ヒロアカ 第二部
勝己と出久に元気をあげて、それからもらって、なんとなく浮ついてた足が地についた感覚に落ち着いて眠りについた。
いつものアラーム音に目を覚まして、携帯を見れば人使から朝練は一人ですると来ていて無理せず休むようにと言葉が続いてる。
大方頭の怪我を先生から聞いたんだろうそれに仕方なく息を吐いて室内で筋トレをして、シャワーを浴びる頃には食堂に行く時間だった。
「おはよう、出留」
『ん、人使、おはよ』
いつもどおり待ち合わせて朝食を済ませ、授業を受ける。普段なら放課後は訓練だけど今日は大事を取って休むようにと昨日のうちに告げられていたから課題を済ませると告げて部屋にこもった。
鍵をしっかりと締めて、連絡を2ヶ所に入れる。
片方はすぐに返事がきて、もう一つは準備をしているうちに返事が届いたから早速立ち上がった。
ふわりと現れた靄に見慣れた人が現れて口元を緩ませる。
『こんにちは、黒霧さん』
「はい。本日もお疲れ様です。では向かいましょうか」
『ありがとうございます』
引かれるままに歩きだして少し進むと視界が開けた。
昨日と同じようにも見えるその場所に待っていたのは白色の服をまとった人間で、俺を目視すると微かに頭を下げる。
「お待ちしてました」
『こちらこそ、連日お邪魔してしまって申し訳ありません。本日もよろしくお願いします』
「ではまた後ほどお迎えにあがります」
『はい』
揺れた黒霧さんが帰るのを見送ってから歩き出す。先導されるままについていって、少しずつ曲がっている通路や階段に距離が狂い始めたところで扉の前でその人は足を止めた。
「中にトガヒミコとトゥワイスがいます」
『道案内、ありがとうございました』
「仕事なので」
さらりと零してすたすたと歩いていってしまったその人から視線を外して扉を叩いた。
「はーい!」
『出留でーす、おじゃましまーす』
「出留くん!!」
扉を開けると同時に飛び出してきたヒミコちゃんを捕まえて抱える。トゥワイスがお!と跳ねた。
「出留!早かったな!!」
『うん。早く二人に会いたいなって。昨日話してたやついろいろ持ってきたから作戦練ろ?』
「はい!」
「おう!」
楽しそうな二人に俺も笑ってテーブルに近づく。昨日の今日、二日連続の訪問にオーバーホールさんはあっさりと許可を出してくれた。
俺が居ると二人が大人しいからなんて理由に甘えてお邪魔し、昨日話していた遊び場の情報をまとめたものを広げた。
頭部の再検査を終えてもう大丈夫と頷かれれば、朝練も含めた活動を許可されて訓練も授業も自由に参加できるようになった。
とはいえ訓練はもとからやっていたものだし、まだ次のインターンまでは時間がある。勝己と轟くんの晩御飯を作ったりと日々を過ごして、何回目かの訪問で目をまたたく。
ヒミコちゃんとトゥワイスに会いに行くからと伝えて来たはずのそこで、いつもは迎えがいるはずなのに人気のない場所に出た。
『黒霧さん、誰もいないんですけどここであってますかね…?』
「指定された座標に間違いありませんが…どうしたものでしょうか」
『んー』
前に来た場所かもしれないし、違うかもしれない。どこの部屋も似たような造りで同じような物しかおいてないから把握しきれなかった。
見知らぬ場所に一人になるのは少し心細いけど、仕事を任されている最中で忙しいと聞いたことのある黒霧さんを拘束するのは憚られた。
『とりあえず待ってみます。すみません、お仕事中に。送迎ありがとうございました』
「いえいえ。またなにかございましたらいつでもご連絡ください」
ふわりと揺れて黒霧さんが消える。
見渡す限り質素な室内。棚もテーブルもどこにでもあるような量産品でこれもきっと初日に言っていたせせこましさの一部だろう。
記憶に残らないようにして、もしくは他にも同じような配置の部屋をいくつも用意して特定の場所にたどり着けないようにしてるはずだ。
室内にいたところで見つけてもらえる可能性は低い。それならと踏み出して扉に手をかけた。
何回来たって把握しきれない道を思うままに進む。窓一つない通路は蛍光灯のみで照らされていて、掃除の行き届いた床と壁、それからなんとなく重たい空気も相まって病院にいるように感じる。
携帯を触って、ヒミコちゃんとトゥワイスに連絡を入れたところで視界に何かが映って顔を上げた。
『あ、』
「っ!」
見つけた影に思わず声を出せば、小さな影は肩を跳ね上げて勢い良く走り出した。
『え、』
