ヒロアカ 第一部


着替えて、パトロールを再開した早々からまずは銀行強盗を確保して、次は酔っ払った勢いで喧嘩を始めたチンピラの制圧。陽も上がってきたしそろそろ終いかなと話してたところで痴話喧嘩の末に個性を使用と刃物を取り出したカップルとその関係者がホテルから出てきた。三人を止めて警察に引き渡したところで、腹が減ったとミルコはようやく足を止めて帰ることになった。

上がりきった太陽にミルコは食える飯を紹介してやると先頭を進んで、入ったラーメン屋は顔見知りなのか店主と気軽な挨拶を交わすと注文もせずに席に座った。

『朝から麺って元気ですね』

「朝に食ってもうまいんだよ!てか若いんだからじーさんみたいなこと言うな!」

『若さと好みは比例しないと思いますよ?』

「まあな。つーか徹夜明けなんだし夜食ってねーんだから腹減ってんだろ?」

『ええ、むっちゃ』

「だよな!」

わははと笑うミルコとの会話は運ばれてきた料理によって中断される。大きめの丼の中には麺と肉とねぎが乗っていて、蒸気と一緒に濃い醤油と辛味の匂いが届いた。

「これこれ!よくかき混ぜて食えよ!」

『いただきます』

手を合わせて、そういえばと携帯を取り出し麺を啜り始めてるミルコに向ける。問うよりも早くカメラ目線でポーズを決めたからさっさとシャッターを切って箸を持った。

「アタシのオフショとか喜ぶタイプだったのか?」

『弟がヒーロー好きなもので。ありがとうございました』

「おうよ」

頬を膨らませてもぐもぐ食べる様子を確認しながら俺も目をつまんで運び入れた。

『うまい』

「だろ!」

担々麺は程よい辛さでこれは勝己だと物足りないかもしれないけど、気に入る味だ。出久にはちょっと辛すぎるかもしれないけどと半分食べたところで水を飲んで添えてあった温泉卵を割った。

担々麺を食べ終えてところでミルコは家に向かうというから歩き出す。

帰路の途中、おすすめだと渡されたお菓子をかじって、同じように食べてたミルコがなんの気なしに口を開いた。

「そういや、お前イレイザーの隠し子なんだって?」

『…どっからそんな話きたんですか』

「え?有名な話だぞ?」

『むしろどこ見てそうだと??』

「なんだ!ちげぇのか!?」

『違いますね』

「お前あのイレイザーヘッドの隠し子とか秘蔵っ子とか色々言われてんぞ」

『……はあ。それ練習見てもらってるからとかそういうことですよね』

「そうそ。あの職場体験でイレイザーが弟子取るなんてなかったし」

『俺は同級生のついでにお世話になっただけですよ』

「聞けば仮免試験もイレイザーが代表引率だったって言うし、インターンの申し込みん時にもくっそ圧かけてきてやばかったし」

『、圧?』

「おー。事細かに内容聞いてきて安全性の保証確約とかまじめんどくさかった。あんな開眼してるイレイザー仕事中以外に見たことなかったってーの」

けらけら笑うミルコに目を見開いたまま固まってしまう。

言葉が出てこない俺に気づかないミルコの話は止まらない。

「イレイザーは昔から自分の生徒好きだったけど、お前のことは特に目ぇかけてるから、昨日通話したときのミッドナイトも笑ってたわ」

『そ、ですか…』

「そんなんだから周りも流石にさぁ。隠し子疑惑も出んだろ?」

『……そ、ですね』

顔を逸らせばミルコが首を傾げた。

「なんだ?どした?」

『…いえ、なんも。……というか事務所戻ったら次の活動は何時からですか?』

「んー、仮眠してまた夕方くらいから動くかなぁ。要請が来たら行くぞ!」

『わかりました』

事務所兼家屋と言っていた建物にたどり着いて中に入る。さっき着替えるために軽く中の案内をされただけのそこでミルコは台所、風呂、便所!以上!とまた同じことを言って風呂場に向かっていった。

『自由すぎんだよなぁ』

最低限の案内の後の放置に息を吐く。

ミルコの入浴が終わったら俺もシャワーを借りて、それからゆっくりすればいいだろうか。

足を進めようとしたところでどたばたと音が聞こえてしまったばかりの扉が開いた。

「緑!昼飯は台所にあるもん好きに食っていいぞ!」

『わかりましたけど…ミルコさんは?』

「つくんのめんどい!にんじんかじる!」

『そうですか…』

じゃ!半裸で出てきて戻っていったミルコにマジ自由人じゃんと深いため息をついた。





「お、出留だ」

聞こえた声が真横からだったから顔を上げた。覗き込んできてる轟に眉根を寄せて押し返す。

「ちけぇ!」

「そうか、わりぃ」

さして悪びれた素振りもなく離れた轟に鼻を鳴らして画面に視線を戻す。広島のローカルTVのニュース。ミルコによる活躍と合わせてサイドキックと紹介されている真っ黒な青年がいて、長袖長ズボンの真っ黒な飾り気のないつなぎと相反して晒された赤色の瞳と整った横顔にすぐさま動画を保存してデクに送りつけた。

