ブルーロック
引っ越してきてから数ヶ月。春少し過ぎた季節からあっという間に外は夏になってた。冴と凛ちゃんは俺を毎日のように遊びに誘いに来てくれた。
時折風邪を引いていて遊べないこともあったけど、冴によるトレーニングのおかげかこちらに引っ越してくる前よりもいくらか体力がついたらしい俺は体調を崩す頻度は少なく、それでいて回復までにかかる期間を短くしていってた。
母さんもこれには泣いて感動していて、糸師さん家に菓子折りを用意しては糸師さんにほんわかと微笑まれてた。
無理だけは禁物と念を押されつつ、時折保育園に行ったりして過ごしていれば今日も今日とてピンポーンとすっかり聞き慣れたチャイムが響いた。
宅配の予定はないからたぶんこれは二人だろう。部屋から出てやっぱり誰も映ってないモニターを覗きこんだ。
『はい』
「冴だ」
「凛ちゃんだよ!」
『ん、今出る』
モニターを一度切って早足で外に出る。外を覗けば予想通りに手を繋いでる冴と凛ちゃんがいて、帽子をかぶってる二人は鞄を持ってた。
「すいちゃん!おはよ!」
『おはよう、凛ちゃん、冴。…今日は大荷物だね?どうしたの?』
「海行くぞ」
『え、海??』
目を丸くした俺に凛ちゃんは大きく頷いて俺に飛びつく。
「うみ!すいちゃんあそぼ!」
『海…今から行くの?』
空を見上げればじりじりとした強すぎて明るい太陽の光に目がやられる。すぐに視線を落として前を見れば冴が頷いた。
「浸かったり泳いだりしないから、濡れていいズボンか短いズボンとタオルもってこい」
『んん、あるかなぁ…』
「凛ちゃんはね!はちさんのおようふくなの!」
『はちさん…そっかぁ。可愛いだろうなぁ』
「すいちゃんにもみしてあげるの!すいちゃん!うみいこーよ!」
ぴょんぴょんしてる凛ちゃんに断る気にもなれず、少し考えてから頷く。
『用意に少し時間もらっても平気?』
「うん!凛ちゃんね!まってられるのよ!」
『ありがとう』
えっへんと胸を張る凛ちゃんの頭を撫でて、二人を招く。数回家に入ったことのある二人はおじゃましますとそろって挨拶をしてくれてリビングに通した。
飲み物とテレビを用意し、二人を置いて二階に向かう。
プールも海も、生まれて数年存在は知っているけど実際に触れたことはない。夏にひく風邪は拗らせやすかったし、母さんがいなければ家にいることがほとんどただった。一人で外出して熱中症にでもなったら倒れてそのまま目が冷めない可能性もある。
当然のこと水着なんて代物は持ってなかったから、冴に言われたとおりにさらっとした生地のひざよりも上くらいに裾が来る短めのズボン。必要かわからないけどシャツの替えと大きいタオルと小さいタオルをいつものウエストポーチとは違う、大きめの鞄にぎゅっぎゅっと押し込んだ。後は下に行って飲みものを持てば完了だ。
階段を降りてリビングを覗けばすっと冴がこちらを見た。
「忘れ物は」
『たぶん大丈夫だと思う』
冷蔵庫から出したお茶をボトルに詰め替えて、その間にグラスを二つ持った冴がキッチンに入ってきて流しにグラスをおいた。
『ありがと』
「ん」
「にいちゃん!すいちゃん!うみはー??」
「ああ、睡の準備ができたから行くぞ、凛」
「うん!!」
冴がリビングへ凛はを迎えに行く。テレビの音が消えて、三人で玄関に向かった。
「すいちゃん、うみたのしみね!!」
『うん。たのしみだね』
鍵をしっかりかけて、母さんにいってきますと連絡を入れて外に出る。
途端、むわりとまとわりつくような熱気に包まれる。上から降り注ぐ太陽とあたりかしこから聞こえるセミの鳴き声。さっきと同じように上を見ようとして明るすぎて諦めた。
「すいちゃんうみすきー?」
『えっとね。海初めてなんだ』
「すいちゃんうみないの?!」
雷にうたれたみたいにびゃっと目を丸くして固まった凛ちゃんに冴も固まって、二人の様子に首を傾げれば凛ちゃんが繋いでる俺の手を引っ張った。
「すいちゃん!すいちゃん!うみ!はやくいくのよ!!うみたのしい!!」
『あ、うん』
さっきよりも急ぎ足でバス停に向かって、バスで数個分進む。歩くよりも断然早いそれに凛ちゃんはすでにウキウキしてるし、冴も心なしか楽しそうに口元を緩めてた。
『二人とも海にはよく行くの?』
「んー?」
「二週間に一回、行くか行かないかだな。ワンシーズンに三回行ったら多い方だ」
『なるほど』
「凛ちゃんね!うみすきだけどぷーるもすき!」
