ヒロアカ 第二部


弔と仲直りして、風呂やら飯やらを済ませながら和気あいあいとピクニックの最終調整をして、みんなで布団で転がってるうちに眠ってしまって目を覚した。

こっちは全部元通りどころか前よりもよくなったけれど、帰ったらやらないといけないことが残ってた。

起きあがって身支度を整えて、大きく息を吐く。

いつもならば朝練が始まる少し前の時刻。昨日のあれに気を遣ってか人使からの連絡はなかった。先生からも人使からも何も聞いてないのだろう出久も勝己からも連絡はない。つまりこれも、自分で解決することだ。

元を正すどころか最初から最後まで全部自分のミスが原因なんだし、ちゃんと謝りに行くことにした。

まっすぐに職員寮に向かう。見えてきた職員寮の前、佇んでる黒色に目を瞬いた。

「来たな」

『なんで…』

「お前は思い立ったら即行動するだろうと思って待ってた」

持っていた電子端末はきっと仕事道具の一つだろう。画面に触れたあとにそれをしまうと先生は視線を逸してこっちだと促された。

『せんせ、』

「朝飯食べてないだろ」

『え、』

「成長期の子供が朝から食事を抜くな」

『、その、』

足が止まって椅子が引かれる。

「座れ」

『え』

「時間は有限だ。早くしろ」

『す、すみません』

寄った眉間の皺に慌てて座る。先生はそのまま一度離れて、一人残されてどうすればいいのかわからず固まっていれば足音が帰ってきた。

かたりとトレーが目の前に置かれて、向かいにも同じようにトレーを置いた先生が腰掛けた。

「話は食事を取りながら聞こう。いただきます」

『あ、え、』

「どうした、何か食えないものでもあったか」

『い、いや、えっと、いただき、ます?』

トレーに乗ってるのは和朝食らしい。焼き鯖に温泉卵。飾り包丁の入ったしいたけや面取りしてあるだいこん、人参の煮物。ほうれん草の和え物に薬味の乗った冷奴。なすの煮浸し。具の入った汁物とつやつやの白米。

向かいを見れば箸を取ってもそもそと食事を取っている先生がいて、そっと箸を持ち上げる。

『……いただきます』

小鉢を取ってゆっくり箸を動かしほうれん草を摘む。口に運んだだしの香りのするそれを咀嚼して飲み込んで、ほうれん草がなくなったところで鯖をほぐして口に運んだ。

白米と一緒に食べて、たまに煮物や汁物も口にして少しずつ皿の上のものを胃の収めていけば先生は顔を上げた。

「君も魚をきれいに食べるんだな」

『え、』

「弟はそう魚を食べているイメージがないが…爆豪はよく朝は魚を食べていて、この間も丁寧にさんまをほぐして最後は骨と頭だけにしてた」

先生は豆腐を口にしてからお茶を飲んで、やっと俺を見すえた。

「それで、俺になんの話だ?」

『、昨日の謝罪をしようと思いました』

「ほう。そうか」

『……昨日は、本当に申し訳ございませんした』

「それ以上の謝罪は不要だ。…緑谷、問題は解決したのか」

『はい。ご迷惑をおかけしました』

「ならもういい。今日の訓練から参加するように。あとインターンの詳細が決まったからこのまま情報の共有を行いたい。時間はあるか」

『…ありま…すけど、…え、いいんですか?』

随分とあっさり承諾されて続こうとする話に戸惑う。

相澤先生はお茶を一度すすって、持っていたグラスを置くと右手の指を三本立ててじっと俺を見据えた。

「俺から君に伝えたいことは三つだけだ」

『、はい』

「一つ目。共にいる相手を認識しないことは最大級の失礼に当たる。あの場合は一緒にいた心操だな。わかってはいると思うが後で必ず会話をするように」

『…はい』

「二つ目。昨日理解したとは思うが集中できていない状態での訓練は怪我の元だ。鼻血で程度で済んだから良かったが骨折や死にも直結する。俺は君を失うわけには行かないんだ。自身が不調だと気づいたのならすぐに言うように。休む時間はいくらだって用意する」

