ヒロアカ 第一部



温みと重みに意識が揺れる。出久といるときとも勝己といるときとも違う香りに目を開いた。

向かいにはいつの間にか慣れた水色味のある白色の髪があって、右腕は俺の頭の下に伸ばされてた。下半身と後ろにある温みに少しだけ体を起こして振り返る。

『え、』

予想していたのは寝る前に一緒にいたコンプレス、それから寝相が想像つかないスピナーと黒霧さんだった。

「あら、起きちゃったの?」

『マグネ…?』

聞こえた声に顔をあげて目を瞬く。持ってた布団を俺の足元に雪崩れるようにして眠るヒミコちゃんにかけてあげて、それから背を合わせるようにして丸まって眠る荼毘さんに掛けた。

『いつの間に…』

「本当はもっと早く来るつもりだったんだけど遅くなってごめんなさいね」

『え、うんん、えっと……』

「ああ、アタシはだいたい一時間前くらいについたかしら?それで起きてた黒霧さんとコンプレスとお話してて、そうしたら30分くらいして荼毘が来て、コンプレスを退かしたと思ったら急に寝ちゃって…。ヒミコちゃんは10分くらい前に来て両サイドが空いてないからってそこでくっついてお話してたと思ったら寝落ちしたの」

『へ、へぇ…そう、なんだ…?』

「ふふ。まだ夜だし、寝てていいのよ?」

『…いま何時?』

「えーっとたしか…」

「3時だよー、出留」

マグネよ背にあった扉から中に入ってきたコンプレスはへらりと笑っていて、俺に近寄ってくると目元を指で拭った。

「まだ起きるには早いでしょ、寝ておきな」

『…けど、』

「遊び相手は全員寝てるし、起きたらみんなで朝ごはんしながらしゃべったらいいさ。何が食べたい?」

『…………ジャンクフード』

「それなら朝のやつがいいかなぁ」

わしゃわしゃと頭が撫でられた後に寝るのに使ってた弔の腕の近くをぽんぽんと叩く。促されるままに体を横たわれば近くにいたマグネが小さめのブランケットを肩にかけてくれた。

「おやすみなさい、出留くん」

「おやすみぃ、出留」

最後におまけというようにコンプレスが俺の頭をなでて、ふわりと届いた煙草の匂いに目を瞑る。

『……うん、おやすみ』

向かいの弔、腹の上のヒミコちゃん、背中に荼毘さん。くっつかれてることで生まれた暖かさにまた意識を飛ばした。




「出留さん」

優しい声はすんなりと耳に入って目を開く。上げた瞼、開いた視界にゆらゆらと黒色が揺れてた。

『……黒霧、さん?』

「はい。おはようございます、出留さん」

ふわりと頭部を揺らして笑みを零す。ぼーっと眺めていればむずがる声がして、背から回ってた腕に力が入り背中に何かが押し付けられた。

『えっと…みんな起こす時間ですか?』

「そうですね…。出留さんのお時間が問題なければまだもう少しおやすみになられていても大丈夫ですが…」

『今は…』

「あと十分ほどで6時です」

『……起きます』

「では周りの方々にもお声掛けいたしますね」

『あ、俺が起こしますよ』

「ふふ。ありがとうございます。とても助かります」

黒霧さんはいつも通り穏やかで、揺れる表情を眺めていれば手が上がってぽんっと頭を撫でられた。

「出留さんのお気持ちが少しでも晴れたのならなにより。では支度を手伝ってまいりますので皆様をよろしくお願いします」

『あ、はい』

屈めてた体を伸ばして黒霧さんは離れていく。扉がしまったところで腹に回ってる腕と背中にくっついてるらしい顔に力が更に入ったからとんとんとつぎはぎで色の違う腕をたたいた。

