弱ペダ


[三年生と矢島さん]


「………、」

「……―――…」

「………――――!」

騒がしい

目を開けると机の木目とそれを区切るみたいに落ちてきてる黄色が視界いっぱいに広がった。

この黄色に染めたのはもう一ヶ月以上前で、そろそろ飽きてきた。ちょうど隣のこの紫のバックが綺麗だから、今度は紫に染めようかな

「起きろ矢島!!」

『………んー、ジョジョせんせうっさいですー』

顔を上げれば物理のジョジョ先生が教科書片手に青筋を立ててた。

頬杖をついて時計を見げる。

あと十秒でチャイムなるっぽい

「聞いてるのか矢島っ!!」

『おーけぃ、まかせろぉ』

「矢島ぁぁぁあ」

ジョジョ先生の絶叫とチャイムが重なって騒音被害は甚大だ。

「すーちゃんまた怒られたねー」

「すーちゃん、あーん」

「矢島安定すぎわろた」

ちょっと伸びて邪魔臭い髪をいじってる女子とトッポを差し出した女子とげらげら笑ってる男子。

もぐもぐトッポを食べながら右手を上げて男子に返事代わりに挨拶しとく。

「はい、すーちゃん出来たよー」

『おーきにー』

「ずいぶんスッキリしたじゃん」

視界を遮ってた黄色が消えて、見せられた鏡を覗くと緑色のピンで止められてた。

今日は紫色のインナーに黒のピアスだから色かぶりなくていい感じじゃないかな

「今日の鈴彦」

写真部の男子にカメラを向けられていえーいとピースした。

がらがらと扉が乱雑に開く音に顔を上げる。

『ふむ、どうやらお迎えがきてしまった。ここまでのようだ』

「なァにが迎えだ!バァカチャンが!」

今日もあらあらは騒がしい。

べしべし肩を叩かれて体を起こした。

ぐぐっと伸びると背骨がバキボキ音を立ててみんなが笑う。

「マネージャーのくせにレギュラーよりおせぇってどうなのォ!?」

『ほら、矢島さんはまだレベル上げの真っ最中じゃん?』





また始まった矢島の意味のわかんねぇ持論に眉尻を上げる。。

「はぁ?」

目つきを鋭くすれば睨まれているこいつよりも早く、周りで見てたやつらが笑い始めた。

「荒北の血管切れる前にいけよ鈴彦」

「ああ?!」

「すーちゃんがんばってねー」

笑って手をふった矢島に腕を掴まれて教室を出た。

そんなにだらだらしてたつもりはなかったが既に校舎の人気は少ない。

たまに目の合う奴らは俺を見たあとに矢島をみて手を振り、挨拶をする。

こいつもそれを返してた。

『…………はぁ、人生ヌルゲーすぎてつらぁ』

ぼそっと零したのはもう十人は挨拶を返して部室まで中間地点辺り。

「急になんだヨ」

腕を掴かれたまま隣に並んでる俺を周りはまたかと笑った。

『おなかすいたーん』

「新開にパワーバーでももらえ!」

『やぁーだぁー、あらあらベプシ奢ってー!』

「ヤダネ」

『ちぇっ、いけず』

少し拗ねたように唇を尖らせた矢島はぱっとあっさり俺から手を離して見えてきた部室の扉を開放した。

大きな音が響いて、直線距離にいた俺にも中が見える。

『みなのしゅーぐっもぉにんっ!』

「おはよ、矢島さん」

まちまちに聞こえる返事。中でも一番近くにいた新開が顔を上げてへらりと笑うのがよく見えた。

それに矢島は相変わらず心境の読みづらい笑みを向けて仰々しく両手を開く。

『しんきちくんや!聞いてくれたまえよ!!』

「ん?」

『あらあらがベプシをおごってくれぬのだ!』

「それはひどいね」

「テメーはいつの時代の人間だヨ!おごるわけねーだろ!!つーか人のこと変なアダ名で呼ぶんじゃネェ!」

人工的な黄色の頭髪に思いっきり手刀を落とせば避けることもなく直撃して骨に響いた。

こっちが負傷しちまったし、新開を制裁するのは後でもいいか

ぶーぶー文句を言う矢島に新開がロッカーから黄色のラインの入ったパワーバーを取り出して、差し出してるのを眺めてから自分のロッカーの前に立った。

「お疲れ様です、荒北さん」

隣ですでに着替え終わってダンベルを上げてる泉田が手を止めて頭を下げてくる。

全くだよネと返して着替えるためにロッカーを開けた。

「あ、荒北さん、福富主将と東堂さんは」

「部活会らしいヨォ。部活開始には間に合うんじゃナァイ?」






定例の部活会議に福と参加して、副部長の俺は一足先に部室に向かう。

