ヒロアカ 第二部


放課後。日の落ち始める時間に顔を合わせた先生は目を細める。

「ヒーロー名は決まったか?」

『決まらないので緑谷でお願いします』

「いいのか?」

『はい』

「…ヒーロー名が決まるまでの仮名ということにしておこう。コスチュームの要望は?」

『今のところはなにも。先生にお借りしているつなぎが動きやすいのでこのままお借りできればと思ってます』

「……はあ。わかった。足りないものは随時相談するように」

大きく息を吐く先生はそれなら行こうかと待っていた車に乗り込むからその隣に座る。

「やぁ!君がイレイザーの弟子!?会えるのを楽しみにしてんだ!」

『あ、え』

「いいから前を向いて運転お願いします。時間は有限です」

「うい!」

運転手が前を向いたことで進み始めた車に隣を見る。先生はわかったいたのか口を開いた。

「運転しているのは先見。ヒーロー協会役員の一人で雄英からの送迎役をよくやっている」

「イレイザーとは高校の頃からの知り合いで、一応一学年上の先輩だったんだ!よろしくね!」

『そうだったんですね…』

「先見さん、こっちは緑谷です」

「ん?緑谷くん?ヒーロー名は?」

「まだ決まってないです」

「へー、珍しいね!」

『ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。イレイザーヘッドにお世話になっています、一年C組の緑谷出留です。先見さん、これからよろしくお願いします』

「え、1C?それ普通科じゃね?」

「緑谷は普通科です」

「へー!!すげぇ!普通科でしかも一年でヒーロー仮免とったの?!超優等生じゃん!イレイザーお前やばすぎね?!」

「俺がなにかしたわけじゃなくて、こいつの元からの能力値が高かったんですよ」

「そうかそうか!緑谷くんすごいね!!」

『日頃のイレイザーヘッドの指導と一緒に弟子として訓練してくれる相棒のおかげなので俺はそうでも…』

「わっ、しかも謙虚だしいい子じゃん!つかイレイザーもう一人弟子いんの?」

「面倒は見てますけど、緑谷のこともそうですが弟子ってわけでは…」

「個別に指導してたら弟子だろ!え、もう一人の子はどんな子??」

先見さんは話が好きなタイプらしい。先生も仕方なさそうな空気を出しながらも人使の話をしていて、思えば先生の周りにはプレゼントマイクといい香山さんといい、明るくてよく喋るタイプが多い気がする。

二人の会話を聞いているうちに車はどんどんと進んで、どこかの建物に入った車はすっと駐車場に収まった。

「あー!ついちゃったよ!!俺全然緑谷くんと話せてない!どうしてくれんの相澤!」

「知りません。行くぞ、緑谷」

『はい』

運転席に悲しみのポーズを取る先見さんを放置するように扉を開け降りた先生を追いかける。

慣れたように進んでいく先生はエレベーターに乗り込んで、俺も乗れば先見さんが駆け込んできた。

「俺案内役なんだけど!!先行くのやめてくんない?!」

「なら先を歩いてもらえると助かります」

「イレイザーがつめたい!!」

本当に仲の良さそうな二人に思わず笑ってしまって口元を押さえる。ちらりと先生が俺を見たけれど怒られることはなくエレベーターはしまって、少しの音を立てて動き出した。

数秒の後にふっと僅かな浮遊感。止まったエレベーターの戸が開いたところで全員で降りて歩き出す。

たどりついた扉の前で手をかけた先見さんはあ、と振り返った。

「あのね、緑谷くん、一応先に言っておくんだけどね…?」

『はい』

「中にいるおっさん、クッソぶっチョーづらでイレイザーよりもとっつきにくくて怖いかもしれないけど、ほんとはすっごいいい人だから安心してね」

『え、はい…?』

「はぁ…先見さん…」

至極真面目に声を潜めてそんなことを言われるから目を瞬く。先生にため息をつかれてへらっと笑った先見さんはこんこんと扉を叩いてから扉を開いた。

「失礼します、先見です!イレイザーヘッド御一行をお連れしました!」

開かれた扉から先見さんが一礼して、その次に先生が会釈程度のお辞儀をして進む。俺も倣って同じように入ればいくつかの視線が刺さって、値踏みするような、そんな目は今更気にも止めるような繊細な心は持ち合わせてなかったから先生の後ろについて視線で誘導された隣の席に腰掛けた。