『荼毘さん』

「ん〜…」

『荼毘さん、起きてくださいませんか』

「ん゛ー…」

とんとんとたたけばぐっと更に力が入って、唸り声のあとに勢いよく離れた。起き上がった荼毘さんは目を丸くしていて、覗き込むように俺の顔を見つめる。

『おはようございます』

「………なんだ、もう泣き止みやがったのか」

伸びてきた手が目元に触れて、指先がなぞるように柔く動く。

『はい、お陰様で。ご迷惑をおかけいたしました』

「…ちっ」

『、え』

「はぁ〜あ。つまんねぇ」

『へ、?』

手を離した荼毘さんは両腕を上げてぐっと背伸びをする。それから首を回し、じっと俺を見た。

『どうしました…?』

「別に」

『はあ…』

立ち上がると荼毘さんは比較的普段よりもゆっくりとした動きで部屋を出ていく。背中を見送ってから傾げてしまってた首を正して、まだ眠ってる二人を見比べ、先に弔の肩に触れた。

『弔、弔』

「んっ………」

きゅっと寄った眉間の皺と口元。頭の下に回されてた腕が持ち上がって俺の頭を包む。

「いず、る…、いっしょ、大丈夫…」

『………うん、ありがとう、弔』

寝ぼけていて寝言に近い言葉に口元が緩んでしまう。顔にかかった髪を押さえ、後ろに流してあげればはっきりと顔が見えて、弔と呼びかけながら頭を撫でていればまつげが震えて赤色の瞳が現れた。

『おはよう』

「……ん…元気そ、だな…」

『うん。ありがとう、弔』

「ん…」

満足そうに口元を緩めた弔はまぶたをおろして、数秒してからまた開いた。仕方なさそうに体を起こして、俺を見た後に足元を見て目を瞬く。 

「なにやってんだ、こいつ」

『ヒミコちゃんも夜に来てくれたみたいで、ここで寝ちゃったんだって』

「はあ?意味わからん。…起きろ、トガ」

「ん〜」

肩を強めにゆらしたことでヒミコちゃんは唸って、眉間に皺が寄ったと思うと右手が上がって目元を擦りながら体を起こした。

「もう朝ですかぁ…?」

「知らん」

「ええー?わからないのになんで起こされたんですか、私…」

「お前が上にいると出留が動けないからだ」

「んん…、ん、出留くん?」

擦ってた手を離して目を丸くする。ばちりと大きな瞳が俺を見据えて、表情を歪めて飛びついた。

「出留くん!!おはようございます!!」

『うん、おはよう。ヒミコちゃんも来てくれて聞いた。ありがとう』

「はい!遅くなってしまったので眠ってる出留くんにしか会えなくて残念でしたけど、でも元気になったみたいでよかったです!」

明るく笑うヒミコちゃんに思わず俺も笑ってしまって二人で笑いあう。そうすれば服が引かれて視線を逸した。

「出留、朝飯」

『うん、一緒に食べよ』

「私も食べたいです!」

『もちろん。みんなで食べよう』

二人の頭を撫でて立ち上がる。三人で身支度をして、よくみんなで集まる大きなテーブルのある部屋に続く扉を開けた。

「お、起きてきたか!おはよー、三人とも〜」

「朝ご飯もう準備できてるわよ!さぁさぁ座って!」

「コンプレスと黒霧とマグネがいろいろ用意してくれてんぞ」

「飲み物も食事もお好きなものをお選びください」

テーブルを囲うように配置されている椅子やソファー。適度に間隔を開けて座っているみんなとテーブルに置かれた大量の箱と包み紙、それからプラスチック製の蓋がついた紙コップ。

三人で開けておいてくれたらしい席に腰掛けて、ヒミコちゃんが置いてある平たくて薄い箱に瞳を輝かせた。

「はい!トガはパンケーキがいいです!」

「もちろん!好きに食べてちょうだい!」

「わーい!」

「さあ、死柄木と出留は何にするんだい?」

「出留、どれがうまい?」

『んー、俺は卵入ってるやつとか好き』

「それでしたらこの四種類ですよ」

「何が違うんだ??」

「卵とハムか卵とハンバーグの中身で、パンがマフィンか甘いパンかだ」

「甘いパン…?」

ぱちぱちと不思議そうに瞬きをしてる弔に説明したスピナーがあーと続きの言葉を悩む。マグネが何か言おうとしたところで黒色の影が揺れて、手のひらが弔の前に差し出された。