逃げられたことに目を瞬けば、六歩分ほど走ったところで足を滑らせたその子がべしゃりと床に倒れ込む。痛そうな音に慌てて近寄って横にしゃがんだ。
『大丈夫?むっちゃ顔からいったよね?怪我してない?』
そっと肩に手を添えればびしりと警戒するように固まって、怯えたように赤色の瞳が俺を見上げた。
『女の子…?』
くりっとした大きな瞳に白くて丸みを帯びた頬。小さく細い手足。
思っていたよりも、随分と、幼い。
目を瞬く俺にその子は警戒と不安を全面に押し出して俺を見つめるから、首を傾げつつもふるえてる体を起こして手を離した。
『勝手に触ってごめんね?転んでたけど、痛いところはない?』
「っ、」
『大丈夫…?』
あまりに強張ってる表情は異常で、転んだときにどこかぶつけたからとか、そんな簡単な理由じゃないように思えた。
そもそも、こんな場所にこんなにも小さな女の子がいる事自体が不自然で、手足に巻かれてる包帯はとても正常な量には見えない。
怯え、震えてる肩と揺れる視線。じわりと滲んだ赤色にこれはと目を細める。
「ご、ごめんなさい!あ、あの、あの、私、」
『……俺ね、呼ばれてここに来たばかりなんだけど迎えの人が見当たらなくていま迷子なんだ。君はここの子?』
「っ、え…」
『もしここの子なら道案内してほしいなって思ったんだけど…、君も迷子なら、一緒にここから出ない?』
「出る…?」
『うん。だってこんな殺風景なところずっといたら気分が沈んじゃうでしょ?俺、今すごく自然の緑とか空の青色とか見たい気分なんだよね』
「しぜんの、みどり…そらの、あおいろ…?」
『うん。とってもきれいなんだよ。もしよかったら、兄ちゃんと一緒に見に行かない?』
「みたい!……っ…あ…でも、」
輝いた赤色は思わずといったように言葉を溢してから慌ててその小さな掌で口を押さえた。
『ん?でも、なぁに?』
「………わたしが、おそとにでようとしたら、しんじゃう」
『んん?物騒だなぁ。誰が死んじゃうの?』
「……………おにいさん」
『……えー、なにそれ、こわ』
「…、わたし、おにいさんとは、いっしょにいかな、」
『じゃあこうしようか』
良くない言葉をこぼそうとしたその子の頭に手のひらを乗せて、髪を撫でて目を覗きそむ。
『怖い人に見つかる前に、兄ちゃんとここを抜け出そう』
「、でも、そんなことしたらあのひとにころされちゃう」
『へーきへーき。俺逃げんの得意だから。さて、そうと決まれば善は急げってね』
いつまでも床に座り込んだままでは動くけないから、そっと腕を回して力を込める。抱えあげれば予想よりも遥かに軽いその子はあっさりと持ち上がって腕の中に収まった。
「え、」
『よーし、兄ちゃんと地下迷路脱出大作戦だ』
「だいさくせん…?」
『うん。大丈夫。兄ちゃんがいるからなんも怖くないよ。それじゃあしゅっぱーつ!』
とんとんと背を撫でながら歩き出す。驚いたように肩を揺らしたもののきゅっと小さな手が俺の服を掴んだ。
「………おにぃちゃんは、なんでわたしをたすけてくれるの?」
『んー?助けてるつもりはないよ?俺はここから出たい。君もここから出たい。やりたいことが一緒なら一緒に行動したほうがいいと思っただけ』
「…おもった、だけ…?」
『そ。俺がそう思ったからこうした。てか俺の今の状況って誘拐じゃんね。笑える』
「ゆうかい…?」
腕の中できょとんとするその子に誤魔化すように笑って見せて、それから頭を撫でれば驚いたように目を見開いた。
『あ、急に触ってごめんね』
「…………おにぃちゃんはどうしてわたしをなでてくれたの?」
『んー…君が、俺の弟たちに似てるからかなぁ』
「おとうと…たち?」
『うん。うちの子は二人ともすごくいい子で可愛くて、君も似てるなぁって』
追加で頭を撫でようとすれば首を横に振る。それから視線を泳がせたその子は怯えるように視線を落とした。
「……わたし、にげようとしてるから、いいこじゃないの」
『ふーん?』
そんな気はしていたけど、明言されてしまうとやっぱりそうだよなと心の中だけで息を吐いて目を逸らす。
このまま歩いていけば誰かに会って、俺は迷子から脱却できるけどこの子は捕まって、さらに酷い扱いを受けるに違いない。
止めてしまってた手を動かして頭を撫でる。
『たしかに誰かから見たら君は良い子じゃないのかもね。でも俺から逃げようとしてるわけじゃないから、俺にとっての君はいい子だよ』
「おにぃちゃんにとってのいいこ…?」
『うん。そういうことっていっぱいあるから、ここから出たら一緒に考えようか』
