あんスタ
部室に向かっても締め出されてしまうからここ数日はみんなと分かれるとそのまま被服室か呼び出された場所に向かうようになった。
斎宮さんに譲ってもらった帽子は完成させるなり衣装との合わせ確認を行って、結局誰が着るのかも知らされずに納品を終わらせる。今はもう一つ渡された原案に沿って衣装を二つ用意していて、片方はシンプルな黒いコートが基調の、赤色のネクタイを締めるもの。もう一つは、ブラウスの胸元が段でフリルが入った少しだけ甘めの可愛らしいデザインのものだった。
ブラウスの方は身長が俺とあまり変わらなそうで、同じ二年か、もしくは三年が着るのかもしれない。斎宮さんが受注してるからきっと関係者のはずだろうけど、俺が首を突っ込むことでもないだろう。
フリルが綺麗に見えるよう皺を寄せて留める。型自体はできていたから成型、微調整と小物を担当する俺に、斎宮さんは視線を寄越すこともなくただ手元の服を繕ってた。
「ほんま手際ええなぁ」
羨ましいわぁとうっとりとした目で俺の手元を眺める影片。どうやら自分の割当分はすべて作業してしまって、やることがないらしい。
『褒めてくれてありがとう』
針から手を放して少し低い位置にある頭を撫でれば目を細め頬を緩ませる。
手芸部は常に斎宮さんと影片がいて、時折青葉さんや鬼龍さん、紫之くん、転校生が現れた。誰も彼も今度出るハロウィンの衣装作りのために足を運んでいるようで、特に衣装作りに慣れていない紫之くんは斎宮さんへの助言を求めに来てることが多い。
ぱちんと糸切りバサミで糸を切って、ほつれがないか確認する。
フリルも予定通りの段をつくり靡いてるし、止めたコサージュも曲がっていないから上出来だろう。
「出来上がったのならば掛けておいてくれ」
部屋にいくつも置かれたトルソーを二つ引っ張って洋服を着せていく。
二つの衣装は一見ばらばらであったけど、並べれば対になっているようなイメージを抱いて流石斎宮さんのデザインだなと感心しながら、全方位から洋服を確認して息を吐いた。
「もう出来上がったんですね」
ノックの後に開いた扉から現れたのは転校生で、俺の向かいを見るなり目を瞬く。最後に転校生が来たのは記憶どおりなら三日前。まだ俺がこの洋服の布を裁ち始めたところだからこの感想なんだろう。
『時間がたくさんあるから、集中しちゃって』
「すごい集中力ですもんね」
扉を閉めて衣装の側まで足を進めると二着を見つめて感心したみたいに息を吐く。
「デザイン画を拝見したときから思ってましたが…本当に、綺麗です…」
『斎宮さんのデザインは本当に間違いがないよね』
「はい。惚れ惚れします」
「いつまで話しているつもりなのだよ。二人とも裁縫をしにきたんじゃないのかね」
呆れたような声がして斎宮さんがわかりやすくため息をついた。手元の裁縫を止めていてカップを持つ斎宮さんは休憩することにしたらしい。
転校生と顔を合わせてから椅子に座る。
空いている席に腰掛けた転校生は斎宮さんに向き直るとからの頭を下げる。
「おじゃましてます」
「そういうなら入ってくるんじゃないのだよ、全く…」
眉根を寄せて入るものの、いつもと同じことを口にしていることから機嫌は悪くない。転校生もそれがわかっているらしく表情を緩ませて持ってきた衣装を取り出して自前の裁縫キットを広げた。
ちくちくと針を通し始めて、もう一度息を吐いた斎宮さんがカップを置いたところで息を吸う。
『斎宮さん、他にお手伝いできることはありませんか?』
「はぁ。君は仕事が早すぎるのだよ。もう少しゆっくりしたらどうかね」
『、………ごめんなさい』
「………まったく…手のかかる子供だね」
立ち上がった斎宮さんに、何故か転校生は心配そうな表情をうかべてる。言葉を発そうとした彼女の肩を影片がそっと叩いて、しーっと唇の前に立てた人差し指を添えた。
