ヒロアカ 第一部


がりがりと引っ掻いてた首筋は何回目かに爪を引っ掛けた時にずきりと痛んで、指先を見れば赤色に染まってた。

思わず漏れ出した舌打ちを隠すように扉を閉じれば大きな音がして、鍵を内鍵までしっかりと締めて中に進む。ベッドに荷物を投げ捨てて、大きく息を吐き、携帯を取り出す。

そのまま目的の連絡先を呼び出して通話を選べば何回かコール音が響いてぷつりと途切れた。

「こんな時間にどうした?」

『いらいらしてる』

「ふっ、なんだ出留。珍しいな」

『久しぶりに徘徊しよ』

「ああ、いいぜ」

楽しそうに弾んだ声の後に黒霧と名前を呼ぶ。すぐさまふわりと靄が広がってそこから弔が顔を覗かせた。

「ははっ、なんだよその顔」

『だからいらいらしてんだって。パーカー羽織るからちょっと待って』

「ん。気にせずゆっくり来いよ」

顔を引っ込めた弔。待ってくれている黒霧さんの靄に急いで深めのフードがついた暗い色のパーカーと眼鏡を取って中に入った。

『おまたせ』

「俺もちょうど準備できた」

俺と似たようなだるっとしたトレーナーに帽子、それからマスクをつけた弔が横に並ぶ。そうすれば黒霧さんはにこにこと楽しそうに揺れた。

「どちらまでお送りいたしましょうか?」

「どこがいい」

『んー、あ、そうしたらこの間の駅近くまで、いいですか?』

「ええ、もちろん」

優しく頷いた黒霧さんは靄を広げ、そうすれば弔が俺の手を取って一緒に靄を抜ける。広がった視界にはいつかと同じ路地裏が映って、黒霧さんはふわりと揺れる。

「ではまた移動されるようでしたら気兼ねなくお申し付けください」

『はい。ありがとうございます』

「いってらっしゃいませ」

『いってきまーす』

「いってくる」

黒霧さんの靄が消えたところでさてと顔を見合わせる。

「なにするんだ?」

『むしゃくしゃするから買い食い』

「甘いのか?しょっぱいのか?」

『両方に決まってんじゃん?』

「おお…!」

目を輝かせた弔に笑って路地から出る。

普段10時過ぎに合流するところ、今日は訓練が終わってすぐに連絡をしたからまだ9時にもなっておらず街には人が多かった。

「何食べるんだ?」

『夜飯食ってないからがっつり食べてもいい?』

「出留が飯食わないの珍しいな。これか?」

『そー』

傷口に触れないようにか少し外れたところを突かれる。首筋を見て笑う弔に目を逸らして目的の場所に入った。

「ハンバーガーか」

『そ。前に行ったとことはちょっと違うから一緒に食べよ』

「ああ…!」

楽しみなのか目を輝かせた弔と一緒にレジに立つ。

『どのぐらい食う?』

「ニ個は余裕」

『あれ?弔もまだ?』

「ああ」

『りょーかい』

それならと待ってくれていた店員へ人気のメニューランキングを上から五個と、期間限定で気になったものを一つ、それからチーズの入った揚げ物とポテト、飲み物を二つ頼む。

「お先にお飲み物です!出来上がったお品物はお席にお持ちします!」

『はーい、よろしくお願いしまーす』

トレーを一つ受け取り、窓際のカウンター席を端から二つ陣取った。

隣に座った弔は目を瞬いて笑う。

「相変わらず食って発散タイプだよな」

『その分動けばいーじゃん?』

「この時間からハンバーガー六個にサイドメニュー消費できる運動ってあるか?」

『ヨユーっしょ』

揺れた携帯に視線を落とす。人使からの問いかけるメッセージに断りを入れて、そうすれば隣の弔が上げた右腕を俺の肩に乗せてよりかかる。

「いいのか?」

『弔と居たい気分だから』

「ふーん。そうか」

目を細めた弔に携帯をしまった。

『今日は嫌だって言っても帰らせてあげないから付き合ってね』

「出留こそ、眠くなっても起こすから覚悟しとけよ」

目を合わせて笑って、そうすればちょうどよく匂いと足音が近づいてきたから顔を上げる。

「おまたせしましたー!」

『はーい、ありがとうございまーす』