「緑谷くん、がんばってね!」

『はい。ありがとうございます』

「んーっ、ほんといい子!イレイザーに嫌なことされたらいつでも俺に言ってな!俺あんま強くはないけど、先輩権限駆使してけちょんけちょんにしちゃう!」

案内役と言っていたし、同席はしないらしい。ばいばいと手を振って離れていった先見さんは扉から出ていってしまって、視線に隣を見た。

『なにかありましたか?』

「……はあ。いいや、なにも」

何故か最初から疲れた顔をしてる先生に首を傾げる。先見さんとは気兼ねなくやりとりをするような仲に見えたけれど、実は無理をしていて疲れてるのだろうか。

少し考えて、出番はないかなと思っていたそれをポシェットから取り出して差し出した。

『どうぞ。疲れには甘いものがいいらしいですよ』

「これ…。わざわざ用意してきたのか?」

『プレゼントマイクがインターンにむけてと昼にくださいました』

「彼奴…。はぁ、ありがとう」

飴を拾い上げた先生はさらに疲れを増したような顔をしてる眉間の皺を解すように指で押して揉み始める。

怒っているわけではなさそうにそれに俺が触れるまででもないかなと室内をさっと見渡す。

長方形の部屋の中でコの字状に配置された長テーブルと椅子。出口から一番遠い上座にあたる場所に座るのは先生よりも少し年配そうな男性で、つい先日会った轟さんと同じか、それよりも歳上に見える。

ムッとへの字に結われてる口元、刻まれてるように深い眉間の皺。細くて鋭い目つきと合わせるとかなりの強面で迫力がある。

その両サイドにいるのは真面目そうな女性と同じくらい上背がありそうな男性で、事前に見た資料のとおりであれば今回の事件を取り仕切っているヒーロー事務所の所長とそのサイドキックのはずだ。

ちらほらと人の集まっている会議室には先生と同じように招集されたのだろうヒーローらしき人たちがいて、こちらはあいにくと見覚えのない人たちばかりで、人によっては同じ事務所、もしくは顔見知りらしく会話をしていたり、不自然にならない程度こちらを確認していたりと自由に過ごしていた。

見る限り年齢層がそれなりに高いようで、学生どころか誰も彼も成人を迎えてそれなりに年の経っていそうな人たちばかりだ。

故に突き刺さる視線は疑念混じりで隣の先生は取り出してたタブレットに触れていたと思うとこちらに向けた。

「緑谷、今後の予定表だ。確認してくれ」

『わかりました』

「スケジュールにはある程度のゆとりをもたせてはあるが、問題はありそうか」

『そうですね…』

授業は大前提として、人使との訓練。勝己と轟くんの食事補助。外せない予定たちの前後に入ったインターンの文字。さっと目を通して口を開く。

『ここの日って人使との訓練模擬戦でしたよね?最終調整に誘われてるのでもう一時間前に時間をもらうことは可能ですか?』

「わかった。調整しよう」

『それとこの日A組がテストでしたよね。前日にみんなで勉強会する約束が入っていて少し時間がぎりぎりになるかもしれません。それからこの日は勝己と轟くんが遅くなるらしいので、食事は一緒に取らず作り置きしておくからもっと早く動き出しても大丈夫です』

「どちらも調整は可能だが…お前この間も勉強見てやったばかりだろう。また上鳴たちに泣きつかれたのか…?」

『泣きつれてはないですよ。勉強会とは言いましたけど、みんな聞いてくる回数も減っているから手伝いをしてるだけで…何もない間は課題進められるので助かってます。ほら、時間の有効活用ですよ』

「はあ…」

頭が痛そうな先生に首を傾げ、あ、とまた思い出したことがあったからもう一つスケジュールの一つに指を置く。

『ここの訓練日、発目さんも参加したいって言ってたんですけど可能ですか?』

「…発目が?」

『はい。実際の動きを確認したいそうです。それと合わせてなんですけど、こことこことここ、出久とトレーニングしてるので何かあれば連絡いただけると助かります』

「はあ〜…」

頭を抱えてしまった先生に目を瞬く。なにか変なことを言っただろうかと首を傾げていれば少し前から近寄ってきて俺達の会話を聞いていたその人が大きな瞳を細めて顔を顰めた。

