ヒロアカ 第二部



来た連絡が平日の授業終わり、更には人使との訓練がなく、急遽呼び出された先生によってインターンもなくなって時間が有り余ってたから大丈夫と返す。そうすればすぐに黒霧さんが迎えに来てくれた。

『マグネとコンプレスの状態はどうですか?』

「お二人とも、今は痛みもある程度落ち着いて義肢の調整を行っていますよ。あの時はお二人を守ってくださってありがとうございました」

『俺は何もしてないですよ』

「ふふ、そういうことにしておきましょうか」

ふわりと揺れて、目が細められた。

「死柄木弔のサポート、よろしくお願いいたします」

『友達の範囲でしか手助けできないですからね?』

「ええ、今はそれで結構です」

黒い靄の顔部分が含みを持って歪む。知性的で冷静な黒霧さんはどうにも俺が弔の片腕みたいに扱う。

サポートもなにも、困ってる友達にできる範囲で手を貸している程度に過ぎないのに無理な期待はやめてほしい。

転送された先、今日はもっと前から使っている弔の部屋に通されたらしく、ソファーにボロ布を敷いたそこで弔が寝っ転がってた。

『起きてる?』

「起きてる」

起き上がる気はないのかだらけてる弔の近くまで足を進める。ソファーの腕置きのあたりに座って見下ろせば、弔はゆっくり目を開けた。

「難しい」

『ん?』

「彼奴が気に入らないからぶっ壊す。でも、ぶっ壊すだけじゃ足りない。もっと絶望させるにはどうすればいい」

一人で物騒なことを考えてたらしい弔に少し真面目に考えてから口を開く。

『その人の大切なものを奪うとか、壊すとか?』

「彼奴の大切なものってなんだ?金か?」

『んー、話し的に何かを大切にしてて、それをもっと大切にするために金がいるって感じだったけどね』

「…………ふぅん」

伸びてきた手が服をつまんで引っ張る。一度腰を上げれば弔は起き上がり端に寄って、空いたスペースに座り直した。

また寝転がった弔の上半身が太もものあたりに乗って、腕を腰に回すなり息を吐く。

「知るためには懐に飛び込まないといけないか……。やだなぁ、彼奴嫌いだ、腹立つ、さっさと壊したい」

段々単語に近くなっていく言葉に手を上げて髪を撫でる。

「全部終わったらピクニックして、タコパして、あと遊び行く」

『ん?どこ行こうか』

「出留が行きたいところ」

心身共にキャパオーバーしたのか話の方向性が大きく変わるから頷いて答える。

どれだけそうしていたのか、腰に回ってた腕が動いてポケットを探ると自分の携帯を取り出し操作してから耳にあてた。

一度起き上がるのかと頭から手を退かせば、空いている左手で俺の手を掴んで頭に乗せ直すから苦笑いを浮かべてまた頭を撫でる。

「死柄木だ。若頭を出せ」

予想していたとおり向こうとコンタクトを取り始めた弔は言葉を交わすほど不機嫌になっていく。最終的に舌打ちを溢して電話を切った。

やっと起き上がった弔が今度は肩にもたれかかってまた舌打ちを零す。

「若頭が出かけてるから出直せとかブッ壊してぇ」

『まぁそんな時もあるよね。…時間あるなら少しどっか行く?』

「外出るのダル……いや、近くをふらつくぞ、出留…!」

気分屋の弔らしく、一瞬否定しようとしたけど立ち上がって背もたれにかけてたコートを羽織った。弔は既に出かける気満々で俺も立ち上がって隣に並ぶ。

この近くだったらコーヒーショップとかでいいかなと家を出て街中を歩く。全国的な指名手配犯の弔は軽くフードを被り、俺は普通に横を歩いていく。

堂々とするほどザルな観衆の目は俺達に気づくことなくあっさりと目的地にたどり着いた。

中はそれほど混んでおらず、弔が以前飲んでみたいといってたものと、新作の味を一つ、それからクッキーを頼んで受け取った。

『はい、弔の分』

「ん」

手を出して受け取るとストローに口をつける。少し中身を減らしたのを確認してから俺も自分の分を飲めば紅茶とラテの味がした。

「うまい」

『そっかぁ。良かったね』

初めてのフラペチーノはお気に召したのか表情が緩む。

普段からあまり飯も食べない弔に黒霧さんがあまりに頭を抱えていたけれど、どこかに出掛ければあれ食べたい、これ食べたいと目を輝かせてくれる。

食育楽しいと思いながら同じように飲み物を飲んでると、ふと弔がポケットに手を入れた。

電話なのか、持ってる飲み物を渡してきたと思うと携帯を耳に当てて顔をしかめる。