『……え、』

「三つ目。俺は済んだことにとやかく言うことはない。だが、何度も同じことを繰り返すのは許さない。必ず何故そうなったのかを鑑みて次に活かせるようにしなさい。再三伝えたかもしれないが自分一人でできる事には限度がある。解決が難しいのならば人を頼るように。以上」

折りたたまれた右手が握りこぶしを作って、ゼロを示す。手をおろして流れるように箸を取った先生はまだ少し残っている食事を再開するようで、ゆっくりと消えていく料理に動き出せないでいれば先生はそっと視線を上げた。

「何か言いたいことがあるのか」

『…………』

「異論も反論も、あるのならばきちんと口にするように」

『…あ、え、えっと、その、』

ぐっと寄せられた眉間の皺に異論も反論もあるわけがない。

『あの、えっと、…』

「…きちんと待っているから、慌てなくていい」

『、』

まっすぐ見られて目を泳がせる。視線を彷徨わせながら呼吸を整えようと頑張る。まだ少し心臓がばくばくとしてて落ち着かないけど、ずっと気になっていたことを確認するために視線を上げた。

『……俺…そんな、先生に期待されるような、ことはできないだろうし…良い子じゃないし…なのに、先生はどうして、俺を見てくれるんですか?』

「自分を頼ってくれる生徒がいるのに、その生徒を見ない教師がどこにいるんだ?」

『、』

「君は俺の大切な生徒だ。困っている子供がいれば導き、弱っている子供がいれば助け、護る。当たり前のことをしているだけなんだからなにも不思議じゃないだろ?」

先生の言葉はすっと入ってきて、一瞬静かになった心臓がまた速く動き出す。鼓動にあわせて送り出されてるらしい血のせいか、上がり始めた体温に体も顔も何もかも熱くて、すぐに俯いてして両手で顔を覆った。

『勘弁してください…』

「君に含みを持たせて話すとすれ違うと理解したからな。また翻弄されては敵わなん」

『いつ俺が翻弄したんですか…』

「心当たりがないとは言わせないが?」

『ぐぅ…』

根に持ってそうな声色に顔が上げられない。そもそも熱がひかない顔を晒す気もなかったから動けないでいれば、向かいで気配が揺れた。

「以前から言っていることだが、お前はお前の思っている以上になんでも出来てしまう。その分休むことと人を頼ることを知らなすぎるから、困りごとがあるのなら俺でも心操でも、それこそ爆豪と緑谷にでもいいから話しなさい」

『…はい』

頷いて少し手をずらして前を見る。目があって、普段眠たそうな目元が緩んでるのを確認してしまいまた視線を落として俯いた。

「いつまでそうしている気だ?」

『少なくともあと数分は無理です…』

「そうか」

どことなく上機嫌な先生の声に足音が寄ってきて、ははっと快活な笑い声が響いた。

「なんだ相澤、緑谷からかって遊んでんのか?」

「お前失敬すぎるだろ。からかってるつもりはない」

「じゃあ手篭めにしようとしてんのか?」

「殴られたいのなら最初からそう言え」

「ぐはっ」

「ちょっと、食堂で朝から暴れないの。何してるのよ貴方たち」

手のひらの向こう側で騒いでる声に手をずらして顔を上げる。覗いた向こう側は腹を抱えてるプレゼントマイクと、眉根を寄せてる先生。呆れ顔の香山さんがいて、担任がそっと俺を見た。

