ヒロアカ 第一部



「せ、先生」

「どうした、心操」

慌ただしい足音を立てて近づいてきた心操に顔を上げる。予定よりも少し早い時間をさしてる時刻に心操は眉根を寄せ、あの、と言葉を紡いだ。

「昨日、出留になにかありましたか?」

「………何故だ?」

「あの後から顔合わせてなくて、自トレも飯も別でとしか連絡なくて、今日の訓練も休むって」

「……そう来たか」

「…………やっぱり、なにかあったんですか?」

不安そうな心操に息を吐く。一人にした緑谷が何をしでかすのかはわからないが、今はきちんと目の前の生徒を対応するべきだろう。

頭を掻いてから顔を上げる。

「緑谷には以前から課題だった自身の上限を見つけるようせっついた。その関係で渡した書類のことで少し口論になってな。緑谷も一人で考えたいことがあるんだろう」

「え、口論??あの出留と??」

「…まあ彼奴が感情をぶれさせているところなんてなかなか見ないからな。俺も驚いた」

「あの出留が…すごいですね、先生」

「……君たちが実技試験の参加有無で暴れたときも感情がぶれていたような気はするけどね」

「うっ、その節は大変ご迷惑をおかけしました…」

「気にするな。…緑谷には別の課題を渡してあるから今日はその関係で参加しないんだろう。安心してくれ。さて、心操。君も後期期末試験に向けて仕上げていくぞ」

「…え、期末ですか?」

「ああ」

わかりやすく目を瞬いた心操に持っていたものを渡す。視線を落とした心操は文字を目で追って、最後まで行ったところで勢い良く顔を上げた。

「せ、先生!!これ!!」

「ああ、ヒーロー科転向…いわゆるクラスアップに向けた審査基準の一つだ」

ヒーロー科への入試は、壊したロボットに応じたポイントと競うべき他者を助けたことで得られるポイントの二種類があり、その総合の得点から上位が入学できる。

ロボットを壊せるような物理的に派手な個性が突破しやすい入試制度であり、心操を含め、普通科でクラスアップを狙っているような生徒は他者の精神に干渉をしたりするロボットに直接関与しにくい個性を持つことが多い。

だからこそ、例年、多少の方式は変われど期末では様々な採点方法が取り入れられていて、今回の期末では心操の個性でも使いようによっては十分に通用する内容になっていた。

「前期期末では君にはヒーロー科とは別の場所で、ヒーロー科と同じ試験を受けてもらい、クリアした。そこで、今回の後期期末ではヒーロー科と“一緒に”同じ試験を受けてもらう予定になっている」