「はぁ?今から?」

唐突に不機嫌度マックスになった弔に目を瞬く。

「ふざけんな。こっちにも予定がある」

イライラしながら首を掻きはじめた弔にフラペチーノを口元に押し付ければ、おとなしくストローに口をつけて啜り始めて今度は俺の携帯が鳴った。

仕方なさそうに自分の分を受け取った弔に携帯を取り出せば黒霧さんからで、首を傾げながら通話を始める。

『どうしました?』

「どうか死柄木弔を説得してくださいませんか」

『えっと?ちょっと状況説明ください』

「死穢八斎會より連絡が入りまして、今から拠点に来てほしいとのことなんです」

『あー…、それで弔が機嫌悪くなったんですね』

「ええ、そのとおりです…。死柄木弔が本来の目的を忘れて繋がりを絶つ前に、一声かけていただけませんか…?」

『はぁ、俺が言ったところで変わるとは思いませんけど…』

「大丈夫です。どちらにいらっしゃいますか?お迎えに上がります」

『四丁目のコーヒーショップです。お待ちしてますね』

電話を切って前を見れば案の定ばりばり首を引っ掻きながらどんどん表情を険しくしてる弔がいて、注意を引くために手を振れば指を止めて俺を見る。

『ちょっと貸して?』

「ん」

あっさり渡された携帯をミュートにして、それから弔を見つめ直す。

『遊びの続きはまた今度にして、今日は行ってみようよ』

「やだ。出留と遊んでるだろ。なんで彼奴らの都合にこっちが合わせなきゃいけない」

『んー。取引ってそういうこともあるから。貸しにしたら?今回は向こうに合わせてあげるけど、次からは合わせないって怒っておけばいいじゃん』

「………」

ぶすくれてるものの理解はしたのか、フラペチーノを少し飲んで視線を迷わせてる弔にやってきた黒霧さんが隣に立つ。

「死柄木弔、行きましょう」

『用事終わったら連絡ちょうだい?時間合いそうならもう一回遊び行こ?』

「……出留も一緒」

『え、なして?』

「友達だから」

『えー…??』

「友達はずっと一緒だろ?」

弔の友達論に黒霧さんの目が謝り倒しながらお願いしてくるから息を吐く。

ミュートにしてからずっと、聞こえてんのかと喧しい電話口。ミュートを解除して声を出した。

『お待たせしました』

「ああ?!誰だお前!」

『ただの代理です。今から死柄木弔とお伺いいたしますね』

「あ!!?いいから早く来……お、おう?」

『黒霧さんに送ってもらうのでたぶん数分でお邪魔できるかと思います』

「あ、え、おう」

さっさと電話を切って弔に返す。ムッとしてはいるけれど首はもう引っ掻いていないからそれなりに機嫌は直ったんだろう。

ふわふわ揺れて有り難いと笑う黒霧さんに、一つ貸しだぞと思いながら心中でため息をついた。

フラペチーノのストローを齧ってる弔にやめなさいと手を置く。

『今日だけだぞ』

「ああ、八斎會の都合に振り回されんのはこれきりだ」

『そっちじゃないんだけどなぁ…』

「では向かいましょう」

話を流すようにぶわりと広がった靄に諦めて足を進める。

黒霧さんは今忙しいからと俺達を送るなり消えてしまって、弔と俺は指定されていたのであろう見知らぬ地に下ろされた。

目の前には見たことのある白いのフードと色違いの黒色のコートを纏った人影が二つあって、眼鏡とマスクでわかりづらいけれど恐らく俺を見たから笑った。

『お待たせしました』

「…こちらに。若がお待ちだ」

誘導されて歩き始める。どこかはわからないここは妙に物が少なくコンクリートで舗装されていて特徴のない通路だった。

まっすぐ道は続いているはずなのに先が暗く見えない。壁も床も見た目が同じせいか進んでる距離と方角が曖昧になる。

「趣味が悪い」

『開口一番それはだいぶ印象悪いね??』

「印象なんて知るか」

先導してる白色の空気が重たくなったから、これ以上喋らないようにフラペチーノが溶けるよと口を塞ぐ。

俺も持ってる飲み物に口をつけて歩いてるうちに扉が出てきて、誘導していたその人は扉をノックすると開いた。

「……電話口で忙しいと言ってた割には随分余裕そうだな」

中に入ったそこは大きなテーブルとソファーが並んでる。奥のソファーに昨日のそいつが座っていて、その隣には黒色のマスコット。それから見覚えのない気のする男性も一人いる。全員が俺達を見るなり目を細め、眉根を寄せた。