「イレイザー、アンタ教え子過労死させる気??なにこのスケジュール、詰め込みすぎてて休む時間ないじゃん。鬼か??」

「こいつが勝手にスケジュールを詰めてるんだ…」

「いやいや、最初のゆとり持たせてあるって発言の時点からほとんど予定詰まってて毎日二時間も自由時間ない計算だったでしょ。…君、大丈夫か?休み取れてないんじゃ無理してるでしょ」

『え、いええ、してませんよ…?』

「もしかしてイレイザーに脅されてる?教師だからってすべてが正しいわけじゃないから、嫌なことは嫌って言っていいんだよ?というかアタシが教育委員会にたれこもうか??」

『うええ…?』

「…ジョーク、お前の席あっちだろう。向こうに行け」

「あのねぇ…こんな無理を見過ごすわけにいかないでしょ?」

話しかけてきているその人は香山さんにどことなく似た空気感をまとってる。どうにも本気で心配してくれてるようなその言葉に目を瞬いていれば、肩に手が置かれた。

「君、雄英が辛ければいつでも転校しておいで?士傑は流石にここまで過労を強いらないし自分の時間を大切にできるよ?」

『、』

「Ms.ジョーク」

低い声が俺より早く返事をする。機嫌の悪そうなそれは俺を叱るときよりも低くて苛立ってた。

「笑えない冗談はそこまでにしろ。…俺はそこまで寛容じゃない」

「冗談って…そんな訳っ」

『あ、あの!』

二人の空気の張り詰め具合に焦りで声が少し大きく出た。尖った先生の空気と女性。辺りからの視線。どれを意識しても腹が痛くなりそうなそれに口を開いた。

『えっと、初めまして、Ms.ジョークさん…?…あの、ご心配くださりありがとうございます。スケジュールに関しては自分の時間の使い方がなっていないせいで詰まってしまっただけで、先生と学校からは日頃より休養を取るように指導いただいており、不満もなにもございません』

「けどさ…」

『実際雄英に入学してから以前よりもきちんと寝食に気をつけるようになっておりますし、特に相澤先生には細かく休息が取れているか確認をしていただいていて、迷惑をかけているのは自分の方なんです』

「んー、なんか出来すぎてて…イレイザーに洗脳されてない??」

『そのようなことはまったく』

「ならいいけど…」

女性の不安そうな視線が俺の隣を見る。

「交換留学制度もあるし、一回他の学校を見てみるのもありだと思うよ?」

更に不機嫌なオーラが増した先生に心臓が掴まれるような感覚。思わず喉の奥から悲鳴が出そうになったけど、その敵意が俺に向かっていないことに口元を緩めた。

『他校の方針や校風を学べるのは興味が惹かれますが…俺は、今の雄英から…先生から離れる予定はありません。相澤先生から教わりたいことがたくさんあって今でも時間が足りないものですから。せっかくご提案くださったのに申し訳ありません。前向きな理由のときにまたご縁がございましたら検討させてください』

「………そう…」

まだどこか心配そうな女性が困ったように眉尻を落とす。隣の空気が和らいだ感覚に女性は信じられないものを見たように目を見開いてから俺を見据えた。

「部外者が口出ししちゃってごめんな。アタシは士傑高校で教員もやってるMs.ジョーク。なにかあったらいつでも相談してね?これ連絡先」

『お気遣いありがとうございます。なにかございましたらそのときはぜひ頼らせてください』

「ああ!」

にかっと笑ってくれたその人にやっと肩の力が抜ける。女性は俺に名刺を渡すとそのまま隣の先生の背中をばしりと叩いた。

「こんなまっすぐでいい子な生徒!潰したら承知しないからね!イレイザー!」

「しねぇよ」

「はー!どうだか!アンタすぐ可愛い教え子谷に突き落とすじゃん!」

以前からの知り合いらしく気さくに話すその人に先生は口ごもって、ふと、周りの空気が変わった感覚に先生の服を引いて、先生が驚いたように俺を見たことで釣られるようにこちらに視線を動かしたその人と目を合わせた。

