ヒロアカ 第二部
「緑谷、少しいいか」
『はい』
顔を上げれば先生が俺を手招いていて、内密な話なのかさっさと相談室の一つに押し込まれた。
向かい合って座ればいつものスタイルで、先生は困ったような顔で頭を掻いた。
「弟と連絡はとっているか」
『出久ですか?毎日連絡はしてますけど…』
「…なにか相談されたか」
『相談…?』
目が細められたから何かあったかなと記憶を探る。
三日ほど前に来た朝の連絡で、出久はインターン初日頑張ってくるねと言っていてその日の放課後は勝己も轟くんと仮免許の補講があった。そういえばあの日はヤクザの事務所に呼び出された日だったなと思い出す。
ヒミコちゃんと仁から軟禁状態退屈!とここ二日、ずっと連絡が来ていた。
『相談は特に…なにかありましたか?』
「……授業に集中できていない。少し様子がおかしいようだったから気になってな」
『先生に心当たりがないのならインターン中に何かあったんでしょうね。わかりました、それとなく探ってみます』
「すまないな」
『いいえ。うちの子の話ですから』
一度出久と顔を合わせたほうがいいかもしれない。
今日の夜はインターン活動があるから、最短でも明日に顔を合わせることができたら上々だろう。
相談室を後にして授業を終わらせる。インターンの前に確認した携帯には入れた連絡の返事が来ていて、その内容に目を細めてから仕事を始めた。
「緑谷」
『はい』
先生の仕事は大体が宵闇に紛れての活動で、事前に聞いてもいたけどテレビで見て出久と勝己が目を輝かせるような華やかさはない。
いつもの黒色の洋服、もしくは潜入用にその場にあった服をまとって活動する。
今回の仕事は事前に共有されていたもののうちの一つ、潜入していたはずが行方不明になったヒーローの安否確認、及び保護。それに伴い向かったのは最後にヒーローの居場所が確認された夜街で、インカムを入れて口元を緩めた。
『その格好似合いますね』
「…勘弁してくれ」
聞こえた声が疲れ果ててるから思わず笑い声を零した。
『きちんと見えてます。音も届いているようで安心しました。イレイザーヘッド、ご武運を。またお会いしましょう』
「……無理はするなよ。なにかあれば連絡を」
『かしこまりました』
印象を変えるための中途半端に根本の黒い深みの残った茶色は乱雑に後ろに一つに束ねられていて、目元は色のついたガラスのはまった眼鏡。洋服はくたびれたズボンとシャツにジャンパー。ゆるいその学校は普段の先生とはまた違ったベクトルで、勝己が見たら正気を疑ってくるだろう。
俺も派手目の柄の入ったジャンパーにシャツとスウェット、耳元にはピアスを模した通信機をつけていて、一時的に染めた明るい髪色といい、出久が見たら失神するかもしれない。
先生の言葉を最後にインカムが静かになったから息を吐いて、じっと街を眺める。
今回の案件は、売買のルートを探っていたヒーローを探すことがメインで、そもそもその案件が原因で失踪したのであればまずは売買されていた薬物に関与しないといけない。
先生は直接裏側から探るようだけれど、俺の方はと問いかけられたときに同じく潜入の道を選んだ。
同じものを探すのであれば、いざというときに連携が取りやすい。
事前に飲み込んでおいた薬物を無効化するための薬は即効性と言っていたけど、どのくらい効く代物なのかは知らない。でも先生が大丈夫と言っていたから安心して、目的の場所に向かった。
有名なファストフード。二階の飲食スペース窓際。狙ったそれはまだちゃんといたから一歩踏み出した。
『ねぇ』
「んー?」
顔をゆるりと上げたのはテーブルに頬杖をついて、退屈そうにしていた女性で、その隣の女性もこてりと首を傾げた。
