で胸の位置まで上げて一礼したと思うと二回、器を回して口をつけるような真似をしてすぐ下ろす。口をつけたはずの場所を右手の指でさっと拭ってまた二回、今度は反対方向に器を回して最初のように俺の前に置いた。

「覚えたか」

『なんとなくですけど…間違ってたら教えてください。…頂戴します』

なんでこんな妙に緊張感あふれる状態でお茶を飲まないといけないのかわからないけど先程の動きをトレースするように器を取り、回して本当に口をつける。

口に広がった少し苦い抹茶の味に、さっきの練切の後味ごと飲み込んで空になったところで口を離した。

拭って、回して、元の位置に戻してから見据える。

向かいのオーバーホールさんはじっと器を見てから視線を上げた。

「及第点だ」

『ありがとうございます』

返した器を掬い上げたオーバーホールさんは器を包むように持ったまま腿の上に乗せて、そっと俺を見据えた。

「お前は何に対して心が動く?」

『え?』

「誰かを嫌い憎むのは、いつ、どんなときだ」

『えー…』

確実にさっきの会話の延長だろう。

妙な流れになったなと思いつつ頬を掻いた。

「人に憎悪の気持ちを抱いたことはないのか」

『どうですかね…。ないような気もするしあったような気もします』

「曖昧だな」

『昔から憎悪とか感じる前に片付けちゃうので』

出久を揶揄る人間や、勝己を侮った人間。陥れようとしてきたり利用しようとしてきた人間はさっさと処理していたし、一度徹底的に片付ければ再度視界に入ってくる人間はいなかったから恨み続けるようなこともない。

『他人に意識を向けるのって疲れるじゃないですか。なのでいつも気にならないようにしてるし、気にしてしまって、もし負の感情を抱いたら早めに対処するようにしてます』

「…………随分と淡白な奴だ。それでよく死柄木とやっていけてるな」

『弔は友達なので』

「……死柄木とは、いつから友達なんだ」

『ちょっと正確な日まではわからないですけど、俺が中学生の頃にはもう遊んでた気がします』

「随分と長い付き合いのようだがお前は敵になる気はないのか」

『全く無いですね』

視線を落として持っていた茶器を眺めたと思うとするりと指の腹で撫でて静かに置く。

「ならなぜ、壊理には感情を動かした」

『迷子同盟だったからですかね?』

「迷っていたのはお前だけで、彼奴は閉じ篭っていただろう」

『閉じ込めていたの間違いでしょう?』

首を傾げた俺にオーバーホールさんは視線を上げる。さっきと同じ、苛立ちと羨望が混ざった視線。何故それが俺に向けられてるのか不思議で仕方がなくて、オーバーホールさんは空いている手を伸ばすと俺の顔の前で止めた。

「何故逃げない?」

『え?逃げる必要があるなら逃げますけど…』

「あと数ミリ、俺が触れたらお前の頭は弾けとぶぞ」

『はあ。もし本当に殺すつもりなら痛くないようにしていただけると助かります』

「………………」

広げられた手のひらは大きくて、白い。普段から手入れされてるのであろうきれいな手のひらをぼーっと眺めていれば離れていって、オーバーホールさんはしっかりと手袋をつけ直した。

「本当にイカレてるな、お前」

『死ぬなら痛くない方がよくないですか…?』

「そういうことじゃない」

手袋の感覚を確かめるように指を動かして、オーバーホールさんはすっと右手を差し出した。

「握手だ」

『んえ?なんで今更…?』

「自己紹介もまだしっかりとしていなかったからな」

戻されない右手に目を瞬く。オーバーホールさんは淀み無く口を開いて言葉をこぼした。

「俺は治崎 廻。死穢八斎會の若頭を務めている」

『はあ、これは丁寧にありがとうございます…?緑谷 出留です。しがない学生をしてます』

仕方なく手を取って握る。やはり俺よりも少し大きな手のひらに包まれて、握って上下に二度動かしたところで力を抜けば離れた。

「オーバーホールだと長いだろう。今後は治崎か廻と呼べ」

『なんか急に馴れ馴れしくなっちゃいません?今まで通りオーバーホールさんか、…あ、トゥワイスみたいにオバホさんって呼んでもいいですか?』

「その案はどちらも承認しない」

『ええ…?』

茶器を片しながら話をまとめ始めてるその様子に戸惑う。

どういう距離感の詰め方だろうと困惑を覚えていればコンコンと扉をノックする音が聞こえて、扉の外から声がかけられる。

「オーバーホール、用意ができました」

聞き覚えがある気がするのはきっとさっき道案内をしてくれていた人の声だからだろう。

立ち上がったその人は俺を見据えた。

「予定通り壊理に会わせてやる」

『ありがとうございます…?』

扉に向かう背中を追いかけるように立ち上がって足を進める。正座していたものの短時間だったからか痺れることなくすんなりと歩けて、靴を履き直して出た廊下にはやっぱりさっきと同じ白色のコートをまとったその人が立っていた。