『あの、もうすぐ時間みたいで、始まる前にもう少し資料を確認しておきたいので先生と話しても大丈夫ですか?』

「ああ!そうだったな!ごめん!じゃあこれからよろしくね!」

ぽんぽんと頭に手が置かれて女性は自席らしいそこに向かって歩いていく。ようやく離れた喧騒に小さく息を吐きながら摘んでいた先生の服を離した。

先生は視線を落とす。

「………ジョークがすまない」

『先生が謝ることじゃありません。それに…あの方が見ず知らずの俺なんかを心配してくださったのは嬉しかったです。…とても優しい方ですね』

人目が集まっている中でもまっすぐと、真っ向から俺を心配した保護してくれようとする姿は正しい大人という印象が残った。

どうしたらいいか戸惑ったのは本当だけど、困らされたわけでもない。それなのに先生はきゅっと眉間に皺を寄せた。

「……俺には、ああいう配慮は今後もできない。…もし本当にきついようなら交換留学制度の検討を、」

『――俺、言いましたよね』

思わず語尾が下がった俺を先生は驚いたみたいに落ちていた視線を上げて、目があったから言葉を吐く。

『俺は、イレイザーヘッドがいい。相澤先生と一緒にいたいからここにいるんです』

「、」

『そもそも俺が雄英じゃなくなったら相棒の人使とは遠くなって気軽に訓練できなくなるし、勉強会の約束蹴ることになって、轟さんから頼まれてるのに轟くんの補助途中でやめることになる。……大体、俺が出久と勝己の居ないところに行くとでも??』

「……ああ、君はそういう子だったな」

瞠っていた目をもとの大きさに戻して、表情を緩めた先生に当たり前でしょうと息を吐く。

『俺は一度決めたら何があっても覆したりしませんよ』

「そうだったな」

先生のいつもの声色にようやく肩の力が抜ける。思ったよりも緊張していたらしい。

緊張が解けたことで喉の渇きが気になったから、ずっと置いてあるテーブルの上のそれを見た。

『これって飲んだら怒られます?』

「それは支給品だ。自由に飲みなさい」

『まじっすか。いただきます』

手を伸ばして取ったペットボトルは水らしい。お茶だと好みが分かれるから無難さを狙ってるのであろうそれにキャップを回して口をつけて、三口分飲んだところで蓋をした。

「会議開始まで後三分ほどだな。資料の確認しておきたいところはあるか?」

『いいえ、大丈夫です』

「…そうだろうと思った」

思わずといったようにこぼれた笑みに視線をそらす。その先にいた今回のまとめ役のヒーローと目が合った。こちらを見ていたことを考えると騒ぎすぎたのかもしれなくて、謝るかと思ったところで、目を瞬く。

険しく見えている表情に、目が思ったよりも優しい色をしているのに気づいて、次にはすっと視線が逸らされてしまったから俺も視線を動かした。



今回招集されたのは共有された資料の一番最初にあった事件の会議のためだった。

決まった時刻になったと同時にまとめ役のヒーローのサイドキックがすっと立ち上がり、まとめ役のその人は口を開く。

「本日は時間をいただき感謝する。それではこれより活動方針の取り決め、及び分担を行う」

初めて聞いたその人の声は見目と同じくらい年齢を重ねたような重厚感のある低い声で、すっと周りのヒーローたちの背筋が伸びて自然と緊張が張り詰めた。

「事件概要は既に共有をさせてもらっているため省略する。それではまず敵捕獲に関してだが―――…」

さくさくと進んでいく会議。事前の資料共有があったし、無駄の省かれた会議は内容が濃い。

わかっている限りの敵の個性に応じ、ヒーローの割り当てがされる。活動区域と合わせたそれに割り当てられたヒーローは同時に一言二言自己紹介をしていて、名前と個性の漏れがないようにささっとメモを取っていく。個性が紹介になかった人は先生がそっと注釈をつけるように書き足してくれた。

「また、今回の敵グループは明確な人数と個性が判明していないため、イレイザーヘッドにも協力を願っている。捕縛と合わせて個性を抹消してもらう関係で前線に配置させてもらうのでそのつもりで頼む」