「地下をぐるぐる歩かされた。アリになった気分だ」

「ルートをいくつか繋げてある。この応接間も地下の隠し部屋にあたる」

「ウチが今日まで生き残ってるのもこういうせせこましさの賜物さ。…でだ!電話の件、本当なんだろうね。条件次第でうちに与するというのは」

さっきの電話でそんなこと言ってたかなと思いだそうとして諦める。弔の話は敵連合としての仕事の話だったし、関係ないだろうと聞いてなかったから覚えてる訳がない。

「都合のいい解釈をするな」

吐き捨てるように零してふらふらと足を進めると目の前のソファーに腰掛け、またフラペチーノを啜りはじめた。

あからさまに殺気立った周りの空気に息を吐いて、座ったことで低い位置にある弔の肩を叩く。

「なんだ?」

『せっかくここまで来たんだし、さっきの電話でちゃんと話せなかったんなら今話したほうがいいんじゃないの?』

「……ああ、どっかの誰かが出かけてるからかけ直せって言われたやつか」

『んー、あー、たぶんそれじゃないかな…』

ぴりぴりしてる空気に勘弁してくれと思う。

割と何に対しても寛容で放任、気にしない俺でも流石に極道に睨まれてまで笑ってるのは頬が引きつり精神がすり減る。

気にも止めてない弔は通常運転で、仕方なさそうにフラペチーノを渡してくるから受け取った。

「何をどうしたらそう解釈したのか知らんが、もう一度だけ説明してやるからよく聞け」

「貴様若になんて口の聞き方を!」

「そっちは俺達の名が欲しい。俺達は勢力を拡大したい。お互いにニーズは合致してるわけだろ」

「偉そうにしゃべるな!」

がやがやと騒がしい。弔が話していて、その向かいで目を細めてる向こうのトップ。その周りにいる小さいのと大きい黒色が特に喧しい。

呆れたみたいに弔が靴を履いてる足を机に上げた。

「ああん!?態度がでけぇぞてめぇ!」

「…足をおろせ。汚れる」

「“おろしてくれないか?”と言えよ若頭。本来頭を下げる立場だろ」

「んだとごらぁ!!」

人ん家の机に足を乗せるのは行儀が悪いと思う。

それでも口を挟むべきではないかとぼーっと会話を見つめる。

「まず傘下にはならん。俺達は俺達の好きなように動く。五分…いわゆる提携って形なら協力してやるよ」

「それが条件か」

「もう一つ。お前の言っていた計画、その内容をきかせろ」

「貴様図々しいぞ!」

「自然な条件だ。名を貸すメリットがあるのか検討したい」

「ああん…?!」

「もっとも…」

弔がポケットからなにかを取り出した瞬間、気配が動いた。

「調子に乗るなよ!」

「さっきから何様だチンピラがぁ!」

「自由すぎるでしょう、いろいろ」

伸ばされた腕を掴んで、抜かれて向けられようとしたそれを蹴り飛ばす。

『今、話し合いをしてるんですよね?それならこういう横槍って良くないと思いませんか?』

咄嗟に右手を押さえた黒色がふらついて一歩退く。

「そっちが何様だ?ザコヤクザの使い捨て前提の肉壁とうちの足と腕は等価値じゃないぞ。多少は譲歩してくれなきゃ割に合わない」

「んだと!」

弔はまっすぐと向かいを見ていて、睨み合う大将たちに息を吐いた。

『俺、話し合いは冷静さを欠いたほうが負けだと思うんですよね』

とりあえずお互いに怪我はないようだから安心して目の前を見据える。

なにもかも、不快だ。

『今のこの状況じゃ冷静に話もできない。この間も勝手に拠点を壊して弔の仲間を傷つけて…、今だって交渉をしたいと呼び出したのはそちら側でしょう?…本来お願いするべき側の人間が勝手に倍以上の人数で取り囲んで声を荒げて、あまつさえ武器を取り出す。思い通りにならないから手をあげて言うことを聞かせようとする。…小さな子供みたいなことをしようとするなんて、到底大人のやることとは思えませんね?』

弔と一緒にいる時間を邪魔されて、マグネとコンプレスは傷つけられて謝りもされてない。その上にあんなに大騒ぎしてみんなを巻き込み、計画を組み上げたピクニックはおじゃんになった。

