ヒロアカ 第一部
帰る前に話があるからと呼び出されたのは朝も待ち合わせた会場の外で、仕方なく足を運べば先生はもうそこにいた。
『お待たせしました』
「待っていないから気にするな」
予想していた言葉にそうですかと溢して唇を結ぶ。先生はじっと俺を見て、それから手元に目を逸らした。
「結果はどうだった」
『担任から聞いてるんじゃないですか』
「聞いていない」
『そうですか』
鞄から貰ったばかりのファイルを差し出す。受け取ったそれを先生は開いて、目を丸くすると口元を緩めた。
「最高得点じゃないか、流石だな」
『、……採点が甘かったんじゃないで、』
「本当にすごい、素晴らしいな、君は」
喜びの滲む目元。ファイルを持っていない方の右手が伸びてきて、頭に乗せられた。
「本当に…期待以上だ。あの時君を見つけられて良かった…っ。よく頑張ったな、緑谷」
『、』
ぐらり、視界が歪む。
視線を落として目を瞑る。
「昨日は君を信じきれなくてすまなかった。君がこんなにもできる子だというのを俺がわかってなかったな。…応えてくれてありがとう、緑谷」
気持ち悪さと高揚感。何故かこみ上げてきた熱を堪えるように眉間に力を入れて唇を噛む。
熱が引くまで堪えて、鼻がツンとしたから口を開いて呼吸をした。
離れていく手のひらを目で追って、その先にいる先生の丸くなった瞳と視線がかち合う。
「み、」
『先…帰ります』
「ま、緑谷っ!」
顔を下げて走り出す。後ろから足音がついてくるから追いつかれないよう視界から外れて、強く、イメージ。
ぱっと変わった視界は思ったよりも地上より離れていたけど空気を蹴って着地して、そのまままっすぐ雄英に入りこんで部屋に逃げ込んだ。
鍵を締めてベッドに飛び込む。そのまま布団をかぶって蹲り、目を閉じた。
目を開くとあたりは真っ暗で少し暑く、息苦しかった。
乗せていた布団をずらして起き上がると窓から射し込む太陽光は見当たらず、ベッドから降りる。部屋に入ったとき投げ捨てた鞄から携帯を取り出せば時間はすっかり夜遅く、食堂も終わった時刻を指してる。
朝飯は抜いて、昼は試験中の軽食だけ、夜は寝過ごして食べ損ねてる。それでも空腹を訴えない体に息を吐いて、着たままだった制服から室内着に着替えた。
ベッドに座り、仰向けに倒れる。
『さいあく…』
背はまだじんわりと痛んでる気がするし、頭の上にはぎこちなくも優しく撫でてくる手が乗ってる気がする。
思い出せば目の奥が熱くなって、鼻を啜る。
落ち着くために目を閉じて息を吐いていれば微かな足音がしてこんこんと控えめに扉が叩かれた。
起きていれば聞こえるし、眠っていれば聞こえない程度のそれがもう一度聞こえたところで仕方なく起き上がり扉を開ける。
『あれ?どうしたんですか?』
「あ、起きてたのね!よかった〜!……えっと、夜遅くにごめんなさいね?」
目の前にいたのは担任で喜びをあらわにした後、両手を合わせて謝る。
『いえいえ、えっと、どうしました?』
「実は貴方にお願いがあって、ついてきてくれないかしら?」
『はあ』
何も要らないからと言われて手ぶらで部屋を出る。他の生徒が寝ている可能性もあるからか足早に騒ぐことなく寮を出て、担任はまっすぐ雄英の敷地を歩いてた。
「本当にごめんなさい。たぶん貴方にしか止められないと思うの」
『?』
説明もそこそこに進む。向かっているのは他寮でも校舎でもなく、敷地の一つである市街演習場だった。
破壊音が響いていて首を傾げながら歩き、そこにオールマイト、相澤先生がいて、その先には緑色の閃光と爆発音が目まぐるしく動き回ってた。
『どういう??』
「ごめんなさい、私達でなんとかしようと思ったんだけど止まらなくて…」
