あんスタ(過去編)


【紅紫一年・初冬】


『お疲れ様です。とても、素晴らしいライブでした』

まるで舞い降りた天使のように微笑んだその人はネクタイを見ると赤色なことから一つ下らしく、差し出された大ぶりの花からはふわりと優しい花の匂いが届いた。

「…楽しんでもらえたのならば僥倖!冥利に尽きるというものです!」

いつも通り、そう、いつもと変わらない笑みと口調を投げかけてみせるとその人は頭を下げて急ぎ足で踵を返す。見送ったあともらった花を抱えてその場を離れる。はやく、一刻も早く、この会場から離れたかった。



顔と名前を知っていただけの5人が五奇人と括られ悪と弾級されはじめたのはまだ記憶の中に新しい。秋にもなっていない頃だったはずだ。一人、二人、無実の罪で処刑され、五人目の処刑が行われたのは今日。恐るべきことに半年足らずでこの戦争は終末をむかえた。

通い慣れた戸を開けると静けさに包まれ差し込む夕日に舞ったほこりが照らされてた。

つい半年前までは、ここには部員が沢山いて笑いともに過ごしていたはずなのにすっかりと静かになってしまったものだ。

扉が閉まる音にふっと体の力が抜ける。ふらふらと足を進め、 部屋の片隅に置かれたソファーに座り込んで目を閉じる。意識を手放す瞬間、小さな音を立てて花束から何か落ちた気がした。





花束をくれた彼を見たのは、記憶が正しければ新入部員歓迎部活見学の時のはず。

アイドル科に入学してくるだけあり整った顔をした彼はそこまで個性のないような、強いて言うならば手入れされて綺麗な黒髪と覗く赤みがかった色の目が印象にあるような気がする、それくらいの生徒だ。

自他ともに認めるたのしいことが好きな私のアンテナに引っかからなかったのはそのせいだろう。

目を覚ますと陽は落ちきって辺りは暗闇に包まれていた。

机の上においたままだった携帯が光を発して短く揺れる。画面を覗きこめばどうやらまだ集まっていないのは私だけらしい。

端末を取り謝罪とすぐに向かう旨を送って立ち上がる。長年いて覚えた壁についてるスイッチを押して電気を付ければぱっと明るくなった。

開いていた窓を閉めて鍵をかけ、テーブルに置いた花束を持ち上げようと視線を落としたところで床にあったカードが目についた。

誰かの落し物というよりは位置的にこの花束についていたカードが落ちたようで、拾い上げる。同時、急かすようにポケットの中で揺れた携帯にカードを同じ場所にいれて花束を抱え部屋を出た。

施錠して走り出す。新月なのか暗く静まり返った廊下に足音だけが響いて不気味に感じ思わず歩調を早める。

階段を駆け下り、校舎を出て、指定された中庭につくとすでに集まっていた四人がこちらを向いた。

「わたる、ちこくはいけませんよ?」

「…お疲れ様、師匠」

こてりと首を傾げた奏汰くんに謝り目元の赤い夏目くんに礼を伝えてから空いている席に座る。隣にいたお人形が彼の手元で揺れた。

[あら、素敵なお花ね♪]

「ライブ後にいただいたのですよ」

ふわりと笑んでるマドモアゼルに対し、持ち主は眉間にシワを寄せてた。

「…その花……、……白なんて縁起でもない。まるで献花のようなのだよ」

「そうですか?それは偏見だと思いますし、そもそも真ん中が紫色ですから白一色ではないですよ?」

「…わかっていないのだね」

揺らした拍子にまた花の匂いが薫って、彼は息を吐いた。

「渉が気に入ってんならいいんじゃねぇの?それよりも集まったんだからさっさとカップ持てよ」

いつの間に用意してくれたのか、私の目の前にも湯気が立ち上るカップが用意されていて促されるままに右手でカップを持つ。

「本当に終わってしまったな」

[哀しいわね]

「はい。これでぜんぶ『おしまい』です」

「これが私達の定めだったのなら仕方ありませんよ」

「…―こんなに納得のいかない最期は初めてダ」

「終わっちまったもんはしょうがねぇよ」

彼は視線を巡らせた後、魔王らしくゆるく口角を上げた。

「終幕に、乾杯」

ほんの少し持ち上げたカップを下ろし、口付ける。ほんのりと甘みのある温かい紅茶は喉を通って、同時に何故か目頭が熱くなった。

「っ、ふぅ」

私よりも先に涙をこぼし始めた一つ年下の彼はカップを置いて涙を拭う。

「よしよし、いいこいいこ」

それを眉尻を下げて頭を撫でやる同輩。

「…………――」

隣は静かに目を瞑り人形を撫でてた。

何故こうなってしまったのか

気づいたら始まってたこのお話は最初からこの終わりしか用意されていなかったのだろう。

「つれぇな」

向かいでぼそりと零された言葉に返事をしようかとも思ったが喉がひきつってうまく声が出ず、唇が震えただけだった。

演者が決められた動き以外をするのは美学に反して、溢れそうな涙を抑えるためにハンカチをポケットから取り出して押さえる。

「…渉、なにか落ちたぞ」

視界の端にでも映ったのか、声をかけられて顔を上げる。落ちたというなら地面なのだろうと目線を下げた。

どこか見覚えのあるカードは先ほど部室で拾ったものでハンカチを取り出した時に一緒にいれていたから落としたのだろう。

身をかがめて手を伸ばし拾い上げた。

手のひらサイズの小さな2つ折りのカード。グリーティングカードの一種であろうそれは何故か表に“皆様へ”と宛名があり、なんの気無しに開いて、そこにあった一文、たった十文字のそれに息を詰めてしまう。

「わたる?」

不審に思ったのか向かいに座る奏汰くんの声が耳に届いてカードを閉じた。

「いかがなさいました?」

光源があっても薄暗いテーブルの上、青色の目がなにかを見極めるように輝いたあとに首を横に振る。

「………いいえ、ぼくの『きのせい』だったみたいです。なんでもありません。」

目線を落としてティーカップに紅茶を注ぐ彼から視線を外しカードの表面をなぞる。

これを差し出してきたあの子がなんの意図を持っていたのか、今測ることは難しい。

ただ、このメッセージを見る限り、そしてあの笑みを見るところ天祥院英智の信者でも、かといって五奇人の味方でもない傍観人なのだろう

だとしても、






私達だけの告別式を終えて夜道を歩く。

時計が真上をさそうとしてる時間に人はおらず、花束を抱えながらゆっくりと歩いた。

正直なところ、明日からの私達がどうなってしまうのか見当もつかない。この状況では明日を夢見ることさえ億劫に思える。

一人は眠りにつき、一人は沈み、一人は壊れてしまい、一人は惨劇を見た。

総じて絶望を覚えたことに違いはなく、彼らが今すぐに輝きを取り戻すのは難しい。今は安寧の地で休息が必要だ。

共に戦い衰弱している彼らへ、皮肉ではあるけど、あのカードに書かれていた言葉をそのまま贈らせてもらおうか。



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