ヒロアカ 第二部
『やっぱりピクニックは夜が良さそうだね』
「出留くん夜ふかしになっちゃいますけど大丈夫なんですか?」
『うん、ピクニック楽しみだから。ヒミコちゃんは?』
「はい!私もすごく楽しみです!」
今日はもとからある場所の一つに黒霧さんに送ってもらって、そこにいたヒミコちゃんと話を煮詰めてく。
大枠はスピナーと決めてあるからそこにヒミコちゃんの考えるものを足していく。花を見たい、遊びたいの言葉にまとめて、並ぶ言葉にんーと視線を落とした。
『夜に花が見れて遊べるとこって山ん中とかくらいしか思い浮かばないや』
「出留くんって都会っ子っぽい雰囲気なのにお外で遊ぶの好きですよね?」
『ちっさい頃から出久と勝己と遊ぶなら外だったからね』
「出久くん!出久くんもお外で遊んでたんですか?!」
『うん。よく三人で木登りとか虫取りとか。近所の子とも山探検して遊んだりしたよ』
「わぁ!楽しそうですね!」
『すごく楽しかったよ!でも出久は虫追いかけるのに夢中になっちゃってよく転んでたなぁ』
「え!出久くんかわいいです!」
話すほどきらきらと輝くヒミコちゃんの瞳に気分がとてもよくなる。いつだかにトゥワイスからヒミコちゃんの好きな人は出久と聞いたときは少し微妙な顔をしてしまったけど、ここまでまっすぐに見つめている姿は可愛らしい。
『ヒミコちゃんが出久のこと好きでいてくれて嬉しいよ』
「はい!トガは出久くん大好きです!でも!それと同じくらい、すぅっごく出留くんのことも大好きです!」
『、』
大きく腕を開いて飛びついてきたヒミコちゃんに目を丸くする。うへへと笑ってるヒミコちゃんにどうしたらいいかわからず、目を泳がせれば顔を上げた先にマグネとコンプレス、トゥワイスがいてにっこりと笑って親指を立てた。
『……ありがと、ヒミコちゃん。兄ちゃんも大好きだよ』
「わぁ!私達両思い!!」
『へへっ、だねぇ』
「最強カップル爆誕ね!」
「カップルとなって感じではなさそうだけど、みんなが仲良しで嬉しいよ」
「お祝いだ!トガちゃん俺のことは遊びだったのか?!今すぐ別れろ!!」
それぞれはしゃいでから一人、スピナーが息を吐く。
「おら、ピクニックのこと、もっとまとめようぜ」
「秀一くん、一番ピクニックを楽しみにしてますよね」
「んなっ!ち、ちげぇし!これはあれだ!お前らに任せてたら話が進まねぇから俺がまとめてんだよ!」
「うふふ、スピナーがいろんなピクニック特集携帯で読みあさってるのアタシ知ってるわよ?」
「は?!なんでだよ!」
「スピナーは携帯いじってるとき背後見てないからなぁ」
「丸見えだぜ!」
「はああああ!!!?」
口を大きく開けたスピナーにみんなが笑顔を浮かべる。腕の中にいるヒミコちゃんも肩を揺らして頬を赤らめながら俺を見上げた。
「ピクニックとっても楽しみですね!」
『うん。みんなで楽しもう』
そのまま膝上に座っておくつもりらしいヒミコちゃんに体を支え直して、左隣にハンカチをかんでるトゥワイス、右隣にスピナーが座った。
コンプレスとマグネは向かいに腰掛けて真ん中のテーブルをみんなで覗き込む。
『弔に声かける前にある程度話固めときたいね』
「死柄木忙しそうだもんな」
「最近倒れるみたいに寝てるし」
「トガも会えてません。寂しいです」
『うん。だからなるべく楽しいの準備済ませちゃいたいんだ』
「ふふ。やさしいわね。でももうほとんど決まってるじゃない」
「ピクニックか森の中なら自然なので弔くんも疲れ取れそうですよね!」
「自然の中で飯っていいよな」
「ご飯っつーかおやつだな!」
『夜だしあんまりガッツリじゃなくてもいいかなって』
「死柄木、焼きマシュマロとか好きそう」
「それキャンプじゃね?」
「またバーベキューセットの出番か!」
「死柄木バーベキュー気に入ってたもんね」