「はい」

大枠が決まって、先生のポジションも把握できた。なにも言われなかったけれど俺も先生と合わせての立ち位置ならば前線になるが、後で先生に確認を取っておけばいいだろう。

「ここまでで不明点のある者は居るか」

話が止まった。流れるように話していただけに途切れた流れに顔を上げて、そうすればすっと一人が手を上げた。

「質問、いいですか」

眉根を寄せて、一瞬俺を見た。ばちりと音が鳴ったんじゃないかなと思えるくらい強い視線に嫌な気配を感じて、まとめ役のその人はゆっくりと口を開いた。

「ああ」

頷いたその人に質問をしたいと言ったヒーローは立ち上がって、息を吸う。

「そこの子供、いくらイレイザーヘッドの連れだからって本気で前線に立たせるつもりですか?」

「なにか問題が?」

「っありますよ!そんな子供が前線に立ったところでできる事なんて精々足手まといにならないよう動くことくらいでなんの役にも立たない!」

「、」

勢いのある言葉に先生の空気が重くなって、息を吸おうとしたからすぐに手を伸ばして服を掴む。弾かれたように俺を見た先生に笑って首を横に振ってみればぐっと眉間の皺を深くした。自分で両手を繋ぐと指に力を入れて唇を結った姿に後で謝らないなと思う。

「インターン生は立場上ヒーローであるから参加しているのであれば作戦に組み込み、活用する」

「っ、大体ずっとメモ取ってるような学生気分の子供がこんな重たい案件に首を突っ込むのが間違ってる!会議が始まる前も騒いでばっかで資料もロクに確認せず緊張感がない奴を前線に置いて!敵にその穴をついてくださいって言ってるようなものだ!」

「…ふむ」

まとめ役のその人はちらりと俺を見て、それから頷いた。

「…君の意見は充分に理解した」

「なら、」

「ああ。…だが、回答の前に他の質問をすべて確認しておきたい。良いか」

「、ええ、もちろん」

「では他に質問がある者は」

「はい」

俺を見ながらふんっと鼻を鳴らして上機嫌に座ったヒーローに違うヒーローが手を上げて、とりあえず落ち着いたかなと先生の服を離す。

少し離れたところからさっき心配して俺に声をかけてくれていたMs.ジョークからの不安そうな目が向けられていて、会釈をして視線を戻した。

「先程の人員配置ですが私の個性と合わせると前線よりも後方のほうが助力できると思います」

「後方ならばどのように助力ができる?」

「はい。私の個性砂化でしたら前線で敵と対峙するよりも後方にて退路を断つほうが役立ちます」

「そうか。他にはあるか」

「いいえ」

「わかった。他の者でも自身の配置に不明点があれば挙手を。理由と具体的理由をもとに希望配属先を聞こう」

静かに頷くその人に首を傾げる。もしかして本当に今質問をした人を後方に下げる気なのだろうか。横を見れば先生はまだ険しい顔のままで声をかけられそうな雰囲気じゃなかったから諦めて前を見た。

「でしたら私も、私の個性と体躯ですと配置された敵との戦闘は難しいです。わかりきっている強化個性の敵よりも、現状個性不明の敵制圧のほうが確実性が上がると思いました」