『らぶりーちゃんすだ、にゃ、にゃにゃーん』

聞こえてきたうろ覚えなのかやけににゃあにゃあ言ってる歌を歌う人物が目に入り近づいた。

「随分とご機嫌なのだなぁ、矢島先輩」

『とっどくん、お疲れ様ー』

何が楽しいのかハミングを続け、手元に持たれた白いタオルが次々と吊るしていく。

「どうしたのだ?」

地形的にか吹く風に揺られたタオルから柔軟剤の匂いが香ってきた。

『あんね、今日はジョジョ先生と遊んでしんきちくんにキャラメルパワーバーもらったから満足なぬん』

「うむ、それは良かったな!だがあまりパワーバーばかり食べていてはならんよ?バランスの良い食事を取らねば。体調管理は基本中の基本だ!」

『とっどくんあっつーい。テニスのしゅーぞーみたーい』

柔軟剤に混じって矢島先輩のつけてる甘い香水の匂いが鼻孔に届く。

一般的な甘ったるさとは違う匂いは独特だ。

『せやせや、とっどくんおつかれしゃーん』

ゴソゴソジャージの上着ポケットを探ったあとにズボンのポケットを探りなにかを差し出したかと思うと口の中に放り込まれた。

ころんと転がりはいってきたそれを舌で確認するように舐める。

「…む、金平糖か」

目の前の矢島先輩は大当たりと小さなプラカップに入った色とりどりの砂糖の塊を揺らした。

『れんしゅーがんばってねー』

手に握らされた金平糖入りのカップと緩い声援に頬を緩ませる。

「ああ!もちろんだ!」





『新入部員くんたちはこっちよー』

遅れて部室に入れば今年新しく入ってきた一年の中でも奇抜な黄色の頭がひとつ飛び抜けた主の声が響いてた。

集まってドリンクづくりをしてるようで部員たちは真面目な顔でノートをとっているのを眺めていれば顔を上げた矢島先輩と目があった。

『ふっくんおつかれさんー』

「ああ」

『みんなもう練習メニューやってるよん』

「そうか」

下にユニフォームを着ているから上着を脱ぎロッカーにかけた。

ふと影がさし目を向ければ飲み物が目に入った。

『出来たてのドリンクはいかがかにゃあん』

「ありがとう、矢島先輩」

『きにしなーでっ』

にこにこ笑った矢島先輩から見慣れたボトルを受け取る。手に馴染む感触。

『あ、今日作戦会議のあとデートさしてくだせう』

「うむ、ミーティングのあとに時間だな。空けておこう。」




「寿一、おめさんこのあと予定でもあるのか?」

普段ならば靖友や尽八と共にメニューについてだったり、今日の出来合いを話しているのに今は一人で腕を組みベンチに座ってノートを眺めてた。

汗も流し終えて髪も乾いてる。

「ああ、矢島先輩が話があると言われていてな」

「矢島さん?」

がちゃりと扉が開く音が響いて黄色が視界の端にちらついた。

『ふっくんおまたー』

「ああ」

『俺の部屋招待するよん。』

「わかった」

ノートをしまう寿一と扉のところに立ったままの矢島さん。

鍵を締めるだろうと鞄を持って扉に近づいた。

『しんきちくんもおつ。はい、あげるー』

「ありがと、いいのか?」

『もちこー。食べないなら俺が食べちゃうぞ』

「えー」

『とりおあする?』

「とりおあって言われてもハロウィンじゃないよ」

『ならば勝負じゃっ』

ていや、えいやとパワーバーを取り合うように手を伸ばす。

矢島さんのがデカイけど猫背だし俺のががっちりしてる分押さえ込めさえすれば俺の勝ちだ。

マネージャー業を済ませてそのまま来たのかジャージの袖をまくったままの矢島さんの手首。結ばれて露出してる耳の後ろからはいつもの甘い匂いがした。

後ろから両手を伸ばして抑えこむ。

「捕まえた」

『くっ、無念』

矢島さんの右手に掴まれたパワーバーを開けて口に運ぶ。

愛食してるバナナでもぐもぐと口を動かした。

『しんきちくんまたカス落としてあらあら激おこるよ』

「んー」

口にものが入ったまま喋るのは憚られて頷く。

破片が肩に落ちて矢島さんは楽しそうに笑った。

「矢島先輩、行こう」

『ういーっす』

寿一に咎められるのも嫌で矢島さんの動きを止めてた両手を解放して体も離す。

ぐぐっと体を伸ばして肩に乗った食べかすを払うと俺の手をとって歩き始めた寿一の背中を追った。




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