DC 原作沿い
着替えて待っていればスコッチの携帯が揺れた。ぱっと持ち上げて中身を確認するとこちらに画面を向けて、そうすればライが頷いた。
「思ったよりも早かったな」
「…ああ、そうだな」
「…流石パリジャンってことでしょう」
顔色の悪いヒロに、ライから見えないよう背を突いて歩き出す。向かう先は指定されたホテルで、指示されたとおり裏から入る。指定のコードを打ち込めば専用のエレベーターが来て、指定せずとも動き出したエレベーターになるほどなと頷いた。
「裏から入り、専用のエレベーターを使用することで人目に一切つかず商品と部屋に入れるようにしてたのか…」
「通りで目撃者がいないわけだ」
止まったエレベーターが開く。警戒して構えても何もおらず、招かれるように開かれた扉に足を進めて、そっと中を見れば大きなベッドの上に山があって、大いびきをかいてた。
その横、ベッドの上に座っていた彼は僕達を見ると大きく伸びをする。
『お疲れ様ー』
「、パリジャン…」
先程まで纏っていた衣装は脱ぎ捨てられていて、日にほとんど焼けてない白に近い肌。そこに散らばっている大きな赤色の痕に目を奪われ、言葉を失う。
「パリジャン…それは…傷跡か?」
『ん?これ?うん、そー。なんか知らないけどずっとあるのー』
ライの問いかけにパリジャンはへらりと笑ってあっさりと頷いた。
『なんかねー、怪我したんだって。真っ赤だからジンくんが名前つけてくれたんだよ!』
「ほう。どこからと思っていたがカシスはそこからきているんだな」
『うん!』
背や腹に散らばる赤い痕は火傷跡。火の粉が散ったなんて軽いものではないそれにヒロが息を呑む。
パリジャンが大きな火傷を負うような事件に巻き込まれたのだとしたら、それはきっとあの時のあれだろう。
口を開こうとして、パリジャンが立ち上がった。
『シャワー浴びてくるね!ベルねぇさんが来る頃まで起きないだろうからそれはそのまま置いといてー!』
スキップでもするような軽い足取りで歩いていってしまったパリジャンを見送る。
ぐーかーと音を響かせて眠るそれは投薬でもされたのだろう。全く目を覚ます気配はない。
三人で目を合わせて、どうしたものかと思えばがちゃりと扉の開く音がして、そちらを見れば揺れた黒色がそれを構えた。
「、」
独特の音。引き金にかけてた指を動かす。
「俺のもんに触れて生きてられると思ったか」
小さな音を立てて放たれた弾は額に風穴を空けた。
いびきを響かせていたはずの元ターゲットは静かになって、誰がどう見ても事切れている。不機嫌そうなジンがついでと言うように喉と心臓も撃って、舌打ちを響かせればくすくすと笑う声が聞こえた。
「随分と機嫌が悪そうね、ジン」
「俺はてめぇにもこいつを撃ち込みたくて仕方ねぇよ、ベルモット」
「あらまあ」
地を這うように低い声と楽しそうな笑い声は不協和音以外の何物でもない。
ライですら不穏な空気に眉根を寄せているし、ヒロに至っては俺死ぬかもしれないと小さく溢してた。
ぺたぺたという音が聞こえてきて顔を上げれば、あれ?とパリジャンが目を瞬いた。
『ジンくん?』
「………」
『今日仕事じゃなかったっけ?早く終わったの?』
「……………」
『ウオくんに後処理押し付けた感じかな?』
こてんと首を傾げたパリジャンはいつも通りだ。
いかにも不機嫌なジンの手には銃が握られていて、そこに出来たての死体が転がってるのに気にもとめない姿は倫理観や情緒が死んでるようにしか思えない。
パリジャンは僕達とベルモットを見て、ぱっと顔を明るくした。
『みんな仕事終わりでしょ!ご飯食べたい!』
「あら、珍しいわね。お腹が空いてるの?」
『ん!踊ったらお腹空いた!』
「ふふ。そうしたらわんちゃんの好きなものでも食べいきましょうね」
『わん!』
子供を可愛がるような慈愛に満ちた笑みを浮かべたベルモットはパリジャンの少しだけ水気を含んだ髪を撫でて、パリジャンが手を伸ばそうとしたところで着ていたバスローブの首が掴まれた。
『んん?』
ジンを見たパリジャンは首を傾げて、それから手を上げて人差し指をジンの頬に突き刺す。
『ジンくんは何食べる?俺と半分こしよー』
「………ちっ」
ぱっと手を離したジンは胸元のポケットからタバコを取り出して火をつける。解放されたパリジャンは着替えてくるーとまた歩いて離れていって、ベルモットは運転手を呼び出しに部屋を出ていった。