「そ、それって」

「ああ。君は今のヒーロー科と遜色ない力を手に入れており、ヒーロー科として在籍しても問題ないと判断されているということだ」

「…………っ〜!!」

目の周りが赤くなって、資料を抱える。声に出してはいないながらも喜びを露わにしているその様子に、思わず口元が緩んだ。

「やった…っ!やったぞ、出留…っ!」

噛みしめるようにこぼれ出した言葉には心操が一番に伝えたいのであろう相手で、喜んでいるその様子を横目に携帯を取り出す。

緑谷が訓練に来ないとして、それならば寮内でじっとしているか外で発散しているかのどちらかになる。

何かあったときのためにとメッセージを打ち込み、送信と同時に相手からメッセージが届いた。

「……………」

相手からの連絡はたった今送った内容の答えそのもので、目の前で喜んでいる心操の存在に少し悩む。

「先生!」

「、なんだ」

「あ、あの、勝手なのはわかってるんですけど、その、どうしても、これを出留に見せたくて!!」

「…………」

「10分だけでも時間くれませんか!!」

「……………緑谷がお前の話を聞いてくれるかわからないのに、行くのか?」

「はい!」

大きく、強く頷いた心操は大切そうに書類を抱えてる。

「俺がここまでこれたのは相棒のおかげなので!!一番に伝えたいんです!」

「……今回だけだぞ」

「っ、ありがとうございます!!」

明るくなった表情に息を吐いて届いているメッセージの続きを確認して携帯をしまう。

「行くぞ」

「え、先生もですか??」

「ああ、彼奴は今寮にいないらしい」

「外ですか??」

「少し離れた訓練場にいるそうだ」

「訓練場…?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返す心操を伴い部屋を出た。





飛び出して向かった先は朝練のために勝己が押さえておいた訓練場で、専用の施設に入れば先についていた勝己は準備の最中だった。

顔を上げた勝己はぴくりと眉を動かして、ぐっと眉間に皺を寄せると立ち上がり俺の目元に手を伸ばした。

「泣いたんか」

『目立つ?』

「…デクには会わねぇほうがいい」

『わかった』

手が降りて、んで?と片眉が上がった。

「どういう風の吹き回しだ?」

『……まだちゃんと言葉まとまってないんだけど、いい?』

「ああ」

勝己ならばそう言ってくれると思っていたから口を開く。

『あのさ、なんか、腹が立ってさ』

「腹ぁ?なにがあったんだよ」

不思議そうな勝己にパーカーを脱いで椅子のほうに投げる。

『先生がさ、俺はこの程度かって言うんだ』

「…………」

グローブをつけて手のひらを開閉する。ブーツは元々身につけていたし、ウエストポーチとガーターリングもパーカーの下に纏ってたから問題ない。

『確かに今までの俺は、頑張ってる人から見てみたらやれるのにやってないし、頑張ってないのにさらって何でもこなせちゃう感じで鼻につく奴って思う』

「責任逃れ野郎だしな」

『…うん。……でも雄英ってさ、みんなすげーじゃん?だから、俺の現状って公式的には中の下みたいな感じな訳じゃん?』

「ああ」

『それに対して調整するか悩んでて、せっかく先生が褒めてくれんなら、頑張ろうかなって思ってたんよ』

「………」

『そしたらピンポイントで昨日、俺はその程度の成果しか上げられない奴なのかって言われて、なんか…いらいらするっていうか、こう、なんか…』

「……悲しかったんか」

『…うん』

勝己に話すと思考がまとまる。感情を表したその言葉はすとんと自分の中に落ちて、顔を上げた。

『俺、もっと頑張れる』

「そうか」

『だから、勝己。ごめん、付き合って』

「…やっとかよ」

勝己が嬉しそうに笑って、ボンッと大きな音がした。次の瞬間には目の前に勝己の腕が迫っていたから即座に避けて右足を振るう。

案の定あっさりと避けられてしまったものの距離を取ることには成功して3mほど間が開いた。

「ったく、お前はほんと、手のかかる兄貴だな」

『へへっ、ごめんね』

右手のひらを広げるようにこちらに向けて、左手を筒状に添える。嫌な予感がして飛び退けば光線のようなものが飛んできて走り出した。

初めて見るその技は免許習得にむけて勝己が編み出した新技だろう。弾のように打ち出されるそれらは普通の爆破を受けるよりは衝撃が少ないはずだけど、被弾したらどのくらい回復に時間が取られるかわからない。

試しに手のひらに金属を一つ作り出して投げる。予想通り撃ち抜かれた金属に口角が上がった。

『すげー威力』

「ったりめーだ!」

歯を見せて笑った勝己に即座に方向転換して床を蹴り、勢いよく近づく。聞き手の右腕を蹴り上げて、顔に向けられた左手のひら。咄嗟に右に避ければずれたところで起きた爆破音を鼓膜が拾って、舞ったであろう髪の毛が衝撃に揺れた気がした。

「ぐっ、」

伸ばしておいた左手で勝己の首根を掴んで屈んだことで短く詰まった声をこぼすけど、すぐさま地上に向けて爆破をしたことで床に叩きつけられることを回避した勝己は俺の左の袖を焦がしていった。

