ヒロアカ 第二部
朝からシャワーを浴びたことで目はすっかり冴えていて、寮に帰ってから息を吐く。
着ていた服は黒霧さんによって洗濯されるそうで、弔の洋服を借りたから汚してしまう前にクローゼットから自分の服を取り出して着替えた。
ポケットに入ってたそれを出して、口元を緩める。
手のひらに収まる大きさのそれは圧紘の煙草の入った箱で、御守りと言われ渡されたそれはたしかに持ってるだけでほっとした。
『………、見つかったらやばいよな、これ』
部屋に隠しておくのが安心だろうけど、手元から離して置いておくのは不安しかない。
手を伸ばして袋に入れて、個性を使う。薄く金属をまとわせて封をして。そうすればメッキ加工したような四角い箱にぱっと見ただけでは中身が煙草とは思われない出来になったからポケットにしまう。
ポケットの上に手を置いて、息をゆっくり吐いたところで携帯が震える。確認した画面にはおはようの文字が並んでいて、少し考えてから窓から飛び出した。
待ち合わせはいつもの場所だからと気ままに歩いて、そうすれば先についてたらしい勝己が顔を上げる。
「あ?」
『ん?』
目が合うなり眉根を寄せられて首を傾げる。じっと俺を見た勝己は不可解そうに眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「随分吹っ切れた面してんじゃねぇか」
『え?そう?』
「少なくとも上鳴たちにお礼押し付けられて困ってんようには見えねぇな」
『あー…、やっぱ話したの勝己だったんだ?』
「デクと二人だ」
持っていた荷物を置いて、目が合うなり足が振り抜かれる。すぐさま右手で流すように受け止めて、次にはその左足が振り下ろされたから退いて避けた。
「誰になに言われた」
『んー、』
突き出される右腕は受け止めればやっぱり振るわれて流れるように足や腕が襲ってくる。個性なしの組手に勝己の動きを目視しながらきっちり対応して、言葉がまとまったところで吐き出す。
『兄さんたちがね、間違ってもいいって』
「…あ?」
『正しい兄になりたくても、いろんな理想があって、人によって正解は違うから、正しい兄になるためにはたくさんいろんなことをして経験したほうがいいって言われた』
「……へぇ?」
『経験して間違ったりして…寄り道してる間は兄さんたちが宝物守ってくれるっていってたから、………俺、もっといろいろしてみようかなって』
「…そうか」
突き出された腕が頬を掠める。思ったよりも早かった動きに、また勝己は育ってたんだろうかと成長に目を瞠る。
勝己はそこで手を止めると息を吐いて、右手をそっと俺の胸に当てた。
「頑張るっつーなら、俺は出留のやりてぇことを応援する」
『ん、ありがとう』
手のひらが離れて、俺の頭に乗せられる。左右に少し動いたと思うと降りて鼻で笑われた。
「あんまバレるような悪さはすんじゃねぇぞ」
『はぁい』
俺の友達のことを知る勝己が、俺が兄と呼べる人物に特定まではできずともあたりをつけないわけがない。
予想できてしまったらしい人物に勝己は呆れたように笑って、背を向けると五歩離れて振り返った。
「おら、続きすんぞ」
『りょーかい』
右手のひらを見せるように構えて、目を細めた。
「…何も気にしなくていい。出留の好きにやれ」
『…ん!』
二人で朝練をして、いい汗をかいたところで寮に戻る。そこそこ人が増えてきた周りにすれ違う顔見知りの人間とは挨拶を交わして、A組の寮前で一度足を止めた。
『今日補講あったよね?』
「あんけど…連日になっちまうぞ」
『うんん。大丈夫。寮で待ってるね』
「…ありがと」
ぽそりと溢れだした言葉のあと、俺に手を伸ばそうとした勝己にあああ!!と大きな声が響いた。
「にいいいちゃあああん!」
凄まじい勢いで飛び出してきた緑色にすぐさま手を広げて受け止める。そのままふわふわした髪を撫でればぱっと顔を上げた。
「おはよ!兄ちゃん!かっちゃん!」
『うん。おはよう、出久』
「ん、はよ」
「もしかして二人で朝練してたの?!いいなー!僕も呼んでほしかった!!」
「あ?やだわ」
「なんでー!」
「んなに混ざりたきゃ連絡入れろや」
「ん!わかった!!」
『ははっ。ちゃんと予定組んで三人で練習しような、出久』
「うん!!」
