ヒロアカ 第二部
帰ってくる時間に合わせて用意しておいたそれに轟くんは目を丸くした。
「おぉ…!」
目を輝かせて、しっかり手を合わせていただきますと挨拶をしてから行儀よく箸を取る。
今日はリクエストに答えてざるそばで、温かいものが好きな勝己にはかけそばを用意した。
薬味やとろろ、後は出汁で煮たミニトマトと浅漬けの白菜。時間があったからだし巻き卵と天ぷらもつけておいた。
「冷たいそば…!」
『そろそろ寒くなってきたけど冷たくて良かったの?』
「ああ…!」
ずるずるとそばを食べる轟くんはよっぽどざるそばが好きらしい。時折卵やトマトを食べて表情を緩めていて、勝己も同じように天ぷらを食す。
「天ぷらまで用意しなくて良かったろ」
『そばって言えば天ぷらじゃない?』
「それはそうだけど…」
息を吐いた勝己は口元を拭ってから俺を見る。
「主食にありつけるだけで満足だわ。品数増やすの拘んとキツくなる」
『時間があるときだけだから大丈夫だよ』
「ったく」
勝己の表情に頬を掻けば、ずるずると麺を啜ってた轟くんはお椀にまた新しく麺を入れて啜る。
食事を続ける轟くんは普段からあまり会話がないけれど、いつもどおりの勢いのある食べっぷりに口に合わないわけではなそうで安心する。
次々になくなっていくそばを眺めていれば足音が近づいてきて、あれと声が聞こえた。
「まだ食べてたのか」
『あ、人使お疲れー。自主トレ?』
「ああ」
首にかかったタオルと濡れていて落ちてる前髪。風呂上がりに飲み物でも取りに来たんだろう。
ずるずるとそばをすする轟くんと白菜を咀嚼する勝己を眺めたと思うとさっと腹を押さえ、バツが悪そうにこちらを見た。
「出留、」
『ん、材料ないから同じものでも平気?』
「悪い…」
『すぐ用意するから』
「ありがとう…」
温かいのが好き勝己とおなじものじゃなければめんつゆを器に入れるだけで終わりで、薬味はまだあったから汁を入れた器と箸だけ差し出す。
「いただきます…!」
『うん、どうぞ』
轟くんが近くにあった薬味を真ん中に置き直してくれて、受け取った人使もそばを食べ始める。
「うま…っ」
『よかった』
「心操、卵焼き」
「、いいのか?」
「独り占めしたって仕方ねぇだろ」
「…爆豪、ありがとう」
皿から分けられた卵焼きに人使は口元を緩ませて一つ箸でつまみ上げて口に運ぶ。嬉しそうな表情に轟くんがそばから口を離して、人使を見つめた。
「心操は卵焼き好きなんだな」
「ああ!出留の卵焼きむっちゃくちゃうまいからな…!」
「そうだな」
「出留の卵焼きは塩加減がちょうどよくて、少し半熟なのも最高。毎日食べたい」
「……塩加減…?出留の卵焼きは甘めで美味しいだろ?」
「?」
目を合わせて首を傾げ合う二人に箸を置いた勝己の手が俺のシャツの襟ぐりを掴んだ。
「………出留」
『怒んないでよ』
「どういうことだ?」
『んー、』
言い淀んだ俺に轟くんがぱちぱちと目を瞬いて、首を傾げ、人使はあ、と気づいたように声を零した。
「二つ作ってたのか」
『うん』
「なるほど、だから俺と心操の話が噛み合わねぇんだな」
「俺も次から甘いので平気だ」
『勝己は塩派なんだから気にしなくていいんだよ。そんな手間でもないし』
「焼く時間2倍かかんだろうが」
『誤差みたいなものでしょ』
睨むような勝己の目に笑って髪を撫でて、食べかけだったのを思い出し箸を持つ。
『めんどくさいときは卵焼き作らないから安心して』
「…はぁ。次は俺が作ったる」
『ほんと?勝己の卵焼き好きだから楽しみにしてる』
「………ん」
眉間の皺を押さえた勝己が箸を持って残りのうどんを食べ始める。
人使の心配そうな目と轟くんの不思議そうな目に気にしないでと手を振って食事に戻った。
かなり大量に茹でたそばは、腹が減ってた人使、それから好物だと言ってたとおりすごい勢いで消費した轟くんによってきれいになくなった。