少しだけ機嫌が戻ったらしいジンと、固まったままの僕達三人と死体が残った部屋に会話はない。
永遠にも感じるくらい妙な静けさのある空間に三人で息を殺していれば、また扉が開いた。
「わんちゃーん、行くわよー」
『わんっ!』
ベルモットの声にぱたぱたと足音を響かせて現れたパリジャンは洋服を纏っていて、ジンが無言で出入り口に向かって部屋を出ていく。
わしゃわしゃとパリジャンの頭をなでたベルモットは思い出したように顔を上げてこちらを見た。
「貴方達もはやくいらっしゃい」
「え、えっと…いい、のか?」
「ええ。この子がみんなでって言ったから仕方ないわ」
『仕事のお疲れ様会ならみんなでしたほうがいいでしょ?』
「ふふ、そうねぇ。車が待ってるわ。行きましょう」
パリジャンと手をつなぎ歩き出したベルモット。扉がぱたんと一度しまった音に慌てて俺達も歩き出しついていく。
数歩分しか離れていなかったからなんとか二人に追いついて、一足先にエレベーターホールにいたジンがちょうどやってきたらしいエレベーターに乗り込んで、六人揃って箱に入る。
「食事の前におめかししないとね、わんちゃん」
『んー、何着るのー?』
「それは着てからのお楽しみよ」
『ベルねぇさんも着るの?』
「ええ、もちろん。せっかくだからお揃いにしちゃおうかしら」
『おそろい!する!!』
「それじゃあ四人にもドレスアップしてもらいましょうね」
『ん!おそろいいっぱいでたのしみだね!』
「え」
「俺は着ねえぞ」
思わず声を漏らしたスコッチと眉根を寄せるジン。ライも固まっているのにベルモットとパリジャンは楽しそうに笑ってる。
ノンストップのエレベーターとはいえ、数十秒の空気感がとても息苦しくて、止んだ浮遊感とともに開いた扉にボタンを押す役を買って出て先に空気の重さの原因たちを下ろした。
たどり着いた地下に、さぁ乗ってと呼ばれていた車に乗り込む。ワゴン型の大きめの車、後部の席へ、奥からライ、スコッチ、僕が座り、前の席へジン、パリジャン、ベルモットが乗り込んだ。
ぴったりくっついた前の二人の後ろ姿に頭を抑える。
『ねーねー!ベルねぇさん!どこいくの?』
「ドレスアップして行くのに最適な場所よ」
『んー、懐石?』
「ふふ。外れよ」
『じゃあお肉?』
「お肉もあるかもね」
『んぇ?むずかしい…』
ぴったり寄り添って楽しそうに離す二人に車はスムーズに走って、口を開くこともできないから早く車が止まるのを願う。
祈りが届いたのかすっと静かに止まった車に乗ったときとは反対の順番に車から降りて、そうすれば先頭を歩く二人は手を繋いだまま進んで、いらっしゃいませと開かれた扉から中に入った。
『なに着るのー??』
「ふふ、なにがいいかしらねー?」
そういいつつもう着る服は決まっているのか、いくつものジャンルにも分かれた洋服達を素通りしていく。
しばらく進んで、コツリとヒールを鳴らして止まった。
「さぁ、どれにしようかしらね?」
『かわいー!今日は中華?!』
「大正解よ。すごいわね。わんちゃん」
頭を撫でられ、口元を緩めたパリジャンに僕達の表情を引きつらせる。
「あ、あの、ベルモット…?」
「あら、なぁに?」
「えーっと、もしかして、俺達もこれ、着るんですか…?」
「もちろんじゃない。ほぅら、ジン。貴方の分も選んであげるからね」
『ベルねぇさん!ベルねぇさん!ジンくんのはかっこいいのがいい!』
「そうねぇ。それなら候補はこれか…これもいいわね」
『えー!どっちもジンくんに似合いそー!』
「…ちっ」
響いた舌打ちはいつも通りながら罵倒は続かない。ベルモットとパリジャンが嬉々として洋服を選んでいる姿を眺めながらタバコをふかして、固まる僕達の近くにすっと人の気配が増えた。
「お客様はこちらへ」
「え、」
「お客様もどうぞ」
誘導されるまま個別に入れられて、あれよあれよと言う間に纏う洋服は代わり、さっさとヘアーメイクまで行われた。
普段とは違い片側の前髪を上げるようにして整えられた髪型。連日の疲れから現れたクマを隠すように施されたメイク。
誂えられた普段は着ないような服装も相まって、一体僕はなにをしてるんだろうと頭が痛くなる。
終わりましたよの声に立ち上がって部屋を出た。
元の場所に戻ればすでにドレスアップされたライとスコッチがいて、ライは長い髪を編まれて派手な髪飾りが、スコッチには色付きの丸メガネを含め、華美な腕輪などがつけられて装飾が施されてた。