『あ゛ー、うまくいかねぇなぁ』

「サボりすぎたんだろ!」

左腕が振られていたから右腕で受け止めて斜め上へ流す。開いた体に蹴りを入れれば後ろに吹き飛んで、壁にぶつかる直前で個性を使い起こした爆破で勢いを殺した。

そのまま手のひらがこちらに向いてまた光線が放たれ、よけ切れずかすった頬に熱が走る。

「勢いが甘ぇわ!」

『んん、まじかぁ』

頑張ろうと思っても、今までやっていなかったことをやるのは存外、難しい。

「今までが舐めプでここまで来てんだ!死ぬ気でやれ!」

『死ぬ気ってどこまでいくと死ぬ気なの!』

襲ってくる爆破、足、腕、それらを避けて反撃して、時には俺から攻めて、いつの間にかお互いに攻撃が掠ったことで血が滲んでいて、さっき殴られた際に垂れはじめた鼻血が気持ち悪くて拭う。

勝己も同じように口の中に溜まってたらしい血を吐いて、こちらを見据えた。

「出留、俺は一番になる。それはデクも轟も、お前も超えて一番になるって意味だ」

『知ってる』

いつの間にか上がってる息を無理やり整えて、装備を確認する。ガーターベルトに止めてある試験管は後一つ。溶液は使うにしてもタイミングを考えないといけない。

勝己がぽんぽんと発射する光線を抜けて、そうすれば構えていた左手をずらして右手の大きな装備についたピンに指をかけた。

「吹っ飛べ!!」

『っ、』

ぞわりとした感覚。ピンが抜かれた瞬間にすすまじい閃光がはしった。




「爆豪!」

あの構え。声を出しても爆豪は聞こえていないのか止まらなかった。

次の瞬間には大きな爆発音と熱風が走って、思わず瞑ってしまった目を開く。

「出留!!」

「……っ…」

隣で見守ってた心操が悲鳴混じりの声を上げて、香山さんも息を呑む。

大きな爆発によって舞った煙によって辺りは色がついてしまい、どれだけ目を凝らしても何も見えない。

その中でタッと床を蹴った音がして、影が動いた。

「がっ、」

『っらぁ!』

聞こえたのはくぐもった声と短くも覇気がこもった声。煙を抜けてとんだ影はそのまま壁に叩きつけられて、かはりと空気を吐く音がした。

「く…そ、がぁ…っ!」

ずるりと壁にもたれるようにして座ったのは爆豪で、晴れてきた視界、先程爆豪が技を放つ際に立っていた場所に代わりに立っていた影は、爆豪にふらふらと近寄ったと思うと向かいあたりで同じように座って、ばたりと後ろに倒れた。

『しんどっ!!』

「だろうな…」

『体中いてぇ!!』

「ったりめぇだ…」

ぼろぼろの二人は意識がはっきりしているのかヤケになったように騒ぐ緑谷とぼそぼそ返す爆豪の会話が続く。

『これ毎日やんの!?』

「んなもんテメーが決めろ」

『まじか!』

「ハイになってんじゃねぇ。うるせぇわ」

『楽しくて仕方ないんだもん!』

「はぁ。そうかよ」

噎せた爆豪は壁に手をかけながら立ち上がる。

それから二歩進んで寝転がる緑谷に手を差し出した。

「答えは」

『ん。決まった』

手を取って立ち上がった緑谷は血を流したまま笑う。

『勝己、本当にありがと』

「はっ。あたりめーだわ。馬鹿出留。おせーんだよ」

『えへへ』

「褒めとらん」

呆れたみたいに笑った爆豪は憑き物が落ちたように澄んだ目をしていて、緑谷もゆるい雰囲気を漂わせてる。

爆豪は手を伸ばすとまだ垂れている緑谷の血を指先で拭って息を吐いた。

『まだ出てる?』

「ん」

『また服よごしたかぁ』

「前回のは落ちたんか?」

『うん。なんとか』

「なら今回も平気だろ」

『血抜きってめんどくさいじゃん?』

「何回もやってれば慣れんだろ」

『つーかそもそもこの服焦げちゃったし破棄かなぁ』

「あー、切れてんもんな」

『ねー』

ぽんぽんとテンポよく会話を続ける二人はお互いについた血や煤を拭い合いながら笑う。見目と室内の荒れようにそぐわない雰囲気に大きなため息をついて、隣の心操に目をやる。