「緑谷くん熱?顔が赤いわ」

『熱はないです…』

「?」

「hay 香山先輩…緑谷は相澤に手篭めにされてる最中だぜ…」

「え、手篭め?…本当に朝から何してるの??」

「山田が勝手に言ってるだけです。さっさとあっちに行ってください」

「いやーよ。相澤くんが食堂にいるなんて珍しいと思えば緑谷くんと一緒だったのね」

そっとトレーを置いて俺の隣に座った香山さんは俺を見つめてから安心したように頷くと箸をもった。

「うん、元気になったみたいでよかった。相澤くん、昨日とても緑谷くんの心配してたのよ」

『「、」』

「授業中の様子確認とか訓練の内容確認してみたりとか、心操くんと爆豪くんと緑谷くんにも連絡とるか悩んでたものね」

オムレツを一口サイズに切って、箸でつまむと口に運ぶ。今日もおいしいと口元を緩めた姿を見ているうちに心拍が落ち着いて、すぐに向かいを見れば勢い良く顔がそらされた。

「お、どうしたぁ相澤、肉食うか?」

「要らん」

いつの間にか先生の隣で食事を取っていたプレゼントマイクが摘んでた牛肉をむければ先生は速攻で断って視線を落とした。

「……あら…あらあらぁ…?もしかして私、相澤くんにとって余計なこと言ったかしら?」

「…香山さん、静かにしててください」

「ふふっ」

にんまりと笑った香山さんは俺を見て、手を伸ばすと俺の頭の上に乗せた。

「うふふ、かわいいわね〜。いいわーいいわー青春ね〜!」

「香山さん、うるさいです」

「まさかこんなところに青い春を見つけちゃうなんて。青春最高!」

ぎっと香山さんを睨んだ先生に首を傾げる。

『青春…?』

「あー、緑谷、香山先輩のそれは口癖だからほっといていーぞ。ほら、飯冷めちまってんだろ、食い切っちまいなー」

『あ、はい』

口元の髭をつまんで目を逸らすプレゼントマイクに促され食事を再開する。このあとはインターンの情報共有すると言ってたし早く食べきらないといけない。

お椀を持ってだいぶ温度の低くなってしまった味噌汁を飲んで、それから厚焼き卵や魚を食べていく。香山さんの生易しい目に相澤先生はジト目で抗議していて、プレゼントマイクが俺を見た。

「緑谷はきれいに飯食うな〜」

にっと笑った姿に口の中のものを飲み込んでから開く。

『普通だと思います』

「爆豪とか特にそうだけど、お前ら三人全員食い終わったあとの皿がキレイだから男子高校生にしては珍しいなって思ってたんだよ」

「そういえばそうね。男の子にしてはかきこんで食べたりしないし、お魚なんて…学生時代の山田くんたちに比べたらもう…天と地の差よね」

隣で頷いた香山さんがトレーの上を見て苦笑いを浮かべる。今日のプレゼントマイクは牛丼だから魚を食べていないけど、丼を持って口をつけかき込む姿から考えると魚の食べ方は少し想像がついてしまう。