「ほう。…他には?」

「俺は逆に後方に配置されてるのが納得いきません。俺の個性なら、敵と直接対面してもねじ伏せられる」

「そうか」

室内を見渡す。上がる声に不思議そうにしていたり眉根を寄せてる人間は半分くらいらしい。

もしかしてこれがヒーローとしての考え方なのかなと目を瞬いて、そうすればまとめ役のその人は止まった質問に顔を上げた。

「他に質問はないか?ないならば回答していく。………緑谷、ここまで出た質問を君が回答しなさい」

『え?』

「は、?!」

急に振られた言葉に目を瞬く。

隣の先生はじっとその人を見てから、俺を見つめて“いけ”と口元が動かした。

『__わかりました』

ざわつく室内。立ち上がった数人のヒーローにまあいいかと口を開く。

『一つ目の質問ですが、これは敵の個性を想定した上での配置です』

「、は、これだから…!この敵は容姿はわかっていても個性までは把握しきれてないだろ」

『はい。明確にはなっていませんがある程度の推測の上で適当な個性を持つヒーローを宛てがっています。敵の個性の推測根拠は5月15日に起こった三度目の事件と6月1日の五度目の事件。どちらも当日は雨が降っていました。まず5月15日は仲間の敵が捕まりかけた際に唐突にヒーローの視界が遮られ、該当の敵の横にいたこと、その際逃れた敵が直前よりも濡れていたこと。6月1日の事件では該当の敵がヒーローに接近された際に目に見えないなにかにぶつかったという証言から水を扱うことができる、且つ、自身では水分を用意できず環境に頼らなくてはならない敵と想定して火と砂の個性を持つヒーローが割り当てられています』

「、」

『二つ目の質問。こちらも同じく対峙する予定の敵との相性に合わせています。宛てがわれたヒーローの役目は増強系の敵と対になっているもう一人の敵の制圧、捕獲です』

「え、?」

『増強系個性のこの敵は過去の履歴から鑑みるにかなり用心深いタイプで、必ず二人一組で現れます。ペアになっている敵は今のところ個性のわかっている二人と、前述した水を扱うと思われる現状個性不明の敵の三人。いずれの三人のどれも配置された方々であれば個性の相性から見ても十分に制圧が可能と考えられます』

「あ…」

『三つ目の質問の答えは先ほどと少し重なりますが、各対応予定のヒーローがとってもしも取りこぼしがあった際に対応ができるヒーローが配置された結果です。個性の使用方法に柔軟性のあるヒーローが多いため今のところ個性の詳細が一切不明の残りの三人の敵に相対した際の個性へ対抗する意図もあります』

「「「………………」」」

『前線に配置されたヒーローは定められた敵を確実に制圧するために、後方支援に回っていただいているヒーローは情報共有を即座に行うことができる個性と関係性があるヒーローが選ばれた。………って感じかなと思っていたんですけど合ってますか?』

ずっと難しい顔で腕を組んでいるその人を見据える。

一度目を閉じて、ゆっくりとまぶたを上げると俺と隣の先生を見て、それから周りのヒーローを一人ずつ確認するみたいに視線を移していってから、先程質問をしたヒーローたちの元で止めた。

「今の回答に納得のいっていない者は居るか」

重たい声に誰もが口を動かさず、室内は異様に張り詰めた空気が漂ってる。

その空気を作ってる張本人は続けて口を開いた。

「誰もが新人であった時間があっただろう。それを経て今があるのだから、若いというだけで前線に立たせない理由にはならない。また、適材適所という言葉があるように俺は彼の実力をプロヒーローの一人として認識した上で前線に配置している。緑谷の立ち位置にかかわらず、全体を通し異議のある者はいつでも俺の元へ来るように。根拠に基づいた的確な意見であればそれがなにであろうと俺は聞き入れ、再考する」

立っているヒーローに鋭い視線を向けて、眉根を寄せた。

「他に質問がないのであればこのまままとめに入る。座るように」

「っ、はい…っ」

静かに座ったヒーローたちにその人は視線を上げる。

「今回の案件、この場に集まったすべてのヒーローの力を必要としている。必ず敵を捕獲するためにも誰一人として欠けてはならない」

隣の先生が満足そうに眉間に寄せてた力を緩める。室内の空気に気づいているはずなのに、その人は口角を上げた。

「活躍を期待している」

以上で初回の顔合わせは終了すると立ち上がってそのまま部屋を後にする。サイドキックたちが続いていって、がんっと音がした。

「ちっ!」

あからさまに敵意を見せながら退室していったヒーロー数名と、戸惑うようなヒーローたちが出ていって、隣を見上げる。

『………あの…先生…?俺、もしかしてなんかやらかしました…?』

「やらかしてはいないが…最初からやってくれたなって感じだ」

『ええ…?なにそれ…?』

「ふっ…」

どこか楽しそうに笑いを溢した先生に戸惑う。

先生はそれ以上なにも言う気はないようで、少し不思議ではあるけれど、口にする前に、緑谷くんっ!とMs.ジョークの歓喜の声が聞こえてきたから疑問を隅に追いやった。



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