ヒロアカ 第一部



バッティングではコンプレスが得点王になり、バドミントンではスピナーが優勝した。バレーは俺と弔のチームが勝って、ローラースケートで弔とスピナーが転げまわった。

転んで膝と手が痛いらしい二人は俺とコンプレスが後片付けをしてる間に近くの遊び場へと移動してしまった。

「そんで?出留、なにがあったんだ?」

ゴーカートでレースを始め、一周してくるのを待っていれば腕が回されて肩に乗る。

肩が組まれて視線を上げれば、珍しくなんのマスクもつけてないコンプレスが首を傾げてた。

心配そうな声に息を吐いて、目を逸らす。

『そんなにいつもと違う?』

「そうだねぇ。思わず俺とスピナーが小言なしに深夜徘徊に付き合っちゃうくらいかなぁ」

『…そっかぁ』

発車したばかりの二人はまだ戻ってきそうにない。言葉が出てこない俺に、コンプレスは組んでた腕を離すと向かいに回ってきて、上がった右手が頭に乗せられた。

「俺はまだ、頼りにならない?」

『…そういうのってズルくね?』

「お、知らなかった?大人はずるい生き物なんだよ」

よしよしと左右に動く手のひらは優しい。唇を結んで、目を閉じて手の動きを受け入れる。柔らかい動きに自然と口元の力が抜けた。

『あのさ、俺って変なんかな』

「んー?なんで?」

『…俺、目立たないと駄目なんか…?』

「うーん?…どうしてそういう話になったのかを知らない俺が言えることはそんなないだろうけど…出留は、目立ちたいのかい?」

問いかけに息が漏れる。

『…目立ったら、変でしょ?』

「それは目立つ人物がおかしいってことかい?それとも出留が目立つことがおかしいってこと?」

『……俺が目立つ方のこと』

「そうだねぇ。うーん、出留は恥ずかしがりや?」

『恥ずかしがりや…?』

「目立つのが嫌いな子って、恥ずかしいって子が多いと思ったんだけど、出留はそういうことではないの?」

初めて言われた表現に目を瞬く。コンプレスの言葉に思い返してみるけど眉根が寄った。

『たとえば、どんな感じ?』

「んー、人の前に立つことで視線が向けられるのが恥ずかしいとか、失敗するところを見られるのが恥ずかしいとか?」

『………たぶん、違う…?』

「それなら、出留はどうして目立ったら変だと思う?」

視線を集められてもあがるような精神は持ち合わせてないし、失敗をするのを恥じるくらいなら負けて笑ったりなんかしない。

俺が目立つと何が変なのか、どうしてだったっけと考えてもなにか掴めそうになった瞬間に靄がかかる。

『俺が一番なの、変じゃん』

「出留は自分のことをそう思ってるんだ?」

『そう、思ってる…?』

「出留は自分が一番になったところってあんまり想像できない?」

『……うーん。考えたことない』

「ふーん。出留は無欲なんだねぇ」

『無欲…?』

「俺はね、欲張りだからなんでも欲しくなるし、常に誰かに選ばれてたい」

頭に乗ってた手が離れて、両手が頬に触れたと思うと指が頬をつまんだ。

「だから俺は、人の気持ちもあんまり気にしない」

『……ほぅふえう??』

「俺は勝手だから、何があってもいつでも俺の大切な子には元気でいてほしいし、笑っててほしい」

『、』

「…出留が、うちの子たちが幸せになるなら俺はなんでもやるよ。出留、嫌なことがあればおじさんに教えてよ、なんでもするからさ」

むにむにと頬が揉まれてぼーっとする。今の自分がどんな顔を晒してるのかはわからないけど、目の前のコンプレスがなんでか泣きそうな顔をしてるから手を伸ばして、同じように頬を引っ張ってみた。

そうすれば目が丸くなって俺の頬から手が離れる。俺も手を離した。

『コンプレスが俺らのことそんなに好きだなんて知らなかった。…ありがと、コンプレス』

「…本当にわかってるのかい?」

『うん』

心配げな目に息を吐いて視線を落とす。

『あのさ、俺、たぶん嫌なことがあった訳じゃなくて、なんか今までになかったことが立て続けに詰め込まれてパンクしそうなんだと思う』

「…今までと何が違うのかはわかる?」

『…今まではさ、他の人に俺を分かってほしいとか、あんまり思わなかった』

「うん」

『でも、最近はちょっと違くて、俺の頑張ってるのを見ててくれたり、褒めてくれたりする人がいるの、ちょっと嬉しくて、でもなんとなくそわそわして、変な感覚があって』

「うん」

『だから先生が褒めてくれたのは変な感じはあったけどすごく嬉しかった。…なのに、先生は俺の限界がここまでなのかって、俺が目立たないのはそこまでの力がないからなのかって聞いてきて、すごく、嫌だった』

