あんスタ
「はくあ~!」
どんっと両手が机に置かれて音が響く。いつだかにもあったようなそれに一瞬教室に残っていた人間の間に緊張感が走ったものの、にこにことした木賊の表情に安心して息を吐き目を逸らした。
どうやら木賊以外の三人は先に部室に向かったらしく、一人ここにいる木賊は満面の笑みで俺の手を取った。
「あんな!あんな!えっと、衣装、んん、ちゃうなぁ、曲が…なにから言ったらええんや!あ~!あかん!!ぎょうさんありすぎてパンクする!あんな、あんな!はくあにいっぱい言わなあかんことがむっちゃあるんよ!」
キラキラした目と興奮してるのかほんのり赤らんだ頬。小さな子どもにも似た表情に頷いてから立ち上がって、すぐに部室に行きたいのかここを出たそうにしてる木賊と手を繋ぎ直して歩く。
『うん、俺は逃げないからね、木賊。ゆっくり話を聞かせてよ』
「ん!」
大きく頷いてからリュックを一度背負い直した木賊は、まずな!と言葉を発した。
「曲はこの間のやつなんやけど、柑子がなぁ!はくあに台詞言ってもらいたいゆーて、きぃもええなってなったからはくあちゃんとそれゆーてな!」
『内容にもよるけど、みんなが考えてくれたものならそうするね?』
「でな!衣装!ほら、自分は主役が俺ときぃだから簡素なんでええとかゆってたけど、あの仮案からシアンと柑子がむっちゃ手ぇ入れて!ちゃあんとはくあに似合う格好ええの出来たから、部室ついたら着て見せるんやで!」
『うん、わかった。楽しみにしてる』
「お菓子もきぃが自分のところを使おうてなってな!ほんまは手作りとか気にならんこともなかったんねんけど、やっぱみんなに配るなったら負担大きくなってまうから市販にってなって、そしたらきぃのオトンがええよって!まぁはくあが最終決定してからやけど、もうきぃのオトン張り切っとって、今からあめちゃんは棒付きでカラフルなおっきいのにしたろかってな!!」
ぶんぶんと繋いでる手が振られる。テンションが高いらしく声の大きい木賊に、周りの視線がちらほら集まってるけど全く気にならないのか、足は止まることなく部室に向かってた。
「衣装も、曲も、流れも、俺らむっちゃ考えてん!」
弾んだ木賊の声に最近無理やり忘れこもうとしてた空洞が広がって心臓が痛む。
『…うん、そうみたいだね』
「せやで!」
大きく頷いた木賊と繋いだ手に力が篭って、不思議に思って顔を上げると木賊の揺れる瞳と目があった。
「俺らな、自分がおらんくても頑張って、きっちり企画して形作れんねん。もう、はくあに全部決めてもらってやるだけの、おんぶに抱っことちゃう」
『……うん、みたいだね』
「…せやから、」
珍しく言い淀んだ木賊に悪い予感しかしなくて唇を噛む。目線を落として彷徨わせてる木賊は恐る恐る俺を見上げた。
「……はくあ、ちゃんと休めたか?」
『…、うん?』
瞬きをして思わず首を傾げる。不安そうに眉尻を下げた木賊は冗談なんて言ってるわけでもないらしく、まっすぐと俺を見上げてた。
「今回のは俺ときぃが無理言ってドリフェス出るやん。この間出たばかりやから当分出たないゆーてたし、自分、あっちこっちに首突っ込んでて疲れとるやろ?……せやから、きぃと柑子がな、俺達で出来ることはやって、できる限りはくあ休ましたろって」
『……えっと、』
「…最初は除け者にしたらはくあ逆に気ぃ病むてシアンは心配してたんやけど、この間も水被っとったし、疲労から風邪引いたらライブどころやなくなってまうからって決行すんことにしてな」
『シアン…』
自分でも忘れていたそれを誤魔化すために息を吐いて、そうすれば空洞に入り込んでた何かが一緒に出ていった気がした。
『…………なるほど、それで妙に俺を遠ざけてたんだね?』
「理由言わなかったんはやり過ぎかなとも思うたけど、そうでもしてはくあから仕事取り上げな休まへんてきぃがゆーてな…」
「はくあ」
いつの間にか部室についてたらしい。顔を上げると部室の扉が開いていて、シアンと柑子の後ろから心配そうな目で黄蘗が俺を見てた。
「はくあくん、きちんとお休みになられましたか?」
「はーちゃん、わがまま言ってごめんね。具合悪くない?」
違う目の色にもかかわらず不安そうに揺れるところは同じで、視線に自然と笑みが溢れた。
『ありがとう。みんなのおかげで体調は今までにないくらいに良いよ』
途端に表情を明るくして飛びついてきた黄蘗を受け止める。ほっとしたような柑子とシアンに頷いて、空いている手で黄蘗の頭をなでた。そのまま繋いだ手を引いて木賊も部室に入れて扉を締める。
集まった視線に笑みを浮かべたまま目をつむった。
『みんなが俺のことを思って動いてくれたのはとても嬉しい』
四人の顔を一人ずつ思い出して、それから目を開ける。
『でもね、俺は別にみんなのことを一人じゃ何も出来ないなんて思ってもいないし、頼りないなんて思ったこともないよ』
驚いたように丸くなった目と視線が合う。普段はバラバラなのにこういう時の表情のそっくりさや、考えすぎるあまり、暴走してしまうところは驚くくらいに揃っていて、それから、やっぱりまだ足りていないななんて思った。
『だからね、そんなに心配しなくても俺はみんなとの行動が許容量が超えるほど負担なんかじゃないし、せっかくならみんなとの舞台はみんなと一緒に作り上げたい。そのほうが準備時間の楽しいも分け合えるでしょう?』
「……………」
ぱちぱちと音が出そうなくらいに瞬きを繰り返して、なるほどとシアンが笑った。
「はくあは独りで寂しかったんだな」
『うん、そうかもしれない』
「独りはよくない。つまらないことも、ありえもしない要らないことも考えられるだけの時間がある。俺が嫌いな独りをはくあにも味あわせてしまうなんて、もう二度としないと誓おう」
『ふふ、そうだね。仲間はずれは寂しいから、ここからは一緒にいたいかな?』
生真面目なシアンらしい回答に笑って、柑子と黄蘗が頷き、木賊が表情を崩す。
『ねぇ、よかったらみんなが一生懸命考えてくれたこと、もっと聞かせてよ。それからまた、五人で一緒に彩ろう』
「ああ!」
「うん!」
「んっ!」
「はい!」
元から腕の中にいた黄蘗はさらにぴったりと、それから飛びついてきた木賊とシアンに寄り添った柑子。
全員の頭を撫でて手を下ろす。
『近すぎると顔が見えないなぁ。ほら、座って、楽しい話を聞かせて?』
「はーちゃん!あっち!」
「紅茶の準備は万全ですよ」
「茶菓子もあるぞ」
「せっかくやからデモ流しながら話聞いてぇな!」
離れた四人が俺の手を取り、背を押す。
暖かい室内には言われたとおり、テーブルの上に皿やカップが並んでいて俺の席に腰掛けた。
円卓は、どこに座ってもみんなの顔が見えるからいい。
差し出されたカップには俺の好きな紅茶が注がれていて、添えられた菓子は俺のためか甘くなさそうで。かかり始めた音が軽快に跳ね始めれば、もう心の中にあったはずの隙間は気にならなかった。
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