髪型が変えられた程度の僕に対して着飾られた二人の出来栄えと疲れた顔に、僕はこの程度で済んで良かったと息を吐いた。
コツリと音がして顔を上げる。
僕達と同じように普段とは違う格好をしたそいつは長い銀髪を揺らして、とんとんと箱からたばこを取り出して葉を寄せると火をつけた。
口に運んで、ひと呼吸。煙を吐いたところで僕達を見て目を細めた。
「次に彼奴の仕事を勝手に用意してみろ。全員殺す」
「、」
三人揃って息を詰める。パリジャンに振り回されている姿に忘れていたけど、こいつに睨まれていたことを思いだして、腹の底がきりきりとし始めたところで、えー?と明るい声が響いた。
『たまには俺も仕事しないといけないし、後輩の面倒見るのは先輩の役目でしょ?』
「ふふ。わんちゃんは本当にいい子ね」
カーテンの向こう側で柔らかなパリジャンの声とくすくすと嬉しそうに笑ってるベルモットの声が届く。
ジンは向こう側のおそらくベルモットを睨むような目をして、さっとカーテンが開いた。
『わ!ジンくんかっこいいね!!』
深みのある赤色に黒の刺繍。金のボタン。派手な色味なのに負けないくらい派手な面立ちと髪色によって華やかに仕上がったパリジャンは、一緒に出てきたベルモットとは色違いらしく服の形が同じだった。
真っ黒の布地に銀の刺繍を施したジンに飛びついて笑うパリジャンにジンはふんっと鼻を鳴らして、ベルモットが僕達の前にも立って目を細めた。
「三人ともそれなりに見れるくらいにはなったわね」
「本当にこの格好で出歩くのか…?」
「あら、何か問題が?」
「…目立つだろう」
「No program. ここから目的地は繋がっているから人目にはつかないわ」
「そうなんだ…?」
スコッチがぱちぱちと目を瞬いて、ライは慣れなそうに頭につけられた装飾を指で触れてる。
コツンっと足音が響いてライの前にパリジャンが立った。
『ライくんの髪の毛すっごくかわいいね!』
「………こういうのは君のような人間のほうが似合う」
『ほんと?!ねぇねぇベルねぇさん!俺もあの可愛いのつけたい!』
「いいわよ。それじゃあ用意してもらいましょう」
ぱちんと指が鳴らされてさっと現れた人たちは椅子が用意されてパリジャンが座るなりすぐに髪型が修正されて、ライと同じ花の飾りが施された。
『おそろい!似合う??』
「ああ」
『わーい!』
ぴょんぴょんと跳ねまわったパリジャンは相当嬉しいようで体を目一杯使って喜びを表現する。
その様子にスコッチもベルモットも保護者のような微笑みを浮かべて、パリジャンはそうだ!と足音を立ててずっと座ってるそいつに近寄った。
『ねージンくん、耳貸してー』
にこにこしたパリジャンの左の指先にはピアスが摘まれてる。飾り結びとタッセルのついたそれは大ぶりで、赤色なことも手伝いとても派手だ。
晒されてるパリジャンの左耳についているのと同じものらしいそれに、ジンは口角を上げると右手で髪に触れ、耳を晒した。慣れた手つきで元々ついていた赤色のピアスを外すとその場所に赤色のピアスを差し込む。
外したピアスは一つ上の何もなかった穴に通して、満足そうに笑った。
『おそろいだね』
「はっ」
ぱっと手を離したジンによってさらりと銀髪が流れてピアスが隠れる。パリジャンはんーと首を傾げた後に髪に触れてブロック分けするとちまちまと編み始めた。
「おい」
『見えたほうがよくない?』
「だからって編み込むな」
『んー、でもおっきいピンこれしかないんだけど、こっちにする?』
「……ちっ」
指し示されたのはパリジャンが頭につけてるライと同じデザインの花がついた派手な髪飾りで、ジンは仕方なさそうに黙る。
耳上から編み込まれた髪はちまちまと下まで三つ編みをして、ゴムでとめればジンの右耳が晒されてピアスがよく映えた。
「はい、わんちゃん」
『ありがとう!ベルねぇさん!』
差し出された扇と小ぶりの花を模した紫の飾りで髪を留めるとパリジャンは満足そうに口元を緩めた。
『ジンくんすっごくかっこいい』
「当たり前だ」
満更でもない様子のジンに何を見せられてるのかわからないけど目を逸らすこともできず、パリジャンがジンの耳元に唇を寄せて離れたところでようやく空気が動いた。
パリジャンはどうにも楽しそうで、今度はスコッチに視線を移す。
「どうしたの?」
目が合ったらしくにこりと微笑んだスコッチにパリジャンはスコッチの手を取った。
『スーくんきらきらだね!こういうのつけてるとこ初めて見たー!』