「個性を消せば殴り合いの喧嘩、消さなくてもこの有様だ」
「緑谷青年、止められるかい?」
『…やってみます』
ばちばち、ばきばき。いろんな音を響かせる二人は俺が来たことに気づいていないらしい。
困り顔の担任とオールマイト、どこか眠たそうな相澤先生。
『出久、勝己』
名前を呼ぶけど二人は止まらない。
『…出久、勝己。二人とも、今すぐ喧嘩やめろ』
少し強めに言っても聞こえてないらしい。
急に、今更仮免許試験の疲れが来たのか体が重くなって、目元を擦る。それからその指を首に持っていく。がりがりと首を掻いて息を吐いた。
『ちっ』
「「え、」」
担任とオールマイトから戸惑うような声が聞こえた気がした。
そのまま二人を見据えてもう一度息を吐き、眉根を寄せる。
『喧嘩すんのは勝手だけど俺が止めたらやめろって言ってんよな、てめぇら。んなに遊び足りねぇなら俺が相手してやろうか?』
「「、」」
ぴたっと止まった二人。空中にいた状態から止まったものだから落ちて着地に失敗した出久はびたんと変な音をたてて、慌てて起き上がった。
『俺、お前らの名前呼んだよな?』
「にににににいちゃん」
『喧嘩やめろって言ったんだけど??』
「い、出留」
『いつまで喧嘩してんだ?あ?』
「「ご、ごめ、」」
『俺より先に迷惑かけてて謝んなきゃいけねぇ人がいんだろ』
「「先生ごめんなさい!」」
「え、」
揃って腰を折り頭を下げた二人に教師陣は戸惑い、俺の方を見る。二人も俺を窺うから首筋にやってる指が皮膚を掻いた。
『つうかお前らなんでこんな時間にこんなところで喧嘩してんの?』
「そ、それは、」
「、俺が、呼び出して」
『はあ?呼び出してまで夜中にやることかよ』
「ごめ、」
『出久もほいほいついてくなって言ってんよな』
「で、でも、」
『でももだっても使うなっていつも言ってんだろ。今更何言ったってやったことに変わりねぇんだよ』
「ん、ひっく…」
『俺が居るところじゃなきゃデカイ喧嘩は禁止って約束だよな?なんでお前らここにいんの?約束も守れねぇんか?』
「「ご、ごめんなさい」」
謝る出久と勝己は約束を破った自覚はあるんだろう。けれど反省してはいなそうなその目に指は止まらないし、体温は上がって仕方ない。
『喧嘩は人にばれねぇようにやれって言ってんだろ。なんでこんな目立つとこで喧嘩してんだよ。不法侵入も犯罪だって教えてんよな』
「っ、う」
「み、緑谷青年、あの、」
『今喋ってるんで少し待っててください』
「あ、はい」
『俺はお前らがヒーローになりてぇっていうから世間の基準に合わせたことを教えてんだよ』
二人の小さな頭を眺める。
『喧嘩も不法侵入も両方犯罪なんだよ。お前ら前科持ちで公務員なろうとか、ヒーローなめてんの?んな簡単じゃねぇわ』
「っ、ぐむ」
涙を堪らえようと肩を震わせてる二人。
『その程度のこともわからなくて自分の感情を制限もできねぇ人間がヒーローになれるわけがねぇだろ。いつまでも甘えたことしか考えてねぇなら今すぐ、』
がりっと爪が深く首を抉ったところで誰かが俺の手を掴んだ。
「それ以上は痕が残るぞ」
掴まれた手を見れば爪が少し赤くなっていて大方首を掻きすぎて血が出たんだろう。
いつの間にか正座して泣いてる二人と、心配そうに見てる担任とオールマイト。俺の腕を掴んだまま離さない相澤先生に視線を落として、息を吐いた。
『…わかり、ました』
やっと離れていった手に息をまた吐いて首を横に振る。
上がった血の気を抑えて、言葉を飲み込んで、それから顔を上げた。
『はぁ…悪かった。……おいで、出久、勝己』
「にいちゃぁああああん、っごめんなさああああああっ」