「……うん」
こくりと深く頷かれて口元を緩める。決意が固まったのならここにいる必要はないから歩くペースを早めていく。
さっきから揺れ続けている携帯は無視して、ヒミコちゃんとトゥワイスには後で謝ればいいだろう。
このこを連れ出すなら歩くよりは個性を使うほうがいいかと考えて、携帯を取り出そうとしたところで不意に感じた気配に眉根を寄せた。
「あ?!てめぇなんでそれと一緒にいんだ!!」
聞こえた声に仕方なく顔を上げる。荒らげられた声は怒りと恐怖が原因らしい。見覚えのない人間に首を傾げれば、腕の中のその子は大きく震えて俺の肩に顔を押し当てた。
『あー、着いたのになんでかお迎えが一人もいなくて、ふらふらしてたらこの子と会ったので道案内してもらってまーす』
「なんていいからそれ早く返せ!じゃねぇと俺がバラされる!!」
『うん?まだ道案内の途中なんでそういうのは困りますね?』
生成した入眠効果のある成分をガスとして空中に振りまく。そうすれば向かいのそれはばたりとその場に倒れて、そのまま歩き出した。
「え…?」
『てか、まじでここどこ?入り組みすぎ、どこまで行けば外出れんの…??』
嫌気のさしてくる白い壁と灰色の床。抱えてるこの子に声をかけて右側に寄せて、空いた左手で携帯を取り出して地図のアプリを開く。
緯度と経度を把握できたものの、よく考えてみれば俺はこの付近の地上に来たことがないから転移先がない。
『ふりだしかぁ…』
「出留」
『あ、オーバーホールさん?』
聞こえた声に顔を上げる。
この場所で俺を名前で呼ぶ人間なんて限られてる。予想通りそこにいたその人に首を傾げた。
「………なんでお前が壊理と一緒にいる」
『えり?』
ぱちぱちと目を瞬いて、彼の視線が俺の腕の中に向いていたからなるほどと頷いた。
『この子えりちゃんって言うんですね』
「……………」
『着いたはいいものの誰もいらっしゃらなくて、困って歩き回ってたらこの子に会えたから道案内してもらってたんですよ。何か問題ありました?』
「……そいつと、どこで会った」
険しい顔。震えてる手にそういうことだろうなと思いつつ背を撫でる。
『入った部屋ん中に居たので連れ出しちゃいました。このまま地下で過ごすのはやだったもので。まずかったですか?』
「……………」
真偽を確かめるような、じっとりとした目。視線を逸らさずににっこりと笑ってみれば先に目が逸らされて、手袋に伸ばされようとしてた右手が落ちた。
「トガヒミコとトゥワイスがいる場所まで案内する。ついてこい」
『え、はあ…』
「なにか問題があるのか」
『いいえ、特には…?』
問題があるのは俺じゃないのに不思議なことを言われて、オーバーホールさんに会ってから震えたまま俺の胸元に額を押し付けたままのその子に視線を落とす。
『てか、この子って…』
「…お前は、ヒーローか?」
『え?俺が?』
唐突な質問に素で反応してしまって、驚きのあまり目を丸くしてしまった。
『俺がヒーローだと思います?ただの善良な学生ですよ??』
「インターンに参加しているならヒーローの仮免許は修得しているんだろう」
『免許取ったからってヒーローにならないといけないわけじゃないですよ??』
今の御時世、よっぽどのことがなければ子供の将来の夢はヒーローだし、そのためにヒーロー免許を修得するのは必須条件だ。
オーバーホールさんの怪訝そうな目に、ほらと言葉をつなげる。
『車にだってペーパードライバーがいるじゃないですか。それと一緒ですよ。資格なんて持ってたって使うか使わないかはその人次第です』
「……………」
すっと目線が逸れて俺の腕の中に映る。怒りでも哀れみでもない。ただ無機物を見るような。怪我をしておびえてる女の子を見る目じゃないからため息をつきそうになる。
『この子は誰なんですか?』
「オヤジの孫だ」
『オーバーホールさんのお父さん?』
「ああ、組長のことだ」
『あ、なるほど』
じゃあこの子は将来の組長だったのかなと背中を撫でる。一向によくならない震えはオーバーホールさんへの恐怖を表していて、オーバーホールさんはすっと目を逸らすと歩き出した。
「妙に懐いてるな」
『皆さんは懐かれてないみたいですね』
えりちゃんの肩が大きく揺れて慌てたように俺を見上げる。目があったから笑って髪を撫でて、予想通りオーバーホールさんは何も言わなかった。
今にも泣きそうな女児を抱えてる俺に先を歩くのは敵団体の若頭。珍妙な組み合わせで進む旅は、随分とあっさりと終わった。
「ここだ」