「心操、やれ」

「え、まじですか??」

「俺は爆豪をやる」

「あ、はい」

構えた捕縛帯を投げる。瞬時に二人は飛び退き構えようとして、こちらを見るなり目を丸くした。

「あ?先生?」

『人使??』

「くそ…避けられた…」

「完璧に不意打ちだと思ったんだがな」

「なにやってるんだか、この師弟は…」

香山さんが痛そうに頭を押さえて顔を上げる。

「全く。…二人とも話があるから一旦降りてきなさい!!」

『えー…はぁーい』

「…ちっ」

宙に浮いてた二人が地に足をつけて、仕方なさそうにこちらに寄ってきて向かいに立った。

「出留も爆豪も痛そう…」

「そうでもねぇ」

『見た目が派手なだけだよ』

拭った血は肌に掠れてついて酸化で赤黒くなっている。爆豪は肩と頬、緑谷は頬と鼻からわかりやすく流れてる血に香山さんはまた息を吐いた。

「訓練とはいえやりすぎよ。こんなに怪我して、もう…」

『すみませーん』

「その心にも思ってない謝罪は受け付けません!」

香山さんはじっと二人を見て怪我を確認すると笑った。

「二人ともいい顔してるけど、なにかあった?」

「まあ」

「ふふ、青春ねぇ。いいわ、そういうの。私とっても好き!」

「香山さん、話が逸れてます」

「あら!ごめんなさい?」

香山さんが一歩下がったことで二人の視線がこちらに向く。昨日別れたときに見たのとは随分と変わった緑谷の表情に結んでいた唇を解いた。

「個性の使用が許可されているとはいえ、良識の範囲内で使うように。勝手に負ったその怪我は自分で勝手に治せ。二人ともわかったな」

「うす」

『はぁーい』

互いに目を合わせて笑う二人にこれ以上なにを言っても無駄だろうと、ずっと待っていた心操の背を押す。

心操は一歩前にふらついて、緑谷に持っていたそれを突きつけるように目線にあわせて開いて見せる。

「み、見てくれ!出留!」

『ん?……後期期末試験…?』

「ああ!俺!ヒーロー科と一緒に試験受けるんだ!!」

『え、それって…』

「俺!このまま頑張ればクラスアップできるかもしれない!!」

目を見開いた緑谷は表情を綻ばせて、心操の頭に手を置いた。

『まじか!おめでとう!人使!!』

「一番に出留に言いたかったんだ!!ありがとう!出留!これからも一緒に頑張ろうな!」

『ん!』

テンションの高い心操と同じくらい喜んでる緑谷。二人にこれもまた青春よねと香山さんが頬を緩ませて、一人俺に近寄った爆豪に視線を移す。

「あれ、俺が聞いちまっていいんか」

「良くはないから口外しないように頼む」

「はあ。どいつもこいつも…」

最初から人に言いふらすような性格をしてない爆豪はわかってると足を進めて、避難させるように置いてあったボトルとタオルを取ると戻ってきて俺の隣に並んだ。

「出留、頑張るってよ」

「っ、…そうか」

そんな気はしていたとはいえ、きちんと言葉にされるのはまた違う。

昨日のあれは届いていたとわかれば、教師冥利に尽きる。思わず声が弾んでしまった俺に爆豪は何故か鼻で笑った。

「まぁこれから気をつけろや。彼奴が頑張るってんなら、ちゃんと構ってやんねぇと……出留、重めぇぞ」

「………は?」

「おら!出留!水分!」

『あ、ありがとー、勝己ー』

俺の声を無視して持っていたタオルとボトルを渡す爆豪に、頬が紅潮してる緑谷は笑って受け入れる。

心操がそういえば!なんてさっきの訓練風景について質問を始めれば三人は話始めてしまって、残された俺の横に香山さんが立った。

「相澤くんって、本当教師に向いてるわ」

「……冗談でしょう」

「ふふ。また照れちゃって。嬉しかったんなら素直になっちゃいなさいよ!」

「素直もなにもありません」

「今日は山田くんも誘って祝杯を上げましょ!」

「そんなことしてる暇ありませんよ」

「んもう!冷たいわね!!」

「はぁ…」

頭を掻いて、ぷりぷりと怒る香山さんから目を逸らす。

「…まぁ、これで祝杯はあげませんけど、彼奴らの仮免修得祝いだったらしても良いかもしれませんね」

「……ふふ、その時は一年担当教諭全員でお祝いね!」

「あまり大人数は困ります」