「食い方なんて男はちょっと豪快なくらいがちょうどいいんすよ、香山先輩」

「うーん、それもわかるけど、丁寧にご飯食べれるのっていいと思うわ…?ねぇ、相澤くん?」

「丁寧とか豪快とかはどうでもいいです。口の中にものが入ってる時に話さない、零さない、残さない。それができれば十分でしょう」

「たしかに…。緑谷くんはどう?」

『そうですね…。俺もおんなじですかね…?マナーとかあまり詳しくないので、一緒に食事してる人が不快に思わないような食べ方ができてればいいかなって』

「ふふ、素敵な考え方ね」

表情を緩めた香山さんに視線が外れたことで相澤先生と山田さんが息を吐いて、それ以上に絡まれないようにかささっと食事を進めていく。

「緑谷ー、飯足りてんかー?」

『はい。とてもおいしかったです』

「緑谷くん」

にっこり笑った香山さんがそっとトレーの上から俺のトレーに小鉢を移す。

『えっと、』

「ふふ、快気祝いしてなかったなって思って。確か前の食事会でも食べてたわよね?遠慮しないで食べてちょうだい」

『………ありがとうございます』

もらったのはわらびもちらしい。抹茶パウダーのもちに黒蜜がかかってて、添えられてる匙ですくって口に運ぶ。

とろりとしてて柔らかいもちに目を瞬いた。

『、おいしい』

「そーなのよ!ランチッシュってお菓子作るのも上手なの!特に和菓子!おいしいわよね!」

『はい…!すごくおいしいです…!』

もう一つも口に運んで、やわらかなそれに目を細める。

芳しい抹茶の風味と濃くて甘い黒蜜、柔らかいもち。いくらでも食べられるそれに口元が緩んで、言葉が溢れる。

『出久と勝己も好きそう』

「ふふ、貴方はいつでもあの子達のことを考えてるわね」

「お、すげぇ、“緑谷兄!”って感じだな」

「何言ってるんだ、お前」



なんとか朝食をすませれば場所を移動して、これだと資料が渡された。

「随分と待たせたが、インターンを始める」

『よろしくお願いします』

「君はこれから俺と一緒に校外での活動を行う。その際にはヒーローとして扱うからそのつもりでいてくれ」

『はい』

「後ほどヒーロー名とコスチュームは要望を出してくれ。今後はそれを使用する」

『はあ…』

「活動時間は俺と合わせるから変動があるとは思うが基本的にパトロールはないから前回のミルコとの活動よりは拘束時間は短くなる予定だ」

『わかりました』

「前置きは以上。本題に入ろう。資料を見てくれ」

『はい』

最初にもらった紙に視線を落とす。書かれているそれは表紙に目次と記されていてその下にはアルファベットと数字が並んでた。

「それぞれの事件概要と紐付けられてる事件コードだ。すべては必要ないが大まかに覚えておくように」

『期日はありますか?』

「特にはない」

表紙に書かれたコードは六つ。資料の厚みは指の関節一つ分もなくて、1ページめくった。

「一件目は強盗事件。不規則に起きていて目撃者もいるが敵たちの居場所が全く掴めていないせいで解決の見通しがついていない」

容疑者の敵の顔写真は監視カメラの写しらしい。若干粗い画質に映る二人はどちらも体格のいい男だった。続く文字には写真には映っていないものの女の敵も居るようだと書かれていて、その後は今まで起きた事件の日付や場所などが続いてた。

「ニ件目は違法薬物の売買取引。流通経路を探っていたヒーローが二人行方不明。俺達の任務はヒーローの発見、保護。流通経路の確認や取引の阻止は含まれていない」

東京の地名に行方不明になったヒーローの名前と個性と時期、最後の目撃場所。さっと読んで顔を上げる。

『発見保護に向けての具体的な行動は決まってるんですか?』

「可能であれば俺達も潜入するのが一番ではあるが…君の意見も確認してからにする。次に進むぞ」

『わかりました、お願いします』

ページを捲る。

「三件目は未成年を狙った露出狂の捕獲だ」

『、急に毛色が違いません?』

「俺の個性上、通常のヒーローでは対応しづらい案件が回されてきやすいからな」

『……たしかに、以前いただいた資料はこういう系統の事件が多かったかもしれないですね』

「むしろ俺に一件目の事件のようなわかりやすい案件が回ってくるほうが珍しい」

出久が相澤先生はアングラ系ヒーローと言っていて、それにあわせて確認した資料は薬物から始まり拉致、暴力、暴行とあまり表立って報道できないようなものが多かった。

『話を止めてすみませんでした』

「気にするな。…三件目は主な被害者は幼稚園生から中学生ほどまでと男女かかわらず被害に遭ってる。敵の容姿は不明。被害に遭った子供はいずれも気絶した状態で見つかり、誰とあったか、何があったかを覚えていない」

『……………』

事件が発覚したのは付近で子供の失神事件が相次いだからだった。頻発するその事件を警戒した学校と親御によりパトロールと集団下校を実施したところ、標的となってしまった子供の近くにいた子供が事件を目撃し、意識を失わずにいたことで事件が露呈した。

敵はコートを着ていてそれを脱ぐと他になにも身にまとってない。直視した人間はそのまま意識を奪われてしまうそうだ。

『意識がなくなるのが個性なら、たしかに先生じゃないと難しいですね』

「ああ、そういうことだ」

迷い無く頷いた先生に納得はいったけれど問題点もあって、それに気づいているだろう先生は神妙な顔をしてる。

「…まぁその打ち合わせも後でしよう」

『ええ、一度全部目を通しますよね。お願いします』

「……四件目、男子学生への性的暴行事件。こちらは被害者が出なかったために発覚が遅れたが実害は判明している範囲で一年前からだ。下校中の学生が標的にされている。一月に一度ほどのペースで被害が出ていると考えられているが被害者の共通点がわからず解決の見通しがついていない。早急な対応を求められている」