明るくなった出久の顔色に勝己は仕方なさそうに息を吐く。二人の髪を撫でて出久を下ろした。
『二人とも時間ギリギリじゃない?』
「は!そうだった!」
「…ちっ。おら、てめぇもシャワー浴びんだろ、行くぞデク」
「うん!かっちゃん待ってー!」
一歩離れた勝己に出久がついていって、あっと振り返る。
「兄ちゃん!学校一緒に行こ!」
『もちろん!準備できたら連絡ちょーだいね』
「はーい!」
二人を見送って、支度するために寮に戻る。出てくるときと同じように窓から部屋に戻って荷物を取り、シャワーで汗を流す。
すでに本日二回目の入浴に、夜も入るから今日だけで三回シャワーを浴びる計算になっていて、タバコを吸うと後がめんどくさいなと濡れた髪を乾かした。
「おはよう」
『おはよー』
今日はもうそのまま行こうと荷物を持って食堂で合流する。割と定位置となっている席で人使と朝食を済ませて、一緒に寮を出た。
『A組の寮寄ってもい?』
「ああ、連絡来てた。平気だ。どうせ通り道だし」
『たしかにな。ありがとう』
頷いてくれたから笑う。人使と出久、勝己は仲良くなっていたようでこまめに連絡を取ってるらしい。
「あ、そうだ。今度空中鬼ごっこするときは呼んでくれ」
『この間やったやつ聞いたの?もちろんいいよー』
「次も出留が鬼やるのか?」
『えー?どうだろ。前回もじゃんけんだったしまたじゃんけんで決めるんじゃないかなぁ?』
「えー…鬼になりたくない…」
『鬼も楽しいよ?てか、四人いるならドロケイでもいいかもね』
「っ、ニ対ニだったら絶対出留とチームがいい!」
『うぉっ、急に元気になんね??どした?』
大きな声に驚いて目を瞬く。人使はふわりと笑った。
「相棒の座は譲れないなって思った」
『………大丈夫。俺の相棒は人使だけだよ』
そわりとした腹の奥に思わず目を逸らして歩みを早める。
足が止まっていた人使は数秒の前を置いて駆け足で追いかけてくると俺の横に並んだ。
「い、出留!もう一回言ってくれ!」
『………、本日の相棒出留くんは品切れましたー』
「まだ朝なのに…!在庫少なすぎだろ、出留くん…っ!」
『いやー、部品不足なもんで』
火照った頬に手で風を送って。早足で歩いたからか見えてきたA組の寮の前に、いくつか人影があって首を傾げた。
通路と寮をつなぐ大きな道の中心を少し横に逸れて、そこには見慣れた人影がある。明るい金色の髪は勝己で少し離れたところで呆れた表情を見せてた。やわい髪の黒色は出久でにこにこと威圧感を放っていて、その向かい、随分と低い位置にある黄色に目を瞬いた。
『え』
「…なんで上鳴は土下座してるんだ…?」
「心操、はよ」
「あ、ああ、おはよう…。…あれ、放置してていいのか?」
「彼奴らの問題だからな」
『もしかして喧嘩…?』
「ちげぇから安心しろ。上鳴が一生のお願い使ってんとこだ」
『「一生のお願い?」』
人使と顔を見合わせる。内容を理解してるらしい勝己は助け舟を出す気はないのか息を吐くだけで、出久と上鳴くんの様子に頬を掻いた。
『あー…あれは俺が割り込んで平気なやつ…?』
「デクが不機嫌になんからやめとけ」
『ええ…?まじなんの話してんの…?』
「重要だけど死ぬほどくだらねぇことだからお前は知らねぇほうがいい」
「なんだそれ…?」
勝己はデクがガキすぎて、上鳴が大げさすぎるだけとしらけた表情を浮かべながら大きく口を開いた。
「アホ面!デク!遅刻だけはすんじゃねぇぞ!」
「うええ!?かっちゃん俺を置いてかないでー!!」
「は!兄ちゃんっ!!待たせちゃってごめんね!!」
『あ、えっと…待ってないから大丈夫なんだけど……出久?上鳴くんとなにかあったの?』
「意見の相違!」
『意見の相違…??』
「心操くんもおはよう!待たせてごめんね!」
「え、うん…おはよう…?」
いつも通り元気な出久は心配事があるようには見えないし、怒ってる様子もない。
意見の相違の言葉に内容がさっぱり掴めなくて、首を傾げながら上鳴くんを見れば、足が痺れてしまってるようで仕方なさそうに勝己が手を引っ張って立たせてあげたところだった。
「おら、とっとと歩け」
「お、鬼…!あー!むっちゃ足ビリビリしてる!ほら!見て!子鹿みたいになってるこの足!!」
「はあ。だからやめろっつったろ」
「諦めたくなかったんだもん!」