「はー…うまかった…ごちそうさまでしたっ」
「ごちそうさま!」
「ごちそうさま」
天ぷらもトマトもだし巻き卵もすべてなくなったから皿をさっさと重ねて、持ち上げようとすれば三人が先に手に取った。
『休んでていいのに』
「作ってくれたんだから片付けくらい手伝わせてくれ」
「働かざる者食うべからずって姉さんが言ってた」
「休んでろ」
運ばれていく器を見送って、そのまま洗ってくれるつもりなのか水を流す音が聞こえ始めたから諦める。
勝己と人使はやると言ったら譲ってくれないから、仕方なく使ったテーブルを拭くことにした。
消毒し終わった頃に三人が帰ってきて、片付け終わったテーブルを見て勝己は頭を押さえた。
「休めっつったろ」
『んー?やることなくて暇だったんだもん』
「……明日は飯用意すんな」
『ざぁーんねん。仕込んじゃったからちゃんと作るよ??』
「ちっ!」
顔をしかめた勝己に笑ってみれば轟くんはこてりと首を傾げていて、人使は轟くんの様子に息を吐いた。
「轟って末っ子っぽい」
「お?よくわかったな」
「やっぱり」
「??」
次の日も勝己と轟くんは仮免補講で、授業が終わったところで呼ばれた。
微妙な顔をしてる相澤先生に連れられて、来賓室に通されれば中にはオールマイトがいて、その隣にいた上背のあるそれが俺を見据える。
「君が?」
直接顔を合わせたのは初めてだった。向き合ったその人は身長がとても高く、見上げるはめになる。ふわふわと揺れる髭と眉の炎。むっとした表情は気難しそうに見えて、火のない目元にはまってるのは轟くんの片方と同じ色の瞳だった。
『初めまして、緑谷出留です。一時的に轟焦凍くんの食事係を務めてます』
「……、轟炎司だ。…そうか、君が焦凍の世話を…」
『世話っていうほど何かしてるわけじゃありません』
「………………」
「轟くん、良かったら息子さんに会って行くかい?」
「…………」
一瞬目元に力を入れて細めてからふんっと顔を逸した。
「結構だ」
“轟 炎司”と名乗ったその人は誘いを素気無く断って、それをハハハなんて楽しそうにオールマイトは笑った。相澤先生が逃げようとこちらを見てくるから部屋を出たはずなのに、
「……………」
何だこの空気と勝己が睨んでくるから苦笑いを返す。
俺もなんだこれと思ってるし、たぶん同席させられた相澤先生もそう思ってて、ついでに勘弁してほしいとも顔に書いてある相澤先生にも配膳し、轟くんがじっと俺を見た。
「なんでこいつがいるんだ?」
『えっと…時間を合わせて轟くんの顔を見に来てくださったみたいたよ』
「は?」
即効で顔を顰めた轟くんは怪我をしてるようだし補講でみっちり絞られた後で機嫌が悪いんだろう。
「………………」
つられたみたいに表情を険しくさせた轟さんに相澤先生と勝己が勘弁してくれと額を押さえたから轟くんを椅子に誘導させた。
『轟くん、冷めちゃうから早く食べよ?ほら、座って、座って』
「ああ…」
『今日は肉じゃがなんだ。まだ食べてもらったことなかったよね?』
「ん、ない…」
『口に合うといいなぁ』
「出留の飯はどれもうまいから楽しみだ」
寄せてた皺を薄めた轟くんを引いた椅子に座らせて、ささっと勝己も同じように座り、相澤先生も轟さんの分の椅子を引いてから隣に座った。
今のうちにと茶碗には米、お椀には味噌汁をよそって配膳し全員が座った。
「「いただきます」」
「、いただきます」
「……いただこう」
声を揃えた勝己と轟くん、慌てて続いた先生とそれから少しの間を置いて轟さんも口を開く。
「ほう…」
一口、塩肉じゃがに口をつけて目を瞬き口元を緩めた相澤先生に不味くはなかったようでひとまず安心から肩の力が抜けて息を吐いた。
食べなれてる勝己と何度か食べてくれてた轟くんはどれも好きなように取ってもぐもぐと食事を始めていて、轟さんも迷うように近くにあったお椀を取った。