トレーは二つに別れていて、ハンバーガーはすべて大きいサイズ、添えられたサイドメニューも同様に大きいから弔は瞳を輝かせて携帯を取り出した。

そのまま携帯を構えると画面を一度タップして、撮ったそれを確認すると頷く。

『写真なんて珍しいね』

「スピナーに見してやる」

『あ、たしかにスピナーこういうの好きそう』

一番近くにあったハンバーガーを取って包装を剥がす。大きめに口を開けてかぶりつけば焼きたての肉と野菜、それからソースがパンと一緒に飛び込んだ。

隣の弔は先にチーズの入った揚げ物を口に入れてはふりと息をする。

「あつっ」

『どんまーい』

「出留も食え」

『ぁっつ!』

押し付けられたチーズボールは噛めば溶けたチーズが口の中に広がって咄嗟に左手で押さえて、冷ましながら飲み込めば弔はハンバーガーを取ってかじってた。

「んっ、うまい!」

『俺への興味薄すぎね??』

「ハンバーガーは熱いうちに食ったほうがうまいから」

『外向けの理由だなぁ〜』

まぁいいけどと溢して持ってるハンバーガーを差し出す。そうすれば口を開けた弔が一口かじって、目を輝かせた。

「こっちもうまいな!」

『だろ。他のも好きにかじっていいから』

「ん」

時折雑談を交えながらどんどんハンバーガーの包みを広げて、どれもこれも三口ほどかじっては次を繰り返す。弔は全部味見した上で気に入ったらしいノーマルとバーベキュー味を多めに食して、残ったハンバーガーを全部胃の中に入れた。

最後に炭酸で口の中をさっぱりさせながらポテトをつまんで差し出し、弔がポテトを食べ終わったところでトレーは空になる。

氷しか残ってないカップを置いて、息を吐く。

『あー、ジャンクフードさいこー』

「濃い味と油ものって相性いいよな」

『そーそー。たまに食べるとテンションあがる』

ゴミをまとめてトレーを片付ける。そうすれば弔も空のカップを捨てて店を出た。

「次は甘いものか?」

『もちろん!』

弾むような声の問いかけに頷いて道を進む。たどりついた目的地はそこそこに人がいて並んでた。

「ここはなんの店なんだ?」

『アイスだよ』

「アイス…!」

楽しそうな弔に笑っていればスタッフから待っている間にとメニューが差し出されて、一緒に覗き込む。

「…パフェ??」

『アイスだよー。どれがいい?』

「悩む」

プレーンを含めて17種類あるメニュー。それに更にトッピングがカスタマイズできて選択肢が増やせる。

大量のメニューに弔は呻いて、しばらくするとよしと顔を上げた。

「ホットカスタードと抹茶モンブラン」

『おっけー』

順番が回ってきたから先程あがった二つの名前をそのまま伝える。

中のキッチンでソフトクリームが絞られ、その上にそれぞれのトッピングが乗るとスプーンと合わせて差し出された。

「おお…!」

『これもスピナーに送る?』

「んや、これはトガとマグネにする」

『なら一緒に映ろっか』

取り出された弔の携帯を受け取り、カメラの方向を切り替えて内側に向ける。構えて、シャッターを切った。

『はいよ』

「夜間に徘徊して自撮りって友達って感じだな」

『ん?んー。たぶん普通の子は徘徊はしないと思うけどな』

「じゃあ俺と出留は特別だな」

『そうだね』

写真を送信し終わったのか、携帯をスプーンに持ち替えた弔は持っていたカスタードに差し込むと掬って、口に運び入れた。

「っ!うまい!」

『ははっ、そっかそっか』

嬉しそうな顔に俺もモンブランを食べる。それからもう一度掬って差し出し味を交換すれば弔のテンションは更に上がって表情は明るく目は輝いた。

どちらも気に入ったらしい弔と歩きながらアイスを食して、空になったカップを重ねて捨てたところで顔を見合わせた。

『まだ遊べる?』

「当たり前だろ?」

じゃあ次はとそのまま歩いて目についた店に入ったり、ゲームセンターを覗いてふらふらする。特に目的もないその行動を弔は楽しそうについてきて、最終的に公園に行き着いた。