腕を広げれば即座に飛び込んできて、ひっついた出久が腕と足を使ってフルに抱きつくから背に腕を回して支える。その後にくんっと力なく掴まれた肘のあたりの布に目を向けた。
「っひっく、いずる、ごめ、んなさい」
『ん。ちゃんと謝れて偉いなぁ、二人とも。兄ちゃんも言い過ぎた。ごめんな』
ギャン泣きの出久とえぐえぐとしゃっくり混じりに嗚咽をあげる勝己。
ぽかんとしてる先生たちは放置して出久と勝己を宥めることにした。出久が俺の胸元に顔を埋めて、勝己は腕のところに額を寄せてくっつく。
「ぅぇ、ごめ、なさい」
「ごめんなさいいいいい」
『はいはい。もう兄ちゃん怒ってねぇし謝んなくていいから、ほら、ヒーローになる奴らが泣くなよ』
「あああああにいちゃあああああああ」
二人を宥めているうちに驚きから返ってきたらしい先生がそわそわとして、しばらくしても泣きやまない二人の特に大声を上げて泣きじゃくる出久を見て担任が心配そうに首を傾げた。
「大丈夫?」
『はい。多分そろそろ落ちると思うんで』
「落ちる?」
「にぃちゃああああ、」
大声を上げて泣いていた出久は、糸がぷつりと切れたように力が抜けてすぐに腕に力を入れる。
一気に静かになって勝己の鼻を啜る音としゃっくりだけが響いた。
「え、緑谷少年?」
「…………寝たのか?」
『はい』
体液でぐちゃぐちゃの出久の顔は後で拭ってやればいいだろう。ぴったりとくっついてた勝己が少しだけ離れた。
「いず、る」
『ん、もう平気だな』
「んっ」
まだ多少涙がこぼれてるものの嗚咽は流石に収まった勝己が真っ赤な目元を手で擦る。
「あ、えっと、緑谷くんは大丈夫なの?」
『ええ。体力の限界まで遊んだり泣いたりするんですよ、出久』
「小さい子みたいなものね…」
担任の物言いたげな笑い顔に頷く。それから眠ってしまった出久を抱え直すため腕に力を入れた。
昔とは違い大きくなった体とつけた筋肉による重みで腕が死にそうになってるけどこのぐらいは許容範囲だろう。
『二人は自室に運んだほうがいいですか?』
「…可能ならそのまま君の部屋の方がいい」
『わかりました。明日は何時に起こせばいいですか?話しますよね?』
「朝飯が済んでからで問題ない。食い終わったら寮監に連絡でも入れてくれ」
『はい』
それなら明日は普通に起きれば大丈夫かとタイムスケジュールを作って心中で息を吐く。
視線を落として隣を確認する。
『勝己、歩けるか?』
「んっ」
『いい子だな。一緒に帰ろうか。着替えは俺の服で平気?』
「ぅん」
『手当てもしないとな』
掴む場所を俺の服の肘の部分から裾に変えたのを見てそのままゆっくり歩き始める。腕の中の出久を落とさないよう時折抱え直して、勝己を置いていかないよう気をつけながら足を進める。
後ろからは先生たちがついてきて、あのっとオールマイトが恐る恐る手を上げた。
「私、今話しかけても大丈夫?」
『ええ、もちろんですよ。なんでそんなかしこまってるんですか??』
「いやぁ、ちょっと、」
目を逸らされて首を傾げる。先生も担任も何か察したような顔をしていて、オールマイトはあのね、と怯えながら口を開いた。
「二人を止めてくれてありがとう。……けど、ごめんね、今回の原因、私なんだ」
『へー、そうだったんですか』
「え、軽い!なんで?!」
『原因がなんであろうと、夜中にわざわざ抜け出して個性を使って喧嘩していい理由にはなりませんよ』
「正論!痛いほど正論!!」
『そもそも、その原因が貴方だったとして、“今” “この場” で “俺に” その内容を詳細まで教えられるもんでもないんでしょう?』
「、」
『はーあ。師弟揃ってまったく…』