先生は自分を大切にしろって言ったけれど、俺はやっぱり、自分よりも周りを大切にしたい。

再度口を動かし始めて騒然としてる室内に響く罵詈雑言に息を吐いた。

『…今は、弔が話してる』

掴んでる白色の腕は力がまだ抜けない。騒ごうとした小さな黒色を睨んだ。

『…うるせぇわ。ちっとは静かに出来ねぇのか』

「あ?!」

『トップが話してんだろ。周りがいちいち茶々入れんのやめろや。だから話が進まねぇってわかんねぇのかよ。どいつもこいつも躾がなってねぇ』

「、」

『てめぇらは待てもできねぇんか?』

「んだとっ!」

かっと目を見開いた数人に、手を伸ばそうとして、服が引かれた。

「出留」

聞こえた声にはっとして振り返る。睨み合いを止めてたらしい弔の赤色の瞳が俺を見つめていて、向こうで大きく息を吐く音が響いた。

「クロノ、ミミック、音本、下がれ」

「、若!」

「ですが!」

「俺たちは話し合いをするんだ。話し合いで銃器を出すな」

「っ、はい」

抜けた力に手を離す。敵意は落ち着いたらしいからそのまま屈んで、弔と目を合わせた。

『弔、怪我してない?』

「ああ、してない」

『そっかぁ。よかった』

「…ありがとう、出留」

『ん?弟を守るのは兄ちゃんとして当たり前だもん』

「俺は弟じゃないぞ?」

『あはっ!細かいことはいーんだよ。とにかく弔のこと守らせてね?』

「わかった…?」

髪を撫でれば目を細めて口元を緩める。しばらく撫でてから手を離したところで弔は鼻を鳴らして座り直した。緩んだ瞳と口元、さっきまでとは違いテンションの高そうな背中に首を傾げる。

『機嫌良さそうだね?』

「ああ…!出留が俺の隣に居てくれるからな…!」

『うん。ずーっと一緒だよ、弔』

「ずっと一緒…?!本当か!!」

『もちろんだよ』

「友達すごい…!」

『ふふ、だねぇ。…あ、さっき買ったクッキー食べる?』

「食べる!」

『はい、どーぞ』

飲み物と一緒に買ったクッキーの封を切る。口元に差し出せば、ぱかりと口が開かれたから力を込めて割って、欠片を運んだ。

口を閉じてさくさくと咀嚼をした弔の目が輝いた。

「んまい」

『よかったぁ』

笑いあったところで周りがやっと静かになったらしいから、とんと弔の肩を叩いた。

『時間奪っちゃってごめんな。話し合いの続きして?』

「そうだな」

弔が体の向きを変えて仕方なさそうに向かいあった。

相変わらず苛立ち気な空気の中、顔を合わせた二人に向こうが先に口を開く。

「うちの人間が失礼した。せっかく前向きに検討してくれてきたのに…最後まで話を聞こう」

弔はポケットに手を入れて、取り出したそれを親指と人差し指でつまむようにして持つと見せつけた。

「アンタらの計画、こいつが関係してんだろ」

見えた赤色は確か、あの日に弔が拾ってたものだ。

「こいつを打ち込まれた直後からMr.コンプレスは個性がしばらく使えなくなった。何だこれは?何をするつもりなのか、教えろ」

「…理を、壊す」

ゆっくりと話しだして、理を壊すために準備をしてる最中だと滔々と説く。これは個性を壊せる弾で、それを製造するために人と金がいる。けれど今のご時世じゃ畏怖が足りずその二つを集められないから、敵連合を取り込もうとした。

ざっくりそんな感じらしいけど、これ俺が聞いてていのかなと目を瞬く。

弔はまだ納得しきっていないようで、それでも一応と話を聞いていればどこからか将棋盤が用意されてテーブルに置かれた。

「は?なんだこれ」

「将棋を指したことないのか」

「やらん。片付けろ。ルールも知らん」

「まぁそう言うな。これを機会に嗜むといい。局面が見渡せるようになるぞ」

「はぁ?」

せっせと小さい黒色と白色が駒を並べ始める。あいにくと俺も将棋の教養はないから眺めることしかできない。

「将棋の面白いところは相手から奪った駒を使えるところだ」

勝手に始まった勝負にぱちんと駒を置く音が響いた。

「黒霧、渡我、分倍河原をうちに入れる。好きに動かれちゃこちらも不安だ」

「便利なやつばっかり…!どいつもうちの要だ。やれるか!」

ばちばちと音を立てる火花を横目にラテを啜る。氷が溶けて薄まったそれは少し美味しさが減っていて、悪すぎる雰囲気も相まってため息が出そうだ。

揺れた携帯を取り出す。黒霧さんから「いかがですか?死柄木弔をよろしくお願いします。良い報告をお待ちしております」なんてメールが来ていて、投げやりすぎるそれに携帯を叩きつけそうになるのをなんとか抑えた。