遊具の一つに腰掛けて空を見上げる。

『はい、弔』

「ん」

ふらふらしてる最中に買った菓子を一つ差し出す。迷わず口に入れた弔は息を吐いてこちらを見た。

「あと何する?」

『んー、あれ持ってる?』

「どっちも」

『最高じゃん』

きちんと用意してきてくれてるそれに笑って、不意に弔が携帯を取り出す。

じっと画面を見つめたと思うとこちらに向けた。

「どうする?」

『ん?いーよ?』

「なら呼ぶ」

とんとんと画面に触れて、少しすれば靄が広がりそこから夜間でも見つけやすい緑色が覗いた。

『やっほー、スピナー』

「ほんとに二人で出歩いてたのかよ」

呆れたみたいな声色のスピナーは靄から抜け出すと頭を掻いた。

「何やってたんだ?」

「飯食ってふらふらしてた」

「まじもんの深夜徘徊じゃねぇか」

『たまにやると楽しいんだよねー』

「補導されても知らねーぞ」

スピナーの言葉に目を合わせて、財布から取り出したカードを見せつける。

『「俺達21歳だから」』

「用意周到じゃねぇか」

「遊ぶなら本気だからな」

名前も生年月日も俺達のものではないそれは実在する人間のもので、いつかの掃除をしたときに拝借した本人確認書類は夜間に遊ぶとき重宝してる。

『よかったらスピナーの分もあげようか?』

「何人分持ってんだよ」

『んー、ちゃんと数えたことねーけど、たぶん二十人分くらい?』

「何やったんだ…?」

げんなりした顔のスピナーに弔は飽きたのか遊具から立ち上がって、スピナーの肩に手を置いた。

「スピナー、運動は得意か?」

「は、?」




投げたボールは転がって、ガシャンと音を立ててピンを弾く。二つピンを倒したスピナーはその場に屈んで頭を抱えた。

『あーと…ガター回避おめでとー?』

「スピナー雑魚」

「うっせぇ!!!」

やってきたボーリング場で、俺、弔、スピナーの三つ巴の対戦方式で始めたゲームのスコアは、スピナーのダントツ最下位で終わった。

何度投げてもガターでスコアが動かなかなったスピナーはようやく最後のレーンで二つピンを弾けた。それもガターぎりぎりのコースで端っこに当たったからでスピナーは地団駄を踏むとこちらを見る。

