弱ペダ


『んん?』

「んん、じゃないですよ。なんで人の話聞いてないんすか」

『は!もしや矢島さんに愛の告白中だったか!すまないくろたんわんもあ!』

「ぶちのめしますよ?」



[エリートと鬼と山神と狼]



『くろたぁーん、くろたぁーん』

「なんすか?」

最近矢島先輩と黒田の仲が良い気がする。

今も部活終わりの黒田を捕まえて、黒田もどこか嬉しそうに近寄りなにやらじゃれている。その様を泉田が微笑ましそうに見守っていた。

「靖友、なんでだと思う?」

「はぁ?」

「矢島さん、黒田と仲いいから、仲いい靖友は理由知ってるかなって」

「はぁ?俺が知るわけないでしょーが」

隣同士で着替えてる隼人と荒北の会話が耳に届き俺も眉を寄せた。

表には出さないものの、部員全員が首を傾げてる。

黒田の荒北と矢島先輩嫌い(正確には当人たちがそう思っているだけで、周りから見れば素直に甘えられない捻くれた対応)は部にいるものならば誰もが知っていて、とても顕著だったのになにがあったのか

「矢島さん、今日もお邪魔して大丈夫すか?」

『おおう、もんたいなーよ。くろたんの好きなの用意しとくし、あ、新しいやつも見したげる!』

「はい」

空気を重くする隼人に荒北が首を傾げて、福は気づいてないのかいつもどおり部誌を書いて立ち上がった。




『くろたんは飲み込みが早くてええこやねー』

「理由もなく荒北さんにクソエリートって呼ばれてませんから」

くろたんかぺらぺらと資料をめくりながら自前のノートとにらめっこする様子を眺める。

『くろたんはえらぁーね』

「別に、偉くなんてありませんよ」

薄く笑いながらも視線は外さないでノートを見つめてた。

『ふぬぅ、謙虚さがはらたつおー』

開けたばかりのお菓子を一口食べて真新しいものをまた摘み上げる。

「食べながら喋らない」

『くろたんも食そうず!』

「はいはい、わかりましたから頼むんで乗らないでください。重いっす」

『矢島さん重くないしー、かなしみだー』

チョコレートを突っ込めば大人しくもぐもぐ食べ始めたくろたん。

手元の勉強を覗きこんだ。

『んー、くろたぁん、これペケやぁ』

「ちっ」

消さないでそのまま下にまた同じ問題を解き始めたくろたんの右手が黒く汚れてるのに気づいて、今日は何時までやろうかと時計を見上げた。




「ちっ」

盛大な舌打ちをかましたのは知らないの?知らないの?と隼人に顔を合わせるたびに聞かれ堪忍袋の緒が切れた荒北だった。

部室の中には俺と隼人と荒北しかいない。いつも残ってる福は矢島先輩と別室で練習メニューについてなにやら顧問と話してるようだ。

「うっぜーんだよ!そんな気に何なら直接本人に聞きゃいいダロ!」

「んー、それもそうなんだろうけど…」

「東堂も見てねーでこいつの相手変われ!」

「断固断るな!実のところ俺も気になっているのだ!本当に何も知らんのか、荒北?」

「知ってるわけねぇっていってるダロ!」

隼人と顔を合せて肩を落とす。

自覚はあるのかないのか、隼人は矢島先輩をとても好いている。

それは俺が巻ちゃんをライバルとして崇めるのとまた同じように、友情やら尊敬やらが入り交じったものなのだろう

はて、いつから隼人は矢島先輩に傾倒していたのか

「尽八!」

「む?なんだね」

「おめさんも一緒に来てくれ!」

握られた右手。視線を滑らせれば左手は荒北をすでに捕まえており、ため息を吐いていた。

「もちろんだ」

隼人が向かったのは黒田の寮室だった。

矢島先輩が未だ部屋に帰っていないのだから当然といえば当然なのだろう。

ノック音が響き、外開きの扉が開けられた。

「あれ?どうしたんですか?」

顔をのぞかせたのは黒田ではなく、同室者できょとんとした顔を見せる泉田だ。見渡すも黒田の姿はない。

予想外だったのか困った顔をした隼人が見え、仕方なく向き直る。

「突然訪問してしまってすまないな。黒田はまだ帰ってきていないのか?」

「ユキは矢島さんのところだと思いますけど」

首を傾げながらも迷いのない解答が聞きたくなかったような、そんな気がして黙ってしまった俺の代わりに荒北が口を開いた。

「矢島ぁ?彼奴まだ帰ってきてねぇんじゃないのォ?」

「今日も部屋で待ってるんだと思いますよ」

「ふーん。なに、黒田のやつ日参してんの?」

「そうかもしれませんね。毎日ではないですけど、結構な頻度でお邪魔しているみたいなので」

口止めされていないのか隠す気も特にないであろう泉田は素直に答えていく。

隼人の表情が険しくなっていっているのが目について、頭が痛んできた。

早急に解決せねば、隼人のコンディションが崩れかねない。

これでいてこいつはやわいところがあるからな。

そこから段々と周りも巻き込み崩壊していくであろう未来を振り切るように首を横に振った。

「僕晩御飯食べに行きますけど、新開さんたちは…」

「すまんな、俺達は課題を済ませてから向かうことにする、また今度誘ってくれ」

棒立ちになってる隼人の背を思い切り押して廊下を進む。

泉田は不思議そうに首を傾げていたが俺達を見送ったのか扉の閉まる音が聞こえた。




「隼人、」

「新開」

さっきからどう呼びかけようと揺すろうと隼人の険しい顔つきは変わらない。

眉根を寄せ、唇を一文字にしどこか下の方を見ている。

ふぅと息を吐いて荒北を見るが不機嫌をあらわにしたまま隼人を睨みつけるのに忙しそうだ。

「隼人、もう矢島先輩も帰ってきているだろう。気になるのなら確かめに行こうではないか。黒田もそこにいるのなら一石二鳥だろ?」

「一石二鳥って使い方間違ってねぇ?」

「む、そうか?」




こんこん、こんこんと二回急くようなノック音が響く。

手元の資料から顔を上げて扉に振り返った。

こんな時間に訪問者なんて、初めてじゃないか?