「死柄木」

半分ほど欠けた、包み紙の中のハンバーガーは甘い香りがした。弔はぱちぱちと瞬きをして首を傾げる。

「食べていいのか?」

「一口だけだぞ」

「そうか」

受け取った弔は口を開いてかぶりつく。卵はなし、肉のみが甘いパンで挟まれているそれを弔は咀嚼して飲み込むと目を丸くした。

「んまい」

「そーかよ」

『そうしたら弔は甘いパンの食べてみる?』

「ああ!」

「では死柄木弔はこちらですね」

一口もらったハンバーガーを荼毘さんに返し、新しいものを受け取った弔は包み紙を剥き始める。

「んで?出留はなににすんだ?」

『んーと、魚のやつ…』

「お!出留もこれ好きなんだねぇ、おじさんも朝はこれなんだよねぇ」

水色のラインの入った箱が渡されて頷く。朝に限らずいつでもラインナップされているメニューに口元を緩めて、ほんのりと温かいパンを取り出した。

みんなが好きなものを好きなだけ食べる。真ん中に開けた状態で置かれたナゲットや平たいポテトをつまんで、続いて荼毘さんや黒霧さんはアップルパイを頬張りはじめてた。

「荼毘は甘いの好きなんですね」

「あ?そうでもねぇ」

「ずっと甘いもん食ってんのに??」

「今日はそういう気分なだけだ」

「あら、そうなの?荼毘ちゃん前もチョコケーキ食べてたし、甘党なのかと思ってたわ?」

時折選んでいる食べ物を見て会話を交わして、もそもそと食べているうちにいつからかポケットに入れたままの携帯が揺れる。

ちょうど手が空になっていたからティッシュで指を拭って、抜き出した携帯の画面を見つめた。

「大丈夫かい?出留」

「大丈夫ですか?出留さん」

いつからか俺の後ろにいたコンプレスが目を細める。隣には黒霧さんもいて、二人に頷いた。

『うん。もう大丈夫』

メッセージを返し、携帯をしまった。

「出留くん、今日は一日何するんですか?」

「このままここで遊ぶか?」

『…うんん、今日は帰るよ』

「あ?平気なのかよ」

『うん。みんなのおかげだね。もう平気。本当にありがとう』

心配そうな視線に笑えばコンプレスが俺の頭に手を乗せてわしゃわしゃと髪を混ぜた。

『うぇっ、なん??』

「出留が平気って言うのなら信用してあげるね」

『え、あ、うん』

「駄目だと思ったらすぐ連絡よこせ。黒霧が迎えに行く」

「はい。遠慮なさらず気軽にお声掛けくださいね」

『…ありがとうございます』

「出留くんのためなら火の中水の中!」

「雄英にのりこんでぐちゃぐちゃにしちゃいましょう!」

「まぁ、ダチを苦しめるような場所は壊しておいたほうがいいよな」

「うふふ、私も殴り込み手伝うわ!雄英がなんぼのもんじゃい!」

『ん、みんなありがとう』

唯一唇を結んでじっと俺を見ていた荼毘さんにも視線を向けて、目があったところで頷いた。

『なにかあったら、またすぐに来るから、みんなに迷惑かけさせてね』

「…ああ、いつでも待っててやるよ」

弔の言葉に更に胸の中が暖かくなって、口元を緩めた。





黒霧さんに送ってもらい帰ってきた部屋の中は出ていったときと同じ状態で、パーカーを取り出すために開けたクローゼットの扉は半開きのままだった。

いつの間にか外してた眼鏡と帽子をクローゼットにしまって、窓を開ける。

初めて出るベランダは家と同じくらいのスペースで、三人くらい立ったり椅子をおいても余裕のあるサイズ感だった。

空気を吸って、吐いて、軽く体を伸ばす。

『…………よし』

保留にしておいた答えの連絡を人使に送り、続けて勝己にもメッセージを飛ばす。

七時よりも少し前のこの時間は朝飯を済ませた頃合いのはずで、予想通り返事がすぐに来た。

今日はヒーロー科の訓練が午後から夕方にかけて行われるらしく、元々俺と人使の訓練が午前中に割り当てられていた。

自分の訓練を蹴った上でこの判断は後から先生に叱られるかもしれないけど、たぶん俺に必要なのはこっちだろう。

続けて届いたメッセージを読んで、荷物をまとめて、ベランダから外に出た。




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