目を見開いて固まったオールマイトを無視して歩き続ける。腕の中ですやすやと眠る出久といい、オールマイトといい、秘密があるのなら誰にもバレないようにするべきだろう。
『俺は貴方と出久の関係は詮索しないんで説明の強要もしませんよ。出久が幸せであれば、他はどうでもいい』
「……そ、そう、なんだね」
オールマイトが硬直から戻ってきて表情を歪める。少し前に個性について聞かれたときと同じような神妙な空気に先生と担任は俺達を見つめていて、勝己が鼻を啜る音だけが響く。
勝己が出久とオールマイトの何を知っているのか、勝己がここまで突拍子もない行動を取ったというのなら、かなり衝撃的な真実なんだろう。
目元を真っ赤にしてる勝己に、息を吐いて一度歩みを止める。
振り返って、オールマイトを見据えた。
『俺は貴方のことに興味はないです』
「え、うん」
『でも、俺は、出久と勝己の幸せには命を懸けられる』
「、」
『出久と勝己の幸せに貴方が必要なら、貴方にも幸せであってほしいし、健やかに過ごしていてほしい』
「……………」
『だから貴方が話したくないことを無理やり聞くつもりはありませんが…』
勝己は止まったときからぴったりとくっついていて、真っ赤な目でこちらを見てる。先生たちも固まってるから気にせずに口を開いた。
『あんまりうちの子を泣かせる原因になるなら、始末しますから、そのつもりで今後はよろしくお願いします』
「………なんでそんな物騒なの?!」
『何を今更…?まあ今回は貴方のせいで喧嘩が起きたらしいですけど、貴方のおかげで一段落ついたようですし、今日のところは仕方ないから見逃してあげます』
「こわい!この子怖いよ相澤くん!」
「元からそうですよ」
「んんっ!!こっちの師弟コンビもなかなかだよ!」
「今更ですよ、オールマイト」
「そんな…」
涙目になったオールマイトに先生は息を吐いて、担任は苦笑いを浮かべる。
視線を落として涙がやっと止んだ勝己に笑いかけた。
『よかったな、勝己』
「んっ」
「?」
オールマイトが不思議そうに口を開こうとするから行こうかと一緒に歩き出す。
報告があるからと途中で別れたオールマイトと担任に、見送るためか相澤先生が少しだけ離れてついてきて、寮にたどり着く。
出久を抱えるため両腕が塞がってる俺と、くっついていて離れそうにない勝己に、扉を代わりに開けてもらって中に入る。
出久を剝して寝具の上に転がして、勝己を隣に座らせた。
それからクローゼットに向かう最中に投げ捨てたままの鞄が邪魔だったから蹴って壁際に追いやって、洋服を取る。
『勝己、着替えな』
「ん」
頷いた勝己がいそいそと服を脱ぎ始めたからシャツを先に渡して、ついでに救急箱とタオル、ペットボトルの水を用意する。
タオルで出久の顔を拭って、怪我は水で濯いで、腕にできてた色の変わり始めてる痣には湿布を貼る。
着替え終わった勝己に向き直って、同じように顔を拭ってから怪我を確認して処置をした。
汚れたタオルと使い終わった救急箱をまとめて立ち上がったところで扉が開いたままなのを思い出した。
『あ、すみません』
「気にするな。…大丈夫か」
『はい。怪我はそんな酷くないみたいです。また明日本人たちにも確認してみます』
「………はあ。お前は大丈夫なのか、緑谷」
『え?ええ。もちろん。何もしてませんし』
また深いため息がつかれて首を傾げる。何か言いたそうなのに何も言ってこないから、もう話は終わったのだろうと頭を下げた。
『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』
「それは明日当事者たちから聞くことだから君が気にする必要はない。…夜遅くにすまなかった。今日は疲れてただろうに……ゆっくり休め」