三人で道を進んでいく。

「ご要望いただいたものはそろってます」

『すみません、ありがとうございます』

「トガヒミコとトゥワイスには存在を伝えるなよ」

『はーい』

簡単な注意事項に頷いて、扉が開かれる。ぽつりと部屋の中にいたその子は細い肩を揺らして、それから俺を目視して大きな瞳を丸くした。

「ぁ…」

『こんにちは。さっきぶりだね、会いに来たよ、えりちゃん』

「お兄ちゃん…?」

あからさまに驚いている表情に口元を緩めて、隣を見る。

『道案内ありがとうございました。どのくらいの時間えりちゃんと遊んでてもいいですか?』

「好きにしろ」

『はーい』

二人が逸れて廊下を歩いていく。扉を閉めるか悩んでそのままにして、中に進み、立ったままのえりちゃんの向かいにたどり着いて屈んだ。

『えりちゃん、おまたせ』

「…………」

丸い目、信じられないものを見たような顔。

「なんで…お兄ちゃんがいるの…?」

『え?さっき約束したでしょ?道案内のお礼をしたいんだ』

ちらりと見たテーブルの上にはお願いしていた飲み物やコップ、それからお菓子が思ったよりも種類も多めに並んでる。

『えりちゃんさえ良ければ、一緒にお話してくれないかな?』

「えっと、…わたし、で、いいの?」

『うん。えりちゃんがいいんだ。駄目かな?』

「ぅんん、わたしも!お兄ちゃんとおはなしたい!」

『よし来た。じゃあ兄ちゃんとお話しよう』

立ち上がって手を差し出そうとすれば両手が伸ばされたから目を瞬いて、抱え上げる。軽い身体はあっさりと腕の中に収まって、一緒に椅子に腰掛けた。膝の上に乗せたえりちゃんは俺の服を掴んだままで、テーブルの上の物に視線を向けた。

『えりちゃん、いろいろ用意してくれたみたいだけど食べるならどれがいい?』

「…………」

警戒まじりの怯えた目。周りの反応といい、えりちゃんの怪我や雰囲気、扱い。これはどうにもとお菓子に手を伸ばして箱の封を開ける。

二つ、チョコレートのかかったビスケットとジャムの入ったクッキー。どちらも少し大きいから半分に割って食べるのがいいだろう。えりちゃんの前に見せた。

『どっちも甘いやつみたいだけど、どっちがいいかなぁ』

「あまい…?」

『さっき俺が渡したチョコレートは食べた?』

「うんん、たべてない…」

『あ、もしかしてチョコレート苦手だった?』

「…たべたことないの」

『そうだったんだね。まだあるから食べても良かったのに』

「……………」

きゅっと両手を握りしめたえりちゃんは視線を上げて、俺を見てから落とす。

「お兄ちゃんとあえたの、ゆめかもしれないって」

『うん?』

「おかしをたべちゃったら、お兄ちゃんからもらったものはなにもないから、だから、ゆめにならないように、たいせつに、したくて」

『…そっかぁ。大切にしてくれてありがとう』

髪を撫でてそれからクッキーを開ける。とりあえずチョコレートのほうを半分に割って、片方をえりちゃんの口元に差し出した。

『じゃあえりちゃん、初めてのチョコレート一緒に食べない?』

「いっしょに…?いいの…?」

『もちろんだよ、えりちゃん』

おそるおそる開かれた口にクッキーを添えて、小さな音を立てて割れたクッキーを見届ける。

程よい固さのクッキーは咀嚼されて小さくなっていって、えりちゃんの瞳が輝いた。

「とろってしてて、えっとおくちにのなかがきゅって…あまい…!」

『そっかぁ』

「あのね、えっと、とってもおいしい!」

『チョコレートが好きなら良かった。はい、もう一つ』

ぱっと開いた口に残りを入れる。もくもくと丁寧に噛み砕いてるえりちゃんは口元を押さえて丸くした瞳を輝かせていて、ごくんと飲み込むと俺を見上げた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんも!」

『うん。いただきます』

最初に割った残りを口の中に放り込む。ミルクチョコレートの甘みと柔らかなクッキー。飲み込んで視線を落とせばえりちゃんのきらきらした目がこちらを見てたから笑いかける。

