ブルーロック

冴はサッカークラブに入ってるから、火、水、金、土曜日と週に四日間練習があって、その練習の終わりやそもそも練習のない月曜木曜日は学校が終わるなり凛と俺との三人で近くの公園まで行って日が暮れるまでサッカーをしてた。

そのサッカークラブは大抵日曜日に他チームとの練習試合があって、場所は近くの大きめの市営グラウンドだったり、相手チームが所有してるグラウンドだったりと様々だ。

練習試合の日はまずうちのインターホンが鳴らされる。

「すいちゃーん!」

若干舌っ足らずながらも一生懸命に大きく俺の名前を呼ぶ声。用意しておいた荷物を持ってすぐに外に出ればぱぁっと表情が明るくなって、開かれた両手が俺の服を握って腹に顔が押し当てられた。

「すいちゃん!おはよう!」

『おはよう、凛。今日も元気だね』

「うん!あのね!凛、にいちゃんのおうえんたのしみなの!」

『今日もたくさん応援しようなぁ』

「うん!にいちゃんがね!おわったらみんなでかえろうねって!」

『じゃあ冴と凛と三人で帰ろうね』

「わーい!」

今日の試合会場はここから電車に乗って駅三つほど離れた場所にある市営グラウンドで、何回か行ったことのある場所だ。

あまりに遠い場所だったら糸師兄弟の親御さんが送迎してくれるけど、今日向かう場所なら二人で余裕で向かえる。

『凛、忘れ物チェックしようかー』

「はーい!」

『ひとつめ、お名前カード』

「あい!」

『ふたつめ、ハンカチ』

「これ!」

「みっつめ、ティッシュ」

「あるよ!」

一個ずつ鞄から取り出して見せてくれる凛に、一回ごとにえらいねーと頭をなでて、三つすべてしまった凛はむふりと口角を上げた。

『うん、完璧。さすが凛だね』

「んへへ!あのね!きのうね!にいちゃんとかくにんしたの!」

だから忘れ物なんてないんだよと胸を張った凛の開けたままの鞄をしめて、手を出した。

『じゃあ冴にちゃんと持ってきたの見せてやんないとな。応援遅くなったら拗ねるから、冴んとこに行こうか』

「うん!凛、すいちゃんとにいちゃんのとこいく!」

ぱっと伸びてきた手が俺の手を握る。小さな手の平を潰さないよう握り返して、まずは駅に向かって歩き始めた。

「にいちゃんねー、きょうもいっぱいサッカーするっていってたんだよ!」

『ならまた大活躍しそうだな』

まだ小学一年生の冴がジュニアクラブとはいえFWに起用されているのは一重にボールのコントロールと早い思考回路、勝利への貪欲さとサッカーに対するストイックな姿勢にある。

冴の技術は運動が得意じゃない俺ですら目を奪われるようなボール捌きで、夏祭りのストラックアウトで満点を取るものだから屋台を出してる町内のおじさんは苦虫を潰すような顔をして、毎年凛が欲しそうにしてる物を選んで持って帰った。

今年の夏はなにになるんだろうか。たしか去年は戦隊モノのフィギュアセットで、凛は毎日のようにヒーローごっこをするときのお供にしてる。

ちょうどよく駅についたから、一人分の切符を買って凛に手渡す。しっかりと受け取った凛が改札機に嬉々として切符を入れて、先に抜けたから後についていって切符を抜き財布にしまう。

「すいちゃん!すいちゃん!でんしゃもーくる?」

『んー、後10分でくるみたいだ』

「じゅっぷん!」

ぱっと両のてのひらを開いて見せた凛はあってる??とこてりと首を傾げる。

一生懸命開いても小さな手のひらに頬を緩めて、俺も手を開いて合わせた。

『大正解。凛はすごいねぇ』

「凛ね!もうすうじいえるの!」

『はやいなぁ。じゃあ俺に1から数えて教えて?』

「うん!」

ぱぁっと笑った凛にてのひらを離して、一緒に空いているベンチに近づいて座る。この時間帯の電車は十分に一本の頻度で来る。電車が行ったばかりでまばらな構内に、人目を気にする必要はないから、凛がまずね!と右手をきゅっと握って見せた。

「ぜろ!」

『0』

真似して握った手を見せればうん!と凛が頷いて、次に人差し指が立って1、2、と数字が増えていく。片手じゃ足りなくなってもう一つの手も使って、最初と同じように両の手のひらが開かれて俺に向けられた。