「なに?ナンパ?」
『うん。ナンパ。待ち合わせてた奴が来なくなっちゃったから暇なの。遊んでくれない?』
「えー?アタシたち彼氏いるよー?」
『遊んでほしーだけなんだけど、だめ?』
「どーするー?」
目を合わせた二人の感度は悪くなさそうで、意識してじっと見てからすっと視線を外す。
『んー、お姉さんたちの邪魔してごめんね。他の人探すよ』
「えー?!邪魔じゃないよ!いーよ!遊ぼー!」
「ちょっと、アンタさぁ」
「だってだってー!子犬っぽくてかわいーんだもん!遊ぶくらいいいかなって!」
「あのねぇ、」
『お姉さんたち喧嘩しないでよ。ごめんね?俺ほか行くから、ね?』
「やだやだー!遊ぶー!ねぇねぇいいでしょ!どーせアタシたちも暇じゃん!ゆんちゃーん!いいでしょー??」
子供のように駄々をこねて、それから連れの洋服を掴んでこてりと首を傾げた。
ねーぇと見つめるそれに連れは深く息を吐いて、諦めてように顔を上げる。
「ちょっとだけだからね」
『…いーの?』
「………この子がどうしてもっていうから、仕方なくだから」
『わーい!ありがと!』
「まったく、どいつもこいつも…」
ふんっとわかりやすくそっぽ向いたそれにもう一人は目を輝かせて立ち上がると俺の手を取って、なにする?!と笑った。
「カラオケする?お酒飲む??」
『お姉さんに任せる!』
「じゃあアタシおすすめの場所教えてあげる!あっちだよー!」
引っ張られて、一緒に連れも手を引かれて歩き出す。
店からどんどんと離れていく。進むその先は奇抜な色や明るさで看板が光る建物が立ち並ぶ区画で、これは当たりかなと一瞬目を細めてから笑った。
『ねーねー』
「ん?なぁに??」
『こっちの方来たことないんだけど、どこ行くの?』
「え?!まじで!?普段どこで遊んでるの?!」
『あっち。こっちは友達が駄目だよーって言うから来たことない』
「うっわ!真面目じゃん!」
「真面目ちゃん…」
ぼそりと零されたたちに、まぁ弔たちとくらいしか来ないよなぁと街並みを眺める。
出久と勝己には近寄らせたことのないような繁華街を慣れたように歩く二人はそのうちの一つに入ると手を上げた。
「さんにーん!」
「三人なんですけど空いてますか?」
「空いてるよー!みぃちゃん、ゆんちゃん…っと、めずらしいなぁ?浮気か??」
「うわきじゃないよ!遊んでるの!」
「ふーん??」
迎えられたそこは個人経営らしい飲み屋のような場所のようで、中はボックス席が二つとカウンターに沿うように八つ高めの椅子が並んでた。
カウンターは半分ほど、ボックス席も片方は埋まっていて空いている方のボックス席まで手を引かれて座らさられた。
「アタシモヒート!ゆんちゃんマリブ?」
「キティの気分」
「おっけー!ねぇなに飲む?」
『んー、おすすめのやつ。あまくないのがいいなぁ』
「じゃあアタシと一緒にしよ!」
『するっ!』
夜の街に潜入の時点で予想はしていたけどやっぱりアルコールを勧められるよなぁと内心息を吐く。
先生からは未成年飲酒と喫煙には釘を差されたし、万一に備えてと薬物を含めた物質が体内に吸収されないようにするための薬と、更には分解するための薬も渡されてる。
世の中には便利な薬があるんだなと思いつつ、二人の視線が外れた瞬間に飲み込んだそれは早速役に立ちそうで、運ばれてきたグラスに視線を向けた。
赤色の液体が入ったグラスが一つと、透明の炭酸にミントが乗せられたグラスが二つ。
必然的に透明の液体が注がれてるグラスの片割れが俺に回ってきて手に取った。
「はーい!じゃ、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「かんぱい」
