DC 原作沿い
『あのねあのね!スーくんの作ってくれるご飯すごくおいしいんだよ!』
「はいはい。その話もう今日五回目よ」
『だってすっごくおいしいんだもん!志保ちゃんと明美ちゃんにも食べてほしいくらい!』
「大くんの同期さん、そんなにお料理上手なんだね。会ってみたいわ」
「ちょっとお姉ちゃん」
「ふふ、機会があればよ」
「あっても駄目に決まってるでしょ」
ぐっと眉間に寄った皺に明美ちゃんは誤魔化すように笑って志保ちゃんの頭を撫でた。
「はぁ。まったく…パリジャン、わかってるでしょうね」
『志保ちゃんの了承なしに明美ちゃんを組織の人に近づけません!』
「ええ、そのとおりよ」
『俺!約束できる!』
「はい、よくできました」
『えへへ〜』
褒められて笑えば志保ちゃんはやっと眉間の皺を薄くして息を吐く。それから顔を上げて明美ちゃんを確認するとほとんど空っぽのカップに口をつけて中身を空にして立ち上がった。
「時間がもったいないわ。私、新しいコスメ見たかったのよね」
「私もみたい!一緒に行きましょ、志保、パリくん!」
『うん!』
明美ちゃんと志保ちゃんを追いかける。少しだけ先のところで立ち止まってた志保ちゃんに並んだところで一緒に歩き出した。
二人の揃いの丈の裾がふわりと揺れてるのに頬を緩ませて、今日は何を買おうかなと二人の視線の先と周りをしっかりと見る。
「パリくん?」
『ん?どうしたの?』
「なんだかぼーっとしてたから…もしかして疲れてる?体調良くなかったりする?」
『うんん。俺ちょー元気』
「ならよかった〜」
表情を緩めて肩の力を抜いた明美ちゃんに笑う。志保ちゃんもちらりと俺を見ていたから手を振って、あ!と向こう側を指した。
『明美ちゃんの好きなブランドあれだよね!』
「あ!ほんと!見に行こう、志保、パリくん!」
「ええ」
『うん!』
とてとてと三人で歩いていくつものブースに分かれているうちの一つに入る。いらっしゃいませ、こんにちはと迎え入れてくれたきっちりと髪をまとめてスーツをまとってる女性は明美ちゃんと志保ちゃん、それから俺にも微笑みかけて、二人が見始めた新商品に補足を始めた。
今回の新色は前年よりも明るくてと説明されるけど前年を見たことのない俺はおとなしく二歩後ろで三人の姿を眺めることにする。
化粧品のことはあいにくと、ベルねぇさんが教えてくれたブランドのことしかわからない。
変装のために自分の化粧品はあるけど、それだけで、ブランドにはこだわりがない。
「ねぇパリくん!」
『ん?』
「どっちの色が好き?」
『んー』
いつの間に話が進んでたのか二つ持ってるシャドウの色に目を細める。どちらも同じオレンジ系統だけど、左手に持つのは赤みが、右手に持つのは黄みが強い。
『どっちの色もきれいで明美ちゃんに似合うけど…俺はこっちが明美ちゃんで、こっちは志保ちゃんかなぁ』
「私そんなに派手な色似合わないわよ」
『えー?そんなことないよ!おねぇさん!試していいですか!』
「はい、どうぞ」
用意されていたようにブラシやチップがすっと差し出されたからそのうちの一本を拝借してテスターを取る。
『志保ちゃん、じっとしててねー』
「ちょっと、」
チップにとって、手の甲に落として発色を確認する。これから少なめできっちりと色が出そうだったから志保ちゃんの頬に右手を添えて、そうすれば志保ちゃんは慌てながら目をぎゅっとつむった。
そっとなぞるように、普段からあまりシャドウ使わないらしくシンプルな志保ちゃんの目元に色をのせて、もう一度色をすくって重ねる。
単色でも濃淡を意識して両目に施してから手を離した。
『志保ちゃん、目ぇ開けて?』
「…………」
いつの間にか用意してくれてた鏡を覗いた志保ちゃんは目を見開いて、それから鏡と見つめ合う。
その間にもう一つの色をすくって明美ちゃんにも添えれば明美ちゃんはくすぐったそうに笑った。