「ええ!しっかりご飯は今度のピザパでしましょ!その頃には弔ちゃんもゆっくり休めて遊べそうでしょうし!」
「タコパ!おこのパ!死柄木何味が好きだろうな!全部やろうぜ!」
「欲張りセットかよ」
「楽しそうだねぇ」
笑うみんなにふわりと気配が増える。トゲトゲとしたそれに視線を上げれば顔に大きな手のひらを貼り付けてる人影がすたすたとこちらに寄ってきて、まっすぐ左手が伸ばされた。
「いけません!」
ぶわっと広がった靄によって手のひらは遮られ、俺の顔に触れることはなかった。
「……とむらくん…?」
「え、」
「死柄木…?」
「と、むらちゃん?」
頭が追いつかなくて、みんなも目を見開いてる。顔につけた大きな手のひらの隙間から食いしばられた口元が見えて、遮るために広がってる黒霧さんの靄から腕を引き抜いた弔は俺を見下ろし、すぐに振り返った。
「黒霧!なんで邪魔した!」
「当たり前でしょう、死柄木弔。貴方は今、出留さんに個性を振るおうとしましたではありませんか」
「し、死柄木…?」
「ど、どうしたんだよ」
「何やってるんだ…?」
思わず立ち上がって止めに入ろうとしてるのは仁と圧紘で、スピナーとヒミコちゃんは困ったように俺達を見比べる。
みんなの困惑顔にか、体の向きを変えた弔がぎろりと俺を睨みつけた。
「出留が悪いんだ!!」
「、死柄木弔、一体なにを言って…」
「出留は!俺の友達なのに!!」
「弔く、」
「俺の友達のくせに!出留は最近全然俺と遊んでくれないし!それなのに他の奴らとは遊んで!今だって俺のこと除け者にしてっ!楽しそうにしやがっていらいらする…っ!!」
怒りのままに言葉を吐き出す弔はぎゅっと顔をしかめて、俺を見下ろした。
「出留なんか嫌いだ!お前なんかもう要らない!!」
弔の言葉に頭が真っ白になる。
「死柄木!」
「うるさい!全員死ね!!」
弔に手を伸ばそうとした仁が振り払われて弔は部屋を出ていく。どんどんと離れていく足音。
何を言われたのか処理できなくて、見えなくなった背中に早く追いかけないといけないのはわかってるのに動き出せない。
「出留!」
「出留くん!」
『っ、あ、え、』
がっと掴まれた肩が揺さぶられる。隣のスピナーが俺を掴んだようで、膝の上のヒミコちやんがなんでか泣きそうな顔で俺を見上げてた。
「いいいいずるくん!すぐに弔ちゃん見つけてくるからね!!」
「おい!仁!行くぞ!てか増えろ!頭数増やせ!」
「がってん!増やすぜ!!とりあえず20くらい荼毘用意するか!」
「とにかく急いで死柄木弔を見つけだしましょう」
四人のやりとりに仁がどろりと複製を生み出す準備をしながら外に出ていこうとするから手を伸ばした。
『…待って』
「、安心してください、出留さん。すぐに死柄木弔を連れてまいりますから、貴方は、」
『――いいです』
「なにを」
なんで自分でもそう言ったのかはわからない。それでも探しに行こうとするみんなを止めて首を横に振り、膝の上で涙をにじませてるヒミコちゃんの頭を撫でておろし、肩に置かれてるスピナーの手を外して立ち上がった。
『………ごめんなさい、今日はもう帰ります』
「出留さ、」
『寮まで…お願いできますか』
脱いでいたパーカーを羽織り直してフードをかぶる。俯けば足元しか見えなくて、みんなの息を呑むような声の後に黒霧さんの靄が広がった。
「…かしこまりました。お気をつけてお帰りください」
『…ありがとうございます』
足を進めようとすれば服が掴まれ引かれた感覚に足を止める。
「出留、本当に帰るのか」
心配そうな圧紘の声にぐっと唇を噛んで、開く。
『……うん』
「い、出留、俺達で死柄木探しとくからよ、みっかったらすぐ連絡するからな」
『…………うん』
続く仁の声にもなんとか返事を絞り出して、服が離された感覚に足を進めた。
「出留!」
『え、』
