DC 原作沿い



近づいてきた気配に顔を上げる。目が合うなり微笑んで片手を上げるスーくんに携帯をおいた。

『スーくんおつかれさまー』

「お疲れ様。また迎えに来てくれてありがとうね」

『んーん。平気。俺、ずーっと暇だもん』

「ああ、まだ一人任務禁止令解かれてないもんね」

『もう平気って言ったのに…。こういうの過保護っていうんでしょ?ライくんが教えてくれたよ!』

「そりゃあパリジャンに何かあったら嫌だからね。みんな心配なんだよ」

『そーなの?』

にっこり笑って、スーくんは背負ってるギターを正しながら近づく。隣に立ったところでヘルメットを渡した。

『別に俺になにかあっても誰も困らないでしょ?』

「こら、そんなこと言っちゃ駄目だぞ」

ヘルメットを受け取ったスーくんが手を伸ばして俺の頭を撫でる。

「少なくとも俺は困るよ」

『なんで困るの?』

「だってパリジャンが怪我をしたり悲しんだりしたら、俺も痛いし悲しいからね」

『スーくんも…?』

思わず目を瞬いた俺にスーくんはやっぱり伝わらないかぁと笑って髪を撫でたあとに流すように梳かれた。

「うん。…俺は、パリジャンには笑っててほしいんだ」

スーくんが俺を見る目が優しすぎて、考えてみるけど心当たりがまったくない。

人にやさしくするのは相手が大切な人だからとか、利用価値があるからとか、そういう理由だろうに、思えばスーくんは最初から俺に敵意はなかったし穏やかで優しかった。

『んー…?俺、スーくんに何かしたっけ…?』

「…うんん、なんにも。パリジャンは気にしなくていいんだよ」

『んん、気にしなくていいの…?』

「うん。パリジャンが幸せでいてくれればいいんだ」

『ふーん…?』

とてつもなく変わった感性をもってるらしいスーくんに、まぁいいかと首を傾げてバイクに座り直した。

『ねースーくん、喉乾いちゃったー、行こー』

「うん。…あ、それなら近くにあるフルーツジュース買いにいかない?」

『え、フルーツジュース?!行きたい!何がおすすめ!?』

「俺はキウイ味が好きだけど、たぶんパリジャンはオレンジが好きなんじゃないかなぁ?」

『オレンジ!?おいしそう!早く行こ!』

「そうだね。…それなら目的地までは俺が運転しようか?」

『いーの?』

「うん」

『じゃあ交代しよ!』

座ったばかりのバイクから立ち上がって、背負ってる荷物を代わりに受け取って背負る。バイクのエンジンをかけたスーくんの後ろに座り、腕を回した。

「っ、」

『んー?なんか言ったー?』

スーくんが何か言ったようだったけどバイクのエンジン音で何も聞こえなくて、顔を上げればスーくんはまっすぐ前を向いたまま首を横に振った。

「なにも…それじゃあ動くからしっかり捕まっててね?」

『うん!スーくん運転よろしくね!』

「ああ」

走り出したバイクによって長いギターケースが風で煽られるから、動きの邪魔にならない程度しっかりと捕まって堪える。

大体十分から二十分。バイクが駐輪場に止まって降りた。

「ここから五分もかからないよ」

『楽しみ!!』

「ふふ。そうか。…あ、荷物ありがとうね。重たかったでしょ」

『平気だよー』

返したギターケースを背負ったスーくんがあっちだよと指す。

進んでいけば公園の中にキッチンカーが止まっていて、周りには丸テーブルが三つと椅子が二つずつ。テーブルの一つには制服姿の女の子がふたりいて楽しそうに飲み物を片手に話してた。

『スーくん、ここ?』

「うん。ここだよ」

『楽しみ!早く買お!』

「頼んでくるからここで待っててね」

『はーい!』

早足で向こうに行ったスーくんを見送って木陰に座って待つ。

公園らしく存在してるベンチで足をフラフラとさせ、ぼーっとしていればあくびがこぼれた。

最近スーくんたちの仕事を代わって終わらせた後からジンくんの監視が厳しくなった。お陰様で今日も今日とて寝不足で、うとうと視線を落としていると視界に見慣れない靴が映った。

「ねぇ、きみ」

『俺ー?』

顔を上げる。初めて見るその人はにこにこと笑っていて、優しい声を出し、ギラギラとした光を灯した目で俺を見てた。

「きみ、ひとりで寂しそうだね」

『んー、寂しくはないけど、退屈〜』

「それならぼくとたのしいことしようよ」

『楽しいこと?なにするの?』

「それは行ってからのお楽しみだよ」

うっとりとした口調に目を瞬く。

なんだかどこかでこんな話聞いたことがあるような気がする。

『どこ行くの?』

「あっちの方に」

指された方向は俺達が入ってきたのとは別の出入り口らしい。この辺りのことは詳しくないけど薄暗い。それになんとなく、ついていったらジンくんに余計怒られそうな気がした。