『被害者の年齢的に俺が囮になれる分、他の事件よりは早く解決できそうですね』

ぎゅっと寄った眉根にとりあえずとページをめくった。

『次の事件は…』

「………五件目、集団拉致暴行事件。こちらは先程とはまた内容が別で、突発的に複数名が別の場所へ拉致される」

不機嫌そうな相澤先生の声に続きを読む。三人から六人。顔見知りである場合もあれば知らない人間の場合もあって、それぞれの人間が一斉に一つの場所に閉じ込められ、特定の条件をクリアしなければその部屋から出ることができない。

『これの場合の加害者はその場にいて暴行を働いた人間と、そもそも拉致をした人間で、俺達が捕まえるのは後者ですね?』

「…ああ。前者に関しては拉致をされた組み合わせや状況によっては加害者と判定されていない場合もある。そもそもこの手の事件は被害者が口外しないから発覚も少なく、解決が遅れる。この事件は被害者を探すことも同時に行わないといけない」

『そうですね…。あ、女性のヒーローに香山さん居るんですね』

「あの人の個性は男女ともに制圧に向いているし、人のことをよく見れる。メンタルケアの面も踏まえたらどちらの立場にも寄り添える人間がいたほうがいい」

『それはそうですね』

拉致された場所は一つのグループ単位で考えれば近くにいた者同士が集められたようだけど、わかっている範囲で四組分の事件の被害者たちが最後にいた場所はばらばらで統一性がない。

「警察と協力をするが俺達でも地道な聞き込み作業を行う。…これは時間がかかるだろうな」

『ええ、そうですね…。早く敵を見つけて止めたいところではありますけど…』

組み合わせによっては一緒に閉じ込められた者同士に被害者と加害者はいない。けれど、組み合わせによってだから、もちろん被害者と加害者がいる場合もある。

唐突に閉じ込められたせいで望まない行為を強いられた被害者の情報に視線を一度落として、息を整えてからページを捲った。

『これで最後ですね』

「ああ。六件目、新興カルト系宗教の内情調査。他の案件とは違い、これは潜入調査がメインでまだ表立っていない実害に備えることになる」

最近台頭してきた宗教団体は、実在する人間を神として崇めていてよくある寄付金絡みでの詐欺や虐待による被害の届けはまだ出てはいないらしい。というのも入教した人間は特定の施設内で過ごしており、外界との連絡の一切が立たれているため何も情報が届かないせいで実害があるかは本当に何もわからない。