『えっと、プールと海は楽しさが違うの?』
「………違うな。もしかしてプールもか」
『うん。プールも行ったことない』
「すいちゃんぷーるない??!」
ぴしゃんとまた雷に撃たれた凛ちゃんは目を見開いて固まってる。そんな気はしてたけどと言いたげな冴は息を吐いて、凛ちゃんの頭を撫でた。
「次はプールだな、凛」
「ぷーるいくのよ!!」
二人の様子に苦笑いを浮かべて、それまでには水着を用意しといたほうがいいかなとぼんやり考える。
一度止まったバスが再び動き始めて、冴がボタンを押せば車内にアナウンスが流れた。
「次で降りるぞ」
「うん!」
「忘れ物すんなよ」
『わ、わかった』
普段持ち歩かない鞄は慣れなくて、しっかりと持ち直してから三人でバスを降りて手を繋いで歩く。
独特の香りがしていて、目を瞬いて、二人に引っ張られながら歩く。小さな道を抜けて、目の前に広がった青色に目を瞬いた。
『……うみ…?』
きらきらとしてる水面は同じ水のはずなのに貯めたお風呂とは別物で、空も海も青いのにはっきりと境目がわかるくらい違う青色をしてる。
「すいちゃん!うみ!いこ!」
「睡、近づかないと楽しくねーぞ」
『う、うん』
目を奪われてた俺に二人は笑って手を引いて、こっちと進んで階段を降りる。足元に広がる砂に降り立った二人に習うように倣うように足をつけて、地面の沈んだ感覚に息を止めた。先に進もうとしてた凛ちゃんと距離が開いて手が引っ張られる。
『、』
「すいちゃん??」
「……凛、一回手ぇ離すぞ」
「ん?うん!」
宣言通り手を離したらしい冴は凛ちゃんを越えて、俺の横に来ると空いている手を掴む。しっかりと込められてる力に顔を上げれば目があった。
「睡、俺がいるから大丈夫だ」
『う、うん』
「すいちゃん…?」
『だ、大丈夫』
強い水色と不安そうな水色。同じ色でも込められた感情で随分と違う色に見える。
息を吸って、吐いて、繋いでる右手に力を込めて、もう片方の足も砂につけた。ずっと沈んで包まれるような感覚にぞわりとする。
固まりそうになりながら小さく二歩進んで、足がつかれたところで立ち止まれば右手に触れてる手が強く繋がれた。目が合うなり伸びてきた右手が俺の頭を撫でられる。
「よくできた」
「すいちゃんえらーい!」
よくわかってなさそうながら凛ちゃんも一緒に褒めてくれて力が抜ける。
『ありがとう』
「よし、凛。そこの岩んとこいくぞ」
「うん!」
両サイド手は繋がれたままで少しずつ砂浜を歩いて大きな岩があるところに近寄る。上に荷物を寄せて、冴は俺を座らせると手を解き凛ちゃんの上着を脱がせる。
「すいちゃん!みてみて!凛ちゃんはちさん!」
『かわいいね』
「にぃちゃんとままがはちさんにしてくれたのよ!」
『うん、凛ちゃんによく似合ってる』
「えへへ」
黄色と黒のしまもようの洋服に頷けば頬を赤くした笑う。照れたみたいな表情は可愛らしくて、一緒に笑い合ってればざっと砂を踏む音が聞こえた。
「凛、睡、準備できたか」
「うん!」
『うん、たぶん』
半袖のシャツと半ズボン。俺と似たような格好の冴と蜂モチーフの水着をまとってる凛ちゃんとまた手を繋いで、波打際に足をすすめる。
音を立てながら水が遠のいたり近づいたりして、動いてるそれに目を瞬く。
「すいちゃん!うみちったいよ!」
『冷たいの?』
「今日は気温より水温のが低いらしいぞ。だから入っても足までにしておけよ、凛。風邪ひく」
「かぜだめ!」
大きく頷いた凛ちゃんはいつの間にか右手にバケツを持っていて中にはスコップが入ってた。
『凛ちゃん、何か掘るの?』
「かいさんあつめるの!」
「凛は水遊びと貝殻集めが好きだ」
『貝殻集め…』
「きらきらなの!」
目を凝らせば足元には砂に混じって貝殻も落ちていて、たぶんこれを集めるんだろう。
凛ちゃんは近くにバケツを置いて、それから俺の手を取った。
「うみ!はいろ!」
『うん!』
手を引かれて水に濡れた砂を踏む。足の指にまとわりつく感覚は慣れそうにないけどそのまま足を進めて、凛ちゃんが足を止め、手を離した。
「うー、ざぱーん!」
『つめた…っ』
勢い良く帰ってきた水は俺達の足を越えて後ろのほうまで流れていって、それからまた引いていく。冷たいそれに一度目を瞑ってから開いた。
「すいちゃんちったいね!!」
『う、うん、つめたい…!』
「ちったいのー、えい!」
『ん?!』