野菜を取ることをメインにしたそれはトマトとオクラが彩る豚汁で、珍しいのか若干怪訝そうに見ながら口をつけ、それから目を瞠られる。
「……………」
そのまま固まった様子に、やらかしたんじゃないかと心臓が音を立てて、冷や汗が流れる。何か言うべきかと口を開こうとしたところで轟くんが動いた。
「出留、おかわりもらってもいいか?」
『あ、うん』
もう食べきったのか無くなってる白米に頷いて茶碗を受けとる。よく食べてくれる轟くんに最初と同じぐらいよそって返して、また黙々と煮物や炒め物に箸を伸ばしていたと思えば不意に顔を上げた。
「食わねぇのか」
「…食べる」
親子としては妙な緊張感と硬さのあるやりとりではあったけど、おかげで近くにある煮物に箸を伸ばして食べ始めてもらえたことに安心する。
いつの間にか止まってた息を吐いて、すっと差し出されたお茶に礼を言って勝己からコップをもらう。一気にお茶を飲み干して、お茶を注ぎ直してからコップを返せば相澤先生が顔を上げた。
「うまいとは聞いていたが、本当に良くできてるな」
『普通ですよ』
先生との会話にぱっと顔を上げた轟くんは口の中のものを急いで咀嚼すると飲み込んだ。
「出留、この肉、俺すごく好きだ。一緒にまた冷たいそばと作ってくれ」
『この間作ったばかりだから少ししたらな』
肉と言いながら指した肉じゃがに笑って頷く。勝己が炒め物を食べて茶碗を空にして横にある炊飯器から米をよそってまた続きを食べる。
いつの間に食べ進めていたらしい先生と轟さんの空になった茶碗に手を差し出す。
『先生、よそいますか?』
「ああ、すまん、頼む」
手を伸ばして受け取った茶碗に白米を入れて返し、それから轟さんにも手を差し出した。
『おかわりはいかがですか?』
「……もらおう」
渡された茶碗には米粒の一つも残っていなくて、綺麗に食べられた茶碗に轟くんと同じだなと茶碗を返す。
この間人使が一緒に飯を食ったときもそうだったけど、今日は成人男性が増えるからと多めに作ったはずの飯はあっさりと空になった。
勝己と轟くん、それから相澤先生は様子を窺うにとても満腹そうで、一人表情の読めない人を見つめる。
『足りてますか?』
「十分だ」
口元を拭ったその人は使い終わった紙を置くとじっと俺を見た。
「…馳走になった。普段焦凍がこんなにうまいものを食わせてもらっているなら謝礼を用意しないといけないな」
『、いえ、大丈夫です』
「クソ親父からでも貰えるものはもらっておけ、出留」
『待って、たぶんこれお願いしたらほんとやばいやつだから。頼むからお父さん止めて??』
「なんでだ?」
さっさと携帯を取り出した轟さんに焦る。しれっとしてる轟くんは助けてはくれなさそうで、視線を向けた勝己と相澤先生は首を横に振った。
「あ、もう晩餐会は終わっちゃったんだね」
「、オールマイト」
勝己が目を瞬く。いつの間にか消えてたはずのオールマイトはすっかり空になってる器によく食べたんだねーと笑っていて、先生と轟くんもそちらに視線を持っていかれる。
轟さんもそちらを気にしたもののすぐに相場はと溢しはじめて、口を開くより早く頷いた轟さんは俺を見据えた。
「とりあえず持っている口座を教えろ」
『ガチでやばい…』
「やべぇな」
『あ、相澤先生…』
「…オールマイトさん、どうにかしてください」
「あはは!まぁまぁみんな落ち着いて。ちなみに、いくら振り込む気なんだい??」
「月五十くらいで足りるか?」
『相澤先生っ!!』
「流石にこれはまずいな…」
どこかずれているトップヒーローたちに良識のある相澤先生がなんとか待ったをかけて、それでも結局口座番号は聞かれたし先払いなんて言って今月の分が振り込まれてた。
思わぬ高額月給アルバイトになった食事補助。振り込まれてるであろう金額が恐ろしくて中々手を付けることはできず、とはいえ使わないのも怪しいかと、今後は通販で食べ物を取り寄せたり外で遊ぶときの軍資金にすることにした。