『道案内ありがとうございました』
「ああ。…………」
すっと視線が降りるのは俺の腕の中で、えりちゃんはぎゅっと俺の服を一度強く掴むと力を抜く。
離れようとしたそれを抱え直した。
『この子にも道案内をしてくれたお礼がしたいので一緒に遊んでもいいですか?』
「…正気か」
『え?冗談を言ったつもりはなかったんですけど…駄目でした?』
「……………」
初めて、えりちゃんを見るオーバーホールさんの瞳に感情が籠もる。苛立ちと羨望、どれにしてもこの子に向けるものではなさそうなそれに目を瞬いた瞬間、口が動いた。
「中途半端な優しさは残酷だ。気まぐれの施しを与えればそれに希望を見いだし、依存して、なくなった救いの手に絶望する」
『……なんだか感情がこもってますけど、実経験ですか?』
「…さぁな」
じっとえりちゃんを見据えてるオーバーホールさんは一度扉に視線を移すと落とした。
「こいつをトガヒミコとトゥワイスに会わせたくない。次に来たときに合わせてやる」
『後日じゃいつになるかわからないじゃないですか』
「なら普段より少し早く切り上げろ」
『えー』
「必要なものは玄野に伝えろ」
『んー、はーい』
今食い下がったら最後、もう二度と会わせてもらえなくなるかもしれない。
震えてる肩を撫でて目を合わせた。
『えりちゃん、後で一緒に遊ぼうね』
「、でも…」
『何して遊ぼうかなぁ。やっぱお絵かきとか折り紙?』
「えっと、……」
『遊ぶならおやつも必須かなぁ。オーバーホールさん、必要なものってどこまで許してくれますか?』
「一時間以内に人一人が買って帰ってこれるものだったらある程度は許可する」
『じゃあオレンジジュースかカルピスと、クッキーとかでお願いします』
「……玄野に伝えておこう」
『お願いしまーす』
呆れたような瞳がやっとえりちゃんから逸れる。
一人、話の展開についていけてるのかいけてないのか、深い溜め息の音に肩を大げさに揺らしたえりちゃんは俺の腕からすり抜けて床に立つと服の裾を両手で握ってうつむいた。
「いいの。わたしのあたまをなでてくれた。…それだけで、わたしはしあわせ。おにいちゃん、いろをおしえてくれてありがとう」
『?』
諦めたような寂しい声。小さな肩に首を傾げつつ、一度かがんで目を合わせた。
『えりちゃん』
「、」
『大丈夫』
ぱっと上がった顔。揺れてる赤色の瞳に笑顔を向けて髪を撫でる。
『また後でたくさんお話しようね。兄ちゃんと約束だ』
「やく、そく…?」
『うん。…そうだ、右手出して?』
言われるがままに差し出された手にポーチから取り出した物を握らせて、ついでに小指を立ててもらって同じように立てた小指を絡めた。
『絶対に君とまた会うよ。約束』
「やくそく…」
『それはよかったら食べてね』
結び終わった小指を離せばそのままの形の右手を呆然とみつめてる。もしかしたら意味がわかっていないのかもしれないけれど、もう一度髪を撫でればそっと視線が上がった。
「また、わたしあえるの?」
『うん。必ず会えるから、大丈夫』
「…まってるね、おにいちゃん」
『うん。すぐに会えるから』
こくりと頷いたえりちゃんは右手を握りしめたままでくるりと髪をなびかせ方向転換するととてとてと歩いてオーバーホールさんの服を掴んだ。
「…………」
『それじゃあオーバーホールさん。お手数をおかけいたしますが先程お願いしたものをよろしくお願いしますね』
「…ああ」
『ヒミコちゃんとトゥワイスとはたぶん2時間くらいしたら別れるので、それくらいにお願いします』
「迎えをよこす」
『ありがとうございます』
オーバーホールさんはあっさりと口にするなり足を動かして、はっとしたようについていくえりちゃんが一度振り返る。
「あの、」
『また後でね、えりちゃん』
「っ、うん」
瞳を揺らして、ぎゅっと瞑ると大きく頷く。道の先に消えていった二人に息を吐いて、頭を掻きながら扉を開けた。
「出留くん!」
「出留!なんかあったのか?!大丈夫か!?」
迎え入れてくれた二人は慌てていて、どうやら随分と心配をかけてしまったらしい。
敵の本拠地で行方不明となれば心配もかけるだろう。二人に笑いかけて宥めて、次の遊びの計画を立てないとと話題を変える。
どこか不安そうながらもそっちの話題に乗ってくれたヒミコちゃんとトゥワイスに、後で改めて謝らないといけないなと目線を落とした。
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