ヒロアカ 第一部
何度も叩かれた背中はじんじんと痛いし、説明は長いし、人は多くて室内は暑い。
すでに向けられている視線にちりちりとしたものを感じながら息を吐いた。
「それでは一分後にスタートいたします。皆様、ご武運を」
丁寧に締められた言葉。四方の壁が後ろに倒れて広がったのは更地だった。遠くには建物や山も見えて自身の個性に有利な場所を選べってことだろう。
眉根を寄せながらフードを被り直して、配られたボールを指先で確かめるように転がす。今回の一次試験は先着順。自身につけたターゲットを全滅させないようにした上で敵のターゲットを狙って、二人リタイアさせる必要がある。
すぐさま走り出して隆起の多い荒れた土地から市街地に入り込む。あからさまに追いかけてきてる集団に息を吐いて、物陰に身を隠した。
スタートの合図が響いたから手を握って、向けられた視線と飛んできたボールに意識を集中させる。
「開始二分…。第一通過者が普通科の生徒かぁ」
例年通り始まった雄英潰し。そのターゲットになったのは同会場に雄英高校から参加している仲間がおらず、体育祭にて無個性を理由に起きた野次にヤケを起こしたような終わり方でベスト8の成績に甘んじた青年だった。
書類上は元素操作と記載されているその子は個性の発現がずいぶん遅かったらしい。周りはそんな資料が見えれる訳ではないから無個性と思い込み狙いを定めたのだろう。
囲まれた瞬間に全員へ個性を発動。炎で誘導して体制を崩させた瞬間その場にいる全員の四肢を拘束し、さっさと二人分のターゲットを狙ってクリアした。
その冷静な判断と度胸、そして正確な個性の使い方は体育祭から数ヶ月の練度には見えない。
モニター越し、まっすぐと控室に向かう姿を見る。
機嫌が悪いのか、無表情でさくさく歩く様子は志願書の証明写真とはだいぶ違い、雰囲気が固く沈んでいる。
観客席側では戸惑いと歓喜の声が上がっていて、歓声を上げるのは制服を着ている人間なことから喜んでいるのは応援に来ていた同級生などだろう。
「今年は豊作ですねぇ」
隣の会場でも一気に複数人をリタイアさせた受験者が合格をしたところで、彼らは一年生というから末恐ろしい。
イライラしてる間に終わった一次試験は随分とあっさりとだった。大方俺が無個性と思い込み油断していたんだろう。
たどりついた控室は広く、食べ物や飲み物がテーブルには惜しみなく置かれていて、とりあえず飲み物を一つとチョコレートを摘み椅子に座る。
特に疲れてはいないけどお茶で喉を潤して、息を吐く。チョコレートを口に入れてから目を瞑って、熱で少しずつチョコレートを溶かして、増え始めた音に他のクリア者が来たのを察する。
イヤホンをつけようか悩んで、そうすれば近くで気配がして目を開けた。
「あー!!やっぱいたぁあ!!」
『…あ?』
座ってる膝の上にためらいなく乗ってきた白色は笑っていて、背が壁で埋まっているからか右側に熱がくっついた。
「おひさしぶりです」
「貴方、少し見ない間にやさぐれたのね」
『…なんで…ここに』
「アタシたちも免許受けに来たからには決まってるじゃん!出留ったら面白いこと言うね!」
膝の上で笑い、頭を見せる。
「とりあえず撫でてー!」
『あ、うん…』
空いている左手で頭を撫でて、それから顎の下に変える。ゴロゴロと言い始めた喉に相変わらずだなぁと少し懐かしくなって、口元に何か差し出された。
「出留くん、お腹が空いているんじゃありませんか?」
『ああ、うん…』
「ふふ、いつもとは逆ですね。そちらから取ってきたクッキーです。お口を開けてください」
『ありがとう…?』
食べやすいようにか半分に割られてたクッキーが口に入れられて咀嚼する。比較的さっぱりとしたクッキーはプレーンらしく、飲み込めば目の前からストローの刺さったパックジュースが差し出された。
「豆乳よ」
『牛乳じゃないんだ?』
「あら、貴方牛乳が得意じゃないというのに何を言っているの?」
唇に当てられたストローに二口飲み込んで離す。
「
「はーい!」
「ええ、そうですね」
跳ねるように退いた音子とすっと立ち上がった憂咲。カナリアの元に寄ると三人は全く同じ服で目を瞬いた。
『軍服…制服?どこの学校?』
「聖愛学院です」
『へー』
「出留は雄英だよね!体育祭見てたよ!」
『うわ、なんかやだわ』
「出久さんと勝己さんの試合も見たけれど、あの子達も変わらないわね」
『うん。うちの子は可愛いだろ?』
「ええ。みんな一緒はとても幸せですね」
笑った憂咲に招かれて三人の囲むテーブルにはつく。カナリアがお茶を、音子が軽食を取って来て並べた。
「して、貴方はなぜそんなに不機嫌なのかしら?」
『あー、聞く必要ある?』
「今聞かないといつ聞けるかわからないじゃん!」
「出留さんがそこまで感情を顕にされているのも珍しいですから」
「出久とかっちゃんに何かあったの?」
『んーん。うちの子にはなんもないよ』
「あら、では貴方に?珍しいわね」
「すごいすごい!出留の情緒メッタメタにしたの誰?!」
『別にメタメタにされてないんだけど?』
「うふふ、私に強がりなんて相当に余裕がないようですね」