べしんっと音がして顔面に衝撃。勢いにふらついてしまったのを足を一歩引き、なんとか堪える。
顔を上げれば目を見開いてる人使がいて、少し離れたところで同じように先生が驚いてた。
「い、いずる!」
「大丈夫か」
近寄ってきた人使と先生に辺りを見渡す。どうにもぼんやりしていて記憶がないけれど、どうやら俺は人使との訓練中だったらしい。
『ぼーっとしてた…すみませ…』
しくじったらしいそれに笑おうとしたところでとろりと鼻から液体が流れてくる感覚。すぐに手で押さえ、目をそらした。
「いいいいずる!血が!ほんとごめん!!」
『んーん、平気平気。訓練止めてゴメンな』
「緑谷」
差し出されたタオルに謝ってから受けとり、鼻を押さえる。
「折れている感覚はあるか」
『あー全然。集中してなかった俺が悪いんで、ほんと迷惑かけてすみません。…人使、ちゃんとやれなくてごめん』
顔が痛い。血の味がする。鼻血のせいか、口の中を切ってるのか。どれも正解な気もするし間違ってる気もする。
ぐっと奥歯を噛んで目を瞑って、俯いて顔を隠す。
『血ぃ止まるまで隅っこで見学してます』
「出留…」
「…いや、もう今日はいい」
固い声に顔を上げる。眉根の寄った先生の表情はこわくて、人使が不安そうに視線を揺らした。
「身の入っていない訓練に意味はない。心操にも悪影響だ。今の君はこの場にいる必要がない」
『、』
「不調の原因に思い当たりがあるのなら解決してから参加しろ。一人での解決が難しいのなら人を頼りなさい。落ち着くまでお前の訓練参加は許可しない」
「せ、先生、そんな言い方…」
『………わかりました。すみません』
頭を下げて、荷物を取って、走り出す。
とんっと地を蹴って、ふわりとした感覚。次には部屋の中にいたから鞄を投げ捨ててベッドに倒れ込んだ。
どくどくと心拍と合わせて流れる血。
走ったせいか慣れない個性を使ったせいか、じんわりとした痛みと熱に目の前が歪んで、横を向けば目と鼻から液体が溢れだした。
先生の厳しくて怖い声。人使の心配そうな目。泣きそうな顔をしたみんなに、憎しみの篭った弔の怒り顔。
『もう…なんも、わかんねぇ…』
何も考えたくなくて、膝を折って縮まった。
ふわり、ぎこちなく恐る恐ると、それでも丁寧に髪が撫でられてるその感覚につられて意識が少しずつはっきりとしていく。
何かが焦げてたような臭いがする指先なのに触れるとひんやりと冷たくて、それがとても心地よい。
ゆっくりと目を開ければ視界に入ったのは黒色で、すっかり真っ暗になってる部屋の中、閉め忘れたカーテンから差し込んでる光に微かに照らされてるのはコートらしい。
俺が起きたことに気づかず髪を撫で続けてくれてる手はだんだんと要領を掴んできたのか遠慮がなくなって、指先だけだったのが手のひら全体を使って頭を撫で始めた。
ぼんやりとその心地よさ身を預けていれば、ふと、訓練の最中に抜けたとはいえ、シャワーも浴びずに眠ったから汗まみれで汚れているのを思い出した。
『だび、さん』
「起きたのか」
『おれ、いま…きたないですよ』
「知ってる。顔血と涙まみれできたねぇ」
『あー…訓練終わりなんで汗もやばいです』
「まじか。ばっちすぎだな、お前」
ドン引きしてる声なのに、それでも頭を撫でる手は止まらない。
荼毘さんは一体何を考えてるのかわからない。それでも優しくされるのに悪い気はしないから手のひらを受け入れて、ぼーっとしていればため息が落ちてきた。
「お前、寝てん場合じゃねぇだろ」
『…………』
「このまま死柄木と喧嘩別れすん気か?」
『……………』
「もう死柄木のことはいいのかよ」
『……よく、ない、けど………でも、』
「でもぉ?」
『…弔は、もう俺のことなんか嫌いだから、弔は俺と会いたくないと思うし、』
「はあ?」