要領を得ていないだろうに、わかりづらい俺の話をコンプレスはていねいに相槌をうちながら聞いてくれる。

コンプレスの手がまた頭に乗って左右に動く。

『俺、ちゃんとしようと思ってたのに、してる最中だったのに』

「うん」

『もっと、頑張れるのに、』

「そうか」

ぽんぽんと頭が撫でられれば目の前が滲む。

『俺、は、もっと、』

コンプレスの眉尻が下がって、不意に視線を上げると俺を見て一度強く頭を撫でると離れた。

なにか思うよりも早く、増えた気配が後ろから回り込んでコンプレスのいた場所に立つとぴっとりとくっついて、伸びてきた腕が背に回った。

「出留」

『弔?』

「疲れてんだろ。帰んぞ」

「おじさんが運んであげるからねぇ」

肩に何かが触れる。不思議な浮遊感の後に視界には弔と薄い青緑の背景が映って、数秒の間の後にぱちんと独特の音が響いて視界が開けた。

ふわりとついたのはベッドの上だったらしく、柔らかな布の上に座った。向かいの弔は俺の背中をとんとんとゆっくり叩いていて、顔を上げれば目の合ったコンプレスが頭をなでてくれる。

ぼろぼろと溢れる液体にコンプレスは笑って、いつの間にか現れたスピナーがハンカチで目元を押さえてくれた。

「出留、お疲れさん」

『ん゛〜』

「…お前、泣くの下手くそだなぁ」

「よしよし、出留はいい子だね〜」

二人の声に視界がゆがめば弔が腕に力を込めて肩の上に顎が乗せられた。

「大丈夫だ、出留」

背から上がった手が後頭部を撫でる。

「何があっても俺達はずっと一緒だ」

『ん゛っ。いっしょっ』

「うん、いいお返事だ」

安心したようなコンプレスの声。足音が近づいて肩から大きな布がかけられた。

「出留さん、ここには貴方を脅かすものは何もございません。ですからどうか、ゆっくりとお休みください」

『ん゛〜、ありがとぉ』

黒霧さんらしく丁寧な言葉と同じように肩がぽんぽんと叩かれる。

「起きたら一緒にご飯食べよーね〜、出留〜」

『食べる〜』

「そんなら夜ふかししねぇで寝ろよ」

『やだぁ〜』

「駄々っ子かよ」

「ふふ、可愛らしいですね。出留さん、なにか今欲しいものはございますか?」

『みんなといる〜』

「出留は甘えん坊なんだねぇ。ほら、おじさんたちはどこも行かないから安心しなぁ」

ベッドが少しきしんで後ろに熱が触れる。よしよしと変わらず撫でられて、ため息のあとにスピナーは黒霧さんに何か話しかけるとふわりと黒霧さんが膨らみ、布が大量に現れた。

「なんでこんな布団持ってきたんだ??」

「あー?夜ふかしの定番つったら雑魚寝だろ」

「青春だねぇ」

「青春…友達と雑魚寝…!」

「おうよ。つーわけで、コンプレスも黒霧も楽な格好に着替えろ。お前ら見てんだけで苦しいわ」

「いやーん、スピナーのえっちー」

「恥ずかしいですね」

「っざけんな!!!」

茶化すような二人にスピナーの怒号が響く。仕方なさそうにベストやベルトだけ外した。その間にスピナーはテキパキと布団を広げて、俺と期待に浮足立ってる弔を誘導する。

転がるように二人で布団に飛び込めばスピナーも向かい側へ頭をこちらに向けて寝転がって、俺の背面にコンプレス、スピナーの隣に黒霧さんが座った。

「雑魚寝ってなにすればいいんだ…!?」

「寝んだよ」

「…それだけかよ、つまんねぇ」

「眠くなるまで話したり、ゲームしたりするんだよぉ、死柄木〜」

「普段と変わらなくないか??」

「眠たくなったらいつでも眠っていいですし、こういう時だけは何をしても許されますよ」

「ふーん?」

不思議そうな弔はさっきまでの目の輝きを落ち着かせて、俺を見ると指先が目元を拭う。

「出留、なんかしたいことあるか」

『いっぱい話す〜』

「お前が?俺が?」

『みんなぁ〜』

「じゃあスピナーから好きな食い物の話」

「は?!まじかよ!」

弔の無茶振りに目を見開いて、視線を泳がせた後に観念したのか頭を掻きながら息を吐いて話し出す。

スピナー、黒霧さん、コンプレス、順番に話して俺と弔も答えれば今度はスピナーが好きなゲームはと質問して、みんなの話を聞いていく。

だんだんと重くなってくるまぶたに目元は擦らず、ずっとくっついててくれてる弔に顔を押し付ける。弔は変わらず背中に手を回してくれていて、後ろからはコンプレスが頭をなでてくれていて、みんなの声と暖かさに瞼をおろせばすぐに意識は落ちた。



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