これがただの考えすぎで済めばいいけれど、実害があってからでは遅いと何かあってもある程度対処のできる先生に依頼が回ってきたそうだ。

「共有は以上だ。資料の読みこみが終わり次第具体的な行動の話に移ろう。何分必要だ」

『三分ください』

「わかった」

頷いた先生が一度部屋を出ていくから資料を最初に戻って読み直していく。被害者と敵と思わしき主要人物たち。事件の日付、場所。それぞれの事件の概要を記憶に入れていく。

こんこんと音がして開かれた扉から戻ってきた先生が現れる。両手に持っていたカップの片方を俺の前に置いてくれたから資料を置いて代わりに持った。

『ありがとうございます』

「情報は確認できたか」

『はい。お時間いただきありがとうございました』

お茶を飲みこんで中身を少し減らしたところでカップを置いた。

先生もまた向かいに腰を下ろして資料に視線を落とす。

「ではここからいくつか具体的な話をしていくが…まずここまでで不明な点はあるか」

『資料の内容に不明な点はありません。気になるところは行動内容の確認の際に擦り合わせられれば充分だと思います』

「わかった。なにか気になることがあればいつでも聞くように」

それでは始めようかと続けられた言葉に資料を確認する。

改めて見るとこんなにも大きめの事件を何件も並行して解決に導くだなんて、教師というだけでやる事も多くて忙しいだろうに先生は休んでいる暇があるのか不思議で仕方ない。

俺にどこまで出来るかはわからないけど、少なくとも四件目では力になれるといいなと思う。

役に立てれば少しは先生の休む時間も出来るかなと先生の声に耳を傾けた。




朝食をともにしてそのままインターンの引き継ぎ、始業時間ぎりぎりにクラスに飛び込めば顔を上げた人使が俺を見て安心したように目元を緩めた。

「おはよう、出留」

『おはよ、人使。…昨日は本当にごめんね』

「いいよ。スッキリした顔してるけど解決した?」

『おう、ばっちりっ』

顔を見合わせて笑ったところでちょうどチャイムが鳴って担任が入ってきた。前を向いて朝のホームルームを済ませて、そのまま午前中は座学が続くから机の中から教材を取り出して準備を済ませた。

隣の人使を見れば同じタイミングで目があって首を傾げられた。

「怪我は平気か?」

『うん。すぐ血も止まったからなんにもなかったよ。気にしないで』

「気にするだろ…あんながっつり顔面に捕縛帯喰らった出留なんて初めて見た」

『わかる。俺が一番びびった。捕縛帯って当たると痛いんだねー』

「ああ、すごく痛いから出留の顔死んだかと思った」

『おう、俺も顔逝ったと思った』

いくらぼーっとしていたとはいえ意識が一瞬で戻ってくるレベルの痛みはもう勘弁してほしい。

『あんな痛いの何回も受けられないし、次からはもっとちゃんと訓練に参加するよ。…人使と一緒に訓練できる時間も限られてるし、俺が人使の時間を奪っちゃうのはもう絶対嫌だからね』

「…俺も出留ともっと訓練したいから…何か困ったことがあったら相談してくれよ、出留」

大切な時間を台無しにしてしまったのに、人使の優しい言葉にいつの間にか緊張していたらしく早まっていた心音が緩やかになっていく。

「そういえば、朝飯いなかったけどどうしたんだ?」

『先生に謝罪しに行ったのと、インターンの情報共有してもらってた』

「っ!インターン…!到頭行くんだな!」

『うん、今日の夜から外行ってくる』

「そうか…!気をつけて!」

『ありがとう』

目を輝かせる人使にまたチャイムが鳴ってしまって会話が途切れた。

座学続きの午前中。最後の四限目は英語だった。朝にも会ったプレゼントマイク先生によって授業が始まる。事前に予習してあるから戸惑うことはなかったけれど、初めて聞く単語を使用した英文たちは一部のクラスメイトが戸惑っていたものの、滞りなく進められて、ひとコマ分終わったところでチャイムが鳴った。

「お、そうだった。緑谷!C'mon ! 」

『あ、はい』

立ち上がって近寄ればにっと笑ったプレゼントマイク先生は教材と一緒に持っていたそれを俺に差し出した。

「今日からインターンだろ?こいつは俺からの差し入れだ!相澤とがんばってこい!」

『あ、ありがとう、ございます…』

「なんかあったらすぐ言えよ!」

ぽんと頭を撫でられる。プレゼントマイク先生は教室を出ていったから見送って、渡されたそれを持って教室に戻った。

昼食を先に広げていた人使は顔を上げて小さく手を振る。

「おかえり」

『ただいま』

隣に座って渡されたそれを開いた。

「プレゼントマイクから?」

『そうだよー』

渡されたのは個別包装の小さな飴やチョコレートをまとめたものだったようで、甘いものを食べて頑張れってことだろう。

『人使にもおすそ分けしとくね』

「ん、さんきゅ」

チョコレートを一つ受け取った人使はサンドイッチを食べすすめてるから、俺も時間がなくなる前にとおにぎりを取り出す。

インターンの情報共有が終わったところで部屋から出た俺にランチッシュが差し出してくれたお弁当というそれに口を開いて、ノリの巻かれた厚みのある正方形を噛み締めれば大きめの具が口の中に入り込んだ。


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