「さすがに1クラスは超えないわよ!」

十分多い人数にこれはなにを言っても宴会になるだろうと諦めて、携帯を取り出す。

訓練の最中に爆豪の爆破や緑谷の攻撃で抉られた壁、床。最後のスタングレネードでできた破損に、その沿線上に存在する鈍色の半円。

足を進めてに鈍色に触れる。冷たいそれは金属のようで、軽く叩いてみてもびくともしない。緑谷はあの時、咄嗟にこの盾を用意して爆豪の攻撃に堪え、衝撃が収まったところで反撃に出たんだろう。

神野の事件で跡地に残された痕跡をオールマイトと考察した際にたどり着いた仮説は、正しかったらしい。

「緑谷」

『はぁい』

少し目を離した間になにがあったのか、緑谷の膝の上に抱えるようにして座ってタオルで甲斐甲斐しく顔を拭ってやっている爆豪と、その後ろで紙とペンを緑谷の背中にあてて文字を書いてる心操。現状に触れるのは止めて質問を投げる。

「これがあるとセメントスが再生できない。この金属は片付けられるか」

『できまーす』

ふっと瞳が赤く染まる。その瞬間に触れていた冷たさが霧散して、金属は跡形もなく消えた。

『こんな感じでいいですか?』

「ほう。なるほど」

緑谷出留の個性は気体操作ではなく、元素操作。これは確定で良さそうだ。

踵を返して生徒三人で出来上がっている団子の、真ん中にある頭を鷲掴んだ。

「お前、まだ個性を偽ってたな」

『あー』

「はぁ」

「え、そうなのか?!」

「あらあら」

思い出したように目を逸らす緑谷とわかってたのか爆豪は息を吐く。驚いた心操に楽しそうな香山さんが言葉を零して、緑谷は笑った。

『修正すればいいですか?』

「本日中にな」

『はーい』

へらりと笑う緑谷は以前とは違い、何を考えているのか多少伝わってくる。

込めていた力を緩めて、数回左右に揺らすように動かしてから離した。

「爆豪、お前その状態でこの後の訓練受けられるのか」

「はっ、余裕だわ」

「ならいい。心操、時間が少なくなってしまったが訓練を開始するぞ」

「あ、はい!お願いします!」

「緑谷、参加はできるか」

『体が死ぬほど動かなくてもいいなら』

「参加だな。しっかり動くように」

『鬼じゃね?』

「先生ならそう言うと思ってたろ」

「出留の返事が悪かったんじゃない?」

くっついてた心操が紙を持って離れ、爆豪も膝から降りる。三人は立ち上がって香山さんがほっとしたように表情を緩める。

「それじゃあみんな、今日からまた頑張ってね!」

「ああ」

「はい!」

『はーい』

思ったよりも素直なそれぞれの返事に、安堵から肩の力が抜けた。

これでようやく、スタートラインに立てる。







『先生が鬼すぎる』

少し寄った眉根を躊躇いなく指で突き刺させばじっとこちらを見た。

「皺やばいな」

『あの状態からこんなに動かされると思ってなかったんだもん』

切ったまま放置してある頬の切り傷は乾燥して血が止まってる。鼻血も落ち着いたようで、顔を洗ったからついていた煤はなくなったものの服はそのままだったから相変わらず焦げてた。

すでに疲れきってる状態の出留を相澤先生は容赦なくいつも通り訓練させて、俺との鬼ごっこから始まり、ミッドナイト先生との模擬戦までさせた。

時間があれば先生とも対戦させるつもりだったそうで、ヒーロー科の授業に向かった先生は不完全燃焼とでも言いたげに不服そうだった。

つんつんと寄ってる皺を突き続ければ出留は息を吐いて、皺を薄めたから指を止めた。

「出留、昨日の夜も朝も食べてないだろ?昼飯行こうぜ」

『あー、うん、そうだなぁ。先風呂と怪我の処理だけしてきていい?』

「それはもちろんいいけど、顔とか一人でできるのか?」

『うん、慣れてるし平気。あ、でも背中だけ頼むかも』

「…背中も怪我したのか?」

『避けるのミスってぶっけた。湿布だけ貼っとこうかなぁって思ってる』

「わかった。なんでも手伝うから教えてくれ」

『ありがとー』

鞄を持って二人で訓練場を出る。まっすぐ寮に帰って、そうすれば暇をしていたらしいクラスメイトが出留を見て驚く。出留は笑って流して、着替えを持って一緒に風呂に向かった。