「初めてつけるからね。俺もパリジャンが着飾ってるとこ初めて見たよ。すごく似合ってるね」
『うん!ベルねぇさんが選んでくれる洋服は俺なんかでも着れるようになってるんだよ!』
「元からきれいだけど、いつにも増してきれいだね、パリジャン」
『ベルねぇさんがやってくれてるんだもん!当然だよ!スーくん!』
ふんすと鼻を鳴らして胸を張るパリジャンにスコッチは表情がゆるいままで、そうだと取られたままの右手を見た。
「ねぇ、よかったらこのブレスレット俺とお揃いにしない?」
『え!いいの?!するー!』
わーいと喜ぶパリジャンに、スコッチは繋いだままの右の手首から相手の左の手首に移して、そうすればパリジャンが目を輝かせた。
「はい、はんぶんこ。おそろいだね」
『おそろい!!』
着々と初期よりも派手になっていくパリジャンの身なりなのに装備が増えても喧しくならないのが不思議だ。
スコッチのはんぶんこからのおそろい発言におおはしゃぎするパリジャンにピリッとした空気が流れ始めて、元凶であるジンに目がいくよりも早くスコッチから手を離したパリジャンの視線が俺に向いた。
『洋服はベルねぇさんと色違い、髪飾りはライくんと、ピアスはジンくんと、腕輪はスーくんとおそろいだから…』
うーんと悩みながらパリジャンは僕を見る。着飾っている周りに同じ状況に持っていかれるのには抵抗があって、口を開こうとすれば、あ!と閃いたように目を輝かせた。
『ベルねぇさん化粧品かしてー!』
「いいわよ。なにするの?」
『バボくんドレスアップするー!』
「ふふ。たのしみねぇ、バーボン」
「あ、いえ。ぼくは」
『んーと、あった!』
借りたメイク道具の中から目的のものを取り出したパリジャンの右手にはコンパクト。ぱかりと開けるなり鼻歌を溢しながら小指ですくったそれを僕に近づけるから思わず目を瞑る。
『動いちゃだめだよ』
「、」
ぐっと体に力が入る。
するりと優しく目元が撫でられて、目尻をなぞるように、右と左を同じように撫でていったところでよし!と声が聞こえたから恐る恐る目を開けた。
「あ、あの、」
パリジャンはささっと自分の目尻にも朱をさしていてぱたんとフタをしめると僕の肩に腕を回した。
『見てみて!バボくんともおそろい!!』
「あら、素敵。とても可愛らしいわ」
にこにこ笑うベルモットはパリジャンの指に残ってる朱色を拭ってやるとパリジャンの頬を撫でて、褒められたパリジャンはうへへと笑いながら僕を見た。
『かわいいって!嬉しいね、バボくん!』
「か、かわいいは褒め言葉ですかね…?」
『ん?ベルねぇさんの言葉は全部褒め言葉でしょ??』
キョトンとしたパリジャンは肩が抱かれているせいか、思ったよりも距離が近かったから息を呑む。
ぱんぱんと手を叩く音が聞こえて、音源のベルモットはパリジャンを見て微笑んだ。
「わんちゃん?お腹は?」
『すいた!!』
「ふふ。ご飯が待ってるわよ」
『行く!!!』
僕の肩から腕を外したパリジャンが駆け寄っていくのは先程よりも機嫌の降下したジンで、ジンの左手を包むように取った。
『ジンくん!一緒にご飯食べよ!』
にぱっと笑ったパリジャンにジンは目を細めて立ち上がる。
「口に合わなかったら容赦しねぇぞ」
「あら、私が連れて行った店にハズレがあったかしら?」
『ないよ!』
三人が進んでいく方向に僕達も仕方なくついていく。
揃いの洋服を着た二人とそれに連れられた男。外だったら人目を引いて仕方なかっただろう光景に息を吐く。
こいつら本当に犯罪者として隠れる気はあるのだろうか。
『スーくん!ライくん!バボくん!』
聞こえた声に顔を上げる。
いつの間にか振り返ってたパリジャンが嬉しさを隠しきれない表情で笑う。
『ご飯楽しみだね!』
「うん」
「ああ」
二人がすぐに頷いて、僕も笑みを繕った。
「楽しみですね。貴方は中華ならなにがお好きなんですか?」
『俺はねー!ごま団子!』
「もちろんデザートは用意してあるけど…、わんちゃん?ちゃんとご飯を食べてからにしましょうね?」
『わんっ!』
食事の前からハイテンションで機嫌が振り切れているらしいパリジャンは小さな子どものようで、右隣の無愛想なジンと左隣の微笑んでるベルモットが保護者にしか見えない。
思ったとしても口になんて出せないから、無駄な言葉を発さないように頬の内側の肉を軽く噛んで気を引き締めなおした。
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