「インターン初日から三件も解決って、出留すげぇな」

「寝てねぇじゃねぇか、くそが」

舌打ちをこぼすと轟は確かになと頷く。どれもこれも昨日あちらについてから朝方にかけての報道で、これが事実なら一夜ずっとパトロールと制圧にあたってたことになる。

眉根を寄せながらこの会話が始まってからずっとこちらをちらちらとバックミラー越しに伺ってくる運転手を睨みつけた。

「ミルコんとこに行くにあたってきっちり出留の健康損なわねぇように言わんかったのかよ」

「…勤務時間に関しては八時間と設けてある」

「ちっ。十八歳未満の二十二時以降勤務は法律で禁止のくせに、なんでヒーローは免除されとんだくそが」

目を合わせない先生に舌打ちを溢してまた画面を確認する。他の局やネットニュースでもちらほら載せられてる勤務中の姿を片っ端からデクに送ってく。

「出留の記事たくさんあるな」

「初日から働かせすぎだわ」

「俺もその記事読みてぇ。URLくれ」

「調べりゃあ出てくんだろ」

仕方なく共有してやれば短い振動のあとに轟は携帯を取り出す。少し操作をしながらゆっくりと視線を動かし始めた。

「“大活躍 ミルコの新サイドキック” “新ヒーロー爆誕 宵闇のイケメン” “ミルコとサイドキックによる深夜の大捕物”…出留人気だな」

「はしゃぎすぎて内容がわからねぇ。記者失格だ」

ミルコに褒めちぎられ頭を撫でわされていたり、一緒に戦ったり、確保したり。どれにしても写真映りのいい出留は人目を引くのに使いやすかったんだろう。

そもそもミルコといえばソロヒーローとして活躍してることで有名で、後進育成をするのも稀だ。そんなミルコが連れ回している時点で話題性が高い。

撮れ高目的だろう、ミルコと同じフレームにはまってるそれらに息を吐きつつ、ニュースにつけられたコメントを見て目を細め、ニュースを閉じた。

外を見ればいつの間にか補講の開催される会場で、ちょうどよく止まった車の扉に手をかける。

「おら、さっさと行くぞ」

「お、もうついたのか。待ってくれ爆豪」

反対側から扉を開けた轟に運転手も降りて、すでに来たことのある会場だったから、まっすぐ歩く。

駆け寄るようにしてくっついてきた轟を越して、向こうを見れば先生は何を考えているのかよくわからない目をしていて、すぐ視線を逸した。

数回目の補講は今日はライオンヒーローによる猛攻を防ぐもので、終わる頃には俺も轟も、喧しい夜嵐や現見でさえぼろぼろで言葉数が少なくなってた。

ふらふらとまでは行かずとも行き道よりもゆっくりと車に戻って、先生も同じように運転席に乗り込んだ。

走り出した車は行きと同様安全運転で帰るらしい。急発進や急停車のない車に隣の轟は瞼をおろして、こちらに寄りかかってくる。

右肩に掛かった重みに舌打ちを溢して、窓の外を見る。外にある電光板は雄英までまだ少し距離がある場所を示していて、携帯を取り出した。

補講中に届いていたメッセージ。

デクからはインターンが決まったとの連絡。その前には出留からも連絡が来ていて、朝飯とついたメッセージと共に送られてきた写真は麺をすすりながらピースをしてるミルコで、昼飯との連絡の写真には目を輝かせて勢い良く米をかきこんでるミルコが映ってた。