淀んだ言葉に含まれた意味は考えないようにして、わかりましたと頷く先生が帰ったことにそっと鍵をしめて二人のもとに戻った。
既に熟睡の出久と、疲れからかうとうとしてる勝己の髪に触れ、勝己の額に唇を触れさせた。
『寝ようか』
「ん」
三人で寝るときは昔から変わらない。出久の頭の下に右腕を入れて出久と向かい合う。後ろから伸びてきた左腕が俺の左手を掴むからそのまま指を絡めて握って、背中にぴったりと熱が寄り添った。
すぐに聞こえてきた穏やかな寝息に二人とも寝付きがいいんだよなぁと笑う。
『おやすみ、勝己、出久』
朝練の時刻になっても現れなかった出留は連絡を入れても返信がなくて、珍しい事態に寝坊だろうかと首を傾げる。
とりあえず一通りの筋トレやジョギング、朝練メニューをこなしてからもう一度連絡を入れて、それでも繋がらないから、扉の前に立って数回ノックする。
起きてないもないのか、返事のない部屋の中に、少し躊躇いつつも渡されていた合鍵をさして扉を開けた。
「え、」
足を踏み入れて、ベッドを目視して目を瞬く。
予想通り、出留はまだ眠っていた。更に腕の中にはぴっとりと抱きしめるようにしている緑谷、それから出留の背中にひっついて手を繋いで眠る爆豪がいる。
訳がわからず首を傾げながら数枚写真を撮って、それから手を伸ばし、出留の肩を揺らした。
「出留、出留」
『ん~、っ?』
唸りながら抱えてる緑谷に額を寄せて爆豪と繋いだ手に力を込める。二人も連鎖するように身じろいで、上がった瞼の向こうからまだ寝ぼけてるのかとろりとした緑色の瞳が覗いた。
「出留」
『ん、ぁ…?人使…?おはよ…』
「おはよう」
『………あれ?…俺、ねぼうした?』
「ああ。そろそろ食堂行かないと間に合わないぞ」
『あ〜……新学期早々遅刻はやべぇなぁ…』
段々目が覚めてきたらしい出留が息を吐いて、腕の中でぐずり始めた緑谷に目を向ける。
『出久、起きな』
「ん〜」
『ほら、飯食う時間なくなっちゃうぞ』
「んー」
ぎゅっと近づいて出留の首元に顔を押し付けた緑谷がもごもごと何か言ったと思うと少し離れる。
出留と見つめ合ってるのか開いた瞳は同じようにとろけた緑色だった。
「おはよ…兄ちゃん…」
『ん、おはよ』
枕代わりにしてたらしい右腕で髪に触れて笑った出留に緑谷も嬉しそうに笑って、そのままリップ音が響く。緑谷の額と頬にキスをした出留に固まっていれば、された側の緑谷は頬を緩ませて抱きついた。
「兄ちゃんっ」
『よし、目覚めたな』
「うん!おはよ!」
『ん、おはよう』
どういう目覚ましだと呆けていれば、出留と繋いでる左手に力が入って後ろから伸びてる腕に筋が浮かぶ。ぐっと背中にひっついた爆豪は起きているらしく、それに気づいてるのか出留は笑った。
『ほら、勝己。離れないと起きれないぞ』
「……………」
ぐりぐりと顔を押し付けて離れない爆豪に出留と緑谷が目を合わせて笑って、緑谷が上半身を起こした。
「僕、先顔洗ってくるね」
『わかった』
起き上がった緑谷に爆豪が手を離して出留が体の向きを変える。二人が向かい合ったところで立ち上がろうとした緑谷と目が合って、緑谷の目が大きく見開かれた。
「、」
やっと俺の存在に気づいたのかそのままフリーズした緑谷に、諦めて視線を移せば出留は爆豪の髪を撫でていて、爆豪はおとなしく表情を緩ませてた。
ふわふわと髪を撫でられてる様子からは普段の粗暴さは結びつかず、爆豪と出留が見つめ合ってるなぁと思考を放棄する。
「………心操くん!????」
急に響いた緑谷の馬鹿でかい声に耳が劈かれる。弾かれるように起き上がった爆豪はすぐさま俺を見て俺を視認するなり固まり、出留が笑いながらゆっくり体を起こした。