斎宮さんは俺の隣にたったと思うと頭に手が置かれた。
『え、』
「目を瞑れ」
『、…はい』
まぶたを降ろせば当たり前だけれど真っ暗になってなにも見えない。するすると優しい手のひらが俺の髪を撫でる感覚を享受して、
「いいかね、僕の言葉をよく聞くのだよ」
するりと頭に乗っていた手が下りて、両頬を包むように添えられた。
「僕の言葉は、すべて正しい」
ふわりと、頭に何かがかけられる。
「誰も君のことを叱っても嫌ってもいない。だから君が謝る必要もないし、僕が謝られる意味もない。わかったかね」
『………はい…』
「ふむ。なら目を開けなさい」
言われるがままに瞼を上げる。頭にかけられたのは馴染みのある薄い桃色の布で、視界を少しだけ遮ってた。
いつの間にか屈んでいたらしい斎宮さんのまっすぐな瞳が斜め下から、俺をじっと見据えてる。
「あの子達のことは明日にでも答えがわかるからね。大丈夫、悪いことはなにもないから安心したまえ」
『………みんなのこと、知ってたんですか?』
「僕はあちらのことは何も。奏汰が君たちのことを心配しているのを知ってるだけなのだよ」
『深海さんが…?』
「君たちはお互いを思うあまり遠慮をしてしまうからね。円滑な人間関係の構築は上級者がするものだ。まだ君たちは足りないところが多いのだからもっとぶつかり合うべきだよ」
思ってもいなかった人の名前に目を瞬いてる俺に斎宮さんは何を知っているのか、穏やかに言葉を紡ぐと頬を撫でられた。目の下をやさしく拭うように親指が掠めていって離れる。
「箱庭は、君のためにある」
『箱庭…?』
さてと口元を綻ばせると立ち上がって、斎宮さんは俺の頭の布をひくと更に深く被らせた。
「手が止まっているが君たちは何をサボっているのかね?」
「あ?!え、はい!すみません!!」
「お師さん、ごめんなぁ」
慌てた転校生の声と相反しておっとりとした影片の緩やかな謝罪。ふんっと鼻を鳴らして斎宮さんは空いている俺の隣の椅子に腰掛けた。
「影片」
「ん、はぁい、お師さん」
「小娘、さっさとその詰まっているところを見せるのだよ」
「あ!ありがとうございます!」
影片は立ち上がって向こうの部屋へ。転校生は驚きながら手元のそれを差し出して斎宮さんは少し見てから手ほどきを始まる。
二人のやり取りをぼんやり眺めていれば俺の手元に音をたてないようにそっとカップが置かれた。
「あんなぁ。今日はもう作るもんないから退屈なんよ。よかったら俺と一緒にお茶してくれへん?」
窺うように、甘えるように、こてりと傾げられた首に目を細めて視線を落とす。
『……うん』
「ほんまぁ?…んへへ、嬉しいわぁ」
弾んだ柔らかい声。とんとんと背をなでてくれる大きな手に毛布を頭からおろして、顔を上げれば転校生は衣装作りを再開させていて斎宮さんは右手だけ俺の背に添えつつ左手で転校生に指示を与えてた。
目があえばふにゃりと影片は笑って、持っていたそれを俺の口元に差し出す。
「これな、この間凛月くんがくれたんやけどごっつおいしいんよ。はい、あーん」
『ん』
運ばれたのはクッキーらしい。さくりと音を立てて崩れたそれはクッキーというよりはビスケットのようで、甘さはそこまで感じず、バターよりも芳しい胡麻の香りが広がった。
『ほんと…おいしいね』
「そうなんよ!凛月くん、今胡麻系のお菓子作るのにはまってるんやて!いっぱいくれたからいっぱい食べてーや!」
にぱぁっと表情を明るくした影片に頷く。皿に並べられた四角いビスケット。丁寧に淹れられた琥珀色の紅茶。包み込むように漂う薫りは均一に保たれた室内と相まって心が落ち着く。
香りと温度、それから影片のやわい笑みと声に、斎宮さんの言葉とてのひら。
目を瞑ってから笑みを繕い直して、カップを取れば転校生が表情を緩ませたのが見えた。