後ろ姿でもイライラしてる弔に、交渉するなら黒霧さんが来ればよかったんじゃないかと頭が痛くなる。

「黒霧は駄目だ。彼奴は今別件で動いてる」

「いつ終わる」

「なんでお前らに言わなきゃいけない」

「ああ?この敵風情が!聞かれたことにはさっさと答えろ!」

「は?」

とうとう再び周りまで声を荒げたから額を押さえて、立ち上がりそうになった弔の肩に手を置いた。

『落ち着いて?』

「俺は悪くない!」

『うん、悪くはないけど、一旦落ち着こうか。手袋崩れそうだよ』

「、」

さっと手元を見て、あげた手袋が崩れてないことに安堵したのか息を吐く。自然と入っていた力が抜けたから口元を緩めた。

『うん、大丈夫だな』

肩から少し手をずらして背をとんとんと優しく叩けば弔がまたムッとして、周りがギラギラとした目で俺を見る。

心臓に悪い冷たく鋭い視線に変な汗が出そうで、一回弔を見てから笑った。

『えーと…、発言許可もらえませんか?』

「お前の発言を連合の総意と取っていいなら話せ」

『あー、弔、平気?』

「最初からその算段だっただろ」

『は?なにそれ聞いてない』

「黒霧が言ってたぞ」

『…通りですんなり連れてきたと…っ!………黒霧さんぜってぇ許さねぇ。今度靄ん中にケチャップぶちまけてやる…』

痛くなった頭を押さえて息を吐く。

俺が代わりに話している間に吹き込まれたんだろう。弔から予想外の裏側を聞かされて黒霧さんに怒りを覚えるもラテを飲んで、深呼吸してから顔を上げた。

『では、発言失礼します。今回貴方がたは資金繰りのため敵連合の名前を借りたいということで間違いはないですか?』

「そうだな。俺が名前だけでなくうまく人も使ってやろう」

『…あ、タイムで。待って待って、弔、落ち着いて。まだ俺話してるから。はい、チョコあげるから食べててね』

立ち上がろうとした弔を落ち着かせて、ウエストポーチから取り出したチョコレートを突っ込む。

仕方なさそうに座り直して足を上げ、膝を抱えた弔に人ん家のソファーなんだけどなと思いながら視線を戻した。

『なるほど。つまり貴方の主張としては、敵連合の人間をうまく扱うことができて更に貴方達の計画は完璧で失敗の可能性がないため傘下に入れということですね』

「なんだ、烏合の衆かと思ったが話の理解できる奴もいるじゃないか」

『あーもうっ、待って弔、はい、このラテもあげるからもう少しだけいい子にしてて』

「…ガキ扱いすんな最年少」

『あのな…うん、その苛立つ気持ちはわかるんだけど、今の弔の言動が死ぬほど子供っぽいんだって…ちょっと落ち着いてくれ…』

口を開くたびに喧嘩を売ってくる向こう側に弔がキレそうになるから一々話が滞って仕方ない。

ラテに口をつけてに水っぽいと怒る弔に後でもう一回買うことを約束して、機嫌がほんの少し戻ったことを確認して前を見た。

『理解はできました。けれどそれは貴方達のメリットのみの提示になりますよね?実際弔たち敵連合が傘下に置かれて、具体的には彼らにどのようなメリットがありますか?』

「お前たちは名が売れるだろう。それに俺の計画が遂行された暁には世界は綺麗になる。そこで勝手に生きればいい」

『……名が売れたとして、貴方が支配者になるのであればそれは結局貴方達の名声になりますよね?それになんの意味が?』

「俺達に貢献できたその事実が新しい世界で栄えある称号だろう」

『あーもう、ほら、弔、わかったからもう少し待って。あとちょっとで終わるから』

「まるで子供と保育士だな」

『まじで余計なこと言わないでもらっていいですか??』

茶化すような言葉にため息をついて、後ろから抑えるのは諦めて隣に座る。

空になったラテの入ってたカップが塵になったのを見て、きちんと手袋を外してることに偉いねと褒めながら手袋をつけ直して手を取った。

『これ終わんなきゃ遊びいけないから、もう少しで話終わるから大人しくしててくんね?』

「話す意味ないだろ」

『たしかにこれだけ聞いてると俺もそう思うけどな?』

手を握って笑う。