心底不思議そうな顔をしたあとに、荼毘さんは横にあるタオルを取ると俺の顔を乱雑に拭う。乾いてるタオルで粗雑に拭われるから肌の擦れる痛みに喉の奥から声が漏れて、何往復かした手がタオルごと顔から離れた。
「だっせぇ。つかしょうもな。女々し」
『え、急に罵倒するじゃないですか』
「意気地ねーこと言ってうじうじしてんのがわりぃーんだ」
べしりと額が叩かれる。じんわりとした痛みに一回目を閉じてから開ければ荼毘さんの瞳が俺を見据えてた。
「アイツは中身が俺達ン中の誰よりもガキだ。友達もいねぇし、人との関わりが一番少ねぇ。つーことは、これが初めてする友達とのケンカだ」
『、初めての…』
「たった一人しかいない友達のお前が自分を抜いて他と楽しそうにしてて、死柄木はどー思ったんだろうな」
『……どう…思った…?』
俺には出久と勝己がいて、それから親友にあの子や空気みたいに一緒にいても気にならないアイツらがいる。学校には人使がいて、気遣ってくれるクラスメイトや最近仲良くしてくれてる轟くん含めA組の子たち、それから見守ってくれる先生たち。
誰も彼も、俺にとっては大切な人たちで、そういえば、俺はどうやって人と仲良くなれるようになったんだろう。
昔は出久と勝己としか一緒に居なくて、保育園に上がったとき、世界は強制的に広げられた。三人で完結していた世界に刈上含めて同い年の子供が混ざって、出久も勝己も俺も、それぞれ別の子とも遊ぶようになって、俺たちはその時、
『……そっか、弔は寂しかったんだ』
するりと出た言葉に目の前が明るくなる。荼毘さんは仕方なさそうに息を吐くと俺の額を二回指先で突いて、立ち上がった。
「ミスターたちが探し回ってるけど見つからねぇらしい。トゥワイスが随時見終わったとこ地図に更新してるからそれ見て探せ」
ふわりと広がった靄。黒霧さんのそれに荼毘さんが向かっていって、勢い良く起き上がって息を吸った。
『荼毘さん!ありがとうございました!!』
「…貴重な俺の時間空けてやったんだ。ピクニック、今更なしは許さねぇぞ」
『はいっ!』
消えた黒色のコートを見送って、俺もこうしてはいられないから立ち上がった。
どんだけひどい顔をしてるからわからないけど乾いて引き攣ってる感覚に血か涙かと顔を洗う。それから訓練のときに来てた服の上にいつものパーカーを羽織って携帯を持つ。
今は、11時。
『黒霧さん!』
「はい、お待ちしておりました。出留さん」
ふわり大きく広がった靄に飛び込む。すぐに開けた視界は外で、車が走る音や人の声が少し離れたところからした。
「出留さん、貴方には貴方と死柄木弔の二人で遊びに行ったところを探していただけると助かります」
『わかりました』
「なにかあればすぐにご連絡ください。転送いたします」
『はい。ありがとうございます』
「…死柄木弔を、よろしくお願いいたします」
『もちろん!』
走り出す。弔がどこに行ったのか、検討もつかないけど。みんなが他の拠点や可能性のある暗がりを一つずつ一日かけて見ていってくれても見つかっていないのなら思いもよらないところにいるのかも知れない。
黒霧さんが送ってくれたのは一番記憶に新しいフラペチーノを飲んだ場所で、当たり前だけど閉店したデパート内にはひと気がほとんどなくて、見回りの警備員に見つからないようフードを深くかぶって足音を立てないよう個性を使って走る。
都度黒霧さんに声をかけるのは時間がかかりすぎるから想像して、移動。二人で深夜徘徊したときに来たアイス屋、ハンバーガー屋。それから昔からよく来てたゲームセンターにカラオケ。どれだけ走っても姿の見えない弔に焦りがうまれる。
『くそ…っ、どこいんだよ』
慣れない転移の個性のせいか心拍が落ち着かず汗が止まらない。それでも袖で拭いながら走って、後はと考える。
弔が行きそうな場所はほとんど回ったはず。一緒に行ったスーパーも見たし、その後に行った公園も居ない。