「じゅう!」

『大正解。すごいすごい。凛ってば天才』

「にいちゃんがおしえてくれたの!サッカーね!ごーるしたらいちふえるから!」

『そっかぁ〜』

くふくふと笑う凛に、頭をなでながら時計を確認して。あとまだ五分ほどある列車の到着時間に、そうだと俺も両手を広げて見せた。

『凛、10から少なくしていって0まで言えるかな?』

「じゅうから…?!」

ぴゃっと目を見開いて驚きで固まった凛はすぐに自分の小さな手のひらを見つめて左右の手のひらを見比べる。

「…じゅうから…ちっちゃく…するの??」

『うん。1個ずつ大きくなるなら1個ずつ小さくなるかなぁって思ったんだけど、凛はどう思う?』

「んんん…」

手のひらを凝視している凛のくりくりとした目。凛がこてんこてんと左右に首を傾げる度にさらさらと艶のある黒髪が流れて、ちっちゃく?と再度呟いている。

凛のそんな姿に思わず気を緩ませていれば、いつの間にか近くの椅子に腰を下ろしていたご老人の夫婦もにこにこと微笑んで俺達を見ているのに気づいた。

「お兄ちゃん、弟くんとおでかけ?面倒見てあげてえらいねぇ」

『あ、えっと、』

「ふふ、かわいい弟さん。お兄ちゃんと仲良しさんで素敵だわ」

目尻の皺を更に深めて微笑む二人に目を泳がせる。こういうときに冴がいたら、凛の兄は俺で、睡は俺の睡だと堂々と言うだろう。

『えっと、俺は近所の者で、この子のお兄ちゃんは今から試合なのでそこに向かうところなんです』

「あらまあ。とても仲がよろしいからご兄弟だと思っちゃったわ」

「めんどうみの良い子ねぇ。懐いてるし、本当に偉いわぁ」

『あ、ありがとうございます…』

「あ!すいちゃん!わかったよ!」

聞こえた声に視線を落とす。凛はキラキラとした目で俺を見上げていて、自信満々に開いてる両手を俺に向けた。

「じゅう!」

『うん』

「でね!こうしたら……ぜろ!!」

『、』

広げてた手を一気に握って。どうだ!と俺を見上げる目が褒めてほしそうだったから、思わず笑みをこぼしながら頭をなでた。

『ほんと…一瞬で数字が小さくなったや!凛ってば天才だなぁ〜!』

「凛はにいちゃんのおとうとだもん!すいちゃんすいちゃん!もっとほめて!」

『もちろん。天才な凛はいっぱい褒めないとな〜』

「あとでにいちゃんにもみしてあげるの!」

『ん、そうだなぁ。きっと冴も知らないぞ』

「ほんと!?はやくおしえてあげないと!」

ぱっと表情を更に明るくした凛が立ち上がる。

「すいちゃん、すいちゃん、でんしゃいつくる?」

『んー?…あ、もう来るみたいだよ』

「もうくる?すぐくるの?!」

『うん。あと…そうだなぁ、30秒くらい』

「さんじゅう…?さんとじゅうがくっついてる??すいちゃん、さんじゅうっていくつなの?」

『1から10を3回言えたら30になるんだよ』

「???」

『んー、凛にはまだ早いかなぁ。小学校に行ったらわかるよ』

「にいちゃんとすいちゃんのいってるとこ?ようちえんじゃだめなの?」

『幼稚園は数字よりも先に歌とかお絵かきとか折り紙するでしょ?』

「うん!凛ね!ひーろーごっことかいじゅうごっこすき!」

『そうそう。幼稚園はそれをするのに時間がいっぱいだから、小学校行ったら数字のことをいっぱい考える専用の時間があるんだよ』

「へー…!」

ぽけっしてる凛にアナウンスが構内に響く。間もなく電車がまいりますのそれに凛はぱっと顔を上げて、手を出した。

「すいちゃん!すいちゃん!でんしゃ!」

『うん。一緒に乗ろうね』

駅のホームは転落したら危ないし、特に小さな凛はホームと車体の隙間に落ちてしまうかもしれないから。電車に乗るためにこの音がしたら必ず俺か冴と手を繋いで扉に近づき、一緒に乗るようにと覚えてる。

例にもれずちゃんと手を繋いで立ち上がって、さっきのご夫婦に頭を下げてホームに入ってきて止まった車体の扉の前に立つ。

電子音のあとに開いた扉に凛とつなぐ手にしっかりと力を入れた。

先に車内に乗り込んで、凛と向かい合う。

『凛、せーの』

「ぴょんっ!」

ななめ前に向かって飛んだ凛はちゃんと隙間と段差を越えて難なく車内に着地した。

『ん。よし、今回も無事に乗れたなぁ』

「凛のれたよ!」

『うん。怪我がなくてよかった』

にこにこの凛の頭をなでて。空いていた椅子の一つに凛を乗せて座らせる。凛の後ろは窓になっているから、顔を上げればこの電車には乗り込まないらしい先程のご夫婦がやはり俺達を見てにこにこと手をひらひら振ってくれたからもう一度頭を下げて、そうすればくるりと振り返った凛が開いた右手のひらを左右に振った。

「いってきまーす!」

「ふふ。いってらっしゃーい」

思ったよりも大きな凛の声はあちらに届いたらしい。返事に凛が笑って、扉が閉まる。動き出した列車が駅を出て、凛は手を下ろすとちゃんと俺に向かい合うように座った。

「いってきますできた!」

『ん、挨拶ができていい子だね』

「あのね!はじめましてでもおばあちゃんとおじいちゃんにはやさしくするっておかあさんとおとうさんがいってたの!」

『なるほどなぁ』

糸師家の教えらしいそれを忠実に守っているらしい凛の頭を撫でる。

駅三つ分。大体八分ほどの道のりに凛は椅子に座っておとなしいから、安心して頭をなでたりまた数字を増やしたり、減らしたりしながら冴の待つ会場へと向かう。

冴に会ったらまずは、天才凛による一瞬で数字を小さくする方法をお披露目してあげないと。きっと俺以上に凛が大好きな冴は大褒めするに違いない。

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