わちゃわちゃしてる二人は特段怒ってるわけでもなさそうで、視線を向けすぎたのかぱっと顔を上げた上鳴くんが俺を見て目を丸くした。
「あ、」
『えっと…、おはよ?上鳴くん』
「は、はい!おはようございます!」
びしっとさっきまで震えてた足で無理やりまっすぐ立とうとした上鳴くんがふらついて、咄嗟に手を伸ばして支えた。
『大丈夫?』
「すいません、ありがとうございます…」
『ん、気にしないでよ。服汚れてるね』
支えてるのとは逆の右手で、ついてしまってた砂を叩いて落とす。ある程度落ちたところで手を止めてあわあわしてる上鳴くんを見つめた。
『えっと…、出久と喧嘩したの?』
「あ!安心してください!喧嘩はしてないです!」
『そうなんだ…?』
ならば本当に意見の相違というやつなのかもしれない。
近寄ってきた気配に振り返ればにっこりと笑ってる出久が上鳴くんを支えてた俺の左手をするりと撫でるように剥がすと繋いで、ぴっとりと左腕にくっついた。
「上鳴くん…?」
「ひぇっ、かっちゃんんんん!!」
「はぁ〜」
「どうなってるんだ…?」
凄んでる出久に機嫌が悪いわけではなさそうなんだよなと少し不思議に思いつつ髪を撫でて、とろりとした瞳の緑色が俺を見上げたから口元を緩めた。
『…うん。俺はこの出久の笑顔がかわいくて好き』
「んへへ。にぃちゃぁん」
頬を赤らめて微笑む出久に再度髪を撫でて、ちらりと見た向こう側では勝己が人使と何か話していて、人使があーと目を逸らす。勝己の後ろで肩を落とした上鳴くんがなんとなく気になって、出久の額に唇を寄せ、更に蕩けたのを確認してから目を見た。
『ほら、遅刻しちゃうから行こうか』
「うん!」
『勝己、人使、ごめん、お待たせ』
「ん」
「ああ」
『上鳴くん』
「え、」
『せっかくだし、もし良かったら上鳴くんも一緒に行かない?』
「っ!はい!!ぜひ!!」
ぱぁっと明るくなった上鳴くんの表情に、勝己はずっと寄せてた眉根の力を抜いて、人使も良かったなとこぼす。出久はもう周りは気にならないらしく、俺にくっつくのに夢中になってるから頭を撫でながら歩き出した。
「兄ちゃん、次の朝練いつ混ざって平気?」
『もちろんいつでも。出久の好きなときにおいで?』
「ほんと?!じゃあ、えっと…あ!明々後日でもいい?!」
『うん。一緒に訓練しようか。何したい?』
「鬼ごっこ!」
『ははっ。出久は鬼ごっこ好きだなぁ』
「だって兄ちゃんが僕を見ててくれるんだもん!」
『ん?いつだって出久のことを見てるよ?』
「足りないよ!もっと見てほしいんだもん!」
寮生活が始まり俺が倒れて、それからインターンがあって、最近すれ違うことが多いからか出久のかわいい言葉に口元が緩む。
『ずっと一緒だよ、出久』
「はわ…っ。兄ちゃんの微笑みプライスレス…!!」
顔を真っ赤にしてぶわりと涙を溢れさせた出久に苦笑いを浮かべながら涙を拭い頭を撫でる。
『出久〜、これから学校だからな?泣き止もー?』
「んんっ、」
「またやってんのかよ」
「兄ちゃんがかっこよすぎる〜」
「おら、ぶさいく晒してんじゃねぇ」
ポケットからティッシュを出すと出久の顔を拭い始めた。呆れ顔の勝己に人使と上鳴くんは目を合わせるとそれぞれ表情を変える。
勝己と人使と上鳴くんは俺達の様子を確認しつつも三人で話していた間に上鳴くんはだいぶ調子を取り戻したようで、緑谷のあれはブラコンで収まってるの?と目を丸くしてた。
「ん゛〜」
「鼻はてめぇでかめ」
「んー」
新しいティッシュを受け取った出久が鼻をかんで、その間に涙を吸って重くなったティッシュをビニール袋にまとめて、人使が首を傾げる。
「ゴミ袋代わり?用意がいいな」
「クソデクはゴミしか生み出さねぇから常に持ってんだよ」
「なるほど…?」
人使の不思議そうな目に勝己は首を左右に振り、出久を引っぺがすと俺を見た。
「あんま無茶はすんなよ」
『ありがと。大丈夫だよ』
「心操」
「ああ、任せてくれ」
『二人とも俺の知らないところで仲良くなりすぎじゃね??』
目を合わせて頷きあう二人は本当に、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。
人使の頼もしい返事に満足したのか勝己が手を伸ばして俺の頭を撫でた。
「出留、今日の夜また世話になる」
『うん。待ってるね』
「え!かっちゃん今日も補講なの?!」