凛ちゃんの小さな手が海の水を掬って俺に向けて弾く。少しだけ拾われた水が飛んできて冷たかった。
「えへへ、すいちゃんちったいねー!」
『そ、そだね??』
「凛、ほら」
「きゃー!ちったい!!」
いつの間にか近くにいた冴が片手で水を掬って凛ちゃんの腹あたりにかかるように振るう。嬉しそうな凛ちゃんにこうやって遊ぶのかと見つめてしまえばすっと視線が動いて、右手が掬った水が飛んできてた。
『わっ!なんで?!』
「こういうもんだから」
『そ、そうなの??』
「えいっ!」
『つめたっ』
「はっ」
凛ちゃんの飛ばした水が俺達にかかって、冴は笑う。目を瞬いたままの俺に凛ちゃんはにぱっと笑った。
「すいちゃん!すいちゃん!ちったいよ!あそぼ!」
明るすぎる笑顔に頷いて、手を海に浸す。冷たいとずっと思っていたけど、てのひらで感じる水は温かい。顔を洗うときみたいに手をお椀型にして、上に腕を振う。掬った水は半分くらい落ちながらも飛んでいって、冴の足元にかかった。
「お、やったな。睡」
「すいちゃんじょーず!凛ちゃんもやるよ!」
笑った二人の顔はよく似てる。ばしゃばしゃと音を立てて、水が飛び交って。一通り濡れて腕が上がらなくなってきた俺に凛ちゃんが俺の手を掴んだ。
「すいちゃん!かいさんあつめよ!」
『あ、うん』
「こっち!」
『わ、まってまって』
ぬかるんでる足元なのに凛ちゃんは気にせずすたすたと歩いて、足を取られながら歩く。冴は必要なものをとり行くというから先に二人で砂浜に屈んだ。
凛ちゃんはまだ短くて小さな指を砂に向けて指す。
「おすなどかして、きらきらのあったらいれるの!」
『う、うん、がんばる』
貝殻はいっぱいあるけど、きらきらのやつとはどんなやつだろう。
『えっと、凛ちゃん、大きさとか色とかはどれがいいかなぁ?』
「んとね、凛ちゃんはあおいのがいい!」
『青色が好きなの?』
「うん!すいちゃんは??」
『…俺も、青色が好きだよ』
「凛ちゃんといっしょ!」
『うん。青色は凛ちゃんと冴の色だからね』
「にぃちゃん?」
首を傾げた凛ちゃんに笑って言葉を続ける。丁寧に、難しい言葉を使わないように伝えれば凛ちゃんは次第に瞳を輝かせて頬を赤くして笑った。
「凛ちゃんもすいちゃんすき!!」
『えへへ、うれしいなぁ』
ぴったりとくっついて笑いあえば近くで砂を踏む音がして顔を上げる。
「ほら。水分とれ」
「あい!」
渡されたボトルを両手でもってごくごくと喉を動かす。口を離した凛ちゃんに冴は反対に持ってたものを置いた。
「バケツ」
「にぃちゃん!あいと!!」
「帽子もしっかり被れ」
「はーい!」
凛ちゃんの丸い頭に、行き道にも被ってた帽子を乗せる。それから冴は持ってたもう一つの帽子も俺に乗せた。
『??』
「睡も水とれ」
『う、うん、』
「あと少しでも暑くなったら教えろ」
きゅっと帽子が落ちないように紐が結ばれて、ボトルが渡されたから水を飲む。見上げれば冴は帽子の代わりにタオルをかぶっていて首を傾げた。
『帽子、』
「持ち物に伝え忘れたからそれ被れ」
『でも』
「俺は帽子好きじゃないからタオルのが楽」
ふいっと顔を逸らされて、その先にいた凛ちゃんはバケツからスコップを一つ取ってはい!と笑った。
「にぃちゃんとすいちゃんの!」
「ん、ありがと」
『ありがとう、凛ちゃん』
「かいさんいっぱいとるの!」
「また母さんに作ってもらうのか?」
「うん!」
『何か作るの?』
「フォトフレーム」
『フォトフレーム…貝殻で…?』
「おしゃしんのまわりね!きらきらにするの!」
「凛がとってきた貝殻を飾ってフォトフレーム作るんだよ。母さんそういうの好きだから」
『そうなんだ…』
「これからは睡の写真もいれるからフレームはいくつあってもいいし、たくさんとるぞ、凛」
「あい!」
『??』
なんか不思議な言葉が聞こえた気がする。固まった俺に凛ちゃんがおすなどかすの!と声をかけてくれたから慌ててスコップをさす。しゃりっと音がして突き刺さったスコップで右から左に砂を動かして、貝殻を三人で探し始める。
さくさくと砂を退かしていればそのうち凛ちゃんと約束した青色を見つける。貝殻ではなさそうだけど、これも持って帰っていいんだろうか。
あとで聞けばいいかなととりあえず手に持って、また他のところを掘ることにした。
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