勝手に人の膝を使って寝息を立ててる部屋の主に目を落とした。

もう一度ノック音が響いて、さっきよりも急いてる気がする。

「矢島さん、矢島さん。」

一度寝ると中々起きないのは把握済みで、声をかけても愚図り少し身動いだだけ。

またノックされて頭を掻いてから矢島さんの肩に手を置いた。

「矢島さん、矢島さん起きろよ誰か来た」

『くぉたんうせぇの…』

「うるさいじゃないすよ。誰か来ました」

『ふぁ?どちらさん?』

「さぁ?」

まだどこか寝ぼけてるようで伏せ気味の瞼で俺を見上げたあとに目を閉じてまた寝ていた時と同じ体制に戻った。

『おはいりくだしゃーなぁ』

「はぁ?!」

律儀に待ってたのか、矢島さんの声のあとすぐにがちゃりと扉開く音がする。

見上げた視線の先、立っていたのは見慣れた先輩三人だった。

視線を巡らせて俺の膝の上でまた船を漕ぎだしてる矢島さんを見つけて三人の表情が変わる。

瞬間、鬼が、二人いた。

訳もなく背筋に汗が流れて、立っていたのなら後ずさっていたかもしれない。

「………―黒田、何をやっているのかね」

鬼の一人、普段の明るさが嘘のような無表情で俺を見下ろす東堂さん。

「…知ってるか、箱根には鬼が出るんだぜ…?」

もう一人の鬼を直視して目眩がした。

身震いして暢気に眠りこけてる矢島さんをたたき起こしたい衝動に駆られた。

「いやいやいや、二人共落ち着けよ!ていうか鬼が出るのはもうちょい後じゃナァイ!?」

俺の代わりにメタい発言をしつつ二人を止めたのは荒北さん。

どーどーと手で制してから部屋に入り俺の横に立つ。

頬を掻いてから眠る矢島さんと俺、テーブルの上のものを見て息を吐いた。

「あー、そういうことネ」

早とちりするバカチャンが多すぎて参るなんて続けて零し、矢島さんの投げ出されてる足を踏みつける。

「矢島ァ!」

『痛い痛い痛いちょ、なにしはるん!?』

「ウッセ!てめぇのせいで俺が迷惑かけられてんだからちっと蹴られとけ!」

『ふぁ!?理不尽!理不尽やわ!?』

人の膝の上でギャーギャー騒ぎ始めた矢島さんを落として立ち上がった。

巻き込まれるのは勘弁したい

『このアシストコンビめ…』

丸まりながら頭と足を擦り、恨めしそうな顔で毒を吐かれる。

「荒北さんと一緒にしないでください!」

「クソエリートと一緒にすんなヨ!」

同時に否定して顔を上げれば荒北さんと目が合い、逸らすのも癪でそのまま睨み合う。

ピリピリした空気をぶち壊したのはやはりと言ってはなんだけど、欠伸をした矢島さんだった。

『てゆーか、みんな揃いで何してるの?かくれんぼ?』

どこからかくれんぼ出てきたんだよ

開きっぱなしだったノートと資料を片付けて、残ってた麦茶を飲み干した。

「矢島さん、最近黒田と一緒にいてばっかだなって」

すっかり鬼が鳴りを潜め、目を擦り首を傾げてる矢島さんを窺った新開さんは無表情どころか覇気迫ってる。

『え、くろたん?矢島さんとそんなに仲良しさん?』

小首を傾げ俺を見られ、知りませんよと顔をそらす。

少し悩むような間をおいて矢島さんは表情を変える。

『矢島さんはくろたんだけじゃなくて、あらあらともとっどくんともしんきちくんとも仲良しさんなはずなぬん』

マロ眉っぽい眉頭が太い眉の尻が下げられ、どこか困ったような表情が作られた。

新鮮というか、物珍したいものを見た気がする。

目を一瞬大きく丸めてから眉尻を下げた新開さんの肩に手をおいて諭すように東堂さんが落ち着いた声色で声をかけた。

「わっはははっ、矢島先輩の言うとおりだぞ、隼人。」

「尽八、」

「なに、そんなに焦ることはない」

ほんの少し表情が和らいだ新開さんは矢島さんを眺めて、頷く。

なんとなくここにこの人たちが来た理由を察して頭を押さえながら渦中の人を見る。

当人の矢島さんは荒北さんに構ってて見ていないみたいだった。

『かくれんぼじゃないなら隠れ鬼?』

「隠れんのから離れろヨ!」

『じゃあ色とり鬼?』

「鬼がつくもんでもねーよバァーカ!」

『ググれカスってことなのかッ、難問すぎるのだよう』

「イミワカンネーコトいってねぇでとっとと飯食い行くぞ!」

『はっ、そういえば矢島さんまだご飯食べてない!不覚!』

わざとらしく顔を勢い良くあげどこか真面目な雰囲気を作った矢島さんは劇画口調だ。

「バカか」

『ちくせうっ、とっどくん!しんきちくん!早急に準備をなさい!くろたんも行くぞよ!』

おばちゃんのご飯が矢島さんを待っている!と意気揚々に扉に手をかけ出て行った部屋の主に続くよう、息を吐いた俺も元鬼の二人をひっぱたいた荒北さんも廊下に出た。





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