「なんでお前らそんなにうめーんだよ!」

「出留が連れてきてくれてたから」

『夜に学生が遊べる場所ってボーリング場かカラオケくらいだもん』

「くっそ!」

だんだんと足を鳴らしてそれから頭を掻いたスピナーに弔は呆れたように息を吐いて口角を上げると携帯を向けて、少しその体制でいたと思えば下ろす。

気になって近寄り、肩に凭れながら覗けば携帯の画面をこちらに見せてくれて、スピナーが地団駄を踏む動画が流れた。

「一斉送信」

『公開処刑かよ』

「げっ、死柄木!!」

送信した通知ではっとしたらしいスピナーは弔に抗議の声を上げるけど弔は総無視で、携帯の画面を切り替えると一人と連絡を取り、ふわりと黒い靄が開いた。

「やっほー」

『やっほー、コンプレス』

「あ?コンプレスも来たのかよ」

「そりゃあ深夜徘徊中の若者がいるって聞いたら、おじさん心配できちゃうよ」

「今日は遊び倒すんだ。ミスターはボーリング得意か?スピナーが使いモンになんねー」

「俺だって練習すりゃできんだよ!」

「んー、俺もあまりボーリングは得意じゃないなぁ。どっちかっていうとビリヤードのが好きだよ」

『あ、ここ台もあるからやる?』

「俺はビリヤードはやらねーぞ」

「やだ。ビリヤード難しい」

「あらら、残念。不評だぁ」

両手をあげて首を横に振ったコンプレスはあ、それならと手を叩いた。

「出留、死柄木、他のスポーツも得意か?」

『んー、何かにもよるけど人並みかなぁ』

「やったことがないやつは知らん」

「何企んでんだ?コンプレス」

「俺はエンターテイナーだぜ?楽しいことに決まってるだろ?」

訝しむスピナーに、にっと笑ったコンプレスは携帯を取り出すと少しだけ操作した。数秒の間をおいてふわりと靄が広がる。

「おまたせいたしました」

「ありがとうねー、黒霧〜」

にこにこ笑うコンプレスに弔が首を傾げた。

「移動すんのか?」

「そーそー、さあさ、早く早く」

俺と弔の背に回ると手を添えられて柔く押す。促されるままに足を進めて黒霧さんの中に入れば一瞬の暗闇のあとに視界が開けた。

後ろからスピナーとコンプレスもついてきて、コンプレスはにっこり笑う。

「とーちゃーく!」

「どこだ?」

「楽しいところだよ〜、死柄木〜!」

ざっくりとした説明にさあさこっちこっちと手をとられて歩き出す。なにかの建物の駐車場にいたらしく、誘導看板に従って歩いて、エレベーターに乗り込んだ。

迷い無く階数を指定したコンプレスにゆっくりエレベーターは動き出して、表示されてる階数が上がる。小さな音を立てて止まったエレベーターから降りれば、目の前には受付があって目を瞬いた。

『なるほどね』

「ここならいろいろできるだろ?」

『たしかに』

「出留はわかったのか?」

『うん。結構距離あるからこういう時でもないと来れないし、すごく久々に来た』

「そうなのか?」

見当がつかないのか首を傾げてる弔に、スピナーは店舗名の書かれたポップを見つけてここがと目を輝かせてる。

『スピナーも初めて?』

「ああ…!いっぺん来てみたかったんだ…!」

『じゃあ遊び倒さないとじゃん』

「おーい!みんなこっちおいでー!」

受付を進めてたコンプレスが手を振る。近寄ればコンプレスが片目を閉じて笑った。

「年齢確認できるものみんな今日持ってるかい?」

「ぁ、」

『もちろん』

「ああ」

スピナーが何か言おうとしたのを俺と弔で遮る。先に弔が免許証を取り出して店員に見せている間に自分の分と合わせて保険証を抜き、スピナーのポケットに差し込んだ。

『俺の分です』

「確認ご協力ありがとうございます」

「…お願いします」

「はい。たしかに。皆様ご協力ありがとうございました」

スピナーも保険証を差し出して、緊張した面持ちではあったけれどあっさりと保険証は返される。

続けての説明を軽く受けて、ゲートから中に入る。人気の少ないところまで進んで、スピナーは止めてしまってた息を吐いた。

「まじびびった…」

「ああいうのは堂々としてたほうがバレねーぞ」

「なんでそんなに場馴れしてんだよ…」

『そういうことっしょ』

「ったく、お前らなぁ…」

「俺もびっくりしたよ。出留ったらスピナーに渡すの上手だねぇ。視線誘導がプロだよ」

『あはっ、マジシャンに褒めてもらえるなんて嬉しいな』

「あ、出留これ返す。助かった」

『ん?あーいいよいいよ。それそのまま持ってな』

「いいのか?」

『うん。他のもまだあるし、実在する奴のだから比較的使いやすいと思うよ』

「……ほんとなんでんなもん常備してんだよ…こぇーやつ…」

『えー?あると便利なんだもん』

「もんじゃねぇよ…」

ため息をこぼすスピナーに笑う。コンプレスもにこにこと笑って、弔が俺の服を引いた。

「ここ、なにするとこなんだ?」

『あ、説明してなかったね』

「ごめんごめん。それじゃあお話はこのへんにして遊ぼうかね」

コンプレスが弔の手を取り歩き出す。ついたのは大きな電子掲示板の前で、各階の設備名が表示されてるそれに弔は目を丸くした。

「すごい、ここいろんなのがある…!」

「カラオケ、ローラースケート、…ダーツ、ビリヤード、バッセン、バレー、バドミントン、おお、バスケのコートもあんのか…!」

『室内ゴルフにキックボクシング…ここ結構大きいね。俺達どこまで来たの?』

「んー?入間」

『埼玉かぁ。黒霧さん様々だね』

「だねぇ」

コンプレスと笑っていれば服がまた引かれて、俺のを弔が、コンプレスのはスピナーが掴んでいた。

「早く行こう!全部遊ぶ!」

「時間がもったいねぇ!全制覇すんぞ!」

二人して目を輝かせてまずは上からと掲示板を指すから思わずコンプレスと顔を見合わせて笑う。

『うん。全部行こう』

「ここまで喜んでもらえるとおじさんも嬉しいよ。さぁ、楽しもうか」

ぐいぐいと引いてくる手に四人で歩きだして、最初に向かうは最上階のバッティングセンターらしい。



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