ブルーロック



小学二年生と一年生は授業数は変わらない。三年生になるともう一時間分午後の授業が増えて、五年生になったら更にもう一時間増えるらしい。

現状二年生の俺と一年生の冴は同じ時間に帰れるようになっていて、帰りの会が終わったところでチャイムが鳴り、同時に扉の開く音と解放感からはしゃぐ子供の声が響いた。

冴のところに行くかと持ち帰らないといけない物をしまって、最後に筆箱を入れようとしたところで椅子を引く音の後に前から声が聞こえた。

「詞詠ー、宿題教えてー」

『えー、やだけど』

「たのむよー、詞詠掛け算わかってたろー?」

『九九覚えてればすぐできんじゃん』

「七の段と八の段難しいんだもん!三個だけだからー!」

目の前の席のクラスメイトは最近算数の授業で教えられた掛け算で大いに苦労してる。暗記テストも全問クリアは出来ていなくて、算数の授業中も頭を抱えてた。

ちらりと見上げた時計はまだ帰りの会が終わってから二分も経ってなくて、しかたなく差し出されてたプリントを取った。

『五分だけな』

「ありがと!!!持つべきは頭のいい友達だな!!」

『はー…。バカ言ってんと見ねぇぞ。さっさと鉛筆出せ』

「ん!」

最初からその気だったんだろう。用意されてた鉛筆と消しゴムに机の上へプリントを置いた。

『三問ってこれとこれとこれ?』

「そう!!」

『…宿題なんだから家帰ってやれば?』

「だって遊ぶ時間なくなんじゃん!!」

『バレたら怒られんよ』

「詞詠だってやってるくせにー!」

『俺はバレないようにやってるからいいの』

まだ仕舞ってなかった筆箱から鉛筆を一本取って、プリントの文章に線を引いた。

『これはまずこの果物の数と人数を掛ける』

「えーと、いちごを一人六個ずつ、八人にあげるには何個…6×8?」

『そう。そんじゃ六の段、言いながらここに書いて』

「え、えっと、6×1が6、6×2が12…」

隅っこに増えていく数が間違ってないか確認して、6×7で数字がずれたから手を止めさせた。再度計算し直して、6を改めて足して、正しい6×7がわかったところで6×8も誤答したから正して。記入された正しい6×8の答えに息を吐いた。

『48。正解』

「おお!!じゃあ48個…っと!」

『後のやつも同じようにやればできるから頑張れ』

「え?!あと二問どうすんの!?」

『五分経ったから無理。今みたいにわかんなくなったら一つ前のやつに足せばできるよ』

「えー!間違ってたら?!」

『明日授業の前に答え合わせすればいいんじゃね』

「それもそっか!!」

わははと笑うクラスメイトに頷いて、ちょうど現れた気配が横に立つ。顔を上げればいつもより幾段も不機嫌な表情をした冴がいて俺を見下ろしてた。

「え、顔こわ」

「…………」

じっと俺を見てる冴にクラスメイトは驚いていて、あまりの眼力に苦笑いが浮かんだ。

『冴。お疲れ』

「………………」

「あーと…」

『じゃ後はかんばれ。俺は冴と帰る』

「ん!おう!詞詠ー、ありがとー!まじ助かった!」

『ん。どーいたしまして』

筆箱を仕舞って立ち上がる。クラスメイトがへらりと笑うから手を振って、目が怖い冴を見た。

『冴、おまたせー。早く帰ろー』

「…ん」

目尻を緩ませた冴が踵を返すから隣を歩く。教室を出たところで一旦靴を履き替えるために昇降口で別れて、いつもどおり待ち合わせ場所の校門に近づいたところで、とんっと肩が叩かれた。

「詞詠ー!今帰り?!」

『そー』

「珍し!じゃあ一緒に帰んね!?みんなで遊び行くんだ!」

ちらりと見た向こう側には見覚えのあるような顔がいくつか並んでいて、詞詠くーんなんて手を振られたから会釈した。

『先約があるからいいや』

「帰るだけだべ?」

『帰る約束な』

さっきから突き刺さってる視線の方向に顔を上げて、目が合ったから足を進めようとして服が引かれた。

「えー、詞詠くん、たまにはいーじゃん」

「約束今度にしてよー」

『え?無理。冴と帰るほうが大切だし』

「……おい」

あまりに遅かったからか、こっちに来てたらしい冴の低めの声が響いた。

「いつまで、俺の睡に触ってんだ?」

不機嫌なときの音に俺の服を掴んでた手が解けた。

「睡」

『あー、また待たせた?ごめーん』

「ほんとな。…アイス」

『はいはい。帰ってからな』

「凛の分もだぞ」

『へーい、まかせてー』

歩き出した冴の横に並んで、さっきまでの不機嫌さはもう忘れたのか、冷たい空気を霧散させてる冴は早く帰るぞと俺を見ていて、あ、と声を零した。

『今日もサッカーする?』

「当たり前だろ」

『あー、体育きつかったから俺は見学で』

「は?最初から見学は許さねぇぞ。体力がつかねぇ」

『いやいや、今日もう動いてるからな?』

「だめだ」

『俺死ぬよ??』

「俺が睡を殺すわけ無いだろ」

『えー』

「…睡」

わざわざ足を止めて、じっと俺を見るターコイズブルーに、諦めて息を吐いた。

『…はぁ。まじほんと、お手柔らかに頼むぞ』

「…ああ、殺しはしない」

緩んだ蒼色にこの目に弱いんだよなと頭を掻いた。

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