『…………………はぁ〜。こういう話って普通、もっと人目のないところでやんねぇ?』
揃いの制服で優雅に茶を飲み洋菓子を摘む三人に混ざる俺。徐々に増えていく人数によって突き刺さってくる視線はさまざまな色をしていて居心地が悪い。
「え?周り?なんにも関係ないよ?」
「気にする必要がございますか?」
「私達は貴方とだけ話しているのだから、貴方も私達だけを見ていればいいのよ」
『それもそうか』
渡されたカップに口をつける。温いそれはソイラテらしい。体に広がっていく熱に自然と力が抜けて、息を吐いた。
『……せんせいが、』
「うん」
『俺はできるんだから頑張れって言ってくれたから、頑張ってたんだ』
「はい」
『そしたら昨日訓練中に倒れて、』
「ええ」
『先生が今日の試験受けなくてもいいとか言い始めて』
「…………」
『朝も顔合わせたらおんなじこと言うし』
「…………」
『出久と勝己とは別の場所だから一緒にいれないし、受けたかったはずの人使には微妙な顔で応援されんし、たまたま会った刈上にはまじで心配されんし、ほんと…なんかもういろいろ無理って』
「………うん!」
唇を結んだところで音子がにぱっと笑った。
「やっぱさ!出留ってすっごくわがままだよね!ちっちゃい頃といっしょ!」
『ぐっ』
「聞いて損したわ。出留さんの今までの行いが人に心配を掛けているということでしょう」
『んんむ』
「心配されて腹が立つなんて相変わらず傲慢ですね。出留くん」
『んぐ』
容赦のない三人に打ちのめされてテーブルに突っ伏す。カナリアは飽きれたように息を吐いて、音子がつんつんと旋毛をつついてくる。憂咲が頭をなでた。
「ふふ、きちんと感情を出せるようになったことは良いことです」
『…出しすぎた気もする』
するすると撫でてた手と突いてくる指が止まって、ねーねーと声が響く。
「具体的になにしちゃったのー?」
『………夜中に心配されたときにキレて部屋出てって徘徊したりとか』
「………ん?」
『出久と勝己が別会場って教えられて電話して、要件だけ聞いて電話ぶちぎったりとか』
「あー、やってんねー!」
『一人でさっさと行こうとしたら外出許可いるって言われてもっかい電話して、またすぐ切って許可出させたりとか』
「最低ですね?」
『ここで朝会ったときも心配されたけど、俺が平気って言ってんだから黙ってろって感じに言ったし』
「くそ野郎ね」
『なんの言えねぇわ、まじ』
「言い訳しようものならねこぱんちだよ!」
『ん、しないよ』
顔を上げれば三人はそれぞれの感情を込めた目で俺を見ていて頬杖をつく。
「そうやってすぐ不貞腐れるのはよくなくてよ」
『わかってんよ』
「あら、わかっててそうしているなんてよほど構われたいのね」
『…そんなんじゃねーし』
「構ってほしいのは私達ではないんですから、こんなところで不貞腐れていても可愛らしいだけですよ、出留くん」
『………ちっ』
「出留!憂咲とカナリアに乱暴したら駄目だかんね!」
『はあ。…しねーわ』
「ならいいよ!」
にこにこする音子に目を逸らす。憂咲もにこにこしているし、カナリアは生暖かい目を向けてくるからいたたまれない。
刈上もそうだけど、昔から自分のことを知っている人間は話しているとペースが持っていかれてやりづらい。
近くのクッキーを拾って口に放り込み噛み砕きながら立ち上がる。
『俺が居んと次の作戦会議できないっしょ』
「ええ。優しくしてあげる時間はもう終わりだからさっさと退席してちょうだい」
『はいよ』
ついでにカップの中身も空にして、ごちそうさまと置けばちらりとこちらを見る。
「高校に入って、貴方も変わったようね」
『一緒ってわけにはいかなかったから』
「ふふ、それはいい変化ですね」
『どこが。グダグダなんだけど』
「猫剥がされちゃってるね!あはっ!」
『……はぁ〜』
茶化すような三人は本当に昔から変わらない。
『まぁ、三人に会えて良かったよ』
「え〜!ちょー照れる〜!恩返し期待してる!」
「誠意は形で返してちょうだい」
「お礼はお菓子がいいです」
『はいはい。今度会うときまでにリクエストしてよ。連絡先変わってねぇ?』
「変わんないよ!」
「変わっていたら連絡しているわ」
「安心してご連絡ください。出留くんは変わってますか?」
『全然。俺も変わるときは連絡するよ』
「音信不通にはならなそうで安心ね」
少し落ち着いた心に笑って、音子、憂咲、カナリアの順に頭を撫でる。
『ありがと。三人とも試験頑張れ』
「貴方こそね」
「手ぇ抜いちゃ駄目だよ!」
「三人でヒーローしている姿を拝見するのを楽しみにしてます」
『おーよ』
手を振って三人から離れる。人目を避けて、一度休憩室から出て物陰にしゃがみ込み、息を吐いた。陽がまだ高いからか温い空気を吸い込んで目を閉じる。
深く息をして、目を開けてウエストポーチから携帯を取り出した。
起きたらしい弔からのメッセージにぽちぽちと文字を打ち込んで返す。すぐには返ってこないだろうからイヤホンをつけて、流れ込んできた歌声にそういえばとあの子にも連絡を入れてまた目を閉じた。
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