『これから話が進むはずなんだよね。ほら、常識的に考えていい歳の大人が、自分にだけ都合のことを言って計画の欠片も教えない状態なのに “俺はとにかくすごいから今すぐ手伝え” って言ってくるわけないからさ。取引って言葉の意味を知らない子供ならまだしも、向こうは大きな組織で長年積み重ねてきた常識とかあるんだから流石にこんな訳のわからない妄想の垂れ流しと押し付けを取引とか言って締結させるわけないよ。だから、この意味のわからない前置きが長くてイライラすんのはわかるけど、これからある話をちゃぁんと聞いて、それから怒っても遅くないでしょ?』

ね?と笑い掛ければ弔の表情が歪んで、肩が揺れた。

「ぶっ。んふぅっ、……そうだな。普通の大人は取引の意味くらい知ってるよなぁ。ん、俺が悪かった出留。邪魔してごめん。あと少しだけ待ってる」

『うん、いい子だ。兄ちゃん嬉しいぞ』

「ん」

片手を離し、よしよしと頭を撫でて右手は繋いだまま前に向き直る。

『すみません。もう大丈夫なんでお話の続きしましょ』

「………………」

周りの視線にとりあえず笑いかけてみれば異様な静けさに包まれた。

さっきからよく騒いでた小さなマスコットすらわなわなしてて何も言わないようで、わざと大きく首を傾げる。

『…あれ?もしかしてあれでお話全部ですか?本気であれで取引条件の提示してたんですか?それなら終わりでいいですかね??』

「……………」

向かい側の、立場は知ってるけど名前も知らないその人は固まってる。喋らないならもう帰ろうかなと弔と繋いでる手に力を入れようとしたところで、笑い声が転がった。

「ふ、ふふっ、とんでもない奴だな。ヤクザの本拠地でヤクザに喧嘩を売るなんて中々いないぞ」

『はぁ、喜んでもらえたようで何よりです。もう話がないなら帰っていいですか?』

「まだだ。…そうだな、このぶっ飛んでる子供に免じてもう少しきちんと話そう」

『え、ぶっとんでないですよ?』

「大概だ。さて、何から話そうか。聞きたいことがあれば何でも聞け」

何故か気分良さげに饒舌に話しだしたその人に首を傾げてしまう。別に俺は聞きたいことがない。視線を彷徨わせてそういえばと思いだす。

『あ、まず一つ聞いていいですか』

「答えられることなら」

『お名前なんて言うんですか?』

「、」

「嘘だろ、若の名前を知らないで交渉してたのかこいつ…」

思わずといったようにざわついた室内にそんなに変なことからわからず目を瞬いた。

『自分に関係ないことなんてわざわざ調べませんよね?それで、お名前…もしくは、なんとお呼びしたらいいですか?』

「オーバーホール」

『…分解点検修理?』

「よく知ってるな。そうだ。俺の個性はオーバーホール。対象物を分解し、治したり壊したりすることができる」

『弔と似てるね』

「一緒にすんな」

繋いでる人の手をふにふにして遊び始めてた弔が眉根を寄せる。直せはしないけど壊せるところはそっくりだと思う俺にその人は目を細めた。

「俺の個性がそのまま敵名だ。そう呼べ。他に聞きたいことは?」

『えーと…、オーバーホールさん。この間もお話してた計画って、さっき成功すれば世界が綺麗になるってことでしたけど具体的にはどのへんを掃除する気なんです?』

「掃除とは少し違う。俺は病人の治療をしてやるだけだ」

『…病人?』

「個性なんていう病気に罹り、この世を跋扈してる敵、ヒーロー。そのすべての個性を消して世界を正す」

『はぁ。壮大ですね。…個性が無くなれば個性発現前の時代に戻る。そうすれば貴方達がまた大手を振って歩けるわけですか』

「すでに布石は打ってある。後は大々的に治療を施すだけ。そのためには治療器具の製造する充分な設備が必要だ」

『それで金がほしいと。治療器具の話ですが設備と資金のみほしいとのことですよね?そもそもその部品が尽きることはないんですか?』

「ああ、元手は俺の個性さえあればいくらでも用意できる」

『個性で…そうですか』

隣の弔は俺に一任することにしたようで口を挟む気配はない。今もふにふにと俺の手をもんでるから、元手の正体は弔自身が気になったときにでも自分で聞いてもらうことにする。