『はっ、はぁっ』
後はと考えて、視界に入る公園に、もしかしてと携帯を耳にあてた。
「はい、出留さん、いかがなさいましたか」
『あの!転送してほしい場所があって!』
「どちらにでも。座標はわかりますか?」
『座標…』
記憶を探って、近くにあったものを思い出す。携帯で地図を開き位置情報を探って表示された数字を伝えれば目の前に靄が広がった。
「出留さん!」
『ありがとうございます!』
靄を駆け抜ける。出たその先は生憎と見覚えのない場所で、十年以上前じゃ建物は新しいものに変わっていて、それでも道の形はほとんど変わってないから記憶と勘を頼りに走り出した。
あの時の俺達は道端から見える範囲にあった公園に向かって、その公園は砂場とブランコくらいしかない小さな公園だったはずだ。
そしてその公園にはベンチが二つあって、その一つに膝を抱えて座ってる人影を見つけた。
『とむらっ!』
「、」
弾かれたみたいに顔を上げた弔の顔にはあの手のひらはついてない。被ってるフードがずれて、現れた水色の髪。その下の赤色の瞳は俺を見据えるとぎらりと光って細められた。
『弔、』
「来んな、顔見たくない」
『とむら、』
「喋んな、声も聞きたくない」
殺意まじりの空気に心臓が締め付けられるような痛みが襲う。弔もぐっと力が入って、シャツの胸元を右手のひらで強く掴んでいて表情が歪んだ。
「俺はもう出留なんて嫌いだ…っ!」
今にも泣きそうな弔に大きく息を吸った。
『っ、なんて言われたって!俺は!弔のことが好きだ!』
「、」
『俺は!俺は弔が友達じゃなきゃやだ!』
「っ〜!嘘つけ!出留はもう俺のことなんか要らないくせに!俺をはぶいて、だからっ、そんな出留なんか俺から捨ててやるんだ!俺はもうお前と、友達じゃ、な、い」
赤色が滲んでぼろりと光が落ちる。ぼろぼろと溢れ始めたそれに弔自身が一番驚いていて目を丸くすると胸を抑えてた手で顔を拭い始めた。
「なんで、なんで、おれ、」
『……俺はね、弔。弔はすごく大事な友達だよ。……でもね、俺はヒミコちゃんともスピナーとも、トゥワイスもコンプレスもマグネも黒霧さんとも友達だ』
「、」
『みんな、大切な友達なんだ』
「っなんで!」
涙を溢したままの弔は辛そうで、それからまた怒りを滲ませた。
「友達は一人だ!俺がいればいいのになんで他の奴を大切にするんだ!他の奴なんて要らない!」
『…それは違うよ、弔』
はくりと口を動かして、言葉が出てこない弔に一歩ずつ近づいて向かいに立つ。
『弔はみんなのことは嫌い?』
「っ、嫌いだ!みんなが俺から出留をとった!」
『うん』
「出留は俺の友達なのに、あいつらが居るから出留は俺と遊んでくれない、あいつらなんて、もうっ、」
手を伸ばす。握りしめられてる両手を取れば大きく肩が揺れて手を剥がそうと慌てるから目を合わせた。
「ばかっ、あぶな、」
『大丈夫。弔が俺にひどいことするわけ無いもん』
揺れる瞳。強張ってる指先に絡めとるようにしっかり繋いでみれば目元を赤くしてる弔が更に動揺してるから笑いかけた。
『ねぇ弔、知ってる?俺は弔の友達だけど、ヒミコちゃんもスピナーも弔の友達なんだよ』
「、俺の友達は、出留だけで…」
『友達って何人作ってもいいんだ。弔は俺と友達として一緒にいて楽しんでくれてたと思うけど、弔はヒミコちゃんと、スピナーと、みんなといるのは楽しくなかった?』
ぐっと唇が結われて繋いでる手に力が篭もる。赤色の滲んだ瞳がゆっくり上がって俺を見据えた。
「たのし、かった」
『うん。俺も見てて楽しそうだなって思ってたよ。何してたときが楽しかった?』
「………トガは、意味分かんねーくらいすごい明るくて、流行りもんとか好きできらきらした食いもん一緒に食ったりして」
『うん』