『どーしたの、出久?』
「兄ちゃん!なんで心操くんがいるの!?」
『今更?寝坊した俺を起こしに来てくれたからだよ?』
固まってしまった爆豪の頭を撫でて、緑谷の言葉に答える。緑谷は俺と出留を見比べて更に言葉を続けた。
「電話!?」
『ん?そうしたらここにいないだろ?』
「え、直接!?待って、兄ちゃんもしかして鍵かけてないの!?」
『そんなわけ無いだろ?ちゃんと昨日も戸締まり確認したよ』
「………………………もしかして合鍵渡してるの?」
『うん』
「「は?」」
サラウンドの単音。固まってた爆豪の目が釣り上がり、緑谷が真っ直ぐに唇を結う。
『何かあったときにそのほうが助かるし、俺も人使の鍵預かってんよ?』
「はぁ???」
「聞いてないんだけど??」
『ん?そりゃ言ってないし…てか言うことでもなくね??』
すっかり目が覚めたらしく、普段通り不機嫌そうに見える形相の爆豪とにこにこした緑谷。その二人を両サイドに飯を食う出留を向かいに見ながら味噌汁をすする。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
『はい、出久』
「あーん」
なんで緑谷は自分も頼んで目の前の皿にある肉豆腐をねだって、出留に食べさせてもらってるのかわからない。
「出留、あ」
『珍しいなぁ』
不思議そうながらも爆豪の口にも食べ物を運んだ出留はどことなく甘えられてることに嬉しそうで、周りがそっと距離を開けていくから俺達の周りには異様に空席が目立つ。
そもそもA組の生徒がC組のラウンジで飯を食ってる時点で異様で人目を集めていたのに、べたべたの二人とデレデレの出留に飯を食べてた生徒はさっさと退散するし、新たに来た生徒はひどく離れた場所に腰掛けた。
「お前らいつもそうなのか…?」
「もちろん!兄ちゃんは僕達の兄ちゃんだからね!」
自慢げに言われて、持っていた茶碗をそのドヤ顔に投げそうになる。
なんで俺はマウントを取られているんだろうか。
むかついた胸の奥に、投げるなら味噌汁のほうがいいかと手を伸ばそうとしたところですぐ近くに黒い影が立った。
「お前たち、随分と楽しそうだな」
聞こえた低い声に顔を上げる。
ちょうど爆豪の口に肉を運んでいた出留も顔を上げて、二人が固まった。
『あ、おはようございます、先生』
「ああ。おはよう」
『もしかして時間遅かったですか?』
「いや、大丈夫だ気にするな。ただ…お前にしては飯の時間が遅いようだが寝坊か?」
『バレました?』
へらっと笑った出留に相澤先生はなにか言うことなく両サイドで固まってる二人を見据えて、息を吐いた。出留も二人を見た後に二人の髪に触れて、相澤先生に視線を戻す。
『飯終わったらお返ししますね』
「そうだな。連絡をくれ」
『はーい』
話はそれだけなのか去っていく相澤先生に、見ていた周りは何をしに来たのかとざわついて目を泳がしながらさっさと飯を食ってまた出ていく。
「珍しいと思ったら預かってたんだな」
『そ。今回は先生公認。別学科の生徒の宿泊は許されてないっしょ?』
「たしかにな」
出留の襟ぐりから覗く引っ掻いたような血が滲んだ傷がついた首筋。それからそれぞれ青あざと擦り傷が腕や顔に残る両サイドの二人。泣いたかのように少しだけ赤く腫れた目元に首を傾げた。
「喧嘩か?」
『そんなとこらしいよ』
味噌汁を飲むと出留は固まってる二人の背中を軽く叩いて、二人に食事を促した。
『飯食ったらちゃんと先生の話聞き行けよ?』
「うん…」
「…ああ」
おとなしくなった二人が自分で飯を食い始めて、目のやり場には困らなくなったものの今度は重くなった空気に本当に今日は居た堪れないと息を吐いた。
→相澤消太の残業