ぼろぼろになった服を脱いだ出留の体に思わず顔をしかめる。

「ひど」

『あー、んなにやばい?』

「先生の体罰が疑われるレベル」

『なにそれ笑える』

「ちゃんと手当しろよ」

『うん』

鍛えられた体に浮かぶ打撲痕込みの火傷や打ち身による青あざ、光線のような攻撃のときにできた切り傷。同じタイミングで風呂に入る奴がいなかったから騒がれなかったようなものの、明日以降は先に伝えとおかないとクラスメイトの心に大打撃だ。

出留はそういうところ無関心だしなぁと、シャワーを浴びてむっちゃ染みると溢してる隣にため息をついた。






朝から勝己との訓練でほろぼろになり、休みと宣言したはずの人使との訓練で追い掛け回され、担任との模擬戦で力が尽きかけた。

これで更に先生との訓練までさせようとしてたなんて鬼畜の所業で、時間が来てよかったなんて心の底から思う。

あまりに染みるし、湯船で寝たら溺死する気しかなかったから人使よりも早めに上がる。部屋に戻って、気になったところに手当を行う。

目立ちそうな顔の傷だけ肌と似たテープを貼って傷口を隠し、長い袖と裾の部屋着にした。

携帯が揺れ、人使からのメッセージに了承を返す。

必要なものはないから、連絡を取るための携帯だけをポケットに入れて外に出ればちょうど隣の部屋も扉が開いた。

「絆創膏貼ったんだな」

『目立つとあれかなって思ったんだけど、貼ったほうが目立つ?』

「貼ってたほうがマシ」

『ならこのままにしとこーっと』

一日ぶりくらいに二人で食堂への道を歩き、中に入る。昼時に近いからかそこそこ人で賑わっている食堂で好きなものを選んで、随分と定位置になった隅の席に腰を下ろした。

俺が取ってきた料理が野菜メインだったことに人使は目を瞬いて首を傾げる。

「今日の朝と昨日の夜は何食べたんだ?」

『部屋にあった買い置きのパンとか』

「だけか?」

『一緒にバランスバーとかも食べてたよー。だから生鮮食品食べたくて』

夜、朝とジャンクフードは胃がもたれてる気がして、お吸い物を口に入れて息を吐く。

『あー、さっぱりする〜』

「そうか」

ほったしたように笑う人使も選んだ料理を食し始める。

ぽつぽつと会話をしながら食事を終わらせて、これから期末試験の概要を読み込むという人使に課題を理由に別れる。

部屋に戻って、ふらふらとベッドに向かう。

寝転がれば一緒にぐしゃりと音がして、布団を退かせば皺の寄った紙が出てきた。

今上に乗ったのとは違う理由で寄っている皺に息を吐き仕方なくページを捲る。

“ヒーロー免許仮免許試験申込受領証”なんて仰々しいタイトル。後ろは募集要項で普通は申し込み前に確認するもののはずだ。

受講資格は高校一年生から三年生の16〜18歳のヒーロー科に通う学生。該当しない人間は定期的に行われるヒーロー免許試験へ自身で申し込んで受講が必要になる。

試験日は五日後に差し迫っていて、当日は朝の8時からとそこそこに早い時間が記載されてる。試験場がここから2時間ほど離れた地名であることから朝飯は抜きでいいかなぁと息を吐く。

先生がなにを思って人使ではなく俺にこれを渡したのかはわからないけど、試験と言うならやっぱり受かるべきだろう。

出久と勝己と一緒に受けるのなら、余裕か。

朝から動いた弊害か、あれだけ昨日寝たのに眠気が襲ってきてまぶたを下ろした。







83/100ページ
更新促進!