「スピナーはマイナーゲームとかすげぇ知ってて、いっぱいゲームしたりとか、たまにみんなに振り回されてるとき面白かったりとか」
ぼろぼろ溢れるそれに右手を離して涙を拭う。
「マグネはうざいけどっ、服の話してると、嬉しそうで、俺の服も、用意したくれたり、とか、トゥワイスは、いつも、うるさいけど、俺の、好きなもの、もってきて、くれて、ミスターは、いつも俺の話、聞いてくれて、」
ずっと鼻をすすった弔に頭を撫でる。
「荼毘は、あんま、来ねぇ、けど、さみしん、ぼ、で、よく横、いると落ち着くし、黒霧、は、口、うるさい、けど、俺が楽しそう、だと、一番、嬉しそうで、」
『うん。弔とみんなは仲良しだよね。…ねぇ、本当にみんなと友達じゃなくなっていいの?』
「っ、だって、俺は、出留と、」
『俺は弔がみんなと友達でも、ずっと弔の友達だ。大丈夫。友達はね、何人居てもいいんだよ』
撫でればぐらぐらと揺れる頭に一度手を止めて背中に回す。とんとんと優しく叩きながら撫でて、理解が追いつかないのか未だ少し泣きながらぽかんとしてる弔に目を合わせた。
『友達ってさ、難しいんだよね。俺達は弔を省いてたんじゃなくて、忙しそうな弔に無理させたくなくて、準備を進めてたんだ』
「準備…?」
『前に話してただろ?ピクニックしよって。本格的な日程とか食べ物とか場所とか考えててさ』
「…………」
『ヒミコちゃんが自然の中なら弔がゆっくり休めそうだよねって』
「え、」
『スピナーが弔は焼きマシュマロ好きそうだって、そうしたらコンプレスも弔がバーベキューハマってたから一緒にやろうかって。ピクニックでゆっくりできれば、きっと弔の疲れも取れるだろうから今度はみんなでパーティーしようってマグネが言ってね、トゥワイスが弔の好きそうな味はなにかなって楽しみにしてたんだ』
「……………」
『ピクニックの形がまとまった頃に黒霧さんに聞いてみたらね、弔が喜ぶだろうからぜひって許可くれてさ。一番スピナーと話し込んで物とか用意してくれてたんだよ』
「黒霧まで…?」
大きくなった赤色の目に涙が止まる。不思議そうな弔の顔に眉尻を下げて、額を寄せる。
『ごめんな、弔。俺、一人は寂しいって知ってたのにさ。ちゃんと弔のこと考えてなかった』
目を開けて、一度離れる。
表情を歪ませてる弔の涙の跡をぬぐった。
『俺、弔とずっと友達でいたい。…だから、お願い。俺を許してくれないかな。これからもずっと一緒にいさせて』
「………………」
丸い目。大きな赤色が滲んで、手が上がって、両手が俺の頬に触れる。押さえるみたいな体制の弔は息を吸って、後ろに仰け反ると、思い切り近づいて額に痛みが走り、目の前に星が舞った。
「いっ…ふざけんなよ、いたいぞ!!」
『まじくそいてぇわ。どうしたよ』
「…仲直りの頭突きだ」
『、』
「拳を交えると友情が深まるってトゥワイスの貸してくれた漫画に書いてあった」
『ええ…?交えてねぇんだけど…?』
「…いいんだ。俺達はこれでいい」
額が赤くなった弔は穏やかに笑っていて、俺も笑う。
『ごめん、弔』
「…俺こそ、崩そうとしてごめん」
『ほんとそれ。驚きすぎて反応できなかった』
「ぽかんとしてたもんな」
『もー勘弁してよね』
「ん、もうしない」
口元を緩めて目を閉じる。こてりと首元に落ちてきた頭に背中へ手を回して、夏とは言えもう秋に向かおうとしているそんな夜の風に冷えたらしい体を包む。
「ちゃんと言ってくれないとやだ」
『うん』
「どんなに疲れてても一緒に話したいし、寝てたら起きる。勝手に帰るな」
『そうだね。俺も最近寝顔しか見れなくて寂しかったし、もっと一緒にいよう』
「ん」
ぐりぐりとパーカーの襟ぐりで顔が拭われて、息を吐いた弔は顔を上げた。
「なら許す」
『ありがとう』
泣いたせいで腫れぼったい赤い目元。俺もおんなじような顔をしてるのかなと思えばなんだか面白くて、いつの間にか乱れてしまってる髪を整えてあげながら目を合わせた。