「どうかな、パリくん」
『とってもかわいい!!』
「えへへ、ありがとう」
照れたように笑う明美ちゃんに鏡から視線を上げた志保ちゃんが眉尻を下げた。
「……私には派手じゃないかしら」
『えー?全然そんなことないよ!今日の服にもあってるし!普段使わないから見慣れてないだけ!いつもの志保ちゃんもかわいいけど、こっちの色をつけた志保ちゃんもかわいい!』
「…………貴方いつもそればかりね…」
『だって本当のことだもん!』
「………はぁ、まったく…」
息を吐いた志保ちゃんはさっと明美ちゃんが持っていたそれをすっと手のひらに収めると俺達を見ていたスタッフに差し出した。
「これ、買うわ」
「ありがとうございます」
「え?!ちょっと志保!」
『あ、俺、』
「財布出したら一週間口聞かないわよ」
『なんで?!!』
ポケットに伸ばそうとしてた手を止めて目を瞬く。その間にささっと会計を済ませた志保ちゃんは袋を二つに分けてもらって片方を明美ちゃんに渡した。
「いつも言ってるけど貴方は出しすぎなの。この服の分もまだお礼できてないし、今日は私達の買い物で財布を出すのは禁止」
『えー!!』
「だからって私の分まで買わなくても…」
「私はその色がお姉ちゃんに合ってるから買ったの。気にしないでちょうだい」
「するわよ…」
頭を抑える明美ちゃんに志保ちゃんはすたすたと歩きだしてしまって、慌てて背中を追いかける。
「志保、なにか欲しいものはないの?」
「特に思いあたらないわ」
『喉乾いてたりは?』
「さっきお茶したばかりでしょう」
『「だって〜」』
二人で肩を落とせば志保ちゃんは首を横に振ってしまう。
「志保ったら…」
明美ちゃんの力ない声に志保ちゃんは息を吐いたと思うと微笑む。
「今度のデートでつけていってね、お姉ちゃん」
「…うん!パリくんが選んでくれて志保がプレゼントしてくれたんだもの!毎日使うわ!」
「毎日使ったらすぐなくなっちゃいそうね」
ふふっと笑い声を転がすとそうだわと俺を見た。
「貴方、今耳は空いてる?」
『んぇ?ピアス?うん、こっちは特に何もつけてないよ』
「そう。ねぇ、お姉ちゃん」
すっと顔を明美ちゃんに寄せた志保ちゃんは口元を俺から隠して何かを伝える。明美ちゃんは目を見開くとぱぁっと表情を明るくして大きく頷いた。
「そうしましょう!」
『んん、俺、仲間はずれ…?』
「うん!ごめんね!パリくんにはまだ内緒!」
嬉しそうに笑ってる明美ちゃんに腹のそこがむずむずして、口を開く前に俺の手が取られた。
「さぁ!行くわよ!パリくん!」
『え、どこに…?』
「上の階よ。ほら、もたもたしない」
『う、うん?』
志保ちゃんに背を押されて歩きだして、エスカレーターで階数を変えようとしたところで携帯が揺れはじめた。
『あ』
「…私、お手洗い行きたかったの!」
「じゃあ私も。ここで待っててちょうだい、パリジャン」
『うん』
エスカレーター近くの壁際にレストルームの案内板を見つけて、二人が離れていくのに感謝しながら携帯を取り出した。
揺れたままの携帯は着信で、珍しい名前に目を瞬いて耳に当てた。
『はい、もしもーし』
「こんにちは、今お忙しいですか?」
『んーん、平気だよー。バボくんどうしたの?』
「貴方に少しうかがいたいことがあったんですが…」
『俺にわかることなかぁ?なぁに?』
問いかけに目を瞬いて顔を上げる。目に入ったそれに首を傾げつつ口に出せば向こうから驚くように息を吸う音がして短い間の後に口を開かれた。
「聞いたのは僕ですけど…なぜそんなことを知ってるんですか?」
『え?目の前に書いてあるから?』
「………もしかして貴方、そこに居るんですか?」
『うん、お買い物中。もしかしてバボくんもいるの??』
「ええ…そうですか、わかりました。………少しお時間をいただくことは可能でしょうか」
『んー、明美ちゃんと志保ちゃんに聞いてみる。何分くらい?』