『黒霧さん、トゥワイス、ヒミコちゃんの三人がそちらに与したとして、どのような仕事を割り振るおつもりですか?』

「敵連合との仲介、および戦闘がメインになるだろう」

『そうすると基本的にはこちらで待機ですか?』

「そうだな」

『そうですか。ありがとうございました』

にんまり笑うオーバーホールさんから視線を逸らす。

ふにふにと人の手を揉んで遊んでる弔は話を聞いてたのか怪しく、少し見てれば視線に気づいて顔を上げた。

「黒霧は駄目だ。責任を取りたがってるトゥワイスを送る」

『そうだな、黒霧さんは忙しいって言ってたし、トゥワイスはあのまま放っておくと壊れそうだからそのほうがいい。一人じゃ危ないからヒミコちゃんかスピナーがセットかな』

「スピナーはステインごっこでこっちに来ないだろうし、そうするとトガか?」

『荼毘さんもこういうの嫌がりそうだしね。…てか、最近荼毘さん見ないけど生きてるの?元気?』

「知らん」

『それでいいのか、リーダー…』

ちょっと心配になってくる組織のあり方に息を吐いて、弔が視線を前に向けたから俺も元に戻す。

「話は纏まったのか」

「今回はお前たちと手を組む。ただし傘下に入るわけじゃない。トゥワイスとトガを派遣するから二人をうまく扱ってみせろ、極道」

「ほう、最初と随分意見が変わったな」

「別に。これでそっちの要求は呑んだ。話は終わりだな。トガとトゥワイスは明日にでもここに送る」

立ち上がろうとする弔に待てとオーバーホールさんが声をかけた。止められたことに心底嫌そうな顔の弔が眉尻を上げる。

「まだ終わっていない」

向かいのオーバーホールさんは何故か人差し指を立てていて、指先が俺に向けられていた。

「もう一人寄越せ。そいつだ」

『へ、』

「はぁ??」

『勘弁してくれ…』

弔が盛大に声を上げて眉根を寄せる。せっかくまとまりかけた話が振り出しに戻る気配を感じて天を仰いだ。

「黒霧が来れないならそいつを寄越せ。出留と言ったか。どれも話が通じなさそうだがそいつはマトモだ。連絡役にもなる。そいつを寄越せ」

「調子のんなよ時代遅れの天然記念物。塵にされてぇのか」

最初と同じくらい火花を散らす二人に頭を抱えそうになって、手を繋いだままなのを思い出す。自由に頭も抱えられないことに息を吐いて、今にも手袋を塵にしそうな弔の手を引いて隣に座り直させ、それから左手を上げた。

『発言許可を求めます』

「許そう」

『今回オーバーホールさん、もとい、死穢八斎會の皆さんは敵連合と取引をしてるんですよね?』

「ああ」

『それなら俺は敵連合の人間じゃないんで取引の数に入れないでください』

「はぁ?」

「ああ?!何を今更言ってるんだ!あんだけガンガン話してたくせに連合じゃねぇなんて見え透いた嘘ついてんじゃねぇぞ!!」

『まじで敵連合所属じゃないんで。てか俺敵じゃないですし』

「“ならば死柄木たちとの関係はなんだ?何故ここに居る?”」

『友達。今日は友達ってことで付いてきてほしいって言われたからついてきた。………ん?』

問いかけに答えたのは自分だけれどなんだか変な感覚で、するりと言葉が出てきた感じがした。首を傾げる俺に周りはざわざわと騒ぎたて始め、弔が俺の服を引く。

「たぶん彼奴の個性だ。耳を貸すな」

『強制的に喋らせる的な?』

「…そいつは音本。問いかけられた者は真実しかしか話せなくなる」

『へぇ…!尋問いらず、合理的でいい個性ですね…!』

かけられた個性はきっと俺から敵連合であると言質を取るためだったんだろう。まさかの結果に動揺を隠せてない向こう側にオーバーホールさんは口元に手をやってそれから息を吐いた。

「連合の人間でないのは理解した。が、それでも正直お前が欲しい」

「やらねぇし。やっぱさっきの取引もや、」

『ほらほら、弔、よしよし』

無理やり手を引いて座らせ、腕の中に閉じ込める。もごもごと何か言いたそうにしてる弔の髪をなでながら、もう笑顔を繕うのもめんどくさくなってきたから普通に見据えて話すことにした。