『おいしいね』

「おいしい…!」

小さな子供の笑顔は万国共通可愛らしい。小さな頃の出久と勝己もこんなふうに笑ってたなと思うとなんだか懐かしくて、もう一つのクッキーを取った。

『こっちはジャムが入ってるからこれも食べてみようか』

「あまいの?」

『うん。チョコレートとはちょっと違う甘さだから、食べてみて、その後からは好きなのを食べよう』

割ったクッキーからは赤色のジャムが現れる。えりちゃんのきらきらした目、さっきと同じように口元に差し出せばぱっと開かれるからそっと中に入れる。

「ん…!こっちも、あまくて、ちょっとぴりってして、おいしい…!」

『ぴり…酸っぱいってことかな?うん。チョコレートの後に果物のジャムだとそういう味がするかもね』

えりちゃんの表現はまだ語彙が少ない中で必死に表そうとした結果なんだろう。

俺も倣って放り込めば若干酸味のあるいちごのジャムの味が広がって、クッキー自体はさっきよりも甘みが抑えられてた。

手を伸ばして飲み物を取って、小さなパックのジュースについているストローを剥がして刺す。えりちゃんの口元に差し出せばジュースを飲み込んで、汚れてはいないけれど一応口元をティッシュで軽く拭った。

『えりちゃん、遊びながらたくさんお話しようね』

「うん…!」

俺がこぼした言葉は拾われていたのか、新品の折り紙やクレヨン、画用紙がテーブルには乗せられてる。

えりちゃんのこの様子だとなにも知らないだろうから、まずはと折り紙に手を伸ばした。

昔から手先は割と器用なほうだったし、記憶力も悪くない。折り紙の外装の裏には簡単な説明書もついているから紙を決められた順番に折り続けて、出来上がったそれを見せればえりちゃんの瞳はさらに丸くなって輝く。

「お兄ちゃんまほうつかいなんだね…!」

『ははっ、じゃあえりちゃんも一緒に魔法を使おうか』

「わたしもまほうつかえるの…?!」

『うん。これは簡単な魔法だから大丈夫。練習しようか』

「うん…!」

小さな手と一緒に髪を折りたたむ。精一杯ちまちまと動く手に、適宜声をかけながら折り進めて、出来上がった作品にえりちゃんは頬を緩める。

「かわいい…!」

『きれいに作れてるね。じゃあ次は…』

ねこ、風船、鶴、クローバー、簡単ながらもわかりやすいものを量産していけばテーブルの上は出来上がったものでいっぱいになっていて、ある程度作ったところで休憩と手を止めた。

割ったクッキーを口に運び、飲み物を渡す。だいぶ表情の緩んだえりちゃんに、開けたままの扉の外を確認して、それから口の周りを拭った。

『えりちゃん』

「なぁに?お兄ちゃん?」

『えっと…』

呼びかけてからなにを話し出すか悩む。聞きたいことは決まっているけど、これを聞いて、俺はどうしたいのかわからない。

『…んー』

「お兄ちゃん…?」

『話がまとまってなくて、ごめんね』

「?」

きょとんとしてるえりちゃんは心底不思議そうで、言葉を一度飲み込んでから目線を合わせた。

『あのね、しばらくここでお世話になる機会が増えるから…また、俺と会ってくれないかな?えりちゃん』

「!」

ぴしりと固まったえりちゃんは次第にあわあわと動いて、瞳が揺れた。

『え、』

潤んだそれが縁にたまって、ぼろりと溢れる。

思考が止まる。急に泣かれるなんて初めての出来事に慌てて目元にハンカチを宛てがう。

『ど、どうしたの?ごめんね、えっと嫌だった?』

「いやじゃ!ないよ!!」

『そ、そう、なの?』

「あのね、えっと、わたし、わたし、」

ぼろぞろと溢れてる涙を拭いながら、髪の毛を撫でた。

『慌てなくて大丈夫。全部ちゃんと聞くから、ゆっくり息をして、俺に話してみて』

「、んっ」

下がった眉尻と赤色の目元。ふわふわとした白色の髪。うさぎみたいだなぁと撫でていれば、まごついてた口がゆっくりと動き始めた。

「わたしと、あってくれる…?」

『うん』

「ほんとに…また、あえる?」

『俺は嘘をつかないよ』

「…!」

まだまだぼろぼろと零れ始める涙にハンカチはそろそろ水が絞れそうなほどで、力が入って歪む口元は口角が上がっているのか下がっているのかが測れない。

どちらにしたとしてもこの子が泣いてる理由はわからないから、背中をなでて抱え直した。

『えりちゃん、必ずまた会おうね』

「、っん」

『次会ったときはなにして遊ぼうか…?いろいろ考えてくるから、楽しみにしててね』

「うんっ」

大きく頷いたえりちゃんに開いたままの扉の向こう側を確認して、心の中で息を吐く。

一体あの人は、俺に何を求めてるんだろうか



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