「30分もかかりません」
『わかったー。じゃあ確認したらすぐ電話するねー』
「良い返事を期待しています」
ぷつりと切れた音に目の前のそれを眺める。なんでわざわざこれについて聞いてきたのかわからないけど、バボくんはなんの仕事中なんだろうか。
そっとこちらを窺ってた気配が近づいてきたから顔を上げる。二人は目が合うと明美ちゃんが首を傾げた。
「パリくん、電話大丈夫だった?」
『うん』
頷けば明美ちゃんはわかりやすく安心したみたいに笑う。志保ちゃんだけちょっと怖い顔をしていて、ぽんっと手を叩いた。
『あのねあのね、一時間くらい呼ばれてて、ちょっと離れても平気?』
「………さっきの電話の相手?」
『うん。なんかね、バボくんもここに居るらしくて聞きたいことがあるんだって』
「ふぅん…。一時間で済むの?」
『たぶん!』
「そう。…なら終わったら連絡ちょうだい。お姉ちゃんと買い物したりしてるわ」
『んん、ごめんね。ありがとう』
「いいわよ。…ただし、何があってもその人といる時に声をかけてこないで」
『はぁい!』
ぴしっと敬礼をしてみせたところで志保ちゃんは明美ちゃんの手を取って、予定通り上の階に向かうらしくエスカレーターに乗り込む。
二人を見送って、振っていた手をそのまま携帯に伸ばしかかってきたばかりの番号を呼び出した。
ワンコールもなく音が途切れる。
「早いですね。もう返事をもらえたんですか?」
『うん!二人ともいーよって!それで、バボくん、俺どうしたらいいの?』
「今から言う場所に来ていただけると助かります」
『ん。俺普通の格好で平気?』
「ええ。」
続けて聞こえたのは二つ下の階で、頷いてエスカレーターを降りていく。平日のショッピングモールとはいえ、大きな場所だから人花それなりに多い。
あまり人目につかないように変な行動は取らないようにだけ気をつけて、進んでいった駐車場の車の中に金髪をみつけた。
「こんにちは」
『こんにちはー?』
バボくんが後ろに視線を向けるのと同時に鍵が外れる音がしたから車に乗り込む。白色の車の中は片付いていて、特に余分なものは乗ってなかった。
『それで?俺に聞きたいことってなぁに?』
「まずはこちらの写真を」
渡されたのは封筒で、中身は言われたとおり写真らしい。男女合わせて五人。なかなかの量だなとおもいつつしっかり顔を確認して五枚目の写真を認識しきったところでバボくんは息を吸った。
「この中の人間に見覚えはありますか?」
『ん、一枚目の人はメインホール受付、四枚目の人は化粧品売り場のアドバイザー。五枚目は駐車場の入り口にいたよ。他はわかんないかなぁ』
「そうですか」
『この人たち誰なの?』
「今潜入中の仕事場の一員です」
『え、そうなの?なんでこんなデパートに??』
「先程貴方に窺ったことが理由ですよ」
ぱちぱちと目を瞬いて首を傾げる。
『七階でやってる漫画の原画展?』
「ええ」
『普通の人じゃないの?』
「漫画家自体は一般人ですよ。あくまでも目的はその場所です」
『場所??』
「ええ」
バボくんはわかりやすく考え事をするポーズを見せて、顎に右手を置く。少しの間のあとにバックミラー越しに俺を見た。
「漫画にはお詳しいですか?」
『全然!』
「……聞いたのは僕ですけど、そんな気はしてました」
『えへへ』
「褒めてませんよ」
『そうなの?』
バボくんは一回息を吐くと視線を逸らして携帯を取り出す。少し操作して、揺れた携帯にまた俺を見た。持っていた携帯の画面がこちらに向けられる。
「追加で、この三人に見覚えはありますか?」
『んー…、二枚目の男の人はさっきカフェで見たよ。なんか飲んでた』
「どれくらい前の話ですか?」
『一時間くらい。でも人と一緒にいたよ?』
「男女は?」
『男の人。立ってるとこ見てないから身長は正確じゃないけど、大体170cmくらい。黒髪でツーブロック、右の眉尻に黒子があったかなぁ』