思わず笑みがこぼれる。

「楽しそうだな、爆豪」

「あ?」

視線を上げる。前を見ている先生はまたバックミラーで俺を見ていたのかもしれない。

「何かいい知らせでもあったのか」

「…あー……デクがインターン決まったってよ」

「…サーナイトアイの事務所だな」

「ああ」

「幼馴染のインターン、決まって良かったな、爆豪」

「あ?別にどうでもいいわ」

「…昨日のやりとりといい、君たちはお互いのこと干渉してるじゃないか」

「はぁ?彼奴のインターンが決まろうが決まんなかろうが俺には関係ーねぇわ」

目を丸くした先生に、当たり前のことを言われたって鼻で笑うしかない。

「あくまでも俺は俺で、デクはデクだ。俺達は干渉してんじゃなくて近すぎて幅が狭ぇ一本道で横に歩いたらぶつかんから、その道を奪い合ってんだよ」

「………仲良く走る気はないのか?」

「俺がなんのはトップヒーロー。必要なもんは完膚なき勝利。……手ぇ取り合ってみんな仲良く一等賞なんて、俺は望んでねぇ」

「…緑谷は競争相手だと」

「ったりめーだ。昔からあのクソナードは人の後ろちょろちょろついて回ってきて、そのくせ本気で追い抜こうとしてきやがる。昔から彼奴は、俺の、敵だ」

「はぁ。まったく。…お前は生きづらそうだね」

「はっ!今更辛かねぇわ!」

「…あまり、無理をするなよ」

「は〜?誰に言ってんだ」

けっと思わず出てしまった言葉に先生は悩ましげなままで、迷うように口を開いた。

「幼馴染が敵なら、彼奴の兄はお前にとってのなんなんだ?」

「……やけに、探ってくんじゃねぇか」

目を細めた俺に先生は前を見たまま。そもそも運転中に後ろを見るのは危険行為以外の何物でもないし後ろを見てたほうが人としてまずい。

視線を外に向けて、日が落ち始めてしまった外によって暗くなった外のせいで窓ガラスには自分しか映らない。

すぴすぴと穏やかに右肩に頭を乗せて眠る轟はまだ目を覚ます気配がないから、口を開いた。

「出留、インターン先でミルコとそこそこよくやってるみてぇだ」

「、そうか」

「担々麺うまそうだったけど広島は行きづれぇ…」

そこそこ辛かったけどおいしかったから今度みんなで食べようねーなんて、あっさりとした言葉に是と返事を入れて携帯をしまう。

「昼飯もミルコは気に入ってたみてーだけど…あんま料理させんとこだわり始めんから程々にさせねぇと…」

わざと溢せば先生はきゅっと眉根を寄せていて、わかりやすい表情はさっきまでと随分と違う。こんなにわかりやすくていいのかと思いながら、目を逸らした。

「出留は、俺だ」

「、」

「俺は、出留」

「なんの話を…」

「俺達は三人で一つ」

「………それは、緑谷も言っていたな。だがあの二人は血縁で、双子だから、そう言うのもわかる…なぜ、君まで一緒なんだ?」

いつの間にか雄英の敷地内にいたらしい。車は止まっているけど、隣の轟を起こすのは面倒だった。

「…昔から、俺と出留とデクは一つ。…それにアンタが求めてるような訳も、納得のいく理由も、そんなもん一切存在しねぇ」

息を吐く。

「俺が俺である限り、出留は出留でいられる。俺が一番であれば、出留は一番にはならない。俺が息をしやすい場所は、出留の生きやすい場所だ」

「……たしかに…俺には理解ができなそうだ」

「だろうよ。…理解するフリも、理解しようと深入りされることも、俺達にとっては不快だからな」

「ば、」

手を伸ばして右肩に乗ってるそれを押し返す。勢いが良かったからか窓ガラスに頭をぶつけた轟はうめいて目を開いた。

「って…」

「よだれ垂らすんじゃねぇ!きたねぇな!ついたから起きろ!」

「ん、おう…そうか、すまねぇ…爆豪」

口元を拭って寝ぼけ眼を擦る轟にシートベルトを外して、轟が先にフラフラと立ち上がって車を降りた。

残った俺に先生は振り向いて、ばちりと目があった。

「爆豪、君たちは、」

「俺がアンタを先生と慕ってるように、出留もアンタを頼ってた」

「、」

「先に手ぇ離したくせに、今更惜しそうにすんじゃねぇ。今のアンタにその権利はねぇんだよ」

こんこんと窓ガラスが叩かれる。顔を上げればぱちぱちと不思議そうに目を瞬いてる轟がいた。

「降りねぇのか?」

「今降りんだよ!!」

扉をあけて、しめる。

「腹減ったな」

「先に風呂だ」

「確かに。今日汚れたしそのほうがいいな」

後ろから扉が開いて閉まる音が聞こえた。

出留が帰ってくるのは明日の夜。昨日はデクが余計なことを言ったらしいけど、明日は日曜日で朝から心操が先生と特訓というからもう一発くらい入れられるはずだ。

俺たちの兄を奪っておいて不安にさせたんだ。

先生はそろそろ、どれだけめんどくさいもんを拾い上げて抱え込んだのか、自覚したほうがいい。

猶予はあと一日。

それが、先生のためだ。



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