「あ?なんか文句あんのかよ」
「ないけど!文句は!!ないけどっ!!!」
「あんだよ」
「だってかっちゃんと夜ご飯食べられないんだもん!!それに兄ちゃんのご飯羨ましい!僕も食べたい!!」
「うるせぇわ」
涙は止まったみたいで元気に勝己に訴える出久に、上鳴くんはきょろきょろと俺達を見比べて、あ!と何かを思い出したみたいに大きな声を出した。
「緑谷さん!」
『うん?』
「あの!ごちそうさまでした!!」
『んぇ?なんの話…??』
「この間かっちゃんと轟に作り置いてくれてたお惣菜少し食わせてもらったんですけど、まじうまかったです!」
『ああ…そういうことか…』
「まっじおいしくて!卵とろっとろで味しみてて!最高でした!!」
きらきらしてる目。そういえば初めて弁当を一緒に食べた人使もおんなじように喜んでくれたなと思わず表情が緩んでしまって、口元に手を置いて、目を逸らした。
『口にあったらな良かった。…褒めてくれて、ありがと』
「、」
ひゅっと息を飲み込んだ音がして、視線を戻せばばちりと視線が合った上鳴くんは丸くしていた目を泳がせるとねぇ?!と横を見た。
「かっちゃん!」
「負けんな。その調子だわ」
「ごめんなさい!至近距離のイケメンの照れ顔は破壊力高いです!!」
「わかる」
「ああ!!わかるよね?!心操ならわかってくれると思ったの!!」
「わかるけど俺はそこまで取り乱さないぞ」
会話についていけなくなって目を瞬いていればとんと腕を突かれて、そちらを見る。隣にいたのは勝己で、その反対側に頬を膨らませてる出久がいた。
『どうしたの?』
「デクが今度一緒に飯食いてぇってよ」
「兄ちゃん…駄目…?」
『んん!!もちろんいいに決まってるじゃん!一緒に食べよ!!』
「ほんと!?」
表情を明るくして飛び込んできた出久を抱える。
「じゃあ明々後日!朝も一緒で夜も一緒!いい!!?」
『いーよ!』
「兄ちゃん大好き!!」
『俺も大好きだよ〜!』
くっついてぎゅぎゅうと抱き締めれば出久は嬉しそうに笑って、勝己は俺達の頭を一回ずつ叩くと出久をはがした。
「とりあえずはまず学校だ。勉強に励め、クソナードとブラコン」
『「はぁーい」』
俺の隣には人使が、勝己の隣には上鳴くんが並んで、手を上げた。
『今日も一日がんばってね』
「うん!」
「ん」
「はい!」
三人を見送って隣を見た。
『おまたせ』
「俺達も急ぐか」
『うん。時間かかってごめんね?』
予鈴まであと数分。遅刻ではないけどいつもよりも少し遅い時間に早足で教室に向かう。
「別に平気だけど…明々後日の夜はみんなで食べるのか?」
『うん、たぶん。人使も一緒にどう?』
「それなら準備手伝う」
『え?別にそんな気にしなくていいよ?』
「駄目か?」
『、駄目じゃないけど…』
「なら今後の参考にもなるし、俺も料理覚えたいから一緒に作らせてくれ」
『…そういうことなら、うん』
ヒーローになればひとり暮らしもするだろうし、災害時などある程度の自炊を出来るようにしておかないといけないだろう。
勝己もそういうのを見据えてもともとの素質もあるだろうけど努力の末人並み以上に料理ができるし、勝己の補講が落ち着いたらまた一緒に料理をしてもいいかもしれない。
『勝己も料理好きだからみんなで作っても楽しそうだね』
「爆豪の得意料理ってなんだ?」
『んー、カレーとか麻婆豆腐とか』
「辛いものばっかりだな??」
『あははっ。勝己の好きなものは辛いものだから、自然と作る回数多くなってそうなったみたい』
「なるほど」
教室に入ればほとんどのクラスメイトが中にいて、遅く来た俺達に不思議そうにしつつも挨拶を交わして席についた。
「出留の得意料理は?」
『んー、なんだろう』
和洋中。あまり難しいものは作らないけどある程度有名なものは作ったことがあるし、初めて作るものもレシピさえ確認ができれば失敗はしない。
『卵焼きとか?』
「へー。…そういえば、出留の家の卵焼きは甘い派?しょっぱい派?」
『基本は人使と同じで塩コショウ。たまに具入れたり、砂糖入れたりするかなぁ』
「あ、出留は甘いのもしょっぱいのも食べれるって言ってたもんな」
『うん。どっちも好き』
話しているうちに時間は過ぎていてチャイムが鳴る。響いたそれに担任が入ってきて、みんなおはようの明るい挨拶に今日が始まった。