「……よく覚えてますね?」
『カフェ入ってすぐ明美ちゃんと志保ちゃん見てたからなんか用あるのかなって。すぐに俺がいるのわかって視線外れたし、二人も知り合いじゃなさそうだからその後は覚えてないけど、印象に残ってたのー』
「…それはよかった」
すぅっと目を細めたバボくんはどこか怖い顔をしてる。
『この人たちのこと、俺が聞いても平気?』
「他言無用でお願いします」
『はーい!』
「はぁ。……彼らはいわゆる美人局をグループで行っています。対象は大抵男性ですが、時には女性を拉致して暴行をくわえたりしているようですね」
『ふーん』
「最後に見せた三枚はつい先日も仕事をした人間たちで、貴方が見たという男もきっとそのうちの一人でしょう」
『結構大人数なんだね。バボくんの仕事はどこがゴールなの?』
「グループの壊滅。可能なら組織に引き抜けとも言われてますが、調べたところ使えそうな人材はいないかと」
バボくんにこの仕事が割り当てられたのは顔の良さが理由だろうか。
ライくんは威圧感あるし、スーくんはこういうのしてるイメージが浮かばないからそういうことだろうなぁと写真を眺めて首を傾げる。
『さっきの原作展はなんの関係があるの?』
「人が多く集まるので獲物探しに場所を使われてるだけで、あの漫画自体は関係ないですよ」
『あー、なるほど。それで場所って言ってたんだね』
ふむふむと頷いて写真からバボくんへと視線を移した。
『俺に手伝ってほしいことは?』
「特には。情報提供と情報の共有をしたかっただけです」
後はこちらで処理しますとこちらに向けていた体を正したバボくんは写真を封筒にしまって携帯を置く。
随分とあっさりとした言葉に本当に終わりらしく目を瞬いた。
『あれ?そうなの?思ったより早く終わったね?』
「30分ほどと伝えたでしょう?」
『たしかに!俺もっと長くなるかと思ってた!』
「オフで人と出かけている人間の時間をこれ以上奪う訳ないでしょう」
『バボくんやさしいねー!』
「人として当たり前のことですよ。それに…」
表情が消えたバボくんに目を丸くして、一瞬のそれにバボくんはすぐにいつもどおりの笑みを浮かべた。
「噂のヘルエンジェルの娘さんたちとデート中だったんでしょう?僕は馬に蹴られたくありませんから」
『馬?』
牧場にいるわけでもないのに出てきた動物に目を瞬く。バボくんは目を細めて、息を吐く。
「日本のことわざって知ってますか?」
『疑わしきは罰せよ!』
「違います」
『違うの?!』
「日本を含む法治国家は疑わしきは罰せずが大原則です。元々はメソポタミア文明時代の石器に記されていた疑わしきは罰せずという言葉が初出です」
『へー…!そうなんだ!』
バボくん物知り!と続ければ深々と息を吐かれて、するりと目線が揺れて俺から逸らされた。
「近くに本屋もあるでしょう。ちょうどいいので一般教養の載った書籍を購入されてみては?」
『たしかに!志保ちゃんと明美ちゃんにおすすめ聞いてみる!』
「そうですね」
カチッと短い音がして扉のロックが外される。話は本当に終わりなんだろう。
扉に手をかけて外に出ればバボくんは運転席の窓を少し開けた。
「貴重なお時間をありがとうございました」
『うんん、こちらこそー。教えてくれてありがとう!バボくんの邪魔しちゃったら大変だし、早めにここから出てくね!』
「ええ、それがいい」
本当にこれで話は全部終わりらしく声のトーンが平坦に、視線は向こうに流れているから持っていたそれを差し出した。
「これは?」
『お手伝い中に飲もうかなって思ったんだけど飲む時間なかったから、バボくんにあげるね』
「コーヒー……。わかりました。押し付けられたような気がしなくもありませんが、受け取ってあげましょう」
『ん!よかったら飲んでね』
缶を受け取ったのを確認して、空いた手をひらひらと振り歩き出した。