『ねぇ、弔』
「ん」
『ピクニック行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?』
「…ん、行く」
『良かった。楽しみだね』
「ああ」
柔い笑みにずっと早かった心拍がようやく落ち着く。昔と同じその笑顔に弔も手を伸ばして俺の髪をなでた。少し左右に動かしてたと思うと口角を下げて眉根を寄せる。
「喉渇いた」
『自由人かよ。飲みもん買ってくるよ』
「ん」
手が離れたからいってきますと近くの自販機に向かう。二つ、さっぱり系の炭酸と甘めのミルクが入ったコーヒーを買って、黒霧さんに連絡を入れる。
少ししたらお迎えをお願いしますと添えて携帯をしまい両手に缶を持って戻った。
『どっちがい?』
「あまいやつ」
『じゃあこっちだね』
爪をかけ、プルタブを立ててから渡す。人差し指だけ立てて両手で受け取り、口をつける。俺も開けて炭酸を一気に煽る。喉を通った刺激に息を吐いて、隣に座れば弔がそっと顔を上げた。
「よく、覚えてたな」
『ん?』
「お前はもうここのことなんて忘れてると思ってた」
『え?忘れるわけ無いじゃん』
あの頃と同じように丸い赤色の目。何年経っても変わらない表情に持ってた缶を目元に押し付けた。
「つめてっ」
『腫れるから冷したほうがいいよ』
「出留だって赤いぞ」
『うわ、やっぱり?』
「だっせ」
『ちょ、つめたっ』
同じように顔に缶が押し付けられて冷たさに震えつつ一緒に肩を揺らして笑う。
二人で笑いあって一息ついて、落ち着いたところで同時に立ち上がった。
『みんなのところに帰ろっか』
「ん、一緒に帰ろう」
手を繋いで携帯を取り出す。黒霧さんに現在地を送ればすぐに靄が現れて、二人で歩き出せば視界が開いた。
「弔くんっ!!」
「死柄木!」
「どこにいたんだ!無事か?!」
勢い良く飛び込んできたのはヒミコちゃんで、その隣にはトゥワイスとスピナー。
「ああもう!こんなに冷えちゃって!」
「ほら、お布団被りなさい」
「温かい飲み物もございますよ」
慌てるマグネにコンプレスが薄めの掛けふとんを肩にかけてあげて黒霧さんがそっとカップを差し出す。あっという間にもこもこの見た目になった弔はぱちぱちとまばたきをして、荼毘さんがそっとテーブルに何かを置いた。
「なにこれ」
「食いもん」
「それは見ればわかる…」
「食ってさっさと寝ろ」
「……………」
コンビニスイーツのそれは大きめの箱が袋に包まれたもので10個ほど入ってるそれに弔が口元を緩めてに封を切る。
箱をこちらに向けた。
「出留」
『いいの?』
「知らないのか?こういうのは友達と食うとうまいんだぞ」
満足そうに笑う弔にありがとうと一つ取って、そうすれば弔はすぐにくっついたままのヒミコちゃんに向ける。
「トガ」
「いいんですか?!」
「ん」
「弔くん大好き!ありがとうございます!!」
「スピナー」
「…ん、サンキュ」
「トゥワイス」
「死柄木!俺も大好きだぜ!」
「マグネ」
「ありがとう、弔ちゃん。大好きよ」
「コンプレス」
「うん、ありがとう。これからもよろしくね、死柄木」
「黒霧」
「はい。永劫貴方を支えますよ」
「荼毘」
「やった俺が最後かよ。冷てぇボスだなぁ」
数の少なくなったそれを取ると荼毘さんは目尻を下げて表情を緩めた。
「いただきます」
『「「「「いただきます!」」」」』
頬張ったシュークリームはやわらかくて、中からあふれ出したクリームを一緒に咀嚼して飲み込む。
最後に余ったもう一つを拾い上げた弔はシュークリームを見つめたあとにみんなを見据えた。
「迷惑かけた。…みんな、これからもよろしくな」
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