『何回も言いますけど、俺は連合の人間じゃないんで引き入れたところでなんのメリットもなくないですか?』

「今のところお前が一番厄介だ。交渉に応じる度胸、頭の回転、反応の速さ。そこの死柄木の手綱を持ってるのもポイントが高い」

『加点式採点やめてください。それにこの辺は黒霧さんの仕事なんで、黒霧さん紹介だけするんで俺はやめてください』

「…それと、一つ気になることがある」

『はい?』

「先程の動きもそうだが…何故、あの時連合の奴らを助けられた。本当は俺を知ってたのか?」

手袋にそっと手をかけるオーバーホールさんは目が笑っていない。

あの時と言うとまぁこの間の廃工場のことのはずで、説明のために思い出す。咄嗟のことで直感で動いていただけにすぎない。言葉にするのは難しいなと悩む。

『あのジャケット、袖の丈が短めだからオシャレに手袋つける人はいますけど、飾りもないゴム手つけてたんで変だなって。その後マグネに引き寄せられたときに焦らず手袋に手をかけてたんで、手が関係する個性かなって思っただけです』

「ほう。俺の反応を見てから動いたのか」

『そうなりますね。座ってて動き出したマグネより、立ってた俺のほうが飛び出しやすかったですし』

「盾を吹き飛ばしてたことも、先程三人を止めたときも、動きが良かったが何か鍛えてるのか」

『授業の一環で軽く』

「…………お前、いくつだ?」

『十六です』

「、」

さっきも静かになった気がしたけれど、今回の静けさは驚きからくる静けさだろうか。

テンポよく話していただけに急に固まったオーバーホールさんに首を傾げる。弔が服を引いたから、視線を向けると呆れながら息を吐かれた。

「この間十七になっただろ、お前」

『あ、詐欺った。すみません、今十七です』

「学生なのに変わりねぇな…」

気まずそうに顔を見合う向こう側の人たち。夏頃にテレビで顔と名前が晒されたけど、案外バレてなかったらしい。

なんでもいいかと話を続ける。

『俺、寮住みで基本自由ないんで、そもそもこっちにずっと居ることは出来ないですね』

「………ちっ」

盛大な舌打ちの後に手袋にかけていた手を外す。オーバーホールさんは息を吐くと近くの仲間に目を向けてから俺達を見た。

「トゥワイスとトガは明日から来させろ。送迎が黒霧なら今日と同じ場所に送れ。時間は任せるが来る前に連絡を」

立ち上がったオーバーホールさんが送るというから腕の中の弔を離して一緒に立ち上がる。

扉を出て、おそらく来た道を戻っていく。行きよりも早くついた気のするそこに弔が黒霧さんに連絡を入れれば、少しの間の後に目の前に靄が蠢いて黒霧さんが現れた。

「お疲れ様でした」

「彼奴らは集まってるな」

「ええ、コンプレスとマグネ、荼毘も揃ってます」

「ならいい。」

二人の話の最中に携帯が揺れたから取り出して視線を落とす。

補講が終わったらしく今から帰るの内容に時間を確認すれば気づかないうちにかなり遅い時間になってた。

『ごめん、俺帰る時間だ』

「はぁ??ラテは」

『次絶対埋め合わせるから許して』

「ちっ。…サンドイッチつけろ」

『ケーキもね』

「絶対だからな」

『うん。じゃあまたね』

手を振って弔を見送る。黒霧さんが一度ルートを閉じて、その間に近づいてきたその人が俺の肩に手を置いた。

「出留と言ったな」

『ええ』

「連絡先を寄越せ。トガとトゥワイスに何かあれば連絡する」

『弔か黒霧さんにでいいんじゃないですか?』

じとりとした目で見られて首を傾げれば目の前には靄が帰ってきて黒霧さんがゲートを作った。

「お待たせいたしました。いやはや、やはり貴方にお任せして正解でしたね」

ふよふよと、安心したように笑う黒霧さんに大きく息を吐く。

『はぁ〜…。…次はないですよ。俺はただの友達なんで、敵に手は貸しません』

「ふふふ」

『人の話聞いてます?』

「ええ、もちろん。これからも死柄木弔と仲良くしてあげてください」

何故かとんでもなく楽しそうな様子に、必ず靄の中にケチャップをぶちまけることを決意して、それから肩に置かれた手を外す。

『死穢八斎會に用はありませんけど、トゥワイスとヒミコちゃんには会いに来ると思うのでお邪魔したときはよろしくお願いします』

早く帰って勝己と轟くんの飯を作らなければ。思い出せば自分も昼飯を食いっぱぐれていて、今日は少し量を多めに作ってもいいかもしれない。

足を進めて靄をくぐる。そうすれば自分の部屋に出て、タイミングを見られていたんじゃないかと思うくらいにちょうど良く携帯が揺れた。


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