薬は飲んでいるけど体内には入れたくない。口に入った瞬間に転送。場所は適当な水場にしておいて、隣の女性と同じくらいグラスの中身を減らしたところで隣を見た。
「おいしーね!」
『うん、おいしい!初めて飲んだ!』
「え?!酒初めてなの?!」
『んーん、コレが初めてってこと』
グラスを揺らせば目のその子はそういうことかと息を吐いて、向かいからは訝しむような探る視線を向けられてる。
やっぱりもう一人を崩さないとだめだなぁと一口分グラスの中身を消して、ちらりと向こうを見た。
『ねーねー』
「、なに?」
『次、俺あの子とおんなじの飲んでみたい』
「キティ?ワイン好きなの?」
『うん。普通のは。でもカクテルは飲んだことなかったし、あの子がおいしそうに飲んでるから気になったの』
「人が飲んでるのって気になっちゃうよね!」
『ねー!』
「じゃあアタシも次キティにしよ!」
「ちょっと、みぃ。アンタあんま飲みすぎないようにしなよ」
「ゆんちゃんいるから大丈夫ー!」
へらっと笑った片割れはそのままバーテンへ注文を通して、もう一人は呆れたように頭を押さえた。
潜入捜査に対して先生はあまり乗り気じゃなかった。
そりゃあ未成年を夜間の、しかもこんな場所に置いていったら何が起きるかわからない。
空けたグラスは一人あたり五つをとうの昔に超えていた。
「やばーい!ちょーたのしー!」
「みぃ、アンタ飲みすぎだよぉ」
ふらふらと揺れて赤らんだ顔で笑ってるみぃとたしなめつつも言葉が緩み始めてるゆん。二人に当たり障りなく言葉を返しながら飲ませて、そうすれば立ち上がったみぃがおトイレ!と大きな声を出して立ち上がった。
「いってらー!」
『いってらっしゃーい』
左右に揺れてふらふらと店の奥に進んでたいったみぃに、残っていたグラスの中身を飲み干して頬杖をついたゆんは若干据わってる瞳を俺に向けた。
「アンタ、みぃ狙いだったらただじゃおかないからね」
『んぇ?俺そんなんじゃないよ??』
「はぁ??みぃ狙いじゃない男とかいるわけないじゃん!?アンタそれでも男?!!」
『なんて答えても怒られるの??』
「みぃは世界一かわいいんだから当たり前でしょ!!」
だいぶ酔いが回っている解答に内心苦笑いを溢して表面上は目を瞬いて首を傾げとく。
中々手洗いから帰ってこない片割れと、途中で頼んでたナッツを摘みながら相方の可愛らしさを説いてるもう一人。
店内はいつの間にか賑やかさを増していてそろそろ店を出たほうがいいだろう。
「ただいまぁ〜!!」
『おかえりー』
「おかえりぃ!」
聞こえてきた声と合わせて横に座った甘い匂い。ふらふらと前後に揺れてる体を支える。
『平気?』
「へーきー!!」
「みぃに触んないでよ!」
『じゃあ代わりに支えてあげててー。すみませーん』
二人の顔馴染みらしい店員に手を上げれば頷かれる。計算をして、提示された金額に何か言う前にゆんが手を伸ばしてカードを出した。
「珍し。奢ってあげんの?」
「みぃが楽しそうだから仕方なくね!」
『俺お金持ってきてるよ?』
「次出してくれればいーよ」
『次?』
目を瞬いてる間にカードでの決済が終わる。ゆんはカードをしまって、ふらふらしてるみぃの右腕を俺に組ませて自身は左側から腰に手を回して慣れたように支えた。
「みぃ、たのしいとこいこ」
「ほんと?!いくー!」
きゃらきゃらと笑う二人に目を瞬いて、ほら早く行くよーなんて声と同時に引っ張られる。
後ろから探るような突き刺す視線。それに気づいていなそうな二人にバレないように口元を緩めた。
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