「行こう」

『んー、でもここで待っててって言われたし…』

「大丈夫だよ。たのしいし、いいものあげる」

『なにくれるの?』

「行ってからのお楽しみだよ」

伸びてきた手が俺の右手を取った。

「行こうよ」

この状況、なんだったかなと記憶を探る。

目が覚めて一人で出歩けるようになって、その頃にベルねぇさんとアイくんが教えてくれた話の中にあったような気がする。

志保ちゃんと明美ちゃんにも言われたことがあるような気もするし、そういえば最近あった海外の仕事中も常にキャンねぇとコルにぃがいたし、その後はキューちゃんが目を光らせてたような覚えがある。

「いいものあげるから、早く行こう」

『えっと…』

喉の下のところ辺りで詰まってるなにかを思い出そうとして、そうすれば近くに気配が増えたから視線を移した。

「…おい」

「、」

『あ、スーくん、おかえりー』

男の向こう側、両手でトレーを持ったスーくんが底冷えした瞳で俺の前にいるそれを見据える。

すぐさま手が離れて何故か逃げるように早足でどっかいく背中を見送っていれば、トレーが横に置かれて空いた両手が俺の肩を掴んだ。

「大丈夫!?なにされたの!!」

『んー?なんにもー。話してただけだよー』

「そんな訳ないだろ!掴まれてたところ見せて!」

『ほんとに何もないないよ?あ、ジュースありがとう!』

「そんなのあとでいいから!」

なんでかすごく怒ってて焦ってるスーくんに首を傾げる。

置かれたトレーからたぶん俺のだろう明るいオレンジ色をとってストローに口をつけ、中身を吸い上げた。

「こら!パリジャン!」

『んん!おいし!あまいのにさっぱりしてる!』

「あー、ったく…」

俺の両肩から手の位置を自分の頭に変えて、スーくんは頭を押さえてから俺の隣に座った。

がしがしと髪の毛を混ぜてからじっと俺を見る。

「パリジャン、さっきのあれ何かわかってる?」

『んー………あ、ナンパ?』

「変質者だよ!!」

『あ!変質者かぁ!そうだったぁ、わかってスッキリしたぁ』

「何もわかってないよね…?!」

何故か焦ってて怒ってるスーくんに首を傾げる。

アイくんたちが教えてくれたものが変質者だったことがわかってすごくすっきりした気分だけど、スーくんは違うらしい。

『どうして怒ってるの?』

「危機感の欠落にかなぁ…!!」

『欠落??』

危機感は人並みに持っているつもりだけど、スーくんは心配症らしい。あわあわしてて忙しいスーくんに、トレーの上に乗ったもう一つのカップを取って差し出した。

『スーくん、スーくん、もう一個のやつも飲んでみてい?』

「好きにして!」

『わーい!』

了承を得たから緑色のそれも吸い上げる。オレンジとは違った酸味と甘みに目をつむってから口元を緩めた。

『こっちもおいしい!!』

「口にあったのならよかった!!!」

自棄になったみたいに大きな声を出すスーくんは頭を抱えたままで、そういえば疲れてるときと腹が空いてるときと眠いときは情緒が不安定になるって志保ちゃんが言ってた気がする。

元気に頭を抱えてるから眠くはなさそうなスーくんに、それならと立ち上がって向かいに屈んだ。

「、パリジャン?」

『スーくん、あーん』

「、」

俺の言動に驚いたように目を丸くしたスーくんの口元へストローを差し出した。固まってるスーくんの唇をストローの先で突く。

『溶けちゃったらおいしくないでしょ?はやくお口開けて?』

「…あ」

少しだけ緩んだ口元にストローを差し込んで、そうすれば液体がゆっくり吸い上げられる。ごくんと飲み込んだスーくんが口を離したから頷いた。

『おいしい?』

「、うん」

『そっかぁ!一緒に飲むとおいしいね!』

「……っ…勘弁…してくれ…」

顔を押さえて蹲ったスーくんに目を瞬く。

『うぇ?どうしたの?』

「なんでもない…俺、もうお腹いっぱいだからそれ好きなだけ飲んでいいよ…」

『ほんと?!わーい!』

よくわからないけど、その後から顔を上げないスーくんはブツブツ言ってて小さすぎる声は聞き取るのが難しい。

聞いてほしくなったらそのうち大きな声を出すだろうと立ち上がって、向かいから元いた横に座り直した。



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